カバー

『親友を救う為に、ハメ尽くせ!』

幼馴染の芽依と、その彼氏・運動神経バツグンな親友の輝。かたや俺は何事にも熱中できない無気力な自分に嫌気がさしていた。
ある日テニスの全国大会を控えた輝に誘われて夜の学校に肝試しに行くと、突然化物どもに襲われ、屋上に追い詰められてしまう!
しかし謎の女性が現れ、魔法少女の力を分け与えられた芽依によって間一髪逃げ切ることができた。その女性が言うには、原因不明だが今後も俺たちは化物に狙われてしまう可能性があるとのこと。
撃退する為に即席で魔法少女になった芽依へ魔力を注入する必要があるそうだが、その方法は予想もしていなかったもので――!?

大人気シリーズ『トモハメ』作者、懺悔が贈る渾身の傑作!
無気力の俺が魔法少女への魔力の補給役に大抜擢!?
果たして俺は主人公になれるのか!

  • 著者:懺悔
  • イラスト:DAMDA
  • 本体価格:1,200円+税
  • ISBN:978-4-8155-6515-2
  • 発売日:2020/11/30

  • [店舗特典]
  • ●とらのあな様:SS付きポストカード
  • ●メロンブックス様:SS付きポストカード
  • ※とらのあな様・メロンブックス様の特典SSの内容はそれぞれ別種のものになります。
  • ※それぞれの特典は店舗様にて無くなり次第終了となります。
  • ※電子書籍版には上記全ての特典は含まれません。

タイトルをクリックで展開

 観客席は静まり返っていた。誰も彼もが息を呑んでいる。皆が俺の勝利を期待していた。

 学校で一番モテると評判のあの娘は勿論、レポーターとして観戦している女性アイドルですら俺が視線を独り占めしている。

 苦戦した様子など微塵も見せずに涼しい顔で、テニスボールを無造作に真上に放り投げた。そして相手コートにサーブを放つ。

 相手はボールに触れるどころか碌に反応すら出来ず、審判が俺の勝利を告げる笛を聞いて膝から崩れ落ちた。

 途端に俺の耳をつんざいたのは万雷の拍手。皆一様に席を立ち、俺を囲んで喝采の合唱を始める。

 黄色い声援と共にカメラのフラッシュが瞬き、俺はそれらに応えるように微笑みながら手を振る。

 まさしく独壇場。

 今のこの時だけは、世界は俺のモノ。名誉と栄光の光が眩しくて仕方が無い。

 大体いつもこの辺で俺は疑問に思うのだ。

 俺ってテニスなんかやった事あったっけ?

 どれだけ記憶を辿っても、ラケットを握った事すらない。すると途端にこれが夢だと気付くのだ。

 しかし俺は落胆する事もなく歓声に身を委ねる。

 例えまやかしだとわかっていても、この充足感は麻薬のように俺を高揚させる。夢の中での振る舞い方は我ながら完璧だ。モデルとなった人物のそれをそのまま模倣すれば良いのだから。

 先日、観客席から眺めていた友の勇姿をそのままトレースする。

 爽やかな笑顔で審判と握手し、敗者を讃え、そして観客席に手を振る。

 こんな風に皆に祝われて、一体どれだけの達成感を味わっているのだろうと、ただ羨望していた。夢を夢の中で叶えたのだ。

 しかし至福の時は長くない。所詮は砂上の楼閣。

 やがて無情にもガラガラと音も立てて崩れ去っていく。拍手も、栄光も……。

 そして俺の前に広がるのはあの光景。朝の混雑した駅前の国道。ほら動け。夢の中でくらい走ってみせろ。

 しかし足はビタ一文動かず、結局『あの日』通りに彼の背中を見届けるだけに留まった。

 俺は結局夢の中ですら傍観者のままで終わった。

 救いだったのはそこで目が覚めた事。誰かが叩いたのであろう額が少しヒリヒリと痛むが、代償としては軽い。

 昼下がりの屋上で眠ってしまっていた俺を、芽依が仁王立ちで見下ろしていた。

「……黒?」

 俺に下着の色を口にされても彼女は全く動じない。眉一つ動かさずに淡々と口を開いた。

「何の為にあんたを屋上に連れてきたと思ってんの」

「……一緒に昼寝? なわけねーよな」

 寝ぼけ眼の俺に、芽依は垂れ幕の一部を持ち上げて見せつけてきた。

「ほら、そっち持って。こんなのあたし一人じゃ無理なんだから」

「生徒会の誰かにやらせれば良かっただろ」

「皆忙しいのよ。あんたと違ってね」

 俺は渋々立ち上がると、彼女と一緒に屋上から大きな垂れ幕を下ろした。

 そこには親友の名が大きく記されており、そしてテニス大会で全国大会出場の快挙も並べて記されていた。

 俺は手すりに腕を乗せて運動場と一緒にそれを見下ろす。

「壮観だな」

 屋上には初夏の暑さを吹き飛ばす清涼な風が吹いていた。そんな風よりも涼しい声を芽依が発する。

「やる事やったんだから帰るよ。屋上は本来立ち入り禁止なんだから」

「生徒会長だからってそんなお堅い事言うなよ。自分の彼氏の垂れ幕だぜ? 少しくらいは鼻高々になっても良いんじゃねーの」

「あたしは輝君が有名アスリートだから好きになったわけじゃないし」

 無機質な返答をしつつ、さっさと帰り支度を進めている。相変わらず手際の良い女である。芽依とは昔馴染みだが、彼女が感情的になっている姿を見た事がない。

 そんな彼女が一目惚れなんぞを経験するのだから人生はわからないものだ。

「あーあ。俺も垂れ幕作られるくらいの活躍したらモテるかなぁ」

「バスケ続ければよかったじゃない」

「やだよ。下級生にレギュラー奪われたんだぜ。格好悪くてやってられるかよ」

 芽依は芽依で俺の事を知り尽くしている。何しろ並んでおしめを変えられていた仲だ。これ以上は何を言っても無駄だと言わんばかりに鼻白んでいる。

 芽依が撤収の準備を続ける中、俺は手すりにもたれかかったまま、視線を学校の向こう側に広がる街に向けた。

「輝はすげーよ。才能有るのに毎日必死に努力して、テレビや雑誌のインタビューなんかも受けちゃったり。あとついでに生徒会長のカノジョまでいるし」

「誰がついでだって?」

 高身長で好青年の輝と、知的で深窓な可憐さを備える芽依は、校内でも有数のお似合いカップルである。文句のつけようもない。

「あんたも去年まで付き合ってる女の子が居たでしょ」

 手すりに顎を乗せてだらけきった様子で応える。

「自然消滅したけどなー……」

「何でそうなったんだっけ?」

 芽依はさほど興味も無さそうに尋ねる。

「お互い恋に恋するお年頃だったんだよ。お前らみたいに双方一目惚れなんて早々無いってーの……」

 恋バナになるとただでさえ無口な芽依は更に口数を減らす。顔には一切出さないが、一応照れているのかもしれない。それか、俺とそんな話をするのが面倒臭いだけだろう。おそらく後者だ。

 それを承知の上で俺は芽依に声を掛け続ける。近寄りがたいと評判の芽依に対して、何の気兼ねも無く無駄口を叩けるのは幼馴染の特権である。

「なぁ芽依。初めて輝と出会った時にどう感じたんだっけ?」

 この日はたまたま機嫌が良かったのか彼女は即答した。振り返らなくともわかる。真顔で真面目に、何ら憚る事無く言った。

「身体にビビって電気が流れたみたいに痺れた」

「はっ。そういや輝も同じ事を言ってたな」

 やはり振り返らなくともわかる。芽依が無表情のまま、ほんのり耳たぶを赤くした事が。

 それにしても非科学的な話である。現在独り身だから余計に難癖をつけたくなる。

 それもこれもこの夏の匂いの所為だ。明日から夏休みだからか、学校中に蔓延する浮かれに浮かれきった芳香。学業にスポーツ、恋愛と、何かしら没頭するにはうってつけの季節だ。

 きっと同級生の皆は、この夏で何かを成し遂げるのであろう。置いてけぼりにされそうな焦燥感が胸をちくりと刺す。俺に関しては全く何の予感も予兆も無い。

 それもそのはず。何もしていないし、何がしたいのかすら、まるでわかっていないからだ。

 自分が何者なのかもわからない。

「は~……今年もダラダラ過ごすだけの夏休みになりそ……」

「何その情けないため息。今から輝君と遊ぶんだから、もっとシャキっとしてなさいよ」

 今日は久しぶりに輝の部活が早めに切り上がるので、リフレッシュも兼ねて三人で遊ぶ約束をしている。「二人きりで過ごしたかっただろうに悪かったな」

 俺の皮肉めいた言葉に、芽依は特に気を悪くした様子も無く応える。

「別に。輝君の気持ちもわかるし。カノジョだけじゃなくて友達とも遊びたいでしょ」

 輝に対してだけは寛容で甲斐甲斐しい。その一面を少しでも良いので俺にも見せて欲しいくらいだ。

「あーーーっ、くそっ! 夏なんて大っ嫌いなんだよっ!!!」

 何にむしゃくしゃしているのかすらわからない。おそらくは何者にもなれない自分にだろう。

 屋上で叫ばれた悲痛な声は運動場までは届かなかったようで、夏空の下では相変わらず青春の汗を流す運動部員達でごった返していた。

「ほら、戻るよ」

 芽依が俺の背中を軽く小突く。

 俺はもう一度深いため息をつきながら踵を返そうとする。そんな折、ふと校門辺りに佇む一人の女性の存在に気が付いた。

 このくそ暑い日にスーツを着ている。しかし汗一つ掻いていない。俺は目だけは良いのだ。

 黒いスーツと対照的に、髪と肌の色がやけに薄い。上背があってモデルのようにスレンダーだ。しかし儚さとは無縁な力強い立ち姿。そして凛々しさを伴った瞳。

 そんな彼女に惹き込まれるように視線が合う。

 その瞬間、俺の身体に電流が駆け巡った。

「おいおい兄弟っ。一目惚れしちまったってマジか?」

 メディアも注目するテニス部の若きエースで芽依の彼氏である輝が、俺の肩を抱いて揺さぶる。

 輝は誰に対しても人当たりが良いが、俺に対しては更に遠慮が無くなる。まるでじゃれつく大型犬のようだ。

 ただでさえ何もしていなくとも汗が垂れるほどの気温なのに、身長百八十センチメートルを超える大男に抱き着かれると暑苦しいなんてものではない。

 とはいえ輝の体型は縦に長くシャープで、その清涼感のある容貌も相まってか抱き着かれてもそれほど苦にはならない。

「……おう」

 俺は呆けた様子で返す。頭の中にメープルシロップがじんわりと広がっていた。ただでさえ巡りの悪い思考回路は余計に鈍化して、心臓が内側から胸板を叩くように大騒ぎしていた。

「どんな女だ兄弟? いや男か? 俺はどっちでも応援するぞ!」

 本来なら耳元でうるさいくらいの声のボリュームだがそれも気にならない程に、俺はあの女性と視線を交わした一瞬を頭の中で何度も反芻していた。

 落雷に打たれたような衝撃で生ける屍のようになった俺は、輝と芽依に向き直る。

「お前らもこうやって惚れ合ったんだな」

 抑揚も無くそう告げると、輝と芽依は互いに目を合わせて照れ臭そうにしていた。芽依は相変わらず表情がわかり辛いが、輝は対照的にわかりやすく照れ笑いを浮かべている。輝が自身の頭を掻く動作や、大きな口から覗く白い歯から受ける印象は豪快だ。その傍らでは芽依が静かに佇んでいる。

 太陽と月のような二人だな、と改めて思った。

「それで、その人は?」

 輝が横を歩く芽依に尋ねる。

「わからない。すぐに校門前からは去っちゃったし」

 輝は俺が気落ちしているとでも思ったのか、より強く俺を抱き寄せる。頬と頬が触れ合いそうになって、流石にそれは気色が悪いので仰け反った。

「なぁに。気にすんな。運命の相手ならきっとまた出会えるさ。なんといっても夏だからな! 夏はそういう季節だ!」

 何の根拠もない大雑把な言葉は実に輝らしい。

「しかし兄弟に大恋愛の予感とはなぁ。俺も予想だにしていなかったぞ。道理でカラオケ中もずっと気がそぞろだったはずだぜ」

「折角久しぶりに遊べたのに悪かったな」

 そこは素直に謝る。輝や芽依が歌っている間も俺はずっと彼女の事を考えていた。おそらくは年上だろう。あの毛色や肌の色、掘りの深さはもしかしたらハーフなのかもしれない。

「気にすんなよ。こっちは珍しいものが見れてむしろテンション上がってるからさ。なぁ芽依?」

「そうね。この馬鹿がこんな熱に浮かされるくらい誰かを好きになるなんて思ってもなかったし」

 全国大会を間近に控えた輝の壮行会代わりであるカラオケを終えた俺達は、二次会がてら肝試しをしようと学校に向かっていた。もう陽は暮れており、当然生徒は誰も残っていない。

「それにしてもなんで肝試しなんだか」

 俺が恋の鼓動に揺さぶられながらも呆れるように言う。

「良いだろたまには。夏はそういう季節なんだよ」

 提案した輝がよくわからない理屈を口にする。何だかんだで輝も大会を控えたストレスや、苛烈な練習による心身の疲労があるのだろう。軽く羽目を外したくなる気持ちはわからないでもない。

 その結果が夜中の学校の散策というところが、天才故の奇行なのかもしれない。

 止めようともしない生徒会長の芽依に至っては、最初から輝の希望を叶えたいという一心のようである。これが俺の提案なら眉一つ動かさず、鼻で笑ってお終いだっただろう。

 輝は前もって用務員さんに忘れ物を取りに行くと連絡をしていたそうで、昇降口の鍵を開けてもらっていた。

「帰る時はまた声を掛けてな。それと全国大会、期待してるよ兄ちゃん」

 用務員のおじさんは輝に対して有名人を相手取るかのように話す。

「うちの甥があんたのファンでね。機会があればサインを貰ってきてくれなんて言われててな」

 輝は苦笑いを浮かべながらも、快くサインに応じていた。輝が写真やサインを要求されるのはいつもの事である。気の早いメディアでは将来のオリンピック選手とも報じられているくらいなのだ。

 俺はそんな彼の姿を見てやはり誇らしげに思うし、羨ましいとも思う。俺だって運送会社の人以外にサインをねだられたいものだ。一応字面は完成しているのだが、いまだ他人の目に晒した事は無い。

 逆に芽依は輝のそういった状況にあまり良い顔をしない。表情筋というものが無いので常人には判別しづらいだろうが、付き合いの長い俺にはわかる。輝目当てに女子が沢山寄ってくるので嫉妬している、なんて浅ましい考えはしない事は断言出来る。おそらく、輝が内心で煩わしさを感じているのではないかと気を揉んでいるのではなかろうか。

 しかし輝は特にストレスに感じる様子も無く、求められる事全てに対して朗らかに応じている。そんな人柄も含めて俺は彼に憧れていた。

 俺だったら途中で面倒臭くなって横柄な態度を見せてしまいそうだが、輝はいつだって大きな口を元気一杯に微笑ませて皆の憧憬の念に応えるのだ。

「サインとか普通に有名人みてーだよな。俺も書いてみてーよ」

 夜中の廊下を歩きながら俺が何とは無しにそう言うと、輝はいつも通りの気さくな笑顔を浮かべるだけだった。芽依は何かを言いたげだったが黙っている。

 無人の学校は言うまでも無く静かだった。照明もぽつりぽつりとしか灯っておらず、俺達の足音だけが闇の奥に吸われていく。

 二階に上がると輝が声を潜めて言った。

「ここの図書室には呪われた本があるって噂なんだ」

 安直だな、と思いつつも余計な茶々は入れずに黙って聞く。

「ある小説家にはライバルがいた。と言ってもそいつが勝手にライバル視していただけで、相手は彼の名前すら知らなかった。そんな中、ライバルの本は売れるのに自分は鳴かず飛ばす。そしてついに出版社から声も掛からなくなった。

 彼は絶望して入水自殺を図る。そんな彼が死の直前に書いた最期の作品は、ライバルがひたすら不幸な目に遭うという、小説というよりかは彼の願望を綴った日記だった。妬んだライバルの失敗を望み続けたその原稿の終盤は、真っ黒い泥のような何かが滲んで碌に読めない代物だそうだ。

 そうやって他人への嫉妬や自身の欲望で生まれた呪いの本が、書店や図書館を彷徨ってるんだとさ。今なら電子の世界も回らないといけないから幽霊も大変だな。

 なんでも、その噂の本に嫌いな人間の不幸を祈願するとそれが実現する、って話らしいぞ」

 輝は随分と弾むように話している。俺は不思議に思い芽依に耳打ちした。

「輝ってそんなオカルトが好きだったっけ?」

 芽依からの返事は無い。生徒に対して粛々と公正に接する生徒会長殿だが、俺の扱いは一貫してぞんざいである。無駄口の一つでもカロリーの無駄だと言わんばかりだ。幼少の頃は嫌がる俺を引きずってはチャンバラに付き合わせていたのが嘘のようだ。

 仕方が無いので俺は一人で考える。

 輝の妙なテンションは、夜の学校を散策するという非日常に酔っているだけかもしれない。

 エースとして圧し掛かる期待は決して軽くは無いだろう。それでも重圧など微塵も感じていないかのように振る舞う輝だが、こんな時くらいは無邪気にはしゃいで色々と発散したいのかもしれない。

「輝の対戦相手に渡るとまずい代物だな」

「はっはっは。呪い如きで俺のサーブを止められると思われてんなら心外だぜ」

 輝の笑顔は何とも頼もしかった。その自信の裏付けとなっているのはやはり己の才覚と、何より積み重ねてきた努力に対する信頼だろう。

 俺が輝に尊敬の念を向けるのはその輝かしい実績だけではない。脇目も振らずに突き進める愚直な性格に、である。毎日毎日飽きもせず、必死に汗を流している。

 恋も部活も中途半端な俺は今更になって思うのだ。例え才能や適性が無くとも何か一つの事をやり込んだら、何者かにはなれたのではないかと。

 そんな景気の悪い事を考えながら、前を歩く輝と芽依の背中を見つめる。

 芽依は輝のシャツの裾をちょこんと可愛らしく掴んでいた。如何にも恋人のような、可愛らしい仕草である。ごくごく自然な光景だ。

 しかし幼馴染検定第一級の俺の目は誤魔化せない。

「おい芽依。まさかお前……ビビってんじゃないだろうな」

「馬鹿言ってんじゃないわよ」

 即答する芽依だが、その指先には確かに微かな不安が感じ取れた。

 俺の指摘に輝が楽しそうに乗っかる。

「お、どうした芽依。怖いならもっとくっついても良いんだぜ」

 芽依が怖がるなんて想像もしていなかったであろう輝が、ここぞとばかりにカノジョに甘えられる事を期待する。

「ありがと。でもそれは二人きりの時にとっとく」

 芽依の口調は輝に対する時だけは若干柔らかくなる。そして俺に向けられる時は露骨に素っ気なくなる。出来の悪い弟に手を煩わされるのが億劫だとでも言わんばかりだ。

「あんたは知ってるでしょ。あたしがこういうの何も思わないって」

 確かに芽依は超常現象だとか心霊だとか、そういうオカルト話を全く信じていない。その上、不動の肝っ玉を有している。小学校の時のキャンプ合宿で真夜中の墓場を肝試しして、たった一人で眉一つ動かさずに淡々と探索をやり遂げた話は今も語り草になっている。

 しかし俺が芽依の機微を感じ取る習性もまた確かである。それを理解している芽依が、俺に振り返りもせずに言葉を足す。

「なんだか嫌な予感がする。それだけ」

 皮肉な事に、オカルトを信じない芽依の勘はよく当たる。そしてこの時も例外ではなかった。

 階段を上がると仄暗い廊下の突き当たりに図書室の扉が薄っすらと見えた。あとはそこまで直進するだけ。

「ところで兄弟、一目惚れした人ってのはどんな見た目だったんだ」

「大人の女性って感じだったよ。凛々しくて……どこか神秘的で」

 でもきっと俺が惚れたのはあの眼差しだろう。どことなく輝や芽依と似ている目。自分の生き様を信じて疑わない力強い瞳。自分の足が踏み締めている場所が世界の中心だと確信している佇まい。

 俺はきっと世界の隅っこにいる。だから舞台の真ん中でライトを浴びている人間に魅入られるのだ。

 その際たるものが輝だし、その輝の寵愛を受けている芽依も眩しかったりする。

 でも別にそれで良いと思っている。何も劣等感を拗らせているわけじゃない。人にはそれぞれ立ち位置と役割がある。俺は観客席から彼らの活躍を見守り、拍手を贈る。それで良い。

「兄弟が惚れたんならきっとイイ女なんだろうな」

「おう。芽依みてーなちんちくりんとはわけが違うぜ」

 芽依が黙って振り返り俺を睨む。

 俺の背筋に冷たい何かが走った。勿論今更芽依の眼光にビビったりなどしない。それを証明するように芽依の視線は俺の背後に向けられていた。

 全員の足が止まり、先程上がってきた階段を振り返る。

「……なんか……聞こえたよな?」

 輝の言葉に俺と芽依は無言で頷く。

 真っ暗な階段の下から何かが這いずるような音が聞こえる。足を引きずって歩いているような足音。

「……誰かいんの?」

 俺の問い掛けに対して返ってくるのは、「ず」と「ぬ」の中間に位置するような呻き声だった。

「おい輝。盛り上げる演出を準備してくれてたんか?」

 俺は顔をひきつらせながら後ずさる。

 やがて階下から姿を現したそれは、白い人型の何かだった。

 身の丈は二メートルを下らない。肌は蝋人形のようにのっぺりとした質感。四肢はまるで朽ちた枝のようにささくれている。頭部はあるが顔は無く、目や鼻があるはずの位置は渦を巻いて凹んでいる。その奥から「ず」とも「ぬ」とも取れない音を漏らし続けている。

 そんな物体が足を引きずりながら着実に階段を上がり、俺達に近づいてくる。

「……マジかよ」

 輝の独り言に続いて俺は言葉を掛ける。

「…………え~っと……あんたが呪いさん?」

 どうも人間はあまりに理解不能な状況に陥ると、逆に冷静になってしまうようだ。

「なに悠長な事言ってんのっ!」

 芽依が俺の手を引っ張る。それと同時に白い何かは俺と芽依に腕を伸ばした。緩慢な足取りに対してその動作は俊敏だった。

「うおっ!」

 俺が反射的に屈むと俺の手を掴んでいた芽依もつられて腰を折った。そのすぐ上を何かの腕らしきものが通り過ぎた。

 俺と芽依が間一髪避けたそれは廊下の窓ガラスを容易く割った。まるで砲丸が直撃したかのようだ。当たっていたら怪我では済まなかっただろう。

「な、なんで……!?」

 輝が驚愕の表情を浮かべていたが、俺と芽依はそれぞれ彼の両手を引っ張って走り出した。

「いいから逃げるぞっ!」

 わけもわからず三人で真っ暗な廊下を駆ける。どこへ向かって良いのかもわからず、無我夢中で真っすぐ図書室を目指した。後ろからはズリズリと巨大なナメクジが這っているような音が追ってきていた。

「とりあえず図書室に逃げ込むぞ!」

「鍵開いてんのか!?」

 早口でそんなやり取りを交わしながら、輝が図書室のドアノブを回す。扉はすんなり開いた。

 しかし中に駆け込もうとする俺達の足は入口で止まる。

 そこは見慣れた図書室ではなかった。本棚はおろか机一つ見当たらない。何も無い部屋だが、コールタールのような黒い粘液が天井から垂れ落ちていて室内は漆黒に染まっていた。思わず顔をしかめるような異臭もする。

 コールタールが溜まった沼のようになった床から、白い何かが無数に湧き出ていた。

 全身が総毛立つ。ここは俺達が踏み入れてはいけない世界だと本能が理解した。

 しかしそんな場所に一つだけ輝いているものがあった。

 白い肌。色の薄い髪。黒いスーツは背景に溶け込んでいるが、その瞳はあの時俺の脳天と心臓に電流を流したものに相違なかった。

 一目惚れした女性が、木刀を片手にその部屋の中心に立っていたのだ。彼女の足元にある白い何かは、その木刀で頭をカチ割られたのか活動を停止している。

 彼女はゆっくりと顔だけでこちらを振り返る。そして落ち着き払った口調で言った。

「これは驚いたな。魔術を行使せずにこの領域に足を踏み入れるとは。なに、そう驚くな。私は愛と奇跡を振りかざし、平和と秩序を守る魔法少女だ。怪しいものではない。警察への通報は不要だ」

 輝は有無を言わさずピシャリと扉を閉めた。

「おいっ、何かいたぞ!」

「あれっ! あれっ! 俺が一目惚れした人!」

「マジかオイ! めっちゃ美人だなっ!」

 あまりに慌てふためく俺達に対して、芽依は息を整えながらツッコミを入れる。

「……二人とも落ち着いて。そんな事言ってる場合じゃないでしょ」

 普段は冷静が過ぎて愛想の欠片もない芽依だが、こんな非常時にはその振る舞いが助かる。

「さっきの人、あの化け物と戦ってなかった?」

 芽依の言葉に輝は再びドアノブを回そうとするが、今度はガチャガチャと音を鳴らすだけだ。

「ダメだ。開かない」

「輝っ、そこどけっ!」

 俺は手近にあった消火器を持ち上げると、それを扉のガラス目掛けて放り投げた。しかしガラスはゴムのように消火器を跳ね返すだけだった。

「……冗談だろ」

 そうこうしてる内に背後から迫っていた白い何かが近づいてきている。それだけではなくそれぞれの階段の下から同じ足音と呻き声が聞こえる。

 退路は無い。図書室にも逃げ込めない。俺達三人は顔を見合わせると声を合わせた。

『屋上だっ!』

 図書室脇にあった階段をひた走りながら芽依が呟く。

「……さっきの人、大丈夫かな」

 確かに気掛かりではあったが、不思議と俺は心配にはならなかった。わけがわからない状況ではあるが彼女に切羽詰まった様子は感じ取れなかったし、何より俺を魅了したあの瞳は健在だった。

 大会の決勝、土壇場での輝と同じような、自分の勝利を信じ切った目をしていたのだ。

 やがて校舎の最上階に到着する。幸運にも屋上への鍵は閉まっていなかった。いや、果たして幸運なのか。

 ともかく屋上に出た俺達は放置されていた机や角材をバリケード代わりに、扉の前に積めるだけ積んだのだった。

 俺は酸欠状態で腰を下ろす。大したもので輝は息一つ上がっていない。

「……ここからどうするよ」

 芽依が手すりに向かう。昼間、俺と芽依が下ろした垂れ幕を見下ろす。

「最悪、この垂れ幕を伝って下りるしかないかも」

「レンジャー部隊じゃねーんだから」

「でも他に……」

 芽依が言い掛けたその時、扉の向こう側から殴打の音が激しく打ち鳴らされた。

 ドンッ! ドンッ! 

 ノックなどという上品なものではない。鉄製の扉に次々と凹凸が生まれていく。人間の膂力では到底こうはならない。

 俺達は自分達の置かれた怪奇な状況に言葉を失う。夜空だけが静かに俺達を見下ろしていた。

 そんな中、輝が静寂を破る。俺を真正面から見据えて口を開いた。

「俺が囮になる。その間に芽依を連れて逃げてくれ」

「はぁっ!? 何言ってんだお前」

「この中で俺が一番運動神経が良い。幸いあいつらはそこまで素早くない」

 芽依が何かを言いたそうに輝へと詰め寄る。輝は広げた手の平でそれを制止しながら俺の目を覗き込んだ。俺の憧れた親友の瞳。舞台の真ん中で脚光を浴びるべき人間の眼差し。

「兄弟っ。お前にしか頼めない」

 その信頼が嬉しいと同時に俺を苛ませた。『あの時』を思い出す。今でも夢に見る、俺が何者にもなれないと確信した『あの時』。同じような状況が再び目の前にある。

 恐怖で足が震えている。でも言わなければまた後悔する。

『俺が囮になる。お前と芽依が逃げろ。芽依にはお前が必要なんだ』

 俺が死んだところでこの世界にどれほどの損失があるというのだ。

 しかし喉の奥で言葉が詰まってしまう。どうしてもその一言が言えない。更にその奥の心臓から声が聞こえる。

『お前はただ、舞台の隅っこで大人しくしてればいいんだ』

 いいのか? 本当にそれで、いいのか。俺は一生このままなのか。自問自答している暇は無い。

 再び訪れた人生の土壇場。暗雲立ち込める窮地。それを切り裂くように、その声は凛然と星空の下で瞬いた。ヒーローはいつだって遅れてやってくる。

「少年少女たち、案ずるな。私が来た」

 校舎の壁を足音が駆け上がると同時に、人影が月を背に飛翔した。そして俺達の前に着地したのは先程魔法少女を自称し、そして俺が一目惚れをしたその人だった。

「魑魅魍魎など、この一振りで払いのけてくれよう」

 スーツ姿で木刀を構えるその姿はどう見てもただの変質者である。しかし俺の胸はときめいて止まらない。

 心が鷲掴みにされている最中、やはり芽依は冷静に尋ねる。

「あの……怪我をされているようですが」

 よく見ると彼女は口端から血を滲ませていた。

「いやなに。先程の場所でやつらに囲まれてしまってな。心配無用。あばらにヒビが入った程度だ」

 それは大丈夫なのか、と皆が尋ねようとした瞬間、バリケードで固めていた扉が弾けるように粉砕された。扉の向こう側からは例の白い何かが数体同時に押し寄せてくる。

 もう駄目だ。絶望で身体が竦む。

 そんな俺に彼女は奇跡を見せてくれた。

 迫りくる得体の知れない巨体の頭部を木刀が薙ぎ払う。花瓶のように破砕する頭部。その中からはやはりコールタールのような泥が飛び散った。

「一つ」

 彼女は目を見開き姿勢を低くして、二体目へと飛び掛かった。猫のような俊敏性。目で追うのがやっとの、およそ常人では成し得ぬ体捌き。

「二つ」

 木刀の突きが二体目の頭を貫通する。同時にその身体が泥となって崩れ落ちる。

「三つ四つ」

 左右から挟撃されるも花びらのように舞いながら攻撃を回避し、片方を薙ぎ払うと返す刀でもう片方の頭を割った。

 俺はその殺陣にすっかりと魅入られていた。先日観客席から輝の優勝を見届けた時と同じような高揚感と、そして同時に肌寒さを背中に感じている。きっと次は、彼女に自己を投影した夢を見て自分を慰めるのだろう。

 なりたかった自分が目の前にいた。しかし俺はやはり見ているだけだった。

「さて……五つだ」

 最後に残った白い何かは、他の個体と比べて大きく肥え太っていた。対する彼女は息が上がり苦しそうな呼吸を見せる。額に脂汗も浮かんでいた。ここに来るまでに負った傷は決して軽くは無かったのだろう。

 その巨躯から伝わる奇怪な威圧感は明らかに一線を画しており、彼女の方が劣勢のように見えた。

 しかし彼女は一歩も退かずに不敵な笑みを浮かべている。

 そこで俺の目は一つの変化を捉えた。矢継ぎ早に白い怪物を撃破していった木刀は、その返り血というかコールタールのようなものを纏っていた。いや、それが吸われるように染み込んでいったのだ。

 彼女は木刀を水平にして怪物に突きつけると、その己の得物に対して優しく言葉を掛けた。

「もう十分に喰らっただろう?」

 すると信じられない事に、木刀が独りでにその形状を変化させたのだ。ガチンガチンと金属音を鳴らしながら自らを形成し直した木刀は、散弾銃へと姿を変えた。

「咲いてみせろ。『アンチ・リコリス』」

 彼女の号令に合わせて銃口が火を噴いた。足が浮いたと思えるほどの衝撃が周囲に響き渡る。

 少し遅れた炸裂音と共に巨躯の上半身が爆散して消失した。まさに必殺の一撃。

 散弾を射出したそれは、また金属音を鳴らしながら木刀へと姿を戻していった。

 白い怪物は全てコールタールのような泥へと成り果て、すぐに蒸発していった。屋上に静けさと平穏が戻る。

 彼女は柔らかい笑顔と共に俺らを振り返る。

「……すまない。あたしの奇跡はもう空っぽらしい」

 それだけ言い残して彼女はその場に膝をついて倒れ込んでしまった。

「だ、大丈夫ですか?」

 俺達は誰からともなく彼女を小さく抱き起こしてその負傷を探った。輝が言う。

「負傷自体は深くなさそうだ」

 彼女は息苦しそうにしながらも、俺らを安心させる為か微笑みながら言った。

「…………なに。ただの魔力切れだ。少し休めば元に戻る。ただ……」

 彼女の言葉を遮るように、屋上へ続く階段の下から更に多くの這いずる音と呻き声が聞こえてきた。

「……今すぐの戦闘継続は難しいな」

 そう口にする彼女の身体は、ぐったりと弛緩している。もう化け物に真っ向から対抗する手段は無い。

 晴れ間が見えかけた状況に、再び暗雲が垂れ込めようとしている。

 いっその事、本当に垂れ幕を伝って下りるか? 訓練も無しにそんな事が可能だとは思えない。ただでさえ手負いの人間が一人いるのだ。

 全員が押し黙った中、木刀を手にした彼女は俺達の顔をぐるりと見渡した。そして絶え絶えの息の中、一縷の望みを託すように言う。

「……君の瞳の奥に、魔法を使える資質が見え隠れする。一時的に私の力を貸与出来るかもしれない。受け取ってくれるか? 相手はたかが『噂級』の怪異だ。やってやれない事はないはずだ」

 俺の脳裏に思わず浮かんだのはこんな光景。魔法少女から譲渡された力を振るい、親友と幼馴染の窮地を救い、一目惚れした女性の前で勇躍する己の姿。

 しかし彼女の木刀は芽依に渡された。俺じゃないんかいっ!

「君なら暫定的にではあるが、魔法少女になれるかもしれない……私の代わりに戦ってくれるか?」

 芽依の判断は速かった。一切の躊躇を見せずにその木刀を握った。その肩を輝が掴む。

「待て待て待て! 芽依が戦うなんて、そんな危険な事は駄目だ!」

 木刀を手にした芽依の身体が薄っすらと発光していく。そんな中、芽依は輝を力強く見つめ返した。

「さっきは輝君があたし達を助けようとした。今度はあたしの番」

 芽依を包む光の明度が最高潮を迎える。一瞬だったがその眩さに瞼を閉じた。

 再び視界に映る芽依の姿は元々の制服姿からそれほど変化は無い。白いブラウスにチェックのスカート。そして手に持つ木刀が、何やらファンシーなステッキへと様変わりしていた。

「輝君の為なら、あんな奴ら怖くない」

 その瞳は自信に満ち溢れている。芽依が見つめているのは輝の視線なのに、思わず目を逸らしてしまった。そんな俺に対して芽依は立ち上がりながら背中越しに言う。

「ちゃんとあんたも守ってあげるわよ」

「……ついでみたいに言うな」

「あたしの最優先はいつだって輝君だから」

 そういう事を本人の前でクールに言い放つ。芽依はそういう女だ。俺は皮肉めいた口調で彼女を鼓舞する。

「へいへい。精々頑張ってくれよ。魔法少女さんよ」

「まさかこの年で子供の頃の夢が叶うとはね」

「魔法少女なんて可愛い夢じゃなかっただろお前」

 俺と芽依のやり取りに、輝に抱き抱えられた彼女が薄く笑う。

「随分と頼もしいな」

「でしょ。俺の自慢のカノジョと親友ですから」

 そうこうしている内に昇降口から再び白い何かが顔を出し始めてきた。構える芽依に彼女が声を掛ける。

「しち面倒な事は考えなくても良い! 思うがままにその奇跡を振りかざせ!」

 幼少の頃にはチャンバラが好きだったと言う人間が、いきなり化け物と戦えと言われて矛を握らされても猛々しく振るえるわけがない。

 しかし鉄仮面の生徒会長はそれが可能だった。そういう星の下に生まれていた。輝の為なら魔法のステッキを鈍器代わりに振り回す事への躊躇いなど無い。

 芽依は困惑した様子もなく奴らに突っ込んでいった。その速度は尋常ではなかった。木刀の彼女の体術も十分現実離れしていたが、芽依はそれを凌駕していたのだ。

 瞬き一回分だった。残像を映しながら、芽依は複数の白い何かの頭部を、そのステッキで力任せに粉砕してしまったのだ。

 木刀の彼女が賞賛するように輝に呟く。

「……これは驚いた。君の恋人は魔法少女としての適性を随分色濃く持ち合わせていたらしい」

 なんてありがちな主人公補正。俺に寄越せ。

 芽依は余裕綽々の様子だったが、如何とも相手の数が多い。芽依はステッキをメイスのように振り回しながらも面倒臭そうに言う。

「これじゃキリが無い。ここから逃げよう」

「それが出来たら最初からやってんだよ!」

 芽依が俺達の傍に駆け寄る。俺の目からすれば瞬間移動したかのような素早さだった。

「今のあたしなら出来る。確信がある」

「は?」

 わけがわからないといった様子の俺を無視して、芽依はまず輝を背負った。

「うお」

 輝が驚きの声を上げる。

 片手一本で大の男を軽々と宙に浮かしておんぶしたのだ。どうやら魔法少女となった芽依は風のような俊敏性と共に、鬼のような膂力も兼ね揃えているらしい。

 次に右腕だけで彼女をお姫様抱っこする。最後に左手で俺の腕を握った。

「全員落ちないようにしっかり捕まってて」

 芽依が静かにそう言うや否や、白い化け物で埋まりつつある屋上で助走をつける。俺はまるで暴走する車に捕まっているかのように引きずられる。

「うおおおおおお! 芽依っ、痛い痛いっ!」

「ちょっとくらい我慢しなさいっ!」

 屋上を縦断していく。

 手すりが近づいてくる。

 俺の懸念通り、芽依は掛け声も無しに走り高跳びをするかのように屋上から跳んだ。

「お前マジかあああああっ!」

「うるさいっ! 黙って掴まれてな!」

 身体が重力から解放される。しかし落下の感覚は無い。自分の身体が水平に横っ飛びしている。まるでジェットコースター。

 三人分の体重を預かりながらも、芽依は校舎から体育館の屋上へと飛び移った。

 かと思えばそのまま二の足で踏み込んで再び跳躍する。

 体育館の次は学校に隣接しているビルの屋上を、そして次は電波塔の頂を、そしてまた次のビルへと飛び跳ねていく。俺は全身を振り回されながら絶叫した。

「うおおおおおおおおっ!」

「マジか芽依。流石は俺のカノジョだなっ」

 輝は芽依の飛翔に惚れ惚れとしている。なんだこの馬鹿ップルは。

 そして木刀の彼女は痛快そうに笑った。

「あっはっは。いいぞ。これでこそ魔法少女だっ」

挿絵1

 星空の下を芽依は駆け抜けた。この世の理を全て無視して。

 それはまさに奇跡そのものだったし、俺は声を枯らしながらもその姿を羨ましく思っていた。

 結局俺だけが観客席に座る脇役なのだ。

 自らを犠牲にして皆を助けようとした輝。負傷を押して戦った木刀の彼女。そして夜空を天高く舞う芽依。

 目の前の出来事なのにどこか他人事のような活劇。俺だけが舞台にすら上がっていない。

 眼下には住宅街のささやかな灯りが広がっている。俺は結局あの中の一つにしかなれないのだろう。この夜空に瞬く星がやけに遠く感じたのであった。

 芽依の高速移動が終わりを告げたのは隣町の河川敷に着地した時だった。

 土手に放り投げられた俺は大の字になって空を仰ぐ。目にしたもの全てが嘘のようだったが、全身で感じた風を切る冷たさだけは確かに残っている。

「芽依っ! 大丈夫か!?」

 輝の慌てた声で俺も身体を起こす。芽依が膝をついていた。

「……大丈夫……ちょっと眩暈がしただけ……」

 その言葉と同時に彼女の身体が儚げに光り、そしてその衣装は元の制服姿に戻っていた。

「心配は要らない。いきなり魔力を行使しすぎてガス欠になり、貧血のような症状を起こしてしまっただけだろう」

 木刀の彼女は屈んで芽依の顔を覗き込むと言葉を続けた。

「ふむ。しかし一か八かだったが、力の貸与が上手くいったのは幸運だったな。腹部の底で空腹のような渇きを感じているだろう?」

 芽依が黙って頷く。

「大きく、ゆっくりと深呼吸をするんだ。吸い込んだ酸素をへその下まで届けるようなイメージだ」

 言われた通りにすると多少は元気が出たのか、芽依は立ち上がろうとした。

「……あいつら、また来るかも」

「それは心配要らない。完全に振り切っているだろ? わからないか?」

 芽依は警戒を解くわけにはいかないとばかりに、首を振って周囲を見回す。対照的に木刀の彼女はリラックスした様子を見せている。

「ふむ。あの跳躍といい、どうやら君は体術に優れたタイプの魔法少女のようだ。その代わりに感知能力は不得意と見える。あの邪気はこの辺に存在しないよ。無理せず腰を下ろして休むと良い」

 彼女の言葉に輝が乗っかり、芽依の肩を手で押さえて座らせようとする。

「師匠がこう言ってんだ。休んでてくれ」

 輝以外の三人が師匠ってなんだという顔をする。輝は当然だろという風に言った。

「芽依の魔法少女としての師匠だろ?」

 体育会系らしい発想だ。俺は横目で木刀の彼女を盗み見すると、少しそわそわしながらも面映ゆそうな笑みを浮かべ、頬を掻いていた。

「し、師匠か……うん、ま、まぁ好きに呼べば良い」

 満更でも無さそうだった。その様子に俺は悠長にも、凛然とした佇まいの中にも可愛げのある人なんだなと惚れ直してもいた。

「とにかく、あの怪異は校内からは外に出られないようだ」

 師匠は咳払いをするとそう言い切った。

「やっぱり本の所為なのか。売れない小説家の呪いってやつ」

「売れない小説家の呪い? なんだそれは」

 不意に師匠から話し掛けられた俺はドギマギしながらも輝の説明を繰り返す。当の輝は芽依に寄り添って座り、安堵の表情で彼女を優しく抱きかかえている。

 俺の説明を聞き終えた師匠は成程なと呟いた。

「その小説家とやらのエピソードは尾ひれがついたものだな。あの図書室に呪物が存在するのは確かだが、そんなチンケなものではないだろう。私が探しているのは『名前と顔を捨てた悪魔』の一片である書物だ」

「『名前と顔を捨てた悪魔』?」

「人間の願望を曲解して叶えてやり、場を混沌とさせるのが好きな厄介な悪魔さ。その爪の先程の断片がこの辺りに存在すると調査報告が上がっていて、私が捜索していた最中というわけだ」

 だから俺が一目惚れした時、校舎を見つめる彼女と目が合ったのか。

「ともかく、もう君達に害が及ぶ危険性は無い。あとは私に任せたまえ」

 師匠は胸を張る。頼りになる姿に、輝と芽依も安心しきっている。

 張り詰めていた空気が弛緩すると途端に心に余裕が出来て、俺はこの人に惚れている事を徐々に思い出してくる。その凛々しい瞳、美しい肌。モデルのような立ち姿。全てが麗しい。そして何より俺が持たない、舞台の上で輝く人間の資質を備えている。

 呼吸を忘れる程の恋慕の情が溢れ出す。そんな俺に気付いたのか、輝と芽依が俺に応援の視線を寄越す。

『連絡先くらい聞いとけ!』

 目と目で通じ合う仲である。

『なんて聞けば良いんだよ!?』

 この期に及んでヘタれる俺であった。

『この後また何かあった時の為に、とかいくらでも理由はあるでしょ』

 芽依の呆れるような視線が俺を突き刺す。

 俺は友人達の後押しを受けて咳払いをすると、師匠の連絡先を聞き出そうと決心する。改めて彼女と向かい合うと、身体が硬直した。それを見つけてしまったのだ。連絡先よりも先にそれについて尋ねてしまう。

「あ、あの~……その左手の薬指の指輪は~……」

 魔法少女なのだ。魔術の補助的なアイテムに違いない。そうであってくれ。頼む。

 彼女は朗らかな微笑みを浮かべると、手の平を上げてくるくると回した。

「ああこれか。これはただの結婚指輪だ。なに、気にするな。既婚者で魔法少女を名乗る者もそう少なくはない。年齢的にもまだ二十代半ばなので少女の呼称についても世間はギリギリ許容してくれるだろう」

 その後四人で帰宅する際、俺は何度も輝に背中を叩かれた。

「ドンマイ」

 芽依からも珍しく今度ラーメンを奢ってあげると優しく声を掛けられた。俺達は師匠と簡単な自己紹介と世間話を交えたが、俺の頭には何も入ってこない。ただ師匠の名前が綺麗だと感じたのは憶えている。

 師匠はまず河川敷から一番近かった俺の家へと向かい、送り届けてくれた。

「それではな。ぐっすり眠るんだぞ少年」

 そう言って去っていく師匠達の背中を死んだ魚のような目で見送った。

 部屋に戻りベッドに倒れ込むと、どっと日常が舞い戻る。失恋のショックも大きいが、それ以上にやはり色んな事が起こりすぎた。今も信じ切れない光景が瞼を閉じると鮮明に浮かび上がる。

 今まで生きてきた世界がまるで別物に変わった。

 そして師匠への一目惚れも同じように世界が一変したのだ。しかしそれは即打ち砕かれた。

 やはり俺は舞台には上がれない運命なのだろうか。一連の騒動で、俺は結局見てるだけだった。

「なんだよ~~~~も~~~~~」

 ベッドの中で転がっていると携帯が鳴った。芽依だった、今から俺の家に来るという。

「は? なんで?」

「いいから。親御さんは?」

「もう寝てるよ」

「じゃあ玄関で出迎えて」

 俺は訝しげに思いながら通話を切ったが、その事をそれ以上考える心の余裕が無かった。頭の中はあの化け物共が迫りくる恐怖。それらから逃れられた安堵。そして師匠への想いでいっぱいだった。

 数分後、約束通り芽依が俺の家を訪ねてきた。師匠と一緒に。輝の姿だけが無い。

 玄関口で不思議そうにしている俺に芽依がさっさと家に入れろと急かす。

「……輝は?」

 芽依の代わりに師匠が答えた。

「彼を家に送り届けた後、私達だけで引き返してきた。彼抜きで君達に話がある」

 師匠の顔から、先程までの微笑は消えていた。

 二人を俺の部屋に案内する。芽依を俺の部屋に上げるなどいつ振りだろうか。とはいえそんな感傷に浸っている雰囲気ではない。

「えっ、と……一体何なんでしょ?」

 俺は二人の顔を見比べる。芽依はわけがわからないといった様子で首を振った。なので視線を師匠に向ける。やはり美しい。見た目だけの話ではない。立ち振る舞いの一つ一つから感じる輝き。夢を叶える為に犠牲を積み重ね、そして力を手に入れた者だけが持てる気焔を彼女は放っていた。

 それは俺に欠けている光。まるで蛍光灯に魅入られた虫のように心が引き寄せられる。

 しかし同時に結婚指輪も視界に入り、心臓にバラの棘が刺さったかのような痛みにも囚われる。

「簡潔に言おう。君たちが遭遇した怪異。あれは輝君を狙っていた」

 一瞬で芽依の全身に緊張感が張り詰めた。

「どういう事ですか?」

 淡々とした口調だが、その声色には研ぎ澄まされた冷たさが隠されている。

「その言葉通りだ。あの怪異は明らかに彼だけを狙っていた」

「でも最初に襲われたのはあたしとこいつでした」

 芽依の言う通りだ。一番初めに殴打されそうになったのは俺と芽依だ。

「それはたまたま輝君の前に君たちが居ただけだろう。振り払おうとしただけだ。芽依君。君は感知能力に乏しいからか、それとも初めての魔法少女としての戦闘で余裕が無くわからなかったのかもしれないが、奴らの悪意は明らかに輝君に集中していた」

「……それはつまり」

「おそらく件の書物で彼を呪った人間がいる。心当たりはあるか?」

 突然すぎて俺と芽依は思考が停止する。輝を? どうして? あんなに格好良くて、誰にでも気さくで、大舞台でも怖気る事なく笑顔を振り撒くスーパースターを、一体誰が呪うというのか。

「…………輝君への嫉妬?」

 芽依がぼそりと呟く。俺にはその発想すら浮かばなかった、確かに有り得る話かもしれない。

 しかしそれでもやはり容疑者は思い浮かばない。あんな能天気で根明な輝を疎ましく思う人物。

 芽依がふっと何かを思い出したかのように顔を上げた。

「そういえば、一月前に男子に告白された。当然断ったけど」

「それで輝を逆恨みってか。少し弱くないか」

「でもその人確か……図書委員だった」

 師匠の口角が微かに持ち上がる。

「調べる価値はあるな。とりあえず明日は再び現地調査に赴くか」

「現地ってあの図書室ですか? 明日から夏休みですけど」

「丁度良い。人払いの手間が省けた」

 不敵に笑う師匠に、俺は一つの疑問を投げかけた。

「あの~、今更なんですけど、どうして輝にもそれを伝えないんですか? 輝自身も知ってた方が動きようがあるっていうか」

「自分が呪われていると知ったらどう思う? 恐怖すればそれは呪いをより強化させてしまう」

「……輝が呪いにビビるようなタマだとは思えないんですけどね」

「恐怖とまではいかなくとも、嫌悪や不快には思うかもしれない。呪いが活性化するにはそれで十分だ」

 俺と師匠のやり取りに芽依が口を挟む。

「どちらにせよ大事な大会の前なんだから、余計な心労は掛けたくない」

 そしてそのまま覚悟を決めたような面持ちで師匠に向かって言葉を続ける。

「あの、魔法少女の力ってまだあたしに残ってますよね? だったら何か手伝う事が出来ませんか」

 何を言い出すのだ。いくら愛しの恋人の為とはいえ、俺達凡人に何が出来るというのか。などという考えがよぎったが、こいつは今や魔法少女の力があるのだ。俺とは違う。

 しかし師匠は毅然とした態度で返す。

「確かに今、魔法少女は空前絶後の人手不足だ。それこそ猫の手でも借りたい程に。しかし暫定的に魔法少女としての力を行使出来る身とはいえ、君はあくまで一般人だ。先程は緊急事態であったが為に仕方無く私の力を貸与したにすぎない。

 再び危険が降りかかる可能性を否定出来ないのであれば、任務からは出来る限り無縁でいて欲しいというのが私の本音だ。情報だけを提供してくれればそれで十分ありがたい」

「でも校内での調査なんかはあたし達の方がやりやすいはずです」

 芽依も食い下がる。輝の事となるとテコでも引かない。彼氏に危険が迫っているのに、のうのうと他人任せにしていられる程聞き分けは良くないのだ。

 それにしても気になる一言があった。

「芽依。お前今さ、『達』って言った?」

 芽依がじろりと俺を睨む。

「冗談だよ。俺も協力するよ」

 何故こんな安請け合いをしてしまったのだろうか。

 当事者である輝。解決に赴いた師匠。力を分け与えられた芽依。舞台に上がっているその三人の姿は遠い。俺には声援を送るくらいの役割しかないはずだ。

 しかし輝は俺の尊敬する親友で、芽依だって息の長い幼馴染だ。彼らの助けになりたいという気持ちは誰にも負けないくらいに強い。

 しかしどうしても思ってしまうのだ。

 俺なんかに何が出来るのだ、と。今回の事も、『あの日』だって、結局ただの『その場に居合わせた一人』でしかない。

 一歩を踏み出す事に躊躇する。自分が何者でもない事を再確認するのが怖い。

 だが輝の安否が掛かっている。うじうじと悩んでいる暇は無いのだ。

 俺は芽依の頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜながら、無理矢理作った笑顔を師匠に向ける。芽依は鬱陶しそうにしながらも師匠を一心に見据え、猫のように為すがままになっていた。

「大丈夫ですって。危ない橋を渡ろうとしたらちゃんと俺がこいつを止めますから」

 俺達二人で輝を救う。黙ってなどいられるわけもない。その決意と覚悟を師匠にぶつけると、彼女はやれやれと苦笑いを浮かべて首を振った。

「わかった。負けたよ。しかしいいな? 君達にお願いするのはあくまで情報収集だけだ。万が一戦闘状態に入りそうなら即時撤退しろ。これは約束だ」

「はいっ!」

 俺と芽依が元気よく返事を重ねると、師匠は渋面で大きくため息をついた。彼女にとっても苦渋の決断だったのだろう。俺達に危険が及ぶ可能性がある事を快く思っていないという配慮と、如何ともしがたい人手不足を憂慮している事が伝わる。

「……しかしそれでも否応なく戦闘に入る可能性も皆無ではないだろう。そんな時に今の芽依君のガス欠状態では心許ない。事前に魔力を回復しておく必要がある」

 師匠は訥々と魔力の回復方法を口にする。その内容は俺に頭痛をもたらしたが、芽依は身じろぎ一つせずに師匠の説明を一言一句聞き漏らさないようにしていた。

 師匠はそれを伝え終わると俺達を残して部屋から去った。そして俺と芽依は無言のまま秒針の音を聞き続けていた。

 しばらく静寂に包まれていたかと思えば、突然芽依が立ち上がって窓のカーテンを締めた。そして俺に向き直ると、スカートのホックに指を掛ける。

「……おいマジかお前」

 俺は床にあぐらを掻いたまま、芽依のスカートがするりと滑り落ちるのを唖然と見守る事しか出来なかった。月明かりも差し込まない俺の部屋に、似つかわしくない甘い香りが一息に充満した。

 細く白い太もも。同じくらい白いショーツはレースが織り込まれて大人びたデザインをしていた。

 暗闇に目が慣れてくると、無表情に俺をじっと見下ろす芽依の耳に、ほんの微かな紅潮が差しているのが確認出来た。

「何ぼさっとしてんのよ。あんたも脱ぎなさいよ」

 芽依は続けてブラウスのボタンを外していく。

「いやいやいやいや……お前、師匠の話聞いてたのか?」

「聞いてたから服を脱いでんのよ。あんたこそ聞いてたの?」

「そういう事言ってんじゃねーよ!」

 思わず立ち上がり、芽依の両肩を掴んで止める。血が昇った俺の頭に師匠の声が蘇る。

『もっとも簡易的で即効性のある魔力回復の方法は膣内射精だ。精子は魔術の万薬に使用される魔力の源だし、子宮はそれを最も効率的に吸収出来る器だ。胃や腸での吸収とは比較にならない。

 しかしシリンダー等を使用して精液を注げば魔法少女は無限に戦えるかといえばそうではない。精子による魔力供給は互いが肉体的、精神的に高揚すればするほど効果を増す。平たく言えば良いセックスであればあるほど吸収は効率が良くなるのだ。

 ここで君達には一つの疑問が浮かび上がるだろう。ならば輝君と芽依君で膣内射精を行なえば良いのではないという案だ。しかしそれはお薦めしない。繰り返すが魔力の吸収率は互いの肉体、精神の高揚に比例する。つまり互いを想い合った男女が交わり合った場合の吸収率は適切な補給の範疇を過ぎてしまうのだ。それは男性側の生命力を奪い尽くしかねない程にな。

 なので魔力回復の為のセックスは、程々に気持ち良くなれる相手が理想という事になる。その点君達は元々気心が知れた仲で抵抗感も少なかろう。なに、多少の気恥ずかしさはスパイスになるはずだ』

 師匠はあくまで真面目な顔と口調でそう言い切ると去ってしまった。

 芽依は意に介した様子も無くボタンを外していく。ショーツと上下揃いのレースのブラが眼下に映った。華奢でやや小柄な背丈に似つかわしくない豊満な谷間が、暗闇の中でも存在感を放つ。着痩せするタイプだったらしい。かなりの隠れ巨乳だ。

 憔悴を見せる俺とは違い、芽依の瞳には強固な決意だけが浮かんでいる。彼女は粛々と口を開いた。

「師匠は何も言わなかったけど、おそらくあたしに力を譲渡した影響か、彼女の魔力は明らかにあたしよりも密度が薄くなってた。あたしは感知に疎いらしいけどそれくらいはわかる。つまり今、輝君を守れるのはあたししかいない。違う?」

「ぬっ……」

 ぐうの音も出ない正論。自身が受ける辱めなど歯牙にもかけず、輝の命を真っ先に優先するその覚悟。輝の恋人として完璧に相応しい振る舞いだった。その瞳に映っているのは俺ではなく、輝との未来だけ。

 その間も俺は人並みの倫理観が頭をぐるぐると巡っている。そんな猶予など残されていない事などとっくに頭で理解しているのに。

 芽依はブラウスも脱ぐと下着だけの半裸となり、背筋を伸ばして俺を見上げた。その瞳は俺に『また傍観者でいるつもり?』と訴えかけているようだった。

「あんたはやれるの? やれないの? あたしはとっくに魔法少女として輝君を守る覚悟を決めてるんだけど?」

 無害そうな愛くるしい目鼻立ちで問い詰めてくる。

 俺だけが駄々をこねて与えられた役を放棄しようとしている。主役を諦めたばかりか脇役に徹する事すらせずに、舞台を降りようとしている。

「上等だよっ! そんな隠れ巨乳しやがって! お前でなんとか勃たせてやるよっ!」

 半ばやけ気味にまくし立て、乱暴に衣服を脱ぎ捨てていく。

 芽依は無表情のまま品定めの視線を、全裸となった俺の下腹部に向ける。そして舌打ちしながらつまさきで軽く俺の脛を蹴った。

「ちょっと。威勢良かったわりに全然じゃない。さっさとガチガチにしなさいよ」

 俺の男性器など昔から見飽きていると言わんばかりの平常心である。実際幼少の頃はビニールプールやお風呂で遊んだ記憶など数知れない。芽依に俺の幼くも愛らしいおちんちんを引っ張られて泣いている写真もあったが、輝と付き合い出した頃に芽依自身の手によって葬られた。

 とにかくそんな仕打ちを受けた女に欲情しろという方が難しい。いくら抜群のプロポーションで、外見も整っているとはいえ、俺は猿ではないのだ。

 しかしここで刀を鞘に仕舞ったままでは男の沽券に関わる。ぐっと胸を張って言い返す。

「大体お前でムラムラしろってのが無理ゲーなんだよ。せめてブラ外してその無駄にでかい乳晒せよ」

 芽依は俺を男として意識した事など皆無だろうが、それでも流石にそこまで言われると女として腹が立ったのだろう。澄ました様子は崩さずに、それでも静かに女のプライドを燃やしながらブラを外す。

 ぷるん、と音を鳴らして揺れながら現れた豊乳は、本人のどこか小動物的な愛らしさを残す可憐さとはミスマッチな質量を有していた。暗闇の中でも見て取れる透明度の高い乳輪だけが、その儚い外見と似通う。

 頭に紙袋でも被って、誰だかわからない状態でその裸体を拝めば一瞬で勃起していただろう。それ程に芽依の身体つきは煽情的だった。特に目を引くのはやはりその豊かな乳房である。

 それらはいくら相手が姉弟同然に育った芽依でも、ぐぐぐと男根を持ち上げる程の色香を発していた。

 それでも俺の主砲の仰角は水平程度に留まる。親友の命が掛かっている緊迫感。能天気に勃起しろと言う方が無理がある。

 芽依は情けないと言わんばかりにため息をつくと、無造作に俺の男根を右手で掴んだ。

「普段から輝君の一番の親友面してるくせに、あんたの想いはこの程度なわけ?」

 そしてやはり眉根一つ動かさずに、何の感慨も無さそうに肉棒を扱き上げていく。

 芽依が性的な事に対して開放的かと言うと、むしろ逆で潔癖な方だ。下ネタや下品な表現には露骨に不快を露わにする。ただし俺の性器に関しては、まさしくただの肉の棒としか思っていないようだ。

 俺に肌を晒す事も、俺の身体を触る事も、何の感慨も湧かないとみえる。

「うぐっ……」

 白魚のような指でゴシゴシと擦られると、思わず快楽の呻きを漏らしてしまう。芽依にだらしない顔と声を晒してしまうのは何だか普通の性行為よりも恥ずかしい。恋人と性行為を致す恥じらいではなく、家族にオナニーを見られた時のような恥ずかしさを感じる。

「気持ち悪い声出してんじゃないわよ」

 芽依は無表情且つ抑揚のない口調でそう言いながら、あくまで輝を救うという目的を果たす為の手コキを続ける。芽依の小さな手はスベスベで、男根を滾らせる摩擦を生み出すには十分だった。

 やられっぱなしはむかつくので俺は左手で芽依の胸を正面から鷲掴みにした。その巨乳は手の平に収まらずにずっしりと重い。透き通るような美少女と評されるその見た目からは想像も出来ない肉感。

「……誰が勝手に触って良いって言ったのよ」

「お前だって俺のちんこ勝手に触っただろうが」

「あんたのおちんちんなんて許可が必要なほど価値無いでしょ」

「それだったらこの無駄なデカ乳だって無許可で良いだろ」

 やはり何だかんだでお互いこの異常な状況で、多少は混乱に陥っているのかもしれない。わけのわからない問答を交えながら俺は胸を掴んだ手に力を込める。指が乳肉に食い込むと、むにゅりと甘美な柔らかさが手の平いっぱいに広がった。その感触が頭の中にまで伝搬して、心地良い浮遊感で俺を満たした。

 俺に対する愛想の無さが嘘のような、優しくて甘い弾力。

 気が付けば俺は両手で芽依の胸を触っていた。まるで初めて女の柔肉を貪る童貞の如く、豊かな双丘を持ち上げるように揉みしだく。それほどまでに芽依の乳房は魔性の吸引力を有していた。モチモチとした触り心地は指を捕らえて離さない。

「なに鼻息荒くしてんの。あんたもしかして童貞?」

 呆れるような視線を俺に送りながら芽依は手コキを続ける。既に垂れ始めた我慢汁は細い指に絡まり、にちゃにちゃという摩擦音と共に一段階上の快感を俺に与えていた。頭がぼうっとなるほどの心地良さ。俺はその刺激に抗いながら口を開く。

「ちげーよ馬鹿。これはあれだ……その……このはしたない巨乳が垂れたら輝が可哀想だからマッサージしてやってんだよ!」

「余計なお世話だから。ちゃんと腕立て伏せやってるし」

 輝の為にイイ女であろうと努力を惜しまない芽依の姿勢には、こんな時でも感服する。何より芽依の胸はそもそも垂れる未来が想像も出来ない程に美しいお椀型だった。

 なのに芽依は俺から視線を逸らすと、少し不安そうに尋ねた。

「……やっぱり男の人って胸が垂れたりしたら嫌なわけ?」

 俺は彼女の肩を叩いてツッコミを入れたかったが、代わりに両胸をぎゅっと力強く揉んだ。

「輝はそんな事で女を判断するような浅ましい人間じゃねーよ」

「じゃあマッサージの下りは何だったのよ」

 芽依の美巨乳に夢中になっていた事を誤魔化す方便だとは言えずに、俺は彼女の小さめの乳首を指で弾く。

「んっ」

 顎を引いて目を細めた芽依の口から漏れた吐息は、微かではあるが確かに甲高かった。

 俺は意趣返しと言わんばかりに言い放つ。

「気持ち悪い声出してんじゃねーよ」

 一瞬蕩けた芽依の瞳が静かな迫力を帯びた。あからさまな怒気や殺気は放たない。むしろ穏やかな手つきで男根を扱きながら、更にもう片方の手で睾丸を撫でてきた。猫の顎を撫でるような手つきはあくまで優しい。しかしその快楽だけを与える行為は明らかに俺への攻撃だった。

「ぐぅ……」

 男根はあっという間にギチギチと音を軋ませるように反り返った。我慢汁がにゅるにゅると淫靡な音を立てる。その強すぎず弱すぎずの絶妙な擦り具合は、疑いようもなく気持ち良い。しかし芽依にされていると、なんだか愛撫というよりかは介護されているような不思議な気分である。

 俺も負けじと両手で芽依の乳首を摘まむ。

「やっ」

 彼女は愛らしい声を上げながら顎を引くと、やってくれたわね……、と言いたげな上目遣いで俺を睨む。俺は顎を上げてその眼差しを見下ろすように迎え撃った。

 交差する視線が火花を散らす。それが号砲となり互いの手つきが強まる。

 にゅるっ、にゅるっ、にゅるっ。

 我慢汁に塗れた芽依の指が、パンパンに腫れたカリ首を扱き上げる度に俺の背中に電流が走る。

「うっ……く」

 しかし俺も反撃の手を緩めない。芽依の両乳首をくりくりと弄り倒す。

「あっ……はぁ……んっ、や………」

 芽依の細い腰がくねくねと揺れた。無垢を感じさせる太ももに愛液が垂れていく。

 しかし俺も既に男根の根本まで精液が昇り詰めていた。息も絶え絶えになりながら憎まれ口を叩く。

「……輝のカノジョがな……他の男に乳首摘ままれて濡れてんじゃねーよ……」

 自分でやっておいて理不尽だとは思うが、それでもやはり輝のカノジョはそうであって欲しいと願っている自分がいた。そして芽依も言われっぱなしで黙っているような女ではない。息を切らしながら言う。

「……あんたさ、人の胸の事を散々無駄にでかいとか貶しておいて、本当は大きい胸が好きなんでしょ?」

 俺の喉がきゅっと狭まる。その問いに対する答えは射精の予兆で膨張しきった男根が示してしまっている。芽依はトドメを刺すような摩擦をみせながら、涼しげな顔で淡々と言う。

「それこそあんたのおちんちん、無駄に大きいね」

「馬鹿っ、そんな、強い……あぁっ、出るっ!」

 ビクンと全身が痙攣した。膝から崩れ落ちそうになるほどの刺激。芽依の手の中で男根が激しく上下した。同時にビュルビュルと濃い精液が芽依の胸から腹部、そして脚を白く塗りたくっていく。

 芽依はそれに臆した様子もなく、ゆっくりと肉棒を扱きつつ睾丸も揉みながら言った。

「出せるだけ出して」

 その眼差しは懇願めいてすらいた。それもそのはず。俺の精液が輝を救う手立てに直結するかもしれないのだ。

 俺は射精の快感に打ち震え、瞼と口元を強張らせながらも頷いた。

「ま、任せろ…………俺達二人で、輝を救うんだからなっ!」

 思わず二人で、という箇所を強調していた。実際有事の際に戦うのは芽依だと言うのに。

 それでも芽依は俺の言葉に力強く頷き、その口元を微かに緩ませもした。芽依が俺に微笑を向けるなど珍しい事もあるものだ。扱く手つきも気持ち柔らかくなった気がする。

 芽依の手コキによる射精はなんともいえない開放感と居心地の悪さが入り乱れた。隠し事の出来ない相手に全てを暴き出されるような射精は、気恥ずかしいやら清々しいやら。

 射精が一旦落ち着くと、芽依は搾り取るように男根を擦った。その手つきは存外優しかった。とはいえやはり性的ないやらしさは全く感じない。きっと輝が相手だともっと情念たっぷりだったり、もしくは恥じらいを見せているに違いない。

 最後に強めにぎゅうっと握って、尿道から鈴口へと精液を追い出す。芽依は白濁しきった己の右手をじっと眺めた。魔力補給の話を信じて舐めるか否かなで悩んでいるようだった。

 いくら弟同然のような存在である俺とはいえ精液は精液だ。当然嫌悪感はあるだろう。

「経口摂取でも効果は有るって言ってたわね」

 なのに芽依は躊躇なくそれを口元に持っていこうとした。

「……いいのかよ?」

 思わず俺が引き止めるくらいだった。しかし芽依は事も無げに断言する。

「師匠の話、あんたは信じたんでしょ?」

 それだけで自分も信じるに値すると言いたげに、ためらいもなく指にへばりついた精液を舐めた。

 芽依は胸の間からヘソまで垂れ落ちる精液の塊を指で掬い取り、それも舐めながら言った。

「あんたさ、人を見る目だけはあるんだからしゃんとしなさいよ」

「……他にもあるだろ。ラーメンの早食いとか」

「あれ食べ方汚いからやめなさいっていつも言ってるじゃない」

 芽依が俺の精液を口に入れては嚥下している。その光景は魔法少女の戦闘よりも余程非現実的だった。

 多少はドギマギしながらも尋ねる。

「……そんで? 効果は?」

 指の間の精液も舐め取りながら真っすぐ俺を見る。その視線には輝を救うという使命感しか感じられない。

「覿面ね。魔力とやらが切れてからお腹の奥がずっとカラカラに乾いた感じがあったんだけど、そこに染み込んでいっては指先にまで循環していくのが鮮明にわかる」

 あの人の話を疑っていたわけではないが、芽依とこんな事をしておいて無駄に終わったら笑い話では済まない。一先ず安堵すると、芽依がその場に膝をついた。

「でもまだまだ足りないみたい」

 どうするつもりなのかを聞く前に、芽依は髪を掻き上げ耳に掛けると、俺の股間に顔を近づけた。

 どういうわけか男根はまだいきり立っていて、そして精液が付着していた。芽依は両手で俺の両膝を軽く掴むと、舌を大きく出して、鈴口から裏筋に垂れていた精液を舐め取った。

 芽依の舌の表面はぬるりとしており、そして何より温かかった。思わず肉槍がビクンと跳ね上がる。

「ちょっと。暴れないでよ」

「わ、悪い……」

 芽依があまりに普段通りに文句をつけるので、俺もついつい普通に謝ってしまう。

 根本まで丁寧に舌を這わしてくる。必然的に俺の性器は芽依の唾液が万遍なく塗られる事となったが、彼女の唾液は媚薬効果でもあるのか、やけに男根がひりついて仕方が無い。

 ギンギンと青筋を立てて、射精直後とは思えない勃起を見せる。

「もう一度出せる?」

 亀頭と唇が触れそうな距離で芽依が俺を見上げる。吐息が裏筋に掛かるとビクッと竿が跳ねた。俺の返答など聞くまでもないと芽依が立て続けに言葉を続ける。

「ていうか出しなさい。それも出来る限り濃いのね」

 そう言うや否や一息に亀頭を咥え込んだ。そして首を前後する。

 くちゅ、くちゅ、くちゅ。

 今度は芽依の唇が肉棒を擦る。

 俺の部屋で、あの芽依にフェラチオをされている。それだけでも頭がクラクラする。なのに芽依の口の中は腑抜けになりそうな程に温かくて気持ち良い。

 芽依の口が離れる。その薄い唇と赤黒い亀頭に唾液の糸が引いている。

「返事は?」

 その声色はあくまで普段通りに物静かで威圧的だ。

「……どろっどろに濃いのぶち撒けてやるよ」

 それで宜しいと言わんばかりに咥え直すと、首の前後運動を速めた。

 くっちゅ、くっちゅ、くっちゅ、くっちゅ。

 まずい気持ち良すぎる。そもそも芽依にフェラチオされているという背徳感が劇薬の快楽なのに、輝の為だという責任感を背負った芽依の舌遣いも全力だ。膝がガクガクと笑い出した。

「ちょ、ちょっとベッドに座らせてくれ」

 俺は半ば強引に後ずさると、そのまま崩れ落ちるようにベッドの縁に腰を下ろした。

 目はすっかりと暗闇に慣れていた。俺の男根は芽依の唾液でぬめりを帯びており、やたらと淫らに見えた。

 芽依は無言のまま膝歩きで近づき、再び俺の股間に顔を埋める。両手を俺の太ももの付け根辺りに置くと、まずは男根の根本辺りを唇で啄んだ。ちゅっ、ちゅっ、と軽快な音が鳴る。

「……お前って見た目は清純派っぽいのに、めっちゃエロいフェラするのな」

 芽依は裏筋をちゅっちゅとキスしながら平然と答える。

「輝君の時はもっと献身的にやるけど」

 だろうなと思いつつも、俺もまだ余裕がある事をアピールしたくて軽口を叩く。

「相手が俺だからって手ぇ抜くなよ。お互い気持ち良くなるのが効率的な補給だって言われたろ」

 芽依の唇が亀頭まで昇り詰めると、舌先で鈴口をクニュクニュと突く。

「別に手抜きしてるわけじゃない。あんたじゃどうしてもモチベーション上がらないってだけ」

 そしてすぼめた唇を押し付けるように、ちゅうっと深く亀頭にキスをする。

「……でもまぁ、輝君以外にこういう事しないといけないってなって、あんたが居てくれたのは助かったかもね。他の男にこんな事するなんて死にたくなるだろうし」

「お前にとって俺のちんこなんてまさにただの肉の棒だろうしな」

 芽依は無表情のまま。人差し指の腹で亀頭をトントンと優しく叩いた。

「うん。本当そんな感じ。全然男の人の性器って感じがしない。そりゃ多少は成長したけどあんたのおちんちんなんて昔から見慣れてるし。子供の頃もよく可愛がってあげてたしね」

「あれは可愛がってたとは言わない。虐めてたって言うんだ。蛇掴むみたいに握っては振り回しやがって」

 珍しく芽依が俺に穏やかな微笑みを浮かべた。加虐嗜好の笑みでもなければ友愛の笑みでもない。弟との懐かしい思い出話に思わず頬が緩んだ姉のような笑みだ。

「昔の事をグチグチ言わないの。今度こそ優しく可愛がってあげる」

 再び咥え込まれる。その言葉通り、芽依の口の中はとにかく優しい気持ち良さに満ち満ちていた。その温もり。唇と舌の感触。歯も殆ど当たらない。

 ちゅっぱ、ちゅっぱ、ちゅっぱ、ちゅっぱ。

 あっという間に射精感が沸き起こる。思わず芽依の両手を握った。芽依はそれをそっと握り返す。芽依と手を繋ぐなんて十年近く振りだったが、記憶の中にある通りに温かいままだった。

「……やばい。もう出そう」

 芽依は口を離すと、和やかな雰囲気から一転緊張感のある口調で言う。

「お願いね。ちゃんと濃いの出してよ」

 そうだ。これは輝の為なのだ。ただ気持ち良いから射精するなんて事は許されない。芽依だって好き好んでこんな事をやっているわけではないのだ。俺は気を引き締め直して絶頂に向かう。

 くっちゅ、くっちゅ、くっちゅ、くっちゅ。

「……出すぞっ」

 芽依と握り合った手が強張る。口腔中で彼女の舌の腹が裏筋を撫でると同時に、俺は盛大に果てた。

 芽依の口の中にドクドクと精を吐き出していく。身震いする程に気持ち良かった。しかしそれ以上に友を救いたいという気持ちを念頭に置きながら、腹の底から精液を撃ち出す事に意識を集中した。

 エアコンなど効いていないかのように、額から汗が流れ落ちる。殆ど動いてすらいないのに息が上がる。こんな風に全身全霊を賭けて射精するなど初めての経験だった。

 芽依も一滴も零さないとばかりに咥えたまま俺の射精を受け止めきった。男根の脈動が落ち着きを見せたと判断すると、口元を片手で抑えながら離れた。そしてすぐにごくりと喉を鳴らして飲み干した。

 それだけに留まらず、無言のまま男根を咥え直すと、ちゅうちゅうと吸って、輝を救いたいという気持ちを行動で示した。俺もその気持ちに応えるように、彼女の吸引に合わせて下っ腹に力を込めた。

「……確かに着実に回復してる感じはある。でもまだまだ全快には程遠い。やっぱり経口摂取は効率良くないみたい」

 一通り精飲を終えた芽依は、微かに危機感を募らせながらそう言った。

 俺は肩で息をするほど消耗していたが、逸物はまだまだギンギンに筋肉を軋ませていた。芽依がそれを握りながら口を開く。

「ラーメンの早食いなんかより余程良い特技が有るじゃない」

 芽依は俺とセックスをするつもりだ。ただでさえ芽依にとって輝以外の男は全て畑の野菜みたいなもので、俺に至ってはその脇に生えてる雑草でしかない。芽依にとって俺の性器はただの肉の棒で、俺の精液は輝を助けるための燃料でしかない。

 しかし俺にとっての芽依はそうではない。

「……出来れば俺はお前とヤリたくない。何とか飲む方法で回復し切れないか?」

「多分無理。ていうかあんたがそんな何回も出せるって保障も無いでしょ」

「……そもそもお前とヤルってのが気持ち悪いんだよ」

「それはあたしも一緒なんだから我慢してよ。天井のシミでも数えてなさい」

「どっちかっていうと俺の台詞だろ……」

 芽依はとっくに意志を固めている。俺はその実直な視線に根負けして肩を落とした。

 芽依は立ち上がりベッドに上がった。どことなくギクシャクした様子で、二人してなんとなく気まずそうに視線を逸らしている。

「……やっぱりコンドームはして欲しいんだけど」

 今更怖気付いたのか、と茶化すつもりにもなれなかった。覚悟に塗り固められた芽依の表情の裏で揺れているその感情は、どれだけ鈍感でも伝わってしまう。

「輝君ともした事ないし。生セックス」

 わざわざ言わなくても良いのに律儀に理由を説明しながら、芽依はベッドの上で四つん這いになった。正常位でするつもりははなから無いらしい。その判断には同意する。芽依の顔を見ながら腰を振るなんて気恥ずかしいにも程がある。

「……まぁ、最終的に子宮に精液を注げば魔力は回復するんだもんな」

 俺はコンドームを装着しながら、未だに一週間オナ禁したかのように勃起している自身を不思議に思った。

 本当に芽依と性行為を交わす流れになっている。あまりに現実味が薄い。なのに肉槍は早く戦場にと逸るように猛っている。喉も渇いていた。気が急いているのは、見下ろす芽依のくびれがやけに艶めかしいからだろうか。それとも左右から覗き見える豊乳の所為だろうか。

 芽依の背中は頼りない程に細かった。抱きしめたら容易く折れてしまいそう。こんな身体であんな化け物と戦おうとしている。

 同様に腰も細かったが、臀部だけはしっかりと丸味を帯びていた。俺は悠長にもこれなら輝の子供を沢山産めるな、などと考えながら亀頭を膣口に添える。芽依の陰部は陰毛が少なく、そして陰唇も綺麗な縦筋を描いていた。

 あとは腰を押し進めるだけだったが、張り詰めた亀頭は中々肉唇を貫こうとしない。

「もしかして緊張してんの?」

 芽依が横目で俺の様子を窺う。確かに童貞を捨てた時より余程心臓がうるさい。しかし気取られるのも癪なので無理矢理鼻で笑い飛ばす。

「馬鹿みてーな展開になってるなって思っただけだ」

「確かにね」

 芽依は同意しながら顔を軽く枕に埋めると、本当馬鹿みたい、と呟きながら腰を突き上げ直した。その所作はどこか自暴自棄にも見え、さっさとこの儀式を終わらせたいという願望が見え隠れした。

 芽依の陰唇はしっかりと濡れていた。心はともかく身体は俺の突起と繋がる事を許可していたのだ。それがなんだか妙に興奮して、俺は腰を押し込んだ。

 何事も無かったかのようにぬるりと芽依と結合する。芽依の中はとにかく狭く、そして口と同様に温かかった。きゅうきゅうに締め付けてきて、気を抜いたら押し返されそうな程の密度だった。それでいて膣道は微妙にうねっており、その挿入感は単調とは程遠い。

 芽依の腰回りは見た目以上に肉付きが良く、掴むと指がふわふわと沈み込んだ。

「俺バック苦手だからな。上手くやれなくても文句言うなよ」

「あんたにそんなもん元々期待してないわよ」

 普段の調子で売り言葉に買い言葉を交わしているが、俺の男根はしっかりと芽依の肉壺の柔らかさと温もりを感じていた。芽依の中はとても窮屈で、しかし腰を振るとヌルヌルと滑りとても心地良い。

 パンパンと下腹部と尻肉が渇いた音を鳴らす。誤魔化し様もないセックスの音。今、芽依とヤっている。俺はその不可思議さを誤魔化すように腰を振りながら、なるべくいつも通りに言葉を投げかける。

「一応言っとくけど、今両親どっちも田舎の法事で居ないから声我慢しなくても良いからな」

「別に我慢する程気持ち良くないから大丈夫」

「このやろう」

 俺は悪態をつきながらも安堵の笑みを浮かべていた。芽依も俺と同じように努めて平常時の態度を取ろうとしている。この非日常極まりないコミュニケーションの中で、それが俺を安心させる。

 しかしピストンを続けると、その安らぎが徐々に崩れていく。

「……おじさんと、おばさん……最近会ってないけど、元気?」

 芽依の方から話し掛けてくる。しかも他愛もない世間話。その時点でおかしい。

「何も変わらねーよ」

 パシンパシンと小気味良い音を鳴らし続けながら、俺はその変化に気付く。

 芽依の背中が薄っすらを汗ばんでおり、抽送にあわせてクネクネと艶やかに揺れている。

 そして耳を澄ますまでも無く聞こえてくる吐息。

「んっ……んっ…………やっ……あっ…………」

「おい変な声出すなよ」

「……うるっ、さい…………やっ、あ……」

 ピストンを止める。気が付くと芽依は肩で呼吸をし始めていた。背中に浮かぶ汗は玉粒の様相を呈している。両手に掴まれたシーツが描く乱れはどこか淫らだ。

「……おい」

「言わないで良いから……」

「お前感じてんだろ」

「言わないでって言ったでしょ!」

「きつきつなのにヌルヌルだから気持ち良すぎんだよ。もうちょいどうにかしろ」

「……あんたのが大きすぎるんだって」

「なんだお前。でかいちんこ入れられたらこんな太もも垂れるくらいに濡れるのか? 輝の彼女がそんな淫乱とか認めないぞ俺は」

 芽依が俺とのセックスで感じている。真正面から向き合うには難しい現実である。

「……ただの生理反応だっての」

 その言葉が本当かどうか確かめる為に、単発で大きなストロークで腰を打ちつける。

「あっ、ん!」

 普段の芽依からは想像も出来ないような愛らしい喘ぎが零れた。なんだか俺まで照れ臭くなって、わざとらしくおどけてみせる。

「わはは。口では強がっても身体は正直だな」

「……言ってなさいよ」

 呆れる芽依に俺は軽口を返しながら継続的なピストンを再開する。

 芽依の小ぶりながらもしっかり桃を模した尻肉は、俺の下腹部を受けてぱしんぱしんと音を鳴らす。

「んっ、んっ、んっ、んっ……」

 芽依は必死に口を噤んでいたようだが、鼻から漏れるその音色はこの空間を桃色に染める。俺と芽依が性器を擦り合い、それが確かに性的快感を生んでいた。

 俺がピストンを小休止する合間合間に、芽依は呼吸を整えながら嘆くように口を開いた。

「…………デカくない?」

「さっきまで舐めてたくらいなんだから大きさはお前も把握してんだろ」

「こんな……んっ、あっ……頭の奥に響いてくるなんて思わなかったし……あっ、あっ……」

 摩擦を緩やかにしながら問う。

「痛いか?」

「……悔しいけど気持ち良い」

 芽依に男の核心とも言える部分を褒められる。なんだかそれがくすぐったくて仕方が無い。空気が湿っぽくなるのを阻止するように、俺は盛大に腰を振った。

「あっ、あっ、あっ、あっ♡」

 あんまりエロい声を出すなと苦情を出す余裕も無く腰を振る。

「やっあっ、そこだめっ♡ あっあっ、いっ、いっ♡」

 激しくバシバシと下腹部を叩きつけ合う。互いの息が切れて腰が止まった頃には、コンドームが芽依の愛液で真っ白に泡立っていた。

 憧れ、尊敬している親友。その彼女が俺の肉槍で喘いでいる。胸の奥でふつふつと何かが湧き上がる。

「あんっ、あんっ、あんっ!」

 芽依が甲高い声を上げると、何となく自尊心が満たされていく自分がいた。

「やっ、あぁっ、おっきぃ……あっ、そこ、すごい……」

 のっぴきならない事情の中、芽依を抱いたからといって輝と同列に並べるわけもない。それでも他に何も持たない俺は、縋るように芽依をよがらせる。

「あっあっあっ…………♡ ねぇ……っ」

 芽依は甲高い嬌声の最中、俺の名前を呼ぶとそのまま言葉を続けた。

「……あんたのおちんちん、一番奥に当たるっ……」

 芽依に名前を呼ばれたのなんて小学生ぶりだろう。しかしノスタルジックな感傷に浸る暇はない。芽依の身体はすっかり女として成熟しており、俺もその肢体に雄として魅入られるばかりだった。

「はぁっ、あっ……あっいいっ、それっ、きもちっ……あっ……イっちゃいそうかも……」

 芽依の声が切羽詰まっていく。輝のカノジョが俺とのセックスで絶頂しようとしている。陰茎が射精感と共に征服欲で膨張していく。芽依に対して輝以外には淑女であって欲しいと願いながらも、芽依を絶頂させれば輝に一歩近づけるのではないかという渇望が抽送を加速させる。

「あっ、あっ、腰、強い……やっ……いくっ、いくっ……輝君以外のちんぽでイっちゃうっ……!」

 雑念渦巻く射精感の中、補給のレクチャーを思い出す。親密に繋がれば繋がるほど、一緒に気持ち良くなればなるほど補給の効率は上がる。

「俺もすぐだから……タイミング合わせろよ!」

 芽依はもう辛抱出来ないといった様子でシーツを握りしめた。

「……わかってる……あたしはいつでも大丈夫だから……だから……あんたの好きなタイミングで出して大丈夫だから…………あたしのおまんこで気持ち良くなったあんたのおちんちん、好きなように精子出しちゃって良いから……」

 芽依の声は蕩けていたが、それでもその芯に通っているのは輝を助けたいという使命感だった。

「芽依っ! 芽依っ!」

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ♡ すごっ……ちんぽ、膨らんだ……」

 その熱気は紛れもなく男女の営みだったが、それでも俺達は共通の目的を忘れない。

「出すぞっ! 輝の事頼んだからなっ!」

「来てっ、来てっ……輝君の為に、ちんぽからザーメン沢山出してっ……!」

 腰だけでなく、身体と心を押し付けるように下腹部を密着させて俺は果てた。窮屈な芽依の中で、男根がドクドクと脈動しては射精を続ける。思わず口が半開きになり、芽依の背中に涎が垂れる。まさに夢見心地と言える快楽に陥っていた。

 芽依は芽依で背中をぐっと反り返らせ、全身を小刻みに痙攣させていた。そんな彼女の肉壺は、まさに千匹のミミズを絡ませるように陰茎を締め付ける。当然の帰結としてビュルビュルと射精が止まらない。

 いつも俺の手を引っ張って歩いていた芽依。俺が憧れる親友のカノジョとなった芽依。そんな女の中で全てを解き放っていく。安心感と同時にむず痒い照れ臭さに包まれた。姉の手を振りほどく思春期の弟のように腰を引いて結合を解こうとする。

「……ちょっと。まだ出せるでしょ」

 芽依の声色はやはり弟を叱る姉のそれだったし、それ以上に恋人を守る責務を背負った人間の強さを感じた。半分ほど抜けていた男根を再び根本まで押し込む。狭くも柔らかい挿入感に全身が弛緩する。

「あっ、ん♡」

 亀頭で子宮口を押し込むと芽依の喘ぎが漏れ、雄の本能を煽り立てる。精液が尿道を押し広げて通過しては射出されていく。ゴムの液溜まりはさぞかしパンパンだろう。

 芽依の華奢な背中は汗だくで、思わず生唾を呑み込む程に艶めかしかった。男に満たされた女の背中をしていた。

「……ちゃんと出し切った?」

 しかし俺に掛ける言葉はそんな色香とは無縁である。俺はそれが嬉しくもあった。絶頂させられた程度で俺に媚びへつらう声を上げる芽依など想像もしたくない。

「しっかり金玉空っぽにした」

「なら抜いて良し」

 自分の為すべき事を全うした達成感と共に、芽依を貫く肉槍をゆっくり引き抜いていく。芽依の肉壺による抱擁から離れた竿の部分が妙に寒々しく感じた俺は、考えるよりも先に言葉を発していた。

「……やっぱりもう少し出そう」

 芽依はため息をつくと、腰を突き上げ直した。

「じゃあ、さっさとシコりなさいよ」

 俺は芽依の温もりと柔らかさを最後に堪能したいが為に、パンパンと二回だけピストンした。

「あっ、あんっ♡」

 そして下腹部をぴったり桃尻に密着させる。

「やっ、あっ、そこっ♡ グリグリしちゃだめっ……♡」

 芽依が再びビクビクと背中を震わせると、俺はようやく満足しきって離れた。思っていた通りゴムの液溜まりには三度目の射精とは思えないほど、大量の精液が貯蔵されていた。

 俺はゴムを外しながら、未だに四つん這いで全身を強張らせたままの芽依に問う。

「で、これどうするんだよ」

 芽依は開いたままの陰唇をヒクつかせながらも答える。

「……どうするもこうするも、それを膣に注ぐ為にここまでやったのよ」

「その有様で一人で出来んのか?」

「あんたが猿みたいに腰振るからでしょ」

 疲労困憊といった様子で横向きに寝そべる芽依は、しばらく立ち上がれそうもなかった。

「精液や余韻はなるべく新鮮なままのが良いとも言ってたよな」

「……そうね」

「手伝おうか?」

 それがどういう事なのか理解した芽依一瞬逡巡した。しかし背に腹は変えられないと俺に身を委ねる。

 仰向けになった芽依の膝裏を持つと、背中を浮かして肩で体重を支えるくらいに腰を上向きにさせた。必然的に膣口も天井を向く。

 俺の眼前でぱっくり開いた陰唇からは、桃色の膣壁が奥まで丸見えだった。クリトリスも勃起している。

 流石にこの体勢は俺が相手だろうと恥ずかしいのか、芽依は視線を逸らして口元を屈辱で結んでいた。

「昔お前に座薬入れられた事あっただろ? 俺もすげえ恥ずかしかったんだからこれでチャラだよ」

「うるさい。無駄口叩いてないでさっさとやる」

「それじゃ……入れるからな?」

 絶頂からまだ醒めきっていないのかヒクヒクと蠢く膣口に、コンドームから精液を垂らし込んだ。

「はぅっ、あっ」

 桃色の肉壁がドロドロとした粘液に白く染められていく。芽依の全身が火照ったのが手に取るようにわかった。彼女は悔しそうに歯噛みしながらも呟く。

「……やだ……熱い」

 精液で埋まりつつある子宮口が、蠢くように精液を嚥下する動きを見せる。俺が思わず視線を引き寄せられると、芽依が恨みがましい目つきで俺を睨む。

「……見てんじゃないわよ……好きであんたの赤ちゃん汁、欲しがってるわけじゃないんだからね……ああもう……あたしのお腹……勝手に飲み干そうとしちゃってんだけど……」

挿絵2

 それでも注ぎ続けるとやがて子宮口が精液で隠れた。それどころか芽依の狭い膣内では収まりきらずに溢れてヘソに流れていく。

 零れてしまった事に対して芽依は文句を言わなかった。その余裕が無かった。

「あぁっ、はっ……ん……はぅっ……」

 芽依は注入された精液に身悶えしていた。腰を揺らし、勃起していたクリトリスを更に突起してみせた。

「……っくぅ……」

 歯を食いしばっていた為にその声は小さかったが、明らかに絶頂していた。

 やがて精液が子宮に染み込んでいったのか、再び白濁まみれの膣壁が露わになる。子宮口は開ききっており、物欲しそうにぱくぱくと開閉していた。

 いつの間にか俺も再び勃起しており、芽依が俺に向ける視線に切なさが混じっていた。

 俺は息を乱しながらも、ぐったりと仰向けで横たわる芽依に尋ねる。

「……魔力は、元に戻ったのか?」

 芽依の喉がごくりと音を鳴らした。

「……まだ七割くらい、かも」

 俺の男根はすっかり芽依の肉壺に魅入られて、再びその中を味わいたくて必死にいきり立っていた。

「満タンにしとかないと、まずいよな」

 ゴムを着けないまま正常位の体勢に移る。芽依は抵抗せずに、無言で肯定を伝えた。快楽による弛緩は四肢だけでなく意識まで覆っているようだ。

 今度は生の亀頭を陰唇に添える。膣口は俺の精液で白く染まっており、その形はまだ俺の肉槍の太さを記憶していた。挿入はいとも容易そうだったが、芽依は何も言わない。

 輝とはまだ生エッチを経験していないからコンドームを着けて欲しい。芽依はそう言った。この非常時にその願いを悠長だと一蹴する程に俺は野暮ではない。

 しかし今、俺はその禁を破ろうとしている。芽依も顔を横に逸らすだけで咎めようとしない。

 熱に浮かされるように再びその穴に誘い込まれていく。

 あくまで輝の為。その大義名分を抱えながら、収まらない肉欲に突き動かされて芽依の中に再び侵入した。

「あっ、んっ……!」

 挿入だけで芽依の背中が微かに浮いた。望外の悦楽に痺れたのは芽依だけではない。

 うねる肉ヒダ。直に絡みつく膣壁の温もり。腰が抜けそうな程の快感。一瞬で果ててしまいそうになり、全身の筋肉を硬直させた。それ以上に芽依の中で、肉槍は硬度を増しているのだが。

 恋人である輝でさえ味わった事の無い、芽依の甘美な抱擁。

 夢にまで見る程に憧れている親友。そしていつもその背中を追っている、彼女との生交接。

 俺の胸に仄暗い優越感と満足感、そして征服欲が灯る。

 俺は芽依の両膝を掴むと腰を前後させた。ベッドがギシギシと鳴る。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ!」

 芽依の声はもう最初から辛抱が出来ないといった風に蕩けていた。火で炙ったマシュマロのように甘く溶けていく。俺は更にその甘味に加熱されるよう腰を振る。

「やっ、あっ、ちょっと、あっあっ……んっ、強いってば…………あんっ、あんっ、あんっ♡」

 劣等感がピストン運動の原動力になってしまっている。

「あっ、あっ、あっ、やだ…………生のおちんちん、熱すぎる……」

 輝の命が狙われ、芽依が命を懸けて戦い、俺は馬鹿みたいに腰を振るしか役割が無い。

 そんな中で芽依の喘ぎ声と、そしてよがる表情はほんの少しだけ俺を慰めた。

 俺はガツガツと腰を叩きつけると、芽依の背中がより激しく反り返っていった。

「あっあっあっあっあっあっあっ♡」

 芽依は両手を顔の前でクロスする。

「……見ないで」

 俺に向けたその眼差しはしっとりと濡れており、魔法少女にあるまじき弱々しさを帯びていた。しかしその儚さは同時に胸を締め付けるような可憐さを纏い、俺の腰は更に激しさを増す。

 生のカリで生の膣壁を擦り上げると、芽依は口元をぎゅっと引き締めた。

「…………あんたの生ちんぽでイクところ、見ないで……」

 雄としての野性本能なのか、俺は芽依をメチャクチャにしてやりたいと思った。無我夢中で自身を出入りさせた。

 すぐに芽依は引き締めた口をだらしなく開き、耳をつんざくような甲高い声で喘いだ。

「あっ、あっ、あっ♡ イクイクっ♡ イックっ♡ 生エッチでいっちゃうのっ♡」

 直後、彼女の肢体はビクンを激しく跳ね上がった。

 大粒の汗に塗れたその肌は陶器のように美しい。乱れた息遣いを繰り返す度に胸が上下し、豊かなお椀型の乳房がプリンのように揺れる。

 俺は生の男根を根本まで押し込みながら、その姿を見下ろしていた。

 大きな達成感が胸に広がると共に、強い罪悪感が肩に圧し掛かった。

 堪らず芽依に懇願する。

「…………芽依。俺を殴ってくれ」

「……は?」

 芽依は絶頂で朦朧とした意識の中、俺の悔悟を訝しんでいた。

「俺は……俺は輝に憧れてる。だからその彼女であるお前を抱く事で何かを成し遂げたような気持ちになっちまった。お前をよがらせる度に輝の背中に少しでも近づけるんじゃないかって、そんな気持ちでお前を犯しちまった…………だから俺を殴ってくれ!」

 芽依は呼吸を整えるついでに、深いため息をついた。

「馬鹿じゃないの」

「ああそうだ。俺は馬鹿だ」

「殴れっていっても、あたし暴力とか嫌いなんだけど」

「さっきは化け物の頭をカチ割ってただろ」

「それは正当防衛でしょ」

「昔よく付き合わされたチャンバラごっこでよく俺をど突いてたじゃねーか」

「それも斬ったふりしてただけじゃない」

 そう言われるとそうだった。思い返してみると芽依には色んな悪戯をしたり、色んな迷惑を掛けた事もあったが、頬一つ抓られた記憶が無い。

 相手が悪い事をしたら黙って視線一つで非難する。その性質は今でも変わらない。確かに逆にバツが悪い。しかし今の俺にはそれだけでは足りなかった。

「……そこを何とか頼む。このままじゃ輝に顔向け出来ねえ」

 芽依は再びため息をついた。呆れた表情は俺の我儘を聞き入れてくれた証である。

「本当馬鹿なんだから。じゃあ歯食いしばりな」

「おう」

 俺は固く目を瞑ると心の中で輝と芽依に謝罪した。直後、鼻面に鈍い衝撃が訪れると共に瞼の裏に火花が散った。

「ぐあっ!」

 俺は芽依と結合したまま鼻を抑えて仰け反った。チカチカする視界の中、芽依が顔をしかめながら右手を振っている。

「誰がグーパンしろっつったよ! 普通パーだろ!」

 鼻血を垂らす俺に対して、芽依は慌てる様子もなくベッド脇に手を伸ばした。ティッシュを取るとそれを丸めて鼻に詰めてくる。

挿絵3

「だったら最初からそう言いなさいよ」

 涼しい顔の芽依に応急処置を受けながら、なんだか懐かしい気分になる。よく見ると芽依の口元も微かに緩んでいた。

「子供の頃もよくこうやってあんたの鼻にティッシュ詰めてたよね。よく転んだりこけたりしてさ」

 そしたら芽依が玩具の刀を手にすっ飛んで来て助けてくれるのだ。なんてことは無い。芽依は昔から誰かを助ける為に戦っていたのだ。

 昔は手のかかる弟分。今は最愛の恋人。懲らしめる相手が人間から怪物に変わっただけ。

 輝と芽依は俺にとってヒーロー同士のカップルというわけだ。

 そんな二人のピンチに対して今の俺が出来る事はただ一つだった。そう。少しでもセックスで気持ち良くなり、気持ち良くもさせ、沢山中出し射精して芽依に魔力を補給する事。

 そうこうしている内にも俺の男根はギンギンに雄叫びを上げていた。鼻の痛みなんかどうでもいいから、この絡みつく蜜たっぷりの柔肉の中で吐精したいと気勢を吐いている。

「それじゃ、もう一回出すからな」

「うん。しっかりね」

 今だけは俺と芽依は相棒だ。

「なるべく邪念や雑念は抜きで、輝の事を想いながら精液注ぐから」

「それはそれで気持ち悪いからやめて」

「だってこれはそういうセックスだろうが」

 そう言いながらピストンを再開する。

「んっ、んっ、んっ……」

 そうは言っても張りツヤで膨らんだ乳房はたぷんたぷんと揺れて、邪念と雑念が否応なく俺の頭を埋める。

「やっ、あっ……奥っ……」

 普段の様子からは考えられない芽依の悩ましげな表情と声も俺の鼓動を速めるのだ。

「奥、駄目か?」

 芽依は何ともいじらしい上目遣いで俺を見る。

「…………そこ、輝君にも突かれた事ない」

 後頭部をバットで殴られたかのような衝撃。俺は頭を眩ませながらも射精に向かって腰を振る。

「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ♡」

 ベッドが激しく軋む。

「やっ、奥っ、だめっ、あっあっ、それっ、あぁっ、頭、痺れるっ♡」

 輝も届いた事が無い場所を執拗に責め続ける。

 俺が気持ち良くなる為。芽依が気持ち良くなる為。効率的な補給を果たす為。

「いっ、いっ、いいっ♡ あっ、いっ♡ だめっ、だめっ、そんな奥っ、イっちゃうっ♡」

 頭の片隅に『輝を助ける為』という免罪符を掲げながら、俺と芽依は汗だくになりながら昇り詰めていく。

「イクっ、イクっ、イクイクイクっ♡ 初めての生ちんぽでイックっ♡♡♡」

 一瞬先に芽依がビクンと震えた。膣内がぎゅうっと窄まり、その吸い付きはいとも容易く俺を射精へと導いた。粒の立った膣壁が俺を締め付けると、ビュウビュウと堰を切ったように精を吐いた。

「やっ、あっ……中出しちんぽっ、熱い……中で精子、びゅるびゅる出てる…………すごっ……」

 芽依は全身をくねらせながら蕩けに蕩け切った声を上げた。

 俺は自身の全てを注ぎ込みながら、芽依の頭からつまさき、声音や体温の全てが煽情的だと生唾を呑み込んだ。そんな中でも使命と責任は忘れない。

「……どうだ?」

 ドクドクと精液を注がれアクメを続けながらも、芽依は薄目を開けて囁くように答える。

「…………今までの比じゃないくらい魔力が染み渡っていってる感じがする」

「満タンか?」

「うん……もうこれ以上入らない……あんたのザーメン」

 精液ではなく魔力の事を尋ねたのだが、まぁ同じ意味なのだろう。その言葉通り芽依の陰唇からはどぷりと精液が漏れていた。

 俺と芽依の息を切らす音が交じり合っている。部屋の中はサウナのような熱気で息苦しくすらあった。

 俺達は見つめ合うが、それは男女の交わりの余韻ではない。

 視線で交わす言葉は、親友を、そして恋人を守る為の準備が整った事の確認。

 俺は決してこの物語の中心人物ではない。出来るのはこんな裏方だけだ。

 昔から俺をイジメっ子から助けてくれたヒーローは、額から汗を流しながらも力強くただ頷いた。

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