観客席は静まり返っていた。誰も彼もが息を呑んでいる。皆が俺の勝利を期待していた。
学校で一番モテると評判のあの娘は勿論、レポーターとして観戦している女性アイドルですら俺が視線を独り占めしている。
苦戦した様子など微塵も見せずに涼しい顔で、テニスボールを無造作に真上に放り投げた。そして相手コートにサーブを放つ。
相手はボールに触れるどころか碌に反応すら出来ず、審判が俺の勝利を告げる笛を聞いて膝から崩れ落ちた。
途端に俺の耳をつんざいたのは万雷の拍手。皆一様に席を立ち、俺を囲んで喝采の合唱を始める。
黄色い声援と共にカメラのフラッシュが瞬き、俺はそれらに応えるように微笑みながら手を振る。
まさしく独壇場。
今のこの時だけは、世界は俺のモノ。名誉と栄光の光が眩しくて仕方が無い。
大体いつもこの辺で俺は疑問に思うのだ。
俺ってテニスなんかやった事あったっけ?
どれだけ記憶を辿っても、ラケットを握った事すらない。すると途端にこれが夢だと気付くのだ。
しかし俺は落胆する事もなく歓声に身を委ねる。
例えまやかしだとわかっていても、この充足感は麻薬のように俺を高揚させる。夢の中での振る舞い方は我ながら完璧だ。モデルとなった人物のそれをそのまま模倣すれば良いのだから。
先日、観客席から眺めていた友の勇姿をそのままトレースする。
爽やかな笑顔で審判と握手し、敗者を讃え、そして観客席に手を振る。
こんな風に皆に祝われて、一体どれだけの達成感を味わっているのだろうと、ただ羨望していた。夢を夢の中で叶えたのだ。
しかし至福の時は長くない。所詮は砂上の楼閣。
やがて無情にもガラガラと音も立てて崩れ去っていく。拍手も、栄光も……。
そして俺の前に広がるのはあの光景。朝の混雑した駅前の国道。ほら動け。夢の中でくらい走ってみせろ。
しかし足はビタ一文動かず、結局『あの日』通りに彼の背中を見届けるだけに留まった。
俺は結局夢の中ですら傍観者のままで終わった。
救いだったのはそこで目が覚めた事。誰かが叩いたのであろう額が少しヒリヒリと痛むが、代償としては軽い。
昼下がりの屋上で眠ってしまっていた俺を、芽依が仁王立ちで見下ろしていた。
「……黒?」
俺に下着の色を口にされても彼女は全く動じない。眉一つ動かさずに淡々と口を開いた。
「何の為にあんたを屋上に連れてきたと思ってんの」
「……一緒に昼寝? なわけねーよな」
寝ぼけ眼の俺に、芽依は垂れ幕の一部を持ち上げて見せつけてきた。
「ほら、そっち持って。こんなのあたし一人じゃ無理なんだから」
「生徒会の誰かにやらせれば良かっただろ」
「皆忙しいのよ。あんたと違ってね」
俺は渋々立ち上がると、彼女と一緒に屋上から大きな垂れ幕を下ろした。
そこには親友の名が大きく記されており、そしてテニス大会で全国大会出場の快挙も並べて記されていた。
俺は手すりに腕を乗せて運動場と一緒にそれを見下ろす。
「壮観だな」
屋上には初夏の暑さを吹き飛ばす清涼な風が吹いていた。そんな風よりも涼しい声を芽依が発する。
「やる事やったんだから帰るよ。屋上は本来立ち入り禁止なんだから」
「生徒会長だからってそんなお堅い事言うなよ。自分の彼氏の垂れ幕だぜ? 少しくらいは鼻高々になっても良いんじゃねーの」
「あたしは輝君が有名アスリートだから好きになったわけじゃないし」
無機質な返答をしつつ、さっさと帰り支度を進めている。相変わらず手際の良い女である。芽依とは昔馴染みだが、彼女が感情的になっている姿を見た事がない。
そんな彼女が一目惚れなんぞを経験するのだから人生はわからないものだ。
「あーあ。俺も垂れ幕作られるくらいの活躍したらモテるかなぁ」
「バスケ続ければよかったじゃない」
「やだよ。下級生にレギュラー奪われたんだぜ。格好悪くてやってられるかよ」
芽依は芽依で俺の事を知り尽くしている。何しろ並んでおしめを変えられていた仲だ。これ以上は何を言っても無駄だと言わんばかりに鼻白んでいる。
芽依が撤収の準備を続ける中、俺は手すりにもたれかかったまま、視線を学校の向こう側に広がる街に向けた。
「輝はすげーよ。才能有るのに毎日必死に努力して、テレビや雑誌のインタビューなんかも受けちゃったり。あとついでに生徒会長のカノジョまでいるし」
「誰がついでだって?」
高身長で好青年の輝と、知的で深窓な可憐さを備える芽依は、校内でも有数のお似合いカップルである。文句のつけようもない。
「あんたも去年まで付き合ってる女の子が居たでしょ」
手すりに顎を乗せてだらけきった様子で応える。
「自然消滅したけどなー……」
「何でそうなったんだっけ?」
芽依はさほど興味も無さそうに尋ねる。
「お互い恋に恋するお年頃だったんだよ。お前らみたいに双方一目惚れなんて早々無いってーの……」
恋バナになるとただでさえ無口な芽依は更に口数を減らす。顔には一切出さないが、一応照れているのかもしれない。それか、俺とそんな話をするのが面倒臭いだけだろう。おそらく後者だ。
それを承知の上で俺は芽依に声を掛け続ける。近寄りがたいと評判の芽依に対して、何の気兼ねも無く無駄口を叩けるのは幼馴染の特権である。
「なぁ芽依。初めて輝と出会った時にどう感じたんだっけ?」
この日はたまたま機嫌が良かったのか彼女は即答した。振り返らなくともわかる。真顔で真面目に、何ら憚る事無く言った。
「身体にビビって電気が流れたみたいに痺れた」
「はっ。そういや輝も同じ事を言ってたな」
やはり振り返らなくともわかる。芽依が無表情のまま、ほんのり耳たぶを赤くした事が。
それにしても非科学的な話である。現在独り身だから余計に難癖をつけたくなる。
それもこれもこの夏の匂いの所為だ。明日から夏休みだからか、学校中に蔓延する浮かれに浮かれきった芳香。学業にスポーツ、恋愛と、何かしら没頭するにはうってつけの季節だ。
きっと同級生の皆は、この夏で何かを成し遂げるのであろう。置いてけぼりにされそうな焦燥感が胸をちくりと刺す。俺に関しては全く何の予感も予兆も無い。
それもそのはず。何もしていないし、何がしたいのかすら、まるでわかっていないからだ。
自分が何者なのかもわからない。
「は~……今年もダラダラ過ごすだけの夏休みになりそ……」
「何その情けないため息。今から輝君と遊ぶんだから、もっとシャキっとしてなさいよ」
今日は久しぶりに輝の部活が早めに切り上がるので、リフレッシュも兼ねて三人で遊ぶ約束をしている。「二人きりで過ごしたかっただろうに悪かったな」
俺の皮肉めいた言葉に、芽依は特に気を悪くした様子も無く応える。
「別に。輝君の気持ちもわかるし。カノジョだけじゃなくて友達とも遊びたいでしょ」
輝に対してだけは寛容で甲斐甲斐しい。その一面を少しでも良いので俺にも見せて欲しいくらいだ。
「あーーーっ、くそっ! 夏なんて大っ嫌いなんだよっ!!!」
何にむしゃくしゃしているのかすらわからない。おそらくは何者にもなれない自分にだろう。
屋上で叫ばれた悲痛な声は運動場までは届かなかったようで、夏空の下では相変わらず青春の汗を流す運動部員達でごった返していた。
「ほら、戻るよ」
芽依が俺の背中を軽く小突く。
俺はもう一度深いため息をつきながら踵を返そうとする。そんな折、ふと校門辺りに佇む一人の女性の存在に気が付いた。
このくそ暑い日にスーツを着ている。しかし汗一つ掻いていない。俺は目だけは良いのだ。
黒いスーツと対照的に、髪と肌の色がやけに薄い。上背があってモデルのようにスレンダーだ。しかし儚さとは無縁な力強い立ち姿。そして凛々しさを伴った瞳。
そんな彼女に惹き込まれるように視線が合う。
その瞬間、俺の身体に電流が駆け巡った。
「おいおい兄弟っ。一目惚れしちまったってマジか?」
メディアも注目するテニス部の若きエースで芽依の彼氏である輝が、俺の肩を抱いて揺さぶる。
輝は誰に対しても人当たりが良いが、俺に対しては更に遠慮が無くなる。まるでじゃれつく大型犬のようだ。
ただでさえ何もしていなくとも汗が垂れるほどの気温なのに、身長百八十センチメートルを超える大男に抱き着かれると暑苦しいなんてものではない。
とはいえ輝の体型は縦に長くシャープで、その清涼感のある容貌も相まってか抱き着かれてもそれほど苦にはならない。
「……おう」
俺は呆けた様子で返す。頭の中にメープルシロップがじんわりと広がっていた。ただでさえ巡りの悪い思考回路は余計に鈍化して、心臓が内側から胸板を叩くように大騒ぎしていた。
「どんな女だ兄弟? いや男か? 俺はどっちでも応援するぞ!」
本来なら耳元でうるさいくらいの声のボリュームだがそれも気にならない程に、俺はあの女性と視線を交わした一瞬を頭の中で何度も反芻していた。
落雷に打たれたような衝撃で生ける屍のようになった俺は、輝と芽依に向き直る。
「お前らもこうやって惚れ合ったんだな」
抑揚も無くそう告げると、輝と芽依は互いに目を合わせて照れ臭そうにしていた。芽依は相変わらず表情がわかり辛いが、輝は対照的にわかりやすく照れ笑いを浮かべている。輝が自身の頭を掻く動作や、大きな口から覗く白い歯から受ける印象は豪快だ。その傍らでは芽依が静かに佇んでいる。
太陽と月のような二人だな、と改めて思った。
「それで、その人は?」
輝が横を歩く芽依に尋ねる。
「わからない。すぐに校門前からは去っちゃったし」
輝は俺が気落ちしているとでも思ったのか、より強く俺を抱き寄せる。頬と頬が触れ合いそうになって、流石にそれは気色が悪いので仰け反った。
「なぁに。気にすんな。運命の相手ならきっとまた出会えるさ。なんといっても夏だからな! 夏はそういう季節だ!」
何の根拠もない大雑把な言葉は実に輝らしい。
「しかし兄弟に大恋愛の予感とはなぁ。俺も予想だにしていなかったぞ。道理でカラオケ中もずっと気がそぞろだったはずだぜ」
「折角久しぶりに遊べたのに悪かったな」
そこは素直に謝る。輝や芽依が歌っている間も俺はずっと彼女の事を考えていた。おそらくは年上だろう。あの毛色や肌の色、掘りの深さはもしかしたらハーフなのかもしれない。
「気にすんなよ。こっちは珍しいものが見れてむしろテンション上がってるからさ。なぁ芽依?」
「そうね。この馬鹿がこんな熱に浮かされるくらい誰かを好きになるなんて思ってもなかったし」
全国大会を間近に控えた輝の壮行会代わりであるカラオケを終えた俺達は、二次会がてら肝試しをしようと学校に向かっていた。もう陽は暮れており、当然生徒は誰も残っていない。
「それにしてもなんで肝試しなんだか」
俺が恋の鼓動に揺さぶられながらも呆れるように言う。
「良いだろたまには。夏はそういう季節なんだよ」
提案した輝がよくわからない理屈を口にする。何だかんだで輝も大会を控えたストレスや、苛烈な練習による心身の疲労があるのだろう。軽く羽目を外したくなる気持ちはわからないでもない。
その結果が夜中の学校の散策というところが、天才故の奇行なのかもしれない。
止めようともしない生徒会長の芽依に至っては、最初から輝の希望を叶えたいという一心のようである。これが俺の提案なら眉一つ動かさず、鼻で笑ってお終いだっただろう。
輝は前もって用務員さんに忘れ物を取りに行くと連絡をしていたそうで、昇降口の鍵を開けてもらっていた。
「帰る時はまた声を掛けてな。それと全国大会、期待してるよ兄ちゃん」
用務員のおじさんは輝に対して有名人を相手取るかのように話す。
「うちの甥があんたのファンでね。機会があればサインを貰ってきてくれなんて言われててな」
輝は苦笑いを浮かべながらも、快くサインに応じていた。輝が写真やサインを要求されるのはいつもの事である。気の早いメディアでは将来のオリンピック選手とも報じられているくらいなのだ。
俺はそんな彼の姿を見てやはり誇らしげに思うし、羨ましいとも思う。俺だって運送会社の人以外にサインをねだられたいものだ。一応字面は完成しているのだが、いまだ他人の目に晒した事は無い。
逆に芽依は輝のそういった状況にあまり良い顔をしない。表情筋というものが無いので常人には判別しづらいだろうが、付き合いの長い俺にはわかる。輝目当てに女子が沢山寄ってくるので嫉妬している、なんて浅ましい考えはしない事は断言出来る。おそらく、輝が内心で煩わしさを感じているのではないかと気を揉んでいるのではなかろうか。
しかし輝は特にストレスに感じる様子も無く、求められる事全てに対して朗らかに応じている。そんな人柄も含めて俺は彼に憧れていた。
俺だったら途中で面倒臭くなって横柄な態度を見せてしまいそうだが、輝はいつだって大きな口を元気一杯に微笑ませて皆の憧憬の念に応えるのだ。
「サインとか普通に有名人みてーだよな。俺も書いてみてーよ」
夜中の廊下を歩きながら俺が何とは無しにそう言うと、輝はいつも通りの気さくな笑顔を浮かべるだけだった。芽依は何かを言いたげだったが黙っている。
無人の学校は言うまでも無く静かだった。照明もぽつりぽつりとしか灯っておらず、俺達の足音だけが闇の奥に吸われていく。
二階に上がると輝が声を潜めて言った。
「ここの図書室には呪われた本があるって噂なんだ」
安直だな、と思いつつも余計な茶々は入れずに黙って聞く。
「ある小説家にはライバルがいた。と言ってもそいつが勝手にライバル視していただけで、相手は彼の名前すら知らなかった。そんな中、ライバルの本は売れるのに自分は鳴かず飛ばす。そしてついに出版社から声も掛からなくなった。
彼は絶望して入水自殺を図る。そんな彼が死の直前に書いた最期の作品は、ライバルがひたすら不幸な目に遭うという、小説というよりかは彼の願望を綴った日記だった。妬んだライバルの失敗を望み続けたその原稿の終盤は、真っ黒い泥のような何かが滲んで碌に読めない代物だそうだ。
そうやって他人への嫉妬や自身の欲望で生まれた呪いの本が、書店や図書館を彷徨ってるんだとさ。今なら電子の世界も回らないといけないから幽霊も大変だな。
なんでも、その噂の本に嫌いな人間の不幸を祈願するとそれが実現する、って話らしいぞ」
輝は随分と弾むように話している。俺は不思議に思い芽依に耳打ちした。
「輝ってそんなオカルトが好きだったっけ?」
芽依からの返事は無い。生徒に対して粛々と公正に接する生徒会長殿だが、俺の扱いは一貫してぞんざいである。無駄口の一つでもカロリーの無駄だと言わんばかりだ。幼少の頃は嫌がる俺を引きずってはチャンバラに付き合わせていたのが嘘のようだ。
仕方が無いので俺は一人で考える。
輝の妙なテンションは、夜の学校を散策するという非日常に酔っているだけかもしれない。
エースとして圧し掛かる期待は決して軽くは無いだろう。それでも重圧など微塵も感じていないかのように振る舞う輝だが、こんな時くらいは無邪気にはしゃいで色々と発散したいのかもしれない。
「輝の対戦相手に渡るとまずい代物だな」
「はっはっは。呪い如きで俺のサーブを止められると思われてんなら心外だぜ」
輝の笑顔は何とも頼もしかった。その自信の裏付けとなっているのはやはり己の才覚と、何より積み重ねてきた努力に対する信頼だろう。
俺が輝に尊敬の念を向けるのはその輝かしい実績だけではない。脇目も振らずに突き進める愚直な性格に、である。毎日毎日飽きもせず、必死に汗を流している。
恋も部活も中途半端な俺は今更になって思うのだ。例え才能や適性が無くとも何か一つの事をやり込んだら、何者かにはなれたのではないかと。
そんな景気の悪い事を考えながら、前を歩く輝と芽依の背中を見つめる。
芽依は輝のシャツの裾をちょこんと可愛らしく掴んでいた。如何にも恋人のような、可愛らしい仕草である。ごくごく自然な光景だ。
しかし幼馴染検定第一級の俺の目は誤魔化せない。
「おい芽依。まさかお前……ビビってんじゃないだろうな」
「馬鹿言ってんじゃないわよ」
即答する芽依だが、その指先には確かに微かな不安が感じ取れた。
俺の指摘に輝が楽しそうに乗っかる。
「お、どうした芽依。怖いならもっとくっついても良いんだぜ」
芽依が怖がるなんて想像もしていなかったであろう輝が、ここぞとばかりにカノジョに甘えられる事を期待する。
「ありがと。でもそれは二人きりの時にとっとく」
芽依の口調は輝に対する時だけは若干柔らかくなる。そして俺に向けられる時は露骨に素っ気なくなる。出来の悪い弟に手を煩わされるのが億劫だとでも言わんばかりだ。
「あんたは知ってるでしょ。あたしがこういうの何も思わないって」
確かに芽依は超常現象だとか心霊だとか、そういうオカルト話を全く信じていない。その上、不動の肝っ玉を有している。小学校の時のキャンプ合宿で真夜中の墓場を肝試しして、たった一人で眉一つ動かさずに淡々と探索をやり遂げた話は今も語り草になっている。
しかし俺が芽依の機微を感じ取る習性もまた確かである。それを理解している芽依が、俺に振り返りもせずに言葉を足す。
「なんだか嫌な予感がする。それだけ」
皮肉な事に、オカルトを信じない芽依の勘はよく当たる。そしてこの時も例外ではなかった。
階段を上がると仄暗い廊下の突き当たりに図書室の扉が薄っすらと見えた。あとはそこまで直進するだけ。
「ところで兄弟、一目惚れした人ってのはどんな見た目だったんだ」
「大人の女性って感じだったよ。凛々しくて……どこか神秘的で」
でもきっと俺が惚れたのはあの眼差しだろう。どことなく輝や芽依と似ている目。自分の生き様を信じて疑わない力強い瞳。自分の足が踏み締めている場所が世界の中心だと確信している佇まい。
俺はきっと世界の隅っこにいる。だから舞台の真ん中でライトを浴びている人間に魅入られるのだ。
その際たるものが輝だし、その輝の寵愛を受けている芽依も眩しかったりする。
でも別にそれで良いと思っている。何も劣等感を拗らせているわけじゃない。人にはそれぞれ立ち位置と役割がある。俺は観客席から彼らの活躍を見守り、拍手を贈る。それで良い。
「兄弟が惚れたんならきっとイイ女なんだろうな」
「おう。芽依みてーなちんちくりんとはわけが違うぜ」
芽依が黙って振り返り俺を睨む。
俺の背筋に冷たい何かが走った。勿論今更芽依の眼光にビビったりなどしない。それを証明するように芽依の視線は俺の背後に向けられていた。
全員の足が止まり、先程上がってきた階段を振り返る。
「……なんか……聞こえたよな?」
輝の言葉に俺と芽依は無言で頷く。
真っ暗な階段の下から何かが這いずるような音が聞こえる。足を引きずって歩いているような足音。
「……誰かいんの?」
俺の問い掛けに対して返ってくるのは、「ず」と「ぬ」の中間に位置するような呻き声だった。
「おい輝。盛り上げる演出を準備してくれてたんか?」
俺は顔をひきつらせながら後ずさる。
やがて階下から姿を現したそれは、白い人型の何かだった。
身の丈は二メートルを下らない。肌は蝋人形のようにのっぺりとした質感。四肢はまるで朽ちた枝のようにささくれている。頭部はあるが顔は無く、目や鼻があるはずの位置は渦を巻いて凹んでいる。その奥から「ず」とも「ぬ」とも取れない音を漏らし続けている。
そんな物体が足を引きずりながら着実に階段を上がり、俺達に近づいてくる。
「……マジかよ」
輝の独り言に続いて俺は言葉を掛ける。
「…………え~っと……あんたが呪いさん?」
どうも人間はあまりに理解不能な状況に陥ると、逆に冷静になってしまうようだ。
「なに悠長な事言ってんのっ!」
芽依が俺の手を引っ張る。それと同時に白い何かは俺と芽依に腕を伸ばした。緩慢な足取りに対してその動作は俊敏だった。
「うおっ!」
俺が反射的に屈むと俺の手を掴んでいた芽依もつられて腰を折った。そのすぐ上を何かの腕らしきものが通り過ぎた。
俺と芽依が間一髪避けたそれは廊下の窓ガラスを容易く割った。まるで砲丸が直撃したかのようだ。当たっていたら怪我では済まなかっただろう。
「な、なんで……!?」
輝が驚愕の表情を浮かべていたが、俺と芽依はそれぞれ彼の両手を引っ張って走り出した。
「いいから逃げるぞっ!」
わけもわからず三人で真っ暗な廊下を駆ける。どこへ向かって良いのかもわからず、無我夢中で真っすぐ図書室を目指した。後ろからはズリズリと巨大なナメクジが這っているような音が追ってきていた。
「とりあえず図書室に逃げ込むぞ!」
「鍵開いてんのか!?」
早口でそんなやり取りを交わしながら、輝が図書室のドアノブを回す。扉はすんなり開いた。
しかし中に駆け込もうとする俺達の足は入口で止まる。
そこは見慣れた図書室ではなかった。本棚はおろか机一つ見当たらない。何も無い部屋だが、コールタールのような黒い粘液が天井から垂れ落ちていて室内は漆黒に染まっていた。思わず顔をしかめるような異臭もする。
コールタールが溜まった沼のようになった床から、白い何かが無数に湧き出ていた。
全身が総毛立つ。ここは俺達が踏み入れてはいけない世界だと本能が理解した。
しかしそんな場所に一つだけ輝いているものがあった。
白い肌。色の薄い髪。黒いスーツは背景に溶け込んでいるが、その瞳はあの時俺の脳天と心臓に電流を流したものに相違なかった。
一目惚れした女性が、木刀を片手にその部屋の中心に立っていたのだ。彼女の足元にある白い何かは、その木刀で頭をカチ割られたのか活動を停止している。
彼女はゆっくりと顔だけでこちらを振り返る。そして落ち着き払った口調で言った。
「これは驚いたな。魔術を行使せずにこの領域に足を踏み入れるとは。なに、そう驚くな。私は愛と奇跡を振りかざし、平和と秩序を守る魔法少女だ。怪しいものではない。警察への通報は不要だ」
輝は有無を言わさずピシャリと扉を閉めた。
「おいっ、何かいたぞ!」
「あれっ! あれっ! 俺が一目惚れした人!」
「マジかオイ! めっちゃ美人だなっ!」
あまりに慌てふためく俺達に対して、芽依は息を整えながらツッコミを入れる。
「……二人とも落ち着いて。そんな事言ってる場合じゃないでしょ」
普段は冷静が過ぎて愛想の欠片もない芽依だが、こんな非常時にはその振る舞いが助かる。
「さっきの人、あの化け物と戦ってなかった?」
芽依の言葉に輝は再びドアノブを回そうとするが、今度はガチャガチャと音を鳴らすだけだ。
「ダメだ。開かない」
「輝っ、そこどけっ!」
俺は手近にあった消火器を持ち上げると、それを扉のガラス目掛けて放り投げた。しかしガラスはゴムのように消火器を跳ね返すだけだった。
「……冗談だろ」
そうこうしてる内に背後から迫っていた白い何かが近づいてきている。それだけではなくそれぞれの階段の下から同じ足音と呻き声が聞こえる。
退路は無い。図書室にも逃げ込めない。俺達三人は顔を見合わせると声を合わせた。
『屋上だっ!』
図書室脇にあった階段をひた走りながら芽依が呟く。
「……さっきの人、大丈夫かな」
確かに気掛かりではあったが、不思議と俺は心配にはならなかった。わけがわからない状況ではあるが彼女に切羽詰まった様子は感じ取れなかったし、何より俺を魅了したあの瞳は健在だった。
大会の決勝、土壇場での輝と同じような、自分の勝利を信じ切った目をしていたのだ。
やがて校舎の最上階に到着する。幸運にも屋上への鍵は閉まっていなかった。いや、果たして幸運なのか。
ともかく屋上に出た俺達は放置されていた机や角材をバリケード代わりに、扉の前に積めるだけ積んだのだった。
俺は酸欠状態で腰を下ろす。大したもので輝は息一つ上がっていない。
「……ここからどうするよ」
芽依が手すりに向かう。昼間、俺と芽依が下ろした垂れ幕を見下ろす。
「最悪、この垂れ幕を伝って下りるしかないかも」
「レンジャー部隊じゃねーんだから」
「でも他に……」
芽依が言い掛けたその時、扉の向こう側から殴打の音が激しく打ち鳴らされた。
ドンッ! ドンッ!
ノックなどという上品なものではない。鉄製の扉に次々と凹凸が生まれていく。人間の膂力では到底こうはならない。
俺達は自分達の置かれた怪奇な状況に言葉を失う。夜空だけが静かに俺達を見下ろしていた。
そんな中、輝が静寂を破る。俺を真正面から見据えて口を開いた。
「俺が囮になる。その間に芽依を連れて逃げてくれ」
「はぁっ!? 何言ってんだお前」
「この中で俺が一番運動神経が良い。幸いあいつらはそこまで素早くない」
芽依が何かを言いたそうに輝へと詰め寄る。輝は広げた手の平でそれを制止しながら俺の目を覗き込んだ。俺の憧れた親友の瞳。舞台の真ん中で脚光を浴びるべき人間の眼差し。
「兄弟っ。お前にしか頼めない」
その信頼が嬉しいと同時に俺を苛ませた。『あの時』を思い出す。今でも夢に見る、俺が何者にもなれないと確信した『あの時』。同じような状況が再び目の前にある。
恐怖で足が震えている。でも言わなければまた後悔する。
『俺が囮になる。お前と芽依が逃げろ。芽依にはお前が必要なんだ』
俺が死んだところでこの世界にどれほどの損失があるというのだ。
しかし喉の奥で言葉が詰まってしまう。どうしてもその一言が言えない。更にその奥の心臓から声が聞こえる。
『お前はただ、舞台の隅っこで大人しくしてればいいんだ』
いいのか? 本当にそれで、いいのか。俺は一生このままなのか。自問自答している暇は無い。
再び訪れた人生の土壇場。暗雲立ち込める窮地。それを切り裂くように、その声は凛然と星空の下で瞬いた。ヒーローはいつだって遅れてやってくる。
「少年少女たち、案ずるな。私が来た」
校舎の壁を足音が駆け上がると同時に、人影が月を背に飛翔した。そして俺達の前に着地したのは先程魔法少女を自称し、そして俺が一目惚れをしたその人だった。
「魑魅魍魎など、この一振りで払いのけてくれよう」
スーツ姿で木刀を構えるその姿はどう見てもただの変質者である。しかし俺の胸はときめいて止まらない。
心が鷲掴みにされている最中、やはり芽依は冷静に尋ねる。
「あの……怪我をされているようですが」
よく見ると彼女は口端から血を滲ませていた。
「いやなに。先程の場所でやつらに囲まれてしまってな。心配無用。あばらにヒビが入った程度だ」
それは大丈夫なのか、と皆が尋ねようとした瞬間、バリケードで固めていた扉が弾けるように粉砕された。扉の向こう側からは例の白い何かが数体同時に押し寄せてくる。
もう駄目だ。絶望で身体が竦む。
そんな俺に彼女は奇跡を見せてくれた。
迫りくる得体の知れない巨体の頭部を木刀が薙ぎ払う。花瓶のように破砕する頭部。その中からはやはりコールタールのような泥が飛び散った。
「一つ」
彼女は目を見開き姿勢を低くして、二体目へと飛び掛かった。猫のような俊敏性。目で追うのがやっとの、およそ常人では成し得ぬ体捌き。
「二つ」
木刀の突きが二体目の頭を貫通する。同時にその身体が泥となって崩れ落ちる。
「三つ四つ」
左右から挟撃されるも花びらのように舞いながら攻撃を回避し、片方を薙ぎ払うと返す刀でもう片方の頭を割った。
俺はその殺陣にすっかりと魅入られていた。先日観客席から輝の優勝を見届けた時と同じような高揚感と、そして同時に肌寒さを背中に感じている。きっと次は、彼女に自己を投影した夢を見て自分を慰めるのだろう。
なりたかった自分が目の前にいた。しかし俺はやはり見ているだけだった。
「さて……五つだ」
最後に残った白い何かは、他の個体と比べて大きく肥え太っていた。対する彼女は息が上がり苦しそうな呼吸を見せる。額に脂汗も浮かんでいた。ここに来るまでに負った傷は決して軽くは無かったのだろう。
その巨躯から伝わる奇怪な威圧感は明らかに一線を画しており、彼女の方が劣勢のように見えた。
しかし彼女は一歩も退かずに不敵な笑みを浮かべている。
そこで俺の目は一つの変化を捉えた。矢継ぎ早に白い怪物を撃破していった木刀は、その返り血というかコールタールのようなものを纏っていた。いや、それが吸われるように染み込んでいったのだ。
彼女は木刀を水平にして怪物に突きつけると、その己の得物に対して優しく言葉を掛けた。
「もう十分に喰らっただろう?」
すると信じられない事に、木刀が独りでにその形状を変化させたのだ。ガチンガチンと金属音を鳴らしながら自らを形成し直した木刀は、散弾銃へと姿を変えた。
「咲いてみせろ。『アンチ・リコリス』」
彼女の号令に合わせて銃口が火を噴いた。足が浮いたと思えるほどの衝撃が周囲に響き渡る。
少し遅れた炸裂音と共に巨躯の上半身が爆散して消失した。まさに必殺の一撃。
散弾を射出したそれは、また金属音を鳴らしながら木刀へと姿を戻していった。
白い怪物は全てコールタールのような泥へと成り果て、すぐに蒸発していった。屋上に静けさと平穏が戻る。
彼女は柔らかい笑顔と共に俺らを振り返る。
「……すまない。あたしの奇跡はもう空っぽらしい」
それだけ言い残して彼女はその場に膝をついて倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
俺達は誰からともなく彼女を小さく抱き起こしてその負傷を探った。輝が言う。
「負傷自体は深くなさそうだ」
彼女は息苦しそうにしながらも、俺らを安心させる為か微笑みながら言った。
「…………なに。ただの魔力切れだ。少し休めば元に戻る。ただ……」
彼女の言葉を遮るように、屋上へ続く階段の下から更に多くの這いずる音と呻き声が聞こえてきた。
「……今すぐの戦闘継続は難しいな」
そう口にする彼女の身体は、ぐったりと弛緩している。もう化け物に真っ向から対抗する手段は無い。
晴れ間が見えかけた状況に、再び暗雲が垂れ込めようとしている。
いっその事、本当に垂れ幕を伝って下りるか? 訓練も無しにそんな事が可能だとは思えない。ただでさえ手負いの人間が一人いるのだ。
全員が押し黙った中、木刀を手にした彼女は俺達の顔をぐるりと見渡した。そして絶え絶えの息の中、一縷の望みを託すように言う。
「……君の瞳の奥に、魔法を使える資質が見え隠れする。一時的に私の力を貸与出来るかもしれない。受け取ってくれるか? 相手はたかが『噂級』の怪異だ。やってやれない事はないはずだ」
俺の脳裏に思わず浮かんだのはこんな光景。魔法少女から譲渡された力を振るい、親友と幼馴染の窮地を救い、一目惚れした女性の前で勇躍する己の姿。
しかし彼女の木刀は芽依に渡された。俺じゃないんかいっ!
「君なら暫定的にではあるが、魔法少女になれるかもしれない……私の代わりに戦ってくれるか?」
芽依の判断は速かった。一切の躊躇を見せずにその木刀を握った。その肩を輝が掴む。
「待て待て待て! 芽依が戦うなんて、そんな危険な事は駄目だ!」
木刀を手にした芽依の身体が薄っすらと発光していく。そんな中、芽依は輝を力強く見つめ返した。
「さっきは輝君があたし達を助けようとした。今度はあたしの番」
芽依を包む光の明度が最高潮を迎える。一瞬だったがその眩さに瞼を閉じた。
再び視界に映る芽依の姿は元々の制服姿からそれほど変化は無い。白いブラウスにチェックのスカート。そして手に持つ木刀が、何やらファンシーなステッキへと様変わりしていた。
「輝君の為なら、あんな奴ら怖くない」
その瞳は自信に満ち溢れている。芽依が見つめているのは輝の視線なのに、思わず目を逸らしてしまった。そんな俺に対して芽依は立ち上がりながら背中越しに言う。
「ちゃんとあんたも守ってあげるわよ」
「……ついでみたいに言うな」
「あたしの最優先はいつだって輝君だから」
そういう事を本人の前でクールに言い放つ。芽依はそういう女だ。俺は皮肉めいた口調で彼女を鼓舞する。
「へいへい。精々頑張ってくれよ。魔法少女さんよ」
「まさかこの年で子供の頃の夢が叶うとはね」
「魔法少女なんて可愛い夢じゃなかっただろお前」
俺と芽依のやり取りに、輝に抱き抱えられた彼女が薄く笑う。
「随分と頼もしいな」
「でしょ。俺の自慢のカノジョと親友ですから」
そうこうしている内に昇降口から再び白い何かが顔を出し始めてきた。構える芽依に彼女が声を掛ける。
「しち面倒な事は考えなくても良い! 思うがままにその奇跡を振りかざせ!」
幼少の頃にはチャンバラが好きだったと言う人間が、いきなり化け物と戦えと言われて矛を握らされても猛々しく振るえるわけがない。
しかし鉄仮面の生徒会長はそれが可能だった。そういう星の下に生まれていた。輝の為なら魔法のステッキを鈍器代わりに振り回す事への躊躇いなど無い。
芽依は困惑した様子もなく奴らに突っ込んでいった。その速度は尋常ではなかった。木刀の彼女の体術も十分現実離れしていたが、芽依はそれを凌駕していたのだ。
瞬き一回分だった。残像を映しながら、芽依は複数の白い何かの頭部を、そのステッキで力任せに粉砕してしまったのだ。
木刀の彼女が賞賛するように輝に呟く。
「……これは驚いた。君の恋人は魔法少女としての適性を随分色濃く持ち合わせていたらしい」
なんてありがちな主人公補正。俺に寄越せ。
芽依は余裕綽々の様子だったが、如何とも相手の数が多い。芽依はステッキをメイスのように振り回しながらも面倒臭そうに言う。
「これじゃキリが無い。ここから逃げよう」
「それが出来たら最初からやってんだよ!」
芽依が俺達の傍に駆け寄る。俺の目からすれば瞬間移動したかのような素早さだった。
「今のあたしなら出来る。確信がある」
「は?」
わけがわからないといった様子の俺を無視して、芽依はまず輝を背負った。
「うお」
輝が驚きの声を上げる。
片手一本で大の男を軽々と宙に浮かしておんぶしたのだ。どうやら魔法少女となった芽依は風のような俊敏性と共に、鬼のような膂力も兼ね揃えているらしい。
次に右腕だけで彼女をお姫様抱っこする。最後に左手で俺の腕を握った。
「全員落ちないようにしっかり捕まってて」
芽依が静かにそう言うや否や、白い化け物で埋まりつつある屋上で助走をつける。俺はまるで暴走する車に捕まっているかのように引きずられる。
「うおおおおおお! 芽依っ、痛い痛いっ!」
「ちょっとくらい我慢しなさいっ!」
屋上を縦断していく。
手すりが近づいてくる。
俺の懸念通り、芽依は掛け声も無しに走り高跳びをするかのように屋上から跳んだ。
「お前マジかあああああっ!」
「うるさいっ! 黙って掴まれてな!」
身体が重力から解放される。しかし落下の感覚は無い。自分の身体が水平に横っ飛びしている。まるでジェットコースター。
三人分の体重を預かりながらも、芽依は校舎から体育館の屋上へと飛び移った。
かと思えばそのまま二の足で踏み込んで再び跳躍する。
体育館の次は学校に隣接しているビルの屋上を、そして次は電波塔の頂を、そしてまた次のビルへと飛び跳ねていく。俺は全身を振り回されながら絶叫した。
「うおおおおおおおおっ!」
「マジか芽依。流石は俺のカノジョだなっ」
輝は芽依の飛翔に惚れ惚れとしている。なんだこの馬鹿ップルは。
そして木刀の彼女は痛快そうに笑った。
「あっはっは。いいぞ。これでこそ魔法少女だっ」
星空の下を芽依は駆け抜けた。この世の理を全て無視して。
それはまさに奇跡そのものだったし、俺は声を枯らしながらもその姿を羨ましく思っていた。
結局俺だけが観客席に座る脇役なのだ。
自らを犠牲にして皆を助けようとした輝。負傷を押して戦った木刀の彼女。そして夜空を天高く舞う芽依。
目の前の出来事なのにどこか他人事のような活劇。俺だけが舞台にすら上がっていない。
眼下には住宅街のささやかな灯りが広がっている。俺は結局あの中の一つにしかなれないのだろう。この夜空に瞬く星がやけに遠く感じたのであった。