犬飼京助という自分の名を俺はどうとも思っちゃいないが、他人にはよく指摘される事がある。
『お前が飼っているのは犬ではなく鬼だ』と。
気心が知れた知人、俺を噂でしか知らないような他人、または直接拳を交えた人間。皆が俺に向ける眼差しに畏怖を込めてそう言う。
その言葉は俺の風貌のみを評しているわけではない。
今でこそ『鬼飼いの京助』などという異名で、近隣の不良や半端なチンピラ集団に恐れられてはいるが、何も俺は好き好んで暴れる荒くれ者というわけではない。
そもそも俺は不良ですらない。
飲酒喫煙は興味が無いし、傘泥棒に万引き、学校の窓ガラスを割ったりバイクを盗んだ事も無い。
その他強盗強姦、国家転覆罪など、あらゆる重犯罪にも抵触した事が無い。
立ちションも小学校の頃に卒業したし、信号だって律儀に守る。自転車の二人乗りは唯一の友と呼べる存在とたまにするから、俺が持つ反社会性といえばそれくらいである。
いや、傍から見れば、俺は今まさに傷害罪やら決闘罪やらを犯している罪人なのであろう。
飛び交う怒号。飛び散る血飛沫。
肉と骨がぶつかり、鈍い衝撃音と共に大の男が次々と背中から倒れていく。
言い訳のしようもない大乱闘である。
しかし俺『達』にとって、これは正当防衛なんだと主張したい。
遡って思い返せば、あれは小学校三年生の時だった。
猫じゃらしを振りながら無邪気に帰宅していると、三人組の中学生にカツアゲされている同級生の姿が目に入ったのだ。小学生の小遣いから考えると百円にも満たない被害額だろうし、中学生にしても金銭目当てではなく暇つぶしの悪戯だったのだろう。
しかし、義憤に駆られた俺はそいつらに向かって突進した。
俺は当時から体格が良かったし運動神経も抜群だった。走ったり泳いだりすれば、その記録に目を丸くした大人達が色んな方面から勧誘に来た。しかしどうしてもスポーツには関心が持てなかった。
タックルとも呼べないただの体当たりだったが、それを食らった小太りの中学生は身体を宙に浮かし、地響きを鳴らして落下した後起き上がる事は無かった。
残りの中学生は暫く呆気に取られていたが、それでも一人が俺の胸倉を掴んだ。
俺がその手首を握り返すと彼は脂汗を浮かべて膝をついた。最後の一人が殴り掛かってきたが、俺はそれを鼻面の正面から受け止めた。鈍い音がしたが、俺の首は微動だにしなかった。
鼻血を流しながらそいつをじっと見つめていると、そいつは顔を引き攣らせて逃げ出し、手首を掴んでいた奴も必死に俺の手を振り払って彼方へと疾走していった。
俺の人生に分水嶺があったとすればそこだったに違いない。
それからは、名も知らない隣のクラスの生徒が小遣いを巻き上げられたとか何とか聞くと、俺は率先して駆けつけた。当時の俺は文字通りガキだったので、そんな立場が正義のヒーローのように感じられた。助けを求められると、意気揚々と揉め事に顔を突っ込んだ。
とはいえ、いきなり暴力で対抗しては不良と同じになってしまう。ひとまず話し合いで解決しようとするが、イキがった中学生や高校生が、小学生からの和平交渉などまともに取り合うわけが無い。
そんなわけで、それからというもの、俺の拳は小悪党どもの血で濡れ続ける事になった。
断言しておくが、何の咎も無い一般人に危害を加えた事は無い。
人を殴る事自体、好きではなかった。それでも、同級生を守る為、悪を成敗する為に己の拳を振るった。
中学生になると、もう俺の名は独り歩きしていた。
この街で悪名を轟かせる最も手っ取り早い方法は、俺の首を取る事だとまことしやかに囁かれた。
その頃にはすっかり定着していた『鬼飼いの京助』の首を、チンピラ達の誰もが欲しがった。
そんなある日、あまりに多勢に無勢な状況に追い込まれた時があった。
とある真夜中にあまり親しくないクラスメイトから電話が掛かってきて、話があると廃工場に呼び出された。バレバレの罠だったが俺は臆する事なく出向き、案の定暴走族に出迎えられた。
大抵は十人くらいなので余裕をかましていたが、この時は他県の系列グループからも協力を要請していたようで、普段の三倍から五倍くらいの人数が俺をぞろぞろと取り囲み、一斉に殴り掛かってきた。
いつもの喧嘩通り、十人までなら余裕だった。しかしその倍まで倒した頃には何度か釘バットを頭に喰らい、流石に視界が霞み始めていた。
俺は敗北からのリンチを覚悟した。良くて半殺し。死ななければラッキーだと思った。それでも、こんな境遇になったきっかけである、かつて同級生を助ける為にタックルをした自分に後悔はなかった。
今では唯一の友と呼べる存在と初めて出会ったのは、血だらけになりつつもそんな走馬灯を見ていた時だった。
廃工場は屋根もボロボロで、所々空いた穴から差し込んでいた満月の光が、いつの間にかその場に足を踏み入れていたソイツを照らしていた。
「塾の帰りにドンチキうるさいと思って寄ってみたら。なんだテメーラ。たった一人に寄ってたかって気に入らねーな。気に入らねーぞオイ」
その剣呑な声の主は、サイズが大きめのカーディガンっぽいパーカーを羽織っていた。濃紺のスカートはその裾に隠れて殆ど見えないが、誰もが知るお嬢様学校の制服だ。
長い黒髪はしんなりふんわりとしており、育ちの良さを一目で伝える。目鼻立ちも平均以上に整っているが、どちらかといえば幼く愛らしい印象を受けた。
しかし目つきだけが、そこまでつり目というわけではないが生意気そうというか負けん気の強さを表していた。球形の棒付きキャンディを舐めながら、その瞳でジッと俺達を観察している。
この場にあまりにも似つかわしくない彼女の登場に、場の空気が停止する。
腹を空かせた猛獣の中に突如として咲いた百合の花。そんな彼女が、腕を組むとふてぶてしく言葉を続ける。
「一応聞いといてやんよ。どっちが悪モンだ。それとも両方クソ野郎か?」
普段ならばその中肉中背で可憐な容姿はナンパの対象だっただろう。だがタイミングが悪かった。
リンチめいた喧嘩はまさに宴もたけなわといった惨状である。彼女の男勝りで粗暴な口調は、彼らの性欲ではなく闘争心を煽り立てた。
「っぞぉっ! おらぁっ!」
彼女の一番近くに居た大柄で金髪の男が吠えた。ただ虚勢を張っているだけの普通の女子なら、それだけで膝を震わせて涙目になるだろう。
しかし彼女はちらりとソイツを一瞥しただけで全く動じる様子は無い。学校指定よりも短く折ったスカートから覗く肉付きの良い生足も、悠々と肩幅で開いたままだ。
彼女は俺の方に視線を向ける。何度も釘バットで殴打され、血塗れとなった俺の顔を目にしても眉一つ動かさない。
彼女は無言で俺に問い掛けていた。何故流血してまで拳を振るうのかと。
俺は片膝をつき、息を荒らげながらも、その視線を正面から殴り返すように睨みつけた。
「おいミニスカ……とっとと失せろ」
俺の言葉に彼女は肩を竦め、なんとも落ち着き払った様子で憮然と言い放つ。
「満身創痍に見えっけど? このままこいつらにボコられてーの? さてはその類の変態かオイ?」
俺は無理矢理身体を起こした。一見したら立つのがやっとの窮状だろう。
気迫だけで支えられた俺の立ち姿にチンピラ達は気圧されるように後ずさった。その表情からは、まるで動き出した不動明王の像を前にしたかのような恐怖が読み取れる。
そんな中、彼女だけが一歩も退かずに俺の修羅めいた眼光を真正面から受け止める。
「俺の拳はな……誰かを守る為にあんだよ……」
少しでも気を抜くと膝から崩れ落ちそうだが、俺は彼女に見せつけるように拳をきつく握って突き出した。
「……だからもっかい言うぞ。巻き込まれない内にとっとと失せろ」
もはや俺個人の敗北は避けられない。しかし彼女が逃げ切る時間や隙くらいは残り僅かの体力を振り絞って作り出す。オーラのように湯気立つ、そんな気概は彼女に伝わったようだ。
彼女はにやりと片方の口端を歪めたかと思うと、棒付きキャンディをガリガリと噛み砕いた。残った棒をティッシュに包んでポケットにしまうと、すたすたと俺に向かって歩を進める。
「引っ込んでろやオラァッ!」
彼女が動いた事で、様子を窺っていた金髪の男が彼女の肩を突き飛ばそうと手を伸ばして走り寄った。
その次の瞬間、男の大柄な体躯が宙を舞っていた。脳天と爪先が天地逆となり、駆けて来た勢いそのままに彼女の背後へと吹き飛んでいった。まるで手品のようだった。
彼女はそのまま悠々とした足取りで俺に向かってきた。
仲間がやられて周りの男達は唖然としている。そんな中、リーダー格の一人が彼女の前に立ち塞がり、血が滴る釘バットを振りかざし、静かに凄んだ。
「お嬢ちゃん。あんま調子に乗っ……」
言葉は途中で遮られ、リーダー格の男はその場に膝から崩れ落ちた。その直前に、彼女の膝が容赦無く男の股間に突き刺さったのが見えていた。
それを契機に、男が左右から二人同時に彼女に殴り掛かった。彼女がそれをひらりと舞う花びらのように躱すと、二人はやはり前のめりに倒れて起き上がる事は無かった。
男の一人はパンチを繰り出したが、彼女にいなされて人中を突かれたのを確認出来た。もう一人は俺の目でも何をされたのか捉え切れなかった。
数秒の間に場の空気が一変する。暴走族達のどこか弛緩していた意識がピリピリと強張った。
こんな状況で驚くべき胆力を見せてはいたが、ここに来て彼女の更なる特異性をようやく周囲が認識する。
この女は優雅な花などではない。一匹の獣や修羅の類だと認識する。
そうこうする内に彼女は俺の前に立ち、再び口端を歪めた。獰猛な肉食動物が恍惚に身悶えするような笑みだった。
「まだやれんのか?」
彼女は涼しげにそう尋ねながらも、俺が向けたように拳を突き出した。
「……どこに目ぇつけてんだ。どう見ても余裕だろうが」
ふらつきながらもその拳に俺の拳を突き合わせた。
その瞬間、背中にバチンっと雷が落ちたような錯覚に陥った。
彼女とは初めて会ったが、歴戦の戦友のような妙な信頼感が胸中に湧き起こったのだ。
彼女はニッと口の端で笑うと、「任せたかんな」とだけ言い、初対面の俺に躊躇無く背中を預けた。
俺も同様に背中合わせに立ち、「お前の方こそ下手こくなよ」と返すと、背後から彼女の鼻で笑う音が聞こえた。
互いに名も知らない初めて出会った男女が死地で背中を預け合う事に、俺達は何の不安も抱かなかった。それどころか負ける気が失せた。つい先程までリンチを覚悟していた俺の身体が、嘘のように力が漲った。
一目惚れというものがある。
俺も健全な男子として何度か経験がある。ただのオカルトではなく、遺伝子が強烈に惹かれ合う化学反応とも聞く。それと似た感覚だった。
とはいえ抱く感情は恋愛のそれとは完全に非なるものだ。
惚れた女とは向かい合って愛を囁き合いたいが、彼女と触れ合うのは互いの背中だけで良い。
背中で語り合う。それも愛や恋ではなく、義勇をだ。
名も知らぬ彼女の背中はやけに熱かった。彼女の血が、魂が、俺と交わっていくのを感じる。それが俺の錯覚ではない事を、彼女の言葉が証明した。
「なんか変な感じ」
そう前置きして、すぐに言葉を続けた。
「アンタの背中になら、アタシの心臓も預けられる」
全身の細胞が武者震いした。
「……おう。俺のも任せたからな」
彼女は軽やかに笑い、「じゃあ死なば諸共って事でよろしく」と、心底楽しそうに言った。
彼女との共闘はまさに鬼に金棒だった。死角を失った俺達に敵は居ない。
俺が彼女の背中を守り、彼女も俺の背中を守る。それだけで絶望的に思えた多勢が見る見ると減っていった。尽きかけていた俺の気力体力も嘘のように漲り、振るう拳は相手を普段よりも天高くまで吹き飛ばした。
「ははっ。すっげーなオマエ」
掛け値無い称賛を投げかける彼女は彼女で、音も無く目の前に死屍累々を築き上げていく。
気が付けば立っているのは俺達だけだった。流石にどちらも息も絶え絶えで、真夜中の冷たい空気などお構い無しに汗塗れだった。
俺達は背中を預け合ったまま腰を下ろし、激しく肩を上下させながらも口にする。
「……犬飼京助だ」
「……白雪百合」
満月が照らす中、俺達は初めてお互いの名前を知った。
綺麗な名前だと素直に思った。だがそんな事を言われて喜ぶようなタマじゃなさそうだとも思い、胸の中に押し留めておいた。
「……おい。中々やるじゃねーか。塾よりかは楽しめたぜ」
そう言うと彼女の背中が愉快そうに揺れた。
その背中はあまりにも細かったが、自分の拳よりも頼りになる存在に初めて出会えたのだ。
やがて俺の『鬼飼いの京助』という異名には、二つの意味が備わる事になる。
一つは俺の内に潜む鬼。
そしてもう一つは、愛らしい顔立ちをした、お嬢様学校のスカートをギリギリまで短くした相棒の事を指すようになった。
そして数年が経ち、今に至るわけだが、やってる事は当時と何も変わらない。
頭上から振り下ろされるチェーンを必要最低限の動きで避けながら、百合は涼しげに言う。
「なぁ京助。知ってた? 最近アタシって『修羅百合姫』って通り名つけられたみたいなんだけど」
「なんか昔の漫画に似たようなタイトルがあったような……」
「良いんだよ二番煎じでも。ちょっとカッコ可愛くね? 修羅だぜ修羅」
彼女の表情は見えないが、愉快そうな笑みを浮かべているのが手に取るようにわかる。手に取るというか、密着した背中から伝わる。
「でも俺の通り名から考えると、俺が百合を飼ってるみたいだな」
「それな。でもまぁセンス良いから許す」
「……お前って若干厨二病入ってるよな」
「あぁ? なんか言ったか?」
「なんでもねーよ」
背中越しに呑気な会話を交わしながらも、俺達を取り巻く音はどれもが鈍く痛々しい。
拳が顔面を殴打する音。投げ飛ばされた身体が地面に落下する音。どれもが肉を裂き、骨を軋ませている。
更には相手の怒声。または呻き。その数は優に十を超える。
もう今では使われなくなった埠頭に差し込む夕日は海面に反射して、俺達の青春を彩るように祝福してくれていた。
喧嘩中の俺と百合は先程のようにふと日常会話を交わすくらいで、威嚇の遠吠えを上げたりはしない。
俺は頭に角材を一発喰らったくらいじゃ呻き声も上げない。百合に至ってはそもそも俺の知る限り、誰かの攻撃をまともに喰らったところを見た事が無い。
そんな淡々と喧嘩をする俺達だが、一つだけ外見に特徴があった。
俺達はいつも嗤っていた。声は上げずに、口角だけを吊り上げていた。それが余計に俺達を鬼のように見せ、相手を恐怖で震え上げさせていた。
しかし俺は喧嘩中に百合のその顔を見ても、楽しそうだなとしか思わなかった。
彼女は四方八方から襲いくる男の拳打を舞い踊るように捌き、正確且つ迅速に急所だけを捉え、時にはいなすように投げ飛ばす。思わず見惚れてしまうほどに感心する。
俺は、そんな百合の背中を守る壁となる。
一歩も動かず、鈍器だろうが刃物だろうが受け止める。完成され切った俺の身長は百八十台も半ばを超え、ボクサーのように洗練されつつも凝縮した筋肉を纏っている。その上骨は折れず曲がらずを体現し、バイクで轢かれた時もヒビすら入らなかった。
そして返す拳は大の男を中空に打ち上げる。俺のアッパーカットは、文字通り人を空に舞い上げ、それを見る度に百合はまるで自分の事のように自慢げに口端を持ち上げた。
今日の相手は特に悪質なチンピラ集団で、計画的な車の窃盗から、噂によるとクスリの密売にまで手を出しているような悪党だった。
と言ってもやはり俺達から喧嘩を売ったわけではない。この街で顔をデカくする為に『鬼飼いの京助』と、『修羅百合姫』の首を欲しがる奴は後を絶たない。だから度々こうやって呼び出されているのである。
とはいえ俺達も相手をしなければ良いだけの話ではある。しかしそこはお互い厨二病に冒されている部分もあるのだろう。裏舞台で大義の為に力を振るう自分達に、熱狂を抱いていなかったと言えば嘘になる。
「こんなもんか。今日は下の下だな。数も二十人くらい。凶器は角材だけ。格闘技経験のある奴も無し。この街で未だにアタシらの事、こんな低く見てる奴ら居るんだな」
立ち上がってくる奴が居なくなると、百合は両手をパンパンと叩きながら途端に興味を無くしたように真顔になる。そしてポケットからキャンディを出すと、「ん」と俺に毎回差し出す。
「要らねっつってんだろ」
百合は駄菓子を拒否する俺の姿が何だかおかしいらしく、喧嘩の後はいつもこのやり取りをする。
「美味しいのに。お薦めはグレープフルーツな。イチゴはやめとけ。ちょっと甘すぎる」
「食べねえっつうの」
俺のツッコミに「あはは」と愛らしい笑い声を上げながら、キャンディを舐める。その笑顔は鬼と恐れられる事は無いだろう。普通にティーン雑誌の表紙を飾っていそうな、可憐な女学生のあどけない笑顔だった。白いニットパーカーに返り血が点在していなければの話だが。
「これからどうする?」
「俺は腹減ったから牛丼食って帰る」
「あ、じゃあアタシも」
「オマエんとこは校則で買い食い禁止だろ」
「喧嘩も禁止だっつうの」
そう言われて思い出す。俺にとっては、百合とこうやって暴れているのがあまりに日常的過ぎて常識を失念していた。
百合がケラケラと笑いながら俺の背中をバンバン叩いていると、剣呑な声が遠くから聞こえてくる。
「あ、こっちに居たぞ!」
どうやら増援のようだ。
「どうする?」
キャンディを舐めながら、緊張感の欠片も無く俺の顔色を窺う。
「腹減ったから今日はもう帰ろうぜ」
「さんせー」
埠頭の端っこで大人数に追い掛け回され、消波ブロックの上を器用に飛び移る。
夕焼けを映す海面にチンピラが次々落ちていくのを尻目に笑いながら、俺達は青春を謳歌していた。
「は?。食った食った。学校のダチとはああいうところ行けねーから新鮮だわ」
牛丼特盛を平らげた百合は、俺の部屋のベッドの上で胡坐をかいて満足そうな笑みを浮かべる。
百合が県内屈指のエスカレーター式お嬢様学校でどんな生活を送っているのかは、出会った当初から不思議に思っていた。しかしこれが案外普通に過ごしているらしい。
そのギリギリまで折ったスカートと口調を先生に注意されるくらいで、その他は特に問題らしい問題を起こさず、信じられない事に成績も割りと優秀との事だ。
実際喋っていても口調が粗暴なだけで、付け焼き刃ではない教養を感じる事が多い。以前、迷っている外国人観光客を見かけると、自ら寄って行って流暢な英語で案内をしているところを見た事がある。
同級生の友達もそれなりに居て、俺と一緒に過ごさない放課後や休日は、カフェやカラオケなど、普通の女の子らしい事を楽しんでいるようだった。
当初俺が懸念していたのは、そういう時に百合がチンピラに狙われる可能性だった。だがすぐにそれは杞憂だと思い知った。
どれだけ鬼のように強かろうが、女だけを狙うというのは、それだけで面子が潰れるダサい行為らしい。それに加えそんな学校に通うお嬢様達なのだから、当然親がどういう立場の人間なのかは推して知るべきだろう。迂闊に手を出そうものなら俺の拳よりも余程怖いもので潰される。
「ていうか帰れよ」
「まぁまぁ。たまには良いじゃんかさ。祝勝会の二次会っつうの?」
そう言って屈託無く笑う百合の下着は丸見えだ。そりゃそれだけ短いスカートで、無造作に胡坐をかいていたらそうなる。しかも家柄は良いので、毎回値の張りそうな下着ばかり穿いている。今日は黒のレースである。
とはいえ今更百合の下着が見えているかどうかなど、少なくとも俺と二人の時には指摘する事ではない。最初の頃は流石に注意していたが、今ではもう面倒なだけである。
以前、何故そんなスカートを短くするのか聞いたら、「かっけーだろ?」と返ってきた。大昔の不良は制服の裾を詰めていたと聞くが、彼女のファッションセンスというか価値観はそれに通じているのだろうか。
そんな百合も外ではここまで開けっぴろげではなく、それなりに気にしている。風が吹いたらスカートを押さえるし、階段を上がる時は鞄で隠す。倒れたチンピラが覗いていたら、「見てんじゃねーよ」と冷徹に踵を踏み下ろす。
話を聞くと百合は幼稚園の頃からお嬢様学校通いで、男の友達が出来た事が無いそうだ。なので彼女にとって大概の男は畑に生えたジャガイモやニンジンとそう大差無い存在らしい。
そんな中で出来た初めての男友達。と言って良いのかわからない関係だが、とにかく背中を預け合うほど信頼出来る俺に対しては、下着が見えている事など歯牙にも掛けない。
「どうせまた許嫁が遊びに来てんだろ?」
俺の問い掛けに、百合はそっぽを向いて大袈裟に肩を竦めた。
「正解」
「じゃあやっぱり帰れよ」
そう返すと、百合はやはり演技掛かった仰々しいため息をついて項垂れた。
「勘弁しろよ。知ってんだろ? 苦手なんだよああいうノリの奴」
「ああ見えて男気ある奴なんだけどなぁ」
俺は何度か百合の家に招待されている。一般的な一軒家ではなく城みたいな豪邸だ。
その生活ぶりも県内有数のお嬢様学校に通うくらいであるから、御多分に洩れず世間一般とはかけ離れていた。だから許嫁などというおとぎ話に出てくるような存在が居る事を聞いた時は納得せざるを得なかったし、当然その相手も大企業のご令息である。
俺が初めて百合の家を訪問した時は、彼女たっての希望で父親に会わされ、「面白い奴に出会えた。京助とは一生の親友だから」と嬉しそうに紹介された。百合の親父さんはどこぞの会社の社長で、見た目は極道のようだったが中身は柔和で物わかりの良い人だった。
彼は一目で俺の腕っぷしや、ただの暴れん坊でない事を見抜いた。じゃじゃ馬娘の信頼を得ている事が、何よりの信用手形だったのだろう。
親父さんにそっと頭を下げられ、「娘を守ってやってくれ」と頼まれた。
理由を聞くと、百合は昔から正義感が強かったらしい。
巻き込まれた結果として何となく喧嘩に明け暮れるようになっていた俺とは違い、彼女は自ら積極的にトラブルに突っ込んでいっていたらしい。
それが校内だけで済めばまだ、ただのお転婆で済んだ。相手は女子しか居ないし、お嬢様ばかりでは暴力事件も起こるまい。
しかし百合は校外でも、やれ列の割り込みだの、老人に優先席を譲れだの、明らかにガラの悪そうな男相手にも平然と注意した。彼女にとって男は恐怖の対象でも何でもなく、畑に生えている野菜なのだから。
娘の安全を危惧した親父さんは、彼女に護身術を身に付けさせようと一流のパーソナルトレーナーを付けまくった。
そして百合には天賦の才があった。ありすぎてしまった。
腕力こそ平均の女子並みだが、反射神経、動体視力、俊敏性、判断力、そして何より、男の暴力を前にしても全く物怖じしない胆力が備わっていた。
格闘センスが頭の天辺から爪先までぎっしり詰まった百合は、乾いたスポンジに水を垂らすが如く、瞬く間に武の真髄をその身に吸収していった。
今では彼女に教えるトレーナーを探すのに苦労する有様で、先日はロシアから呼び寄せた退役したばかりの元軍人すらも、軍隊格闘術で組み伏せてしまったという。
百合曰く、「中々手強かったぜ」とまるでゲームのボスキャラを倒したかのように、その事を楽しそうに教えてくれた。
親父さんは百合を溺愛していたが、分別のある人だった。なので鎖をつけるようなやり方で保護はしたくなかったそうだ。
そこで白羽の矢が立ったのが俺だった。要は用心棒代わりというわけだ。同い年の友達なら、百合にとってもストレス無く一緒に居られるだろうと考えたそうだ。
放っておくと一人でトラブルに突っ込んでいくのなら、せめて屈強な友人が傍に居てほしい。しかしそんな親父さんの目論見は、すぐに間違いだったと判明する。
何故なら俺自体が喧嘩を呼び寄せる元凶だからだ。
チンピラは名を上げようと、街灯に誘われる虫のように俺に襲い掛かってくる。俺と百合はそんな奴らをそれこそ羽虫を払うように蹴散らしていった。
百合は水を得た魚のように、その環境を喜んだ。これ以上無いほど人生を謳歌している様子の娘に、親父さんは胃を痛め続けた。度々百合に苦言を呈していたが、ついに何も言わなくなり諦観するようになってしまった。
俺と百合のコンビは出会った時から呼吸がピッタシで、俺が百合のか細い背中を、百合が俺の広い背中を、お互い絶対安全な領域だと全幅の信頼を寄せて戦った。時には手強い相手と対峙して、危ない時もあった。それでも俺達は勝ち、背中合わせで座り込んで勝利の余韻を共有して笑った。
それまでは喧嘩自体を楽しいなんて思った事は無かったし、今だって人を殴る事自体が好きなわけではない。それは百合も同じだろう。
しかし百合と喧嘩に明け暮れた日々は間違いなく青春だった。
ある夜も薄氷の勝利の後、二人並んで大の字で寝転びながら星空を仰いでいると、百合が「なんかこれって青春っぽいよな」と息を切らしながらも微笑んだ。
「こんな物騒な青春あるかよ」と俺は返し、百合も「そりゃそうだ」と声を上げて笑った。
そのまま二人で星を見上げていると、ふと百合が呟いた。
「でもアタシ達以上の友情なんてそうそうないって」
「友情なのかね。これが」
百合はくつくつと笑うと、「でも少なくともアタシは京助に血と肉を預けられるぜ?」と言った。
「あと魂もな」
俺がそう返しながら拳を差し出すと、百合は心底嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべて、自身の小さな拳を突き合わせた。
だが俺達がそんな充足した日々を送り続ける事で、親父さんの胃の粘膜は限界を迎えていた。俺も百合も、それに対しては申し訳ないという気持ちはあった。
そこで話は戻るが許嫁である。
「ほんっとに面倒くせーんだよ。ていうかなんだよ許嫁とか。アタシに人権はねーのか」
百合は胡坐をかいた膝に肘をついて頬杖をつくと、心底億劫そうにそう言った。
「でもオマエを放っておいたら恋愛とかしないだろ」
「あぁ? それはいくら何でも舐めすぎだろ。アタシだって男に惚れた事の一度や二度……」
そこで百合は何かに気付いて口を閉ざした。代わりに俺がツッコミを入れる。
「ねーだろが。オマエが男に向けてきたのは乙女の眼差しじゃなくて拳や蹴りだけだ」
百合は腕を組むと、暫く黙って目を瞑っていた。やがて顔を上げると立てた人差し指をくるくると回しながら言う。
「……ほら。京助の腕っぷしには惚れ込んでるからさ」
「それ恋愛とは真逆の感情だからな」
「でもさ、京助のアッパーカットでチンピラの顎が砕ける音とか背中越しに聞いててドキドキするしさ。これはもう満場一致で乙女って事で良くない?」
「そんな血生臭い乙女が居てたまるか」
俺の指摘に百合が深いため息をついた。
「……まぁアタシもさ、ガキじゃねえんだからいつかはパパっと結婚して、パパっとガキ産んで、孫の顔見せて親孝行してやりたいとは思ってんだって」
「じゃあ良いじゃねえか」
百合は頬杖をついたまま顔を背けると、更に深いため息をついた。
「やっぱ今は京助と馬鹿やるのが楽しいってのが一番だし」
その気持ち自体は俺も同じなので黙ってしまう。なんだかんだで百合と一緒に居るのが一番楽しい。
「つうか男と何話せば良いのかわかんねーし」
「俺とはいつも喋ってんだろ」
「だって京助は男っていう以前に相棒じゃん」
「あといつも大勢の男に話し掛けられてるだろ。『ゴラァッ!』とか『ぶっ殺すぞ!』って」
百合が腹を抱えて笑う。
「あいつらとコミュニケーション取れた事なんて一回もねーよ。てか日本語話せっつーの」
ひとしきり笑うと百合はニヤニヤしながら問う。
「つうかさ、同級生とかにも思うんだけどさ、付き合ったりして何が楽しいわけ? マジで」
「オマエも男とド突き合ったりはしてるだろ」
俺の下らない言葉遊びを、百合は鼻で笑った。
「そうじゃなくてさ、マジでデートとかクッソつまんなさそうじゃん。それなら京助とこうやって駄弁ってた方が絶対楽しいだろうし」
「彼氏どころか恋愛した事すら無いお子様だからな」
俺は演技掛かった冷笑で返すと、百合が枕を投げつけてきた。
「うっせーな。そんなもん何が楽しいんだ。アホらしい」
百合は黙っていれば相当に可愛い。無言で駅前に立っていれば、途端にナンパ男に周りを囲まれる。
しかし恋愛や男に対して無関心すぎるのだ。
ちなみに俺は今こそフリーだが、上背もあるし見てくれも悪くはない上に、この街最強の男という肩書きもあってか女に不自由した事は無い。経験もそれなりに豊富だったりする。
勿論百合もそれを知っているし、その時々で応援したり祝福はしてくれる。あと百合がこっそり「この女はやめとけ」と忠告してくれた女は、実際に二股してたり裏がある性悪だったりなので、百合は恋愛に興味が無いだけで人間性に対する嗅覚自体は鋭かった。
だからこそ、俺の前ではこんな無防備に下着も晒せるのだろう。俺が彼女に対して、邪な気持ちは一切抱いていない事を理解しているからだ。
「とにかく今日はもう帰れよ。いつまでも俺の家で愚痴ってても仕方ねえだろ」
俺の口調に微かな焦燥感が混じっているのを感じ取った百合は、にやりと口端を歪めた。
「何だよ? また女のとこにでも行くのか?」
喧嘩の後は身体と心が火照って仕方が無いので、彼女やセフレが居れば抱きに行く。百合は俺のそんな事情はわかっているし、俺も隠したりはしていない。
百合もそうだが、俺達は好き好んで人を殴打しているわけではない。ただそれでも、火をつけられた闘争心を鎮めるというのは厄介な事だ。
「今そういう女は居ねーよ。知ってるだろ」
「じゃあどうすんの? 一人でシコんの?」
百合は粗暴でガサツではあるが、あまり下ネタを言う方ではない。喧嘩を終えた直後特有の高揚感でテンションが高いのもあるのだろうが、本当に帰るのが億劫なのだろう。その言動から、少しでも俺と下らない時間を過ごしたいという意図が読み取れた。
「そうだよ。だから帰れ」
それでも俺は帰らせようとする。百合の親父さんや許嫁を慮ってもいるし、何より俺自身さっさと昂ぶりを処理したいというのがあった。それほどに殴り殴られという行為は心身に熱を籠らせる。
「良いじゃん。シコれば」
百合はからかっているわけでもなく、平然とした様子で言う。恥じらいも感じない。これは百合に品性が欠けているのではなく、俺への距離感が無さすぎるだけなのだ。俺の前以外ではこんな事口にしないだろう。
それがわかっているので俺も真顔で対応する。
「良いか? 男にとってオナニーはな、基本的には一人でのんびり楽しみたいものなんだ。風呂やトイレと一緒だ」
百合は呆れたように、それでも涼しげに言う。
「なんだ基本って。応用があんのか」
「それもある。だが俺は基本を尊ぶ。だから一人でしたい。わかったな? 帰れ」
「これ、オカズにしていいけど?」
どうでも良さそうな表情で、胡坐をかいた両脚をより粗雑に左右に開いた。すらりと伸びつつもムチムチとした肉付きの太股と、黒いレースのショーツが更に露わになる。
「要らんお世話だ」
「あっ、そ」
百合と同様に、俺も彼女を異性として意識などしていない。友達というよりかは、傭兵同士のような絆を有する仲である。そんな彼女が性欲の対象になるわけがない。
しかしそれはあくまで平時の話だ。
百合は、俺が交際したり肉体関係を持ったりした女性の誰よりも色香を身に纏い、容姿は前述のナンパの例の通りに見目麗しい。
以前にも昂った時につい魔が差して何度かオカズに使用してしまった事がある。その後、罪悪感とも言えない気持ち悪さが残ったのは、やはり百合に対してはただの友人ではない、ある意味家族以上の絆で繋がっている所為だろうか。
百合は下着の露出など気にする様子も無いまま、背筋を伸ばして天井を仰ぐと億劫そうに言う。
「あーあ。アタシもいつか退屈な男と結婚して、退屈な人生送るのかな?」
「それが退屈かどうかなんてわからねーだろ」
「なぁ。恋愛ってそんな燃える? 喧嘩よりも?」
百合は恋愛に関しては興味は無いのだろうが、好奇心はあるようで尋ねてくる。
「比べるもんじゃないな。まぁ殴り合うよりかはキスでもしてた方が気持ち良いだろ」
「あんなん唇合わせてるだけじゃん。何が良いのかわからんわ」
「処女が偉そうに」
俺の言葉に百合は一瞬ムっとむくれたが、一転して笑みを浮かべた。以心伝心である盟友だからこそ直感でわかる。これは碌でもない事を考えた時の笑顔だ。
「そこまで言うならちょっとアタシにキスの良さ教えてみなよ」
「馬鹿か?」
思った以上に碌でもない事だった。
「でもさ?、このままだと多分アタシって、マジでその許嫁と結婚する事になると思うんだよね」
百合は俺のツッコミにくつくつと笑い、そのまま言葉を続ける。
「どうせ好きな男なんて出来ないだろうし、散々好き勝手やらせてもらってきた親に恩返ししてーなって思ってるわけ。何よりソイツは京助が認めてる男だしさ」
そう。何を隠そう百合の許嫁は俺の旧知の人間でもあった。どういう奇縁か、俺がこんな青春を歩むきっかけにもなった、カツアゲから助けた同級生である。
そして戦友の許嫁に値すると、そう評価する確かな根拠も有る。
例のカツアゲの話には続きがあった。事が終わったと気を抜いていると、逃げた奴らがすぐさま戻ってきて、俺の背中をバットで不意打ちしてきたのだ。それを身を呈して守ったのが件の許嫁だった。
「実際骨のある奴だよ。ただカツアゲされてビビってただけじゃない。何より最初に俺の背中を守ってくれたわけだからな。ある意味俺の初代相棒ってわけだ」
幸い大きな怪我は無かったし、カツアゲ野郎は勿論その直後に俺が十倍返しで撃退した。
昔を懐かしむ俺の話に、百合は不機嫌そうに顔をしかめる。
「アタシがアイツを許嫁ってイマイチ認められないのは、その話の所為でもあるんだけど」
「なんでだよ。男気を表す良い話だろうが」
「……京助の相棒枠はアタシだけだろうが」
百合は不機嫌そうな表情でそっぽを向くと唇を尖らせた。その呟きには明らかに嫉妬が混じっている。
「オマエな……自分の許嫁にそんな事でヤキモチ妬くなよ」
「うっせー! 京助の背中守れんのはアタシだけなんだよ!」
百合が照れ隠しで再びクッションを投げつけてくる。
理由はどうあれ、彼女なりに自分の将来や親孝行など色々と真剣に考えてはいるようだ。
そんな色々を吹き飛ばすように、百合は豪快に胡坐をかき直しながら両腕を組んだ。そして清々しいまでに男前な口調で言う。
「とにかく、アタシが背中を預けられる男は京助だけだ。だから初めてのキスに相応しい。どうよこの完璧な論理は」
「論理の意味を辞書で引いてこい」
下らない会話にお互い鼻を鳴らす。百合もそんな事を本気で考えているわけではない。
しかし最近俺達は肌で感じ取っている空気がある。きちんと二人で言葉を交わしたわけではないが、確信めいた予感を感じている。
青春の終焉。
いつまでも馬鹿ばかりやってられない。いつかは大人にならないといけない。
いつの頃からか、俺達に喧嘩を売ってくる奴らも激減してきた。そう遠くない内にゼロになるだろう。
俺がため息をつきながら、頭をぼりぼりと掻いていると、百合が愉快そうにケラケラと笑った。
「おいおい。あの『鬼飼いの京助』ともあろう者がアタシにキスするくらいでビビってんだけど。こいつぁ自慢話になるな」
「オマエは反射的に手が出てきそうで怖い」
「京助相手だったら大丈夫だっての」
百合は無垢で無邪気な笑顔で、「他の男だったら唇と舌を噛みちぎっちまうだろうけど」と楽しそうに言った。
俺はやれやれと頭を振りながら、ベッドの上で胡坐をかいたままの百合の前に腰を掛けた。百合は照れた様子も無くニヤリとしている。
こんな時にまで俺達の以心伝心は揺らがない。
いつまでも二人で青春にしがみついていたい。だからこんな馬鹿な事に興じる。
「なんつうか、オマエとキスとか罰ゲームっぽいよな」
実際あまりに滑稽な行為に思えた。百合もそう思っているだろう。だからこそ意味のある無意味な遊び。
百合は俺の太股をパシンと叩くと、ニヤニヤしながら言った。
「アタシ結構可愛くない? 役得だろ?」
「見た目だけならな」
俺が顔を近づけると、百合はやはりニヤついたまま言う。
「ワガママ言うな。天は二物も与えねーんだよ」
「自分で言うな」
唇が触れ合う直前だというのに、普段通りの雰囲気で笑い合った。喧嘩中や、喧嘩後と同じように。
百合の吐息はお気に入りのグレープフルーツのキャンディの匂いがした。
「マジで俺の唇噛みちぎるんじゃねーぞ。修羅百合姫さんよ」
「ヘタクソだったら保証は出来ねーよ?」
互いに軽口を叩きながら、ゆっくり瞼を閉じていった。俺もそうだが、百合も全くドキドキしていないのがわかった。部屋はいつもの空気で包まれていた。
そんな中、ちゅう、と唇が触れ合った。
今まで気にした事は無かったが、百合からはキャンディ以外の甘い匂いがした。
そして、柔らかかった。
思えば百合とはいつも背中を触れ合わせているが、それ以外の接触は立ち上がる時に引っ張り上げる手を握るくらいだった。
顔を離すと、やはりニヤついたままの百合の顔が目と鼻の先にあった。
「……やっぱ大した事じゃねえな」
彼女はそう言うと今度は自ら素早く唇を寄せ、ちゅっ、と俺の唇を啄んだ。その際に少し勢いが余って、お互いの前歯がぶつかる。
「どこ狙ってんだヘタクソ」
俺の言葉に、百合はくすくす笑いながら、名誉挽回とばかりに、ちゅっ、ちゅっ、と今度は良い塩梅で連続にキスをしてきた。
そして得意気に、「どうよ?」と言いながら、更にちゅっちゅと唇を押し付けてくる。
「つうか京助の唇、結構柔らかくて笑える」
「多分誰が相手でもそんな変わんねーよ」
「そんなもん? アタシはどう? 京助の歴代のオンナの中で」
正直今までで、百合の唇が一番柔らかくて心地が良いと思ったが、相棒にそんな事を口にするのは何となく憚られた。
「普通じゃね」
「普通かよ」
そんな会話を交わしながらも、俺達はちゅっちゅと唇を重ね続けた。
俺だって好きな女とキスをする時はそれなりに緊張する。それが全く無い為、ただただ唇によるスキンシップに集中出来た。家族よりも信頼出来る人間と、肩肘を張らずに、何の情念も介さず唇を押し付け合う行為は単純に心地良い。
俺達はいつの間にか、両手を握り合っていた。
「結構気持ち良いじゃん。キス」
「こんなの子供のキスだろ」
百合のその言葉に、俺は自然と見下すような言葉を漏らしてしまった。
それに応戦するよう、百合は俺を挑発するように言った。
「へ?。じゃあやってみせなよ。大人のキスってやつをさ」
処女の癖に上から目線な事に若干イラついた俺は、顔を寄せて唇を奪うと、そのまま舌を差し入れた。
その瞬間、百合は「んっ」と吐息を漏らし、瞼がぎゅっと閉じられた。
反射的に逃げようとする百合の舌を吸い取るように巻き付けると、くちゅくちゅと水音が鳴る。
あれほど喧嘩の技術に卓越した百合も、口腔を攻められた事の無いオボコなので、完全に俺が主導権を握る。
やりたい放題に舌を舐め、時には唇で甘噛みする。
「……やぁ」
百合は聞いた事も無い弱々しい声を上げると、顔を背けるように唇の結合を解いた。
「……エロいんだよ馬鹿」
不服そうな目つきで言った。
「やっぱお子様にはまだ早かったか?」
俺の挑発に、「上等だよ」と不敵な笑みを浮かべると、百合の方から唇をくっつけてきた。舌をなめくじの交尾めいた巻き付け方をさせて、くちゅくちゅと淫らな音を鳴らす。
俺達はどちらからともなく、握り合った両手の指を絡め合った。どんな男でも瞬きする間にKOしていく百合の手がこんなに小さく、指が細い事に改めて驚いた。
涎が微かに互いの口元から漏れるほどに、ぴちゃぴちゃと激しく舌を絡め合う。
百合は初心者なりに俺に主導権を握らせまいと必死に頑張っていたが、俺は百合が攻勢に出ようとする度に彼女の歯茎の裏に舌を伸ばし舐めて牽制する。
深いキスをしながら百合は薄目で俺を睨み、『そんなの卑怯だろ!』と視線で訴えてきたが、そんな事は知ったこっちゃない。
俺は舌を引っ込め、唇を横に滑らせたり、百合の上下の唇をそれぞれ甘噛みしたりする。百合はもうどうしていいかわからずに、このもどかしい快楽を甘受していた。
そんな中、唐突に舌を差し入れると、「んっ」と肩に力が入り、甘い吐息を漏らした。
普段はどんな屈強な男でも楽々と地にはいつくばらせる百合を、舌と唇だけで蹂躙する。
百合の背骨がくったりと溶けていくのが手に取るようにわかった。
胡坐をかいた太股はもじもじと揺れ、丸見えの黒いショーツは明らかに湿っていた。
くちゅくちゅ、くちゅくちゅ。
百合の方から、切なそうにぎゅっと指を絡め直して握ってくる。その手の平はじっとりと汗ばんでいた。
瞳はとろんとした熱を帯び、息遣いが徐々に浅くなっていく。
舌の結合を解き、唇が触れ合った状態で小声で尋ねる。
「どうよ?」
「……めっちゃ頭ぼーってなる」
若干うっとりした瞳で、好奇心を満たした猫のような笑みを浮かべる。露骨に艶やかというほどではないが、妖艶な色香を漂わせている。こんな百合は見た事が無い。
互いに熱くなり始めた手の平を離すと、百合はその手を俺の肩に置いた。
「折角だからさ、処女も貰っておいてくんね?」
そして弁当のおかずをねだるような軽々しい笑顔でとんでもない事をさらりと言った。しかしその軽さは照れ隠しの意味も込められていたように思う。
「なんだ折角って」
いくら恋愛に無頓着な百合でも、ファーストキスや処女を捧げる事に対して、全く何の感慨も無いわけではないだろう。それでも彼女はそれらを捧げる男として、俺が相応しいと思っているのだ。
そこに恋慕の念など全く介在しないのにである。
いや、だからこそ、と言うべきなのだろう。
共に青春を駆け抜けた俺達の、言うなれば卒業式のような儀式。
「京助はアタシにとって青春そのものだからさ。一緒に暴れてきた戦友と思い出を共有したいみたいな?」
百合の口からも、やはり俺の考えと同じ言葉が出る。
俺と百合の数年間は掛け値無しの一蓮托生だった。
どちらかが倒れればもう一方は絶体絶命となる。それでも俺達は一度たりとも心配して振り返る事はしなかった。信頼関係という言葉で表現するには軽すぎるほどに、俺達は死なば諸共の仲だったのだ。
今更お互いが特別な存在だと表明し合ったところで、一喜一憂したりはしない。言葉ではなく互いの背中で十分に語り合ってきたからだ。
だからこそこうして改めて伝えられると、その気持ちが嬉しいというよりかは応えてやりたい、と思う。
「やり方知ってんのか?」
あからさまに小馬鹿にすように尋ねながら顔を寄せる。
ちゅっ、と百合は唇で迎えると、皮肉めいた口調と笑みで返した。
「男が馬鹿みたいに腰振って、女が馬鹿みたいにアンアン喘ぐんだろ?」
俺も笑みを返す。
「それだけわかってたら上等だ」
もう一度深く唇を押し付ける。舌を差し込むと百合は何の抵抗も無く唇を開いて、自らの舌を差し出した。まだ拙いとはいえ百合の方からも舌を巻き付かせる。にゅるにゅるとした舌同士の摩擦で、クチュクチュと俺達らしくない音を奏でる。
「ん……ふぅ……はぅ……んっ」
深いキスを続けていると、俺の肩に置いていた百合の両手の指がククっと曲がった。
百合は必死に俺の舌責めを受け止めながら、息を浅くしていた。
「はぁ……はぁ……んっ……ふぁ……」
俺を見つめる瞳が切なそうに揺れ、瞼が下りて薄目になる。
「オマエでもそんな雌っぽい目つきするんだな」
「……してねーよ……そんな目」
互いの混ざり合った唾液が舌同士に糸を引く。百合は不貞腐れたような表情で俺から視線を逸らすが、お構い無しに顔を近づけると、ぎゅっと瞼を閉じて指を立てて俺の肩を掴んできた。
「や……京助……」
上唇を甘噛みすると漏れた、その吐息混じりの声はくすぐったいほどに愛らしかった。
自然と舌が交接すると、堪らないといった様子で百合の両腕が俺の首に回った。
ちゅくちゅく。ちゅくちゅく。
「んんっ……はぁ……あぁ……」
百合の腰がもどかしそうに揺れると、慌てて俺の胸板を押して離れた。そして若干熱を帯びた瞳で俺を睨みながら手の甲で口元を拭う。
「……やべー……頭溶けそうになった」
頬を紅潮させながらも、その声色は普段の負けん気の強さが残っている。
「キスも中々良いもんだろ?」
俺は立ち上がり、ジーンズのベルトを外していく。
百合がジトっとした目で見上げ、髪を手で梳きながら唇を尖らせた。その際に見えた耳もほんのり赤い。
「つうかエロすぎね? くっつけ方とか、音とか」
「最後ビビって逃げたもんな」
「ビビってねーし! なんかちょっと……あれこれやばくね? ってなっただけだし!」
百合は虚勢を張るように声を上げた。しかし俺を押しのけて逃げてしまった自覚はあるようで、悔しそうにそっぽを向く。
そのまま数秒黙っていると、負け惜しみで言ったという雰囲気ではなく、純粋な感想を口にする。
「……まぁ思ったよりかは気持ち良かったけど、同級生が言ってたみたいな心臓破裂しそうなドキドキって感じはしなかったな。ふわぁって溶けそうにはなったけど」
「そりゃ相手が俺だからだろ。好きな男とやってみろ。心臓バクバクだぞ」
「京助でもそうなるの?」
「おお。好きな女相手だともう頭から湯気出そうになる」
俺のその言葉に、百合は興味深そうな笑みを浮かべた。
「マジかよ。そんな京助見てみてー。最強無敵の京助でもそんな可愛い一面あんだな」
普段通りに戻った百合の声音で、キスによって漂いかけていた桃色の空気が嘘のように霧散する。
「つうかアタシ相手でも湯気の一つくらい出せよ。唯一無二の相棒とキスしてんだからよ」
答えがわかり切っているのに、露骨に茶化すような視線と笑みを俺に向ける。
「オマエ相手だと湯気どころかサーって血の気が引くわ。何やってんだ俺はって感じで」
百合が手を叩いて爆笑する。
「ひっでーなオイ。こちとら花も恥じらう乙女だっつーの」
「そんな豪快に胡坐かいてパンツ見せびらかしながら大笑いする乙女がいるか」
百合は何よりも、俺とのキスでそういう感情を持たなかった事を嬉しそうにしていた。
お互い性的に高揚せず、悪戯でもしているかのようにキスというスキンシップに興じられた事で、俺達の友情を改めて強く認識出来たのが誇らしくもあった。
俺がジーンズを脱いで再びベッドに腰を下ろすと、百合は無邪気な笑顔でおどけるように両手と唇を差し出してきた。
「んっ」
その手を真正面から指を絡めて握り、まるで喧嘩の後に拳を突き合わせるくらいの軽い気持ちで唇を押し付け合う。
ちゅっ、ちゅっ、と鳴った音は間違いなく友情の証だった。
百合はそれに気を良くしたのか、にやりと笑うと、やはり冗談っぽくキス顔をして再び唇を啄んできた。
ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ。
「なんかさ、アタシらがキスするのって全然特別な事してるって感じしねーよな」
百合はニヤついたまま、言葉の端々で俺に唇を押し付けてくる。
「そりゃあもっと濃厚な事してたからな」
「マジでそれ」
拳を振るいながら預け続けていた背中は、ある意味何よりも俺達の魂を熱く繋いでいた。特別な関係だからこそ、今更特別なスキンシップも何も無いのだ。
百合は指を絡めて握った両手をぎゅっと握ると、不敵な笑みを浮かべた。
「今度はアタシから攻めるから」
そう言って百合の方から舌を絡めてくる。
くちゅくちゅ。くちゅくちゅ。
俺はゲームを楽しむように百合の舌を迎撃する。
「はぅっ……んっ……くっ……やっ、ん…………ぷはぁ……くっそ……返り討ちかよ」
喧嘩では敵無しの百合が、キスでは到底俺に敵わない事を楽しんでいる。相手が俺というのが重要らしく、百合は表面上は悔しそうにしつつも、満足げに顔を綻ばせる。
「流石京助」
「……前から思ってたけどさ、オマエって尋常じゃないくらい負けず嫌いなのに、相手が俺だと結構あっさり負けを認めるよな」
「そりゃあ京助は自慢の相棒だからな。アタシの誇りっつーの?」
百合は何の照れも無く鼻を鳴らしてふんぞり返る。その言葉通り、百合は俺の事を何よりも誇りに思っている。そして俺もそんな百合を誇りに思っている。
「でも勘違いすんなよ? 負けっぱなしで良いと思ってるわけじゃねーからな」
百合はそう言うと、宣戦布告と言わんばかりに小気味良くキスをしてきた。
「その内ぜってーアタシのキスでメロメロにさせてやっから」
リベンジを誓う笑顔は爽快そのものだ。その声色や表情だけで判断するなら、キスについて話しているなどとは誰も思うまい。
「やれるもんならやってみろよ。その前に俺の巨根を見て気絶すんじゃねーぞ」
俺も不敵な笑みを返しながら、ボクサーパンツに手を掛ける。
「するかバーカ。しょぼかったら笑ってやっから、さっさとちんこ見せてみろ」
百合は余裕の笑みを浮かべていた。しかし当然ながら彼女が目にした事がある男性器など、精々父親のものくらいだろう。それも幼少の頃の記憶のはずだ。
喧嘩の後の高揚と、いくら肉欲が伴わないとはいえキスを繰り返した事により、男根はビキビキと筋肉を軋ませ、血管が浮き上がり、怒髪天を衝いていた。
赤子の腕ほどはありそうな大きさの肉塊。凶器と言って差し支えない質感とフォルムの肉槍に、百合は真顔になって絶句した。信じられないといった様子でそれに見入ってすらいた。
明らかに驚愕で言葉を失っていたが、百合は口端を歪めて笑った。
「……へっ。流石は鬼飼いの京助。まさに鬼に金棒ってわけか」
その瞳の奥には、相棒の力強さに対する称賛が爛々と輝いていた。そしてそれが自分に向けられている事への畏怖と対抗心も窺える。
「今からこれ、オマエん中にぶち込むから。覚悟しとけよ。俺のは並じゃねーぞ」
そう言って、胡坐をかいて曝け出したままのショーツに右手を差し入れる。百合はビクっと肩を震わせたが、俺を睨んだままそれ以上の身じろぎはしない。
「上等だよ。真正面から受け止めてやるっての」
百合の陰部はぐっしょり濡れていた。手触りからわかる陰毛の薄さとぷりんとした陰唇は、どれも彼女の無垢を主張しているようだった。
「素直に怖いって言えば優しくしてやったのによ」
そう言いながら、ショーツの中で彼女の陰部をさすり、くちゅくちゅと音を鳴らした。
「んっ……くっ」
彼女は微かに顎を引きながらも俺を睨み続け、両手で俺の左手を掴むとそれを自分の胸に押し付けた。身体が萎縮していない事を証明する為だ。
「他の誰でもねー京助の一撃だろ? むしろ燃えるね」
上着越しに手の平へと伝わる心音は、確かに極度の緊張や不安は見られなかった。むしろある種の興奮が伝わってくる。勿論、それは性的な高揚ではない。
俺と百合の間では言葉で交わす事も無く、ひっそりと沈殿していた想いがある。
俺も百合も互いを最強で最高の相棒と信じて疑わなかった。
だからこそ、時折湧く疑問。
俺と百合、どっちが強い?
「これを奥まで突っ込まれた後で、そんな悠長な口きいてられると思うなよ」
まさに鬼の角を模したような男根。鋼のような硬度で吠えるようにそそり立っている。
しかしそれを前にしても、百合は一歩も退かない。
「そっちこそ、その自慢の逸物、途中で少しでもフニャフニャにしてみろよ。その瞬間食いちぎってやっから」
俺達は獰猛な笑みを浮かべていた。互いに燃えに燃えていた。
キスのような遊戯ではない。今から行うのは疑いようもない闘争。文字通り雌雄を決する時。
「どっちがつえーのかハッキリさせようぜ」
俺達の声がハモった。
「キャンキャン鳴かせてやるよ」
「その前に暴発すんなよ」
俺達が殴り合う理由など無い。だからセックスを疑似的な殴り合いに見立てている。
処女の身で鬼の角を前にしても、百合の不敵な笑みが陰る事は無い。
百合に握らされていた胸をそのまま強く鷲掴みにする。
実は百合の胸のでかさに驚いていた。Fカップ以上は確実だろう。
明らかに細身だが、身体のラインが出にくい上着を常に着ていたし、何よりそんな目で彼女を見た事が無かったのでわからなかった。
太股の付け根辺りなんかは、前々から下着を曝け出すのを見ているから、かなり肉付きがよくてムチムチしているのは知っている。そこだけを見て、改めて全体を見ると出るところが出ているのは納得出来た。
そのまま左手で胸を揉みしだきながら、右手の指の背でショーツの中を軽く撫でる。
「んっ……や……」
百合は瞼を半分閉じると、俺に押し倒される形で背中をやや後ろに倒した。
俺が顔を近づけると、瞼を完全に閉じ、口づけから舌を絡めていく。
くちゅくちゅという音が、上下の口から漏れる。
「んんっ……ふぅ……んっく」
百合の口から、若干糖分が混じった吐息が漏れ出す。彼女の右手が、俺の二の腕を情感たっぷりに掴んだ。それはやめてほしそうな、その逆のようなニュアンスだった。
指の背にコリコリとしたものが当たる。その度に百合もビクビクと震えていた。
口が離れると、俺と百合の舌に唾液の橋が架かる。
「オマエ、めっちゃクリ勃起するのな」
「テメーのちんぽほどじゃねーんだよ」
百合は上目遣いに睨んだまま、右手で俺の男根を勢いに任せて掴んだ。眉間に皺を寄せたまま下唇をきゅっと結い、一瞬だけ女の顔になった。そして俺から視線を逸らすと、吐き捨てるように言う。
「……んだよこの熱さ。こんなん火傷するだろうが。馬鹿じゃねーの。つうか硬すぎだろ。マジで筋肉の塊じゃねーか」
「怖いんならやめとくか?」
挑発ではなく友人の気遣いとして俺が尋ねると、百合は頬を紅潮させながら俺を見据えた。
「普段から京助に抱く感情と同じだっての。背中と一緒に命も預けられる信頼感と……」
ごくりと彼女の喉が鳴り、その雄々しさを確かめるように男根を握り直すと、やはり不敵に笑う。
「……一回そんな男とガチでヤリあいてぇ。ってずっと思ってた」
「俺もだよ。百合と一晩中でもヤリあって、俺のが強いって認めさせたかった」
勿論、実際に殴り合う理由は無い。だからセックスで白黒をつける。
百合が仰向けに寝たままスカートとショーツを脱ぐ。その間に俺がコンドームを装着する。
勃起し切った男根に張り付くコンドームは、膨張し切って元の色がわからないほど透明になっていた。
互いに下半身だけ脱いだ状態で、百合の膝を両手で左右に開く。すると彼女が自嘲するように笑った。
「変な格好だよな。これってさ」
彼女の陰唇はやはり無垢そのものだった。色素の沈着皆無のぷっくりした唇が閉じ切っている。しかし十分に湿り気を帯びていた。
普通ならもう挿入に十分な濡れ具合だと判断したが、泣く子も黙る『修羅百合姫』とはいえ相手は処女である。
「もう少し前戯してやろーか?」
「余計な心配してねーで遠慮無くぶち込んでこいよ。それともアタシを舐めてんのか?」
改めて男も女も関係無く、大した奴だなと、百合に一人の人間として敬意を抱いた。
俺も笑みを返して、腰をゆっくりと進めた。
男の硬さや太さなど何も知らないぷっくりした陰唇が、肉槍の切先でむにゅりと左右に押し広げられ、無防備に侵入を許していく。
「……んっ」
先端がやや突き刺さった事で、百合の眉間に皺が寄り、そして唇が真一文字に結われた。しかし視線は俺をしっかり睨むように見つめている。
強張った膣の密度を感じながらも、亀頭をにゅるりと挿入する。
「……んんっ」
眉間の皺がより深くなり、口元は険しく閉じられ、負けん気の強い瞳は半目になった。
「力入ってんぞ? やっぱビビってんじゃねーのか?」
「……言ったろうが。少しでもちんぽが腑抜けたら食いちぎってやるつもりなんだよ。無駄口叩いてねーでさっさと突っ込めや」
この期に及んで強がる百合に、俺はくつくつと笑いながら腰を進めた。
するとすぐに、『ぷち』と何かが破れた音が聞こえたような気がした。
半分ほど挿入すると一旦腰を止める。
百合は両目をぎゅっと閉じて、両手は後ろ手でシーツをきつく握っていた。
視線を結合部に落とすと、少量ではあるが破瓜の血が未挿入の竿部分にうっすら線を描くように滲んでいた。
俺が止まった事を不思議に思ったのか、百合がゆっくりと薄目を開ける。口元は閉じたままだから、鼻でふぅふぅと浅い息遣いをしている。
俺は少しでも彼女の強張りを解そうと、冗談めいた口調で仰々しく言う。
「『修羅百合姫』の処女、確かに貰い受けたぞ」
百合は黙ったまま、小さくこくりと頷く。
「……痛いか?」
俺の問いに、彼女は無理くり笑みを浮かべた。
「……流石京助だなって感じ。喧嘩もセックスも気合入ってるわ」
そう笑う百合の額に汗が浮かんでいた。
「なんなら一旦抜くぞ? 自慢じゃねーが俺のは相当デカイ方だからな」
「……だろうな。その辺歩いてるしょうもない男が皆こんな鬼みてーなちんぽぶら下げてるわけねーし。アタシが認めた京助ぐれーだろ。こんなデカチン」
「普通なら処女相手にいきなり最後までなんて無茶やらん」
俺のごくごく当たり前の配慮に、百合はわざとらしく大きなため息をついた。
「普通なら、だろ?」
「あぁ。そんでオマエは普通の女じゃない。最強の相棒だ」
普段俺が百合に持ち上げられるとくすぐったいくらいに嬉しく思う。それを今、百合の方が味わっている。
「だろ? だからきっちり最後まで、京助のちんぽで貫いてくれよ」
その言葉に、俺は改めて百合との出会いに奇跡を感じた。
イイ女と恋愛するような高揚感なんかまるで無い。キスをしようが性器を挿入しようが心臓は凪いだままだ。お互いの誕生日だって精々駄菓子を贈り合うくらいで、高価なプレゼントなんか考えた事も無い。
しかしそれでも恋愛と同じくらい、いやそれ以上の強固な感情を百合に抱いていた。
百合の存在を尊いとまで感じさせた。
俺はその日初めて知った。突き抜けた友情は男根を怒張させる。
自らの中で更に硬度と体積を増すそれに気付いた百合は、額に脂汗を流しながらも痛快そうに笑みを浮かべた。
「……いいねぇ、その調子で来いよ。アタシの処女まんこ奪ったちんぽなんだからさ、バッキバキのガッチガチじゃないとこっちもきまりが悪いってもんだろ」
俺は後ろ手にシーツを掴んでいた百合の両手を取り、頭の横へ押さえ付けるように握った。
「悪かったな。今更オマエを普通の女扱いしちまいそうになってた。俺がどうかしてた」
百合は殊更頬を緩ませると、「来いよ。京助の全部、しっかり受け止めてやっから」と握り返してきた。
ぐうっ、と腰を押し付ける。
男を知らない膣壁が、ミチミチと音を立てて巨根に押し広げられていく。
「んんっ……くぅっ、ぐ」
百合は歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべながらも、絶対に俺から視線を外さなかった。
互いの陰毛が絡み合うほど下腹部が密着し、肉竿が根本まで百合の中に埋没した。ただでさえ長く、太く、血管を浮き上がらせて反り返った凶悪な俺の逸物を咥え込んだ初物の膣壺は、それこそ食いちぎられそうなほどに窮屈だった。
初の結合を済ませた俺達は、喧嘩で勝利した時と同じ笑顔を向け合った。
「お疲れサン」
百合の方からそう言ってくる。俺は思わず噴き出してしまう。
「どんだけ負けず嫌いだよ。こんな時くらい痛がれよ」
俺達はけらけらと声を出して笑い合った。
「いや確かにめっちゃズキズキすんだけどさ、それ以上に京助と繋がれたのがなんかめっちゃ嬉しい。だって京助めっちゃ奥まで来てんだもん。マジで連結って感じ」
百合はそう言って頬を緩ませた。その気持ちはわかる。
俺も性的な快感をほっぽり出して百合と一つになれて、清々しい幸福感が胸を満たしていた。
「いつもは背中で通じ合ってさ、その体温とかで、『後ろに京助が居るんだ』って思うと、『アタシら無敵じゃん』ってなるんだけど、それが今はちんぽでそうなってる感じする。めっちゃ無敵感ある」
百合はまだ痛みはあるのだろうが同じ充足感の中に身を置いているようで、すっきりした口調で続けた。
「その俺と勝負してんだけどな」
俺のツッコミに、百合は「あはは」と笑いながら補足する。
「そうなんだけど、でもやっぱ、めっちゃ心強えって。京助のちんぽ……。普段は京助の背中に居れば大丈夫だなって安心感と同じ感覚が腹の奥で疼いてる」
そう言って、百合はこくりと生唾を飲み込むと、ニヤリと笑った。
「京助のちんこが刺さってる今、最強だなって感じする」
彼女の額に浮かんでいた脂汗は、いつの間にか熱気で浮かんださらりとした汗に変わっていた。
「まぁ実際最強だからな」
「な」
俺達は不敵な笑みを浮かべ合うと、両手をぎゅっと握り直す。そして俺が顔を落とすと百合も目を瞑って冗談っぽく唇を差し出した。
ちゅっ、ちゅっ、と数度唇を啄み、また顔を上げる。
百合の中で俺の剛直は更にビキビキと雄叫びを上げる。
そんな折、俺はどうしても百合に言いたかった事を口にする。
こういう時でもないと、気恥ずかしくて言えない事だ。
「今更だけどよ、あん時助けてくれてありがとな」
百合と初めて出会ったリンチ直前の場面の事だ。百合もすぐにピンと来たらしく即答する。
「えらい懐かしい話するじゃん。てかお礼とかやめろよ」
少し不服そうに言う。そりゃそうだ。俺達は一蓮托生のコンビなのだから、手助けや貸し借りなんて概念をそもそも持たない。
「あん時はまだ手を組んでなかっただろ。それがずっと引っかかっててな」
思い出話に花を咲かせると、百合の顔にも笑みが浮かぶ。
「京助って案外細けーよな。つーかあん時の京助の言葉にはビビっと来た」
「一目惚れか?」
露骨な冗談に百合もくつくつと笑いながら返す。
「惚れた惚れた。こいつに背中預けて暴れ回りてぇってな」
俺達は再び顔を寄せて、ちゅ、ちゅ、と唇を啄み合った。
「今はアタシん中でビクビク暴れ回ってるけどな」
そう言って愉快そうに笑った。
「バーカ。暴れ回るのはこれからだっつうの」
両手は繋いだまま、両肘を百合の顔の左右についた。
「誰もが恐れる『修羅百合姫』のアへ顔、見させてもらうぜ」
百合がニィッ、と片方の口端を持ち上げた。
「いくら相棒だからってそう簡単によがると思ってんじゃねーぞ。心して掛かってこいや」
「動くぞ?」
「……おうよ」
まずは膣内を摩擦するのではなく、百合の華奢な身体ごと揺らすようにゆっくり腰を押し付ける。
「んっ」
百合は眉間に皺を寄せたが、それほど強い苦痛は無さそうだった。
思い出話やら何やらで時間を稼ぎ、身体に異物を馴染ませて心身の緊張を解すという目論見は成功したようだったが、以心伝心の百合はそれに気付いていた。
「……余計な気ぃ遣うなっつったのによ」
その声は表面だけが不服の皮を被るも、隙間からは感謝が漏れている。
ぎぃっ、ぎぃっ、とベッドを軋ませながら問う。
「実際どんな感じだ?」
「んっ……ふぅ……んっ…………まだちょっとズキズキするけど、もうあんま気にならねー……それよりなんか、腹の奥がジンジンする」
「痺れる感じか?」
「……痺れるっつうか……おちんちんが来る度に、んっんっ……変な感じする……」
その言葉を確認すると俺は一度腰を引いて、肉棒を浅く抜き差ししてみる。
「はぅっ、あっ」
再び百合の眉間に寄った皺には、苦悶ではなく本人もまだ無自覚であろう快楽の色が混じり始めていた。
ベッドがギシギシと揺れる。
「あぁっ、あっ……はっ、ん…………きょ、京助……」
普段はパッチリした愛らしい瞳を半分だけ開けて、どこか不安そうに俺の名を呼ぶ。初めて聞くような声だった。
「何だ」
「……腹の奥だけじゃなくて、頭の芯までジンジンしてきた」
「いいぞ。そのまま気持ち良くなっちまえ」
百合は唇をきゅっと閉じると、俺に切なそうな眼差しを向けた。
ずん、ずん、ずん、と少しずつストロークを大きくし、ピストンの速度も上げていく。
「んっ、んっ、んっ、んっ、んっ」
百合は何かを耐えるように口元を引き締めていたが、俺が顔を寄せると、ちゅう、と吸い合うような甘いキスをする。舌を差し込むと、百合の方からも巻き付かせてくる。
上の口はちゅくちゅくと、下の口はにゅるにゅると、それぞれ交接特有の水音を奏でた。
顔を離すと唇同士に唾液の糸が架かっていたが、百合の方からそれを舌で舐め取る余裕は無さそうだった。
「……やっばい……マジで頭ぼうっとしてきた」
その言葉通り、表情のみならず、全身がくったりとしてきていた。それを見計らうと、俺は亀頭辺りまで膣から抜き、そこからにゅるんと一気に突き刺す。
「あんっ♡」
甘く愛らしい顔から、甘く愛らしい声が漏れた。
百合はその直後、一瞬の事だが、その声がどこから聞こえてきたのか本気で不思議がっていた。そしてすぐに事態を把握すると、自嘲気味に笑った。
「……マジかよ」
「可愛い声出すじゃねーか」
俺がニヤつきながらそう言うと、百合もつられてニヤニヤしながら問う。
「さっきの声、マジでアタシ?」
「オマエ」
「……信じらんねー」
照れ隠しか、おどけた風にそう言う。それを証明する為に、再び同じ抽送をしてみせる。
「あぁっ、んっ♡」
目を瞑り、口を開け、肩を震わせながら喘ぐその姿はどこからどう見てもただただ可憐だった。
百合は俺の両手を握り直すと自虐的な笑みを浮かべた。
「……やっべぇ。マジで馬鹿みたいにアンアン喘ぐかも」
「俺も馬鹿みたいに腰振るからお互い様だ」
一度だけ、ちゅっ、と唇を重ねた。
「いくぞ?」
百合は若干不安そうに生唾を飲み込むが、ここで引いたら名が廃ると言わんばかりに負けん気の強い笑みを浮かべた。
「かかってこいよ」
そういえば百合とは喧嘩は勿論、力比べの類をした事が無い。興味が無いと言えば嘘になる。むしろずっと胸の奥で燻っていたのかもしれない。それを決する為にベッドを一定の間隔で軋ませる。
「んっ、んっ、んっ、んっ」
最初こそ百合は顎を引いて、必死に口元を閉じていた。
「はぁっ……はぁっ……んんっ、あっ………はぁっ、はっ」
構わず抽送を続けていると、顔を上げて切なそうに俺を見つめ、犬のような浅い息遣いを見せた。
百合は明らかに嬌声を上げる姿を恥じていた。セックスとはそういうものだと理解し、納得した上で、相棒の俺にだけはそんな情けない姿を見せたくないと強く感じているのだろう。必死に我慢という城壁を積み上げていた。
百合の中は処女だからというわけではなく、その気の強さに見合った膣の密度をしていた。
しかもゴム越しにも伝わる粒々は細かくびっしりと膣壁全体に存在し、みっちりとした肉壺の中で男根が動く度に、ザラザラとした摩擦を与えてくる。
気を抜けば一瞬で持っていかれる。
だけど自然と腰付きが激しくなる。
それが百合の築いた城壁を一撃で粉砕する。
「あっ、あぁんっ♡」
あとはもう総崩れである。
百合は目を閉じ、口を半開きにしたまま、あられもない声を上げ続ける。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ♡」
ガツガツと腰を振る。
「あっあっ♡ 京助っ、京助っ♡ すっごっ♡」
ベッドもギシギシと悲鳴を上げる。
「恥ずいから、あんま見んなって……あぁっ、いっ♡」
百合の膣はすっかり熱々のヌルヌルで、抽送の度にニュルニュル、ぬぷぬぷと淫らな摩擦音を鳴らしていた。
「やっあっ、おまんこ、痺れるっ♡ おちんちん来る度に、ジンジンって……あんっ、あんっ、あんっ♡」
蕩けていく百合を前に、俺の男根が勝利の凱歌と征服欲で燃え滾る。
どんなに屈強で凄味のある男を相手にしても、平然と叩き潰していく修羅のような百合が、ベッドの上ではただの可憐な女の子として喘いでいる。
それは雄を、得も言われぬ優越感で満たし、もっと犯せと本能が命じてくる。
しかしそれはあくまで俺の下半身の話だ。
俺の頭が、ハートが、百合はあくまで相棒で、戦友で、親友だと判別している。そのカテゴリは絶対不変だ。
百合が弛緩しつつある身体で、俺の両手をぎゅっと握った。
「……京助、やばい……落ちそう……ってか浮きそう」
「どっちだよ」
「……わかんねーんだって……あっい♡ あっあっあっ、いいっ♡ いいっ♡ 京助、やばいっ、なんか来るっ……♡」
俺は百合の両手を握り返し、殊更シーツに縛り付けるように押さえ付けた。
「心配すんな。俺が居るだろ」
百合は蕩け始めた顔で睨む。
「……その手、絶対離すんじゃねーぞ?」
「何があっても絶対離さねーよ」
釘バットで頭を殴られようが、単車で轢かれようが、百合の背中はずっと守ってきた。
そんな俺に対する信頼感が、百合の身体と意識を弛緩させた。
ガツガツと腰を振る。征服感やら優越感ではなく、親友を気持ち良くしてやりたい一心で腰を振る。
「あっあっあっあっあっ♡」
トロトロの顔で百合が呟く。
「……アタシら、ずっと親友だかんな?」
「当たり前だろが」
俺の返事で百合が完全に、芯からトロンと溶けたのがわかった。
「あぁっ、いっ♡ いっいっ♡ いいっ♡ あっいっ♡ イクっ、イクっ♡ 処女まんこイクっ♡ 京助の強いちんぽでイっちゃうっ♡ ううっ、京助ぇ、ちょっと怖い……♡」
「しっかり手ぇ握っててやる。何も心配すんなっ!」
ぎゅう、っと手を握り合う。
「あぁっ♡ 京助っ♡ 京助っ♡ 手、おっき♡ あっイクっ♡ あっイクっ♡ イクイクイクっ♡ イックゥ♡♡♡」
百合の背中が爆ぜるように浮き上がった。
「あああぁっ♡♡♡」
喉を反らせ、大きく口を開き、全身をビクビクとヒクつかせる。
「はーっ♡ はーっ♡ はーっ♡」
どれだけ暴れても涼しい顔をしていた百合が、酸素欠乏状態で甘い吐息を深く続ける。
「……やっぱ落ちてんのか、浮いてんのかわかんねぇ……」
絶頂の余韻を全身で余す事なく甘受しながら、百合は苦々しく笑みを浮かべた。その間、百合の蜜壺は、雑巾を搾るように俺の男根をぎゅう、ぎゅう、と断続的に締め付けていた。
「……京助……手ぇ離すなよな……」
「離さねーよ」
初めての性交での絶頂で不安を感じているのだろう。力強い口調でそう言い返しながら百合の手をぎゅっと握り直す。百合も安心した様子で指を絡めてくる。
お互い額に玉粒のような汗を浮かべて、荒れた呼吸を整える。そんな中、百合が息を切らしながらも笑う。
「……背中も汗びっしょりなんだけど」
「俺もだよ。てか俺はともかくオマエって喧嘩でもそんな汗掻かねーのにな」
百合は肩で息をしながらも、どこか誇らしげに笑みを浮かべた。
「そりゃあ京助の勃起ちんぽ、すげえ気合入ってるからな。こんな熱いの突っ込まれたら汗も出るだろ」
今まで対峙してきたどの強敵の拳よりも強いと言ってくれた。俺達の関係でこれ以上の賛辞は無い。息苦しさを感じるほど狭い膣内の中で、鬼の角が更に雄叫びを上げる。
「んっ♡ やんっ♡ すっげ……まだビキビキいってんじゃん」
「そりゃあ俺はまだまだこれからだからな。オマエがもうこれ以上は無理ってんなら、ここでやめてオナニーで我慢するけどどうするよ?」
わざとらしく挑発しながら、上半身を起こして上着を脱ぎ始める。
百合もニット生地のパーカーのボタンに指を掛けながら不敵に笑う。
「馬鹿言ってんなよ。ちゃんと最後までまんこで楽しませてやっから安心しな」
一足先に俺が全裸になると、百合の携帯が鳴った。
「出なくていいんか?」
百合はまだまだ整い切らない息遣いで、上着を脱ぎながら即答する。
「いい。どうせ許嫁関連の話だろうし」
「流石にそれすっぽかすのは不味くねぇか」
「別にすっぽかしはしねえって。ちゃんと京助とのタイマン終わったら帰る」
「タイマンね」
俺が笑うと百合も笑った。
「まだアタシのおまんこ全然負けてねーし」
「こんなトロトロになってんのにか?」
「やっ、あっ♡」
「すげえ物欲しそうに絡みついてくるぞ」
「だっ、て……京助のちんぽ、あっあっ♡ アタシん中に入ってくる感じ、すげーんだって……」
そんな事を話しているうちに百合が纏っているのは黒いレースのブラだけになっていた。背中を浮かしてそれも外すと、左腕で左右両方の乳首を隠すように胸元を押さえた。
仰向けでもたっぷりとした膨らみを保つ乳房が、むにゅりと柔らかそうに形を変える。
「オマエめっちゃ乳でかかったんだな」
敢えてデリカシーを排除した言い方をした。百合は粗暴にブラをベッド脇に投げ捨て、その方向にそっぽを向いた。
「京助って巨乳派?」
細腕一本じゃ到底隠せない豊満な乳肉と、ちらりと覗き見える色素の薄い桃色の乳輪が、俺の肉槍を余計に昂らせた。
「聞くまでもなかったな」
百合は顔を横に向けたまま、今度は右腕で胸元を隠した。
胸の上に腕を軽く置いただけのつもりだろうが、それでもむにゅりと弾むように形を変えて中央に寄せられたそれは、余計に乳肉の質感とボリュームを強調していた。
百合は顔を横に向けたまま流し目で俺を睨んで唇を尖らせた。
「あんま見んなって」
とにかく俺達はお互い完全に全裸になった。
百合の膝に両手を置いて、ゆっくりピストンを再開する。
「オマエでも恥じらいはあるんだな」
「おっぱい見られるのはなんか恥ずかしいんだよ」
目鼻立ちの可憐さは言うまでもないし、一見細身なのに美巨乳。その巨乳の美しさに全く引けを取らない、限界まで短くしたミニスカートから伸びるトレードマークの美脚。そのしっかりした腰を支える太股はムチムチと肉付きが良く、正常位で下腹部を密着させるともちもちスベスベと非常に触り心地が良い。
「あっ……あっ……んっ、や……はぁっ、あっ……」
それなりに男に慣れてきた陰唇が、にゅるにゅると愛液を泡立てながら肉槍を咥えている。愛液で薄まって破瓜の血はもう見えもしない。
掴んでいた百合の膝を、少しだけ前方に押し出す。必然的に百合の腰がやや上向きになると、そこに己の下腹部を押し込むように密着させる。
「あっあっ♡ それっ、奥、やばいっ♡」
完全に痛みが無くなったわけではないだろうが、それでも既に快楽の方が上回っているようなので、様子を見ながらもガツガツと腰を振ってみた。
「あっ、あっ、あっ♡ すごっ♡ ちんぽっ、ズンズン刺さるっ♡」
胸を隠していた両腕に力が籠る。むぎゅりと更に巨乳が潰れた。ただでさえ張りツヤに溢れた質感が、膨張し切った風船のようにパンパンになる。
普段が普段なので、その声といい表情といい、そして全体の肉感といい、ギャップでとにかく劣情を煽りまくってくる。膣への挿入感も垂涎モノだ。
ガチガチに勃起した男根に射精欲が溜まると同時に、百合は俺のピストンで更に蕩けていった。
「あぁっ、いいっ♡ あっあっ、いっあっ♡ はぁっ、あっ、あっん♡」
「遊馬もイイ女を引いたよ」
腰を振りながらそう言う俺を、百合はジトっとした目で睨む。
「……本当にそんな事思ってんのか?」
「思ってるよ。百合は頭の天辺から爪先まで気合入ったイイ女だ」
百合はくすぐったそうに口元をもにゅもにゅとさせると、やがて耐え切れないように口端を綻ばせた。
「……京助にそう言われんのは、悪い気しねーな」
ちなみに遊馬は先程から話題に上がる百合の許嫁だ。
ベッドが悲鳴を上げる。
「やっ、あっ♡ 激しっ♡」
「俺もイキそうなんだよ」
百合がからかうような笑みを浮かべて問う。
「……イイ女抱いてっからか?」
「そうだよ。面も可愛くて、エロい身体してて、根性のあるイイ女だからいつもより早くイキそうだ」
百合は照れ臭そうにくつくつと笑いながらも、徐々にその笑みを蕩けさせていった。
「あっ、あっ、あっ、激しいのっ、きもちっ♡ アタシもまたきちゃうっ♡」
百合はもう堪らないといった様子で両手を俺の首に回した。乳房を見られる恥じらいを感じている余裕も無くしていた。
腕の拘束から解かれた美巨乳は綺麗なお椀型を保ち、俺の腰の動きと同期してプリンのようにぷるんぷるんと綺麗に揺れていた。
「百合の乳首、めっちゃピンクでやんの」
「だからあんまおっぱい見んなって。マジで恥ずいんだっつうの」
気さくな笑みで軽口を叩き合いながらも、俺達はもう限界だった。互いに汗を全身に浮かべている。
「あっあっあっあっあっ♡」
百合が切羽詰まった様子で喘ぐと、やはりまだ慣れない快楽に不安そうに目を細めて俺を見る。
「……京助……おちんちんでイクの、やっぱまだ怖い……落ちてんのか飛んでんのかわかんねーんだもん」
「今度は俺も一緒にイクから。それなら何も怖くねーだろ?」
「絶対だからな? 絶対一緒だからな?」
百合はいじらしい表情で頷き、念を押してきた。
「あぁ、もうイクって」
「あ、待って、アタシっ、もうすぐ……あいっ♡ いっいっ♡ イクっ、あっ、イクっ♡ 京助、アタシ、イクからな? ああくそ……このフワフワした感じ慣れねーな……あっ、いっ♡ いっ、いいっ♡」
「俺もイクから」
「……京助と一緒なら何も怖くねーから、一緒にちんぽイって♡」
百合は懇願するようにそう言うと、すうっと深く息を吸った。
「あぁ、イク♡ あぁ、イク♡ イクイクイクっ♡ おまんこ来るっ♡ あああっ♡♡♡」
瞼をぎゅっと閉じ、首に回された両手は強張っている。百合の初々しい絶頂を感じながら、俺はぎゅうぎゅうの処女まんこに根本までぐいっと押し込み、その中でびゅるびゅると吐精した。
「うぅ」
「……京助、ちゃんと一緒にきてんの?」
百合はうめき声を上げる俺を絶頂しながら薄目で確認し、不安そうに尋ねる。
親友の膣で射精するという特異な快楽の中、「……俺もイってる」となんとか答える。
「……チュウしろよ」
百合は俺の言葉に多少なりとも安堵したようで俺の首を抱き寄せて、か細い声で言う。
唇を重ねると同時に舌を求め合い、腰をぴったりと密着させたままドクドクとゴムの中に精液を放出していく。その脈動は百合にも伝わっているようで、彼女は両足首も俺の背中できゅっと結ぶと、舌を触れ合わせながら吐息混じりに言う。
「……これって今射精してんの?」
「おうよ」
「めっちゃちんこビクビクするのな」
百合は普段通りの声色を装おうとしていたが、まだまだ慣れない絶頂の不安を誤魔化そうとしているのが明白だった。
落下とも浮遊ともつかない悦楽の中を漂う彼女の潤んだ瞳を、射精しながらも強く見つめる。
「一緒にイクっつったろ」
一緒に居るし、一緒にイってる。だから心配すんな、という俺の呼び掛けに、百合は両手足できゅうっと俺の首や背中を抱擁して応えた。
「……うん」
か弱く、愛らしい女の声だった。心底心を安らげているのがわかる。
「……京助の鬼みてーなちんぽ、奥までずっぽりぶっこまれてるの、すっげえ心強い」
うっとりするような眼差しでそんな事を言う。俺はその気持ちに応えたくて、まだまだ射精の収まらない荒々しさを保ったままの男根をぐっと押し込んだ。
「あぁっ、はっ、んっ♡」
彼女の俺への抱擁が、縋りつくような必死さを呈す。
「……京っ、助ぇ……♡」
百合は甘ったるい声音で俺の名を呼び、下唇を少し痛みを覚えるほどに噛んだ。
どんなに好きになった女とのセックスでも味わった事の無い、一体感を味わう。
首に巻き付く百合の細い腕はどこか妖艶で、巻き付く舌や絡みつく膣壁は間違いなく性的だった。
しかしそんな中俺達が交わす、「ずっと一緒だかんな?」「ったりめーだろ」という言葉と、共有している絶頂は、甘酸っぱさとは無縁な熱い血潮だけで満たされていた。
暮れ始めた街の中を二人で歩く。行き先は百合の家だ。何故か俺もお呼ばれしたので同行している。
空気は夜の訪れを知らせるように涼しくなり始めていたが、喧嘩とセックスで火照った身体にはむしろありがたかった。百合も両手を組んで背伸びをすると心地良さそうに口を開く。
「ん???。なんかめっちゃ気持ちいい???。悪党しばき倒した後に戦友とセックスって最高じゃね? すんげえスッキリした」
「飯食った後のタバコみたいなもんなんかな。吸った事無いから知らんけど」
「あはは。多分そんな感じっしょ。でも今襲われたらやばいかも。足腰ガクガクだわ」
「疲れ知らずの『修羅百合姫』が珍しいじゃねーか」
百合はくつくつと笑いながら、とても楽しげに俺を肘で突く。
「あんないかついちんこでガンガン突かれちまったら流石のアタシも捌き切れないって。流石は京助だわマジで。今日のところはアタシの負けって事にしといてやってもいいぜ?」
棒付きキャンディをポケットから取り出して咥えると、俺を誇りに思っているような口振りで、忌憚の無い最大級の賛辞を贈ってきた。
そして満面の笑みで、「まだなんか挟まってるみてー」と嬉しそうに笑った。女子として処女を喪失した悦びなんて一欠片も感じない。友達と青春の一ページを刻めた事に対する喜びだけだ。
「言っとくけど、あれでも一応手加減はしたんだからな」
「はぁ? アタシ相手に手ぇ抜くとか良い度胸してんじゃん」
「ビギナー相手に全力出せるかよ」
百合は「へへっ」と笑うと、キャンディを咥えたまま俺の前にすっと出て向かい合った。両手を後ろで組んでニカっと爽快な笑顔を浮かべる。
「じゃあ次ヤル時は真剣勝負だぜ?」
そう笑いながら俺の額に軽くデコピンする。
「ばーか。百年はえーよ。冗談抜きで足腰立たなくなるぞ?」
今度は挑戦的に、にぃっと口端を歪めた。
「上等だよ。こっちこそ京助のちんこひぃひぃ言わせてやっから」
再び俺と肩を並べて歩き出した。ちょこまかと動くその様子は、初めてのセックスを経てテンションが高い事が明らかに見て取れた。
この後控える許嫁との対面という、億劫なイベントを吹き払うように言う。
「あーあ。京助と恋愛出来てたらそれでもう全部解決なんだけどなー」
「叶わぬ夢だな。それは諦めろ」
「だよなー」
惚れた相手を殴り合いのパートナーにしようだなんて思えない。それに何より恋愛は恋愛でいずれ距離感がゼロになる為、嫌なところも見る事になってしまう。
そういう意味では俺と百合も距離感はゼロなのだが、背中合わせが基本の戦友だ。真正面から抱き合う恋人とはまさに真逆の関係性と言える。
「あぁ、そうだ。京助と付き合ってるから無理って断るのはどうだ?」
「誰がそんな与太話信じるんだよ。俺とオマエが腕組んで笑顔で街を練り歩いてるとこ想像してみろ」
両腕を組んで目を瞑った百合の表情が渋くなると、納得するように頷いた。
「うん。デートっつうかカチコミ前って感じだな」
「だろ? まぁそう食わず嫌いすんなよ。何度も言うけどオマエの許嫁は筋の通った男だからよ」
百合は特に興味も無さそうに相槌を打つ。百合は遊馬に対してずっと同じスタンスを取り続けている。
明確な不満は無いが乗り気でもない。彼女自身が言う通り、自分が恋愛結婚なんてするとは到底思えないから、せめて親孝行として流れに身を任せているだけだ。
百合が住む城のような豪邸に到着すると、早速親父さんが待つ応接室に招かれた。鹿の頭の剥製が飾られ、何から何まで高級ブランドの家具で揃えられたその部屋を、百合は「趣味がワリー」と言ってあまり入りたがらないでいた。今も何故か俺が率先して応接室の扉をノックする。
「オマエの家なんだからオマエが先行けよ」
百合は欠伸を噛み殺しながら、「めんどい」とだけ吐き捨てた。
応接室に入室すると、相変わらず極道の組長のような風貌の親父さんが出迎えてくれた。親父さんは挨拶もそこそこに俺と百合をソファに座るように促した。
「今日も娘が迷惑を掛けたようだな。すまん」
どちらかといえば俺がチンピラを引き寄せているのだが、その誤解は解かないでいた。実際百合も自ら首を突っ込んでいく部分もあり、話がややこしくなりそうだからだ。
「まぁ俺と百合は、持ちつ持たれつなんで」
俺と親父さんが会話をしている横で、百合は用意されていたシュークリームを手で掴んで平らげていた。
「京助君には感謝してもし切れない。君という友達が出来てからは、毎日が充実しているように見える。青春を謳歌している娘の姿が見られるというのは、親としてはこれ以上無い幸せだ」
そう言ってコーヒーを啜ると諦観の苦笑いを浮かべた。
「……とはいえ出来れば普通の、危険が無い楽しみを見つけてほしかったというのが本音だが」
「だから京助と一緒だと危険もへったくれも無いってのに」
百合はうんざりしたように小声で不満を呟く。だがその心配も当然の親心だろう。だから娘の意思を尊重した上で、彼女に危険が及ばないよう苦心しているのだ。他人の親ながら出来た人だと心から尊敬する。百合は百合で、俺が見る限り、反抗的な態度は取りつつもなるべく親の意を汲んでやりたいという娘心を節々に感じている。
「遊馬はまだ来てないんすね」
「ああ、もう来ると思うんだがね」
「来ねーならアタシもう行っていい? てか来なくてもいいけど」
そんな会話を交えていると、こんこん、と折り目正しくドアがノックされた。
「伊東です」
かしこまった声と共に顔を出したのは、如何にも誠実で真面目そうな好青年だった。いつ見ても惚れ惚れするくらい背筋が真っ直ぐ伸びている。
俺と百合の佇まいも中々凛々しいと思うのだが、根本的に雰囲気からして違う。その理由はわかっている。俺と百合の姿勢の良さは、戦闘に適した体勢を取っているからに他ならない。
「よお遊馬」
俺がソファに座ったまま片手を振る。彼の爽やかな目鼻立ちが、更に清涼感溢れる笑顔を作った。
「やぁ京助君。同席の頼みを聞き入れてくれてありがとう。京助君が居た方が百合さんも話しやすいかと思って」
「なるほど、俺が呼ばれたのはそういう事か。構わねえよ。百合も一人だと照れ臭くて話しづらいみたいだしな」
遊馬と挨拶を交わすと、百合が隣で不貞腐れた表情で俺を肘で突いた。
「んなわけねーだろ」
そして頬杖をついてそっぽを向くと、ぼそりと呟く。
「……百合さんって言い方やめろっての。こそばゆいんだよ」
遊馬は俺と百合の対面に座る親父さんの隣に腰を下ろした。ニコニコと人畜無害そうな笑顔を浮かべている。百合は変わらず憮然とした表情で頬杖をついて、遊馬と視線を合わせようともしない。
放っておいたら会話が始まりそうもないので、仕方無く俺から口を開く。
「こう見えても百合は縁談自体は前向きに考えてんだ」
「しょうがなくだよ。しょうがなく」
百合が遊馬に対して素っ気ない態度を取るのは前からなので、遊馬も動揺する事無く自然に対応する。
「僕としては百合さんを絶対に幸せにするつもりです。何も今すぐ交際を始めたいとか思っているわけではないので、少しずつ信頼関係を築けていけたらいいなと思ってます」
その言葉に百合はふふんと鼻を鳴らすと、俺の肩に腕を乗せた。
「おいおい。アタシら不死身のコンビを前に信頼関係築くとか大口叩くじゃん?」
「誰も喧嘩仲間としての話なんかしてねーんだよ。遊馬は人生の伴侶としての話をしてんだっつの」
百合も馬鹿ではない。そんな事は百も承知だが、どうも遊馬の真面目すぎるアプローチにうんざりして、こうやって茶化してしまう節があるのだ。遊馬もそれをわかった上で力無く笑う。
「いや、参ったな。確かに京助君と百合さんの間には割って入れそうもないです。それでも僕は僕なりの道で、百合さんと共に歩んでいきたいです。友人ではなく、一人の男として」
俺は遊馬の理知的で紳士な態度を取りつつも、愚直なアプローチを続ける芯の強さに感心している。百合の親友としてこの男になら彼女を任せられるという安堵感も抱く。
「とりあえず一回くらいさ、二人でデートでもしてきたら良いんじゃねーの? いつもこうやって面談みたいに話をしててもお互いの事わかんねーだろ」
俺の提案に親父さんがうんうんと頷き、遊馬も少し浮き立つかのように照れ笑いを浮かべた。
百合だけが苦虫を噛み潰した表情を浮かべていた。
「何だ? 修羅百合姫ともあろうお人が男と二人でデートも出来ねーのか?」
露骨すぎる俺の挑発に、百合は乗っかる意欲も湧かないようで、深く深くため息をついた。そのあまりに長いため息は、いつまでも現実から目を逸らしてはいられないという気持ちも見え隠れしていた。
「はぁぁぁぁぁぁ………………わぁった。わかったよ。将来の旦那様とデートして親睦深めますよ」
百合は投げやりにそう言うと立ち上がる。
「そんじゃ今日はもう良いだろ? アタシはもっかい京助の家行って遊ぶから。京助。もっかい勝負な?」
最後は俺に言葉を向けながら部屋を出ていこうとする。その背中に遊馬が立ち上がって声を掛けた。
「あの、誤解があるようだけど、僕は許嫁という立場に甘んじて無条件で百合さんを娶ろうなんて思っていませんから。ちゃんと男として百合さんに認められた上で、隣に立つつもりです」
遊馬のその言葉に百合はドアノブに手を掛けたまま振り返らず、片手を上げて軽く振った。
「ナマ言ってんじゃねーよ。まぁ精々頑張んな」
百合が部屋を出ていくと、俺は遊馬に激励と共に敬意の念を向ける。
「やるじゃねーか。素っ気なく出てったけど、最後のあれは結構百合の好感度上げたと思うぞ」
「だったら良いんだけど」
「心配すんなよ。ああ見えてアイツも色々と真剣に考えてんだ。どう転ぶかまではわからんけど、遊馬がマジならその気持ち自体を蔑ろにはしないさ」
俺も腰を上げながらそう言うと、遊馬に拳を突き出す。遊馬は照れ臭そうに拳をこつんと突き合わせた。今まで俺が殴り合ってきたどの男よりも華奢な拳だが、どの男よりも骨太に感じた。
「京助君には昔から助けてもらってばかりだね」
「あの最初のカツアゲの事か? あん時は遊馬も気合見せただろ。あの調子で百合にもぶつかっていけよ。というか遊馬もとんだじゃじゃ馬に惚れちまったんだな。まぁ見てくれは良いからしょうがないか」
「見た目じゃないよ。実は百合さんの事は自分の許嫁だって知る前から気になってたんだ」
家とは関係無いところで百合と遊馬に接点が有ったのだろうか。不思議に思っていると応接室の扉が勢い良く開いて百合が顔を出した。
「京助。何チンタラしてんだよ。早くさっきのリベンジさせろって」
「わかったっつーの」
俺と遊馬が目配せする。
「じゃあな。何かあったら何でも相談してくれ。応援してるぞ」
「うん。ありがとう」
百合に続いて応接室から出ていく俺に、親父さんが声を掛ける。
「……京助君? 百合と勝負とかリベンジって……まさか喧嘩を売ってくる相手が居なくなってきたからって百合と殴り合っているのかい?」
まぁ殴り合っているようなものだ。少なくとも性行為という認識よりかはそちらの方が余程近い。
「あくまで遊びで、ですよ」
そう言って外に出る。外はすっかり夜になっていた。
息苦しさから解放されたかのように百合は満面の笑みを浮かべて、俺にジャブを放ってくる。
「ほら、さっさと戻ってさっきの続きしようぜ。次はぜってー負けねーから」
じゃれ合うように肩や胸板を軽く殴ってくる百合の愉快そうな笑顔を見て、一体誰がセックスの誘いだと気付けるだろうか。
やはり俺と百合にとっては、互いの力量をぶつけ合う喧嘩の代わりでしかないようだ。