カバー

やりたいことをヤりたいだけ、この変わり果てた世界を自由に楽しもう。

苦労の末、異世界アークの魔王を倒した勇者・冬馬。凱旋後に隠れて連れ帰った美女魔王を匿って好き放題ヤりまくっていると、全てが露見し、厄介払いと言わんばかりに魔王と共に元の世界へ強制送還されてしまった! 不本意ながらも十年ぶりに帰還した日本はなぜか荒れ果て、ゾンビが街にあふれていて!? やさぐれ元勇者とエロすぎ魔王の、セイシをかけたサバイバルが始まる!!

書籍化に伴い、大きく加筆修正!
幕間の日常を描いた書き下ろしも収録!!

  • 著者:長月すとーぶ
  • イラスト:烏丸やよい
  • 本体価格:1,200円+税
  • ISBN:978-4-8155-6509-1
  • 発売日:2018/11/30
口絵

タイトルをクリックで展開

「──ぐはっ! ~~ッ!?」

 突然のことで受け身も取れなかった。まさか帰還早々、落下の衝撃で尻を強打し、痛みで悶絶するはめになるとは。

 痛みを噛み殺しながら頭上を見上げれば、先程俺を吐き出した魔法陣がまだ明滅していた。

 そして、一際輝きを見せた瞬間──。

「あ……」

「──ふあっ!?」

 俺のよく知る尻が、柔らかな感触と共に目の前を埋め尽くした。

「っいぶがぁ…………!」

 続いて襲いくる痛みとコンクリートの硬さを後頭部に感じながらも、顔面に乗る、程良い重みと柔らかな感触の方に意識が向いてしまう。

「大丈夫かの……?」

 真っ暗な視界の中、こちらを窺うような声。……もう少しこのままでも良かったのだが、仕方がない。

 最後に鼻から大きく息を吸い、名残惜しい感触に別れを告げる。

「……テュール、取りあえず退いてくれ」

「す、すまぬのじゃ!?」

 テュールが慌てて顔の上から移動すると、開けた視界に青空が広がる。魔法陣はすでにその役目を終え、跡形もなく消えて無くなっていた。

 何か言いたげな横からの視線を感じながらも立ち上がり、伸びをして辺りを見渡す。所狭しとビルが建ち並ぶコンクリートジャングル。ここは、どこかの商業ビルの屋上だろうか。

「……帰ってきたのか」

 俺トウマ・キリシマ……いや、桐島冬馬は十年ぶりに日本に帰ってきた。

 異世界アークに召喚され、敵対関係にあった魔物から人族を救うための勇者と祭り上げられてから十年だ。右も左も分からぬまま戦場に放り込まれ、何度死ぬと思ったことか。

 そんな戦い続きの日々が終わりを迎えたのは、召喚されてから九年と半年が過ぎた頃だった。何とか吸血鬼の魔王と決着をつけ、戦争を終わらせた。

 俺が、終わらせたのだ。

「なのにアイツら……っ!」

「と、とーま?」

 確かに今思えば、少しやり過ぎたとは思う。だが、反省はしていない。だって俺は世界を救った勇者、救国の英雄なのだ。ちょっとくらいハメをはずしたって罰は当たらないはずだ。

 国王から褒美に下賜された第三王女を、毎日朝晩問わず足腰立たなくなるまでハメ倒し、綺麗な奴隷を見かけては購入してハメ倒す。

 更に、実は女だった魔王を密かに連れ帰り隠れてヤりまくる、夢精までしたセックスライフ。

 そんな性活を続けること半年……全てが露見した。

 一応、注意はしていたのだが、貴族の耳目は侮れない。気づけば、必死で隠していた魔王のことまでバレていた。

 そこからはとんとん拍子に、やれ王女を何だと思っているから始まり、王国の沽券に関わるだの、魔王を生きたまま連れ帰るとは何事だの散々叩かれ…………あげく、勇者の称号を剥奪された。

 結果、今回の不意打ち強制送還と相成った訳だ。それも深夜、魔王の所を訪れていた時にだ。危険人物をまとめて厄介払い出来る機会を狙っていたのだろう。

 勇者業の間は、やれ体裁が悪いなどと言われ娼館にも入れず、勇者というネームバリューに方々からくるお誘いも全てお断りさせられていた。

 九年半もずっと……ずっと我慢したのだ。二十五歳まで童貞だった奴の精力を、アイツらは分かっていない。

「…………溜まっていたものが、爆発しただけだろ」

 まぁ良い、俺ももう二十五になる大の大人だ。過去を嘆いても、何一つ好転しないことは散々学んだ。

「テュール」

「な、なんじゃとーま」

 不意の呼び掛けに素っ頓狂な声を上げた、この金髪赤目の推定Fカップ美人が……件の魔王様だ。

 見ろよ、こんな美人を殺せとか、アークの奴らの気が知れない。俺はもちろん、見た瞬間に命を掛けて手に入れる決意をした。

「……取りあえず飯にしよう」

「う、うむ」


「ずずー……おはひい」

 コンビニから拝借した、十年ぶりのカップ麺を啜りながらそう呟いた。ちょうど俺達がいたビルの一階に、コンビニが併設されていて助かった。

「うむ、確かにこのカプメンとやらはおいしいのじゃ!」

 はふはふと、美味しそうにフォークで頬張るテュール。今のテュールを見ていると、魔王だったのが不思議でならない。確かに、死ぬ程強かったけれども。

「いや、確かに久々のこの化学的な味は美味しいが、違う。俺はおかしいって言ったんだ」

「ん、何がじゃ?」

「周りをよく見てみろ……人がいなさ過ぎる」

 まだ太陽は天高く昇っている。だというのに、人っ子一人見当たらない。日中とは考えられない、無人で閑散とした非日常的な光景が広がっている。

 まあその人がいないお陰で、無一文の俺達がこうして飯に有り付けた訳だが。服装も真っ昼間から黒のナイトドレスを着ているテュールは目立つだろうが、異世界感丸出しの俺はそれ以上に浮いていただろう。

 道路には横転や衝突した車が放置され、ドアが開いたままの乗り捨てられたと見られる車も数多くある。

 そして何より、至る所に残された黒いシミ……アークで見慣れた血の跡だ。

 あの安全安心、法治国家日本で、だ。

「ふむ……これはまるで、盗賊が通ったあとの街のようじゃな」

「ああ、確かにな」

 俺がいない間に、どこかの国と戦争にでもなったのだろうか。

 ふと、側に陳列されてあった新聞に手を伸ばす。

「……それらしいことは書いてないか。日付は……六月六日。まぁ凡そ十年後で間違いないな」

 ぱらぱらと流し読んでみたが、それらしい記事は載っていない。召喚された日から多少の誤差はあるものの、それでも数ヵ月程度だ。

「で、どうするのじゃ?」

「辺りを探って、情報収集するしかないだろ。人が見つかれば手っ取り早いんだが……」

「それが妥当かの。にしても、確かに建物は凄いのじゃが、とーまに聞いてたよりも見窄らしいの」

「だから、それは人がいないからだろ。ごちそうさまっと」

 食べ終わった容器をゴミ箱に投げ入れ、取ってきておいた缶ビールを開ける。プシュッと音を奏でた冷えた缶に口をつける。

「……まずい」

 しかめた顔のまま、缶をゴミ箱へシュート。日本の物ならいけると思ったのだが、やはり苦味しかない。

「まだまだお子さまだの」

「うるさいばばあ」

「…………ふん。だからお主はお子さまだと言うのだ。淑女に対して年齢などを……」

 途端に不機嫌になるテュール。金髪美人で俺より若く見えるが、これで優に三百歳を越えているらしい。年齢が気になるお年頃なのだ。

「悪かったよ」

「……………」

 ぷいっとテュールはそっぽを向く。一度拗ねるとなかなか面倒なのがこの元魔王様なのだ。こんな時はそっとしておくに限る。

「はぁ……。ちょっと辺りを見てくる」

 そう言って、時間稼ぎに覗いたバッグヤードの中は、書類などの多くが床に散乱していた。適当に数枚確認してみたが、これといって大した物は無さそうだ。

 と、不意に訪れるものが。

「…………トイレ」

 生理現象には抗えず、店内奥のトイレへ。久方ぶりの水洗式を思い、俺は少し浮かれ過ぎていたのかもしれない。

 トイレのドアを開けた俺は──。

「あ゛あ゛ぁあぁあぁぁ」

 すぐに閉めた。

 見間違いではあるまい。今も中から呻き声とドアを引っ掻く音がする。

 その場を素早く離れ、俺はテュールの下へ走った。

「テュール、問題発生だ。すぐここを離れるぞ」

「とーま、待つのじゃ! まだ妾のカプメンが」

「いいから行くぞ!」

「ああ……っ!?」

 動こうとしないテュールの腕を引いて無理やり立たせたのだが、その拍子にカップ麺がテュールの手から零れ落ちてしまった。

「うぅ、妾のカプメン……」

「こんなのこれからいつでも食える。しかも色んな味があるぞ」

 落ち込んでいた様子から一転、テュールの目が輝き出した。本当に現金な奴だな。

「とーま、何をそんなに慌てておるのじゃ?」

「………いたんだよ、トイレに」

「だから何がじゃ?」

 それこそ、アークには腐る程いた。

 だが地球には、決しているはずの無いモノ。



「トイレに……………ゾンビがいた」

「待て、ちょっと待つのじゃとーま!」

 コンビニを出てすぐ、テュールが立ち止まった。

 まだ落としたカップ麺に未練があるのだろうか。平時ならともかく、今はテュールの駄々に付き合っている暇は無い。

「話はあとでいくらでも聞く。だから今は早く逃げ──」

「だから、妾は待てと言うておるに! とーま、いったい全体何を慌てておるのじゃ。たかだかゾンビ一匹如きいたくらいで」

 まさに青天の霹靂。確かにテュールの言う通り、俺は何を焦っていたのだろう。久しぶりに感じた日本の空気に、中てられていたのかもしれない。

「これじゃからとーまは。ちゃんと年上の話は聞くのじゃ」

「……それ、言うなって言ったのはテュールだろ」

「クヒヒ、自分で言うのはいいんじゃよ」

 はにかんだテュールの口元に、可愛らしい長めの八重歯が覗く。……ほんと、女心は難しい。それもテュールの可愛い所なのだが、口に出すと調子に乗るので今は言わない。

 テュールのお陰で落ち着いて考えられるようになったが、本当に俺は何を焦っていたんだか。ゾンビなんて、散々あっちでぶった斬ってきたのに。

「となれば、武器がいるか。『聖剣バアル』」

 右手を突き出し、ずっと共に戦ってきた相棒の名を呼んだ。

 聖剣バアル、闇を祓う光属性たる雷を司る一振りの剣……だったはずなのだが。

「……プフッ!?」

 隣で見ていたテュールが、堪え切れずに吹き出した。

 ……俺も他人事なら間違いなく爆笑していただろうが、自分のことなのでまったく笑えない。

「これじゃあ、聖剣バールだな………」

 いや、剣ですらないか。これは間違いなく、扉などをこじ開けるあのバールだ。これが何度も命を救ってくれた、あの相棒の姿か。いや違うな、お前は誰だ。

「と、とーまプフ。な、何じゃそれはヒヒヒ」

「俺の……こっちでの相棒、なんだろうな」

「妾を苦しめた聖剣がヒヒ、何と無様なクヒヒヒ」

 テュールさん、いくらなんでも笑い過ぎだと思うんだが。この子もやれば出来る子かも知れないのだ。

 何度か素振りをし、感触を確かめ──。

「……ふっ!」

 試し斬りならぬ試し叩きと、すぐ側にあった車へとバールを振り下ろした。

「…………」

「…………普通じゃの」

 ボコりとへこんだ車のボディを見て、テュールがポツリと漏らした。凄まじい破壊力を見せる訳でもなく、驚くべきことの一切無い結果だ。もう少し頑張ってくれないだろうか、相棒。

「どれ、妾にも貸してみよ」

「大丈夫なのか? ほら」

「ふむ……バアルは持つと手がピリピリしたが、バールならいけそうじゃ」

 吸血鬼のテュールに光属性のバアルはまさに天敵だったが、バールは属性すら無さそうだから大丈夫なのだろう。

「どれ……よっ!」

 俺はバールの背で叩いたのだが、テュールはL字の尖った先端でいった。それも叩くのではなく、強引に力で削ぎにいったのだ。結果は車のボディに突き刺さるだけで終わったのだが……。

挿絵1

「ふあっ!? ななな、なんじゃ!?」

 叩いた衝撃で車の盗難防止ブザーが鳴り、テュールが飛び上がった。その姿をつい笑ってしまい、テュールは頬を膨らませた。

「ふ、不意にじゃったから、ちょっと驚いただけじゃろう!」

「そんなに怒るなよテュール!」

「ふん……! あ、こ、こりゃ、やめい!」

 未だ爆音でブザーが鳴っているので、俺もテュールに負けじと声を張る。ふて腐れたテュールの仕草を見て、つい頭を捏ねくり回す。テュールも口では嫌がってはいるが、逃げる素振りは見せない。なんだこの可愛い生き物……そうか、元魔王だ。

「先程からビービーファンファンと、うるさいのじゃ!」

 完全に照れ隠しなのだろう。テュールはバールで何度も何度も叩き、うるさかったブザーが鳴り止む頃には車は原型を留めていなかった。バールはやはり、やれば出来る子だった。テュールの腕力に負けず傷一つ無いとは。……俺は、バールの力で車を潰したとは言っていない。

「折れてたらどうするんだ」

「折れなかったのじゃから良いではないか………ん?」

「……これだけ騒げば、まぁこうなるだろ」

 ビルの陰、道の角、建物の中から、ゾンビが次から次へと湧いてくる。いったい、今までどこにいたのかという量だ。まさかゾンビがお昼寝してたとは言うまい。

「おおかた、ここいらの生者を粗方食い尽くし、散っていたのじゃろ」

「それにしては、一匹もいなかったのはおかしいだろ。食い物を自力で探せる程、脳みそ動いてないぞコイツら」

「ならば妾達よりも先に、ここを通った者がおるのかも知れんの。……ほれ、ちょうどアレなんかがそうじゃろう」

「あぁ……みたいだな」

 テュールが指差したのは、あちこちを貪られ、臓腑を身体という容器から零し、真新しい綺麗な赤を滴らせながら何とかこちらへ向かってくるゾンビ。ほんの少し前に、襲われたばかりなのだろう。

 アークの俊敏なゾンビと違い、鈍いのかノロノロしていて走り出したりする気配は無い。

「さて、どうするのじゃ?」

「何をニヤついてるんだ、逃げないぞ。そういえばテュール、隷属化出来ないのか?」

「なるほど、それは良いの…………む?」

 テュールは元魔王だ。低俗なゾンビを支配下にするなど、赤子の手を捻るより簡単なはずだ。テュールの魔王城なんてゾンビだらけの階もあった程だ。

 だがテュールは、何か変化を生じさせる前に、ゾンビ共に向けていた手を下ろした。

「どうかしたのか?」

「……とーま、何でも良いから彼奴らを魔法で屠ってみよ」

「ん? まぁ良いけど」

 テュールの意図は読めないが、何かあるのだろう。俺は魔法を放つべく、ゾンビへと手をかざした。

 しかし──。

「……テュール」

「やはりとーまも、なのじゃな。妾も先程から色々試しておるが、何一つ発動せん」

「初級魔法ですらダメだな」

「うむ。だがなとーま、見ておれ」

 テュールは手近に迫っていたゾンビへ駆け出すと、その無防備な胴を蹴り抜いた。

 すると、ゾンビは通常ではありえない勢いで吹き飛び、後方に控えていたゾンビ達を巻き込んでぐちゃりと肉の山になった。

 テュールはゾンビを蹴った反動で、綺麗に俺の横へ着地する。

「身体強化は出来るんだな」

「そのようじゃな。どうやら世界への干渉は出来ぬが、自身への干渉は問題無いようじゃ」

「となると、この数は骨が折れるぞ……」

 目の前では、次から次へと湧いてくるゾンビが道を埋め尽くさんとしている。このままでは、いずれ囲まれてしまう。殲滅出来なくはないが、それをやる意味を見い出せない。もう俺は勇者じゃないのだから。

「確かに、この数は面倒じゃの。で、どうするのじゃ?」

「……………逃げる」

「クヒヒヒ、やはりそうなるのじゃな」

 わざわざ面倒なことを進んでやる謂れは無い。俺達は魔力で身体強化すると、すぐにその場を離脱した。

 ゾンビから逃走した俺達は、人が多くいたであろう大通りを避け、人気の無さそうな路地へと向かった。そうすれば、あんな数のゾンビに囲まれることにはならないだろう。

 またそれとは別に、新たな問題も浮上していた。

「……眠い、のじゃ」

 そう言いながらテュールが目を擦る。吸血鬼の真祖であるテュールは、大陽光こそ無害化出来ているが、基本的に夜型なのは変わらない。今起きているのも、人で例えるなら徹夜して真夜中に活動しているようなものなのだ。

「もう少し我慢してくれ。だんだん民家が多くなってきたから、手頃な家を探して今日はそこで休もう」

「んー………」

 これは、早々に見つけなければならない。かといって、簡単にゾンビが侵入出来るような造りではゆっくり休めないだろう。最低でも、ゾンビの侵入を防ぐ塀がある家が望ましい。あとは、あまり広くない方が守りやすくて助かるのだが。

「そうだな……テュール、あそこにするか」

「……んむ」

 そこは俺の頭がぎりぎり出るか出ないかくらいの高さのブロック塀に囲まれた、こじんまりとした二階建ての家だ。取り付けられている門は丈夫そうな鉄製なので、バールでぶっ叩いて開かなくすればいい。そうしておけば、ゾンビが入り込む余地は無くなるだろう。

「あとは、家の中がどうなってるかだな」

 一応警戒しながら、相棒のバールを呼び出し家の扉に手を掛けた。

「……何をしておるのじゃ。早うせんか」

「いや、まあ当たり前か。鍵が閉まってる。……仕方がない」

 家の周囲を見回し、俺は二階のベランダに目を付けた。身体を魔力で強化してブロック塀を足掛かりに飛び上がり、そのままベランダへと着地する。僅かな希望を抱きながら、窓を開ける。

「本来なら不用心だが、ここは感謝だな。テュールどうする? 一緒にくるか、そこで待──」

「待つ」

 間髪入れないテュールの返答を受け、俺は一人、宅内を調べることにした。

 結果、家の中にゾンビの影は無かった。恐らくゾンビが出始めた時、住人は外出していたのだろう。物が散らかった様子もなく、何かを持ち出した形跡も見られない。

 持ち主は今頃どうしているのか。まあこの家は、ありがたく使わせてもらおう。

 安全を確認し、テュールを招き入れると、彼女はすぐに二階にある寝室へ直行した。

 やることの無い俺は、まず風呂へ向かう。今日はここから動く気が無いので、汚れを落としたかったのだ。ゾンビに触れた覚えは無いので気のせいだろうが、何となく臭いが気になった。

 電気、ガス、水道の全てがまだ生きている。このことから、ゾンビ発生から大して時間は経っていないのかもしれない。

「……臭いは大丈夫そうだな」

 袖を通した服を嗅いでみたが、やはり嫌な臭いはしない。この家にある服を拝借してもよかったのだが、どこの誰が着たかも分からない物となると少し抵抗がある。

 臭いも問題無かったので、今はこれでいいか。平時の日本ならば今の服装も考えものだが、外の状況があれでは気にすることもないだろう。

 風呂から上がった俺は、本当にやることが無くなった。テレビを見ようにも放送は行われていないし、コンビニで見た新聞から分かるように、ゾンビに関する情報はメディアには頼れない。

 何が原因で、生き延びている人はいるのか。そこら辺の調査は全て明日以降になりそうだ。

「…………暇だ」

 結局、することが見つからない。何をする訳でもなく、テュールが起きるのをぼーっとソファーで待つしかなかった。

 身体に掛かった重みで目が覚める。どうやらだらだらしている内に、そのままソファーで眠ってしまったらしい。まだ覚醒しきらない頭をもたげ、腹の上に跨る人物を見やる。

 まあ俺以外、ここには一人しかいないのだが。

「………テュール」

 妖艶な光を宿した赤い瞳が、俺を見下ろしていた。そっとテュールへ伸ばした手が、彼女のしっとりとした絹のような色白い手に捕まる。

「とーま……腹が空いたのじゃ」

「ん? ……あぁ」

 ぼんやりと外から射し込む街灯の明かり。窓の方を見れば、外はすでに夜の帷が下りていた。

 時間が経ち、次第に思考がクリアになってくる。確か、電気は点けっぱなしだったはずだが……。

「もう、我慢ならんのじゃ」

 考えがまとまる前にテュールが覆い被さり、俺の首元へ顔を埋めた。ふわりと舞った金色の髪が鼻をくすぐる。そして、チクリとした痛気持ちいい刺激が首筋を襲った。

「……んっ」

 俺から漏れた声に気を良くしたのか、テュールは抱き締めるように俺の首へと腕を回す。その抱擁の強さと比例するように、首筋から喪失感が襲う。

 吸血鬼たるテュールの本来の食事と言えば──血だ。

 正確に言えば、血に含まれる魔力を糧としている。テュールからすれば、普段口にする食べ物は人間で言う ところの簡易食、サプリメントと一緒だ。食べてさえいれば死にはしないが、かと言ってそればかりでは味気無いし、本来の力も出せない。

「ん……ちゅる、ちゅぱ、ちゅ……とーま」

 血を吸い終わったテュールが、首に舌を這わせながら顔を上げた。唇は湿り気を帯び、艶やかに光っている。

「どうした、テュール?」

「む、分かっておろう……んっ!?」

 眉を寄せたテュールの不意をつき、先程の反撃とばかりに口付けで言葉を遮る。驚きに目を見開くも、テュールは次第に眉間のシワを解き、目元の力が抜けていく。

「ん、っんぁ、ふぉーまぁ……はぁあ……」

 テュールの鼻から、甘い声が漏れ始める。抵抗無く受け入れられた舌が絡み合い、クチュクチュとその激しさを増す。

「んん……んはっ! ……はぁ、はぁ」

 離れた拍子に、お互いの口元から光る橋が掛かる。不足していた酸素を求めて肩で大きく息を吸いながらも、 俺へと向けるテュールの赤い瞳は、トロンと蕩けていた。

「次は、どうしたい?」

 俺は意地の悪い笑みを浮かべつつ、やわやわとテュールの尻を揉む。引き締まった中にも指を押し返すモチモチとした弾力があり、これはこれで胸とはまた違った良さがある。

「クヒヒヒ、そんなことを言うが、とーまよ。これは、次に何をしたいか、すでに言ってきておるのじゃ」

 テュールの手が俺の身体を伝い、股間へと伸びる。ズボンの上から擦り、刺激を与えながらテュールは挑発的な笑みを浮かべた。

「はは……違いない。よっと」

「……もう少し優しく出来んのか」

 テュールと位置を入れ替え、今度は俺が覆い被さる。こと性欲に関して俺に忍耐力が無いのは、アークでの結果を見れば一目瞭然だろう。

「それはテュール次第だな」

 黒いナイトドレスのようなテュールの服、その上から胸を揉みながら血を吸うように首へと吸い付く。

「ん……なら、それに応えると、あんっ……しようかの」

 テュールの返答する声音に、甘ったるい色が混ざる。ナイトドレスから胸を抜き取り、首から這わせた舌で双丘の頂を目指す。

「ん、あぁ……ふぅ……あっ……んはぅ……あ……」

 頂上にあるピンクの蕾を口内に含み、舌で転がしながらしゃぶる。もう片方の蕾は指で摘み、縁をなぞる。テュールから漏れていた甘ったるい声に、艶が帯び始めた。

 乳首をいじっていた手を、流れるような動きでするりと内腿へ差し込み、撫でるように脚の付け根を目指す。するとそれに合わせ、テュールの手が俺のズボンとパンツを掻い潜り、怒張した息子へ触れた。

 俺も負けじと、触れる前からすでに濡れていた秘所へ揉み込むように刺激を加える。更におまけと、小さな突起と化した陰核をショーツの上からカリカリと爪で掻く。

「ん、あっ……ぅあ、はあ……」

「大洪水だぞ、テュール」

「どこぞの、あん……誰かに、んんぅ……仕込まれたからの……っ! と、とーま、待つのじゃ! 今膣内をいじるのは……っ!?」

 焦るテュールを無視し、俺はショーツの隙間からするりと指を滑り込ませた。

 ──ちゅぷ

 吸い付かれるように、指は簡単に膣内へと侵入を果たす。

 クチュリクチュリと卑猥な音を奏で、溢れる愛液を掻き混ぜるように膣内をゆっくりと愛撫する。

 じわじわと押し寄せる快楽に、テュールの腰が浮き始め、上下に震え出す。

「ぁは……あん……ああああ! とーま……とーま、とーまぁ!!」

 俺の名前を呼ぶ度に、テュールの膣内がぎゅっと締まる。

 俺はそれを合図と受け取り、一気に指を動かす速度を上げた。

「ほら、一回イッとけ」

「んは……あ、くぅっ! とーま、イッ、く……イぐッ! んひぃいぃああっ!!」

 絶叫と共に、テュールの腰がソファーから盛大に跳ね上がった。

 テュールはビクンビクンと何度か全身を震わせたあと、力尽きるようにソファーへと腰を落とした。

「ぅんあっ……はぁ、はぁ……」

 荒い息遣いのまま、ぐたりとソファーに寄りかかるテュールからショーツを抜き取ると、ついでに俺も中途半端にずり下がっていたズボンとパンツを脱ぎ捨てる。テュールにいじられた俺の愚息は、先走った透明の汁を涎のように垂らしていた。

 俺は指に滴る愛液をペロリと舐めた。口に広がる女特有の芳醇な香りと僅かな酸味に、自然と口角が上がる。

「クヒヒ、何を笑っておるのじゃ、変態め」

 絶頂の余韻が抜けきらないテュールが、脱力したまま胡乱げな目を向けてくる。

「好きな女のなら、俺は喜んで変態になるが?」

「……恥ずかしげもなく言いおるの」

 言い方こそ刺々しいが、しかしその顔を見るにまんざらでもない様子だ。ニヤけるのを我慢しているのか、頬がぴくぴくと震えている。

 テュールもそのことに気づいたのだろう、俺からさっと顔を逸らした。

 四肢を投げ出したまま、必死に顔を見せまいとするその姿は何とも扇情的で、嗜虐心を駆り立てる。すでに涎を垂らしていたペニスもお預けをくらい、早くしろと言わんばかりに亀頭を真っ赤に膨れさせている。

 俺も目の前にあるご馳走をここまで準備したのだ。そろそろ実食といこうか。

 テュールの投げ出されていた片足を持ち上げ、その間へと滑り込む。俺が何をしようとしているのか察したのだろう。顔を背けていたテュールが慌てる。

「と、とーま、待つのじゃ! 妾はまだイッたばかりで……」

「そんな期待した目で言われてもな」

 泣き言を言うテュールの膣へ自身を当てがい、一息に突き入れた。

「んゃ……はああああっ!?」

 テュールは入れただけでイッたようだ。膣壁がぐにぐにと脈打ち、きつくペニスを締め付ける。小刻みに腰を震わせ、焦点の定まらぬ目が俺を見つめる。

 動かさなくても、ペニスをギュッと抱き締めるように蠢く膣内が気持ちいい。

 だが俺は腰を止めることなく、無慈悲にピストンを開始した。

「あ、んぁ、はっ……はぁんっ! とーま……イく、またイくのじゃ!?」

「いいぞ、好きなだけイけッ!」

「あっ、ひぅっ、とー……んはああぁああぁぁぁぁっ!」

 ──プシャアアアアッ

 腰の辺りに温かみを帯びる。どうやらテュールはイき過ぎて、潮を噴いたらしい。ヤってる相手が喜べば、こちらの性感も高まるというものだ。俺は腰の動きを更に激しくする。

「あぁ、あっ、あっ……ぅ……はあんっ! ……とーま、とーま! 妾また……あんっ!」

「俺も、そろそろ射精そうだ」

 粘膜と粘膜が擦れる度に快楽の防波堤が削られていく。沸々と込み上げる射精感が、防波堤の決壊が近いことを報せていた。

 テュールの方は突けば突くだけ壊れた蛇口のように愛液を滴らせ、俺の下半身は水浸しになっていた。

「あぅ、あっ、とーま……んぁ……一緒に……っ」

 カチカチと噛み合わない歯を食い縛り、ソファーを引きちぎらんばかりに握り締めたテュールが、必死に言葉を紡ぐ。俺と一緒にイくために、自身の限界を超える快楽を必死に我慢しているのだろう。

 その思いに、応えない訳にはいくまい。

「あぁ、もう少しで!」

「とーま、早くぁ! 妾もうっ!?」

 ラストスパートに、テュールへと腰を激しく叩きつける。

 溢れ出た愛液が激しいピストン運動によって泡立ち、白く濁る。

 テュールから漏れる甘い吐息を聞きながら、俺はがむしゃらに快楽を貪った。

 そうして快楽がピークに達した時、イくのを必死に堪えて、力み締まったテュールの最奥を抉るように穿った。

「奥に、奥に当たっ……あ、ああああああっ、とーまああああぁっ!」

 瞬時に首へと回されたテュールの手が、俺を強引に引き寄せた。

挿絵2

「テュール射精る──んむっ!?」

 テュールによる、貪るような強引な口付け。

「ん、んぅ……んん────っ!!」

 ──ビュル……ビュウ、ビュルウウゥ

 脈動しながら、俺の精が膣内へと迸る。テュールの膣は最後の一滴まで逃がさないとばかりに、ぎゅうぎゅうと蠕動し、俺のペニスを扱いていく。

 テュールはというと、不規則な痙攣を繰り返しながら、ぴくん、ぴくんと俺の下で跳ねている。

「はぁ、はぁ……かなり出たな」

 ずるりとテュールの膣から己を引き抜く。しかし、精液が溢れてくることは一滴として無かった。

「んはぁ、はぁ……とーまは、いつも、激しいのじゃ」

 テュールは息も絶え絶えに、口の端から垂れた涎を拭いながらそう呟いた。

「……む? まだ残っておるの」

 テュールは緩慢に上体を起こすと、小さくなっているペニスへと吸い付いた。

「はむ、ちゅぅ……じゅる……じゅぷ……ちゅぱ」

「……そんなに美味いのか?」

「ちゅる……ちゅぽ。うむ、とーまのは濃いからの」

 濃い、と言っても普通とは意味が違う。血という体液に魔力があるなら、体内から吐き出される精液もまた同じこと。確か、唾液にも微かに魔力が混じっているとテュールは言っていた。

「さて、テュール」

「ペロッ……なんじゃ?」

「テュールが気持ちよくするから、また元気になったんだが?」

 尿道に残った最後の一滴まで吸い取られた刺激で、ペニスに活力が戻っていた。

「まったくとーまは……いつもいつも」

 悪態をつくも、テュールは足を広げソファーへと寝転がった。これはツンデレ、と言ってもいいのだろうか。どちらにせよ、可愛いことには変わりない。

「今夜は寝かせられないぞ。ここにはテュールしかいないんだからな」

「クヒヒヒ、言っておれ。妾が吸い、食らい尽くしてやるのじゃ」

 ニヤリと笑うテュールに、俺は覆い被さった。

 窓から射し込む太陽光が目に染みる、そんな不快な朝の始まり。いや、時刻はすでにおやつ時も優に過ぎていた。昨晩は色々あったあとなのでヤる気に火が付き過ぎ、空が明るくなるまでヤってしまった。

 ひとまず風呂に入って目を覚まそうと、怠い身体を起こして脱衣所へと向かう。

 しかし、アークではこれより爛れた生活を送っていたのだから、そう気にすることでもないのかもしれない。ここがアークの俺の屋敷なら、今からまたおっ始めるくらいには性春を謳歌していただろう。

 まあ、日本に帰ってきたのだから、少しはこういった生活スタイルも見直すべきか。

 色んな液体でどろどろになった身体を風呂で洗い流している時は、そんな風に考えていた。しかし、風呂から上がり何か食べようとキッチンを漁っている時、唐突に思い至った。

 別に日本へ戻って来たからといって、今更規則正しい生活へ戻す理由が無いのだ。ゾンビが表を堂々と闊歩するこのような現状では、学校へ行く必要も無く、会社に出勤する必要も無いのだから。

「なら清く楽しく気持ち良く、若かりし頃にし損ねた性春を取り戻すべきだよな」

 手始めにアダルトショップを探すのもいいかもしれない。ことエロ方面に関しては、日本の力の入れ具合は世界でも群を抜いている。テュールに『made in japan』を味わってもらうのも悪くない。

 これは楽しみが増えたな。

「とーまぁ……」

 お湯を入れたカップ麺が出来上がるのを待っているところに、起き抜けのテュールが全裸で顔を出した。見事にこちらもどろどろだ。

「先に身体、洗ってこいよ」

「うむ……そうするのじゃ……」

「飯は?」

 俺の質問に、テュールは少し頬を赤らめ下腹部を撫でる。

「今は……お腹いっぱいなのじゃ」

「この家、結構な数のカップ麺が常備してあったけど?」

「……………食べるのじゃ」

 暫しの葛藤が見られたが、食欲に軍配が上がったらしい。足早に浴室に向かうテュールを見送る。自分のカップ麺が出来上がるのを待つ間に、もう一つ用意しておくとしよう。

「うにゃーーーーーっ!!」

 家中にテュールの断末魔の如き、絶叫が響いた。そういえば風呂の使い方、まだ説明してなかったな。恐らく頭から水でも被ったのだろう。

「仕方がない、か」

 この際、麺が伸びることには目を瞑ろう。テュールが風邪でも引いたら大変だ、主に俺の下半身が。

「……急ぐか」

 テュールの待つ風呂場へ向かった。


「これは白くて太いのぉ」

「ラーメンじゃなくて、うどんだからな」

「うむ。これはこれで、なかなか良いのじゃ」

 元魔王はうどんも気に入ったらしい。渡した時はあんなに怒った癖に、何とも単純な。うどんだと気づきながらお湯を注いだ俺も俺だが、だからといってペニスを握り潰すと脅しをかける程ではないだろう。

 ……まだ我が息子が小さく震えているではないか。

「ところでとーま」

「何だ? 赤い粉は辛いからやめとけよ」

「違うのじゃ。今日はこれからどうするのじゃ?」

 今日をどうするか、それこそやることは多々ある。いつ止まるか分からないライフラインの確保は必須。灼熱や極寒の中での組んず解れつ、それはそれで趣はあるが毎日は御免だ。

 次に食糧の確保。腹が減っては戦は出来ぬと言うからな。もちろん、ベッド上での男女間での戦いだ。

 と、冗談はさておき。残るは当然……。

「生存者の確認、だな」

「ほぉ、とーまにしては殊勝なことじゃな。さすが元とは言え勇者じゃ」

「ああ、女の生存確認は急務だ」

「…………どうせ、そんなことじゃろうと思うたわ」

 野郎を助ける義理は無い。俺に、今更まともな価値観など求める方が間違っている。そんなもの、アークでの十年間の生活で綺麗さっぱり崩壊した。多感な時期に異世界へ呼ばれ、日々命のやり取りをさせられた元勇者に、倫理だの何だのは馬の耳に念仏だ。

 所詮、勇者なんてものは気に食わない相手を黙らせる、ただの殺戮兵器なのだから。つまるところ、全て人間側のエゴを押し付けた価値観でしかないのだ。魔物達からしたら、俺が魔王でテュールが勇者である。

「そう考えると、俺とテュールが一緒にいるのも必然か。似た者同士?」

「何の話じゃ?」

「いや、こっちの話」

 しかし、そう考えれば考える程、急いでしなければならないことは見当たらない。日本がゾンビだらけでおかしい理由も多少興味はあるが、いくらゾンビがいたところで、今の俺には問題は無い。なら、片手間で十分だろう。

「今日は散策がてら、夜の散歩と洒落込むか」

「ほほぅ、それはでーと? とか言うやつかの」

「ま、そうなるな。ただ、俺もここがどこか分からないからデートコースは適当で」

「クヒヒ、それもまた一興じゃ」

 嬉しそうに笑うテュールの手を取り、俺は暗くなり始めた外へエスコートする。少し欠けた月が昇る、雲がまばらに散った夕闇の世界。いざ、ゾンビの徘徊する街へ。


「うあ゛ああぅ……あ゛あぁ……」

「テュール、そっち行ったぞ」

「うむ、任せるのじゃ!」

 応えたテュールは倒れたゾンビの足を掴むと、他のゾンビ目掛けてぶん投げる。ナイトデートに出掛けたはずが、どこをどう間違えたのかナイトバトルになっていた。

 ことの始まりは、ふらっと寄ったドラッグストアでのこと。ぷらぷら街中を歩き、大抵のゾンビは面倒臭いので迂回し、あまりにも無粋なゾンビには退場してもらっていた。

 そんな折に見つけたドラッグストア。

 店先に並ぶ商品にテュールが興味を持ったので、店内も見て回ることになった。昨今のドラッグストアは何でも屋かと思う程、大抵の物は置いてあった。

 そこでテュールは見つけてしまった。宝の山──カップ麺の陳列棚を。

「ととと、とーま! 見よ、カプメンがこんなにあるのじゃ! 妾が全て食べきるのに、どれくらい掛かるかの!?」

「全部食べる気かよ……。へぇ、十年も経てば俺の知らない味も結構あるな」

 スイーツラーメンなる、謎ジャンルまである。ティラミス、チョコ、マロン味と、怖いもの見たさで興味はそそられるが……これが現代の企業の戦略なのだろうか。

「で、テュール。……何をしてるんだ」

 スイーツラーメンに気を取られて目を離した隙に、テュールが大量のカップ麺を抱えていた。欲張り過ぎたのか、前が見えない程抱えている。

「とーま、妾は此奴らを連れて帰りたいのじゃ」

「……そんなにいっぺんに持って帰れないだろ。元の場所に返してこい」

「嫌なのじゃ! 連れて帰るのじゃ!」

 俺は、カップ麺の話をしているはずだ。なのにどうして、拾ってきた犬の話をしている気がするのだろう。

「分かったから……拗ねるなって。抱えたままじゃ大変だから、入れる物を先に探しに行かないとな」

「そうしたら、此奴らを連れて帰って良いのじゃな!?」

「ああ、だからいったんそのカップ麺はここに入れとけ」

「うむ、分かったのじゃ」

 渡した買い物カゴにテュールがカップ麺を移している間、俺はレジに置いてあった周辺地図を手に取った。その中で、ちょうど次に向かうのに良さそうな大型ショッピングモールを見つけた。幸い距離も、魔力で強化して走ればそれ程時間は掛からない位置にあるようだ。

 ここなら、カップ麺を入れるための大きなリュックやバッグを探すにはうってつけだ。これからも必要になるだろうし、ついでに俺の分も探すとしよう。


 地図を頼りにショッピングモールへ着いて早々、正面出入口の自動ドアと遊んでいるゾンビに出会った。開閉する音に引き寄せられたのか知らないが、その男ゾンビをバールで屠り、俺達は目的の店を探し始めた。

 アウトドア用のリュックも考えたが、別に片手さえ空いていればゾンビの相手は出来る。そうなると、ドラム型のスポーツバッグか、旅行用のボストンバッグ、その辺りでいいだろう。

 入ってすぐにあった案内板で店の場所を確認する。このショッピングモールは二階建てと階数は少ないが、その分かなり横に広い造りのようだ。俺達が今いるのは、中央からやや東寄りの位置だ。

「となるとまずは……二階の旅行用品店か」

「とーま、早う行くのじゃ!」

「おい、もう少し静かにしろって」

 広い施設なだけあり、それなりにゾンビも多いのだ。だが、いくら広いとはいっても、こんな閉鎖空間で大量のゾンビの相手はしたくない。逃げようにもすぐ囲まれるだろうし、かといって殲滅も面倒だ。見つからないに越したことはない。

 なるべくゾンビを回避し、どうしてもそれが無理な場合は静かに、速やかに消す。気分は暗殺者だ。

 そうして、ようやくお目当ての店舗に辿り着いた。

「ほら、テュールも好きなの選べ。カップ麺達を入れるやつだぞ」

「おぉ、この中からじゃな。沢山入る物を選ぶかの」

 気合いを入れたテュールが陳列品へ向かって行った。俺も自分用に選ぶとしよう。

 旅行用のバッグは比較的大きい物が多い。ボストンバッグにしても、テュールくらいなら簡単に入りそうだ。だが、これだという程の物が無い。ここで妥協すべきか、他の店舗も見に行くべきか。

「とーま、妾はこれに決めたのじゃ!」

 視線を移せば、そこには白くて大きなキャスター付きのスーツケースを携えたテュールがいた。確かに、沢山カップ麺が入ることだろう。だがそれにしても……。

「でかいな」

「うむ、これなら多く連れ帰れるのじゃ。それにの、ほれ」

 テュールは得意気にスーツケースを持ち上げると、ハンマーのように振り回して見せた。スーツケースは頑丈に作られている。だが製作者も、さすがに武器としての用途は想定していないだろう。

「カプメンも運べてゾンビも屠れる優れものじゃ」

「……テュールが気に入ったんなら、良いんじゃないか?」

「うむ」

「俺は違う物も見てみたいから、店を変えよう」


 次に向かったのは、同じ階にある大型のスポーツ用品店。ここは見るからにかなりの数が揃っているので、気に入る物が見つかるかもしれない。

 誰もいない店内は、流れているBGMがやけに大きく聞こえる。

「これも、微妙だな」

 拘るつもりなどなかったのだが、ここまで来ると逆に妥協するのも何か違う。かといって、テュールを待たせるのもな。

「ん? ……おっ!」

 見つけた、ついに出会った。これぞ俺の求めていた物。片手持ち、背負い、肩掛け、その全てが揃った大容量ダッフルバッグ。まさか候補から外していたアウトドア用品で見つかるとは、なんて因果なことだろう。

 俺は見つけたダッフルバッグへと手を伸ばし、途中でバッグ一つ分横へとスライドさせた。

「危ない、何を血迷ってるんだ俺は」

 危うく、最大サイズの内容量百数十リットルの物を手に取り掛けた。だがよく考えなくとも、今はそんなバカみたいに大きい物はいらないではないか。拘り過ぎた挙げ句、とんでもない方向へいくところだった。この半分くらいの物で事足りるだろう。

「とーまも決まったようじゃな」

「ああ、決まった。ところで、テュールは何してたんだ?」

「なに、ここは面白い物が多くての。色々見て回ってたのじゃ」

「ゾンビに会っ……ても別に問題無いか。迷子にはなるなよ」

「おい、妾は子どもではないのじゃぞ」

 バッグも決まり、ついでにと下着や服を拝借する。だがここはスポーツ用品店、テュールサイズのブラはさすがに厳しい。今のところ俺しかいないから、当分はノーブラでも良いか。その方が目の保養にも良い。

 少し膨らんだバッグを背負い、帰ろうと店を出た時、事件は起きた。

 ──ビーブービーブー

「なななな、なんじゃっ!?」

 もう俺は、何も言うまい。店を出た瞬間、テュールのスーツケース内から鳴り響く幾重ものブザー音。盗難防止の物だ。いったい何をいくつ取ってきたのか、凄まじい大合唱となっている。

「と、ととと、とーま!!」

 すがるような目で見つめてくるテュールに、俺はため息を零しながら、スーツケースから取り出した防犯ブザーを床にぶち撒け踏み潰していく。

 ただ、これだけ騒いだのだ。警備員ならぬゾンビ達が、大挙してやって来るのは時間の問題だった。


 そして、現在へと至る訳だ。

「テュール、そのスーツケースは使わないのか?」

「うむ、妾は考えたのじゃ! カプメンを入れる物でゾンビ共を叩けば、食べる気が起きぬ!」

 確かにそうだろう、理解は出来る。アークにいたゾンビとは違い、ここのゾンビはあまり腐敗して無いとはいえ、叩けば血は付くし肉片も付く。何よりゾンビはゾンビ、つまるところ死体なのだ。それを食品も入れたりする物で殺るのは、確かに気が引ける。だが、俺は言いたい──。

「やってられるか」

 折り重なっていくゾンビだったモノ達。だが、屠れど潰せど、次から次に新たなゾンビがやって来る。まったくもって切りがない作業だ。

「テュール、真面目にやれよ」

 テュールの戦いを見ていれば、殴る蹴るはしているものの全て致命打に至っていない。それは、追い払うといった行為だ。痛覚の無いゾンビ共は吹き飛ばされはすれども、すぐに何事も無かったかのように立ち上がりまた向かってくる。

「しかしな、とーまよ。あまりやり過ぎると汚れるのじゃ」

「だからって、このままじゃ埒が明かないぞ」

「そうなのじゃが……妾にバールを貸してくれんかの?」

「俺も汚れたくはないからな」

 そう言いながら、俺はバールでゾンビを薙ぎ払う。魔力で肉体を強化しているので、その一振りで五匹のゾンビの頭部が身体と別れを告げる。聖剣ならもっと簡単なのだが、これはバールだ。優秀なバールだな。

「とーまだけ狡いのじゃ!」

「ならテュールもほら、爪とか伸ばしたり出来ただろ」

「結局それも妾が汚れるであろう!」

 我が儘ばかりだ、まったく。目の前に迫ったゾンビの胴を横薙ぎに払い、力任せに切断。返すバールで頭部を破壊。頭部を潰しとかないと、上半身だけで這ってくる。

「俺も汚れたくないから、このバールを渡したくない。そこは譲らないぞ」

「む? いや、そうではない」

「じゃあ何だ?」

「……とーま、もう一本くらい、それを出せんのかの?」

「はっ、まさか」

 つい鼻で笑ってしまった。簡単に言ってくれるが、バールとはいえ元は聖剣だ。

 そう易々と……易々と………。

「……ほれ、出たのじゃ」

 二刀流ならぬ、二バー流か。やる俺も俺だが、二本出るバールもバールだな。何なんだお前は、とても優秀な奴だな。しっかり無詠唱でも現れるなんて、この野郎。

 試しているのをバレたくなくて無詠唱にしたのだが、出てしまっては言い訳も出来ないだろう。

 横で勝ち誇った笑みを浮かべるテュールが、何とも腹立たしい。これは帰ったらお仕置きが必要だ。誰のせいで、今こうなっているのか。

「……ほら」

「うむ、さすがとーまじゃ。これで妾も存分に……」

「何だ? また何か変なこと思い付いたのか」

「うむ、そうじゃの……。のぅとーま、バールはまだ出せるかの」

「…………出るな」

 バールよ……いや、バールさんよ。お前はどこに向かう気なのだ。

「であるか! ならば、とーまはじゃんじゃんバールを出すのじゃ。それを妾によこせ」

「いったい何をす──」

「こう、するのじゃっ!!」

 テュールは振りかぶり、ゾンビ目掛けてバールをぶん投げた。ぶん投げられたバールは唸りを上げながら回転し、凄まじい速度で、さながら丸鋸の刃が如くゾンビを切断していく。なんという荒業なのだろう。

「クヒヒヒ……ほれ、とーま。次なのじゃ」

「あ、ああ、ほら」

 催促するテュールの手に、バールを渡す。それがぶん投げられ、またもゾンビを蹂躙する。もはや、これは戦闘ではない。テュールによる的当てゲームだ。

 いったい、バールはいくつまで出るのだろうか。俺はすでに数えるのをやめている。嬉々としてバールを投げるテュールの横で、俺はバールを出して渡すだけになっていた。

 そして、それもついに……。

「これで、終いじゃっ!」

 最後に残っていたゾンビの首が、テュールの投げたバールによって掻き切られ宙に飛んだ。これで、このフロアにいた、見える範囲全てのゾンビが沈黙した。

 日本に帰ってきて初となる、腰を据えての戦闘を終えた俺の目の前には、何の因果かアークで見慣れた光景がこのショッピングモールのワンフロアに再現されていた。

 血みどろの中に立っている、元勇者の俺と元魔王のテュール。今この瞬間だけを切り抜けば、見ようによってはまるで最終局面のような絵面だろう。

「お疲れさん」

「クヒヒヒ、久々に血が滾ったのじゃ」

 舌舐めずりしながら微笑むテュール。荒れ果てた赤に染まる背景に、金髪赤目の妖艶な美女。見せた笑みは見惚れる程美しくあるが……やはり、その本質は元魔王だ。それを美しいモノとして受け入れられる俺もまた、どこか狂っているのだろうか。

「また盛大に暴れたな……服、ちょっと血が付いてるぞ」

「む、これしき魔法で……は、出来ぬのじゃったな」

「帰ったら洗濯だ」

「……家事は苦手なのじゃ」

 荷物を持ち、俺達は何事も無かったかのようにその場をあとにする。

「そういえばテュール。ここにも確か、大きめの食品売り場があるぞ?」

「なんじゃと! カプメンは、カプメンも置いておるのか!?」

「恐らくだが、ドラッグストアよりも品揃えは良いんじゃないか?」

「っ!? は、早う案内するのじゃ!」

 引き摺られるように腕を引かれながら、俺はテュールの後を追う。

 食品売り場は一階。その道中には、当然集まって来なかったゾンビと出会うのだが、その悉くが、テンションの上がったテュールに一蹴される結果となった。

 しかし、無駄に張り切るテュールが出す音で、思っていたより多くのゾンビを相手取ることになってしまった。……まあ次回がもしあるなら、その時が楽になったと思うようにしよう。


「クヒヒヒヒヒ」

 スーツケースいっぱいにカップ麺を詰め込み、ご満悦のテュール。今にも頬擦りしそうな勢いだ。この姿を見て、誰が元魔王だと思うだろう。いや、吸血鬼だとも分かるまい。今の姿は完全にただのカップ麺好き、カプラーだ。

 入ってきた時と同じ自動ドアを潜り外へ出る。夏が近いのか、冷房の効いた場所から出た時特有の、少しむわっとした空気が出迎えた。今はまだ暗い夜空だが、あと数時間もすればそれも白みを帯びてくるだろう。

「とーま、バールじゃ」

「ん?」

 別のお迎えもいたようだ。夜空を見上げていた顔を正面へと戻すと、なるほど、確かに新手なのだろう。街灯

の真下、そこにゾンビが一人佇み、こちらを見ている。

挿絵3

「とーま、早うバールを」

「なぁテュール」

「…………なんじゃ」

 あまり長い付き合いとは言えないが、恐らく全世界で一番俺のことを分かっているのはテュールだろう。すでに、俺が次に何を言い出すのかも分かっているようで、呆れたように肩を落とした。

「あの子、連れて帰ろう」

「……とーま、お主ならそう言うと思ったわ」

 テュールは手で顔を覆いながらも、否定の言葉は出てこない。もうこれは、了承と取っていいだろう。

 俺はバッグから、こんなこともあろうかと詰めておいたガムテープと登山用のロープを取り出した。

「……準備も良いのじゃな」

 否定はしない。用意を終えた俺は獲物へと身構える。

 少し茶色掛かったショートボブに、膝丈より短めのスカート。そして白に映える胸元のチェックの赤いリボン。これは今日一日頑張った俺へのご褒美だろうか。

「女子校生万歳っ!」

「………まったく」

 テュールの呟きを置き去りに、俺は女子校生ゾンビへと踊り掛かった。

 絶対に、この期を逃がしてなるものか。

「ぐがあ゛あぁあぁ……」

 大きく口を開き、俺を掴まんと目いっぱい伸ばされる腕。その必死ぶりを見るに、よほど俺が恋しいらしい。だが、それは俺も同じことだ。

 伸ばされた手を掻い潜り、足を払う。転倒して下手に怪我をさせぬよう、伸ばされていた手を掴み地面へそっとエスコートする。

 転倒した衝撃を完全に殺すと、すぐさま女子校生ゾンビの腹の上へ乗り、マウントポジションを奪う。

 ここまでくれば捕らえたも同然だ。

 手首をガムテープで縛り上げ、振り返って今度は脚をロープで縛る。暴れる脚を押さえ込む際、スカートが捲れ上がり、淡いエメラルドグリーンのパンツが丸見えに…………。

「あ゛あぁうあ゛ぁ!」

「うおっ!?」

 凝視していると、女子校生ゾンビの縛られた両手がまるで抗議するかのように、俺の背中へ何度も叩き付けられた。痛くは無いのだが、パンツに集中していたせいで少し驚いた。

 気を取り直し仕上げに掛かろう。脚を縛ったロープを、女子校生ゾンビにどんどん巻き付けていく。最後は余ったロープを大きく開いた口へと噛ませ、頭の後ろで縛る。

「……見事な早業じゃの」

 呆れた声が聞こえた方に顔を向けると、いつのまにか俺のバッグを持ったテュールが側に立っていた。そして突き刺さる、残念なモノを見る目。だがこれくらいの視線に負けているようでは、俺はアークでの最後の数週間をあれ程楽しんで過ごせてはいないだろう。

「俺が本気なら、亀甲縛りも余裕だ」

「……だろうの」

「さて、テュールはカップ麺を手に入れ、俺は女子校生ゾンビを手に入れた」

「上々じゃの」

「ああ、だから早く帰ろう」

「お主は欲望に忠実じゃな!」

 俺はそれに笑みで答え、女子校生ゾンビを肩へと担ぐ。しかしそこで、俺は気づいた。もう片方の手でバッグを持つと、両手が塞がってしまうことに。かといって、バッグを肩に掛けたり、背負ったりするとどうにも走りづらい。俺は呼び出したバールをテュールに差し出す。

「テュール、道中は頼んだ」

「お主は……。其奴を置いていく、という選択肢は無いのか」

「それなら俺はバッグを置いていく」

「まったく……。クヒヒヒ、これだからとーまは」

 言いながら、テュールはバールを受け取る。

「ふむ、任せよ。道中のゾンビは皆、妾が屠ってくれるわ」

 そしてテュールは有言実行。借宿に帰るまでに出会うゾンビを、いとも容易く全て動かぬ屍へと変えた。


「なかなかのデートであったの」

 家に着き、テュールが今夜の戦利品を取り出しながら言う。色々思うところはあったが、確かに良い散歩だった。女子校生ゾンビをダイニングテーブルへ上手く縛り終えた俺は、その足で玄関へと向かう。

「どうしたのじゃとーま?」

「ああ、忘れ物したからちょっと出てくる」

「ふむ、要らぬ心配じゃが気を付けるのじゃぞ」

「大丈夫、すぐ戻る」

 確かに、今の俺に心配は不要だろう。元勇者としての血が滾っているのだから。

 俺はしっかりと地図を握り締め、今にも明けそうな夜の闇へと再び繰り出した。

「とーま、これは……どういうことなのじゃ?」

 テュールは今、家の柱へ後ろ手に手錠を掛けられ、膝を曲げた状態で固定されている。

 所謂M字開脚、とても扇情的な格好だ。そうしたのは俺なのだが。

「これはやらかしたことへのお仕置きだ」

 答えつつ、俺はもう片方の準備に取り掛かる。

「あ゛ぁ……う゛あぁあぁ……」

 女子校生ゾンビの手足をそれぞれダイニングテーブルの脚に縛り付け、大の字の状態で固定した。ちょうど頭と腰が、テーブルの端からはみ出している。そして危険な口には、閉じられないように口枷を嵌め込んだ。低く唸り、ガタガタとテーブルを揺らすその姿からは、犯罪臭しかしない。そうしたのも俺だが。

 全ての準備は整った。

「しかしとーまよ……仕置きとは言うが、お主の嗜好が全開じゃな」

「……とにかく、テュールに拒否権はない」

「まぁそれは良い。して、やはり其奴ともヤるのじゃよな? 一応言うておくが、其奴はゾンビじゃぞ」

 拘束されたままテュールが胡乱げに問うてくるが、そんなことは今更言われずとも分かっている。

「テュール、そこに穴があるんだ。よく言うだろ……穴があったら入りたい、と」

「とーま……妾の記憶が正しければ、それはちと使い方を間違うてはおらんかの?」

「間違ってない。これは俺の本心だ」

 偉大な人は言った。なぜ山に登るのか、そこに山があるからだと。だから俺も言おう。なぜヤるのか、そこに穴があるからだと。

「それに魔物という大きな括りなら、テュールと同じだ。しかも人形」

「む……とーまよ、それはさすがに承服しかねるのじゃ。そうだの……。とーま、人間は動物、哺乳類だ、と言えば分かってもらえるかの」

 眉を吊り上げて言うテュールの言葉に思わず頷いた。俺にしてみれば、人間に近い動物と言えば猿だ。テュールに言ったことをそのまま自分に置き換えると、お前、猿と一緒だろ──と言われたことと同じな訳だ。

 ………話が逸れてきている。

「なるほど、それは俺が悪かった。でも、それはそれ、これはこれ。お仕置きはお仕置きだ」

「……………ッチ」

 俺の気を逸らそうとしていた訳か。しかし、そうやって舌打ちしたテュールだが、本気を出せばあんなおもちゃの手錠など一瞬で破壊出来るのだ。嫌がったフリをして、実は現状を楽しんでいたりする。割とテュールは何でも付き合ってくれるので、俺としては願ったり叶ったりなのだ。

 その理由は……三百歳越え、妄想、俺がテュールの処女を奪った、この三つのヒントで分かって欲しい。

「じゃあ、始めるか」

 俺は袋から、今回使用する物を取り出した。それを物珍しげにテュールが見つめる。

「……のぅとーま、何じゃそれは?」

「これか……これはリモートなローターだ」

 俺が一人、夜の街へと向かった理由がこれだ。正直に言おう、俺はアダルトショップへ行ってきた。昨今のアダルトショップとはなかなかに奇抜な品揃えで面白い。初めて入ったんだけどな。

 時間を忘れて真剣に品定めしてしまい、かなり帰るのが遅くなった。ちなみに、テュールが嵌めている手錠も女子校生ゾンビの口枷もそこで取ってきた物だ。

 ローターへローションを垂らす。このローションも面白く、なんとハチミツ味らしい。

 しっかりローションを塗ったローターを片手に、M字開脚しているテュールの剥き出しになったショーツに手を掛けた。

 この状況に興奮しているのか、少し湿り気を帯びているそこへ、ゆっくりとローターを挿入する。ちゅぷりとローターを飲み込み、僅かにテュールが身じろいだ。

「ん……異物感が結構するのじゃ」

 それはほんの序の口だ。まだスイッチが入っていない。俺は何食わぬ顔で、スイッチをONにする。

「ひゃっ……!? と、とーま、中でブルブルと……あっ……」

 とても静かな作動音らしく、俺にはスイッチが入っているのかよく分からないが、テュールの反応を見る限り気持ち良さそうなので効果はあるのだろう。

「あ、うっ……ひぅ、はぁっ、あっ、あっ……」

 頬を赤らめ、初々しい反応をするテュール。しかし俺は、あえてテュールを放置して女子校生ゾンビの下へ向かう。

「とと、とーま……あぅ、はひゃ………?」

「お仕置きって言ったろ。テュールはそこで見てるだけだ」

 俺はペニスを取り出し、女子校生ゾンビの顔へと近付ける。

「があっ……うがあぁあぅ……」

 女子校生ゾンビは食い付かんと、必死に舌を伸ばす。俺はその舌が届くか届かないかのギリギリの位置で近付けるのを止める。チロチロと女子校生ゾンビの舌が、俺のペニスを掠める。

「ほら、これが欲しいのか?」

「ううっ……あ゛あ……がぁっ……!」

 普通ならとうに舌が攣ってしまっているだろう。目いっぱい伸ばされた舌が、ペニスへともどかしい刺激を与え続ける。徐々に血液が下半身へと巡り、膨張したペニスがそり勃つまでに膨れ上がった。

 俺はペニスにローションを垂らすと、狙いを定め──。

「そんなに欲しいなら、存分に味わえ」

 閉じられぬように固定された口へと、一気に突き入れる。ひやりとした感触が、熱を持ったペニスに心地いい。暫しそれを味わったあと、俺は容赦なく腰を振り始めた。

「ごぼっ、ぐがっ、おごっ、ん゛がっ……」

 ローションのヌメりと、食い付かんと暴れる舌。その両方を堪能しながら、俺は更に喉の奥深くまでペニスを挿入し何度も往復させる。呼吸を必要とする者には、決して真似出来ない方法だ。

「んごっ、ぶぐっ、おっ、おあ゛っ」

「……取りあえず一発っ!」

 何度も何度も休むことなく突き入れたことでせり上がった射精感に、俺は女子校生ゾンビの頭を掴み、喉の最奥へとペニスを捩じ込み精液を流し込んだ。

 捩じ込んだペニスの裏筋に舌がうねうねと這う。それはまるで、もっと精液を寄越せと言っているようだ。

「……んぼぉ……ああぁぁ……」

 まだ力を失っていないペニスを抜くと、後を追うように舌が伸びた。女子校生ゾンビもまだ物足りない様子だし、俺も一度出した程度では収まらない。

 俺は次に女子校生ゾンビの下半身側へと回り込む。その際、チラリとテュールを盗み見れば、熱に浮かされ、上気したような顔でこちらをじっと見つめていた。あの様子では、あちらも俺の思惑通りにことが運んでいるのだろう。

 女子校生ゾンビの服を捲り上げ、パンツとお揃いのエメラルドグリーンのブラジャーをずらす。飛び出した乳首は、色素が多いのかほんのり茶色い。掬い上げるように胸を揉み上げると、冷たい体温が火照った今の俺にはちょうどいい。

 決して健康とは言えない肌の色、それがかえって倒錯的な気分を引き起こし、興奮を高めた。

「う゛あぁあぁ……」

「そう焦らなくても、すぐに入れてやる」

 顔をもたげて俺を見る女子校生ゾンビに促されスカートを捲ると、僅かに茂った恥毛が出迎えてくれる。彼女はパンツを穿いていない。足をテーブルに拘束したあとでは脱がすことが出来ず、パンツを切るしか無くなる。それは勿体無いので、縛り直す時に予め脱がしておいたのだ。

 さわりと恥毛を撫で、その下に潜む秘境へと指を這わす。

「……やっぱり濡れはしないか」

 予想はしていたが少し残念であるが、そのためのローションだ。

 そして俺には、やっておきたいことがあった。

 俺はゆっくりと女子校生ゾンビの膣へ顔を近付け、その臭いを嗅いだ。ほんのりとオシッコの臭いと、女性独特の甘酸っぱい香りが鼻腔をくすぐる。死臭などの悪臭は無い。

 ──ペロッ

 舐めた舌に反応し、女子校生ゾンビの脚がピクリと跳ねた。条件反射か、感じているのかは分からない。俺の気持ちが盛り上がる分には、そのどちらでも構わないことだ。

 初めての女子校生の味に、俺のペニスもはち切れんばかりに興奮している。

 十分に堪能した膣へとローションを垂らし、馴染ませていく。女子校生ゾンビも期待しているのか、こちらを見つめたまま、最初よりどこか大人しくしている。

「あ゛うあぁぁぁ……」

「ああ、待たせたな。ほら、いくぞ」

 ローションでヌルヌルな膣へ、ツルリとペニスが侵入する。口とはまた違う、ひやりとした柔らかな肉に包まれた。うねうねと動く肉は、精液が射精るのを今か今かと待っているようだ。

 そして俺は気づいてしまった。少しの抵抗もなく、膣内へ侵入出来た事実に。

 こんなあどけない、無垢な可愛い顔をした子が…………。

「やばいな。女子校生ビッチゾンビかっ!」

「う゛っ……あ゛っ、ぐ、がぐっ……」

 興奮のボルテージが上がり、俺の腰の動きも加速する。突かれる度に声を上げるビッチゾンビ。これも、呻き声が突く衝撃で断続的になっているのかも知れないが些細なことだ。普通に萌えるからどうでも良い。

「ぐっがっ……あ゛、ヴあぁ……ん゛ぁ……ぎっ……」

 ビッチゾンビのまるで感じているような声に、俺は堪らず胸にむしゃぶりつく。突く度にローションがヌチャヌチャと卑猥な音を立てる。ビッチゾンビの膣内も、まるで搾り取らんとするようにうねり上げた。

 ついに極まった快楽の限界に、俺は力いっぱいビッチゾンビに腰を打ち付けた。

挿絵4

射精る……ぞっ!」

 ──ビュル、ビュウッ、ビュルゥゥゥ

「う゛ぁぁぁ……あ゛ぁぁぁ……うぅぅぅ……」

 低く間延びした唸り声を上げながら、扱き上げるようにビッチゾンビの膣内が収縮運動を繰り返す。それはどこか、テュールのものと似通うものがあった。まるで子宮で精液を飲んでいるかの如き動きだ。

 精液を搾り取られたペニスが、ローションと共にこぽりと吐き出される。俺は出し終わった直後の快楽の余韻に浸り、ビッチゾンビの胸を枕に覆い被さったまま、乱れた息を整える。

 何気無く顔の向きを変え、再度柔らかな胸に頭を預けた。そこで──。

 M字開脚のまま微かに身体を震わせながら、恨めしそうにこちらを見つめるテュールと、ばっちり視線が重なった。

 テュールは何か言おうとして、顔を赤らめて俯き、また顔を上げてはぶるりと震え俯く。俺はただそれを無言で観察する。そんな見つめ合いをすること暫し、やはり先に音を上げたのはテュールだった。

「のぅとーま……妾、血が飲みたいのじゃが、んっ……」

 羞恥に頬を染め、目を潤ませながらテュールが意を決して言う。『血が飲みたい』というのは俺とテュールの間で、半ば公然とした『セックスしたい』の隠語である。吸血行為のあとに、俺が必ずテュールを襲うからそうなったのだ。俺はテュールが何を言いたいのか、もちろん分かっている。

「血だけで良いのか?」

 ビッチゾンビから離れ、テュールの下へと向かう。その際ペニスは出したまま。当然、テュールの視線は自然とそちらへと向く。

「テュール、何を見てるんだ?」

「っ!?」

 無意識下の行動。それは本心であり、隠しようのない欲求だ。それを自覚させ、テュールの羞恥心を煽る。俺は左腕の袖を捲り、テュールへと差し出す。

「ほら、飲みたいんだろ」

 しかしテュールの目は、腕を見てはいない。

「……ぅ……今日のとーまは、本当に意地悪じゃの」

「お仕置きって言っただろう」

「むぅ……とーまと、したいのじゃ……ぁ……」

 恥ずかしいのか、テュールはポツポツと囁くような小さな声を漏らす。ローターにより微かに混じる喘ぎ声はかなりくるものがあるが、ここでペニスをおっ勃てては雰囲気が台無しになってしまう。

「何を、したいんだ?」

「セッ……クス、なのじゃ」

「テュールはセックスがしたいのか」

「そ、そうじゃ! セックスがしたいのじゃ!」

「そうか。でも、テュールはお仕置き中だからなぁ」

 俺がペニスをしまうフリをすると、テュールの顔が失意に染まる。期待通りの反応に、俺は手を止めた。

「テュール、何を、どこに欲しいか言えたらお仕置きは終わってもいいぞ?」

 一瞬、テュールの顔に喜びが見えたのも束の間、何を言わなければいけないかに思い至り、いっそう赤面する。大胆な行動をする癖に、意外とその辺りは初な三百歳なのだ。

「ち、ちん……ち……ぽ」

「んんー?」

 テュールの目は、先程からそれをずっと見ているが、ぱくぱくと口を動かすだけで、はっきりと言葉に出せないでいる。元が白い故に、赤くなった肌が余計に目立つ。

 このまま見ているのも良いのだが、そろそろ我慢の限界が近い。

「俺のちんぽをどこに欲しいんだ?」

「とーまのち、ちんぽを……妾のま、ままま」

「ままま?」

「まん……こ……! ~~~~~っ!?」

 そう言って茹でダコのように真っ赤になり、顔を見られまいと俯いた。テュールもここらが限界か。そろそろ許してやろうか、と思った時だった。

 バッとテュールが顔を上げ、赤い顔のまま目をギュッと瞑り、

「わ、妾のまんこにとーまのちんぽが欲しいのじゃっ!!」

 一息に、捲し立てるようにそれを言い切った。まるで全力で走ってきたあとのように息を荒らげ、涙目で俺を睨み付ける。どうだ、言い切ったぞ、と言わんばかりだ。

「テュール、約束通りのちんぽだ。歯を当てるなよ」

 必死に興奮を抑えようとしていたのだが、ペニスは俺の意思に反して半勃ち状態だった。目の前に持っていったペニスに、テュールが食い付く。貪るようなそれはビッチゾンビのようだが、ちゃんと快楽のツボを突いたものだった。

「んぼ、ちゅぶ、ずずぅ、んっ、んっ、んっ、ずぼぼぼぅ……」

 手は後ろで拘束されているので頭だけのストロークなのだが、その容赦の無い責めに、俺は今にも射精してしまいそうになる。

 しかし、必死にしゃぶり付いているテュールはそれに気づいていない。ペニスしか見ていないのだ。

「っと、いったんそこまでだ」

「んぶっ!? ふー、んふー、ふー……?」

 手で頭を掴み、テュールの動きを止める。テュールは口にペニスを入れたまま鼻息荒く、上目遣いに期待の眼差しで俺を見つめる。

「下に、欲しいんだろ」

 足でショーツの上を撫でる。もうテュールはローターが入っていることを、覚えて無いのではないだろうか。設定を強にしておくべきだったか。

「んふ、んんー、ぷはっ! そうじゃ! まんこに、まんこに欲しいのじゃ!!」

「……そうか、ならちょっと待て」

 もう、恥も外聞もかなぐり捨てたようだ。こんなテュールをペニスで突いたら、どんな反応をするのか今から楽しみだ。

 テュールの背後に回り、手に嵌めていた手錠を解錠する。所詮おもちゃ、簡単に外れた。

「とーま!」

「うわっ!? 拘束解けた途端にこれか」

 テュールは俺を押し倒して馬乗りになると、さっさと衣服を全て脱ぎ捨てていく。

 最後に脱いだショーツが床へ落ちると、随分と水分を含んでいたのかペショリと音を立てた。

「散々焦らしおってからに、もう妾は辛抱たまらんのじゃ! む、忘れておったの………んっ」

 テュールはローターを取り出すと、邪魔だと言わんばかりに投げ捨てた。あれ、結構な値段の物だったのだが。

 準備の整ったテュールはペニスを鷲掴みにすると、自身の秘穴へと当てがった。

 ──にゅぷん

「んぁんっ……」

 焦れに焦らされ、濡れに濡れたテュールの膣は、すんなりとペニスを受け入れた。だが、それは先っぽだけ。俺がテュールの尻に手を添えて、腰をそれより下ろせなくしたのだ。

「とーま、なぜじゃ!? 早うっ、早う入れるのじゃ!」

「入れるだけでいいのか?」

 ここで入れてやるのは簡単だが、もう少しテュールを追い込んでみたい。果たしてどのような反応をしてくれるのだろう。

「違うのじゃ! ちんぽでまんこをズボズボしたいのじゃ! のぅとーま、だから早うその手を──」

 テュールがここまで乱れるのはいつぶりだろう。アークでテュールと二度目にヤった時も凄かったが、それに優るとも劣らない。これは、俺も歯止めが利かなくなりそうだ。テュールの言葉の途中で、俺は手を退けた。

「あぁこれでようやっと……あっ、ん」

 ──じゅぶぶんっ!

「んあああっ………っ………っ……っ!?」

 テュールが気を抜いた瞬間、俺は彼女の腰を掴んで無理やり落としながら、下から腰を打ち付けたのだ。絶叫に近い喘ぎ声を短く上げたあと、テュールは仰け反り、口をぱくぱくさせながらビクンビクンと何度も身体を震わせた。

「どうだった?」

「とー、ま」

「テュール、まだ始まったばかりだぞ」

 繋がったまま、ゆっくりとテュールを床へ寝かせ正常位の体勢になる。そして予備動作もなく、俺は腰を突き動かし始めた。

 ──ぢゅぶっ、゛ぬぶっ、ぶぷっ、ぐちゅっ

「あああっ、んあんっ、うわぁっ、んああっ!」

 俺は一心不乱にガンガンと、テュールへ腰を打ち付ける。その様はまるで獣だ、と自分でも思う。

 ──ずちゅっ! ぢゅぱっ! ぱちゅっ! じゅぱん!

「とーま、とーまっ! 妾イってるのじゃ! ずっとイっでるのじゃ!」

「ああ、ぎゅうぎゅう締め付けてる」

 テュールの尻を伝い、溢れ出る愛液が床を濡らす。

「んんっ、あ゛あぁ、ん゛あぁん、きゃひぃ! 奥に、おぐにあだってるのじゃ!」

「それが気持ち良いんだろ」

「きもぢいぃ、きもぢ良過ぎるのじゃああっ! ああっ、またイぐうぅぅうっ!」

 そろそろテュールは限界か。腰がガクガク震えている。俺も久々に本気で腰を振れたので満足だ。

「テュール、射精すぞ」

「んあっ、ん゛ん、んひっ! 射精るのじゃな! なら早う! 妾もうイきそうなのじゃ!」

「ぅ……射精るっ!」

「ぐひっ、んん、妾も、妾もイくのじゃ! ああっ、あ、あああ……とーま、イっ……く! イくうぅぅ! クヒイィィアァァッ!!」

 ──ビュウゥ、ビュッ、ビュルウゥゥゥ

 テュールはがっちりと俺の腰に足を回し、手は俺を抱き締める。腰をガクガク震わせながらも、膣内は貪欲に精液を貪っている。

「はぁ、はぁ……あー出た」

「あ゛~~……う゛~~………」

 テュールは絶頂の余韻にゾンビのような唸り声を上げたかと思うと、そのままふっと意識を失った。今日はなかなかハードだった上に、テュールもヤる前からだいぶ乱れていたので仕方がないだろう。

「べちゃくちゃのとろとろだな」

 ベッドに運ぶ前に軽く拭いておいた方が良さそうだ。さっとタオルでテュールと自分の身体を拭く。

 取りあえずテュールを二階のベッドに運んでから、床も簡単に掃除しておいた。

 今日は色んな意味でハードで濃い一日だった。

 ぼふりとテュールの横へ倒れ込む。

 今何時だろう。

 外はもう、かなり明るい。

 明日はどうするか………。

 ビッチゾンビも………ずっとあの……ままじゃな……………。

 ゾンビか…………。

 あれ………そう言えば……………。

 …………ゾンビ……のウィ……ルスって………………。

 例に漏れず、起きたらすでに夕方だった。非常に身体が怠くて重い。だが、股間は軽い。

「………あれ?」

 横に寝ていたはずのテュールがいない。テュールが俺より先に起きているなんて珍しいこともあるものだ。

 俺はベッドから下り、寝起きの身体で伸びを一つ……まずは風呂に入ろう。

 昨日寝る前に拭きはしたが、かぴかぴしている所が残っていて実に不快だ。


 風呂から上がり、さっぱりした俺はテュールを探す。いったいどこにいるのか。と、探し始めて早々。

「あ゛ぁぁぁ……う゛ぅぅぅ………」

「………………」

 これは酷い。別に拘束したまま放置したとか、冷静になってゾンビとはいえ女子校生を無理やりに……などと言っているのではない。何より、俺はいつも冷静だ。

 ただ単純に、ローションを使ったまま放置した口と股回りが酷いのだ……がっぴがぴに乾いている。

「………これは……さすがに、な」

 テュールを探す前に、掃除した方がいいだろう。以降もお世話になるのだから。

 俺は洗面所でお湯とタオルを用意し、先に女子校生ビッチゾンビを綺麗にすることにした。

「う゛ぅぅ……あ゛ぁぅ……」

「…………何だよ」

 昨日のように暴れることもなく、無闇矢鱈に唸る訳でもない。ただじっと、濁った虚ろな目で俺を凝視している。正直、不気味でならない。

 それから無言で作業を終え、タオルとお湯を片付ける。ビッチゾンビの様子は気にはなるが、今はテュールだ。

「おーい、テュール!」

 返事は無い。それなりの一軒家だが、この声量なら家のどこにいても聞こえると思うのだが。昨日の醜態が恥ずかしくて顔を出せないのだろうか。いや、それは今更だな。

 二十五歳にもなって、かくれんぼをしている気分だ。

「テュール」

 キッチン、トイレ、リビング、各部屋。全て確認したがテュールの姿は無い。本当にどこへ行ったのだ。

 俺はすでに見終わったリビングに戻り、ソファーへと腰掛ける。ざっと見て回ったが、テュールの姿は見当たらなかった。となると、外へでも出かけたのか。それもあり得なくはないが、本当にそうだろうか。

 頭を悩ませながら、ソファーの背もたれへ身体を預ける。

 すると、背後から微かに衣擦れの音が聞こえた。

「ん?」

 振り返り見れば、そこには──。

「なにやってるんだテュール……そんなところで」

 顔を手で覆い、踞ったテュールがいた。しかし、俺の呼び掛けに反応は無い。

「おい、テュール」

「うぅ……うっ……うぅ……」

 耳を済ませば、呻き声が微かに聞こえる。どうも様子がおかしい。本当に俺の顔を見るのが、恥ずかしくなったのだろうか。いくら待ってもテュールがこちらを向く気配は無い。

 呻き声と共に、じゅるっと何か啜る音も聞こえる。

「おいテュール、どうした。何かあったのか?」

 俺はテュールの肩を掴み、強引に振り向かせた。力任せに引いたことで、顔から手が僅かに離れる。

 強引に振り向かされたテュールは──。

「うっ……うぅ……じゅる……ぐす……とーま。妾の、妾のカプメンがぁ……うぅ……」

 号泣していた。鼻水を啜り、目からポロポロ涙を流して美人な顔が台無しだ。元魔王をここまでにするとはいったい何があったというのだろうか。

「落ち着けテュール、何があったんだ」

「うぅ……妾にも分からんのじゃ。とーま、妾は何を間違えたのじゃ? どうしてあんなことに……うぅぅ」

「は? いや、何がだ?」

「ぐすん……妾にも説明出来ぬ……。すん……付いてくるのじゃ……」

 テュールに手を引かれ、連れてこられたのはキッチンの流し台だった。

「……すん……ひんっ……これなのじゃ……」

 そこにはフタの閉じた一つのカップ麺がポツリと置かれていた。すでに冷めてしまったようで、湯気は上がっていない。

 俺はパッケージを見て、すぐに中を確かめる。ピンク色の粒々が麺と一緒に浮いていた。

「………………………」

 俺は、全てを悟った。初心者なら間違えがちな初歩的なミスだ。カップ麺歴の浅いテュールがやってしまうのも頷ける。

「とーま、何か分かったかの?」

「そうだな……これはカップ麺であってラーメンではない、と言ったところか」

 少し落ち着いたらしいテュールだが、どう説明するか。ここでただ、説明文を読めと言うのは酷だろう。

「昨日、うどん食べただろ」

「うむ、白くて太いやつじゃな」

「ああ。で、これは……そうだな、汁の無いラーメンみたいな物だ」

「なぜ汁が無いのじゃ?」

「パスタって言うんだが……口で説明するより見た方が早い。これと似た物は持って帰ってきてないか?」

「む、少し待つのじゃ」

 言うなり、テュールはスーツケースへ走っていった。

 しかし、カップ麺を作るのを失敗して泣いていたとは…………生粋のカプラーめ。

「持ってきたのじゃ!」

「じゃあ貸してみろ」

 さっきはタラコだったが、今度はカルボナーラか。先にタラコで良かった。カルボナーラのお湯溶きなど見たくはない。

「これが一番大事だから覚えとけ。この捲る所が一つ以上あるものは、大抵汁を捨てるやつだ」

「ほぅ、なるほどの」

「で、そういうやつは、大体麺以外は汁を捨ててから入れる。かやくとか例外もあるんだが、それは忘れても食えるから今は良い」

 あとは湯切りとソースの混ぜ込みをテュールにやらせて完成だ。……何だろう、この変な疲れ具合は。

「クヒヒヒ! これもおいしいのじゃっ!」

「さっきまで泣いてた癖に」

「……そうじゃな。彼奴には悪いことをした」

 急に元気の無くなるテュール。カップ麺如きで、なぜそこまで落ち込むことが出来るのか。本当に世話が焼ける。

「あれはあとで、俺が適当に味付けて食っとくよ」

「おお! 妾も食べるのじゃ!」

 そこまで期待される程の物じゃないのだが。あまりハードルを上げられても、俺はそれに報いることが出来ないと思う。

「しかし、とーまが作るのを見て、妾ももう一人で作れると思ったのじゃが。カプメンとは、やはり奥が深いのじゃ」

「……ほら、早く食べないと冷めるぞ」

 そんなにしみじみ言われても、反応に困る。所詮カップ麺はカップ麺だ……まぁ、口には出さない方がいいか。

「そうだテュール、女子校生ビッチゾンビ見たか?」

「あぁ、うむ。何やら様子が変わっていたの」

「テュールもそう感じたか」

「暴れるでなく、ぼーっと一点を見つめたままじゃったからな」

 原因は分からないが、どうやら俺とテュールで反応に差異があるようだ。あの女子校生ビッチゾンビに何が起こっているのだろうか。

 テュールもカルボナーラを食べ終わったようなのでちょうどいい。

「テュール、ちょっと来てくれ」

「構わぬぞ」

 テュールと共に、女子校生ビッチゾンビの下へ向かう。

 やはり、俺を凝視している。俺が動けば、それに合わせて女子校生ビッチゾンビも顔ごと俺を追いかける。

「かなり変だろ?」

「妾もこんなゾンビは初めてじゃな。幾多のゾンビを従えてきたが、あれらは人形のように操るだけだったのじゃ。其奴はなんじゃろな……自我でも持っておるのかのぉ」

「さすが、元魔王様だ。じゃあこの女子校生ビッチゾンビに、何が起こったかだ」

「昨日の今日で違いがあったとすれば、とーまが襲ったか襲ってないかじゃろう。……しかしなんじゃ、その……女子校生ビッチゾンビとは?」

「この子の名前は知らないからな。名前でも付けてみるか?」

「被験体番号のようなものじゃな」

「いや、もっと可愛いの付けようぜ……」

 となると、何が良いか。長くなくて簡単な名前の方が呼びやすい。簡単な………。

「ゾー子」

「ゾウはとーまなのじゃ」

「……どこで覚えたんだそんなこと」

「む、いつじゃったか。確か、あれはアークでとーまと一緒に風呂に入った時──」

「テュール、大丈夫。もう十分だ」

 俺の名誉のためにそれ以上は言わせない。

 しかし、そんな一度しかやってないようなくだらないことをよく覚えているな……。

「じゃあ、ンー子」

「さすがにそれはやめてやるのじゃ」

「残るは、ビー子だな」

「すまぬとーま、それは妾が少しトラウマじゃ。しかし、とーまにここまでネーミングセンスが皆無とはの」

「もうゾンビのビッチさんでいいだろ」

「ついに諦めよったのじゃ」

 悔しいが、テュールの言う通りらしい。俺にネーミングセンスは無かった。

 もうビッチさんでいこう。簡単で分かりやすい。テュール以外の前では絶対に口に出せないが。

「ん?」

「どうしたのじゃ?」

「いや、胸ポケットに何か入ってるなと」

 ビッチさんの制服の胸ポケットが、何やら長方形の形に盛り上がっている。何となく気になった俺は、遠慮なくそれを胸ポケットから引っ張り出した。

「なんじゃそれは? 手帳かの?」

「あぁ、生徒手帳だ」

 これなら、この子の本名が分かる。………正直、助かった。

「えーと……やりまん、みちこ? 違うな、読み仮名があった……槍万美地子。美地子ちゃんか」

 名は体を表すとよく言うが、名字が槍万て……そういう家系なのだろうか。この名は、少し同情を禁じ得ない。しかし、ビッチさんでも、あながち間違いではなかったということか。

「みちこか。ところでとーま、話は変わるのじゃが」

 何気なく言ってきたテュールだったが──。

「みちこを見ていて、ふと思ったのじゃ。お主、ゾンビのウィルスは大丈夫なのかの?」

 軽く聞き流す訳にはいかない一言だった。

「いや、俺は一度も噛まれてなんか……」

 まて、感染経路は果たして噛まれることだけだろうか。

 アークでの経験則と、こちらに戻ってきてすでに三日経過していることを踏まえると、恐らく空気感染は無いだろう。

 なら噛まれることにより感染すると考えられる。傷口からの感染、その際に紛れ込むゾンビの血か体液なら。

「……粘膜感染か。ならテュールも」

「クヒヒ、のぅとーま。これでも我は元とは言え、幾多の魔を従えた魔の王、吸血鬼ぞ。弱体化、ましてや死んだ訳ではあるまいに、たかだか矮小なゾンビ如きの毒に侵される訳がなかろう」

 なぜか魔王時代に口調が少し戻っているのは、取りあえず今は置いておこう。テュールの自信満々な様子から、感染の可能性は俺だけということか。身体が怠いと思ってはいたが、これはヤり疲れが原因ではなかったということか。

「これは……どうしたものか」

「妾の城に来た時はどうしていたのじゃ?」

 テュールの城、あのゾンビだらけの所か。

 あの時は大変だった。俺が必死で数を減らしているのに、付いてきた兵士が無謀にも突っ込んで行き、次々ゾンビになったのだ。突撃した兵士の数が無駄に多いから、解毒も全然間に合わなかった。

「あの時は魔法で解毒してた」

「となると、魔法の使えないここでは厳しいかの。………と思ったが、そういう訳じゃなさそうじゃな」

 テュールの中で、一つの答えに辿り着いたらしい。さすが頼りになる。亀の甲より年の功。

 そう思ったが、今、歳を言うのは冗談でもよそう。拗ねられると俺の命に関わる。

「何か思い当たることでもあったか?」

「うむ。確かに妾達は外に干渉する魔法は初級ですら使えぬ。じゃが自らの内ならどうじゃ?」

「………魔法で身体強化出来てる。ということは」

「治癒系統の魔法も強化と同じく、自らの内側なら作用させられるはずじゃ」

「試してみる価値はある、か」

 ゆっくりと深呼吸しながら目を瞑り、自身の内側へと魔力を流す。治癒系統の魔法なので、強化のように大雑把には出来ない。魔法で代用しているとはいえ、医療行為には違いないのだ。

「とーま、少し魔力が漏れておるぞ」

「…………分かってる」

 解毒を行うためなので、全身に満遍無く魔力を行き届かせなければならない。だが、これからも女子校生ビッチゾンビ改め、美地子ちゃんとヤるためには必須スキルだ。是が非でもマスターしなければならない。

 体内がじわりと温かくなる。まるで全身をぬるま湯に浸けているようだ。

「……出来たようじゃな」

 すっと目を開けると、微笑んでいるテュールがいた。やはり美人だな。

「恐らくな。起きた時よりも、だいぶ身体が軽い」

「あとは様子見じゃな」

「そうだな。あぁ、もし俺がゾンビにでもなった時は、一思いに殺ってくれて構わないぞ?」

「クヒヒヒ、何を言うとるのじゃ。そうなる前に、妾がとーまを吸血鬼に変えてやるのじゃ」

 なるほど、その手があったか。冗談で言ったつもりだが、テュールなら本当に実行するだろう。

 しかし、これでゾンビは脅威ではなくなり、更に解毒を応用すれば、即死でない限り自身の怪我の治療も出来る訳だ。

「ん? だとすると、精液に解毒魔法を施して美地子ちゃんにぶち込めば治せるのか?」

 何だそれは、とても夢が広がるではないか。

 だが、テュールから待ったの声が掛かる。

「とーま、それは無理じゃ。一度魔に堕ちたものは、どうしようと元には戻れん」

「やっぱり無理か」

 非常に残念だ。が、無理なものは仕方がない。それに、今の美地子ちゃんに不満があるわけでもない。

「っと、そうだ。俺の話で脱線したが、美地子ちゃんのことだ」

 本来ここに来たのは、美地子ちゃんの様子がおかしかったからだ。そのお陰で命拾いしたとも言えるのだが。

「じゃがな、先も言うたが妾もこんなゾンビは初めてじゃからな」

「となると、こっちも様子見か」

「そうするしかないの」

 悪いな美地子ちゃん。当分はテーブルに拘束したままだ。パンツはありがたく貰っておくからな。

「もうゾンビは完全に脅威でなくなったから、あとは生き残った人間か」

「人如き、とーまなら瞬殺であろう」

 テュールはそう言うが、その人如きにしてやられて俺は日本に帰って来るハメになったのだ。決して侮ることは出来ない。

「テュールだって、その人如きに敗れただろ」

「む、違うのじゃ。妾はとーまに負けたのであって、人には負けておらぬ」

 よく分からない拘りだが、あまり人間を嘗めない方がいい。時に人は何を仕出かすか分からないのだから。まあ、俺が注意していれば問題無いか。

 そう思い至り、俺はテュールの言葉を肯定する。

「そうだな」

「うむ!」

 まったく……。テュールを殺していたら、こんな満面の笑みも見ることは無かったのだろう。

「のぉとーま、今日もカプメンを取りに行くのかの?」

 せっかく感慨に浸っていたのに、この元魔王様は……。まあこれも、テュールらしいと言えばそうなのだが。

「三食食べても、今ある量で四日は保つだろ」

「ならば仕方がないのじゃ。カプメンは明日じゃな」

「……いや、四日後だろ」

 そんな世界の終わりみたいな顔をされてもな。テュールのカップ麺好きが中毒の領域に入りつつある。これはどうにかしなければならない。

「そうだテュール、今日は──」

「おおっ! 何なのじゃここは!?」

「ここはゲームセンターだ」

 少しでも違うものに興味を持ってもらおうと思い、テュールを街中のゲームセンターに連れてきたのだ。

 ここまで漕ぎ着けるのにかなり苦労した。

 音が鳴っているゲームセンターには、そこそこのゾンビが集まっていたのだ。その店内からゾンビを排除するため、いったん店のブレーカーを落とし、外で車のクラクションを鳴らしゾンビを外に誘導。それから出てきたゾンビを始末してと、かなりの手間だった。

 しかし、テュールのはしゃぎようを見れば、苦労した甲斐はあっただろう。

「とーま、もう一回じゃ!」

「はいはい」

 プレイするためのお金はバールに働いてもらい入手した。これだけあれば心置きなくゲームが出来るはずだ。

「むぅ、またダメなのじゃ」

「アームで掴む位置が悪かったな」

「もう一回なのじゃ!」

 楽しそうで何よりなのだが、恨むぞ店員。なぜ、なぜカップ麺のUFOキャッチャーなど置いたのだ。カップ麺から離そうとここへ連れて来たのに、これでは本末転倒だ。

 しかも、なかなか取れないことに業を煮やしたテュールが、ついに実力行使で景品を手に入れてしまった。悪化の一途を辿っている。

 つ、次にいこうか。

「懐かしいな」

 それはアイテムを駆使し、相手を邪魔したり、自らを有利にしたりするカーレースのゲームだ。

「とーまは知っておるのか?」

「俺が知ってるのはテレビゲームまでだな」

「テレビとは、あのザーザーいうやつじゃな」

「まぁ、そうだが。取りあえず対戦してみるか」

「負けぬのじゃ!」

 そう息巻いてはいたが、やはりゲームに慣れていないテュールは苦戦を強いられていた。俺は昔やっていた経験と、慣れで順位を徐々に上げていく。

「ぐぬぬぅ」

 テュールには少し難易度が高かったようだ。逆走したり無駄な所でアイテムを使ったりと、てんやわんやしている。

「とーまはこれを知っておったな、ずるいのじゃ!」

「そんなことを言われてもな……」

「次は妾が選ぶのじゃ!」

 よし、次だ。

「これなら妾も勝てるのじゃ」

「エアホッケーか」

 なるほど、これならいい勝負が出来そうだ。

「クヒヒヒ、勝ったのじゃ!」

 ………僅差で負けてしまった。なかなかの競り合いだったのだが、テュールが上手く壁を使い、勝ちを持っていかれた。

「次なのじゃ!」

 シューティングゲーム。

「ぐぬぅ……」

 リズムゲーム。

「クヒヒヒ!」

 トータルで二対二。

 確かに勝ち負けに拘り過ぎるのは大人気無いかもしれないが、それを言い出したらテュールは俺の十倍以上年う……。いや、こういう場は負けても楽しいし、勝てばもっと楽しいものだ。

 そうしてテュールが出来そうなゲームはやり尽くし、最後に残った物がこれだった。

「パンチングマシーン、か」

「これなら妾も負けぬのじゃ!」

 パンチの威力を数値化し、それを競うわけだ。

「妾からいくのじゃ!」

 なかなかの衝撃音が鳴る。出た結果は文句無しのランキング一位。二位とは雲泥の差が付いており、テュールも満更でもない表情をしている。

 しかし、最後に残ったのがこれか。普通のゲームならまだしも、攻撃力に関しては……俺も負けるわけにはいかない。

「とーまの番じゃぞ」

「ああ、いくぞっ!」

 グローブを嵌めた右手を、的に目掛けて振り抜いた。

「………………」

 無言で得点板を見つめるテュール。結果は大差と言えないが、十分な差があった。

「悪いなテュール。俺の勝ちだ」

「うぐうぅ……っ!」

「もう時間も頃合いだし、そろそろ帰るぞ」

 俺は裏口へ向かいながら、ふと思った。ここには何しに来たんだったか。

 その直後──。

 轟音が店内に響き、パンチングマシーンが壁へと衝突した。

「とーま、妾の勝ちじゃ!」

 ああ、そうだ。カップ麺から気を逸らすために来たんだった。俺は現実逃避するように、そのことを思い出した。

「妾の記録は測定不能じゃ」

 尖った歯を見せ笑う。

 本当に、お前って奴は。


 ──負けず嫌いめ。

「とーま、血が飲みたいのじゃ」

 風呂上がり早々に、テュールがそう切り出した。つまりヤりたいってことか。俺からすれば、まったく断る理由の無い申し出だ。

「やけに積極的だな」

「クヒヒヒ、妾もそういう気分の日があるのじゃ」

 ゲームセンターでアドレナリンでも出て興奮したのだろうか。俺に勝ったから今は機嫌も良さそうだ。

「そうか。なら二階に上がるぞ」

「うむ!」

 俺の後に続き、ジャージ姿のテュールが階段を軽やかに上がる。

 暗い寝室に着くと、すぐさまテュールにベッドへ押し倒された。風呂上がりで上は裸だった俺の胸に、むにゅりと二つの柔らかい感触が当たる。そしてその中にしこりが二つ。

「……もう脱いだのか」

「とーまも早う脱ぐのじゃ」

 テュールが慣れた手つきで、するりと俺のズボンとパンツを抜き去った。そしてまた覆い被さり、胸が押し付けられる。

「クヒヒ、温かいのじゃ」

「風呂上がりだからな」

 肌を触れ合わせながら、テュールが俺の首筋にすり寄る。

「ちゅ、ちゅっ……かぷ」

 首に触れるだけのキスをしてから、チクリと牙を立てた。抱き締めてくるテュールを抱き締め返しながら頭を撫でた。暫し無言の時が流れる。

「ぷはっ、ちゅ、ぺろ……ぢゅるっ」

「今日は少な目だな」

「その分、こちらから貰うのじゃ」

 ゆっくりと身体を起こしたテュールの手が、ペニスへと掛かる。するり、するりと焦らすように擦りながら、熱の籠もった瞳で俺を見つめる。

「お手柔らかに」

「今日は機嫌が良いからの。程々にしといてやるのじゃ」

 言いながら、テュールが俺の足の間へと移動した。どうやら本当に機嫌が良いらしい。何も言っていないのに、テュール自ら俺の股間に顔を埋めた。

「ちゅっ、ちゅぱ……へろ、ちゅ、早う大きくするのひゃ」

「そんなもんじゃな」

 ペニスへのキスと舌の愛撫をしていたテュールは、俺の言葉に艶然と笑い、ペニスに歯を立てた。

「いっ!?」

「クヒヒ、とーまは大袈裟じゃのぉ。ん、ちゅ……はむ、じゅぷ、くちゅ」

 やってくれる。本当にヒヤっとした。

 俺は身体を起こし、ペニスを咥え込んだテュールの無防備な胸へ手を伸ばす。

「じゅ、んん……ちゅっ、じゅるる、ぐぷっ、んっ」

 必死にフェラをしているテュールを見ながら、柔らかな大きい胸を下から鷲掴みにし、むにゅむにゅ揉んでいく。張りのある弾力を感じながら、時折手がピンクの蕾を掠め、テュールの嬌声を引き出す。

「ほら、さっきまでの威勢はどうした?」

「ふー、ふー……ん、ぢゅぱ、くぷっ、んふっ、じゅるるるぅ、ぷはっ」

 上目遣いで俺を睨んだテュールはペニスから口を離すと、胸を揉んでいた俺の手を払った。

「はぁ、はぁ……とーま、これならどうじゃ!」

 そう自信満々にテュールが始めたのは……パイズリだった。むにゅりと大きな二つの実に挟まれたペニスは、逃げ場を失う。温かく、柔らかな感触に包まれ、上下に扱かれる。

「ほへ、ほーま。ほれもほーひゃ?」

挿絵5

 舌を伝い、胸の谷間へと唾液が注がれる。滑りの良くなった動きで、ペニスへと送られる快感が増幅する。

「どうじゃ、とーま。気持ち良いじゃろ? ちゅ、ぺろ、へろ、ちゅっ」

「うっ………テュールも乳首が尖ってるぞ?」

 胸から出たペニスの先っぽを丁寧に嘗め始めたテュールへ、俺も体を起こし、そそり勃った蕾を摘まんでクリクリと捏ね上げる。

「んっふ……そろそろイきそうなのじゃろ? ちゅる……」

 俺の限界を悟り、テュールが先っぽを口に含んで舌で亀頭を転がしながら、胸の上下運動を速めた。

「んっ……射精るっ!」

「んんーーっ!?」

 ──ビュルッ、ビュビュッ、ビュルゥゥゥ

 吸い付いていたテュールは、そのまま尿道に残る全ての精液を吸い上げる。イったばかりで敏感なペニスがこそばゆい。

「ぷはっ、ケホ、カホ……沢山出たのじゃ。そんなに気持ち良かったかの?」

 テュールはむせながらも、全て飲み干した。確かに腰が抜けるかと思う程気持ちが良かった。それでもまだ、俺のペニスは勃ったままだ。

「ああ、気持ち良かった。でも、まだだろ?」

「クヒヒ、当たり前じゃ。本番はこれからなのじゃからな」

 口元を拭ったあと、テュールは舌舐めずりをしてゆっくり俺を押し倒すと、そのまま覆い被さりキスをした。

「んっ、ちゅっ、とーま、んふ、んっ」

 微かにカルキ臭が鼻を突くが、それしきで振り払っては男が廃るだろう。

 キスに応えながら、テュールの頬を撫でる。すると、突然ペニスがにゅるりとした柔肉へ飲み込まれた。フェラとパイズリで興奮したのか、テュールの膣内はかなり濡れていた。

「んっ、ふっ、んんっ、んぁ……今日は妾が動くのじゃ」

「途中でバテるなよ」

「泣いても止まらんからの」

 初めはゆっくりと腰を動かす。それから徐々に徐々に、速度を上げてくる。

「んっ、ひぃう、あっ、気持ち良いか? ……ん、んんっ、んぅ」

「かなりな」

「んっ、ふぅん、妾もじゃ」

 テュールが上下に腰を振る度、胸も一緒にぶるぶる揺れている。

 俺は心導かれるまま、揺れる胸を掴んだ。ずむりと形を変え、指先が埋まる。テュールの動きに合わせ、円を描くように揉み込む。

「んっ、あっ、とーま、両方はダメなのじゃ!」

 俺は嬉しそうにそう言うテュールを無視し、蕾を摘み引っ張りながら擦る。金の髪を振り乱し、イヤイヤと首を振った。

「あっ、ひゃ、取れる、乳首が取れるのじゃ、とーま!」

 腰の動きが速くなったテュールの蕾を、わざと擦れるように引っ張り放す。

「んぁ、うっ、イっくううぅぅ!」

 ビクリと跳ねたテュールが、力無く俺の方へと倒れ込む。

「はぁ、はぁ……ふぅ……」

「ほら、動くぞ」

「妾もまだいけるのじゃ」

 俺に覆い被さったままのテュールへ腰を打ち付ける。まだイって間もないテュールは、ぴくんぴくんと身体を跳ねさせた。

「ふっ、はっ、あぅ、ひゅ、ひゃっ!」

「もう少し速くするぞ」

 腰の速度を速めながら、目の前に転がっていた蕾へ吸い付く。

「ん、んっ、ん~~~っ!?」

 恐らくテュールはまたイったのだろう。膣内がきゅうきゅうと収縮を繰り返している。だが、俺はそのまま腰を振り続ける。

「はぁ、はぁ、うっ、んぁ……とーま」

「ん?」

「ちゅう」

 俺の腰の動きが止まる。すぐにテュールの言った言葉に反応出来なかったのだ。その間もテュールは唇を少し突き出し待っている。

 ああ、キスか。

 責めてきたと思えば、今度は甘え出すのか。もう少し分かりやすくしてくれても良いだろうに。まあ、肌を合わせた女の子にありがちなことだ。

 俺は空白の時間を誤魔化すように身体を起こし、対面座位に移してからキスをした。

「んっ、ちゅ、んふぅ、んん」

 抱き付いてくるテュールを片手で支え、もう片方の手で胸をやんわり揉む。するとテュールは腰をくねらせペニスを刺激する。

「ぴちゅ、んっ、とーま、とーま」

 応える代わりに背中をさすってやると、テュールの腰の動きが激しさを増した。

「んっ、んん、とーま、んぁ……好きじゃ……」

 背中に回されたテュールの手にぎゅっと力が入る。

 ……不意討ちかよ。

「くっ!」

「んんっ、ぁぁ……んん~~~~~っ!!」

 ──ビュルッ、ビュルルル、ビュウゥゥゥゥ

 長い射精が続き、テュールの膣内へドクドクと精液が注ぎ込まれる。

 テュールの力が緩んだので、俺はそっと抱き締めた。

 繋がったまま、二人してベッドへぽふりと倒れる。

「俺も……好きだぞ、テュール」

 テュールはそっと俺の胸元から顔を覗かせクヒヒヒと笑う。

「妾の方が好きじゃよ」


 朝日が昇り始める中、二人まどろんでいく。

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