「おう、俺は鹿島吾郎。女神ラーナ様の名代だ」
俺の自信に満ち溢れた名乗りが廃墟に響き渡った。
相対していた赤髪の色男と金髪娘はポカンと呆気にとられている。ちょっと衝撃的過ぎたのかもしれない。なにせ女神の名代を名乗ってしまったのだ。ラーナ様の言う限りじゃ名代というのは、神の権能を振るう超強力なチート職だ。彼らが恐れおののくのも無理からぬ事かもしれない。
「なんでもいいですけど、前を隠してください。アレス、あなたもです」
「あ、はい。すいません」
金髪娘の冷え切った声に、俺は反射的に謝罪していた。
そう、隔世から出てもやっぱり俺は全裸だったのだ。ターミ○ーターを彷彿とさせるカッコイイ登場に俺もノリノリになっていたが、女の子から直接指摘されると流石に赤面してしまう。
ちなみに俺と一緒くたに怒られている赤髪の色男──確かアレスと呼ばれていたか──も乱交をお楽しみだったわけだから当然全裸だ。全裸の男ふたりでちんちんをブラブラさせながら対峙していたのだ。改めて振り返るとなんとも薄ら寒い光景である。
そのアレス君は、金髪娘に苦笑を返しながら服を着だす。間抜けな姿であるはずなのに、彼の所作に隙はない。むしろ色気すら漂わせている。流石イケメン。異世界であっても世の中は不条理に満ちている。
「どうしたのですか? 早く服を着ろと言っているのです。それとも、やはりあなたの目的はその貧相な体を見せつける事にあるのですか?」
人の事を露出狂みたいに言わないでもらいたい。俺だって恥ずかしいのだ。とりあえずそこら辺の葉っぱでも毟って股間を隠すべきだろうか? 昔そんな格好をした芸人がいた気がするし……って、いやいやいや! 確かにちんちんは隠せるが、だからどうしたってくらい恥ずかしい格好じゃないか! だいたいそんな格好で前を隠したと強弁したら、目の前の金髪娘にバッサリ斬られかねない。
俺が股間の隠し方について真剣に悩んでいると、焚き木の傍に寝転がっていた少女達がもそもそと起き出した。全裸で股をおっぴろげたまま気絶していたあのふたりである。意識が追いついていないのか、ふたりともボンヤリしたまま無防備に裸体を晒している。おかげで伏せっていたときは見えなかったおっぱいがよく見える。
ツルペタな胸にピンク色の可愛らしい乳首が黒髪の子。青髪の子は、迫力満点の乳房にぷっくりと膨れた色素の薄い乳首だ。どちらも甲乙付けがたい。
舐めるように裸体を眺めていたら、青髪の子とバッチリ目が合ってしまった。彼女は目を見開いたまま、電池の切れたおもちゃみたいに固まっている。そのまま数秒間、凍ったような時が流れる。
「うわあっ! へ、変態だっ!」
耳をつんざくような叫び声だった。確かに今の俺は全裸だからちょっぴり変態チックにみえるかもしれない。だけどそっちだって全裸なのだからお互い様ではないだろうか。
女は毛布を掻き抱いて体を隠すと、慌てた様子で立て掛けられている武器らしき長物へと駆け寄る。
「おいおい! 待てって! 俺は変質者じゃないぞ!」
「……出でよ魔法の矢。滅すべき敵を記憶し必中の魔弾となれ」
寝転がっていたもう一方。黒髪の少女がなにかを呟いていた。慌てて視線を向けた俺が見たのは、宙空に浮かび上がった光の矢。鋭く尖った先端はなぜか俺の方を向いている。
「発射!」
少女の号令とともに光の矢が滑空してくる。狙いはもちろん俺。額のど真ん中を射貫く軌道で飛んでくる。
俺は神がかった反応で首を仰け反らせた。そのまま仰向けに倒れる結果となったが、光の矢は俺の前髪を掠めて後方へと飛び去っていく。
あっぶねー。あの女、本気で俺の事殺そうとしやがった。
だが安堵する暇もなく、矢は大きく旋回して再び向かってくる。ヤバイ、倒れたままでは避けようがない。
その時、赤髪のアレス君が素早く光の矢の軌道に割って入った。空気を切り裂く鋭い音とともに剣を一閃。
アレス君の剣は見事に飛んでくる矢を捉えていた。光の矢は粒子になって霧散していく。
「アレスさん! 邪魔しないでください!」
「そうだアレス! どうしてそんな変質者を庇う!?」
「ルル、それにクレアも落ち着いて。この人には聞きたい事があるんだ」
俺を殺す気満々のふたりを、アレス君が懸命に押し留めていた。その隙に俺は這々の体で立ち上がる。
いつの間にか俺の隣に立っていた金髪娘も、俺を守るように身構えていた。
「だから服を着ろと言ったのです。目が覚めてあなたのような者がいたら、普通は撃退を試みます」
「いやいや。俺だって裸はイヤだよ。だけど、服がないんじゃ仕方がねえだろ」
「あそこにキッチリ畳んであるのはあなたの服ではないのですか?」
金髪娘は女神像の足下を顎で示した。確かにそこには綺麗に畳まれた服が置いてある。なるほど。あそこまで準備よく置かれていると、俺が全裸で飛び込むために脱いだのではないかと疑われるのも仕方がない。
俺は慌てて女神像に走り寄った。置いてあったのは、俺が日頃から部屋着代わりに使っているダサいジャージの上下だった。下着も一式揃っている。服の脇にはクロッ〇スのゴムサンダルと、財布に携帯電話まで置いてある。
とにもかくにも、俺は服を着る事にした。下着からジャージまで着込み、サンダルを装備して、小物をポケットに無造作に突っ込む。そうすると残ったのは見た事のない短刀が一振り……って短刀!?
それは漆塗りの艶やかな鞘に入った、刃渡り三十センチほどの短刀だった。ヤクザ屋さんが振り回すドスの上品な奴と言えばわかりやすいかもしれない。当然ながら俺の物ではない。
あ、そう言えばラーナ様が愛刀を貸してくれるって言っていたっけ。もしかしてコレがそうなのか?
折角貸してくれたところ申し訳ないが、刀なんて使い方を知らない。虚仮威し以外なんの役にも立ちそうもない。しかも短刀である。虚仮威しにするにしても迫力に欠ける。まあ、丸腰に比べればなんぼかましだけど。
短刀の鞘を左手で掴んで俺は振り返った。じっとりと見つめる八つの瞳が俺を半包囲していた。アレス君と金髪娘の手にはギラリと光る抜き身の剣。青髪と黒髪のふたりも肌を隠しつつ剣呑な目を向けている。全員が全員、短刀を持った俺の手を凝視していた。ああ、武器を手にしたのは大失敗だったかもしれない。
折角掴んだ短刀を放り投げて、俺は両手を上げた。
焚き木を囲むように俺達は座っていた。俺の隣にはピッタリと身を寄せる金髪ツインテールの美少女。別にモテているわけではない。金髪娘はいつでも俺を殺せるように背中に刃物を押し当てているのだ。
向かいに座るのはアレス君とふたりの女の子。ちなみにふたりとも既に服は着ている。とても残念だ。
「つまりあなたは異世界の住人で、女神ラーナ様の召喚によりこの地に降り立ったと」
「ああ。その通りだ」
白い空間からの経緯を話したところだ。もちろん、ラーナ様に素人童貞を奪われた件とか、神力が不足して消失の危機にある事は省いた。女性陣は未だ俺に敵意を持っている。女神様相手にはっちゃけた話とか致命傷になりかねないのだ。それと、ラーナ様は俺にとって唯一の後ろ盾だ。力を失っている事、失いつつある事は絶対漏らすべき情報ではない。ところで、ラーナ様は素人とカウントしていいんだよな?
「そんな話、信じられるものか! ボクだって一応神官の端くれだけど、そんな神様聞いた事もない!」
「そうです。この人凄く怪しいと思います。さっさと殺すべきです」
青髪と黒髪がコンビを組んで俺を糾弾する。どうにもこのふたり、俺におまんこを見られた事が気に入らないらしい。青髪はともかく、黒い方など確実に俺の命を狙ってやがる。
「確かに僕もラーナ様という女神様は知らない。だけど、こちらのゴローさんがあの女神像の光とともに現れたのも事実なんだ。女神様となんらかの関わりがあるんじゃないかと僕は思う」
「トリックだよ! 魔法かなんかで像を光らせて、アレス達の目が眩んだ隙に全裸で侵入したんだ」
「そうです。全裸とか気持ち悪過ぎます。殺すべきです」
ややこしい事に、アレス君達はラーナ様の事を知らないらしい。本当にどマイナーな女神様なんだなあ。
「森と生命の女神ラーナ様です。この地では失われて久しい古き神ですが、私はその御名を知っています」
意外な事に、金髪娘がラーナ様の事を知っていた。唐突なフォローに俺は目を剥いて金髪娘を見つめてしまう。彼女はツンと澄ましたまま俺に一瞥すら寄越さない。別に俺を助けようというわけではなく、知っている事をただ伝えた、他意なくそれだけであるようだった。
「森と生命だって!? ボクの主神アクア様が水と生命を司っているのは知っているだろう!? 被っているじゃないか! そんなインチキ臭い神様信じられるものか!」
「アクア様は個としての生命。ラーナ様は種としても生命を司っています。同じ生命でもその領域は大きく異なります。クレアは神官ですよね? 他神とはいえ、神を貶める発言は感心しません」
物怖じせずピシャリと言い放つ金髪娘の勇姿に思わず見とれてしまった。俺の中の抱かれたい美少女ベストテンに赤丸急上昇でランクインしそうだ。
それにしてもこの金髪娘、随分と物知りなようだ。俺以上にラーナ様の事を知っているんじゃないだろうか。感心して金髪娘をまじまじと見ていた俺はひとつの違和感に気がつく。
耳だ。金髪娘の耳は笹の葉のようにツンと尖っている。金髪美形の耳が尖ったヒューマノイド。直ぐにピンときた。この子は恐らくエルフだ。異世界の定番。あのエルフがここにいたのである。いよいよ持って異世界に来た実感が湧いてきた。そういえばエルフで思い出したぞ。あの白い空間で、ラーナ様はエルフの名前を挙げていたではないか。
「そう言えばラーナ様が言ってたっけ。エルフはラーナ様の信者……」
「ちょっとこっちに来てください!」
俺の言葉を遮るように金髪娘は声をあげた。そのまま立ち上がって俺の腕を掴むと、見た目からは想像もつかない強い力で俺を引っ張っていく。呆気に取られていた面々に、金髪娘は取り繕った笑みを向けた。
「ちょっとこの男の正体を確かめる方法が思い浮かびました」
金髪娘は他の面子から視線が通らない石柱の陰へ俺を押し込むと、壁ドンでもしそうな勢いで迫ってきた。
「あなた、エルフとラーナ様の縁を知っているのですか?」
「え? あ、ああ。ラーナ様から聞いたんだよ。数少ないラーナ様の信者は森で暮らすエルフだって」
頭痛でも堪えるように金髪娘はこめかみを押さえた。
「その事を軽々しく口にしないでください。エルフがラーナ様を崇めているのは秘中の秘なのです」
「へ? なんで? エルフしか信者がいないんだぞ? 実績にできるネタが他にないわけで……」
「もしこの件を口にすると言うならば、私はあなたをこの場で殺さなければいけなくなります」
手に持った短刀をギラつかせ、金髪娘は剣呑な目を俺に向けた。高校生くらいの少女にしか見えなかったが、腐っても剣を手にするような人間である。そこいらの女子高生とは迫力が違う。
こいつは本気だ。背中に冷たいものを感じて、俺はあっさりと主張を放棄する事にした。
「わ、わかった。誰にも言わない。誓うよ」
「あなたはとても口が軽そうなので信じる事は難しいのですが……。いいでしょう。私とて無抵抗の人間を殺めたくはありません」
金髪娘は見とれるような所作で短刀を鞘にしまった。目の前から刃物が消えてようやく胸を撫で下ろす。
「エルフの秘密を知っているあなたが、ラーナ様となんらかの関わりがある事は認めます。ですが流石に名代であるとまでは信じきれません。なにか名代である事を証明できませんか?」
じっと下から見上げる翠玉色の瞳を思わず覗き込んでしまう。こちとら生粋の日本人。色の付いた瞳なんてじっと見たのは初めての体験である。南国の海を思わせる深い碧は宝玉のように美しかった。
そこでふと我に返る。いつの間にやら俺達は、抱き合うような距離で見つめ合っているではないか。
瞳だけでなく、スベスベで柔らかそうな頬や、サラサラで良い匂いのしそうな金髪も気になり始める。個々のパーツの若々しさや、背徳感すら覚える華奢な体躯からして、年の頃は十六、七といったところか。今更ながらの感想だけど、この娘さん、とんでもない美少女なんじゃないだろうか。
素人童貞であるが故に、俺は金銭的な繋がりがない女の子が苦手だ。それも美人であればあるほど苦手意識が強くなる。この子が美少女であると気がついた途端に、どうにも見つめ合っているのが辛くなってきた。しかし、いくらなんでも高校生みたいな小娘に怯むのは情けないと、なけなしのプライドが俺を支えている。
「……俺は『託宣』を使ってラーナ様にすぐに会いに行ける。エルフとラーナ様しか知らない事が他にもあるなら、それを聞いてくるってのはどうだ?」
「『託宣』!? あなたはラーナ様の預言を得る事ができると言うのですか!?」
「あ、ああ、できる……はずだよ。たぶん」
あんまり強く確認されると不安になってくる。なんせ権能など一度も使った事がないのだ。
「それならば、私がラーナ様に願っている事を当ててみてください」
「そんなプライベートな事までわかるかなあ……?」
「私は何度もラーナ様に祈っています。ラーナ様なら絶対にご存知なはずです!」
ここまで強く言われては試してみるよりない。それに、犯罪者扱いをされているこの状況がいい加減煩わしくなっていた。ダメならダメで、あっちに行っている間にこの場から逃げ出す算段でもすればいい。
「わかった。じゃあ聞いてくるよ。君、名前は?」
「ラーナギル氏族ディアーナの娘ディーニです」
「な、長いな……ラーナなんとか氏族のディーニちゃんな。ちょっと待ってて」
「ラーナギル氏族ディアーナの娘です! 名前を適当に扱うなんてどれだけ失礼な人なんですか!」
顔を真っ赤にして怒っているディーニちゃんを放置して、俺はその場で胡座を組んで静かに目を閉じた。
まずは『託宣』の使い方を頭の中から引っ張り出す。なんと言う事はない。強く願うだけで隔世に至るという超簡単な権能だった。ただし、隔世に行っている間の肉体は無防備になる。目の前のディーニちゃんが脅威と言えば脅威だが、彼女のために赴くのだ。たぶん大丈夫だろう。
それっぽい祈祷も呪文の類いもなにもない。目を閉じたまま『ラーナ様に会いたい!』と願うだけである。我ながら胡散臭い。端から見守るディーニちゃんが訝しんでいる気配が伝わってくる。
すぐに俺の意識は、どこか遠いところへと誘われていった。
気がつくと再び白い空間にいた。
颯爽と異世界に旅立ったかと思いきや、あっと言う間に戻ってきてしまったのだ。さぞやラーナ様も呆れている事だろう。
前回と違って、白い空間の真ん中に焦げ茶色のなにかが転がっていた。よくよく目を凝らしてみると、それが俺の見知ったものである事に気がつく。あれは通称『人をダメにするクッション』。流行ったとまで言い難いが、一時期ちょっとした話題になったソファとも座椅子ともとれる一品である。俺も愛用していたから見紛うわけがない。
そのクッションにどっかりと体を預けて、幼女なラーナ様が漫画を読んでいた。なぜにクッション? どうして漫画? 疑問は尽きないが突っ込むべきところは他にもある。
寝転がるラーナ様は十二単を着ていない。どういうわけか体操服とブルマに服が替わっているのだ。ああ、くつろぐならやっぱり十二単はないよね、という妙な共感と、あれはお前のアイデンティティではなかったのか、という呆れが鬩ぎ合う。だいたい今どきブルマとかあざと過ぎるだろ。
「……あの。ラーナ様?」
「ん? おお! 吾郎か。随分と早い戻りじゃな」
「……そのクッションと漫画、それにその格好はなんなんですか?」
「なに。お前の記憶を覗いたであろう? 面白そうなものがあったから、妾の神力で再現してみたのじゃ」
なけなしの神力をなんちゅう下らない事に使っているのか。
まあクッションと漫画は良いとしよう。ちっとも良くはないが、俺の記憶を見たというなら興味を惹かれるのもわからなくはない。だが、体操着とブルマはどういう事なのか。
「この格好か? これもお前の記憶から掘り起こしたのじゃ。年若い娘であっても、これさえ着ていればお前は欲情するのじゃろ? この通り、幼い姿になってしまった妾じゃが、お前の逸物を勃てようと涙ぐましい努力を重ねておるのじゃ。どうじゃ? 一発ヤっていかんか?」
体操服の幼女は見せつけるように俺の目の前にお尻を突き出してくる。ツルリとしたブルマの生地感と、真っ白な裏ももが織り成すコントラストに思わず注目してしまう。
「ア、アホか! 俺が欲情していた体操着っ娘はああ見えて全員十八歳以上だ! 幼女がそんな格好したって本格的過ぎて逆に引いちゃうんだよ!」
ドキリとなど全然していない。本当だ。小三風情が俺を勃てようなどと、文字通り十年早い。小振りなロリ尻とか、触り心地の良さそうな太ももとか全然興味ない。だいたいこういう格好は『もう無理じゃね?』ってくらいピチパツな娘が頑張って着ていてこそ熱いのだ。
「ふん。つまらんな。それならとっとと神力を集めよ。ずっとお預けでは妾が欲求不満になってしまうわ」
「言われなくても集めますよ! それより俺の質問に答えてください! ラーナ様の信者の事です!」
まったくとんでもない女神様だ。そのうち男とか勝手に実体化させないか心配になってくる。
「ふむ? ラーナギルの娘か。その娘の事は良く知っておる。妾の事を慕う中々見所のある娘じゃ」
「ディーニちゃんの事を知っているんですね。それじゃ彼女の願い事もわかったりしますか?」
「もちろんだとも。彼の子の願いは『心から愛する男と出会い添い遂げる事』じゃ。なんとも微笑ましい願いであろう?」
本当にそんなお願いなのか? いや、別にディーニちゃんの願いを馬鹿にしているわけじゃない。ただ、あんまりにも普通過ぎて俺への課題とするには不適当に思えたのだ。
それに、あの年頃の娘なら将来理想的な恋愛をするものだと疑いなく信じているものだ。いつも祈っていると豪語するほど真剣に願っているというのがどうにもピンとこない。
「まあ、お前の常識ではそう思うであろうな」
「どういう意味ですか?」
「ふむ。まずエルフとは長命であるが故に、子が極端にでき難い種族である事を知っておく必要がある。緩やかに滅びに向かっている種族なのじゃ。妾はその事を憂いての、エルフにひとつの秘儀を授けたのじゃ」
「秘儀ですか?」
「『受胎』という神聖魔法じゃ。元になった『受胎告知』ならお前に与えた権能の知識にあるはずじゃ」
『受胎告知』。性交前の男女にそれぞれ術を掛ける事により、受胎率を著しく向上させる権能か。ほう、中々使えそうじゃないか。これなら子宝を売りにしてラーナ様をプッシュできるかも知れない。
「肝心なのは術の発動条件にある。最後まできちんと調べよ」
発動条件? えーと、術を施した男女の他に第三者の精液が必要? なんすかこれ?
「この権能の肝はな、精子と卵子を魔法で強化する事にあるのじゃ。ただし、強化を持続させるには外部から精力を供給する必要がある。それが第三者の精子と言うわけじゃ」
「つまりなんですか? 赤ちゃんが欲しかったら、旦那以外の男にも中出ししてもらう必要があると?」
「そういう事じゃ。この秘儀を授けてのち、エルフの村では乱交が常識となったのじゃ。エルフの掟では夫婦は作らぬ。適当に男女がまぐわい、できた子は村全体で育てる。エルフの身でひとりの男と添い遂げるのは中々覚悟のいる事なのじゃ」
なのじゃじゃねーよ。そんな破廉恥な文化がまかり通っているのは、ラーナ様が変な神聖魔法を伝えた事が原因じゃないか。ああ、なんだかディーニちゃんに申し訳がたたない。彼女のピュアな思いを邪魔しているのは、間違いなく目の前のビッチ女神様だ。
「ピュアな思いか……まあ間違ってはおらんが、お前は少し勘違いしているんじゃないか?」
「まだなにかあるんですか?」
「あのディーニという娘、お前より遥かに年上じゃぞ? 確か百二十はいっておったはず。お前が『ディーニちゃん』などと上から目線で相手するなぞ片腹痛い事よ」
ひゃ、百二十? 後期高齢者もビックリなご高齢じゃないか! なんかディーニちゃん……いやディーニさんの実年齢を知ると見える景色が変わってくる。『将来の夢はお嫁さん』と夢を語る中高生をイメージしていたが、こだわり過ぎな結婚観が邪魔して嫁き遅れている中高年のイメージが近くなってきたぞ。
「まあ、いずれにせよ、彼の子の夢を妾は応援しておる。それだけはキチンと伝えておけ」
俺がラーナ様の隔世から戻るとディーニちゃんが待ち構えていた。
「それで、答えは得られたのですか?」
「ええと、ディーニさんの願いは、『心から愛した男性と添い遂げる事』です……本当に申し訳ありません」
「なんで謝るのですか? それと急に敬語に変わったのも気になります……。まあ、いいですけど。確かにそれが私の願いです。あなた……ゴローと言いましたか。ゴローは本当にラーナ様の名代なのですね」
俺の複雑な胸中など知る由もなく、ディーニさんは満足そうに頷いていた。
だが、それも束の間。急にディーニさんの表情に陰が落ちる。
「あなたに尋ねて良いのかわかりませんが……。ラーナ様はやはり私を不快に思っているのでしょうか……?」
上目遣いで不安そうに尋ねるディーニさん。ハッキリ言おう。百二十歳とか最早どうでもいい。これは守ってあげたい系の可愛さだ。世界を敵に回せる系と言い換えても良い。この可憐な少女を守るためなら、エロビッチな悪神に反旗を翻してもなんの痛痒も感じない。
ディーニさんが心配しているのがなんなのか、なんとなく当たりがつく。恐らく彼女の村ではラーナ様伝来の乱交文化が受け継がれているのだ。
大勢の男とセックスしまくるのがラーナ様の教えだとディーニさんは思い込んでいる。純愛一途路線なディーニさんの願いは、その教えに真っ向から逆らうものだ。それがラーナ様の不興を買ったと勘違いしている。
「ラーナ様はディーニさんの願いを応援しているって言ってました。いや、それだけじゃ足りないな……。ええと、応援している事を間違いなく伝えろって俺に命じました」
「ホ、ホントですか……?」
驚きに目を見開いたディーニさんに、俺は大きく頷いて見せた。
ポロポロとディーニさんの大きな瞳から涙が零れ落ちてくる。儚い笑みとともに流れる喜びの涙。それはとても可憐で美しかった。嫁き遅れの中高年とか思ってゴメンナサイ。ディーニさんの心はピュアピュアでした。
「そうですか……なんだか救われた思いです。試すような事をして申し訳ありませんでした。私の事は呼び捨てにしてください。ラーナ様の名代ならば、ゴローの方が目上です」
「いやいや。目上だなんてとんでもない。ディーニさん百二十歳だっていうじゃないですか。そんな年上の方にタメ口とかきけませんから」
「わ、私の年齢を聞いたのですか!? ラーナ様はどこまで……も、もしかして私が処女である事も……?」
「いえ。それは初耳です……って、え!? 処女なの? さっきパンツ下ろして乱交しようとしてたじゃん!? 俺はてっきりアレス君の愛人のひとりだと思ってたよ!」
「し、してません! 愛人でもありません! さっきはひとりでしていただけです! ってあっ!?」
ポロッと零れた爆弾発言にディーニさんの顔が真っ赤に染まる。
ひとりでしていた。つまりオナニーか。俺は女の子が穢れない存在であるなどとは欠片も思っていない。トイレだって行くしオナニーだって普通にするだろう。そんな事を気にする狭量な男ではないのだ。だいたい目の前で乱交が始まったのだ、そりゃ思い余ってオナニーのひとつもしたくなる。
だが、ディーニさんはオナバレに激しく動揺していた。ここはフォローのひとつでもする場面かもしれない。
「気にする必要なんてありませんよ。オナニーなんて若いうちは誰だってしているものです……。ってディーニさんは百二十歳だった! 全然若くねえ!」
「ちょ、ちょっと……」
「むむむ。百二十年モノの処女とか考えてみたらとんでもなくね? オナニー歴一体何年だって話だよ? もしかしてマイスターなの? 世紀を跨ぐ熟練のオナニー職人なの?」
はっと気がついた時には既に手遅れだった。心の声がいつの間にか口から出ていたのだ。フォローするつもりだったのに、俺はとんでもないセクハラをかましてしまった。だって気になるじゃないか。百年越えの年月をオナニーだけで過ごした女の凄みという奴が。魔法使いどころか大魔王になっていてもおかしくない。
案の定というか当たり前にというか、ディーニさんは顔を俯かせたままテクテクとアレス君達の方へ行ってしまった。もしかしてまずいかもしれない。ディーニさんが『あいつやっぱり殺した方がいい』とか報告したら、あの黒髪が喜々として魔法を撃ってくるだろう。
「アレス、それにみんなも聞いてください。ゴローが何者かわかりました」
「ほう! よくやってくれたねディーニ。是非、報告を聞かせて欲しい」
「ゴローはラーナ様の名代で間違いありません。彼は『託宣』を用いて私しか知り得ない情報をラーナ様から得てきました。『託宣』を自由に操って神と対話できる者。名代以外には考えられません」
意外な事に、ディーニさんは淡々と事実だけを伝えていた。怒っていないわけがないのは、あの微妙な表情が物語っている。俺を庇うような言動や今回の報告から考えるに、彼女は真実に重きを置いた人間であるようだ。嘘や偏見、憶測などといった真実を歪める要素を慎重に選り分ける事ができる冷静さを持っている。堅物だが真摯で信頼できる人間である事は間違いない。
それに、ラーナ様に関する事を色々知っているというのが心強い。あんな事をしてしまってどの面下げてって話ではあるが、この世界に頼る者のない俺としては、是が非でも友好を築いておきたい相手である。
俺はディーニさんの腕を引いて、再び石柱の陰へと誘った。
「ごめんなさいディーニさん。さっきの暴言には気を悪くした事だと思います。信じてもらえるかわかりませんが、決して悪気があったわけじゃないんです」
「……」
「できれば、今後もお付き合い頂けたら嬉しいです。俺はほら、異世界人ですから、この世界の事は殆どなにも知らないんです。ご迷惑をお掛けしちゃうかもしれませんが、どうか、ラーナ様のよしみという事で」
ひたすら頭を下げる俺をディーニさんは感情の伺えない目で見つめていた。
「……許しても構いませんが条件がありあます」
「なんなりと」
「ひとつは私の事は他言しない事。その……経験がない事も、ひとりでしていた事も全部です」
「もちろんです。誓いますとも」
「それともうひとつは……その気持ち悪い敬語をやめてください。確かに私はゴローより年上ですが、お婆ちゃん扱いされるのは我慢なりません。一説によるとエルフの体感時間はヒトの四分の一であるといいます。あなたが一季節過ごす感覚で私達は一年を送っているのです。その計算に従えば私の精神年齢は三十歳。たぶんあなたより年下だと思います」
その荒唐無稽な話は本当なのだろうか。エルフと人間のために誰かがついた優しい嘘なんじゃないだろうか。だが、それを検証するのは野暮ってものだ。彼女が差し出してくれた手をありがたく握らせて頂く。
「わかった。ディーニの推測通り、その計算なら俺達は殆どタメだ。対等の立場でいこう」
俺は三十七歳。ちょっぴりサバ読んじゃったけどこれくらいは許して欲しい。俺は握手を求めて右手を差し出した。その手をディーニは不思議そうに見つめている。しまった。握手の習慣はこの地にはないらしい。
「これは握手といってな。俺の世界では友好を認め合う時には、お互いの右手を固く握り合うんだ」
「て、手を握り合うのですか!? そ、それは……いえ、風習は種族によってそれぞれでしたね。ここはヒトの領域。ヒトの習慣に従うのが道理です」
怖ず怖ずとディーニは右手を差し出した。すかさず、俺はその手を固く握りしめる。折れてしまいそうな繊細な手だった。こんな手で剣を振るうというのがとても信じられない。
なぜかディーニが顔を真っ赤にしていたが、俺は握り合った手をブンブンと揺らした。
嬉しかった。些細な事だけど、俺がこの世界に刻んだ最初の絆なのだ。
かくして、俺がラーナ様の名代である事は証明された。
これにて一件落着といきたいところだが、やはり全てが丸く収まるほど世の中は甘くなかった。
「ディーニには悪いけど、ボクはこんなオッサンが女神様の名代だなんて信じないよ」
青髪の神官──クレアが、俺が女神様の名代である事を頑なに認めないのだ。おまんこを見られた事をまだ根に持っているのだろうか。いい加減大人げない女である。
ちなみに、もうひとりのおまんこを見られた被害者、黒髪の魔法少女──ルルの方は一転して俺になにも言わなくなった。無視しだしたと言った方が正しいかもしれない。
態度を変えた理由は、アレス君が俺を名代と認めたからだ。あれだけ殺す殺す喚いていた奴だけにどうにも薄気味悪いが、ルルが優先しているのはアレス君の歓心を買う事だけのようなのだ。だから、アレス君に同調してあっさりと怒りを引っ込めてしまった。怒っていたはずなのに、実利のために退いて見せたのである。
見た目はロリロリだが、ルルはかなり計算高い女なのかもしれない。
話を戻そう。
俺の事を決して認めないクレアに真っ向から対峙したのはディーニだった。
「いいえ。間違いなくゴローは名代です。クレアも神官ならばわかるはずです。『託宣』を自由に使う存在が何者であるかを」
「その『託宣』が怪しいんだよ。ディーニの事を事前に調べていたのかもしれないだろ? 事前に調べていた事をそれらしく語る。詐欺師がよくやる手口じゃないか」
ディーニが俺を弁護してくれているのは、名代と証明した立場があるからなのかもしれない。それでも、誰かが味方に立ってくれているのは心強い。だが、残念ながらディーニがいくら正論を吐いても意味はないだろう。
なにを言ったところでクレアに聞く耳など最初からないのだ。もはやクレアの俺に対する拒絶に理屈は通じない。いわゆる生理的に受け付けないという奴だ。女の子はコレがあるから面倒臭い。たった一発地雷を踏んだだけで、決して解消する事のないヘイトを買ってしまうのだから始末に負えない。
さて、なんで俺が名代である事を巡って熱いバトルが展開しているのか。
それは、アレス君達に同行させて欲しいと、俺がお願いした事に端を発している。
俺達がいるこの神殿は、人里まで最低でも一日は歩き続けなければならない辺鄙な場所にあるのだそうだ。俺としては、とっとと人の沢山いる場所に行って生活の基盤を整えたいところなのだが、ひとりではここから移動する事も儘ならない。右も左もわからない上に、モンスターや盗賊が跋扈している荒野を生きて渡れるとは思えないからだ。
そんなわけで、アレス君達にコバンザメよろしく付いて行きたいのだ。少なくとも人里までは。
その旨を願い出たところでクレアが吠えだした。『こんな素性不明の不審者を同行させるわけにはいかない』と。それに反論したのがディーニだ。『ゴローは名代なのだから素性不明などではありません』と。
要するに俺を同行させるか否かが話の本質というわけだ。ある意味、俺の生死が掛かっていると言っても言い過ぎではない。
この場で裁定を下すべきはパーティーリーダーのアレス君だが、彼は難しい顔をして黙り込んでいる。
いや、彼の立場はわかる。彼としては別に俺を同行させる事に反対はしていないのだろう。だが、仲間のひとりであるクレアが反対するとなると話は別になる。彼らとて目的があって行動しているのだ。
アレス君達は冒険者だ。受けた依頼を遂行する事をなによりも優先しなければならない。今回受けた依頼は、この神殿からまる一日ほど歩いた場所にあるギリル村へ赴き、脅威となっている盗賊を討伐する事だそうだ。確実に血を見る事になる依頼を前に、こんな所でパーティーに不協和音を鳴らす道理はないのだ。
クレアとディーニの主張が平行線のまま膠着状態になると、アレス君はようやく重い口を開いた。
「クレアはゴローさんが名代であるか疑っているから、連れて行くのに反対しているんだよね?」
「そ、そうだよ。怪しい人間を連れて歩けるほどボク達に余裕はないからね」
「じゃあ名代としてのゴローさんに手を貸してもらうっていうのはどうだろうか? 女神様のお力で、逆に僕達を手助けしてもらうんだ。ゴローさんにそれができるならクレアも納得できるだろ?」
「そ、それは……まあ……」
「クレアが僕達の事を思って憎まれ役を買って出てくれている事はわかっているよ。本当に感謝しているんだ。だけど今回ばかりは僕の我が儘を聞いて妥協して欲しい。ダメかな?」
アレス君の案は落としどころとして中々悪くないものだった。ディーニにもクレアにも一定の妥協を強いているからだ。事実、ふたりともアレス君の提案に文句はないようである。
確かに良い案だ。だが、良い案だから双方納得したと言いきるには、俺が納得いかない。
最後の最後でかました、アレス君のイケメンフェイスをフル活用したセリフで、全てを決した感が拭えないのだ。実際、あれだけ噛みつきまくっていたクレアが乙女のように頬を染めて俯いている。
無性に腹がたつのはなぜだろうか?
「ゴローさん。そんなわけで、申し訳ないのですが僕達に力を貸して頂けないでしょうか? それが連れて行く事の条件になります」
「力を貸すねえ……」
元よりタダ乗りとはいくまいと思っていた。なんらかの代価を支払う事は覚悟していたのだ。だが、アレス君が要求してきたのは、なにか権能を使って手助けする事だ。俺としては身銭を切らないだけこっちの方が助かるわけだが、正直どんな権能が使えるのか把握しきれていない。
「少し時間をくれるか? 俺になにができるか検討させてくれ」
「はい。夜明けまではまだまだ時間があるから大丈夫ですよ」
俺は使えそうな権能がないか頭の中を総ざらいしてみた。権能の名前から効果を予測して詳細を調べるしかないのがもどかしい。
まず戦闘に使えそうなものを探し、次にパーティーを支援できるものがないか探した。
結論から言うと、ラーナ様の権能は癖が強過ぎて全く実用に適わないものばかりだと知れただけだった。
一例をあげよう。
『発憤興起』という権能がある。
これは周囲の人間の理性を奪い、狂奔状態にしてしまう権能だ。
一見するとありふれた支援魔法の類いに思えるが大間違いだ。なぜなら、術を掛ける対象を選択できないから。多少の増減は効くが、術者を中心にした一定の範囲に満遍なく効果を及ぼしてしまう。もちろん、敵味方関係なくである。どう考えても使い勝手が悪過ぎる。
どんな場面なら有効に使えるのか考えてみた。残念ながら、ひとつだけ有効な使い道がある事に気づいてしまう。恐らくだが、こいつは乱交を支援するための権能なのではないだろうか?
『身体硬化』という権能もある。
体の硬度を自由に変更できる身体強化系の権能だ。
身体強化とか異世界魔法の定番中の定番である。肉体を鋼に変えて無双するとか、中二病チックで実にワクワクする。だがよくよく調べてみると効果範囲が微妙過ぎる事に気がつく。場所は自由だが、体の末端部から二十センチ以内しか効果が及ばないのだ。辛うじて拳だけならって範囲である。手首の関節までは強化されない事を考えると、実用的にはとても使えない。
色々考えてみたのだが、もしかしてちんちんを硬くするための権能なのではないかと思い始めている。
こんな残念権能しか出てこなくて俺は絶望した。アレス君に手を貸せないのはもちろんだが、こんなネタみたいな権能に頼って異世界を生きようものなら、間違いなく俺は野垂れ死ぬ事になる。
ラーナ様に本気で殺意を抱き始めた俺だったが、ふと気がついた。
ラーナ様は森と生命の女神。これまで見てきた微妙な権能は、生命──の創造。要するにセックス──に関わるものばかりだ。きっと森に関連したなにかもあるのではないだろうか、と。
森に絞って探してみると、やはりあった。しかも他の微妙な権能とは比べようもない、超絶チート級の凄い権能である。これを使えばアレス君のオーダーを間違いなく遂行できる。
俺はディーニに頼んで周辺の地図を広げてもらった。
「目的地のギリル村はここから東にあるんだよな?」
「ええ。位置的には東です。ただし街道は南に伸びていて大きな半円を描いています。この神殿とギリル村の間は深い森に覆われているからです。街道は森を迂回するように引かれています」
「街道を道なりに辿ると歩いて一日ってとこだっけ?」
「そうなりますね。夜明けとともに出立すれば日暮れの鐘が鳴る前には到着すると思います」
俺はわざとらしい問答をディーニとしていた。これもプレゼンの一環である。律儀に付き合ってくれるディーニにはホントに頭が下がる思いだ。
「じゃあこの森を突っ切るってのはどうだ? かなりのショートカットになるけど?」
「それは無謀と言うものです。この森は深く、踏み込んだら間違いなく方向を見失ってしまいます。それに魔物や獣の存在も無視できません」
「仮に迷う事なく森を真っ直ぐ抜けられるとしたら? 魔物や獣もなんとかなるとしてだ」
「それが可能なら……うまく行けば昼半ばの鐘に間に合うかもしれません」
『昼半ばの鐘』とは『日の出の鐘』と『昼の鐘』の中間で鳴らされる鐘だ。おおよそ午前九時前後。丸一日掛かるはずのところをここまで縮められれば、それなりに価値がある。
俺はアレス君に顔を向けた。
たぶん凄いドヤ顔をしていたのだと思う。俺がなにを言うのかアレス君はワクワクと待ち構えていた。
鬱蒼とした木々の間を俺達は歩いていた。
結局、アレス君は俺が提案した森を突っ切るルートを採用した。おかげで、こうしてアレス君達のパーティーと行動をともにする事ができている。俺の思惑通りに事が進んだわけだが、それでも想定外だった事がある。
ここは森なんて生易しいものではなかった。樹海だ。腐葉土で覆われた地面は不規則に隆起していて、歩くだけで著しく方向感覚を狂わせてしまう。
立ち込める霧も酷い。視界は良くて十メートル。その先は乳白色が全てを覆い隠している。当然、太陽の位置すら覚束ない。確かにディーニの言う通り、無策で挑めば遭難必至の土地だった。
そんな大自然の罠を前にしても、俺に不安はなかった。俺が見出した最強の権能。『森域把握』が圧倒的な力を発揮しているからだ。
今、俺の頭の中にはこの森の詳細な三次元マップが展開している。拡大縮小も思いのまま。植生の分布やら、森に住まう獣達の動向まで、選択的にプロット可能な超高性能なレーダーマップである。当然、自分達の現在位置もばっちり把握できる。
こいつの更に凄いところは、特定の鳥や獣をフォーカスする事で、聴覚や嗅覚や視覚までも間借りできるのだ。気になる箇所があったら、付近の小動物の目を監視カメラのように借りる事ができる。見えなくても匂いを嗅ぐ事が、音を聞く事ができる。まさに森を統べる女神が持つに相応しい権能である。
「おっと。二百メートル先に狼がいるな。下草の中に潜んで待ち伏せを狙っている。群れの規模は……全部で五匹。配置と周辺の地形はこんな感じだ」
俺は地面の上に手早く簡略図を書き上げて見せた。
「狼ですか……背後を突かれるとやっかいですね。いっその事、こっちから襲撃して後顧の憂いを断ちましょう。ルル、それとディーニ。僕が正面から接近するから、ふたりは横合いから矢と魔法で攻撃を頼む」
「「了解」」
「ねえ、ボクは?」
「クレアはゴローさんの護衛だ。ここで待機してて」
「……わかった」
明らかにクレアは不満そうだったが、とりあえず全員が頷いた。アレス君とディーニ、それにルルの三人が霧の中へ駆けていく。
めっちゃ不機嫌なクレアと俺だけが取り残されたわけだが、実にいたたまれない空気である。仕方ないので俺はクレアの存在を無視して、アレス君達の動向を『森域把握』で追う事にした。
頭の中の地図上では、二手に分かれたアレス君達が狼の集団を挟み込むように移動していく。当然の如く、アレス君やディーニが見ている光景も見る事ができる。
まるっきり最先端の戦域情報システムである。ど派手な攻撃魔法でも、強力無比な剣でもないが、戦場のあらゆる情報を得られるこの力は、間違いなく最強チートと言えるだろう。
ただ惜しむらくは、この権能が使えるのは森の中だけという事だ。街中や平原でも使えれば常勝無敗の大将軍でも目指すところだが、森の中限定ではそうもいかない。
暫くするとアレス君達三人が戻ってきた。三人とも特に怪我をしていなかったので、俺達はすぐに森を踏破するための歩みを再開した。
「しかしゴローさんの権能は本当に便利ですね。うちのパーティーにスカウトしたいくらいですよ」
「ははは。アレス君はおだてるのが上手いなあ」
「ふん。どーせインチキに決まっているよ。こんな胡散臭いオッサンを信じるなんて全然理解できない」
「ははは。クレアちゃんは相変わらずだなあ」
文句タラタラのクレアだが、アレス君経由とはいえ一応は俺の情報を受けて行動している。変な意地を張って暴走しないだけで及第点としておこう。
一方のルルは俺の存在をガン無視してアレス君に媚びを売りまくっている。シカトされるのはかなり心が抉られるが、こちらも要はアレス君さえ押さえておけば良いのだ。楽っちゃ楽な話である。これくらいの気分の悪さは我慢しよう。
やっぱり俺の癒やしはディーニだ。俺とも普通に会話をしてくれる女の子は彼女だけである。もっとも、誰に対しても事務的な喋り方な彼女であるから、俺への対応も特別心躍るものではない。でもいいんだ。他の人と同じように喋ってくれるだけで俺は満足だ。
夜明けとともに始まった森を横断するショートカット作戦は、足場の悪さに辟易しつつもかなり順調に推移していた。やはり殆どズレる事なく一直線に森を横断できるアドバンテージはでかい。
獣の類いもかなり先行して見つける事ができるから、避けるも奇襲するも思いのままである。二時間ちょっとで既に行程の八割を終えるハイペースだ。この分だとギリル村で温かい朝食にありつく事さえ可能だろう。
歩き慣れていない上にサンダル履きな俺の足は、ちょっと前から痛みを訴え始めている。だけど、そんな事は気にならないくらい気分が昂揚していた。
異世界の森という未知の空間に興奮しているのもあるし、冒険者然としたアレス君達と一緒にいる事でテンションがあがっているのもある。なによりも、上手い具合に権能がはまっている状況にやる気が漲っていた。
俺ってこんなに承認欲求の強い人間だったっけ、と自分でも驚くのだが、やはり一流冒険者っぽいアレス君達に認められるのは男の子的に満足度が高い。俺までいっぱしの冒険者になった気分を味わっていたのだ。
そう。この時の俺は、権能という超能力が突然使えるようになって調子に乗っていたのだ。降って湧いたチートに溺れるなど、いかにもありがちな噛ませ犬パターンだが、俺は見事なまでにその典型に陥っていた。
「ちょっと待って! なんだか様子がおかしい」
突然アレス君が立ち止まって鋭い声をあげた。瞬時に緊張感を高める冒険者チーム。
俺も一応脳内マップで周囲を調べ直してみるが特になにも見つからない。その事を根拠に俺はすぐに警戒を解いていた。「なにもないよ」とアレス君に言いかけてすらいたのだ。
だが、その認識はすぐに塗り替えられる事になる。
突然俺達の周りに人影が立ち上がった。ひとりやふたりではない。二十は下らない人影が急に現れたのだ。いつの間にか、俺達を中心とした全周囲に散開している。完全に囲まれた形だ。
「な、なんでだ……? なんで反応がなかったんだ……?」
「だからインチキだって言ったんだ。こんなオッサンを信じたから一気にピンチじゃないか」
クレアがここぞとばかりに俺をディスる。格好いい事に、文句は口だけで周囲から目を離すような隙は一切ない。そんなクレアの態度が俺を冷静にしてくれた。改めて敵の姿を確認するだけの余裕ができたのだ。
それで腑に落ちた。確かにこいつらは見つけられない。
『森域把握』は森の中で生きる全てのものを感知できる権能だ。その対象は木であり、獣であり、人間であったりもする。
だが、死んだものは対象ではない。例えば折れた枝とか、動物の死体とか、そんなものは探知できない。それは必然でもある。突き詰めれば、森の土など動植物の死体によってできているのだから。
唐突に現れ周囲を取り囲んだ人影、その正体は腐りかけの死体だった。俺達は生きる屍の餌場に、まんまと踏み込んでしまったのだ。
目の前に現れた生きる屍のみなさんは実に熟成の進んだお姿をしていた。黒だか茶色だか紫だかに変色した肌にはウジ虫が湧き、指だの耳だのどこかしらパーツを欠損している。内蔵がごっそり抜け落ちた方、眼球を水飴みたいに垂らしている方までいらっしゃる。
総じて言えるのは、キモくてグロくて臭い。触れるのも憚られる不浄さだ。正直言って吐く寸前である。
顔を顰める俺にディーニが注意を促す。
「動きが鈍いからと、生きる屍を舐めない方がいいですよ。ああ見えて彼らは狡猾です。ゆっくり動いているのは腐乱した肉体を壊さないためです。生者を食い殺せる間合いになったらその限りではありません」
「って事は、ああ見えて元気に跳ね回る系のゾンビかよ……」
このトロさなら逃げ切れるかもと思っていた俺の考えはあっさり否定されてしまった。近寄る事すら身の毛のよだつ相手だけに、どう戦えばいいのか全く想像ができない。
忌避感以外なにも出てこない俺を余所に、ルルが静かな声で詠唱を始めた。
「静たるは水、勢たるは炎。壌たるは地、浄たるは風。四柱の理に干犯せし魔道の徒がここに命じる……」
中二病くさい詠唱にギョッとしてルルを見たのは俺だけ。冒険者チームはそれが当然の事であるように詠唱を背にしたまま構えを崩す気配もない。
「……出でよ浄化の炎。我がマナを糧に炎の鞭を顕現せん」
詠唱の完成とともにルル以外の全員がその場に跪いた。ぼーっと突っ立っているだけだった俺も、ディーニに手を引かれて強引に座らされてしまった。
直後、頭上に掲げたルルの腕から炎が一直線に伸びていく。そのままルルが大きく腕を回転させると、鞭のようにしなりながら炎が周囲をなぎ払う。俺の頭の上も火炎放射器で放たれたような炎が通過していった。
気がつくと、俺達の周りにいた生きる屍の尽くが燃えていた。三百六十度全周である。肉が焦げる嫌な臭いが周囲に充満する。
やっぱ魔法はすげえ。今の一撃であっと言う間に半分を無力化しやがった。
「水と生命の美神アクア様。あなたの忠実な僕が願い奉ります。不浄を清める力を我らにお与えください」
ルルの手から炎が消えたタイミングだった。拳を胸に押し当ててクレアが清らかな声で祈りを捧げる。途端に全員の武器が水を纏ったように蒼白い光に包まれた。
アレス君とディーニ、それにクレアの三人が立ち上がると同時に散開する。取り残されたのはルルと俺のふたりだけだった。
右前方に向かったアレス君が剣を振るうと生きる屍が真っ二つに両断された。左前方ではディーニの刺突で胸に穴が穿たれる。背後に回ったクレアがメイスを横に薙いで腐った上半身をどこかへ弾き飛ばす。
俺が戸惑っているうちに本格的な戦闘が始まっていた。アレス君達は俺とルルから敵を遠ざけるように外へ外へと広がっていく。ハッキリ言って強い。生きる屍の包囲がどんどん外に追いやられていく。
残された者同士というのもあって、俺は隣に佇むルルをチラリと盗み見た。杖を構えているが、ルルは今にも倒れそうなくらい顔色が悪い。びっしょりと汗に濡れているのもあって、まるで熱でもあるみたいだ。
「な、なあ。大丈夫か? なんだか体調悪そうだけど……」
「……大丈夫です。マナを限界まで使ってしまっただけです。少し休めば回復します」
戦闘中だからか、それとも余程俺が心配顔をしていたからか、ルルはシカトせずに答えた。マナは魔法を使うための原資。それを限界まで使ったって事は、あの炎の鞭は大技だったって事なのだろう。
パーティーの危機を救うためにリスクを恐れず力を使った。一言で言えばそういう事だ。それは前線で戦うアレス君達も同じだ。
いくら有利に戦いを進めているといっても多勢に無勢、全くの無傷というわけではない。アレス君達の肌にも血が滲むような傷が目立ち始めている。
なにより、返り血というか返り腐れ肉が酷いのだ。腐乱死体をぶっ壊すと盛大に残骸を浴びる事になる。前線の三人は腐肉と汚水に塗れていた。それでもなんら躊躇する事なく生きる屍の破壊に邁進している。
生きる屍の数が減り安全が確保されていくに従って、俺は居心地の悪さを感じ始めていた。権能などという自分のものでもなんでもない力で調子に乗った末に、俺では対処できない状況を作ってしまったのだ。
結果、アレス君達に泥臭い仕事を押し付ける事になってしまった。
親会社の天下り役員が、唐突に上役としてプロジェクトに絡んできた時を思いだす。現場を知らない癖にあれやこれやと余計な口を挟みまくって、現場に盛大な尻ぬぐいを強いた豚野郎である。あいつと同じような事を俺はしているんじゃないだろうか。
アレス君達の華麗な武技を遠目に見ながら、俺はモヤモヤとした思考に囚われていた。
そんな折だった。
いきなりルルの真後ろでボコリと地面が割れた。直後、中から腐った腕が飛び出し、ルルの足に向かって伸びていく。当の本人は全く気がついていない。さながらゾンビ映画のワンシーンを見ている気分だった。シムラ後ろー! のアレである。反射的に俺はルルに飛びついていた。
「!? な、なにをするんですか!?」
俺とルルはもつれるように地面に倒れた。ルルが驚きに目を見開く。愛らしいロリ顔が歪んで嫌悪感が顔いっぱいに広がっていく。突然キモイ中年男に押し倒されたのだ、その心境は痛いほどによくわかる。
だが緊急事態だ、許して欲しい。ロリ尻に股間を押し付ける事になっているが、決して狙ってやっているわけではない。
ルルと場所を入れ替わる形になり、俺の足を腐った手が掴む。肌を這い回るウジ虫の感触。鋭く尖った爪だか骨だかが、俺のふくらはぎに引っ掻き傷を刻む。穴の中に引っ張り込むつもりなのか、強い力が足に掛かる。あっという間に半身分の距離を引きずられてしまった。
こうなっては俺も必死だ。引っ張り込まれてなるものかと、ルルのズボンに手を掛けてなんとか抵抗する。
「ちょ、ちょっと! やめて! ズボンを引っ張らないでください!」
一方のルルも必死である。既にズボンはずり下がり可愛らしいショーツがコンニチワしている。
一応言っておくとコットン素材のピンクの下着だ。この異世界には、綿パンとはいえそれっぽい女性下着があったのだ! ……ってそんな事はいい。俺は、腐った腕を振りほどこうと必死で蹴り続けた。
俺の粘りが効いたのか、僅かに引き込む力が弱まる。代わりに土を割ってゾンビ的な上半身が這い出てくる。土の中の死体ってこんな感じだよねという予想を裏切らないビジュアル。ボロボロと零れる土塗れの腐肉はミミズだのナメクジだのの集合住宅と化し、ぽっかり空いた眼窩からはでっかいムカデが這い出てくる。
震え上がるほどおぞましい姿だ。真面目な話、キモさのホームラン王ゴキブリが可愛く見えるレベルである。
「リ、生きる屍!? こんな所に潜んでいたなんて……」
危機的状況にある事を認識したルルが驚きの声をあげる。俺が痴漢ではない事を理解してもらえたのは喜ばしいが、ルルは動揺して動きを止めてしまった。そんな状態じゃまずいんだよ。俺は必死に声を張りあげる。
「なんでもいい! こいつをやっつける魔法は使えないのか!?」
「じゅ、十秒稼いでくれれば……」
「よし! 十秒くらいなら粘ってみせる! マジで頼んだぞ!」
こうなったら気持ち悪いとか言ってられない。
俺はルルのズボンから手を離した。生きる屍に引っぱられるままに湿った腐葉土の上を滑っていく。勢いに合わせて、もう片方の足で腐った頭を踏みつける。グシャリと果物が潰れるような音とともに、俺の足が頭にめり込んだ。中に詰まっていた虫さんが一斉にワサワサと這い出てくる。最高に気持ち悪い瞬間だった。
突き刺さった足を基点に、掴まれている足をしっちゃかめっちゃかに動かす。頭へのダメージが効いたのか、思ったより簡単に足の拘束が解かれた。
そのまま肩の辺りに渾身の蹴りを叩き込むと、腐った腕が脱落して宙を舞う。腐りかけの見た目通り、簡単に部位欠損を起こすくらいこいつらは打たれ弱いようだ。
「……出でよ浄化の炎。我がマナを糧に消えぬ炎を顕現せよ」
ルルの詠唱が完成した。唐突に生きる屍の体に火が灯る。さっきの炎の鞭みたいな派手さはない。まるで蝋燭のような頼りない火勢だ。それでもブスブスと煙を吐きながら生きる屍の体を着実に焼いていく。
当然の事ながら、腐った頭に足を突っ込んだままの俺もその火に炙られる事になる。
「熱っ! ちょっと、マジで巻き添えで焼かれそうなんですけど!」
ガシガシと蹴りを入れて足を抜こうとするが、思うようにいかない。火に炙られて俺のすね毛が線香のように燃え始めている。
本格的に焦り始めた俺の前に、すっと白い手が伸びる。ルルだ。
限界を超えて魔法を使ったからか、さっき以上にグロッキーだ。それでも蒼白い顔を苦痛に歪めながら、俺を引っ張り出そうと手を伸ばしている。
この時ばかりは、いけ好かない面食い小娘であったルルが天使に見えた。
俺がルルの手を両手で掴むと、力強く引いてくれる。ルルの助力とタイミング良く入った蹴りのおかげで、火傷する直前で俺は足を抜く事に成功した。
暫く火を纏ったまま動いていた生きる屍だが、やがて動きを止めるとそのまま静かに焼き崩れていった。その様子を眺めながら、俺はへたり込んだままゼエゼエと肩で息をする。人間、追い込まれればなんでもできる。今思うと、よくあんなキモイ頭を蹴りつけられたものだ。
「……先程は助かりました」
俺の背後に立っていたルルが小さな声で呟いた。目すら合わせない不意打ち気味な一言。
ルルはそれだけ言うと、すぐに俺から興味を失って相変わらず戦闘中のアレス君へ視線を向けてしまった。
だが、俺には十分だった。我ながらチョロいと思うがこればかりは仕方ない。調子に乗り過ぎて犯した失態を、僅かばかりでも拭えた気がしたのだ。下らない自己満足だが、ラーナ様のものではない今ある俺の力だけで抵抗してみせ、結果としてルルが感謝をしてくれた。これ以上ない成果である。
救われた思いだった。この時の俺は、ルルと虫だらけの生きる屍君に感謝すらしていたのだ。
十分ほどでアレス君達は全ての生きる屍の破壊を終えた。
前線に出た三人は、それほど大きな怪我は負っていなかったが、見た目は酷い有様だった。腐肉と汚水を体中に浴びてデロデロのドロドロである。そんな姿ながらも爽やかな笑顔で、アレス君は俺に話し掛ける。
「そっちに一体出た時はどうしようかと思いましたよ。ゴローさんが上手く対処してくれて助かりました」
「……いや、俺は無我夢中で転がり回ってただけだよ。やっつけたのはルルちゃんだ」
忸怩たる思いというやつである。
検知能力に穴がある事など気づきもせずに、俺は『森域把握』を全面的に信じきっていた。結果、見事に生きる屍の巣を引いてしまったのだ。その瞬間まで『周囲に敵なんかいない!』と自信満々に思い込んでいたのが更に痛い。穴があったら入りたいとは正に今の俺のためにある言葉であろう。
「とにかく、身を清めたいですね。ゴロー。この付近に川や泉はないのですか?」
アレス君同様にドロドロに汚れたディーニが聞いてくる。美しい金髪も今や腐肉塗れで灰色に変わっていた。その痛々しい姿を見るとますます心が萎縮していく。
「あ、ああ……ええと、ちょっと待ってくれよ」
権能を使う事に妙な気恥ずかしさすら感じ始めていた。碌に知らないくせに、得意気に使っていた自分が死ぬほど恥ずかしい。若者ならいざしらず、いいオッサンがそんな状態にあったのだから始末に負えない。
それでも任された仕事をこなすために、『森域把握』で地形を探る。丁度よさげな小川が森の出口付近に流れているのをすぐに発見した。ギリル村へ向かう途中にあるというのも都合がいい。
「……森の境界付近に小川がある。ここからなら五分くらいだ。とりあえず行ってみようか」
樹海の底を縫うようにその小川は流れていた。腐葉土が流れ出てしまったのか、一段低くなった川筋は溶岩石みたいなゴロゴロした岩に囲まれている。水深は膝丈くらい。意外と水量は豊富なようである。
河岸に立つひときわ大きな岩石の上に座って、俺は遠くを眺めていた。
アレス君達と違って、俺はゾンビを蹴飛ばした足しか汚れていなかった。川に着いて早々ちゃっちゃと汚れを洗い流してしまったのだ。その上で、みんなが水浴びをしている間は見張りに立つと告げた。
アレス君達が頑張って泥仕事してくれた事を労いたいという思いが七割。残りの三割はひとりになりたかったからだ。どうにもいたたまれない感が消えない。
そんなわけで、俺は岩の上で見張りをしている。基本はこれまで通り、『森域把握』の脳内マップによる監視だ。しかし、最早これだけに頼る気にはなれなくなっていた。
高いところに上ったのは、自分の目でも確認しなければ気が済まなかったからだ。
少し高いところにいるからか、風が心地よい。森もここまで来れば霧はかなり薄い。時折吹く強い風で噴き散らされて、青空すら見える事があるのだ。
顔を覗かせた太陽がきらきらと水面を輝かせて目に眩しい。樹海の鬱屈とした雰囲気はここにはなく、穏やかで静謐な空気が流れていた。
脳内マップを確認すると、アレス君とクレア、それにルルの三人が右側で水浴びをしている。一方、岩を挟んだ左側で水浴びしているのがディーニだ。どちらも俺の場所からは視線が通らない。
まあ、俺の目から隠れるためにわざわざ離れたのだ。見えなくて当たり前なわけだが、生きる屍に襲われた記憶もまだ鮮明な折である。目を離していて本当に大丈夫なのかと不安になってしまう。
あ、そうだ。『森域把握』を使って、アレス君の目を借りてみたらどうだろうか。
いや、決してクレアとルルの裸を見たいとか、そういう邪な思いを抱いているわけじゃない。あくまで危険がないか確認したいだけだ。本当の本当に。
俺はマップ上のアレス君と思われる光点に意識を集中した。
その光点に吸い込まれていくような感覚とともに、俺の視界が唐突に切り替わる。
ふたつの真っ白なお尻が目の前で揺れていた。
いきなりのお尻登場である。流石の俺もこれには驚く。
左側のお尻はアレス君の左腕でガッチリとホールドされていた。そうした上で何度も腰を打ちつけている。子細まで見えないがわかる。当然、ちんちんを挿入しているのだ。一方、右側のお尻にも手が伸びている。柔らかそうな尻肉を掻き分けて女の子の穴を指で掻き回している。
呆気にとられる光景である。羨まけしからん事に、アレス君達はまたもや乱交に及んでいたのだ。昨日の今日だというのに、こいつら本当に猿すぎる。
クレアとルルは岩に手をつく立ちバックの姿勢でお尻を向けていた。左側のちんちんを突っ込まれているのがクレアで、右側の指を突っ込まれているのがルルだ。
それにしても景気よく腰を振っているな。見ているだけでパンパンと音が響いてきそうだ。おっと、そういえば『森域把握』は聴覚も借りられるんだっけ。折角だからちょっと拝借してみよう。
「アレスっ、い、いつもより大っきいよっ興奮してるのっ?」
「すまないクレア。どうにも戦闘で高まってしまってね」
視線が右の尻に動く。ぐちゃぐちゃと音を鳴らしながら、アレス君の指がルルの中を激しく抉っていた。
「ふあっ、そ、そんなに乱暴にしないでくださいっ」
「ふふふ。ルルも凄い濡れ方だよ。怖い思いしたからその反動かな?」
「は、はい、たぶんそうです……」
「それとも、ゴローさんに押し倒されてその気になっちゃったのかな? まるでお姫様を守る騎士のようだったものね?」
「そ、そんな事ないです……わ、私の騎士様はア、アレスさんだけです……」
アレス君はクレアからちんちんを引き抜くと、間髪入れずにルルに突き入れた。空いたクレアのおまんこには、即座に二本の指を突っ込んでいる。ふむ、できる男は女の子のフォローが上手いと聞いた事があるが、こういう事なのかもしれない。
「ふあああっ! 大きいですぅ! こ、こんなので突かれたらっ……」
「ふふふ。気の多いルルにはお仕置きだよ。壊れるまで突くからね」
「そ、そんなっ、あんっ気が多くなんて、ありませんっ、酷い事、いわないでっ」
エロい気分を盛り上げるために俺をダシにするのマジでやめて頂きたい。凄く切なくなるじゃないか。なんともやるせない気分なのに、なぜか俺のちんちんはフル勃起状態なのが哀しい。心では拒んでいるのに体が反応してしまうという奴だ。
限界まで引き抜いては再び奥まで突っ込む。そんなゆっくりとした抽送に変わった。アレス君のちんちんは結構でかい。ただし、外人的なフニャチン感が否めない。確かに俺の方がちょっとだけ小振りかもしれないが、実戦なら俺の方が良い仕事するんじゃないだろうか……。いや、負け惜しみじゃないよ?
毛が生えていないからか、ルルの小さな穴がアレス君のちんちんを呑み込んでいる様が良く見える。白く濁っ
た本気汁がドロドロと穴の縁から溢れていて、すっげえエロい。ロリロリな癖に実に侮れない女だ。
アレス君はルルに夢中になっているみたいだ。クレアのアソコに指を突っ込んでいた方の手も、いつのまにかルルの腰を押さえている。
放置されてヘコんでいるかと思いきや、クレアは絶賛交尾中のアレス君に横からしなだれ掛かっていた。
「そんなにルルばっかり苛めて、もしかして妬いてるんでしょ?」
「……どうだろうね。ただ今日はルルを苛めたい気分かな」
「あはは。アレスってば意外と可愛いトコあるんだねっ……ねえ、キスしよ?」
上目遣いでアレス君にキスをねだるクレア。小憎たらしい糞ビッチなくせに、クレアは女を感じさせる甘えきった表情を見せていた。淫蕩に光る瞳がなんとも艶めかしい。
引き寄せられるようにアレス君は貪るようなキスをクレアと交わす。ラブいキスの最中も、下半身はルルのおまんこを乱暴に突き続けていた。
ああ羨ましい。濃厚3Pとか俺もやりたいです。
俺も過去に格安ソープで二輪車とかやった事あるけど、処理されている感が凄かった。ホルスタインとマブダチになれそうな錯覚を起こしたほどだ。やっぱり愛のある3Pは違うね。みんな楽しそうだもん。俺もビッグになったら女の子並べていっぺんにエッチするんだ。
そんな事を心に固く誓いながら、俺はいつの間にか取り出していたちんちんを扱く。
寂しい中年男はひとりプレイするしかない。なんとも情けない話だが、こんな臨場感の彼氏視点AVは中々ない。現実はシコシコ扱いているだけだが、まるで俺がルルを犯しているかのような錯覚を覚える。
これは凄いな。VR対応のAVとかこんな感じなんだろうか。盛り上がり過ぎて扱く手にも思わず熱が入ってしまう。気がついたら発射寸前まで追い込まれていた。慌てて手を止めて、込み上げてくる射精感をやり過ごす。まだまだあいつらのプレイは続きそうなのだ。もう少しゆっくり楽しみたい。
と、そういえばディーニの方は大丈夫だろうか?
俺がひとりでちんちんをシコシコしている現場に帰ってこられたら事である。
俺は一旦視覚を自分に戻して、脳内マップからディーニの光点を確認してみた。
あれ? 場所が動いているぞ? これは……アレス君達を覗けるポジションに移動したのか? もしかして、ディーニもオナニーに耽っているのではないだろうか。全く、なにをやっているんだか……いや、よくよく考えたら俺も同じ穴の狢だ。年長なふたりのおっさんおばさんが、若者の性交を覗きながらオナニーに励んでいるとか、考えてみると実にシュールだ。
ディーニの光点に集中して視覚と聴覚を借りてみる。すうっと視界と聴覚が切り替わった。
案の定、ディーニはオナニーの真っ最中であった。
ディーニはスッポンポンのまま岩陰に身を潜めて股間を擦っていた。真っ白で染みひとつない肌が眩しい。川面に映る裸のディーニはまさに妖精さんといった趣である。そんな妖精さんが、岩に背中を預けて立ったまま股間を弄っている。
ディーニの繊細な指が別の生き物のようにクリトリスを擦り上げている。これが、熟達したオナニストの手腕か。流れるような指の動きは、もはや芸術と言っても過言ではない。
ルルみたいなパイパンではないが、こちらも随分と毛の薄い股間である。百二十歳と聞いても、やはりディーニは高校生くらいにしか見えない。それも発育の悪い類いの。
アレス君達がハードプレイのガチ系AVなら、こっちはイメージビデオ風のソフトAVといった感じかな。なんだか急にコンテンツが充実してきたぞ。どっちを使うか真剣に悩んじゃうじゃないか。
ディーニがアレス君達をオカズにしてくれると完璧なんだけどなあ。そうすれば時折ディーニの美しい裸体を鑑賞しつつ、メインはアレス君達の濃厚な3Pという捗りまくる状況ができ上がる。
そんな事をモヤモヤ考えていると、遂にディーニは顔を上げた。いよいよ覗き行為を始めたのだ。
ディーニがオカズとして熱い目を向けた先。そこにあったのは、アレス君達の痴態ではなく、ちんちんを剥き出しにして激しく擦っている俺だった。
うおっ! びっくりした!
自分のオナニー姿を外から見るなど正に精神的拷問である。このまま川に身を投げようかと思ったほどだ。
俺は慌ててディーニから視覚を切った。アレス君達を覗ける位置に移動したのだと思っていたが、なんの事はない俺を覗ける位置でもあったのだ。
それにしても、アレス君達の濃厚な3Pを見ずに俺のオナニーなんかを見ていたのが解せない。それが気になって、聴覚だけはディーニに残していた。
「はっ……くっ……ゴローの……凄く……硬そう……」
ディーニの途切れ途切れの声が耳を打つ。耳元で囁かれるどころじゃなく、自分の声と同じように聞こえるのだ。こんな生々しい声を聞いては俺の股間も反応してしまう。
ディーニはどうやら日本人特有のカチカチチンポに目を付けたようだ。確かにアレス君は白人系だし、ちんちんもフニャッとしていた。最強のカチカチ巨根、黒人男性がこの世界にいるのかはわからないが、ディーニが注目するくらいにはカチカチチンポは珍しいのかもしれない。しかし目の前の濃厚3Pよりオッサンのちんちんを取るとは。流石百二十年ものの処女はオカズの選定がマニアックである。
さて、俺はどっちを見よう。アレス君達のハードなプレイも気になる。凄く続きが見たいが、片や俺をオカズにオナニーしている女の子だ。できたら俺もそっちをオカズにしてあげたい。
だがディーニの姿はここからでは頭しか見えない。迂闊に視覚を借りると、再び俺の痴態が目の前に広がる事になりかねない。ディーニで抜くには音をオカズにするしかないのだ。
ちょっとチャレンジングだが、俺は目を閉じて耳に全神経を集中してオナニーしてみる事にした。
これが、実にもどかしい。乳首まで墨で塗り潰したエロ本を見るような、あるいは裏ビデオと称する正体不明のノイズを目を眇めて見続けた時のような、ノスタルジックなもどかしさを俺は感じていた。今はブラウザを開けば簡単に無修正画像が手に入る時代だ。こんなもどかしいオナニーは本当に久しぶりだった。
「んんっ……やだっ……音凄い……見つかっちゃう……」
荒い息づかい。クチャクチャとリズミカルに響く湿った音。もどかしくはあったが、俺は感動を覚えていた。俺を想って本気でオナニーしている女の音だ。こんなの風俗では決して味わう事はできない。
「はあ、はあ……だ、ダメ……お尻なんて、変態だよっ……」
ディーニの声にギョッと目を剥いてしまった。お尻なんてダメって、もしかしてディーニはお尻で致しているのか? アナニーなのか!? くそう! 確かめる手段がないじゃないか! いっそこのままディーニの元に駆けつけてなにをしているのかこの目で確かめてやりたい!
「うくっ……ふ、深いっ……やだ、頭痺れちゃう……」
ディーニの声がどんどん切迫したものに変わっていく。くっ……仕方ない、ここは妄想で補完するしかない。だが、見ていろよ。いずれディーニがアナリストである事を突き止めてやるからな。
ディーニは高まるところまで高まっているようだった。だが、最後の一線を越えない慎重さだけは手放していない。イクのを我慢しているのだ。ディーニはなにかを待っている。
察しの良い俺は気づいている。ディーニは俺が絶頂する瞬間を待っているのだ。俺の情けない姿を目に収めながら果てるつもりなのだ。わかる。わかるぞ。なにせ俺もディーニが達した声を聞きながら射精しようと待ち構えているのだ。
だが、この状態は問題だ。お互いに相手がイクのを待ち続けていては、結局どちらもイケずに終わってしまうかもしれない。仕方ない。ここは紳士的に俺が折れる場面だろう。
俺はフィニッシュに向けてシコる速度を上げた。それを見ているディーニも、なにかを感じ取ったのかこれまで以上に踏み込んだところまで自分を追い込み始めている。
ああ、俺はもうすぐイク。本当だったらディーニにぶっ掛けたいが、この距離ではそうもいかない。だがそれでも、この射精は間違いなくディーニに捧げる一発だ。
うっ、イクぞ。この精子、君に届け。
虚空に放たれた精液が弧を描いて川面に落ちていく。野外で空に向けて放つ射精は、それはそれはもの凄い開放感だった。
「ああっ……いっぱい出てる……んんっ! くっ! ……はあはあはあ」
俺の射精を追いかけるように、無事ディーニも達したようだ。俺は脱力するとともに、心地よい達成感に包まれていた。なんだか満足感が凄い。これが噂に聞く心が満たされるエッチという奴なのかもしれない。離れていた俺とディーニだったが確かにあの時、俺は一体感を感じていた。
アレス君達のプレイはハードでエロい。だが、言っちゃなんだがアレは獣のセックスだ。俺とディーニを見て見ろ。こんな高尚なセックスは中々ない。
見張りはどうしたという内なる声に耳を傾けながら、俺はようやく治まったちんちんをズボンに収めた。
本来なら午前中には村に着く予定だったが、結局、小川を離れたのは昼を過ぎてからだった。
アレス君達の乱交プレイに時間を取られたのもあるが、そのまま長めの休憩を取る事にしたのだ。水浴びから戻った全員が全員、なんらかの疲労を抱えていたからだ。もちろん、アレス君達はセックス疲れ、俺とディーニはオナニー疲れである。昼食まで摂って、万全の体制で俺達は再起動した。
小川を離れて暫く歩くと森が終わり、そこから三十分ほど歩くと丸太で組まれた簡素な柵へと行き当たる。
そこに広がっていたのは、のどか、という表現がピッタリとはまる光景だった。柵の向こう側には畑が広がり、その中にポツポツとレンガで組まれた家が点在している。
柵沿いに歩くとすぐに街道に行き当たった。ここが村の入り口なのだろう。
柵の一部が開け放たれ、槍を持った男が三人ほど見張りに立っている。どの男も兵士や傭兵といった風貌ではない。防具のひとつも身に着けていないのだ。村のあんちゃんが持ち回りで自警団をやっているといった雰囲気である。
アレス君が十代後半と思われる見張りの兄ちゃんに話し掛けると、彼はエロい事でも妄想していそうな目で三人娘を一瞥したあと、村の中心に向かって走っていった。俺達は別の兄ちゃんに先導される形であとを追っていく。
街道と接続する村のメイン通りなはずだが、畑と畑の間を通るその道はあぜ道としか言いようがない。この世界の文明と初めて接触したわけだが、これでは田舎過ぎてどんなレベルの文明なのか読み取れない。
鉄製の農具にコットン生地の服。ガラスが嵌まった窓も少なくない。ぱっと見た限りではそんなに文明レベルが低いとも思えない。だが、槍とか剣とか普通にぶら下げて歩いているのだ。近代的とも言えないだろう。
キョロキョロと視線を彷徨わせながら歩き続ける事、更に五分。俺達は村の中心と思われる場所に到着した。
店舗らしい六軒ほどの家屋に囲まれた小さな広場だ。その広場の中央に髭もじゃの爺さんが待ち構えていた。隣には先程三人娘にエロい目線を送った兄ちゃんが付き従っている。
「おお、あなた方がギルドから派遣された冒険者様ですな?」
「はい。私はアレスと申します。銀章をギルドより賜っております。この通り、盗賊討伐の依頼を受けてまかり越しました」
アレス君は懐から羊皮紙を取り出すと爺さんの前に掲げた。
「ありがたい……。いつ盗賊が襲ってくるかと眠れぬ夜を過ごしておりました。歓迎致しますぞアレス様。ワシはこの村の村長をやっておりますノビーと申します。そちらのお仲間も是非ご紹介頂きたい」
三人娘はアレス君にひとりずつ紹介されながら、微笑みとともに爺さんと挨拶を交わしていく。
この時知ったのだが、どうやら冒険者には実力認定のようなものがあるらしい。アレス君とディーニは銀章を名乗っており、それなりに世間に認められる存在のようだ。一方、クレアとルルは銅章で少し格下らしい。
「……それで、こちらの御仁はどういったお方で?」
最後まで紹介されなかった俺を、爺さんはキラキラと期待に輝く目で見つめていた。
このメンバーの中で唯一のオッサン枠が俺である。大御所、あるいは彼らの上司的ポジションと勘違いされているのかもしれない。
困り顔でなにかを言いかけたアレス君を制して、俺は爺さんの前に出た。
「すいません。俺は冒険者じゃありません。鹿島吾郎と言います。ラーナ様という古の女神様に仕える神官をやっております。彼らには道中で拾ってもらいました。盗賊騒ぎの大変な折りに恐縮ですが、彼らが滞在する間、私もこの村に滞在させてもらえないでしょうか?」
ディーニの話を聞いて決めたのだが、俺はラーナ様の名が広まるまでは神官と名乗る事にしていた。聞いた事のない神様の名代とか言われても、胡散臭さしか演出できないのだ。一神官を名乗って地道に布教活動していると思われた方がまだ好感を得られやすい。
爺さんは一瞬だけガッカリとした表情を浮かべたが、すぐに取り繕って俺に応じた。
「そうですか。確かに盗賊の片がつくまでは村の外は危険ですからな。村に宿は一軒しかございませんが、どうぞご滞在ください。それにしてもラーナ様ですか? 恥ずかしながら初めて耳にする女神様です。なにを司っている神様なのですかな?」
「森と生命の女神様です。ちょっと説明し難いのですが、生命とは言っても有名なアクア様とは異なる領域を守護する女神様なんです。ノビーさん、図々しいお願いですが、滞在中に村の方々にラーナ様をご紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「む……そうじゃな……」
別になにをするとも決めていないが、俺の使命を考えたらこうした許可は取っておいて損はない。一応聞いてみたわけだが、爺さんは顔を顰めて黙り込んでしまった。面倒事はご免だと言わんばかりの表情である。
そこまで渋られたら俺も強引に押す気はない。諦めて申し出を取り下げようとした時だった、隣に立っていたアレス君が俺達の会話に割って入ってきた。
「村長さん。ゴローさんは人々に忘れられた女神様のために尽力されている立派な方です。彼が人格者である事は私が保証します」
どいうわけだがアレス君は俺に援護射撃を送ってくれた。人格者とかケツの辺りがむず痒くなる褒めっぷりである。なぜアレス君はここまで俺に良くしてくれるのか。全くもって謎だ。
「ははは。銀章の冒険者様が保証するお人でしたか。ゴローさん。大変失礼致しました。田舎者しかおりませんが、ラーナ様のお話、是非村のみんなに聞かせてやってください」
急に態度を翻した爺さんに俺は笑顔で礼を述べた。たぶん、このジジイはアレス君の機嫌を損ねないか慮ったのだ。やはり持つべきものは、実力者の知り合いである。おもっくそ虎の威を借る狐状態だが、俺は全く気にしていない。十五年も積み重ねた社畜人生を舐めないで頂きたい。
「アレス君、恩に着るよ。いつか必ず借りは返すからね」
「気にしないでください。僕がゴローさんを見込んでいるのは本当ですから」
コソッとアレス君に耳打ちすると、アレス君は追い打ちのようにむず痒くなる事を言った。
なにこの人。イケメンなのに超いい人じゃん。俺が女だったら速攻股開いてるよ。
アレス君一行は爺さんに連れられて村に一軒しかないという宿屋へ向かった。
一方の俺は同行を固辞して広場にひとり残る。考えなしというわけではない。こういった時のテンプレはしっかり押さえているのだ。
現代社会から持ち込んだ品々を換金すれば、ちょっとした小金持ちにクラスチェンジできる。まずは道具屋的な店に行って金を作ろうと考えたのだ。なにせ本当に一文無しなのだから。
ふと見ると三人娘をスケベな目で見ていた兄ちゃんも広場に残っていた。未練がましく宿屋へ入っていく三人娘を目で追っている。
「なあ、ちょっといいか? 道具屋的な店ってあるか? ちょっと買い取ってもらいたい品があるんだ」
兄ちゃんは俺に視線を移すと人懐っこい笑顔を見せた。
「道具屋だって? 俺に声を掛けるとはあんたツイてるぜ! なにを隠そう俺はこの村唯一の道具屋の跡取り息子だからな! 俺はザックだ。あんたはえーと……」
「鹿嶋吾郎だ。吾郎でいいよ」
「そっか! そんじゃゴロー、うちまで案内してやるよ! 買い取りだろ? 色を付けるように母ちゃんに話通してやるよ。その代わりと言っちゃなんだが、あの姉ちゃん達の事、詳しく教えてくれよな?」
ザックに連れられて無事道具屋まで行き着けたわけだが、俺の思惑は見事に外れてしまった。
店で俺の相手をしてくれたのはザックの母ちゃん。四十代の福々しいおばちゃんである。もっとも、ザック本人より母ちゃんの方が俺の年齢に近い気がしている。
ザックの母ちゃんは実に親切な人で、俺の現代社会アイテムを見てこう言ったのだ。
「アンタ、そんな珍しい品をこんな村で売ったらもったいないよ! ウチじゃ払える金なんてないから現物交換になっちまうからね。悪い事は言わないから王都か、せめてバレスの街に行ってから売りに出しな!」
大阪のおばちゃん的な勢いだった。親切で言ってくれているだけに、それでも買ってくれとは中々言い辛い。それにこんな田舎じゃ現金がないというのも本当なのだろう。携帯電話と引き替えに野菜を大量にもらったって困るだけなのだ。結果、俺は無一文のまま広場に戻ってきてしまった。
「まずいな。このままじゃ野宿確定じゃねえか……」
「なんだゴロー。あんな珍しいもの持っている癖に、肝心の金がないのか?」
「ああ、ちょっと事情があってな。あの手の珍しいの以外なにもないんだよ……ぶっちゃけ無一文だ」
「少し考えて金使えよ。いい年して情けねえ。仕方ねえ。俺がなし付けてやるからついてきな!」
呵々と笑いながらザックは俺を先導して歩き始めた。別に無駄使いして金がないわけではないのだが、弁解するのも面倒だったので放置である。どこか紹介してくれるというのだ、付いていくしかない。
ザックが向かったのは、アレス君達が泊まる予定の宿屋だった。
結局、なんら成果を得る事なくココである。これなら、素直にアレス君達に付いていけば良かった。
「ミル姉! おーいミル姉ってば!」
ザックが大声で叫ぶと、応じるように店の奥から女性の怒鳴り声が響き渡った。
「うるさい! 店先で騒ぐんじゃないよ! 今日から冒険者様がお泊まりになるんだ。ザックはうるさいから暫く出入り禁止だよ!」
「い、いきなり出禁かよ……おいおい、勘弁してくれよぉ」
ミル姉と呼ばれた女性が姿を現した。二十代後半と思われる快活そうなお姉ちゃんだ。ポニーテールに纏めた赤髪が活動的な雰囲気を醸し出している。スラッと背が高く、胸もデカい。現代日本ならモデルでもやってそうなスタイルの良さだ。
そんな妙齢の美女だが、格好はこれでもかというくらい宿屋の女将さんをしていた。膝丈のズボンに袖捲りした赤いシャツ、染みだらけになったカーキ色のエプロンと色気も糞もない。
「なんだい、お客さんを連れてきたのか。やるじゃないかザック。出禁は解いてやろう」
「いやなミル姉。こいつはゴローっていうんだけど、文無しで困ってるらしいんだよ」
「はあ!? 馬鹿ザック! 文無しなんか連れてくんじゃないよ! やっぱお前は出入り禁止だ!」
「いやいやちょっと待ってくれよ! こいつは文無しだけどタダの文無しじゃねえんだよ! ほらゴロー! お前の持ってる品を見せてやってくれ」
俺は戸惑いつつもザックに言われた通りに、売ろうと思っていた物を並べた。
携帯電話に財布、その中の硬貨やプラ製のカード類だ。コンビニのポリ袋なんぞも並べている。コンビニ袋など現代社会ではゴミに分類される品だが、こっちでは意外と高く売れるのではないかと踏んでいたりする。
「へえ? 見た事もないものばかりだね……で? これがなんだって言うのさ?」
「こいつはウチの店じゃ買い取れないくらい価値のある品なんだ。この村じゃ金に換えられないからゴローは文無しってわけだ。な? ただの貧乏人じゃねえだろ?」
「ふ?ん。確かにそうねえ……」
「で、ものは相談なんだけどよ、その品を担保にゴローを住み込みで働かせてやってくれねえか? なに、ずっとってわけじゃねえよ。例の冒険者様が泊まっている間だけだ。人手もいるだろうし丁度いいだろ?」
あれよあれよという間に住み込みで働かされそうになっていた。普通なら抗議でもするところだが、今の俺には住み込みというのは逆に魅力的だ。
それにミル姉と呼ばれているこの姉ちゃん、小綺麗な格好させたら結構イケるのではないかと気になり始めている。
「そういう事か……。アンタ、ゴローって言ったっけ、なにができるんだい?」
「は! 掃除洗濯料理と幅広い家事スキルを備えております! なにせ自分、ひとり暮らしが長いですから!」
直立不動だ。気分は完全に就職面接である。真面目に答えたのだが、ミル姉はケラケラと笑い出した。
「あはははは! まるで騎士様の従士みたいな口っぷりじゃないか! 面白いヤツだね! 気に入った! ウチに置いてやるよ!」
「ほんとか!? 流石ミル姉! 話がわかるぜ!」
ひとしきり笑うと、ミル姉は涙を拭いながら俺に条件を告げた。
「三食寝床付きだけど給料は出せないよ。その代わり、午前中だけ手伝ってくれればいい。それで良ければ置いてやるけど、どうする?」
「は! 是非お願いします!」
再び腹を抱えて笑い出したミル姉。
対する俺は作り笑顔の裏でほっと胸を撫で下ろしていた。なんとか野宿だけはしないで済みそうだ。しかも三食も付くとなれば金のない俺にはかなり助かる。田舎だから大らかなのか、サクッと受け入れてくれたミル姉と、世話を焼いてくれたザックの人柄には感謝しかなかった。
それにしてもこの異世界、笑いのレベルが低過ぎるのではないだろうか?
ミル姉はミリルというのが本名だった。たったひとりでこの宿を切り盛りしている女傑である。今日からは俺の雇用主、社長様だ。一従業員としてはミル姉などと気安くは呼べない。
仕事は明日の朝からで良いというので、俺はザックと真っ昼間から飲みに出ていた。
といっても、飲みに行くのはミリルさんの宿の食堂である。村で唯一の宿屋は、村で唯一の酒場でもあるのだ。ザックが出禁をあれだけ恐れていた理由がようやくわかった。
この店は酒場とはいっても、宿屋と合わせてミリルさんがひとりで切り盛りしている店である。人手が少ないからか、鍋で煮込んだごった煮みたいな料理と干し豆以外にツマミの類いは一切ない。それすらもカウンターの上に置きっぱなしのビュッフェスタイルである。
料金は実にリーズナブルな定額制。銅貨二枚で食べ放題という剛毅っぷりだ。
……会計とか細かい事が面倒臭いんだろうなあ……。ミリルさんの性格が良く出ている店である。
で、肝心の酒だが、これが実にマズかった。いわゆるエールと呼ばれているものだと思うが、まんま気の抜けた黒ビールだ。しかもドクペ的なクスリ臭さが鼻につく。味以前の問題として、飲むと口の中がシャリシャリするくらい固形物が浮いている。こんなマズイものが飲めるか! と突っ返したいところだが、ザックに奢ってもらった手前、ついでに雇い主の目がある手前そんな暴言は吐けない。だが我慢して飲み続けていたら、次第に味などどうでも良くなってきた。
酔っ払えればそれでいいじゃないか! 俺達を酔わせてくれるステキな飲み物にウマイもマズイも必要ないさ! と実に平和的な思想に到達する事ができたのだ。悟りというヤツかも知れない。
しかし真っ昼間から酒を飲むというのは実に清々しい体験である。せせこましく働いているのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。異世界に渡って良かった、とようやく心の底から思えたかもしれない。
「なあゴロー。あの黒髪の子、あの子の事を教えてくれよ」
何時間飲んでいるのか記憶も怪しくなってきた頃だ。酔いに濁った目のザックがそんな質問をしてきた。
「あん? ルルちゃんの事か? あの子は魔法使いで結構強いぞ」
「そんな話が聞きたいわけじゃねーよ! こう、どんな感じの男が好みだとか、趣味がなんだとか、そういう使える情報をくれよ!」
「んー男か……アレスって冒険者がいただろ? わかるか?」
「銀章の冒険者だろ? 今回村で呼んだ冒険者の中で一番の大物だわな」
「ルルちゃんはそのアレス君の愛人だよ。俺はあいつらのセックス直後な現場に居合わせた事がある」
「なっ!? マ、マジかよ……あ、あんな清純そうな子なのに……」
「確かに見た目は清純だな。乳首は綺麗なピンク色だし、下の毛だって生えてなかったし」
「なんでゴローがそんな事知ってるんだよ!」
「だからセックスした直後に居合わせたんだよ。超ザーメン臭い毛布の上に股おっぴろげて寝てたんだぜ?」
「ぐはあっ やめろ……ほんと、それ以上はやめてくれ……」
ザックは頭を抱えて呻きだしてしまった。ちょっと田舎の若者には刺激が強過ぎたかも知れない。クレアも混ざって3Pしてたんだぜってオチが控えていたけど、ザックの精神はそこまで保たなかったみたいだ。
ひとりでうんうん唸っているザックを放置してひとりで飲んでいたら、いつの間にか唸り声はイビキに変わっていた。どうやらザックはカウンターに突っ伏して夢の世界へご出立したみたいである。実に自由な男だ。あとでミリルさんに蹴り出される未来がありありと浮かんでくる。
「楽しそうなお酒を飲んでいるようですね」
背後からの声に俺は振り返る。そこに突っ立っていたのは話題の人物、黒髪の魔法少女ルルだった。
「おや? ルルちゃんじゃないか。ひとりなの?」
「ええ。あなたのせいでストレスを受けたとクレアがうるさいのです。仕方がないのでアレスさんとふたりきりの時間を作ってあげているんです」
「あらら。それは申し訳ない。それでヤケ酒を飲みにきたってわけか」
「そんな安っぽい事はしませんよ。時間を潰しにきただけです」
ルルは面倒臭そうにそう告げると、ザックとは反対側の席に腰を下ろした。
「それで? 私の胸が小さいだとか下の毛が生えてないとか、随分と面白そうな話をしていましたね」
「ちょっとした自慢だよ。俺の感動をこいつにも伝えたくてさ……あれ? 言っちゃまずかったかな?」
「……逆になぜまずくないと思えるんですか? あなたに常識の類いを期待した私が馬鹿なんでしょうか」
無表情で素焼きのコップを呷るルル。話の内容は刺々しいが、怒っているようには見えない。そこで俺は更に踏み込んでみる事にした。怖い物知らずにもほどがあるが、たぶん、俺もかなり酔っていたのだと思う。
「なあルルちゃん。こっちの寝ている野郎は道具屋の跡取り息子でザックっていうんだけどさ、中々気持ちの良い若者なんだ。よかったら一回くらいデートしてやってくれない?」
「お断りです。残念ながら私は田舎の道具屋程度で満足できる女ではありませんから」
表情を全く変える事なく淡々とルルは言い放った。俺としてはちょっと気になる言い回しである。ザックがキモイとかアレス君がいるからダメと断るのではなく、道具屋風情では満足できないと言ったのだ。こんなロリっ子の発言としては、やけに生々しいではないか。
「それじゃどの程度の男なら満足できるんだ? 無職の中年なんてどう? 結構お勧めだけど?」
「あり得ませんね。私だけでなく世界中の女性が死んだ方がいいと思ってますよ? 私が男性に求める条件は最低でも王都に店を持っている大商人。できれば爵位があって安定した公務に就いている方です」
ロリロリした見た目の割に凄い事を言う女である。日本にもいたなあ、年収一千万円以上、一部上場企業勤務か国家公務員一種じゃなきゃ相手しないからとか言い放つ女が。大した事ない女がそんな事言っても死ねとしか思わないわけだが、ルルくらいの美少女だと夢がでっかくていいな! と逆に感心してしまう。
「それじゃザックに目はないわな。残念だけど俺からオブラートに包んで伝えておくよ。ところでさ、その条件でアレス君はOKなのか? 彼は冒険者だよな? やっぱイケメン枠は別にあったりするの?」
「アレスさんはああ見えて子爵家の次男様なんです。冒険者は武者修行代わりです。領地に帰れば代官か、領軍の大隊長あたりに落ち着くと思いますよ。上手くすれば叙爵という目もあるかもしれません」
「へええ、アレス君って貴族だったのか。道理で喋りが上品だと思ったよ」
ルルは探るような目でじっと俺の目を見つめてきた。よせやい。そんな目で見られたら照れるだろ?
「あなたも時折丁寧な言葉遣いが出てきますけど、結構育ちが良いのではないですか?」
「あー俺は異世界人だって言ったろ? たぶんルルちゃん達には想像できないと思うけど、俺の世界だと国民全員がそれなりの教育を受けているんだ。綺麗な言葉遣いとかは基本的にみんなできるんだよ」
「謀らないでください。そんな夢みたいな世界があるはずありません」
ルルは俺の説明を鼻で笑っていた。まあ、女神様御自ら修羅の世界と公言しているところに身を置いているのだ。現代日本みたいな世界が想像できないのも仕方がないかもしれない。
会話が途切れとところで、突然ルルは表情を改めて居住まいを正した。
「ところで、あの時のお礼をしようと思っているんですが」
お礼? もしかして生きる屍から庇った事だろうか? あれはこっちこそ礼がしたい案件だ。
だが、ルルの真剣な表情を見て俺は口を噤んだ。これは……マジモンだ。ルルは本気で俺に借りを返そうとしている。
俺の中では美少女のお礼など相場は決まっている。これは一発ヤラせてもらえる流れで間違いない。ソースはエロゲとネット小説。ご都合主義と言われようとも誰もが望む展開だから支持されるのだ。
ワクワク感が凄い。ルルはロリっぽいが十分射程圏内だ。ヤラせてくれるとなれば普通に興奮する。
「お、お礼って?」
「二階の一番奥の部屋。そこが私達の部屋なんですが、その手前に狭い倉庫のような部屋があります。そこに行ってみてください。サプライズがあります」
薄暗い倉庫に呼び出して致そうって算段か。ルルめ、中々小憎たらしい演出をする。
「わ、わかった。行くよ」
「そうですか。それなら今すぐ行く事をお勧めします。これで貸し借りはなしです」
再び無表情に前を向いて酒を舐め始めたルル。
なんだか全然照れとか意気込みとかが感じられない。本当にヤラせてくれる気があるんだよね?
俺はスキップするような軽い足取りで宿の二階へと上がった。
ルルは相変わらずカウンターに座ったまま酒を舐めている。わかっている。身支度して、あとから来るって事なのだろう。女の子は色々準備に時間が掛かるからな。
二階は客間しかない事もあって、酒場の喧噪から切り離されたように静寂に包まれていた。そんな中を俺は胸を高鳴らせて指定された倉庫へ向かう。
お礼とか言っていたけど、ルルはどこまでさせてくれるのだろうか。手だけとか口だけとか言われたらどうしよう。抜いてもらえるだけでありがたいけど、どうせならガッツリとセックスがしたい。土下座くらいならなんぼでもするから、なんとか本番まで持っていきたいところだ。
客間とは明らかに異なる簡素な木の扉の前で足を止めた。恐らくここがルルの言っていた倉庫だ。ここまできたらあとは中に入って全裸待機するだけだ。
意気込んで扉を開けると、中は真っ暗だった。見つかると面倒なので、俺は素早く体を滑り込ませて扉を閉じた。扉や壁の作りが粗いのか、あちこちできた隙間から何本も光が漏れ入ってくる。そのせいか廊下から覗いた印象より倉庫内は随分と明るく感じられた。
目が慣れてきた。シーツの束やら掃除道具やらが乱雑に積まれた三畳くらいの狭い部屋。その最奥、木箱の陰だった。俺の事を見つめる人間がいた。
心臓が飛び出すかと思った まさか人がいるなど思いもしなかった。更に目が慣れてきて顔が判明する。
ディーニだった。なぜか顔を真っ赤にしてうずくまっていたのだ。ばくばくと跳ねる心臓をなだめながら、俺はここに来た理由をどう説明するべきなのか逡巡する。流石にルルとエッチするためとは言えない。
掛ける言葉が見つからなかった俺は、いつの間にか睨みつけるようにディーニを見続けていた。それがプレッシャーになったのか。ディーニは動揺を隠しきれない様子で妙な言い訳を始めた。
「ち、違うんです! へ、部屋にいたら変な音が聞こえたから確認しにきただけなんです!」
「音? 音ってなんの?」
「だ、だから声と言いますか悲鳴と言いますか……。ゴロー、わかっていて聞いてませんか? 意地悪です」
尖った耳を先まで真っ赤にしてディーニは俯く。この娘がなにを言っているのか本気でわからない。
その時、ディーニが言うところの『音』が聞こえた。壁の向こうから響いてくるくぐもった男女の声。
ああ。そういうわけね。またオナニー狙いか。ほんとディーニって残念娘だよな。実際は婆さんだけど。
ここからでは会話の内容までは聞き取れないが、エロい事なら確認しておきたい。そう思って俺が壁に近づくと、ディーニはビクリと身構えた。……なにか凄く警戒されている。まあ、この状況じゃ仕方ないか。警戒されている事に気づかないふりをして、ディーニの隣に並ぶと壁の前で膝をついた。壁の隙間から光が漏れている。
予想通り、声の主は壁の向こうにいるようだ。俺は片目をつむって覗き込んでみた。
天蓋付きの立派なベッドがある部屋だった。その上に裸になった男女が肩を並べて座っている。既に一戦を終えたあとのようで、シーツは激しく乱れ、女の腹部は白い粘液で汚れている。
説明するまでもないと思うが、男はアレス君、女はクレアだ。お前ら今朝も3Pしてたよな? 一体何発やれば気が済むんだよ?
「ねえクレア。納得してくれないかい? これも必要な事なんだよ」
「無理だよ! ボクは絶対反対! 半日だって嫌だったんだ。一緒に行動するなんて絶対に嫌だよ!」
ふたりの会話は、睦言というよりは相談のようだった。エッチ後の賢者タイムに仕事の話をしているみたいだ。ふたりとも裸のままだし、もうワンチャンあるんじゃないだろうか? アレス君の回復力に期待したい。
「ゴローさんには価値がある。先の事を考えると、彼との縁は大事にしておきたいんだ」
「なんで!? どうしてあんな気持ち悪い奴が必要なのさ!? あんな奴いなくたってボクがなんとかするよ!」
アレス君は静かに首を振った。そんなアレス君をクレアは不満そうに見つめる。
ていうか気持ち悪いは言い過ぎだろ。キモイとかクサイとかは、思い当たるふしがある中年男にはきつ過ぎる罵倒だ。本気で傷付いちゃうだろ。もっと優しい目で世界を見ようぜ?
「そういう事じゃないんだ。神の名代は政治的に強力なカードになる。今は無名だけど、ゴローさんは必ず名を成す。今から売れる恩は売っておきたいんだ」
「そ、そんな力があいつにあるわけないよ……」
「森で使った権能を見ただろ? 僕も驚いたけど、あの権能は強力だよ。それに、ああ見えて彼は抜け目がない。この村にだってもう足場を築き始めている。彼の力を侮ってはいけないよ」
エロを期待していたのに、どういうわけかアレス君の黒い部分を垣間見る事になってしまった。もしかしてルルの言っていたサプライズとはこの事なのだろうか? 確かにアレス君の思惑をおぼろげにでも知っておく事は重要だ。貴重な情報を得られたとルルに感謝をするべきなのかもしれない。
だがな、俺はエロを求めているんだよ! ルルとヤレると思っていたから、股間パンパンになってんだよ! アレス君達も小難しい事言ってないで、とっととズコバコ始めて俺にオナネタを提供しろよ!
「まあ、そんな風に打算的な考えを抜きにしても、ゴローさんは面白い人だと思うけどね。クレアはどうしてそんなに彼を毛嫌いするんだい?」
「どうしてって……あの遺跡であいつ、ボクの裸を凄くイヤラシイ目で見てたんだ」
仰る通り。おっぱいもおまんこもじっくりと鑑賞させて頂きました。本当にありがとうございます。
「それはクレアが魅力的だから仕方ないさ。僕だってキミの事をイヤラシイ目で見てしまうよ」
「あ、アレスならいいんだよお……それに、あいつの、ち、ちんちんを見ちゃったんだ。汚らしくてグロテスクでおぞましかった。思い出しただけで虫酸が走るよ……」
そ、そこまでボロクソに言わなくても良くないか……? 俺をオヤジだキモイと批難するのはいい。辛くても我慢してみせるさ。だけど、自慢の息子を悪く言われるのは我慢ならない。だいたいビラビラのはみ出たビッチおまんこな奴に言われたくない。自分のを鏡で見てから文句言えっていうんだ。
「あはは。そんな理由で嫌ってたのかい? クレアは可愛いね」
「ば、馬鹿にしないでよ……」
「ゴメンゴメン。けど、それの事は忘れて、ゴローさんと普通に仲良くして欲しいな」
「……ごめん難しいと思う。どうしても気持ち悪いって思っちゃうんだ」
うはあ、凄い嫌われようだな。ここまで嫌われると逆に楽しくなってくるから不思議だ。嫌われているのがわかっているのに、喜々として女子社員に絡んでいたハゲな部長がいたけど、今なら俺もあの人の気持ちが理解できるかもしれない。
「わかったよ。だけど、嫌わない努力は続けてくれないか? 僕もなにか手がないか考えるからさ」
「う、うん……わかったよ。頑張ってみる……」
渋々ながら頷いたクレアの頭を、アレス君は優しく撫でていた。そのうち潤んだ瞳で見上げたクレアに、アレス君はそっと唇を寄せる。どうやら、二回戦が始まる気配である。
「アレスがあんな事を考えていたなんて知りませんでした。森で権能を使わせたのもゴローを試すためだったのですね……アレスの事、信頼できなくなったのではありませんか?」
アレス君達のエッチをワクテカ待っている俺に、ディーニがおずおずと尋ねてきた。まあ、あんな裏話を聞いたらアレス君を警戒するのが普通だろう。だが強がりでもなんでもなく、俺は全然気にしていない。
「いや全然。むしろほっとしているくらいだよ」
「ほっと、ですか?」
「うん。元からアレス君はめちゃくちゃ親切だったからね。なんつうか、値段がわからない店でメシ食ってる気分だったんだ。美味しいのが逆に不安みたいな? 値段がわかったから気兼ねなく食事ができるよ」
「随分ドライなんですね。無償の行為というのも世の中にはあると思うのですが?」
「ああ。そういうのがある事は否定しないよ。だけど、まあ、俺には縁がないかな」
俺としては至って普通の感想だった。実際、三十七年間彼女がいないわけだし、親しい友人とて趣味やらなんやらお互いに利益があるから付き合っている。それが普通であり、特段重い話でもなんでもない。だけどどういうわけか、ディーニは重い話と受け止めてしまったようだ。まるで親と生き別れてしまった子供を見るような、痛ましげな表情を俺に向けてくる。
どうすんだこれ? こういうときの対処方法がわからないから、俺は三十七年間素人童貞だったのだ。
壁の向こうからギシギシアンアンと音が響いてきた。いよいよ本格的に始まったようである。
「え、ええと……始まったみたいだよ? そろそろオナニー始めない?」
とりあえずオナニーに誘ってみた。途端にディーニは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
やっぱり、これはなかったか。
「わ、私は、そんなにいつもしているわけじゃありません……」
それは嘘だ。そのセリフだけは全力で否定させて頂く。神殿、河原と二十四時間の間に少なくとも二回はオナニーしているし、たった今もここでオナニーしようとしていた。一日三回とか処方箋じゃあるまいし普通にやり過ぎである。オナニストとして決してチャンスを無駄にしない。俺はディーニのそんなアグレッシブな姿勢に尊敬の念さえ抱いている。そんな風に自分を小さく見せる必要なんてないと思うのだ。
「心配すんな。俺は理解者だ。ディーニがオナニーにひとかたならぬ情熱を注いでいる事は知ってるよ。今朝といいこの倉庫といい、オカズを見つけ出す嗅覚も並外れたものを持っている」
「な!? なんですかその評価は!? それに今朝と言いましたか!? ま、まさか見ていたのですか……?」
「ああ見ていたとも。俺のちんちんをオカズに使ってくれただろ? とても嬉しかったよ」
「そ、そこまで知っていたんですか!?」
愕然とした表情を見せるディーニ。いっそこの機会に、ディーニは俺に対してはもっとオープンになったらどうだろうか? 積極的にオナニートークができる間柄になったらいいと思うんだ。たぶん、ディーニも気が楽になるだろうし、俺もオカズが増えて嬉しい。正にWINWINという奴である。
それに俺だけの一方通行ではあったが、ふたりでオナニーした時の一体感は素晴らしかった。できればディーニもあの素晴らしさを体験して欲しい。
「なあ、とりあえず一緒にオナニーしないか? ある意味、今朝だって一緒にやったようなもんだしな。ひとりよりふたりの方がコラボレーションによるシナジー効果でスケールメリットがダブルインカムだぜ?」
サムズアップしつつ意識高い単語を並び立ててみた。もちろんふざけ半分の言葉である。だが、冗談であっても相手がどう受け止めるかはわからない。俺はディーニという存在を甘くみていたのかもしれない。
いつの間にか空気が変わっている事に気がついた。まるでスイッチが切り替わったように、ディーニの雰囲気が変わっていたのだ。スッと細められた目から感情の色が消えている。おどおどと恥じらっていた姿はどこにもなく、ロボットみたいに表情を消してしまった。
そして紡ぎ出される言葉からは、ひりつくような敵意が滲み出ていた。
「一緒に? そんなあからさまな口実、私が信じるとでも? 馬鹿にするのも大概にしなさい。どうせあなたも私とセックスする事しか考えていないのでしょう? ラーナ様の名代というから期待していましたが、所詮あなたも下らない男でしかなかったのですね。そこに直りなさい。私を侮辱すると高くつく事をその身に刻んであげます」
静かに激高したディーニが俺を睨み据える。殺す事すら厭わない剣呑な眼差しに俺は息を呑んだ。
「も、もしかして俺がオナニーをネタに関係を迫っているとでも思ったのか?」
「違うと言うのですか?」
口元を皮肉気に歪めながら、ディーニは俺を見下すような目を向けてくる。
めっちゃ怖ええ……あの温厚なディーニはどこ行っちまったんだよ。ちょっとエロい誘いを掛けただけで豹変するとか、どんだけガード堅いんだよ。そりゃ百二十年間も処女を守れるだろうよ。
これ、返答間違えるとぶった斬られる展開だよな? ヤバイよ、オナニーを誘ったのは今更覆せない。こうなったら、全力で俺に欲望がないアピールをするほかにない。無理筋だが無理矢理通すしかあるまい。
俺は覚悟を決めると、尊大な態度でディーニを見返した。
「おいディーニ。お前こそ大概にしろよ? 俺はラーナ様の名代だぞ? ラーナ様はお前の願いを応援すると言ったんだ。それを邪魔するような事を俺がすると? 舐めてんじゃねえぞ! 俺がそんなヌルい覚悟で名代やってると思ってるのか!」
「え……?」
俺のキレ芸は冴え渡っていた。すっかりディーニは俺の気迫に呑まれている。
今がチャンスだ。更に畳み掛けてこの場を有耶無耶にしてやる。
「いいか? この場で宣言してやる。耳かっぽじって良く聞きやがれ。俺はお前が心から愛する男を必ず見つけ出す。ついでに、そいつと結ばれるまでお前の処女を命がけで守ってやる。なぜなら俺は名代であり、お前はそれをラーナ様に願ったからだ!」
ババーンと効果音が鳴りそうな派手な身振り手振りで一席ぶってみた。ディーニの表情からは、あの苛烈な怒りはすっかり消え去っていた。今はただ、呆然と俺を見つめているだけだ。
いける! いけるぞ! なんか勢いで押し込めそうな空気になってきた。なんだよディーニ! 案外チョロいじゃねえか!
「そ、それならどうして一緒にしようなどと馬鹿な事を言ったのですか!?」
うげっ、痛いところを突かれた。どうして一緒にオナニーしようと誘ったのか。そんなの、今となっては俺だってわからない。ていうか意味不明過ぎる。
でもまずいよな。ここで話が詰まると、怖ディーニさんが戻ってきちゃうかもしれない。一緒にオナニーする事に正当性があればなんとかなるか? 難度高けえな、おい。ええい! なるようになれ!
「お前、オナニーの頻度がここ最近凄い事になってるんじゃないのか?」
「そ、そんな事関係ないじゃないですか! 誤魔化さないでください!」
「いいやある。それは兆候なんだ。欲求不満が限界に達しつつある。放って置くと大変な事になるぞ」
「た、大変な事……?」
「性欲なのか恋愛なのか区別がつかなくなるんだ。好きだって思い込んだままどうでもいい奴に処女を捧げる事になる。スッキリしてから気づくんだよ『あれ? この人の事全然好きじゃなかったかも』って」
「そ、そんな事は……」
「俺はな、そうならないようにお前の欲求不満を解消させようとしたんだ。刺激的だけどあくまでもお前の処女性が穢れない安全な方法でだ。だから一緒にオナニーしようと誘ったんだ。オナニーな理由がわかるか? 俺は最初からお前に指一本触れる気がないって事だ」
お、押し切ったぞ。我ながら俺って凄いわ。一見すると筋が通っているように見えて、細部を見ると穴だらけという典型的な詭弁だ。じっくり考えさせてはいけない。考える時間を与えず畳み掛けて即時撤退だ。大丈夫、この場から逃れられればあとはなんとかなる。
「まあ、こんな提案ができるほど俺達に信頼関係はできていなかったみたいだけどな。その点は謝るよ。俺が先走り過ぎたんだ」
「そ、そんな……私も思い込みで酷い事を……」
「いいんだ。気にしないでくれ。時間を掛ければいつか俺達も信頼が生まれるさ。じゃあもう行くよ」
俺は立ち上がると、走って逃げたい衝動を無理矢理押さえ込んで、静かな足取りで出口へ向かった。俺の背中にディーニの焦りを滲ませた声がぶつかる。
「ま、待ってください! もう少しお話を……」
「よそう。今はふたりとも熱くなっている。時間を置いて冷静になってから話をした方がいい」
振り返る事なく俺はそのまま倉庫を出た。扉を閉め一歩、二歩。
三歩目から、俺は脱兎の如く駆け出していた。
そのまま俺は酒場に逃げ込んだ。人の目があればディーニも追いかけて来ないだろうと考えたからだ。
酒場のカウンターには相変わらずルルがひとりで座っていた。俺が座っていた席も空いている。それどころか飲みかけの酒杯すらそのままだ。俺はルルの隣に滑り込むように座って、ようやく安堵の溜息をつく。
「おいルル。お前どこまでわかっててあの倉庫に俺を行かせたんだ?」
「……」
しれっとしたままルルはマイペースに酒杯を傾けている。俺の事など軽く無視である。
「おいこら! シカトしてんじゃねえぞ!」
なんだかチンピラみたいになってしまった。いかん。これじゃルルの思惑通りだ。第三者の目で見れば胡散臭い中年男とあどけない少女のトラブルである。世間がどちらに味方するかなど考えるまでもない。
内心でぐぬぬと呻きながらも、俺は黙って酒杯を呷る。まずは落ち着く必要がある。チラリと横を見ると、ルルは俺などいないが如くの態度で酒を楽しんでいた。チビチビと数回酒を舐めたかと思うと、ツマミの皿に手を伸ばして干し豆をポリポリと囓る。こいつ……ロリっとした小娘の分際で酒の飲み方ってものを弁えてやがる。
腹立ち紛れに、ルルがツマミにしていた干し豆を全部俺の口に放り込んでやった。塩っ気が薄くてあまり美味くない。
「ああっ!? 私の豆を食べないでください!」
俺が子供染みた抗議をしたところで、ようやくルルが反応した。
「だったら正直に話しやがれ」
ルルは面倒臭そうに俺の顔を眺めると、やがて諦めたように溜息をつく。
「クレアのエッチな場面は覗けるだろうと思っていましたよ。そのまま最後まで見る事ができるか、それとも『覗き屋』ディーニとバッタリ出くわすかは運任せです」
「ほう? 俺にそんな運試しをやらせて、お前になんのメリットがあるんだ?」
「色々ありますよ。クレアのエッチな場面を見てあなたが喜べば、それで貸し借りをなしにできます。一方でクレアは大嫌いなあなたに恥ずかしい姿を見られて、酷く屈辱を感じる事になります。最近あの子は我が儘が過ぎますから、丁度良いお仕置きです」
おいおい。ちょっとルルさん黒過ぎだろ? 正直ドン引きだぞ。一緒に3Pなんてしてるから、てっきりルルとクレアは仲が良いのかと思っていた。女同士のドロドロした部分が出まくりじゃねえか。
「じゃあその『覗き屋』さんと会った場合はどうなんだよ? お前にはなんのメリットもないだろうが?」
ルルは俺の顔にチラリと視線を送ると、ニヤリと意地悪く唇を歪めた。
「ディーニの二つ名を知ってますか? ああ、『覗き屋』は私がつけたものなので一般的ではありません。ギルドで半ば公式的に呼ばれている二つ名の事です。『断種のディーニ』なんて呼ばれているんですよ? あの子とパーティーを組んだ男性が高い確率でアレを切り落とされる事からついた名です」
うわあ……なにが起きたのか容易に想像できてしまった。あの見た目だ、果敢に挑戦しちゃう男もそりゃあ出てくるだろう。その度に男のシンボルをチョッキンしちゃうとか、怖ディーニさんは加減ってものを知らな過ぎる。……部位欠損って回復魔法とかで直るものなのだろうか?
俺も一歩間違えば『断種』されていたわけか。ははは……笑えない。ちっとも笑えないぞこれ。
「もしかして、お前、まだ俺の事殺したかったりするの?」
「まさか。そんな物騒な事考えませんよ。ちょっとアレとか切断しちゃった方がいいかなくらいです」
「いやいやそれ十分物騒だからね? だいたい俺がちんちん切られてお前に一体なんの得があるのよ?」
「え? 普通に面白いじゃないですか? あとスカッとします」
はあ? なんなのそれ? 俺、こいつの中でリアクション芸人枠かなんかなの?
「お前なあ……俺に礼をするって話はどこ行ったんだ? 俺の事オモチャにしてるだけじゃねえか」
「まあ、細かい事はいいじゃないですか」
再び鍋からよそった干し豆をポリポリ囓りながら、ルルは心底どうでもよさそうに酒杯を弄ぶ。
その態度にカチンときた。ええ、ぶち切れっすよ。キレたナイフってヤツっすよ。
「ふざけんなよこのロリっ子が! そんな酷い扱いされて納得いくわけねえだろうが!」
「ああ、それはそれは、申し訳ありませんね」
謝罪の意図など欠片もない表情でルルが呟く。しかもこのアマ、耳に小指突っ込んで耳くそ掃除なんて始めてやがる。明らかに馬鹿にしている。こいつの罪は償わせる必要がある。
「……じゃあヤラせろ。謝罪の気持ちがあるなら、誠意を込めて俺に一発ヤラせろや」
「嫌に決まってるじゃないですか。私、おじさんとか生理的に無理ですから」
「おじさんとか言うな! もう許さねえぞ! 絶対一発じゃ済まさねえからな! そうだ! そこのザックと一緒にふたり掛かりで犯してやる! 穴という穴を蹂躙してやんからな! 嫌だったら普通にエッチさせやがれ!」
「はいはい。コワイコワイ。あ、そこのごった煮取ってもらえますか? 干し豆ばかり食べていたら飽きてしまいました」
くそっ。腸が煮えくりかえる。こういうスカした態度の女は出会い系によくいた。男はみんなヤリたがってるモノと勘違いしているから、こんなメチャクチャ舐め腐った態度を取るのだ。
ちなみに、俺は実際ヤリたがっていたから唯々諾々言われるままにご機嫌を取った。
余談が過ぎた。
とにかくだ、ルルのこの傲慢な態度には我慢がならない。いや、こんな態度を許すのはルルのためにも良くはない。ルルの思惑なんて軽く乗り越えてしまう男がいる事を思い知らせてやる必要がある。
俺は怒りのままにごった煮を皿によそうと、不機嫌さを隠す事もなくルルの前に乱暴に叩きつけた。
「ヤラせてください」
「嫌です」
その後、俺達はしこたま酒を浴びながら同じ問答を繰り返した。
結果だけ言わせてもらえば、もちろんヤラせてくれなかった。俺とて妥協を重ねた。
口でいいから、手だけでもと要求を下げ続け、最後には『じゃあ乳揉ませてくれ』とまで下手に出たのだ。それなのに、乳のひとつも揉ませてくれなかった。酷い話である。まあ、ルルに乳はないんだけどさ。
異世界に渡った最初の一日はこうして終わったのだった。
と、思いきや。俺は例の如く白い空間にいた。
あれ? なんで? 俺は部屋として宛がわれた納戸に入った途端に、倒れるように眠りについたはずだ。当然『託宣』なんて使っていない。
「妾が呼んだのじゃ。お前が寝ている間は『託宣』を使わなくても、妾の方から呼び出せる」
目の前にラーナ様がいた。前回と同様、体操服とブルマというあざとい格好のままである。どうしたわけか、ラーナ様は腰に手を当てプリプリと怒っていらっしゃるようだ。
「なんで呼び出されたか、わかっておろうな?」
「ええと……いや、スイマセンちょっと心当たりないですね」
「妾の髪を見てもなにも言う事はないのか?」
髪? 改めてラーナ様の髪を見てすぐに気がついた。あの腰まで伸びていた長い髪が、肩の辺りでバッサリ切られているのだ。
「ああイメチェンしたんですね。サッパリして良い感じじゃないですか。可愛いと思いますよ?」
「阿呆! なにがイメチェンか! お前が考えなしにポンポン権能を使ったせいで、妾の自慢の髪を保っていられなくなったのじゃ! どうしてくれるかこの痴れ者が!」
なんと、髪が短くなったのは俺が権能を使い過ぎたせいだというのか。とはいえ俺は『森域把握』を使っただけだ。あの場ではアレス君達の協力を得るために使う必要があった。言わば必要経費である。
「必要経費? お前はアレが必要だったと言うか」
「ええと、アレス君達にラーナ様の力を示せたわけで、無駄とは言いきれないのではないかと……」
「なにを白々しい。お前は覗き目的で使っておったではないか。しっかり自慰までしておいてなにを言うか」
「ああ……そう言えばそんな使い方もしちゃいましたね……」
水場でアレス君達の3Pを覗くのに確かに使ったかもしれない。ついでにディーニのオナニーボイスを聞くためにも活用したかも。考えてみるとオナニー目的で使った時が一番充実していた。
「強力な権能はその分神力を馬鹿食いするのじゃ。『森域把握』などその最たるものよ。時折地形を確認するだけならいざ知らず、常時発動させた上に感覚共有まで乱発しおって……あんなペースで使われたらあっと言う間に妾が禿げ上がるわ!」
異世界に渡っての最初の一日。その真の締めくくりは、幼女に懇々と説教されながらの土下座であった。