カバー

――このおっさん、やりたい放題!?

ある日突然、異世界の女神・ラーナ様に異世界転移を命じられてしまった、冴えないおっさんの鹿島吾郎。ラーナ様いわく、転移先の世界でラーナ様を信仰する信者が減ってしまい、存在が消えてしまう寸前だという。そこで、信者獲得を目的に吾郎を女神の代理人『名代』にするべく目をつけたのだ。契約を結べばラーナ様の身体を好き勝手にしてもよいという条件を出され、性に奔放な吾郎はホイホイと請け負ってしまう。しかし、転移先の世界は盗賊やモンスターが跋扈する修羅の世界だった! ! かくして吾郎は、微妙に役に立たない女神の権能を駆使して、信者獲得に奔走することになる――。

書籍化に伴い大幅改稿!
書き下ろしに『物語の前日譚』『ミル姉のご褒美』を収録!

  • 著者:ません
  • イラスト:しりー
  • 本体価格:1,200円+税
  • ISBN:978-4-8155-6504-6
  • 発売日:2018/2/28
口絵

タイトルをクリックで展開

 街道から奥まった林の中に朽ちかけた神殿があった。

 風化した石柱に囲まれた広場と、人の背丈ほどの女神像が残るだけの寂れた遺跡である。立ち寄る者も久しくいないこの場所で、一組のパーティーが野営をしていた。

 冒険者アレスとその一党である。

 夜の帳が降りた暗闇の中、パチパチと爆ぜる焚き木が石柱に囲まれた空間をぼんやりと照らす。焚き木の傍には乱雑に敷かれた毛布が幾重にも重なり、まるで獣の巣のような様相をみせていた。

 その上で、踊るように蠢く影が三つ。

 影のひとつはこのパーティーのリーダー、アレスだ。高い身長と引き締まった肉体を誇る赤髪の剣士は、多勢に囲まれても怯む事なく戦線を支えるパーティーの白兵戦担当だ。鍛え抜かれた肉体を余すところなく晒すこの時も、たったひとりで多人数相手の立ち回りを演じていた。

 パンパンと肉と肉がぶつかり合う音が石柱の間に響き渡る。

「ああっ! アレス! 激しいよぉ!」

 うずくまってアレスに尻を突き出しているのは、僧侶のクレア。青髪を活動的なショートカットに切り揃えた少女は、後ろからアレスに突かれて喜悦の表情を浮かべていた。冒険者を生業にしているだけあって、クレアの体は少年のように引き締まっている。ただ一点、たわわに実った乳房だけが女である事を暴力的に主張していた。普段なら法衣に包むべきその体は、全裸のまま汗に塗れている。

「アレスさん、こっちにも挿れて欲しいです……」

 クレアの横で同じように尻を突き出しているのは、魔法使いのルル。漆黒のセミロングが清楚な印象を与える少女だ。ルルもまた全裸のまま卑猥に股間を晒してアレスを誘っていた。幼さすら感じさせる小さな体躯に控えめな胸。子供と成人の危うい境界にある少女だが、誘う姿は妖艶な女のそれだった。

「ルルはいけない子だね。もうちょっと我慢できないかい?」

「無理です、もう待ちきれません」

 アレスは苦笑とともにペニスを引き抜く。開いたままの膣口から、ポタポタと愛液が毛布に零れる。

「ちょ、ちょっと、途中で止めるなんて酷いよ」

「順番だからね。今度はルルの番。クレアは少し我慢していて」

 そう言いながら、アレスは引き抜いたばかりのペニスをルルの股間に突き立てた。いきなり奥まで突かれて、ルルの小さな体が跳ねるように震える。

「んああっ! 気持ちいいですっ!」

 再びパンパンと音を立ててアレスの抽送が始まる。

 ふたりの少女を代わる代わる犯しながら、アレスは神殿の隅で膝を抱える少女に顔を向けた。

「ディーニも一緒にどうだい? ちゃんと平等に扱うよ?」

 ディーニと呼ばれたエルフの少女はフルフルと首を振ってアレスの誘いを拒絶した。絹糸のように繊細な金髪で編まれたツインテールが首の振りに合わせて宙を舞う。その拍子に肩まで被っていた毛布がずり落ちそうになり、慌てた様子で引き上げる。翠玉色の瞳は警戒するようにアレスをじっと睨み続けていた。

 さっきからずっとディーニはこんな調子だった。観劇でもしているみたいに、じっとアレス達の行為を見続けているのだ。その癖、声を掛けると野良猫のように警戒心を剥き出しにして拒絶する。

 アレスは肩を竦めると、再びルルに向かって腰を振り始めた。

 神に愛された種族と謳われるだけあって、ディーニの容姿は人形のように見目麗しい。冒険者とは思えない雪のように白い肌に、無駄な肉などまるでない細い体躯。胸まで無駄な肉に含まれてしまったのが、唯一残念な点かもしれない。

 普段はひとりで活動しているディーニだったが、今回の依頼ではアレスのパーティーと行動をともにしていた。ハーレムパーティーと噂されるアレス達だったが、いきなり三人でまぐわいだすとは流石のディーニも予測できなかった。

 こんな容姿をしているため、ディーニは男に誘われる事がとにかく多い。酷いときなど野営中に強姦しようとする冒険者までいるのだ。だが、多くのエルフがそうであるように、ディーニもまた身持ちが固い。自らの身を守れるだけの実力も備えている。欲望だけの男に体を許すような安い女ではないのだ。

「ああっ! そこ凄く気持ち良いです! イ、イっちゃいますっ!」

 ルルの幼い嬌声が響き渡った。アレスは暴力的に腰を打ち付けると同時に、ルルを支えていた手を離した。後ろから突かれる勢いのままドサリとルルが投げ出される。脱力したように突っ伏したルルは、尻だけが膝の高さに残っていた。剥き出しの股間から、透明な液体がチロチロと流れ出てくる。

「ルルはエッチだね。お漏らししちゃうくらい気持ちよかったのかい?」

「はい……素敵でした……」

 そのままルルは眠るように意識を飛ばしてしまった。抜いたばかりのペニスからは、ルルの汁がポタポタと垂れている。アレスはその汚れたペニスを、待ちかねていたクレアへと向ける。

「えへへ、やっとボクの番だ」

「持たせちゃったね、クレア。一緒に気持ちよくなろうか?」

「うん。精子いっぱい出してね。ボクの体にたっぷり掛けていいよ」

 おねだりするように尻を振るクレアに、アレスは爽やかな笑みを返す。そのまま濡れそぼったペニスに手を添えると、パックリと開いたまま待ち続けていたクレアの膣口へゆっくりと沈めていく。

 クレアの中に消えていくペニスを、ディーニはじっと眺めていた。膝を抱えて座るディーニは、肩から足下まですっぽりと毛布に覆われている。その毛布の中ではズボンと下着が膝まで下りていた。さっきからずっと剥き出しの秘所を指で慰めていたのだ。

(はあ、クレアったらあんなに気持ち良さそうな顔をして……)

 グチョグチョに濡れたスリットを指で弄りながら、ディーニはふたりの痴態をじっと眺め続ける。ペニスが引き抜かれる度に、泡立った愛液がボタボタと毛布に落ちていく。いつか自分もあんな事をするのだと想像するだけで体の奥を熱くさせた。

(私も早く運命の人とセックスしたいな。あんな風に気をやるまで突かれてみたい)

 アレスが力強い突きを放つ度に、クレアの体は嵐の中の小舟のように翻弄されていた。豊満な乳房も盛大に揺れている。アレスはその乳房を後ろから握り潰すように乱暴に掴んで腰の動きを加速させていく。

(凄い……まるでレイプしているみたい。あんなに乱暴にされているのにクレアは気持ち良いのかな)

 そんなディーニの疑問に答えるように、クレアが逼迫した声をあげた。

「ああっ! ダメっ! 気持ち良過ぎておかしくなっちゃうよぉ!」

 クレアの卑猥な叫びに触発されたのか、アレスの動きが加速していく。汗と愛液が飛び散る中、クレアの獣みたいな嬌声が響き渡る。

(んくっ私も、そろそろ終わらせなきゃ。オナニーしているなんてバレたら襲われちゃうかもしれない)

 ディーニの毛布の中ではくちゃくちゃと淫靡な音が鳴り響いていた。毛布の隙間から漏れ出る淫臭を嗅いで、自家発電的にディーニは興奮のスパイラルに入っていく。

「くっ、クレア、僕はいくぞっ!」

「うああっ! ボクもっ! ボクも飛んじゃう!」

 ドンと突き上げるような抽送を最後に、アレスはペニスを勢いよく引き抜く。その場に崩れ落ちたクレアに向かって、アレスのペニスから白濁液が吐き出された。

 勢いよく飛んだ塊がクレアの頬に直撃する。容赦なく降り注ぐ粘液が、クレアの乳房を、腹部を白く染めていく。最後の一塊は勢いを失ってクレアの陰部にドロリと垂れ落ちた。愛液に濡れた陰毛に、ゼリーのような粘度の高い白濁液が絡みつく。全てが終わると、クレアの体は匂い立つほどに精液に覆われていた。

「ふう。クレア、とても素敵だった。こんなに出したのは久しぶりだよ」

 ドロドロになって突っ伏したクレアは、壊れたような笑みを浮かべたまま既に意識を手放していた。

 むせ返るような精液の匂いを嗅ぎながら、ディーニもこっそりと絶頂を迎える。毛布の中で体が小刻みに震える。絶対にばれてはいけないこの状況が、ディーニをより深い絶頂へと誘っていた。


 その時、唐突に朽ちかけた女神像が光を放った。


 アレスとディーニは驚いて像へと目を向けた。直視できないほどの閃光に目を窄める。なんでもない石像だったものが間違いなく光を発していた。

 全裸のままアレスは傍らに置いていた剣を手に取り立ち上がった。同じくディーニも剥き出しの下半身はそのままに、鞘から短刀を抜き放つ。

 光っていたのは僅か数秒。だが、謎の現象を前にしたアレスとディーニには永遠とも思える時間だった。

 始まった時と同じように、光は唐突に失われた。暗闇が急速に広がる。瞳が順応できず目にはなにも映らない。それでもふたりは焦る事なく視覚が回復するのをじっと待ち続けた。

 徐々に慣れてきた目に映ったのは、なにも変わっていない神殿だった。焚き木は相変わらずパチパチと火の粉を飛ばしていたし、クレアとルルも裸のまま地面に転がっている。光っていたはずの女神像も何事もなかったように朽ちた姿を晒していた。まるで夢の中の出来事。だが、なにもかも全て同じというわけではなかった。警戒を解かずに視線を巡らせたふたりは、忽然と現れた異物の存在に気がつく。

 それは女神像の目の前。

 片膝と両手を地につけた姿勢でひとりの男が頭を垂れていた。

 敬虔に祈っているようにも、忠義の礼をとっているようにも見える。

 唐突に現れた男だったが、女神像の前に膝をつく姿は神性を感じさせるほどに厳かで清白だった。

 ただし、なぜか男は全裸だ。

 黒髪が目を惹く、くたびれた中年男だった。荒事など関わった事がなさそうなひ弱な見た目。その貧弱な腕では、井戸の水すらまともに汲めそうもない。城壁の外で出会う人間としては有り得ない体である。

挿絵1

 明らかに不審者。考えるまでもなく排除する対象。だが、呆気に取られたふたりは対応する事ができなかった。男は静かに立ち上がると、ゆっくりとした動作で振り返る。すぐにアレス達の存在に気がつく。

「おおっと人がいた。すげえな本当に異世界だよ」

 男はふたりの存在に驚いたかと思いきや、アレスが手にする剣を見て人懐っこい笑みを浮かべた。

 自身に向けられた武器を前にこの態度。得体が知れないにもほどがある。

 男はチラリと地面に転がるクレアとルルに目を向けた。

「もしかして乱交パーティーでもやってた? お兄さんやるねえ。美女三人を相手とは恐れいるわ。あっちのお嬢さんがたはいかにも事後って感じだな。うは、おまんこ丸出しじゃねえか。眼福、眼福」

 男の目が今度はディーニに向けられる。舐めるような視線だった。じっと顔を見たかと思うと、胸から腰、爪先まで不躾な視線が這い回る。ようやくディーニの顔に視線を戻した男は、なぜか気まずそうに苦笑いを浮かべていた。

「最後の最後、いよいよその金髪の子ってタイミングだったわけか。悪いな。良いところで邪魔しちゃったみたいで」

 はっとなってディーニは自分の姿を確認する。いつの間にか毛布は地面に落ちていた。体を隠すものはなにもない。つまりズボンと下着は膝までずり下がり、剥き出しになった股間を盛大に晒していたのだ。顔を真っ赤に染めて、ディーニは慌ただしく着衣を直し始めた。男はそんなディーニをのほほんと眺めている。

 敵意の全く感じられない男の態度に、警戒していたアレスも肩をすかされた思いだった。野営地に無断で侵入しただけでもアレス達には拘束する権利がある。その上、情交の現場に全裸で乱入してきたのだ。問答無用で叩き切られても文句の言えない状況と言える。それなのに、アレスはどうにも男を叩きのめす気になれなかった。

 男には不思議な人懐っこさがあるのだ。それに、不可思議な女神像の発光現象とともに現れたのも気に掛かる。迷信、因習が山のように溢れる世界だ。おまけに現実に神の奇跡までもが存在している。アレスが侵しがたい神性を感じてしまったのも仕方がない事だった。

「女神像の光とともに現れたように見えましたが、あなたは何者ですか?」

 野盗と決めつけてかかっても問題のない相手に、アレスは丁寧に言葉を並べた。そんなアレスに対して、男は警戒心の欠片も見出せない無邪気な笑顔でこう答えた。

「おう。俺は鹿島吾郎。女神ラーナ様の名代だ」

 気がつくと真っ白な空間にいた。

 壁も天井も、それどころか地面すらも曖昧なただ真っ白な空間。そんな不思議空間で、なぜか俺は正座している。それも全裸で。我が事ながら意味がわからない。もしかしたらなにかの罰ゲームなのだろうか?

 どういうわけか俺の記憶は霞がかかったみたいに曖昧だ。こんな状況に至る前に、自分がなにをしていたのかさっぱり思い出せない。

 自分の名前が鹿島吾郎である事。

 事ある毎に三十七という年齢を嘆いていた事。

 数多の女を抱いて浮き名を流していた事。

 そんな断片的な記憶だけが、ポロポロと浮かぶばかりだった。

「浮き名を流したとは図々しいの。お前の記憶にあるのは、金を払って抱いた女ばかりではないか」

 目の前に忽然と女が現れた。その姿を見て、俺はギョッと目を剥く。源氏物語から抜け出てきたような姿だからだ。重そうな十二単に身を包み、漆黒の髪を腰に届くほどまで長く伸ばしている。

 鋭利な刃物のような美貌。そんな剣呑な表現が自然と思い浮かぶほど、恐ろしく整った顔をしている。

 俺の直感が告げる、この女はたぶん人間ではないと。そもそも格好からしておかしいが、煙みたいに唐突に姿を現したのだ。それに加え、俺の頭の中を覗いているかの如き言動までしている。明らかに俺達とは違うなにかだ。神様とか悪魔とか、そういう類いの存在と考えた方がいいかもしれない。

「ふふふ。その通りじゃ。妾の名はラーナ。遠き昔に日の本より異界へ渡った女じゃ。妾は彼の地にて神の一柱へと昇った。妾が司るのは森と生命。草木が芽吹き、地に子が満ちる理を守護するのが妾の役目じゃ」

 なるほど。森と生命の女神ラーナ様ですか。神様って事は、もしかして俺は死んだって事ですか?

「安心しろ死んではおらぬ。ここは妾の作りたもうた隔世じゃ。いうなれば妾の夢の中といったところかの」

 よかった。死んだわけじゃなかったようだ。天国だか地獄だか、はたまた転生なのか知らないが、神様が出てきたとなればそんな展開が待っているものと身構えてしまう。だが安心するのはまだ早いだろう。神様に呼び出されるとか相当だ。自慢じゃないが、そんなに品行方正に生きてきた自信はない。機嫌を損ねてはダメだ。なに、社畜歴十五年のキャリアを持ってすれば、下手に出るなど屁でもない。

「よい心掛けじゃな。発言には努々気をつける事じゃ。あまりに不遜が目につくようなら、お前の存在を消し去る事も吝かではないぞ?」

 それは恐ろしい。せいぜい自重するとしよう。

 それにしても不思議だ。生殺与奪を握られているというのに、どういうわけか俺は恐れを感じていない。例えるなら、SMクラブの女王様に金玉を踏みつけられている感覚に近い。なにを言っているのかわからないかもしれないが、要するに、愛があるから致命的な一線は越えないと信じきれるのだ。出会って五分にも満たない相手に愛も糞もないわけだが、なぜか同じような信頼をラーナ様に感じている。

「愚かな例えをするでないわ。SMクラブの女王様がお前を壊さないのはお前がお客様だからじゃ」

 なんというつまらない事を言う女神様なのだろうか。

 中年男はささやかな希望をよすがに生きている。キャバ嬢がトークしながら考えている事とか、風俗嬢の喘ぎ声の真実とか、例え神様だってそうゆうのは絶対に言ってはいけない。絶対だ。

「面倒臭い男じゃなお前は。妾は、お前が良いところに気がついたと言いたかったのじゃ。妾がお前の心を覗けるように、妾の心もまたお前に流れている。お前が恐れを抱かないのは当然の事よ」

 俺にラーナ様の心が流れ込んでいるだと……? 意識してみると確かにそんな気もしてくる。あんな脅しを口にしているが、ラーナ様は俺に悪意も害意も抱いていない。むしろこれは……いや、まさか……。

「……あの、もしかしてあなた様は、俺に好意を持っているのでしょうか? いわゆるその、性的な意味で」

「ふふふ。ようやく気がついたか」

 やっぱりかよ。どこが気に入ったのかは知らないが、どうやら本気で俺とエロい事をしたいようだ。

「もしかして俺に性的な関心を抱いたから、こんな空間に呼び出したんですか?」

「ふむ。妾がお前を呼んだ理由か? 色々あるのじゃが、久方ぶりに日の本の男を食いたくなった、というのも理由のひとつかもしれんの」

 それって……もしかして、これまでも散々食い散らかしてきたって事なのか? 目の前の美人が、取っかえ引っかえちんちんを咥えこむ場面を思わず想像してしまう。誰にでもヤラせてくれる心の広いヤリマンちゃんを女神様と呼んだりするが、ラーナ様はそういう意味で本当に女神様なのかもしれない。

「さてどうするのじゃ? 果たしてお前に妾を抱く度胸はあるのかのう?」

 ラーナ様は挑発的な笑みを浮かべていた。俺が素人童貞だからって舐めていやがる。確かに俺は金銭的な繋がりのない女の子が苦手だ。だってあいつら、なに考えているかサッパリわからないんだもの。

 だが今は状況が違う。ラーナ様が俺とヤリたがっているとわかっているのだ。ボーナスステージみたいなものである。俺とて、ここまでお膳立てされて尻込みするようなヘタレではない。

「ヤラせてくれると仰られるなら、もちろん喜んでヤリますとも」

「ふふふ。威勢が良いの。どれ、その言葉に偽りがないか試してみようか」

 瞬きした瞬間だった。目の前のラーナ様が、いつの間にか全裸に変わっていた。肌理の細かな染みひとつない肌。メロンほどもある巨乳なのに、乳首はツンと上向いている。豊満な胸に対して、くびれたウエストには無駄な肉が一切ない。グラマラスでいて弛んだ所が一切ないのだ。いっそCGであると言われた方が納得できるほどの見事なプロポーション。

 ゴクリ、と思わず唾を飲み込んでしまった。正直言ってこんな美人を相手にするのは初めてだ。ビビっていると言われても確かに否定できない。

 ラーナ様は床の上に膝を着くと、そのまま女豹のように俺ににじり寄ってくる。谷間が凄い事になっている。挑発するような目線がヤバイ。俺は思わず逃げるようにあとずさっていた。だが、そんな抵抗など時間稼ぎにもなりはしない。あっと言う間にラーナ様に距離を詰められてしまう。

「ふふふ。さっきまでの威勢はどうした? 妾をお前のものにするのであろう?」

 ラーナ様の白く細い指が、俺のちんちんを掴んだ。ひんやりとした感触に思わず声をあげそうになる。

 ピアノを弾くように繊細かつ複雑に指が蠢く。裏筋だとか亀頭だとか尿道口だとか、あらゆる弱いところを指が撫で上げていく。めちゃくちゃ気持ちいい。この超絶テクはなんぞ? 生挿入より気持ちいい手コキとか、俺の風俗観が変わってしまうではないか。

 あっという間に俺のちんちんはカウパーを垂れ流し始めた。ラーナ様はそれすらも指で絡め取って、俺を責める道具として使いこなす。

 一分も持たなかった。腰が弾ける衝動のままに盛大に精液を撒き散らしてしまった。射精の最中でもラーナ様の手は休まない。ちんちんの脈動を手伝うように手が蠢くのだ。おかげで底が抜けたように気持ち良く出し切ってしまった。

 あまりの快楽に頭がぼうっとする。どろりとした精液を頬につけたまま、ラーナ様は妖艶に微笑んでいた。

「気持ち良かったかえ? 随分と威勢よく出たではないか」

「は、はひ。凄く良かったれす」

 俺の下腹部は、自分の蒔いた白濁液でドロドロに汚れていた。そんな下半身にラーナ様が覆い被さる。挑発的に俺の目を見つめながら、舌を伸ばして白濁液を舐め取っていく。俺のちんちんを掴んだままの手も、動きを再開していた。

「濃い子種汁じゃな。むせ返るような匂いじゃ」

 この女神様はヤバイ。手コキされただけだが、俺はラーナ様の底知れなさに戦慄していた。

 なにせ出したばかりだというのに、俺のちんちんはあっと言う間に硬さを取り戻してしまったのだ。こんな超速で回復した事など俺の記憶にはない。若い頃でもこんなに元気ではなかったはずだ。

 ラーナ様は長い髪を掻き上げながら、俺のちんちんをパクリと咥えた。神々しいまでの美貌が俺のちんちんを咥えている。そのビジュアルだけでクルものがあるが、口淫のテクも半端ない。神業だった指を凌ぐほどに強烈なのだ。舌が蠢き、俺の弱いところを的確に舐め上げる。普通だったら痛いだけの歯や、喉までも使いこなして俺のちんちんを刺激してくる。時折ちんちんを口から出して、俺に見せつけるように目の前で竿に舌を這わせる。

 エロ過ぎる表情に、ゾクゾクと興奮が湧き上がってくる。

「ふふふ。出したばかりだというのに、こんなに硬くしおって。しゃぶりがいのある逸物じゃ。ほれ、今度は妾に子種汁を飲ませてみるがよい」

 じゅぼじゅぼと音を奏でながらラーナ様の唇が俺のちんちんを何度も往復する。熱くてヌルヌルした唾液と窄められた唇の締め付けが俺を追い込んでいく。極めつけはやっぱり表情だ。薄っすらと笑みすら浮かべながら、愛おしそうに俺を見上げる神がかった美貌。こんなの耐えられるわけがない。

「くはっ……」

 抵抗らしい抵抗など殆どできずに、再び口の中で射精が始まってしまった。ラーナ様は嫌な顔ひとつせず、射精に合わせてちゅうちゅうと精液を吸い出していく。射精中という超敏感なタイミングでの追撃に、俺は乙女のように情けない声をあげてしまった。

 そんじょそこらのピンサロでは味わう事のできない神フェラだった。いや元より神様なんだろうけどさ。

 僅かな時間で二連射である。風俗を全力で楽しむ為に、早さと回数を志向する俺ではあるが、流石にこれはおかしいだろう。俺は一体どうなってしまったのだろうか?


 時に、記録というものは唐突に打ち立てられる事がある。準備に準備を重ね、狙い澄まして獲得する記録がある一方で、偶然と幸運が重なり思いがけず達成してしまう記録もある。今回の俺の記録はまさにそれだ。

 自己ベストを易々と更新してしまった。ラーナ様が俺に奉仕を始めて凡そ三十分。俺は既に五発も抜かれていた。単純計算で六分に一発。その早さも凄いが、回数だけとっても異常な事態としか言いようがない。何発抜かれても、ラーナ様の美しさと超絶テクの前に、俺のちんちんははしたなく勃起を繰り返してしまう。

 これだけ出しまくれば当然だが、ラーナ様の美しい顔にもあちこち精液がこびり付いている。長く艶やかな黒髪にも、たわわな乳房にも、引き締まったお腹にも、俺の欲望の痕跡が飛び散っていた。

 端的に言えば精液まみれだ。それでも彼女の美しさは失われるどころか、妖艶さに磨きがかかるだけだった。

「ふふふ。酷い有様じゃな。お前の子種汁で溺れそうじゃ」

 ようやく体を起こしたラーナ様は、女の子座りしたまま猫のように自分の顔を拭っている。精液を指で集めて舐め取っているのだ。うっとりとした表情で愛おしそうに俺の吐き出した粘液を味わう姿には、本物の淫乱だけが持つ凄みというものを感じざるを得ない。

 俺はすっかりラーナ様の虜になってしまった。いや、女神様というからには信仰に目覚めたと言うべきか。

 ラーナ様は膝立ちになると、俺の肩に手を置いて腰の上を跨いだ。いよいよ本番が始まるのか。ここまで散々搾り取られてしまったが、ラーナ様の高貴なおまんこに挿れられると思うと気持ちが高ぶってくる。

 いきなり挿入するような無粋をラーナ様はしない。俺の髪を撫でながら抱きしめるように体を寄せてくる。

「吾郎……」

 甘く俺の名前を呟くと、ラーナ様は俺の唇を貪るように口づけを始めた。熱い舌が俺の口の中を蹂躙する。

 ラーナ様の舌はうっすらと甘く、流れ込んでくる唾液も甘露の如く芳ばしい。夢中で唇を吸い返しているうちに、俺の股間はすっかり元気を取り戻していた。ラーナ様のアソコをツンツンとつついている。

「ふふふ。はしたなく腰を突き出しおって。そんなに妾の中に入りたいのかえ?」

「そ、そりゃあ、もちろんですよ……」

「契約もまだしていないのに本当は駄目なのじゃぞ? しかし吾郎の子種汁の匂いにやられて、妾もおかしくなってしもうた。少しだけじゃ。ほんの触りだけ、日の本一と称えられた御陰を味わわせてやろう」

 クチュリと湿った音を立てて俺のちんちんが呑み込まれていく。ラーナ様の中は火鉢のように熱かった。中に入った途端、四方八方からギュンギュンと肉の壁が絡みついてくる。みっちりとした圧迫感。ザラリとした膣壁。加えて、奥へ奥へと引き込むような強烈な吸い込みまである。ダイ〇ンもビックリな吸引力である。

 日本一などと豪語するだけあって凄い。これは名器なんて生易しいものじゃない。

 宣言通り、ほんの先っちょを呑み込んだところでラーナ様は腰を浮かせてしまった。僅かな時間しか入ってなかったというのに、俺の亀頭はラーナ様の愛液とカウパーでドロドロに汚れていた。

「どうじゃ? もっと味わいたいか?」

「もちろんですとも! 素晴らし過ぎるおまんこです! 是非に、是非に続きを!」

「ふふふ。駄目じゃ。この先はやれんの」

 無体な発言に俺は愕然とする。先っちょは挿れさせてくれたというのに、この女神様はなぜイケずな事を言うのか? アレか? 俺のちんちんが期待外れだったと言いたいのか? それとも『がっつき過ぎてキモーイ』とか言って金だけ巻き上げてドロンした、川崎市のノリコちゃん(自称十八歳)みたいなアレなのか?

「ここまでやっておいてお預けとか酷過ぎますよ!」

「ううむ。そうは言われてものう。この先は妾の名代となる益荒男に捧げたいと思うとるのじゃ。どうしても妾の御陰を貪りたいと言うなら、お前が妾の名代になるしかないのう」

「な、なんという紙芝居商法! ここから先は登録が必要ですってやつですか!」

「なに。名代ともなれば夫婦みたいなものじゃ。妾は求めに応じていつでも体を開く覚悟ぞ。それこそ三百六十五日、昼夜を問わずいつでもどこでもじゃ」

 い、いつでもどこでも……だと。ゴクリと俺は生唾を飲み込んだ。あの素晴らし過ぎるおまんこをコンビニ感覚で使っていいと言っているのだ。俺が夢にまで見た、オナニー知らず風俗要らずのリア充性活がすぐそこにぶら下がっている。これは全財産を投げ打ってでも手に入れるべきじゃないのか。逃したら一生後悔するかもしれない。名代だか大名だか知らないが、それをやると頷けば全ては俺のものになる。

「それ、やります」

「ほう、妾の名代になると言うか。では、妾のためにその生涯を捧げると誓えるか? 違えた場合はその命もらい受ける事になるぞ?」

「ええ。ええ、誓いますとも。だから早く……」

 よくわからんが結婚式の誓約みたいなものだろう。死ぬまで愛して欲しいとか、どんだけ可愛いんだよ。

「ふふふ。よくぞ言った。では妾が宣誓を述べたあと、妾の手に口づけせよ。──森と生命を司る美神としてここに盟約を宣す。鹿島吾郎。汝に妾の名代としての権限を授ける。汝が供する代償はその命。時・場所・意思を問わず妾の死の宣告を甘受する呪いを魂へと刻む。否やなきならば誓いの口づけを」

 ラーナ様の綺麗な手が俺の前に差し出された。

 俺の下半身に跨がったままであると言うのに、その姿は怖気が立つほどに神々しい。なにか不穏な単語が混ざっていた気もするが、その圧倒的な神威に圧されて、俺は差し出された手に口づけをしてしまった。

 光り輝くエフェクトもなければ、荘厳なファンファーレが鳴ったわけでもない。観測できる事象はなにもないが、この瞬間、確かに俺とラーナ様の間になにかが繋がったのを感じた。

「嬉しいぞ吾郎。これで妾も救われる。早う挿れようぞ。妾も欲しくて堪らなかったのじゃ」

 ペロリと舌舐めずりをしつつ、ラーナ様は再びゆっくりと腰を落としてくる。亀頭が割って入った瞬間、中から熱い粘液が溢れた。俺の陰嚢まで濡らすほどの量がダラダラと流れ落ちてくる。

 ラーナ様も本当に限界だったのだろう。そのまま俺のちんちんを根元まで呑み込む。至上の名器が作り出す強烈な快楽が俺を責め立てる。あまりの気持ち良さに、俺の腰は勝手に震えていた。

「ふふふ。やはりお前を選んで正解じゃったな。お前の逸物は中々具合が良い。硬さ、大きさ、張り出し。どれもちょっとしたものじゃ。誇っても良いぞ」

「お、俺の評価はちんちんだけですか?」

「なにを言うか。お前の燻った魂がなによりも妾の好みに合致しておる。妾は清廉潔白な男なぞ好まぬ。お前のように薄汚れた魂にこそ生命の本質を見る」

 全然褒められている気がしないのは気のせいだろうか? ただまあ、うっとりとした表情で俺を味わっているラーナ様を見ていたら、そんな些細な事などどうでも良くなってくる。

「もっと妾の事を獣のように貪ってよいのじゃぞ? 妾の御陰を壊す勢いで暴れておくれ」

 卑猥過ぎるおねだりに、辛うじて繋ぎ留めていた理性があっけなく崩壊する。

 気がつくと、欲望のまましっちゃかめっちゃかに下からラーナ様を突きまくっていた。突く度にぶしゃぶしゃと湿った音を奏でながら愛液が飛び散る。辺りはラーナ様のイヤラシイ匂いが充満していた。

「すげえ濡れ方してますけど……気持ちいいんですか?」

「は、張り出したカリが中を引っ掻き回しているのじゃっ……くうっ」

 いつの間にかラーナ様は膝を立てていた。俺が突き上げる動きに合わせて、ラーナ様も屈伸するように体を動かしている。ただでさえ気持ち良いのに、そんなに積極的に動かれたら堪ったものじゃない。

「よ、良いぞ吾郎よ。な、中を引っ掻かれて、わ、妾は裏返ってしまいそうじゃ……」

 膣壁を擦りつけるようにラーナ様は動いていた。本人が言うように、中身が引っ張り出されるような感触を楽しんでいるのだろうけど、それは俺も同じだ。ていうかヤバイ。こんな強烈な動きを続けられたらあっという間にイカされてしまう。

 トドメとばかりにラーナ様は俺の唇まで貪り始めた。ちゅうちゅうと唾液を吸い出しながら、舌が口の中を激しくのたくる。そんな熱烈なキスを続けながらも、下半身の卑猥な動きはやむ事なく続いている。

「ううっ……ラーナ様、やばいっす、もうイっちゃいそうです」

「だ、大丈夫じゃ。妾も高まっておる。お前の子種を受ければ一緒に達する」

「そ、それって中で出していいって事ですか?」

「あ、当たり前じゃ。わ、妾の体はお前のものじゃと言うただろう? 厠代わりに好きに使ってよいのじゃ」

 ヤバイ。そんな性奴隷っぽい宣言されたらもう堪らない。限界まで深く挿れるとともに、俺は目の前のおっぱいにむしゃぶりつく。甘い肌の香りに包まれながら、遂に限界を迎えた。

 六発目とは思えない強烈な快楽を伴う射精だった。たがが外れたみたいにちんちんが盛大に脈動を繰り返している。その脈動に寄り添うようにラーナ様の膣が伸縮する。精液が強制的に吸い出されていく、魂まで抜かれるような射精に、俺は震える事しかできなかった。

「ふふふ。愛い奴じゃ。勢いよく叩きつけおって。吾郎の子種汁は熱くて重いの」

 日本一と臆面もなく称する名器のポテンシャルは、俺の想像など遥かに超えていた。


「それで、結局俺はなにをしたらいいんですか?」

 ようやく事後の気怠さから戻った俺は、体を起こしながら気になっていた事をラーナ様に尋ねた。

 ちなみに脱ぐときと同様、瞬きしている間にラーナ様は元の十二単姿に戻っていた。そこら中に飛び散った俺とラーナ様のエッチな汁もすっかり消えている。なんか、色々便利過ぎる空間だなここ。

「なに、簡単な事じゃ。異世界へ渡って妾を崇め奉る民を増やせばよい」

 なんだ、そんな事か……って、えっ? い、異世界? ちょっと待て。そんな話は聞いていないぞ。今の生活を捨てろといきなり言われても困る。俺にだって捨てられない大切なものが沢山あるのだ。例えば、追っ掛けているアニメの続きとか。鬼課金してしまったソシャゲとか……あれ?

「お前は生涯を掛けて妾に仕えると誓約したではないか」

 いや、確かにそんな事を誓っちゃいましたよ? でもちょっとあの契約は汚いんじゃないですかね? だって異世界だよ? 海外に移住するのとはわけが違う。会社はどうすんだよ? 両親だってまだ健在なんだぞ。

「会社なぞ大した問題にはならん。お前がいなくなったところで、部下のひとりに昇進するチャンスが巡るだけじゃ。親御さんの方も安心せえ。元よりお前になぞなんの期待もしていない。できた弟が万事うまくやってくれる事じゃろう」

 なにそのリアル過ぎる回答。もっとこう神様的な力で関係者の記憶を書き換えるとか言ってくださいよ。

「そんな都合のいい話があるか。彼女居ない歴三十七年の中年男が、人生を悲観して失踪したのじゃ。誰も違和感を覚えない上手いストーリーではないか」

 いやいや、それ全然上手くないから。事件性ありまくりでしょ? 帰ってきたら大変な事になっているパターンだから。

「まだ理解できていないようじゃな。帰ってなどこれぬ。お前は名代となる代償として妾に命を預けたのじゃ。比喩ではないぞ? お前には妾が命じるだけでコロリと死んでしまう呪いが掛かっておる」

 の、呪いだと? そういえば、ヤリたい一心で話半分にしか聞いていなかったが、確かにそんな事を言っていた気がする。俺の頭の中で、法務の女子社員が言っていた言葉がリフレインする。

『契約書は細かいところまで一字一句精査しなきゃダメですよ』

 腰に手をあててプンプンと説教している姿も、今はもう遠い。

「だ、騙されたのか、俺は……?」

「人聞きの悪い事を言うでないわ。これでも破格の条件じゃぞ? 名代とは即ち神の代行者。妾の持つ権能の尽くをお前は行使できるのじゃ。それに加え、妾の事を好き放題に抱いて良いと言うておる。日の本にいたのでは決して得られぬ幸運ではないか」

 確かにその通り。ラーナ様は間違った事は言っていない。この先、ラーナ様級の美女が嫁かセフレになるなど、俺の日常では宝くじ並の低確率だ。

 それに俺はしがない勤め人。結局は他人に使われる人生だ。なんか凄い力がもらえると言うのだ、異世界に行った方がスペシャルな人生を送れるのかもしれない。

 だが釈然としない。上手い事やられちゃった感が半端ないのだ。

「では早速、異界渡りの術を行うとしよう」

「いきなりですか? なんの準備もできてませんよ?」

「どうせその身ひとつで渡るのじゃ。準備もなにもないであろうが」

「そ、そんなあ……」

 悲嘆に暮れる俺の事など一顧だにせず、ラーナ様は儀式を始めてしまった。

 目を閉じて胸の前で両手を合わせたラーナ様の口が呪文を紡ぐ。和歌のような祝詞のような不思議な旋律。詠唱に合わせてラーナ様の手は次々と印を結んでいく。

 澄み渡るようなラーナ様の声が響き渡る中、俺は次第に体に違和感を覚え始めていた。体の中をなにかが這いずり回るような不快な感覚。なにが起きているのかサッパリわからない。それがまた俺の恐怖を煽る。

 呪文の終結と同時にラーナ様がパンと柏手を打った。

 その瞬間に始まった。

 体をバラバラに引き裂かれるような強烈な痛みが襲ってきたのだ。

「ぐああっ! なんだこれ、メッチャ痛え……」

 あまりの痛みに俺はその場に崩れ落ちてしまう。

 プツリと左腕が千切れた。いや消えたのだ。掻き消えるように俺の左腕が消失した。切断面から血のひとつも出ていない。まるで現実の事とは思えないが、痛覚だけは左手の喪失を盛大に訴えている。

 次に来たのは右腕が千切れる激痛。痛過ぎて俺は地面をのたうちまわる。気が狂いそうな痛みだった。なくした右腕もやはりどこかに消えてしまった。激痛の中、俺はただただ怯えていた。これからなにが起きるのか予測できてしまうのだ。この流れで腕の消失だけで済むわけがない。

 予想通り左足が千切れた。何事か意味のない叫びをあげていた。涙で視界が霞む。右足もなくした。もはや俺はダルマ状態だ。のたうち回る事すら叶わない。涙と涎と鼻水をみっともなく垂れ流すだけの肉塊に成り下がってしまったのだ。

 ゾッとする悪寒が広がる。手足を全て落としたら残るものはなんなのか。首を取られたら死んでしまうかもしれない。けど、この地獄から解放されるなら、死すらも甘美な救いに思えてしまう。

 首筋に違和感が集まり始める。終わる事の恐怖と、解放への渇望が鬩ぎ合う。

 喉から順番に裂けていく。気道が途絶える。食道が潰される。頸椎が引き抜かれる最悪の感触を最後に、俺の意識はプツリと途絶えた。


「目が覚めたか?」

 意識を取り戻した俺が最初に知覚したのは、甲高い声だった。

 相変わらず白一色の空間だった。だが、あの地獄のような激痛はすっかり消えている。手足がある。首ももげていない。まるで悪夢であったかのように、あの苦しみの痕跡はどこにもない。

「お前の肉体は無事世界を渡った。この隔世から出ればそこはお前の知らない世界じゃ」

 異界渡り。恐ろしい魔法だった。恐らく体のパーツ毎に世界を渡ったのだ。あの四肢が切り離されていくおぞましい感触を思えば、その予測で間違いないだろう。正直言ってもう二度と味わいたくない。

「心配するでない。お前が再び世を渡る事など妾が許さん。お前はこの地で妾のために事を成すのじゃ」

 仰向けに寝転がる俺をじっと覗き込む顔があった。さっきから俺に話し掛けているのはこいつのようだ。

 気の強そうな吊り目がちな瞳に、濡れ羽色のストレートヘア。つい先程、俺の素人童貞を奪った女神様によく似ている。服装も柄まで同じ十二単。普通に考えれば、ここで唐突にそっくりさん登場とかあり得ない。本人と認識するのが極々自然な考えだ。だが俺は、彼女がラーナ様ではないと判断するよりない。

 なぜなら幼女だから。目の前の女は、色気など欠片もないちんちくりんなのだ。ランドセルでも背負っていそうなお年頃。一丁前に十二単など着ているが、学芸会から飛び出してきた感が半端ない。

「異界渡りは膨大な神力を使うのじゃ。元より妾の神力は枯渇寸前。足りない分は妾の存在を切り崩すよりない。その結果がこの姿というわけじゃ」

「誰? ラーナ様の娘さん?」

「ええい! だから妾がラーナじゃと言っておる!」

 いやいやいや、ご冗談を。ムッチムチのエロビッチ女神様がこんなちんちくりんに化けるなんてあっていいはずがない。認めない。俺は決してそんな理不尽は認めない。

「神力を失ったためにあの姿を保てなくなったのじゃ! いい加減現実逃避をやめよ!」

 マジでラーナ様なの? 確かにラーナ様をそっくりそのままスケールダウンしたような見た目ではある。幼女に言うのもなんだが、ちょっと目を見張る美少女と言っても過言ではない。だが所詮は年齢一桁。成人版のラーナ様にあった、呑み込まれるような威厳や色気は欠片もない。

 これがラーナ様だとしたら話が違い過ぎるだろ。二十四時間いつでも抱き放題とか便所代わりに中出しOKとか凄い事言っていたけど、こんなちびっ子相手にそんな事できるわけがない。

「なにをつまらない事を。妾ほどになれば童女のなりであろうと、お前を楽しませるなど造作もないぞ?」

 目の前の幼女がしなを作ってウィンクをかます。

 きっと色々あり過ぎて俺の精神も限界だったのだと思う。『仏の鹿島』の異名を持つ温厚なはずの俺が、目の前のこまっしゃくれた幼女をみて感情の抑えが効かなくなってしまったのだ。

 端的に言えば、俺は完全にぶち切れた。

「ふ・ざ・け・ん・な! ロリっ子ラーナとかお呼びじゃねえんだよ! 俺はあのたゆんたゆんなおっぱいと極上まんこに人生捧げたんだよ! こんなツルペタになっちまうとか完全に詐欺じゃねえか!」

 激高する俺を見て、幼女なラーナ様は怯えたように身を竦めた。目には涙まで浮かべている始末。その姿に怒り心頭な俺も思わず怯んでしまう。そんなにビビられると、チクリと心が痛い……いやいや、なんで被害者の俺が幼女虐待しているみたいになっているのか。

「も、元々吾郎を名代にしたのは妾の神力を増やしてもらうためじゃ。神力さえ戻れば姿カタチなど自由自在。妾のあの姿が恋しいというのであれば、役目通り神力を増やす事に邁進すれば良い」

「神力? それを集めればあのおっぱいたゆんたゆんなラーナ様が戻ってくんの?」

「そうじゃ。神力の源は信仰心。妾を崇め奉る民を増やせば自ずと増える」

 神様だから信者がいっぱいいれば良いって事なのか。ていうか俺を連れてこなければ、幼女化するまで神力とやらを消費しなかったんだろ? まるっきり本末転倒なんじゃないのか?

「妾のような神と呼ばれる者は、神力を使って存在を保っておる。存在するだけで神力が減っていくのじゃ。このままではいずれ神力が尽き、存在ごと消失する運命じゃった。なけなしの神力を使ってお前を呼び寄せたのは、そうなる前に妾に祈る者を増やさせるためじゃ」

 なるほど、倒産寸前の会社が資産の全てを突っ込んで起死回生の投資をしたって感じか。そこで俺を選んでしまう経営センスには疑問を抱かずにはいられないわけだが。

 となると俺の役割は布教というわけか。ラーナ様を信奉する団体を主宰して、信者を沢山囲い込めばいいって事だな。なんだかカルトを作るみたいでワクワクしてきたぞ。

「たわけ、そんな怪しげな宗教団体など妾の沽券に関わるわ。よいか、神力を増やす手段は三つしかない」

 ラーナ様は大仰に三本の指を立てて胸を張る。ロリっとした美少女がどや顔で威張る姿は、思わずほっこりしてしまう微笑ましさがある。

「ひとつは妾の神殿で祈りを捧げる人間を増やす事じゃ」

「神殿? そんなもの簡単に建てられるものじゃないでしょ?」

「神体さえあればそれで神殿となるのじゃ。小さな祠程度ならお前でも建てられよう」

 ああ、神殿とか言っているけど道端のお地蔵様みたいな感じでもいいのか。

「もうひとつは妾の神聖魔法を人々に使わせる事じゃ。神聖魔法とは、わかりやすく言うと神の奇跡を魔法という形で人々が使えるように丸めたものじゃな。マナを捧げる代わりに神の奇跡を与える技じゃ」

 神聖魔法か。よくわからんけど、神の奇跡が使えるならみんなこぞって使いたがるんじゃないだろうか? わかり易く現世利益を得られるのだ。神力稼ぎの有力な手段はこれかもしれない。

「最後は神事を行う事じゃ。お前のイメージしやすいように言うなら祭りじゃな。神事によって得られる神力は桁が違うのじゃ。他の方法と比べて何十倍もの神力が僅かな時間で得られる」

「そりゃ凄いじゃないですか。バンバン神事をやるべきですね。具体的にはどうすれば良いんですか?」

「ふふふ。聞いて驚けよ? 妾の神事はなんと乱交じゃ!」

「……はい?」

「だから乱交じゃよ。三人以上での集団性交が妾の神事じゃ!」

「ええと、ごめん。ラーナ様ってなんの神様でしたっけ? 姦淫だっけ?」

「違うわ! 妾は『森と生命の女神』じゃ!」

「それがなんで乱交なのよ? サバトじゃないんだからさ……」

「妾が司る生命とは、これ即ち種の繁栄の事よ。ガンガンまぐわってバンバン子を孕む乱交は妾の司る事象において最も合理的な行為じゃ!」

 はあ、さいですか。もういいや。とりあえず神事に関しては放っておこう。

「なんでじゃ! 乱交をやれば神力がどんどん溜まるのじゃぞ!」

「じゃあ伺いますけど、こっちの世界の人達は乱交とか平気でしちゃう貞操観念なんですかね? 流石に異世界といえど、そんなヤリチン、ヤリマンだらけの世界とか想像できないんですけど?」

「……き、機会がないからじゃよ! 誰だって本心では乱交したいと切望しているはずじゃ! 安心安全に乱交できる機会さえあれば、みんな行列を作って乱交するに違いあるまい!」

 なんだその企画モノAVみたいな世界観は。もういいよ。要するにインモラルな行為なんでしょ? 世間に白い目で見られるであろう乱交パーティーをラーナ様の名の下に開催するとか、どう考えても信者獲得の妨げにしかならないだろう。却下です。却下。

「ううっ……乱交は良いものなのに……」

 ラーナ様は悔しさに涙すら滲ませていた。どんだけ乱交やりたいんだよこの人は。乱交はともかく残りのふたつで神力を稼ぐほかなさそうだ。

 どちらをやるにせよ、人手はやはり必要だろう。ラーナ様がカルトっぽい組織はダメと言っていたから宗教化はしないけど、信者がいるならまずコンタクトを取るべきだ。

「あの、ラーナ様の信者ってどこに行けば会えるんですかね? そもそも信者ってどれくらいいるんですか?」

「……」

 おい。なぜ黙るのか。

「……さ、三百」

「三百万人ですか? この世界の総人口は知りませんけど、三百万人ともなるとどこ行っても一定数はいるって感じですかね?」

「三百人じゃ! お前わかっていて意地悪しておるのか?」

 ラーナ様は涙目でぶち切れていた。幼い体の影響なのか、幼女版のラーナ様は随分と情緒不安定である。ていうか三百人ってなんだよ……そこらのご当地アイドルの方が信者が多いんじゃないのか。

「……で、そのなけなしの三百人はどこにいるわけですかね?」

「……妾の信者の殆どは森の奥で暮らすエルフじゃ。ちなみにエルフの集落は人間との交流を断っておる。妾の名代といえど、吾郎がヒト種である以上余程の理由がない限り近づけぬ」

 なけなしの三百人すら交渉不能とか、本当にラーナ様が神様なのか疑いたくなるレベルだ。なにもかも無手から始めろってか? こんなんじゃラーナ様を元の姿に戻すのに何十年も掛かるんじゃないだろうか。

 なんかもう、完全にやる気がなくなってきた。

「そ、そんなに不貞るでない。お前を呼んでしまったから妾にあとはないのじゃ。一緒に頑張っていこうぞ?」

 頑張ろうとか言われましてもねえ……。こちとら現世利益を要求するバリバリの現代日本人ですよ? なにかこう俺をアゲてくれるインセンティブ的ななにかがないと、どうにもやる気がねえ……。

「だ、だからヤル気になるように妾が性的奉仕をだな……」

「却下。もう少し大人に育ってくれないと本気でムリです」

 ぐぬぬと悔しそうに唇を噛むラーナ様。いや、悔しいのは俺の方だから。

「……妾がその気になれば加護によってお前は絶倫となるはずじゃ。吾郎も妾とのまぐわいでその片鱗を味わったであろう? いささか不本意であるが、妾以外の女とまぐわう際も絶倫の加護が効くようにしてやろう」

 何発でもヤれちゃう俺のあの性豪っぷりはラーナ様の加護だったのか……。いや確かに美味しい特典ではあるけど、こればっかりは相手がいない事にはねえ……。

「相手など娼婦でも買えば良いではないか。この世界の娼婦は驚くほど安いぞ? なんと銀貨二枚……日の本の金で言えば僅か二千円で本番までいける」

「……本当に二千円でヤれるの? サービス料は別ですとかってオチじゃなくて?」

「そんなソープランドみたいなシステムなぞ存在せんから安心しろ。この地は人権などという概念のない修羅の世界じゃ。寄る辺を失った女子が体を売るなぞ当たり前過ぎる日常よ。奴隷だっておるぞ? 金さえあれば性奴隷を何人も囲う事だって夢ではない」

「えー、そこまで重いとちょっと萎えちゃうんだよね。もうちょっとライトなお姉ちゃんはいないの? こう『ブランドバッグが欲しくて風俗嬢やってま?す』くらいの軽い女の子の方が気兼ねなく遊べるんだけど?」

「ええい面倒臭い! なんなんじゃお前は? ゲスい癖に小心者過ぎる! これがゆとり世代というやつか?」

 いや俺は氷河期世代だから。世間から爪弾きにされる哀しい世代ですよ……。

 ていうか、ラーナ様の方こそやっぱり邪神の類いなんじゃないの? 可哀想な境遇の娼婦やら性奴隷の買春を勧めるとか女神様とは思えない言動だろ? そういうのを戒めるのが神様の役割なんじゃないのか?

「違う。それは間違っているぞ吾郎」

 急に真面目な表情となったラーナ様に俺は息を呑んだ。ラーナ様は諭すような静かな口調で言葉を続ける。

「確かに望んでなった者など誰もいない。吾郎の言う通り『可哀想な境遇』で間違ってはおらぬ。だがな、彼女達はそれを手段として生を繋いでおる。妾は森と生命の守護者。弱肉強食の世にあっても、懸命に生きる者をこそ妾は愛する。生き汚く足?く者の手段を美辞麗句の下に奪うような輩を妾は最も嫌悪する」

 幼女となっても、ラーナ様はやはり女神であった。迷う事なく価値観を示してみせた。ラーナ様の言う事は現実主義に寄った一面の真実ではある。だが、買春を諫める声にだって正義はある。それでもこっちが正しいと決めつけたのだ。傲慢であるからこそ神として人々の寄る辺たり得る。

「すいません失言でした」

「よい。吾郎の清濁呑み込める度量を覗けて満足しておる。それこそが妾が吾郎を選んだ理由じゃからな」

 腕を組んで偉そうに頷く幼女を見て、俺もなんだかホッコリしてしまった。

 結局、こうなったからには俺はこの世界で生きていかなければならないのだ。幼女なラーナ様を苛めてもなんの生産性もない。それなら一日でも早く元の姿を取り戻せるように頑張るべきなのかもしれない。

 まあ本音のところでは、二千円で女が抱けるならいいかと妥協できたのが大きい。

「ところで、ひとつ気になるのですが」

「なんじゃ?」

「ここは修羅の世界って仰ってましたけど、いわゆる怪物とか盗賊とかが跋扈しているって事でしょうか?」

「そうじゃな。加えて言うなら理不尽に権力を振るう悪徳貴族や、邪法の研究に血道を上げる悪い魔法使いなんてのもいるの」

 やっぱりね。女神様なんて怪しげなものが実在しているのだ。なんでもアリのファンタジーな世界なんじゃないかと予想はしていた。となればやはりチート的ななにかをもらわなければ生き残る事すら難しい。

「ご存知の通り、俺は平和な日本で暮らしてきた人間です。危なっかしい世界で身を守る手段なんてなにも持っちゃいません。なにか役に立つ武器とか魔法とかはないんですかね?」

 俺がそう切り出すと、ラーナ様は腕を組んで悩み始めてしまった。

「確かに、このままでは鴨がネギ背負って歩いているようなものじゃな。妾の愛刀を貸してやるのは良いが、剣も魔法もゲームみたいにポンと使えるようにはしてやれぬぞ?」

 うええ、マジかよ。娼婦がどうとか言っている以前に、俺は生き残る事すら難しいんじゃないのか?

 まいったな。俺の持っている戦闘スキルなんて、中学校の授業でやった柔道くらいしかないぞ。

 ……いや、ちょっと待てよ。確か名代とはラーナ様の権能の尽くを行使できるとか言ってなかったか。

「あの、名代は権能の尽くを使えるって言ってましたけど、どういう意味ですか?」

「そのまんまじゃよ。名代であるお前は、妾と同じ権能がそのまま使えるのじゃ。妾の許可を得る必要もなければ、マナを捧げる必要もない」

 要するに神聖魔法で提供している奇跡の大元みたいなものか。そんな強力な力があるなら、普通に考えて最強チートなんじゃないか?

「あ、あまり過剰な期待はするでない。妾の権能は森と生命に関わるものだけじゃからな?」

 なにか含みがありそうなラーナ様の言動に俺の警戒心が働く。散々調子の良い事を言われて騙されまくったのだ。流石の俺も学習する。

「ど、どんな権能があるか知識を与えておこう。細かい中身は時間があるときにでも確認するがよい」

 ラーナ様が誤魔化すようにそう捲し立てると、俺の頭にそっと触れた。途端に頭の中が掻き回されるような違和感を覚えた。

 ……どうやら、ラーナ様に権能の知識を無理矢理ねじ込まれたようだ。

 だが、辞書のように引けるようになっただけだ。重要なのは、必要な場面で有用な権能を即座に選択できる事。

 現時点では、そうした血肉になった知識ではない。こればかりは使っていく中で習得していくしかないだろう。

「よいか。権能とは妾の神力を使って発動する。マナを使う魔法とは異なり、お前にはなんの負担も掛からない。だが、神力を消費する事を忘れるでないぞ。不用意に使い過ぎれば本末転倒となりうる」

「わかってますって。俺の目的はラーナ様の神力を回復させる事。使いまくるなって事ですね」

「うむ。それがわかっているならなにも言わぬ。では隔世を出て、新たな世界へ踏み出せ。お前の肉体は、妾の神殿へと転送された。朽ちかけた神殿じゃが、辛うじて妾の神像が残っておる。まずはこの神殿を整える事を目的とするのも良いじゃろう。この隔世へは『託宣オラクル』の権能を使えばいつでも訪れる事ができる」

 ラーナ様はキリリと表情を引き締めて俺に最初の指示を下した。幼女姿ではあるが、確かに神性を感じさせる女神然とした態度だった。見とれているうちに、俺の存在が徐々に霧のように薄れ、ぼやけていく。視界の中で最後に俺が見たのは、ラーナ様がうっすらと微笑む姿だった。

「おう、俺は鹿島吾郎。女神ラーナ様の名代だ」

 俺の自信に満ち溢れた名乗りが廃墟に響き渡った。

 相対していた赤髪の色男と金髪娘はポカンと呆気にとられている。ちょっと衝撃的過ぎたのかもしれない。なにせ女神の名代を名乗ってしまったのだ。ラーナ様の言う限りじゃ名代というのは、神の権能を振るう超強力なチート職だ。彼らが恐れおののくのも無理からぬ事かもしれない。

「なんでもいいですけど、前を隠してください。アレス、あなたもです」

「あ、はい。すいません」

 金髪娘の冷え切った声に、俺は反射的に謝罪していた。

 そう、隔世から出てもやっぱり俺は全裸だったのだ。ターミ○ーターを彷彿とさせるカッコイイ登場に俺もノリノリになっていたが、女の子から直接指摘されると流石に赤面してしまう。

 ちなみに俺と一緒くたに怒られている赤髪の色男──確かアレスと呼ばれていたか──も乱交をお楽しみだったわけだから当然全裸だ。全裸の男ふたりでちんちんをブラブラさせながら対峙していたのだ。改めて振り返るとなんとも薄ら寒い光景である。

 そのアレス君は、金髪娘に苦笑を返しながら服を着だす。間抜けな姿であるはずなのに、彼の所作に隙はない。むしろ色気すら漂わせている。流石イケメン。異世界であっても世の中は不条理に満ちている。

「どうしたのですか? 早く服を着ろと言っているのです。それとも、やはりあなたの目的はその貧相な体を見せつける事にあるのですか?」

 人の事を露出狂みたいに言わないでもらいたい。俺だって恥ずかしいのだ。とりあえずそこら辺の葉っぱでも毟って股間を隠すべきだろうか? 昔そんな格好をした芸人がいた気がするし……って、いやいやいや! 確かにちんちんは隠せるが、だからどうしたってくらい恥ずかしい格好じゃないか! だいたいそんな格好で前を隠したと強弁したら、目の前の金髪娘にバッサリ斬られかねない。

 俺が股間の隠し方について真剣に悩んでいると、焚き木の傍に寝転がっていた少女達がもそもそと起き出した。全裸で股をおっぴろげたまま気絶していたあのふたりである。意識が追いついていないのか、ふたりともボンヤリしたまま無防備に裸体を晒している。おかげで伏せっていたときは見えなかったおっぱいがよく見える。

 ツルペタな胸にピンク色の可愛らしい乳首が黒髪の子。青髪の子は、迫力満点の乳房にぷっくりと膨れた色素の薄い乳首だ。どちらも甲乙付けがたい。

 舐めるように裸体を眺めていたら、青髪の子とバッチリ目が合ってしまった。彼女は目を見開いたまま、電池の切れたおもちゃみたいに固まっている。そのまま数秒間、凍ったような時が流れる。

「うわあっ! へ、変態だっ!」

 耳をつんざくような叫び声だった。確かに今の俺は全裸だからちょっぴり変態チックにみえるかもしれない。だけどそっちだって全裸なのだからお互い様ではないだろうか。

 女は毛布を掻き抱いて体を隠すと、慌てた様子で立て掛けられている武器らしき長物へと駆け寄る。

「おいおい! 待てって! 俺は変質者じゃないぞ!」

「……出でよ魔法の矢。滅すべき敵を記憶し必中の魔弾となれ」

 寝転がっていたもう一方。黒髪の少女がなにかを呟いていた。慌てて視線を向けた俺が見たのは、宙空に浮かび上がった光の矢。鋭く尖った先端はなぜか俺の方を向いている。

発射ファイヤ!」

 少女の号令とともに光の矢が滑空してくる。狙いはもちろん俺。額のど真ん中を射貫く軌道で飛んでくる。

 俺は神がかった反応で首を仰け反らせた。そのまま仰向けに倒れる結果となったが、光の矢は俺の前髪を掠めて後方へと飛び去っていく。

 あっぶねー。あの女、本気で俺の事殺そうとしやがった。

 だが安堵する暇もなく、矢は大きく旋回して再び向かってくる。ヤバイ、倒れたままでは避けようがない。

 その時、赤髪のアレス君が素早く光の矢の軌道に割って入った。空気を切り裂く鋭い音とともに剣を一閃。

 アレス君の剣は見事に飛んでくる矢を捉えていた。光の矢は粒子になって霧散していく。

「アレスさん! 邪魔しないでください!」

「そうだアレス! どうしてそんな変質者を庇う!?」

「ルル、それにクレアも落ち着いて。この人には聞きたい事があるんだ」

 俺を殺す気満々のふたりを、アレス君が懸命に押し留めていた。その隙に俺は這々の体で立ち上がる。

 いつの間にか俺の隣に立っていた金髪娘も、俺を守るように身構えていた。

「だから服を着ろと言ったのです。目が覚めてあなたのような者がいたら、普通は撃退を試みます」

「いやいや。俺だって裸はイヤだよ。だけど、服がないんじゃ仕方がねえだろ」

「あそこにキッチリ畳んであるのはあなたの服ではないのですか?」

 金髪娘は女神像の足下を顎で示した。確かにそこには綺麗に畳まれた服が置いてある。なるほど。あそこまで準備よく置かれていると、俺が全裸で飛び込むために脱いだのではないかと疑われるのも仕方がない。

 俺は慌てて女神像に走り寄った。置いてあったのは、俺が日頃から部屋着代わりに使っているダサいジャージの上下だった。下着も一式揃っている。服の脇にはクロッ〇スのゴムサンダルと、財布に携帯電話まで置いてある。

 とにもかくにも、俺は服を着る事にした。下着からジャージまで着込み、サンダルを装備して、小物をポケットに無造作に突っ込む。そうすると残ったのは見た事のない短刀が一振り……って短刀!?

 それは漆塗りの艶やかな鞘に入った、刃渡り三十センチほどの短刀だった。ヤクザ屋さんが振り回すドスの上品な奴と言えばわかりやすいかもしれない。当然ながら俺の物ではない。

 あ、そう言えばラーナ様が愛刀を貸してくれるって言っていたっけ。もしかしてコレがそうなのか?

 折角貸してくれたところ申し訳ないが、刀なんて使い方を知らない。虚仮威し以外なんの役にも立ちそうもない。しかも短刀である。虚仮威しにするにしても迫力に欠ける。まあ、丸腰に比べればなんぼかましだけど。

 短刀の鞘を左手で掴んで俺は振り返った。じっとりと見つめる八つの瞳が俺を半包囲していた。アレス君と金髪娘の手にはギラリと光る抜き身の剣。青髪と黒髪のふたりも肌を隠しつつ剣呑な目を向けている。全員が全員、短刀を持った俺の手を凝視していた。ああ、武器を手にしたのは大失敗だったかもしれない。

 折角掴んだ短刀を放り投げて、俺は両手を上げた。


 焚き木を囲むように俺達は座っていた。俺の隣にはピッタリと身を寄せる金髪ツインテールの美少女。別にモテているわけではない。金髪娘はいつでも俺を殺せるように背中に刃物を押し当てているのだ。

 向かいに座るのはアレス君とふたりの女の子。ちなみにふたりとも既に服は着ている。とても残念だ。

「つまりあなたは異世界の住人で、女神ラーナ様の召喚によりこの地に降り立ったと」

「ああ。その通りだ」

 白い空間からの経緯を話したところだ。もちろん、ラーナ様に素人童貞を奪われた件とか、神力が不足して消失の危機にある事は省いた。女性陣は未だ俺に敵意を持っている。女神様相手にはっちゃけた話とか致命傷になりかねないのだ。それと、ラーナ様は俺にとって唯一の後ろ盾だ。力を失っている事、失いつつある事は絶対漏らすべき情報ではない。ところで、ラーナ様は素人とカウントしていいんだよな?

「そんな話、信じられるものか! ボクだって一応神官の端くれだけど、そんな神様聞いた事もない!」

「そうです。この人凄く怪しいと思います。さっさと殺すべきです」

 青髪と黒髪がコンビを組んで俺を糾弾する。どうにもこのふたり、俺におまんこを見られた事が気に入らないらしい。青髪はともかく、黒い方など確実に俺の命を狙ってやがる。

「確かに僕もラーナ様という女神様は知らない。だけど、こちらのゴローさんがあの女神像の光とともに現れたのも事実なんだ。女神様となんらかの関わりがあるんじゃないかと僕は思う」

「トリックだよ! 魔法かなんかで像を光らせて、アレス達の目が眩んだ隙に全裸で侵入したんだ」

「そうです。全裸とか気持ち悪過ぎます。殺すべきです」

 ややこしい事に、アレス君達はラーナ様の事を知らないらしい。本当にどマイナーな女神様なんだなあ。

「森と生命の女神ラーナ様です。この地では失われて久しい古き神ですが、私はその御名を知っています」

 意外な事に、金髪娘がラーナ様の事を知っていた。唐突なフォローに俺は目を剥いて金髪娘を見つめてしまう。彼女はツンと澄ましたまま俺に一瞥すら寄越さない。別に俺を助けようというわけではなく、知っている事をただ伝えた、他意なくそれだけであるようだった。

「森と生命だって!? ボクの主神アクア様が水と生命を司っているのは知っているだろう!? 被っているじゃないか! そんなインチキ臭い神様信じられるものか!」

「アクア様は個としての生命。ラーナ様は種としても生命を司っています。同じ生命でもその領域は大きく異なります。クレアは神官ですよね? 他神とはいえ、神を貶める発言は感心しません」

 物怖じせずピシャリと言い放つ金髪娘の勇姿に思わず見とれてしまった。俺の中の抱かれたい美少女ベストテンに赤丸急上昇でランクインしそうだ。

 それにしてもこの金髪娘、随分と物知りなようだ。俺以上にラーナ様の事を知っているんじゃないだろうか。感心して金髪娘をまじまじと見ていた俺はひとつの違和感に気がつく。

 耳だ。金髪娘の耳は笹の葉のようにツンと尖っている。金髪美形の耳が尖ったヒューマノイド。直ぐにピンときた。この子は恐らくエルフだ。異世界の定番。あのエルフがここにいたのである。いよいよ持って異世界に来た実感が湧いてきた。そういえばエルフで思い出したぞ。あの白い空間で、ラーナ様はエルフの名前を挙げていたではないか。

「そう言えばラーナ様が言ってたっけ。エルフはラーナ様の信者……」

「ちょっとこっちに来てください!」

 俺の言葉を遮るように金髪娘は声をあげた。そのまま立ち上がって俺の腕を掴むと、見た目からは想像もつかない強い力で俺を引っ張っていく。呆気に取られていた面々に、金髪娘は取り繕った笑みを向けた。

「ちょっとこの男の正体を確かめる方法が思い浮かびました」

 金髪娘は他の面子から視線が通らない石柱の陰へ俺を押し込むと、壁ドンでもしそうな勢いで迫ってきた。

「あなた、エルフとラーナ様の縁を知っているのですか?」

「え? あ、ああ。ラーナ様から聞いたんだよ。数少ないラーナ様の信者は森で暮らすエルフだって」

 頭痛でも堪えるように金髪娘はこめかみを押さえた。

「その事を軽々しく口にしないでください。エルフがラーナ様を崇めているのは秘中の秘なのです」

「へ? なんで? エルフしか信者がいないんだぞ? 実績にできるネタが他にないわけで……」

「もしこの件を口にすると言うならば、私はあなたをこの場で殺さなければいけなくなります」

 手に持った短刀をギラつかせ、金髪娘は剣呑な目を俺に向けた。高校生くらいの少女にしか見えなかったが、腐っても剣を手にするような人間である。そこいらの女子高生とは迫力が違う。

 こいつは本気だ。背中に冷たいものを感じて、俺はあっさりと主張を放棄する事にした。

「わ、わかった。誰にも言わない。誓うよ」

「あなたはとても口が軽そうなので信じる事は難しいのですが……。いいでしょう。私とて無抵抗の人間を殺めたくはありません」

 金髪娘は見とれるような所作で短刀を鞘にしまった。目の前から刃物が消えてようやく胸を撫で下ろす。

「エルフの秘密を知っているあなたが、ラーナ様となんらかの関わりがある事は認めます。ですが流石に名代であるとまでは信じきれません。なにか名代である事を証明できませんか?」

 じっと下から見上げる翠玉色の瞳を思わず覗き込んでしまう。こちとら生粋の日本人。色の付いた瞳なんてじっと見たのは初めての体験である。南国の海を思わせる深い碧は宝玉のように美しかった。

 そこでふと我に返る。いつの間にやら俺達は、抱き合うような距離で見つめ合っているではないか。

 瞳だけでなく、スベスベで柔らかそうな頬や、サラサラで良い匂いのしそうな金髪も気になり始める。個々のパーツの若々しさや、背徳感すら覚える華奢な体躯からして、年の頃は十六、七といったところか。今更ながらの感想だけど、この娘さん、とんでもない美少女なんじゃないだろうか。

 素人童貞であるが故に、俺は金銭的な繋がりがない女の子が苦手だ。それも美人であればあるほど苦手意識が強くなる。この子が美少女であると気がついた途端に、どうにも見つめ合っているのが辛くなってきた。しかし、いくらなんでも高校生みたいな小娘に怯むのは情けないと、なけなしのプライドが俺を支えている。

「……俺は『託宣オラクル』を使ってラーナ様にすぐに会いに行ける。エルフとラーナ様しか知らない事が他にもあるなら、それを聞いてくるってのはどうだ?」

「『託宣オラクル』!? あなたはラーナ様の預言を得る事ができると言うのですか!?」

「あ、ああ、できる……はずだよ。たぶん」

 あんまり強く確認されると不安になってくる。なんせ権能など一度も使った事がないのだ。

「それならば、私がラーナ様に願っている事を当ててみてください」

「そんなプライベートな事までわかるかなあ……?」

「私は何度もラーナ様に祈っています。ラーナ様なら絶対にご存知なはずです!」

 ここまで強く言われては試してみるよりない。それに、犯罪者扱いをされているこの状況がいい加減煩わしくなっていた。ダメならダメで、あっちに行っている間にこの場から逃げ出す算段でもすればいい。

「わかった。じゃあ聞いてくるよ。君、名前は?」

「ラーナギル氏族ディアーナの娘ディーニです」

「な、長いな……ラーナなんとか氏族のディーニちゃんな。ちょっと待ってて」

「ラーナギル氏族ディアーナの娘です! 名前を適当に扱うなんてどれだけ失礼な人なんですか!」

 顔を真っ赤にして怒っているディーニちゃんを放置して、俺はその場で胡座を組んで静かに目を閉じた。

 まずは『託宣オラクル』の使い方を頭の中から引っ張り出す。なんと言う事はない。強く願うだけで隔世に至るという超簡単な権能だった。ただし、隔世に行っている間の肉体は無防備になる。目の前のディーニちゃんが脅威と言えば脅威だが、彼女のために赴くのだ。たぶん大丈夫だろう。

 それっぽい祈祷も呪文の類いもなにもない。目を閉じたまま『ラーナ様に会いたい!』と願うだけである。我ながら胡散臭い。端から見守るディーニちゃんが訝しんでいる気配が伝わってくる。

 すぐに俺の意識は、どこか遠いところへと誘われていった。

 気がつくと再び白い空間にいた。

 颯爽と異世界に旅立ったかと思いきや、あっと言う間に戻ってきてしまったのだ。さぞやラーナ様も呆れている事だろう。

 前回と違って、白い空間の真ん中に焦げ茶色のなにかが転がっていた。よくよく目を凝らしてみると、それが俺の見知ったものである事に気がつく。あれは通称『人をダメにするクッション』。流行ったとまで言い難いが、一時期ちょっとした話題になったソファとも座椅子ともとれる一品である。俺も愛用していたから見紛うわけがない。

 そのクッションにどっかりと体を預けて、幼女なラーナ様が漫画を読んでいた。なぜにクッション? どうして漫画? 疑問は尽きないが突っ込むべきところは他にもある。

 寝転がるラーナ様は十二単を着ていない。どういうわけか体操服とブルマに服が替わっているのだ。ああ、くつろぐならやっぱり十二単はないよね、という妙な共感と、あれはお前のアイデンティティではなかったのか、という呆れが鬩ぎ合う。だいたい今どきブルマとかあざと過ぎるだろ。

「……あの。ラーナ様?」

「ん? おお! 吾郎か。随分と早い戻りじゃな」

「……そのクッションと漫画、それにその格好はなんなんですか?」

「なに。お前の記憶を覗いたであろう? 面白そうなものがあったから、妾の神力で再現してみたのじゃ」

 なけなしの神力をなんちゅう下らない事に使っているのか。

 まあクッションと漫画は良いとしよう。ちっとも良くはないが、俺の記憶を見たというなら興味を惹かれるのもわからなくはない。だが、体操着とブルマはどういう事なのか。

「この格好か? これもお前の記憶から掘り起こしたのじゃ。年若い娘であっても、これさえ着ていればお前は欲情するのじゃろ? この通り、幼い姿になってしまった妾じゃが、お前の逸物を勃てようと涙ぐましい努力を重ねておるのじゃ。どうじゃ? 一発ヤっていかんか?」

 体操服の幼女は見せつけるように俺の目の前にお尻を突き出してくる。ツルリとしたブルマの生地感と、真っ白な裏ももが織り成すコントラストに思わず注目してしまう。

「ア、アホか! 俺が欲情していた体操着っ娘はああ見えて全員十八歳以上だ! 幼女がそんな格好したって本格的過ぎて逆に引いちゃうんだよ!」

 ドキリとなど全然していない。本当だ。小三風情が俺を勃てようなどと、文字通り十年早い。小振りなロリ尻とか、触り心地の良さそうな太ももとか全然興味ない。だいたいこういう格好は『もう無理じゃね?』ってくらいピチパツな娘が頑張って着ていてこそ熱いのだ。

「ふん。つまらんな。それならとっとと神力を集めよ。ずっとお預けでは妾が欲求不満になってしまうわ」

「言われなくても集めますよ! それより俺の質問に答えてください! ラーナ様の信者の事です!」

 まったくとんでもない女神様だ。そのうち男とか勝手に実体化させないか心配になってくる。

「ふむ? ラーナギルの娘か。その娘の事は良く知っておる。妾の事を慕う中々見所のある娘じゃ」

「ディーニちゃんの事を知っているんですね。それじゃ彼女の願い事もわかったりしますか?」

「もちろんだとも。彼の子の願いは『心から愛する男と出会い添い遂げる事』じゃ。なんとも微笑ましい願いであろう?」

 本当にそんなお願いなのか? いや、別にディーニちゃんの願いを馬鹿にしているわけじゃない。ただ、あんまりにも普通過ぎて俺への課題とするには不適当に思えたのだ。

 それに、あの年頃の娘なら将来理想的な恋愛をするものだと疑いなく信じているものだ。いつも祈っていると豪語するほど真剣に願っているというのがどうにもピンとこない。

「まあ、お前の常識ではそう思うであろうな」

「どういう意味ですか?」

「ふむ。まずエルフとは長命であるが故に、子が極端にでき難い種族である事を知っておく必要がある。緩やかに滅びに向かっている種族なのじゃ。妾はその事を憂いての、エルフにひとつの秘儀を授けたのじゃ」

「秘儀ですか?」

「『受胎コンセプション』という神聖魔法じゃ。元になった『受胎告知アナンシエイション』ならお前に与えた権能の知識にあるはずじゃ」

 『受胎コンセプション告知』。性交前の男女にそれぞれ術を掛ける事により、受胎コンセプション率を著しく向上させる権能か。ほう、中々使えそうじゃないか。これなら子宝を売りにしてラーナ様をプッシュできるかも知れない。

「肝心なのは術の発動条件にある。最後まできちんと調べよ」

 発動条件? えーと、術を施した男女の他に第三者の精液が必要? なんすかこれ?

「この権能の肝はな、精子と卵子を魔法で強化する事にあるのじゃ。ただし、強化を持続させるには外部から精力を供給する必要がある。それが第三者の精子と言うわけじゃ」

「つまりなんですか? 赤ちゃんが欲しかったら、旦那以外の男にも中出ししてもらう必要があると?」

「そういう事じゃ。この秘儀を授けてのち、エルフの村では乱交が常識となったのじゃ。エルフの掟では夫婦は作らぬ。適当に男女がまぐわい、できた子は村全体で育てる。エルフの身でひとりの男と添い遂げるのは中々覚悟のいる事なのじゃ」

 なのじゃじゃねーよ。そんな破廉恥な文化がまかり通っているのは、ラーナ様が変な神聖魔法を伝えた事が原因じゃないか。ああ、なんだかディーニちゃんに申し訳がたたない。彼女のピュアな思いを邪魔しているのは、間違いなく目の前のビッチ女神様だ。

「ピュアな思いか……まあ間違ってはおらんが、お前は少し勘違いしているんじゃないか?」

「まだなにかあるんですか?」

「あのディーニという娘、お前より遥かに年上じゃぞ? 確か百二十はいっておったはず。お前が『ディーニちゃん』などと上から目線で相手するなぞ片腹痛い事よ」

 ひゃ、百二十? 後期高齢者もビックリなご高齢じゃないか! なんかディーニちゃん……いやディーニさんの実年齢を知ると見える景色が変わってくる。『将来の夢はお嫁さん』と夢を語る中高生をイメージしていたが、こだわり過ぎな結婚観が邪魔して嫁き遅れている中高年のイメージが近くなってきたぞ。

「まあ、いずれにせよ、彼の子の夢を妾は応援しておる。それだけはキチンと伝えておけ」


 俺がラーナ様の隔世から戻るとディーニちゃんが待ち構えていた。

「それで、答えは得られたのですか?」

「ええと、ディーニさんの願いは、『心から愛した男性と添い遂げる事』です……本当に申し訳ありません」

「なんで謝るのですか? それと急に敬語に変わったのも気になります……。まあ、いいですけど。確かにそれが私の願いです。あなた……ゴローと言いましたか。ゴローは本当にラーナ様の名代なのですね」

 俺の複雑な胸中など知る由もなく、ディーニさんは満足そうに頷いていた。

 だが、それも束の間。急にディーニさんの表情に陰が落ちる。

「あなたに尋ねて良いのかわかりませんが……。ラーナ様はやはり私を不快に思っているのでしょうか……?」

 上目遣いで不安そうに尋ねるディーニさん。ハッキリ言おう。百二十歳とか最早どうでもいい。これは守ってあげたい系の可愛さだ。世界を敵に回せる系と言い換えても良い。この可憐な少女を守るためなら、エロビッチな悪神に反旗を翻してもなんの痛痒も感じない。

 ディーニさんが心配しているのがなんなのか、なんとなく当たりがつく。恐らく彼女の村ではラーナ様伝来の乱交文化が受け継がれているのだ。

 大勢の男とセックスしまくるのがラーナ様の教えだとディーニさんは思い込んでいる。純愛一途路線なディーニさんの願いは、その教えに真っ向から逆らうものだ。それがラーナ様の不興を買ったと勘違いしている。

「ラーナ様はディーニさんの願いを応援しているって言ってました。いや、それだけじゃ足りないな……。ええと、応援している事を間違いなく伝えろって俺に命じました」

「ホ、ホントですか……?」

 驚きに目を見開いたディーニさんに、俺は大きく頷いて見せた。

 ポロポロとディーニさんの大きな瞳から涙が零れ落ちてくる。儚い笑みとともに流れる喜びの涙。それはとても可憐で美しかった。嫁き遅れの中高年とか思ってゴメンナサイ。ディーニさんの心はピュアピュアでした。

「そうですか……なんだか救われた思いです。試すような事をして申し訳ありませんでした。私の事は呼び捨てにしてください。ラーナ様の名代ならば、ゴローの方が目上です」

「いやいや。目上だなんてとんでもない。ディーニさん百二十歳だっていうじゃないですか。そんな年上の方にタメ口とかきけませんから」

「わ、私の年齢を聞いたのですか!? ラーナ様はどこまで……も、もしかして私が処女である事も……?」

挿絵2

「いえ。それは初耳です……って、え!? 処女なの? さっきパンツ下ろして乱交しようとしてたじゃん!? 俺はてっきりアレス君の愛人のひとりだと思ってたよ!」

「し、してません! 愛人でもありません! さっきはひとりでしていただけです! ってあっ!?」

 ポロッと零れた爆弾発言にディーニさんの顔が真っ赤に染まる。

 ひとりでしていた。つまりオナニーか。俺は女の子が穢れない存在であるなどとは欠片も思っていない。トイレだって行くしオナニーだって普通にするだろう。そんな事を気にする狭量な男ではないのだ。だいたい目の前で乱交が始まったのだ、そりゃ思い余ってオナニーのひとつもしたくなる。

 だが、ディーニさんはオナバレに激しく動揺していた。ここはフォローのひとつでもする場面かもしれない。

「気にする必要なんてありませんよ。オナニーなんて若いうちは誰だってしているものです……。ってディーニさんは百二十歳だった! 全然若くねえ!」

「ちょ、ちょっと……」

「むむむ。百二十年モノの処女とか考えてみたらとんでもなくね? オナニー歴一体何年だって話だよ? もしかしてマイスターなの? 世紀を跨ぐ熟練のオナニー職人なの?」

 はっと気がついた時には既に手遅れだった。心の声がいつの間にか口から出ていたのだ。フォローするつもりだったのに、俺はとんでもないセクハラをかましてしまった。だって気になるじゃないか。百年越えの年月をオナニーだけで過ごした女の凄みという奴が。魔法使いどころか大魔王になっていてもおかしくない。

 案の定というか当たり前にというか、ディーニさんは顔を俯かせたままテクテクとアレス君達の方へ行ってしまった。もしかしてまずいかもしれない。ディーニさんが『あいつやっぱり殺した方がいい』とか報告したら、あの黒髪が喜々として魔法を撃ってくるだろう。

「アレス、それにみんなも聞いてください。ゴローが何者かわかりました」

「ほう! よくやってくれたねディーニ。是非、報告を聞かせて欲しい」

「ゴローはラーナ様の名代で間違いありません。彼は『託宣オラクル』を用いて私しか知り得ない情報をラーナ様から得てきました。『託宣オラクル』を自由に操って神と対話できる者。名代以外には考えられません」

 意外な事に、ディーニさんは淡々と事実だけを伝えていた。怒っていないわけがないのは、あの微妙な表情が物語っている。俺を庇うような言動や今回の報告から考えるに、彼女は真実に重きを置いた人間であるようだ。嘘や偏見、憶測などといった真実を歪める要素を慎重に選り分ける事ができる冷静さを持っている。堅物だが真摯で信頼できる人間である事は間違いない。

 それに、ラーナ様に関する事を色々知っているというのが心強い。あんな事をしてしまってどの面下げてって話ではあるが、この世界に頼る者のない俺としては、是が非でも友好を築いておきたい相手である。

 俺はディーニさんの腕を引いて、再び石柱の陰へと誘った。

「ごめんなさいディーニさん。さっきの暴言には気を悪くした事だと思います。信じてもらえるかわかりませんが、決して悪気があったわけじゃないんです」

「……」

「できれば、今後もお付き合い頂けたら嬉しいです。俺はほら、異世界人ですから、この世界の事は殆どなにも知らないんです。ご迷惑をお掛けしちゃうかもしれませんが、どうか、ラーナ様のよしみという事で」

 ひたすら頭を下げる俺をディーニさんは感情の伺えない目で見つめていた。

「……許しても構いませんが条件がありあます」

「なんなりと」

「ひとつは私の事は他言しない事。その……経験がない事も、ひとりでしていた事も全部です」

「もちろんです。誓いますとも」

「それともうひとつは……その気持ち悪い敬語をやめてください。確かに私はゴローより年上ですが、お婆ちゃん扱いされるのは我慢なりません。一説によるとエルフの体感時間はヒトの四分の一であるといいます。あなたが一季節過ごす感覚で私達は一年を送っているのです。その計算に従えば私の精神年齢は三十歳。たぶんあなたより年下だと思います」

 その荒唐無稽な話は本当なのだろうか。エルフと人間のために誰かがついた優しい嘘なんじゃないだろうか。だが、それを検証するのは野暮ってものだ。彼女が差し出してくれた手をありがたく握らせて頂く。

「わかった。ディーニの推測通り、その計算なら俺達は殆どタメだ。対等の立場でいこう」

 俺は三十七歳。ちょっぴりサバ読んじゃったけどこれくらいは許して欲しい。俺は握手を求めて右手を差し出した。その手をディーニは不思議そうに見つめている。しまった。握手の習慣はこの地にはないらしい。

「これは握手といってな。俺の世界では友好を認め合う時には、お互いの右手を固く握り合うんだ」

「て、手を握り合うのですか!? そ、それは……いえ、風習は種族によってそれぞれでしたね。ここはヒトの領域。ヒトの習慣に従うのが道理です」

 怖ず怖ずとディーニは右手を差し出した。すかさず、俺はその手を固く握りしめる。折れてしまいそうな繊細な手だった。こんな手で剣を振るうというのがとても信じられない。

 なぜかディーニが顔を真っ赤にしていたが、俺は握り合った手をブンブンと揺らした。

 嬉しかった。些細な事だけど、俺がこの世界に刻んだ最初の絆なのだ。


 かくして、俺がラーナ様の名代である事は証明された。

 これにて一件落着といきたいところだが、やはり全てが丸く収まるほど世の中は甘くなかった。

「ディーニには悪いけど、ボクはこんなオッサンが女神様の名代だなんて信じないよ」

 青髪の神官──クレアが、俺が女神様の名代である事を頑なに認めないのだ。おまんこを見られた事をまだ根に持っているのだろうか。いい加減大人げない女である。

 ちなみに、もうひとりのおまんこを見られた被害者、黒髪の魔法少女──ルルの方は一転して俺になにも言わなくなった。無視しだしたと言った方が正しいかもしれない。

 態度を変えた理由は、アレス君が俺を名代と認めたからだ。あれだけ殺す殺す喚いていた奴だけにどうにも薄気味悪いが、ルルが優先しているのはアレス君の歓心を買う事だけのようなのだ。だから、アレス君に同調してあっさりと怒りを引っ込めてしまった。怒っていたはずなのに、実利のために退いて見せたのである。

 見た目はロリロリだが、ルルはかなり計算高い女なのかもしれない。

 話を戻そう。

 俺の事を決して認めないクレアに真っ向から対峙したのはディーニだった。

「いいえ。間違いなくゴローは名代です。クレアも神官ならばわかるはずです。『託宣オラクル』を自由に使う存在が何者であるかを」

「その『託宣オラクル』が怪しいんだよ。ディーニの事を事前に調べていたのかもしれないだろ? 事前に調べていた事をそれらしく語る。詐欺師がよくやる手口じゃないか」

 ディーニが俺を弁護してくれているのは、名代と証明した立場があるからなのかもしれない。それでも、誰かが味方に立ってくれているのは心強い。だが、残念ながらディーニがいくら正論を吐いても意味はないだろう。

 なにを言ったところでクレアに聞く耳など最初からないのだ。もはやクレアの俺に対する拒絶に理屈は通じない。いわゆる生理的に受け付けないという奴だ。女の子はコレがあるから面倒臭い。たった一発地雷を踏んだだけで、決して解消する事のないヘイトを買ってしまうのだから始末に負えない。

 さて、なんで俺が名代である事を巡って熱いバトルが展開しているのか。

 それは、アレス君達に同行させて欲しいと、俺がお願いした事に端を発している。

 俺達がいるこの神殿は、人里まで最低でも一日は歩き続けなければならない辺鄙な場所にあるのだそうだ。俺としては、とっとと人の沢山いる場所に行って生活の基盤を整えたいところなのだが、ひとりではここから移動する事も儘ならない。右も左もわからない上に、モンスターや盗賊が跋扈している荒野を生きて渡れるとは思えないからだ。

 そんなわけで、アレス君達にコバンザメよろしく付いて行きたいのだ。少なくとも人里までは。

 その旨を願い出たところでクレアが吠えだした。『こんな素性不明の不審者を同行させるわけにはいかない』と。それに反論したのがディーニだ。『ゴローは名代なのだから素性不明などではありません』と。

 要するに俺を同行させるか否かが話の本質というわけだ。ある意味、俺の生死が掛かっていると言っても言い過ぎではない。

 この場で裁定を下すべきはパーティーリーダーのアレス君だが、彼は難しい顔をして黙り込んでいる。

 いや、彼の立場はわかる。彼としては別に俺を同行させる事に反対はしていないのだろう。だが、仲間のひとりであるクレアが反対するとなると話は別になる。彼らとて目的があって行動しているのだ。

 アレス君達は冒険者だ。受けた依頼を遂行する事をなによりも優先しなければならない。今回受けた依頼は、この神殿からまる一日ほど歩いた場所にあるギリル村へ赴き、脅威となっている盗賊を討伐する事だそうだ。確実に血を見る事になる依頼を前に、こんな所でパーティーに不協和音を鳴らす道理はないのだ。

 クレアとディーニの主張が平行線のまま膠着状態になると、アレス君はようやく重い口を開いた。

「クレアはゴローさんが名代であるか疑っているから、連れて行くのに反対しているんだよね?」

「そ、そうだよ。怪しい人間を連れて歩けるほどボク達に余裕はないからね」

「じゃあ名代としてのゴローさんに手を貸してもらうっていうのはどうだろうか? 女神様のお力で、逆に僕達を手助けしてもらうんだ。ゴローさんにそれができるならクレアも納得できるだろ?」

「そ、それは……まあ……」

「クレアが僕達の事を思って憎まれ役を買って出てくれている事はわかっているよ。本当に感謝しているんだ。だけど今回ばかりは僕の我が儘を聞いて妥協して欲しい。ダメかな?」

 アレス君の案は落としどころとして中々悪くないものだった。ディーニにもクレアにも一定の妥協を強いているからだ。事実、ふたりともアレス君の提案に文句はないようである。

 確かに良い案だ。だが、良い案だから双方納得したと言いきるには、俺が納得いかない。

 最後の最後でかました、アレス君のイケメンフェイスをフル活用したセリフで、全てを決した感が拭えないのだ。実際、あれだけ噛みつきまくっていたクレアが乙女のように頬を染めて俯いている。

 無性に腹がたつのはなぜだろうか?

「ゴローさん。そんなわけで、申し訳ないのですが僕達に力を貸して頂けないでしょうか? それが連れて行く事の条件になります」

「力を貸すねえ……」

 元よりタダ乗りとはいくまいと思っていた。なんらかの代価を支払う事は覚悟していたのだ。だが、アレス君が要求してきたのは、なにか権能を使って手助けする事だ。俺としては身銭を切らないだけこっちの方が助かるわけだが、正直どんな権能が使えるのか把握しきれていない。

「少し時間をくれるか? 俺になにができるか検討させてくれ」

「はい。夜明けまではまだまだ時間があるから大丈夫ですよ」

 俺は使えそうな権能がないか頭の中を総ざらいしてみた。権能の名前から効果を予測して詳細を調べるしかないのがもどかしい。

 まず戦闘に使えそうなものを探し、次にパーティーを支援できるものがないか探した。

 結論から言うと、ラーナ様の権能は癖が強過ぎて全く実用に適わないものばかりだと知れただけだった。

 一例をあげよう。

発憤興起アラウズ』という権能がある。

 これは周囲の人間の理性を奪い、狂奔状態にしてしまう権能だ。

 一見するとありふれた支援魔法の類いに思えるが大間違いだ。なぜなら、術を掛ける対象を選択できないから。多少の増減は効くが、術者を中心にした一定の範囲に満遍なく効果を及ぼしてしまう。もちろん、敵味方関係なくである。どう考えても使い勝手が悪過ぎる。

 どんな場面なら有効に使えるのか考えてみた。残念ながら、ひとつだけ有効な使い道がある事に気づいてしまう。恐らくだが、こいつは乱交を支援するための権能なのではないだろうか?

身体硬化フィジカルスティッフ』という権能もある。

 体の硬度を自由に変更できる身体強化系の権能だ。

 身体強化とか異世界魔法の定番中の定番である。肉体を鋼に変えて無双するとか、中二病チックで実にワクワクする。だがよくよく調べてみると効果範囲が微妙過ぎる事に気がつく。場所は自由だが、体の末端部から二十センチ以内しか効果が及ばないのだ。辛うじて拳だけならって範囲である。手首の関節までは強化されない事を考えると、実用的にはとても使えない。

 色々考えてみたのだが、もしかしてちんちんを硬くするための権能なのではないかと思い始めている。

 こんな残念権能しか出てこなくて俺は絶望した。アレス君に手を貸せないのはもちろんだが、こんなネタみたいな権能に頼って異世界を生きようものなら、間違いなく俺は野垂れ死ぬ事になる。

 ラーナ様に本気で殺意を抱き始めた俺だったが、ふと気がついた。

 ラーナ様は森と生命の女神。これまで見てきた微妙な権能は、生命──の創造。要するにセックス──に関わるものばかりだ。きっと森に関連したなにかもあるのではないだろうか、と。

 森に絞って探してみると、やはりあった。しかも他の微妙な権能とは比べようもない、超絶チート級の凄い権能である。これを使えばアレス君のオーダーを間違いなく遂行できる。

 俺はディーニに頼んで周辺の地図を広げてもらった。

「目的地のギリル村はここから東にあるんだよな?」

「ええ。位置的には東です。ただし街道は南に伸びていて大きな半円を描いています。この神殿とギリル村の間は深い森に覆われているからです。街道は森を迂回するように引かれています」

「街道を道なりに辿ると歩いて一日ってとこだっけ?」

「そうなりますね。夜明けとともに出立すれば日暮れの鐘が鳴る前には到着すると思います」

 俺はわざとらしい問答をディーニとしていた。これもプレゼンの一環である。律儀に付き合ってくれるディーニにはホントに頭が下がる思いだ。

「じゃあこの森を突っ切るってのはどうだ? かなりのショートカットになるけど?」

「それは無謀と言うものです。この森は深く、踏み込んだら間違いなく方向を見失ってしまいます。それに魔物や獣の存在も無視できません」

「仮に迷う事なく森を真っ直ぐ抜けられるとしたら? 魔物や獣もなんとかなるとしてだ」

「それが可能なら……うまく行けば昼半ばの鐘に間に合うかもしれません」

『昼半ばの鐘』とは『日の出の鐘』と『昼の鐘』の中間で鳴らされる鐘だ。おおよそ午前九時前後。丸一日掛かるはずのところをここまで縮められれば、それなりに価値がある。

 俺はアレス君に顔を向けた。

 たぶん凄いドヤ顔をしていたのだと思う。俺がなにを言うのかアレス君はワクワクと待ち構えていた。


 鬱蒼とした木々の間を俺達は歩いていた。

 結局、アレス君は俺が提案した森を突っ切るルートを採用した。おかげで、こうしてアレス君達のパーティーと行動をともにする事ができている。俺の思惑通りに事が進んだわけだが、それでも想定外だった事がある。

 ここは森なんて生易しいものではなかった。樹海だ。腐葉土で覆われた地面は不規則に隆起していて、歩くだけで著しく方向感覚を狂わせてしまう。

 立ち込める霧も酷い。視界は良くて十メートル。その先は乳白色が全てを覆い隠している。当然、太陽の位置すら覚束ない。確かにディーニの言う通り、無策で挑めば遭難必至の土地だった。

 そんな大自然の罠を前にしても、俺に不安はなかった。俺が見出した最強の権能。『森域把握センスフォレスト』が圧倒的な力を発揮しているからだ。

 今、俺の頭の中にはこの森の詳細な三次元マップが展開している。拡大縮小も思いのまま。植生の分布やら、森に住まう獣達の動向まで、選択的にプロット可能な超高性能なレーダーマップである。当然、自分達の現在位置もばっちり把握できる。

 こいつの更に凄いところは、特定の鳥や獣をフォーカスする事で、聴覚や嗅覚や視覚までも間借りできるのだ。気になる箇所があったら、付近の小動物の目を監視カメラのように借りる事ができる。見えなくても匂いを嗅ぐ事が、音を聞く事ができる。まさに森を統べる女神が持つに相応しい権能である。

「おっと。二百メートル先に狼がいるな。下草の中に潜んで待ち伏せを狙っている。群れの規模は……全部で五匹。配置と周辺の地形はこんな感じだ」

 俺は地面の上に手早く簡略図を書き上げて見せた。

「狼ですか……背後を突かれるとやっかいですね。いっその事、こっちから襲撃して後顧の憂いを断ちましょう。ルル、それとディーニ。僕が正面から接近するから、ふたりは横合いから矢と魔法で攻撃を頼む」

「「了解」」

「ねえ、ボクは?」

「クレアはゴローさんの護衛だ。ここで待機してて」

「……わかった」

 明らかにクレアは不満そうだったが、とりあえず全員が頷いた。アレス君とディーニ、それにルルの三人が霧の中へ駆けていく。

 めっちゃ不機嫌なクレアと俺だけが取り残されたわけだが、実にいたたまれない空気である。仕方ないので俺はクレアの存在を無視して、アレス君達の動向を『森域把握センスフォレスト』で追う事にした。

 頭の中の地図上では、二手に分かれたアレス君達が狼の集団を挟み込むように移動していく。当然の如く、アレス君やディーニが見ている光景も見る事ができる。

 まるっきり最先端の戦域情報システムである。ど派手な攻撃魔法でも、強力無比な剣でもないが、戦場のあらゆる情報を得られるこの力は、間違いなく最強チートと言えるだろう。

 ただ惜しむらくは、この権能が使えるのは森の中だけという事だ。街中や平原でも使えれば常勝無敗の大将軍でも目指すところだが、森の中限定ではそうもいかない。

 暫くするとアレス君達三人が戻ってきた。三人とも特に怪我をしていなかったので、俺達はすぐに森を踏破するための歩みを再開した。

「しかしゴローさんの権能は本当に便利ですね。うちのパーティーにスカウトしたいくらいですよ」

「ははは。アレス君はおだてるのが上手いなあ」

「ふん。どーせインチキに決まっているよ。こんな胡散臭いオッサンを信じるなんて全然理解できない」

「ははは。クレアちゃんは相変わらずだなあ」

 文句タラタラのクレアだが、アレス君経由とはいえ一応は俺の情報を受けて行動している。変な意地を張って暴走しないだけで及第点としておこう。

 一方のルルは俺の存在をガン無視してアレス君に媚びを売りまくっている。シカトされるのはかなり心が抉られるが、こちらも要はアレス君さえ押さえておけば良いのだ。楽っちゃ楽な話である。これくらいの気分の悪さは我慢しよう。

 やっぱり俺の癒やしはディーニだ。俺とも普通に会話をしてくれる女の子は彼女だけである。もっとも、誰に対しても事務的な喋り方な彼女であるから、俺への対応も特別心躍るものではない。でもいいんだ。他の人と同じように喋ってくれるだけで俺は満足だ。

 夜明けとともに始まった森を横断するショートカット作戦は、足場の悪さに辟易しつつもかなり順調に推移していた。やはり殆どズレる事なく一直線に森を横断できるアドバンテージはでかい。

 獣の類いもかなり先行して見つける事ができるから、避けるも奇襲するも思いのままである。二時間ちょっとで既に行程の八割を終えるハイペースだ。この分だとギリル村で温かい朝食にありつく事さえ可能だろう。

 歩き慣れていない上にサンダル履きな俺の足は、ちょっと前から痛みを訴え始めている。だけど、そんな事は気にならないくらい気分が昂揚していた。

 異世界の森という未知の空間に興奮しているのもあるし、冒険者然としたアレス君達と一緒にいる事でテンションがあがっているのもある。なによりも、上手い具合に権能がはまっている状況にやる気が漲っていた。

 俺ってこんなに承認欲求の強い人間だったっけ、と自分でも驚くのだが、やはり一流冒険者っぽいアレス君達に認められるのは男の子的に満足度が高い。俺までいっぱしの冒険者になった気分を味わっていたのだ。

 そう。この時の俺は、権能という超能力が突然使えるようになって調子に乗っていたのだ。降って湧いたチートに溺れるなど、いかにもありがちな噛ませ犬パターンだが、俺は見事なまでにその典型に陥っていた。

「ちょっと待って! なんだか様子がおかしい」

 突然アレス君が立ち止まって鋭い声をあげた。瞬時に緊張感を高める冒険者チーム。

 俺も一応脳内マップで周囲を調べ直してみるが特になにも見つからない。その事を根拠に俺はすぐに警戒を解いていた。「なにもないよ」とアレス君に言いかけてすらいたのだ。

 だが、その認識はすぐに塗り替えられる事になる。

 突然俺達の周りに人影が立ち上がった。ひとりやふたりではない。二十は下らない人影が急に現れたのだ。いつの間にか、俺達を中心とした全周囲に散開している。完全に囲まれた形だ。

「な、なんでだ……? なんで反応がなかったんだ……?」

「だからインチキだって言ったんだ。こんなオッサンを信じたから一気にピンチじゃないか」

 クレアがここぞとばかりに俺をディスる。格好いい事に、文句は口だけで周囲から目を離すような隙は一切ない。そんなクレアの態度が俺を冷静にしてくれた。改めて敵の姿を確認するだけの余裕ができたのだ。

 それで腑に落ちた。確かにこいつらは見つけられない。

森域把握センスフォレスト』は森の中で生きる全てのものを感知できる権能だ。その対象は木であり、獣であり、人間であったりもする。

 だが、死んだものは対象ではない。例えば折れた枝とか、動物の死体とか、そんなものは探知できない。それは必然でもある。突き詰めれば、森の土など動植物の死体によってできているのだから。

 唐突に現れ周囲を取り囲んだ人影、その正体は腐りかけの死体だった。俺達は生きる屍リビングデッドの餌場に、まんまと踏み込んでしまったのだ。

 目の前に現れた生きる屍リビングデッドのみなさんは実に熟成の進んだお姿をしていた。黒だか茶色だか紫だかに変色した肌にはウジ虫が湧き、指だの耳だのどこかしらパーツを欠損している。内蔵がごっそり抜け落ちた方、眼球を水飴みたいに垂らしている方までいらっしゃる。

 総じて言えるのは、キモくてグロくて臭い。触れるのも憚られる不浄さだ。正直言って吐く寸前である。

 顔を顰める俺にディーニが注意を促す。

「動きが鈍いからと、生きる屍リビングデッドを舐めない方がいいですよ。ああ見えて彼らは狡猾です。ゆっくり動いているのは腐乱した肉体を壊さないためです。生者を食い殺せる間合いになったらその限りではありません」

「って事は、ああ見えて元気に跳ね回る系のゾンビかよ……」

 このトロさなら逃げ切れるかもと思っていた俺の考えはあっさり否定されてしまった。近寄る事すら身の毛のよだつ相手だけに、どう戦えばいいのか全く想像ができない。

 忌避感以外なにも出てこない俺を余所に、ルルが静かな声で詠唱を始めた。

「静たるは水、勢たるは炎。壌たるは地、浄たるは風。四柱の理に干犯せし魔道の徒がここに命じる……」

 中二病くさい詠唱にギョッとしてルルを見たのは俺だけ。冒険者チームはそれが当然の事であるように詠唱を背にしたまま構えを崩す気配もない。

「……出でよ浄化の炎。我がマナを糧に炎の鞭を顕現せん」

 詠唱の完成とともにルル以外の全員がその場に跪いた。ぼーっと突っ立っているだけだった俺も、ディーニに手を引かれて強引に座らされてしまった。

 直後、頭上に掲げたルルの腕から炎が一直線に伸びていく。そのままルルが大きく腕を回転させると、鞭のようにしなりながら炎が周囲をなぎ払う。俺の頭の上も火炎放射器で放たれたような炎が通過していった。

 気がつくと、俺達の周りにいた生きる屍リビングデッドの尽くが燃えていた。三百六十度全周である。肉が焦げる嫌な臭いが周囲に充満する。

 やっぱ魔法はすげえ。今の一撃であっと言う間に半分を無力化しやがった。

「水と生命の美神アクア様。あなたの忠実な僕が願い奉ります。不浄を清める力を我らにお与えください」

 ルルの手から炎が消えたタイミングだった。拳を胸に押し当ててクレアが清らかな声で祈りを捧げる。途端に全員の武器が水を纏ったように蒼白い光に包まれた。

 アレス君とディーニ、それにクレアの三人が立ち上がると同時に散開する。取り残されたのはルルと俺のふたりだけだった。

 右前方に向かったアレス君が剣を振るうと生きる屍リビングデッドが真っ二つに両断された。左前方ではディーニの刺突で胸に穴が穿たれる。背後に回ったクレアがメイスを横に薙いで腐った上半身をどこかへ弾き飛ばす。

 俺が戸惑っているうちに本格的な戦闘が始まっていた。アレス君達は俺とルルから敵を遠ざけるように外へ外へと広がっていく。ハッキリ言って強い。生きる屍リビングデッドの包囲がどんどん外に追いやられていく。

 残された者同士というのもあって、俺は隣に佇むルルをチラリと盗み見た。杖を構えているが、ルルは今にも倒れそうなくらい顔色が悪い。びっしょりと汗に濡れているのもあって、まるで熱でもあるみたいだ。

「な、なあ。大丈夫か? なんだか体調悪そうだけど……」

「……大丈夫です。マナを限界まで使ってしまっただけです。少し休めば回復します」

 戦闘中だからか、それとも余程俺が心配顔をしていたからか、ルルはシカトせずに答えた。マナは魔法を使うための原資。それを限界まで使ったって事は、あの炎の鞭は大技だったって事なのだろう。

 パーティーの危機を救うためにリスクを恐れず力を使った。一言で言えばそういう事だ。それは前線で戦うアレス君達も同じだ。

 いくら有利に戦いを進めているといっても多勢に無勢、全くの無傷というわけではない。アレス君達の肌にも血が滲むような傷が目立ち始めている。

 なにより、返り血というか返り腐れ肉が酷いのだ。腐乱死体をぶっ壊すと盛大に残骸を浴びる事になる。前線の三人は腐肉と汚水に塗れていた。それでもなんら躊躇する事なく生きる屍リビングデッドの破壊に邁進している。

 生きる屍リビングデッドの数が減り安全が確保されていくに従って、俺は居心地の悪さを感じ始めていた。権能などという自分のものでもなんでもない力で調子に乗った末に、俺では対処できない状況を作ってしまったのだ。

 結果、アレス君達に泥臭い仕事を押し付ける事になってしまった。

 親会社の天下り役員が、唐突に上役としてプロジェクトに絡んできた時を思いだす。現場を知らない癖にあれやこれやと余計な口を挟みまくって、現場に盛大な尻ぬぐいを強いた豚野郎である。あいつと同じような事を俺はしているんじゃないだろうか。

 アレス君達の華麗な武技を遠目に見ながら、俺はモヤモヤとした思考に囚われていた。

 そんな折だった。

 いきなりルルの真後ろでボコリと地面が割れた。直後、中から腐った腕が飛び出し、ルルの足に向かって伸びていく。当の本人は全く気がついていない。さながらゾンビ映画のワンシーンを見ている気分だった。シムラ後ろー! のアレである。反射的に俺はルルに飛びついていた。

「!? な、なにをするんですか!?」

 俺とルルはもつれるように地面に倒れた。ルルが驚きに目を見開く。愛らしいロリ顔が歪んで嫌悪感が顔いっぱいに広がっていく。突然キモイ中年男に押し倒されたのだ、その心境は痛いほどによくわかる。

 だが緊急事態だ、許して欲しい。ロリ尻に股間を押し付ける事になっているが、決して狙ってやっているわけではない。

 ルルと場所を入れ替わる形になり、俺の足を腐った手が掴む。肌を這い回るウジ虫の感触。鋭く尖った爪だか骨だかが、俺のふくらはぎに引っ掻き傷を刻む。穴の中に引っ張り込むつもりなのか、強い力が足に掛かる。あっという間に半身分の距離を引きずられてしまった。

 こうなっては俺も必死だ。引っ張り込まれてなるものかと、ルルのズボンに手を掛けてなんとか抵抗する。

「ちょ、ちょっと! やめて! ズボンを引っ張らないでください!」

 一方のルルも必死である。既にズボンはずり下がり可愛らしいショーツがコンニチワしている。

 一応言っておくとコットン素材のピンクの下着だ。この異世界には、綿パンとはいえそれっぽい女性下着があったのだ! ……ってそんな事はいい。俺は、腐った腕を振りほどこうと必死で蹴り続けた。

 俺の粘りが効いたのか、僅かに引き込む力が弱まる。代わりに土を割ってゾンビ的な上半身が這い出てくる。土の中の死体ってこんな感じだよねという予想を裏切らないビジュアル。ボロボロと零れる土塗れの腐肉はミミズだのナメクジだのの集合住宅と化し、ぽっかり空いた眼窩からはでっかいムカデが這い出てくる。

 震え上がるほどおぞましい姿だ。真面目な話、キモさのホームラン王ゴキブリが可愛く見えるレベルである。

「リ、生きる屍リビングデッド!? こんな所に潜んでいたなんて……」

 危機的状況にある事を認識したルルが驚きの声をあげる。俺が痴漢ではない事を理解してもらえたのは喜ばしいが、ルルは動揺して動きを止めてしまった。そんな状態じゃまずいんだよ。俺は必死に声を張りあげる。

「なんでもいい! こいつをやっつける魔法は使えないのか!?」

「じゅ、十秒稼いでくれれば……」

「よし! 十秒くらいなら粘ってみせる! マジで頼んだぞ!」

 こうなったら気持ち悪いとか言ってられない。

 俺はルルのズボンから手を離した。生きる屍リビングデッドに引っぱられるままに湿った腐葉土の上を滑っていく。勢いに合わせて、もう片方の足で腐った頭を踏みつける。グシャリと果物が潰れるような音とともに、俺の足が頭にめり込んだ。中に詰まっていた虫さんが一斉にワサワサと這い出てくる。最高に気持ち悪い瞬間だった。

 突き刺さった足を基点に、掴まれている足をしっちゃかめっちゃかに動かす。頭へのダメージが効いたのか、思ったより簡単に足の拘束が解かれた。

 そのまま肩の辺りに渾身の蹴りを叩き込むと、腐った腕が脱落して宙を舞う。腐りかけの見た目通り、簡単に部位欠損を起こすくらいこいつらは打たれ弱いようだ。

「……出でよ浄化の炎。我がマナを糧に消えぬ炎を顕現せよ」

 ルルの詠唱が完成した。唐突に生きる屍リビングデッドの体に火が灯る。さっきの炎の鞭みたいな派手さはない。まるで蝋燭のような頼りない火勢だ。それでもブスブスと煙を吐きながら生きる屍リビングデッドの体を着実に焼いていく。

 当然の事ながら、腐った頭に足を突っ込んだままの俺もその火に炙られる事になる。

「熱っ! ちょっと、マジで巻き添えで焼かれそうなんですけど!」

 ガシガシと蹴りを入れて足を抜こうとするが、思うようにいかない。火に炙られて俺のすね毛が線香のように燃え始めている。

 本格的に焦り始めた俺の前に、すっと白い手が伸びる。ルルだ。

 限界を超えて魔法を使ったからか、さっき以上にグロッキーだ。それでも蒼白い顔を苦痛に歪めながら、俺を引っ張り出そうと手を伸ばしている。

 この時ばかりは、いけ好かない面食い小娘であったルルが天使に見えた。

 俺がルルの手を両手で掴むと、力強く引いてくれる。ルルの助力とタイミング良く入った蹴りのおかげで、火傷する直前で俺は足を抜く事に成功した。

 暫く火を纏ったまま動いていた生きる屍リビングデッドだが、やがて動きを止めるとそのまま静かに焼き崩れていった。その様子を眺めながら、俺はへたり込んだままゼエゼエと肩で息をする。人間、追い込まれればなんでもできる。今思うと、よくあんなキモイ頭を蹴りつけられたものだ。

「……先程は助かりました」

 俺の背後に立っていたルルが小さな声で呟いた。目すら合わせない不意打ち気味な一言。

 ルルはそれだけ言うと、すぐに俺から興味を失って相変わらず戦闘中のアレス君へ視線を向けてしまった。

 だが、俺には十分だった。我ながらチョロいと思うがこればかりは仕方ない。調子に乗り過ぎて犯した失態を、僅かばかりでも拭えた気がしたのだ。下らない自己満足だが、ラーナ様のものではない今ある俺の力だけで抵抗してみせ、結果としてルルが感謝をしてくれた。これ以上ない成果である。

 救われた思いだった。この時の俺は、ルルと虫だらけの生きる屍リビングデッド君に感謝すらしていたのだ。

 十分ほどでアレス君達は全ての生きる屍リビングデッドの破壊を終えた。

 前線に出た三人は、それほど大きな怪我は負っていなかったが、見た目は酷い有様だった。腐肉と汚水を体中に浴びてデロデロのドロドロである。そんな姿ながらも爽やかな笑顔で、アレス君は俺に話し掛ける。

「そっちに一体出た時はどうしようかと思いましたよ。ゴローさんが上手く対処してくれて助かりました」

「……いや、俺は無我夢中で転がり回ってただけだよ。やっつけたのはルルちゃんだ」

 忸怩たる思いというやつである。

 検知能力に穴がある事など気づきもせずに、俺は『森域把握センスフォレスト』を全面的に信じきっていた。結果、見事に生きる屍リビングデッドの巣を引いてしまったのだ。その瞬間まで『周囲に敵なんかいない!』と自信満々に思い込んでいたのが更に痛い。穴があったら入りたいとは正に今の俺のためにある言葉であろう。

「とにかく、身を清めたいですね。ゴロー。この付近に川や泉はないのですか?」

 アレス君同様にドロドロに汚れたディーニが聞いてくる。美しい金髪も今や腐肉塗れで灰色に変わっていた。その痛々しい姿を見るとますます心が萎縮していく。

「あ、ああ……ええと、ちょっと待ってくれよ」

 権能を使う事に妙な気恥ずかしさすら感じ始めていた。碌に知らないくせに、得意気に使っていた自分が死ぬほど恥ずかしい。若者ならいざしらず、いいオッサンがそんな状態にあったのだから始末に負えない。

 それでも任された仕事をこなすために、『森域把握センスフォレスト』で地形を探る。丁度よさげな小川が森の出口付近に流れているのをすぐに発見した。ギリル村へ向かう途中にあるというのも都合がいい。

「……森の境界付近に小川がある。ここからなら五分くらいだ。とりあえず行ってみようか」


 樹海の底を縫うようにその小川は流れていた。腐葉土が流れ出てしまったのか、一段低くなった川筋は溶岩石みたいなゴロゴロした岩に囲まれている。水深は膝丈くらい。意外と水量は豊富なようである。

 河岸に立つひときわ大きな岩石の上に座って、俺は遠くを眺めていた。

 アレス君達と違って、俺はゾンビを蹴飛ばした足しか汚れていなかった。川に着いて早々ちゃっちゃと汚れを洗い流してしまったのだ。その上で、みんなが水浴びをしている間は見張りに立つと告げた。

 アレス君達が頑張って泥仕事してくれた事を労いたいという思いが七割。残りの三割はひとりになりたかったからだ。どうにもいたたまれない感が消えない。

 そんなわけで、俺は岩の上で見張りをしている。基本はこれまで通り、『森域把握センスフォレスト』の脳内マップによる監視だ。しかし、最早これだけに頼る気にはなれなくなっていた。

 高いところに上ったのは、自分の目でも確認しなければ気が済まなかったからだ。

 少し高いところにいるからか、風が心地よい。森もここまで来れば霧はかなり薄い。時折吹く強い風で噴き散らされて、青空すら見える事があるのだ。

 顔を覗かせた太陽がきらきらと水面を輝かせて目に眩しい。樹海の鬱屈とした雰囲気はここにはなく、穏やかで静謐な空気が流れていた。

 脳内マップを確認すると、アレス君とクレア、それにルルの三人が右側で水浴びをしている。一方、岩を挟んだ左側で水浴びしているのがディーニだ。どちらも俺の場所からは視線が通らない。

 まあ、俺の目から隠れるためにわざわざ離れたのだ。見えなくて当たり前なわけだが、生きる屍リビングデッドに襲われた記憶もまだ鮮明な折である。目を離していて本当に大丈夫なのかと不安になってしまう。

 あ、そうだ。『森域把握センスフォレスト』を使って、アレス君の目を借りてみたらどうだろうか。

 いや、決してクレアとルルの裸を見たいとか、そういう邪な思いを抱いているわけじゃない。あくまで危険がないか確認したいだけだ。本当の本当に。

 俺はマップ上のアレス君と思われる光点に意識を集中した。

 その光点に吸い込まれていくような感覚とともに、俺の視界が唐突に切り替わる。


 ふたつの真っ白なお尻が目の前で揺れていた。

 いきなりのお尻登場である。流石の俺もこれには驚く。

 左側のお尻はアレス君の左腕でガッチリとホールドされていた。そうした上で何度も腰を打ちつけている。子細まで見えないがわかる。当然、ちんちんを挿入しているのだ。一方、右側のお尻にも手が伸びている。柔らかそうな尻肉を掻き分けて女の子の穴を指で掻き回している。

 呆気にとられる光景である。羨まけしからん事に、アレス君達はまたもや乱交に及んでいたのだ。昨日の今日だというのに、こいつら本当に猿すぎる。

 クレアとルルは岩に手をつく立ちバックの姿勢でお尻を向けていた。左側のちんちんを突っ込まれているのがクレアで、右側の指を突っ込まれているのがルルだ。

 それにしても景気よく腰を振っているな。見ているだけでパンパンと音が響いてきそうだ。おっと、そういえば『森域把握センスフォレスト』は聴覚も借りられるんだっけ。折角だからちょっと拝借してみよう。

「アレスっ、い、いつもより大っきいよっ興奮してるのっ?」

「すまないクレア。どうにも戦闘で高まってしまってね」

 視線が右の尻に動く。ぐちゃぐちゃと音を鳴らしながら、アレス君の指がルルの中を激しく抉っていた。

「ふあっ、そ、そんなに乱暴にしないでくださいっ」

「ふふふ。ルルも凄い濡れ方だよ。怖い思いしたからその反動かな?」

「は、はい、たぶんそうです……」

「それとも、ゴローさんに押し倒されてその気になっちゃったのかな? まるでお姫様を守る騎士のようだったものね?」

「そ、そんな事ないです……わ、私の騎士様はア、アレスさんだけです……」

 アレス君はクレアからちんちんを引き抜くと、間髪入れずにルルに突き入れた。空いたクレアのおまんこには、即座に二本の指を突っ込んでいる。ふむ、できる男は女の子のフォローが上手いと聞いた事があるが、こういう事なのかもしれない。

「ふあああっ! 大きいですぅ! こ、こんなので突かれたらっ……」

「ふふふ。気の多いルルにはお仕置きだよ。壊れるまで突くからね」

「そ、そんなっ、あんっ気が多くなんて、ありませんっ、酷い事、いわないでっ」

挿絵3

 エロい気分を盛り上げるために俺をダシにするのマジでやめて頂きたい。凄く切なくなるじゃないか。なんともやるせない気分なのに、なぜか俺のちんちんはフル勃起状態なのが哀しい。心では拒んでいるのに体が反応してしまうという奴だ。

 限界まで引き抜いては再び奥まで突っ込む。そんなゆっくりとした抽送に変わった。アレス君のちんちんは結構でかい。ただし、外人的なフニャチン感が否めない。確かに俺の方がちょっとだけ小振りかもしれないが、実戦なら俺の方が良い仕事するんじゃないだろうか……。いや、負け惜しみじゃないよ?

 毛が生えていないからか、ルルの小さな穴がアレス君のちんちんを呑み込んでいる様が良く見える。白く濁っ

た本気汁がドロドロと穴の縁から溢れていて、すっげえエロい。ロリロリな癖に実に侮れない女だ。

 アレス君はルルに夢中になっているみたいだ。クレアのアソコに指を突っ込んでいた方の手も、いつのまにかルルの腰を押さえている。

 放置されてヘコんでいるかと思いきや、クレアは絶賛交尾中のアレス君に横からしなだれ掛かっていた。

「そんなにルルばっかり苛めて、もしかして妬いてるんでしょ?」

「……どうだろうね。ただ今日はルルを苛めたい気分かな」

「あはは。アレスってば意外と可愛いトコあるんだねっ……ねえ、キスしよ?」

 上目遣いでアレス君にキスをねだるクレア。小憎たらしい糞ビッチなくせに、クレアは女を感じさせる甘えきった表情を見せていた。淫蕩に光る瞳がなんとも艶めかしい。

 引き寄せられるようにアレス君は貪るようなキスをクレアと交わす。ラブいキスの最中も、下半身はルルのおまんこを乱暴に突き続けていた。

 ああ羨ましい。濃厚3Pとか俺もやりたいです。

 俺も過去に格安ソープで二輪車とかやった事あるけど、処理されている感が凄かった。ホルスタインとマブダチになれそうな錯覚を起こしたほどだ。やっぱり愛のある3Pは違うね。みんな楽しそうだもん。俺もビッグになったら女の子並べていっぺんにエッチするんだ。

 そんな事を心に固く誓いながら、俺はいつの間にか取り出していたちんちんを扱く。

 寂しい中年男はひとりプレイするしかない。なんとも情けない話だが、こんな臨場感の彼氏視点AVは中々ない。現実はシコシコ扱いているだけだが、まるで俺がルルを犯しているかのような錯覚を覚える。

 これは凄いな。VR対応のAVとかこんな感じなんだろうか。盛り上がり過ぎて扱く手にも思わず熱が入ってしまう。気がついたら発射寸前まで追い込まれていた。慌てて手を止めて、込み上げてくる射精感をやり過ごす。まだまだあいつらのプレイは続きそうなのだ。もう少しゆっくり楽しみたい。

 と、そういえばディーニの方は大丈夫だろうか?

 俺がひとりでちんちんをシコシコしている現場に帰ってこられたら事である。

 俺は一旦視覚を自分に戻して、脳内マップからディーニの光点を確認してみた。

 あれ? 場所が動いているぞ? これは……アレス君達を覗けるポジションに移動したのか? もしかして、ディーニもオナニーに耽っているのではないだろうか。全く、なにをやっているんだか……いや、よくよく考えたら俺も同じ穴の狢だ。年長なふたりのおっさんおばさんが、若者の性交を覗きながらオナニーに励んでいるとか、考えてみると実にシュールだ。

 ディーニの光点に集中して視覚と聴覚を借りてみる。すうっと視界と聴覚が切り替わった。


 案の定、ディーニはオナニーの真っ最中であった。

 ディーニはスッポンポンのまま岩陰に身を潜めて股間を擦っていた。真っ白で染みひとつない肌が眩しい。川面に映る裸のディーニはまさに妖精さんといった趣である。そんな妖精さんが、岩に背中を預けて立ったまま股間を弄っている。

 ディーニの繊細な指が別の生き物のようにクリトリスを擦り上げている。これが、熟達したオナニストの手腕か。流れるような指の動きは、もはや芸術と言っても過言ではない。

 ルルみたいなパイパンではないが、こちらも随分と毛の薄い股間である。百二十歳と聞いても、やはりディーニは高校生くらいにしか見えない。それも発育の悪い類いの。

 アレス君達がハードプレイのガチ系AVなら、こっちはイメージビデオ風のソフトAVといった感じかな。なんだか急にコンテンツが充実してきたぞ。どっちを使うか真剣に悩んじゃうじゃないか。

 ディーニがアレス君達をオカズにしてくれると完璧なんだけどなあ。そうすれば時折ディーニの美しい裸体を鑑賞しつつ、メインはアレス君達の濃厚な3Pという捗りまくる状況ができ上がる。

 そんな事をモヤモヤ考えていると、遂にディーニは顔を上げた。いよいよ覗き行為を始めたのだ。

 ディーニがオカズとして熱い目を向けた先。そこにあったのは、アレス君達の痴態ではなく、ちんちんを剥き出しにして激しく擦っている俺だった。


 うおっ! びっくりした!

 自分のオナニー姿を外から見るなど正に精神的拷問である。このまま川に身を投げようかと思ったほどだ。

 俺は慌ててディーニから視覚を切った。アレス君達を覗ける位置に移動したのだと思っていたが、なんの事はない俺を覗ける位置でもあったのだ。

 それにしても、アレス君達の濃厚な3Pを見ずに俺のオナニーなんかを見ていたのが解せない。それが気になって、聴覚だけはディーニに残していた。

「はっ……くっ……ゴローの……凄く……硬そう……」

 ディーニの途切れ途切れの声が耳を打つ。耳元で囁かれるどころじゃなく、自分の声と同じように聞こえるのだ。こんな生々しい声を聞いては俺の股間も反応してしまう。

 ディーニはどうやら日本人特有のカチカチチンポに目を付けたようだ。確かにアレス君は白人系だし、ちんちんもフニャッとしていた。最強のカチカチ巨根、黒人男性がこの世界にいるのかはわからないが、ディーニが注目するくらいにはカチカチチンポは珍しいのかもしれない。しかし目の前の濃厚3Pよりオッサンのちんちんを取るとは。流石百二十年ものの処女はオカズの選定がマニアックである。

 さて、俺はどっちを見よう。アレス君達のハードなプレイも気になる。凄く続きが見たいが、片や俺をオカズにオナニーしている女の子だ。できたら俺もそっちをオカズにしてあげたい。

 だがディーニの姿はここからでは頭しか見えない。迂闊に視覚を借りると、再び俺の痴態が目の前に広がる事になりかねない。ディーニで抜くには音をオカズにするしかないのだ。

 ちょっとチャレンジングだが、俺は目を閉じて耳に全神経を集中してオナニーしてみる事にした。

 これが、実にもどかしい。乳首まで墨で塗り潰したエロ本を見るような、あるいは裏ビデオと称する正体不明のノイズを目を眇めて見続けた時のような、ノスタルジックなもどかしさを俺は感じていた。今はブラウザを開けば簡単に無修正画像が手に入る時代だ。こんなもどかしいオナニーは本当に久しぶりだった。

「んんっ……やだっ……音凄い……見つかっちゃう……」

 荒い息づかい。クチャクチャとリズミカルに響く湿った音。もどかしくはあったが、俺は感動を覚えていた。俺を想って本気でオナニーしている女の音だ。こんなの風俗では決して味わう事はできない。

「はあ、はあ……だ、ダメ……お尻なんて、変態だよっ……」

 ディーニの声にギョッと目を剥いてしまった。お尻なんてダメって、もしかしてディーニはお尻で致しているのか? アナニーなのか!? くそう! 確かめる手段がないじゃないか! いっそこのままディーニの元に駆けつけてなにをしているのかこの目で確かめてやりたい!

「うくっ……ふ、深いっ……やだ、頭痺れちゃう……」

 ディーニの声がどんどん切迫したものに変わっていく。くっ……仕方ない、ここは妄想で補完するしかない。だが、見ていろよ。いずれディーニがアナリストである事を突き止めてやるからな。

 ディーニは高まるところまで高まっているようだった。だが、最後の一線を越えない慎重さだけは手放していない。イクのを我慢しているのだ。ディーニはなにかを待っている。

 察しの良い俺は気づいている。ディーニは俺が絶頂する瞬間を待っているのだ。俺の情けない姿を目に収めながら果てるつもりなのだ。わかる。わかるぞ。なにせ俺もディーニが達した声を聞きながら射精しようと待ち構えているのだ。

 だが、この状態は問題だ。お互いに相手がイクのを待ち続けていては、結局どちらもイケずに終わってしまうかもしれない。仕方ない。ここは紳士的に俺が折れる場面だろう。

 俺はフィニッシュに向けてシコる速度を上げた。それを見ているディーニも、なにかを感じ取ったのかこれまで以上に踏み込んだところまで自分を追い込み始めている。

 ああ、俺はもうすぐイク。本当だったらディーニにぶっ掛けたいが、この距離ではそうもいかない。だがそれでも、この射精は間違いなくディーニに捧げる一発だ。

 うっ、イクぞ。この精子、君に届け。

 虚空に放たれた精液が弧を描いて川面に落ちていく。野外で空に向けて放つ射精は、それはそれはもの凄い開放感だった。

「ああっ……いっぱい出てる……んんっ! くっ! ……はあはあはあ」

 俺の射精を追いかけるように、無事ディーニも達したようだ。俺は脱力するとともに、心地よい達成感に包まれていた。なんだか満足感が凄い。これが噂に聞く心が満たされるエッチという奴なのかもしれない。離れていた俺とディーニだったが確かにあの時、俺は一体感を感じていた。

 アレス君達のプレイはハードでエロい。だが、言っちゃなんだがアレは獣のセックスだ。俺とディーニを見て見ろ。こんな高尚なセックスは中々ない。

 見張りはどうしたという内なる声に耳を傾けながら、俺はようやく治まったちんちんをズボンに収めた。


 本来なら午前中には村に着く予定だったが、結局、小川を離れたのは昼を過ぎてからだった。

 アレス君達の乱交プレイに時間を取られたのもあるが、そのまま長めの休憩を取る事にしたのだ。水浴びから戻った全員が全員、なんらかの疲労を抱えていたからだ。もちろん、アレス君達はセックス疲れ、俺とディーニはオナニー疲れである。昼食まで摂って、万全の体制で俺達は再起動した。

 小川を離れて暫く歩くと森が終わり、そこから三十分ほど歩くと丸太で組まれた簡素な柵へと行き当たる。

 そこに広がっていたのは、のどか、という表現がピッタリとはまる光景だった。柵の向こう側には畑が広がり、その中にポツポツとレンガで組まれた家が点在している。

 柵沿いに歩くとすぐに街道に行き当たった。ここが村の入り口なのだろう。

 柵の一部が開け放たれ、槍を持った男が三人ほど見張りに立っている。どの男も兵士や傭兵といった風貌ではない。防具のひとつも身に着けていないのだ。村のあんちゃんが持ち回りで自警団をやっているといった雰囲気である。

 アレス君が十代後半と思われる見張りの兄ちゃんに話し掛けると、彼はエロい事でも妄想していそうな目で三人娘を一瞥したあと、村の中心に向かって走っていった。俺達は別の兄ちゃんに先導される形であとを追っていく。

 街道と接続する村のメイン通りなはずだが、畑と畑の間を通るその道はあぜ道としか言いようがない。この世界の文明と初めて接触したわけだが、これでは田舎過ぎてどんなレベルの文明なのか読み取れない。

 鉄製の農具にコットン生地の服。ガラスが嵌まった窓も少なくない。ぱっと見た限りではそんなに文明レベルが低いとも思えない。だが、槍とか剣とか普通にぶら下げて歩いているのだ。近代的とも言えないだろう。

 キョロキョロと視線を彷徨わせながら歩き続ける事、更に五分。俺達は村の中心と思われる場所に到着した。

 店舗らしい六軒ほどの家屋に囲まれた小さな広場だ。その広場の中央に髭もじゃの爺さんが待ち構えていた。隣には先程三人娘にエロい目線を送った兄ちゃんが付き従っている。

「おお、あなた方がギルドから派遣された冒険者様ですな?」

「はい。私はアレスと申します。銀章をギルドより賜っております。この通り、盗賊討伐の依頼を受けてまかり越しました」

 アレス君は懐から羊皮紙を取り出すと爺さんの前に掲げた。

「ありがたい……。いつ盗賊が襲ってくるかと眠れぬ夜を過ごしておりました。歓迎致しますぞアレス様。ワシはこの村の村長をやっておりますノビーと申します。そちらのお仲間も是非ご紹介頂きたい」

 三人娘はアレス君にひとりずつ紹介されながら、微笑みとともに爺さんと挨拶を交わしていく。

 この時知ったのだが、どうやら冒険者には実力認定のようなものがあるらしい。アレス君とディーニは銀章を名乗っており、それなりに世間に認められる存在のようだ。一方、クレアとルルは銅章で少し格下らしい。

「……それで、こちらの御仁はどういったお方で?」

 最後まで紹介されなかった俺を、爺さんはキラキラと期待に輝く目で見つめていた。

 このメンバーの中で唯一のオッサン枠が俺である。大御所、あるいは彼らの上司的ポジションと勘違いされているのかもしれない。

 困り顔でなにかを言いかけたアレス君を制して、俺は爺さんの前に出た。

「すいません。俺は冒険者じゃありません。鹿島吾郎と言います。ラーナ様という古の女神様に仕える神官をやっております。彼らには道中で拾ってもらいました。盗賊騒ぎの大変な折りに恐縮ですが、彼らが滞在する間、私もこの村に滞在させてもらえないでしょうか?」

 ディーニの話を聞いて決めたのだが、俺はラーナ様の名が広まるまでは神官と名乗る事にしていた。聞いた事のない神様の名代とか言われても、胡散臭さしか演出できないのだ。一神官を名乗って地道に布教活動していると思われた方がまだ好感を得られやすい。

 爺さんは一瞬だけガッカリとした表情を浮かべたが、すぐに取り繕って俺に応じた。

「そうですか。確かに盗賊の片がつくまでは村の外は危険ですからな。村に宿は一軒しかございませんが、どうぞご滞在ください。それにしてもラーナ様ですか? 恥ずかしながら初めて耳にする女神様です。なにを司っている神様なのですかな?」

「森と生命の女神様です。ちょっと説明し難いのですが、生命とは言っても有名なアクア様とは異なる領域を守護する女神様なんです。ノビーさん、図々しいお願いですが、滞在中に村の方々にラーナ様をご紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「む……そうじゃな……」

 別になにをするとも決めていないが、俺の使命を考えたらこうした許可は取っておいて損はない。一応聞いてみたわけだが、爺さんは顔を顰めて黙り込んでしまった。面倒事はご免だと言わんばかりの表情である。

 そこまで渋られたら俺も強引に押す気はない。諦めて申し出を取り下げようとした時だった、隣に立っていたアレス君が俺達の会話に割って入ってきた。

「村長さん。ゴローさんは人々に忘れられた女神様のために尽力されている立派な方です。彼が人格者である事は私が保証します」

 どいうわけだがアレス君は俺に援護射撃を送ってくれた。人格者とかケツの辺りがむず痒くなる褒めっぷりである。なぜアレス君はここまで俺に良くしてくれるのか。全くもって謎だ。

「ははは。銀章の冒険者様が保証するお人でしたか。ゴローさん。大変失礼致しました。田舎者しかおりませんが、ラーナ様のお話、是非村のみんなに聞かせてやってください」

 急に態度を翻した爺さんに俺は笑顔で礼を述べた。たぶん、このジジイはアレス君の機嫌を損ねないか慮ったのだ。やはり持つべきものは、実力者の知り合いである。おもっくそ虎の威を借る狐状態だが、俺は全く気にしていない。十五年も積み重ねた社畜人生を舐めないで頂きたい。

「アレス君、恩に着るよ。いつか必ず借りは返すからね」

「気にしないでください。僕がゴローさんを見込んでいるのは本当ですから」

 コソッとアレス君に耳打ちすると、アレス君は追い打ちのようにむず痒くなる事を言った。

 なにこの人。イケメンなのに超いい人じゃん。俺が女だったら速攻股開いてるよ。

 アレス君一行は爺さんに連れられて村に一軒しかないという宿屋へ向かった。

 一方の俺は同行を固辞して広場にひとり残る。考えなしというわけではない。こういった時のテンプレはしっかり押さえているのだ。

 現代社会から持ち込んだ品々を換金すれば、ちょっとした小金持ちにクラスチェンジできる。まずは道具屋的な店に行って金を作ろうと考えたのだ。なにせ本当に一文無しなのだから。

 ふと見ると三人娘をスケベな目で見ていた兄ちゃんも広場に残っていた。未練がましく宿屋へ入っていく三人娘を目で追っている。

「なあ、ちょっといいか? 道具屋的な店ってあるか? ちょっと買い取ってもらいたい品があるんだ」

 兄ちゃんは俺に視線を移すと人懐っこい笑顔を見せた。

「道具屋だって? 俺に声を掛けるとはあんたツイてるぜ! なにを隠そう俺はこの村唯一の道具屋の跡取り息子だからな! 俺はザックだ。あんたはえーと……」

「鹿嶋吾郎だ。吾郎でいいよ」

「そっか! そんじゃゴロー、うちまで案内してやるよ! 買い取りだろ? 色を付けるように母ちゃんに話通してやるよ。その代わりと言っちゃなんだが、あの姉ちゃん達の事、詳しく教えてくれよな?」


 ザックに連れられて無事道具屋まで行き着けたわけだが、俺の思惑は見事に外れてしまった。

 店で俺の相手をしてくれたのはザックの母ちゃん。四十代の福々しいおばちゃんである。もっとも、ザック本人より母ちゃんの方が俺の年齢に近い気がしている。

 ザックの母ちゃんは実に親切な人で、俺の現代社会アイテムを見てこう言ったのだ。

「アンタ、そんな珍しい品をこんな村で売ったらもったいないよ! ウチじゃ払える金なんてないから現物交換になっちまうからね。悪い事は言わないから王都か、せめてバレスの街に行ってから売りに出しな!」

 大阪のおばちゃん的な勢いだった。親切で言ってくれているだけに、それでも買ってくれとは中々言い辛い。それにこんな田舎じゃ現金がないというのも本当なのだろう。携帯電話と引き替えに野菜を大量にもらったって困るだけなのだ。結果、俺は無一文のまま広場に戻ってきてしまった。

「まずいな。このままじゃ野宿確定じゃねえか……」

「なんだゴロー。あんな珍しいもの持っている癖に、肝心の金がないのか?」

「ああ、ちょっと事情があってな。あの手の珍しいの以外なにもないんだよ……ぶっちゃけ無一文だ」

「少し考えて金使えよ。いい年して情けねえ。仕方ねえ。俺がなし付けてやるからついてきな!」

 呵々と笑いながらザックは俺を先導して歩き始めた。別に無駄使いして金がないわけではないのだが、弁解するのも面倒だったので放置である。どこか紹介してくれるというのだ、付いていくしかない。

 ザックが向かったのは、アレス君達が泊まる予定の宿屋だった。

 結局、なんら成果を得る事なくココである。これなら、素直にアレス君達に付いていけば良かった。

「ミル姉! おーいミル姉ってば!」

 ザックが大声で叫ぶと、応じるように店の奥から女性の怒鳴り声が響き渡った。

「うるさい! 店先で騒ぐんじゃないよ! 今日から冒険者様がお泊まりになるんだ。ザックはうるさいから暫く出入り禁止だよ!」

「い、いきなり出禁かよ……おいおい、勘弁してくれよぉ」

 ミル姉と呼ばれた女性が姿を現した。二十代後半と思われる快活そうなお姉ちゃんだ。ポニーテールに纏めた赤髪が活動的な雰囲気を醸し出している。スラッと背が高く、胸もデカい。現代日本ならモデルでもやってそうなスタイルの良さだ。

 そんな妙齢の美女だが、格好はこれでもかというくらい宿屋の女将さんをしていた。膝丈のズボンに袖捲りした赤いシャツ、染みだらけになったカーキ色のエプロンと色気も糞もない。

「なんだい、お客さんを連れてきたのか。やるじゃないかザック。出禁は解いてやろう」

「いやなミル姉。こいつはゴローっていうんだけど、文無しで困ってるらしいんだよ」

「はあ!? 馬鹿ザック! 文無しなんか連れてくんじゃないよ! やっぱお前は出入り禁止だ!」

「いやいやちょっと待ってくれよ! こいつは文無しだけどタダの文無しじゃねえんだよ! ほらゴロー! お前の持ってる品を見せてやってくれ」

 俺は戸惑いつつもザックに言われた通りに、売ろうと思っていた物を並べた。

 携帯電話に財布、その中の硬貨やプラ製のカード類だ。コンビニのポリ袋なんぞも並べている。コンビニ袋など現代社会ではゴミに分類される品だが、こっちでは意外と高く売れるのではないかと踏んでいたりする。

「へえ? 見た事もないものばかりだね……で? これがなんだって言うのさ?」

「こいつはウチの店じゃ買い取れないくらい価値のある品なんだ。この村じゃ金に換えられないからゴローは文無しってわけだ。な? ただの貧乏人じゃねえだろ?」

「ふ?ん。確かにそうねえ……」

「で、ものは相談なんだけどよ、その品を担保にゴローを住み込みで働かせてやってくれねえか? なに、ずっとってわけじゃねえよ。例の冒険者様が泊まっている間だけだ。人手もいるだろうし丁度いいだろ?」

 あれよあれよという間に住み込みで働かされそうになっていた。普通なら抗議でもするところだが、今の俺には住み込みというのは逆に魅力的だ。

 それにミル姉と呼ばれているこの姉ちゃん、小綺麗な格好させたら結構イケるのではないかと気になり始めている。

「そういう事か……。アンタ、ゴローって言ったっけ、なにができるんだい?」

「は! 掃除洗濯料理と幅広い家事スキルを備えております! なにせ自分、ひとり暮らしが長いですから!」

 直立不動だ。気分は完全に就職面接である。真面目に答えたのだが、ミル姉はケラケラと笑い出した。

「あはははは! まるで騎士様の従士みたいな口っぷりじゃないか! 面白いヤツだね! 気に入った! ウチに置いてやるよ!」

「ほんとか!? 流石ミル姉! 話がわかるぜ!」

 ひとしきり笑うと、ミル姉は涙を拭いながら俺に条件を告げた。

「三食寝床付きだけど給料は出せないよ。その代わり、午前中だけ手伝ってくれればいい。それで良ければ置いてやるけど、どうする?」

「は! 是非お願いします!」

 再び腹を抱えて笑い出したミル姉。

 対する俺は作り笑顔の裏でほっと胸を撫で下ろしていた。なんとか野宿だけはしないで済みそうだ。しかも三食も付くとなれば金のない俺にはかなり助かる。田舎だから大らかなのか、サクッと受け入れてくれたミル姉と、世話を焼いてくれたザックの人柄には感謝しかなかった。

 それにしてもこの異世界、笑いのレベルが低過ぎるのではないだろうか?

 ミル姉はミリルというのが本名だった。たったひとりでこの宿を切り盛りしている女傑である。今日からは俺の雇用主、社長様だ。一従業員としてはミル姉などと気安くは呼べない。

 仕事は明日の朝からで良いというので、俺はザックと真っ昼間から飲みに出ていた。

 といっても、飲みに行くのはミリルさんの宿の食堂である。村で唯一の宿屋は、村で唯一の酒場でもあるのだ。ザックが出禁をあれだけ恐れていた理由がようやくわかった。

 この店は酒場とはいっても、宿屋と合わせてミリルさんがひとりで切り盛りしている店である。人手が少ないからか、鍋で煮込んだごった煮みたいな料理と干し豆以外にツマミの類いは一切ない。それすらもカウンターの上に置きっぱなしのビュッフェスタイルである。

 料金は実にリーズナブルな定額制。銅貨二枚で食べ放題という剛毅っぷりだ。

 ……会計とか細かい事が面倒臭いんだろうなあ……。ミリルさんの性格が良く出ている店である。

 で、肝心の酒だが、これが実にマズかった。いわゆるエールと呼ばれているものだと思うが、まんま気の抜けた黒ビールだ。しかもドクペ的なクスリ臭さが鼻につく。味以前の問題として、飲むと口の中がシャリシャリするくらい固形物が浮いている。こんなマズイものが飲めるか! と突っ返したいところだが、ザックに奢ってもらった手前、ついでに雇い主の目がある手前そんな暴言は吐けない。だが我慢して飲み続けていたら、次第に味などどうでも良くなってきた。

 酔っ払えればそれでいいじゃないか! 俺達を酔わせてくれるステキな飲み物にウマイもマズイも必要ないさ! と実に平和的な思想に到達する事ができたのだ。悟りというヤツかも知れない。

 しかし真っ昼間から酒を飲むというのは実に清々しい体験である。せせこましく働いているのが馬鹿馬鹿しく思えてくる。異世界に渡って良かった、とようやく心の底から思えたかもしれない。

「なあゴロー。あの黒髪の子、あの子の事を教えてくれよ」

 何時間飲んでいるのか記憶も怪しくなってきた頃だ。酔いに濁った目のザックがそんな質問をしてきた。

「あん? ルルちゃんの事か? あの子は魔法使いで結構強いぞ」

「そんな話が聞きたいわけじゃねーよ! こう、どんな感じの男が好みだとか、趣味がなんだとか、そういう使える情報をくれよ!」

「んー男か……アレスって冒険者がいただろ? わかるか?」

「銀章の冒険者だろ? 今回村で呼んだ冒険者の中で一番の大物だわな」

「ルルちゃんはそのアレス君の愛人だよ。俺はあいつらのセックス直後な現場に居合わせた事がある」

「なっ!? マ、マジかよ……あ、あんな清純そうな子なのに……」

「確かに見た目は清純だな。乳首は綺麗なピンク色だし、下の毛だって生えてなかったし」

「なんでゴローがそんな事知ってるんだよ!」

「だからセックスした直後に居合わせたんだよ。超ザーメン臭い毛布の上に股おっぴろげて寝てたんだぜ?」

「ぐはあっ やめろ……ほんと、それ以上はやめてくれ……」

 ザックは頭を抱えて呻きだしてしまった。ちょっと田舎の若者には刺激が強過ぎたかも知れない。クレアも混ざって3Pしてたんだぜってオチが控えていたけど、ザックの精神はそこまで保たなかったみたいだ。

 ひとりでうんうん唸っているザックを放置してひとりで飲んでいたら、いつの間にか唸り声はイビキに変わっていた。どうやらザックはカウンターに突っ伏して夢の世界へご出立したみたいである。実に自由な男だ。あとでミリルさんに蹴り出される未来がありありと浮かんでくる。

「楽しそうなお酒を飲んでいるようですね」

 背後からの声に俺は振り返る。そこに突っ立っていたのは話題の人物、黒髪の魔法少女ルルだった。

「おや? ルルちゃんじゃないか。ひとりなの?」

「ええ。あなたのせいでストレスを受けたとクレアがうるさいのです。仕方がないのでアレスさんとふたりきりの時間を作ってあげているんです」

「あらら。それは申し訳ない。それでヤケ酒を飲みにきたってわけか」

「そんな安っぽい事はしませんよ。時間を潰しにきただけです」

 ルルは面倒臭そうにそう告げると、ザックとは反対側の席に腰を下ろした。

「それで? 私の胸が小さいだとか下の毛が生えてないとか、随分と面白そうな話をしていましたね」

「ちょっとした自慢だよ。俺の感動をこいつにも伝えたくてさ……あれ? 言っちゃまずかったかな?」

「……逆になぜまずくないと思えるんですか? あなたに常識の類いを期待した私が馬鹿なんでしょうか」

 無表情で素焼きのコップを呷るルル。話の内容は刺々しいが、怒っているようには見えない。そこで俺は更に踏み込んでみる事にした。怖い物知らずにもほどがあるが、たぶん、俺もかなり酔っていたのだと思う。

「なあルルちゃん。こっちの寝ている野郎は道具屋の跡取り息子でザックっていうんだけどさ、中々気持ちの良い若者なんだ。よかったら一回くらいデートしてやってくれない?」

「お断りです。残念ながら私は田舎の道具屋程度で満足できる女ではありませんから」

 表情を全く変える事なく淡々とルルは言い放った。俺としてはちょっと気になる言い回しである。ザックがキモイとかアレス君がいるからダメと断るのではなく、道具屋風情では満足できないと言ったのだ。こんなロリっ子の発言としては、やけに生々しいではないか。

「それじゃどの程度の男なら満足できるんだ? 無職の中年なんてどう? 結構お勧めだけど?」

「あり得ませんね。私だけでなく世界中の女性が死んだ方がいいと思ってますよ? 私が男性に求める条件は最低でも王都に店を持っている大商人。できれば爵位があって安定した公務に就いている方です」

 ロリロリした見た目の割に凄い事を言う女である。日本にもいたなあ、年収一千万円以上、一部上場企業勤務か国家公務員一種じゃなきゃ相手しないからとか言い放つ女が。大した事ない女がそんな事言っても死ねとしか思わないわけだが、ルルくらいの美少女だと夢がでっかくていいな! と逆に感心してしまう。

「それじゃザックに目はないわな。残念だけど俺からオブラートに包んで伝えておくよ。ところでさ、その条件でアレス君はOKなのか? 彼は冒険者だよな? やっぱイケメン枠は別にあったりするの?」

「アレスさんはああ見えて子爵家の次男様なんです。冒険者は武者修行代わりです。領地に帰れば代官か、領軍の大隊長あたりに落ち着くと思いますよ。上手くすれば叙爵という目もあるかもしれません」

「へええ、アレス君って貴族だったのか。道理で喋りが上品だと思ったよ」

 ルルは探るような目でじっと俺の目を見つめてきた。よせやい。そんな目で見られたら照れるだろ?

「あなたも時折丁寧な言葉遣いが出てきますけど、結構育ちが良いのではないですか?」

「あー俺は異世界人だって言ったろ? たぶんルルちゃん達には想像できないと思うけど、俺の世界だと国民全員がそれなりの教育を受けているんだ。綺麗な言葉遣いとかは基本的にみんなできるんだよ」

「謀らないでください。そんな夢みたいな世界があるはずありません」

 ルルは俺の説明を鼻で笑っていた。まあ、女神様御自ら修羅の世界と公言しているところに身を置いているのだ。現代日本みたいな世界が想像できないのも仕方がないかもしれない。

 会話が途切れとところで、突然ルルは表情を改めて居住まいを正した。

「ところで、あの時のお礼をしようと思っているんですが」

 お礼? もしかして生きる屍リビングデッドから庇った事だろうか? あれはこっちこそ礼がしたい案件だ。

 だが、ルルの真剣な表情を見て俺は口を噤んだ。これは……マジモンだ。ルルは本気で俺に借りを返そうとしている。

 俺の中では美少女のお礼など相場は決まっている。これは一発ヤラせてもらえる流れで間違いない。ソースはエロゲとネット小説。ご都合主義と言われようとも誰もが望む展開だから支持されるのだ。

 ワクワク感が凄い。ルルはロリっぽいが十分射程圏内だ。ヤラせてくれるとなれば普通に興奮する。

「お、お礼って?」

「二階の一番奥の部屋。そこが私達の部屋なんですが、その手前に狭い倉庫のような部屋があります。そこに行ってみてください。サプライズがあります」

 薄暗い倉庫に呼び出して致そうって算段か。ルルめ、中々小憎たらしい演出をする。

「わ、わかった。行くよ」

「そうですか。それなら今すぐ行く事をお勧めします。これで貸し借りはなしです」

 再び無表情に前を向いて酒を舐め始めたルル。

 なんだか全然照れとか意気込みとかが感じられない。本当にヤラせてくれる気があるんだよね?


 俺はスキップするような軽い足取りで宿の二階へと上がった。

 ルルは相変わらずカウンターに座ったまま酒を舐めている。わかっている。身支度して、あとから来るって事なのだろう。女の子は色々準備に時間が掛かるからな。

 二階は客間しかない事もあって、酒場の喧噪から切り離されたように静寂に包まれていた。そんな中を俺は胸を高鳴らせて指定された倉庫へ向かう。

 お礼とか言っていたけど、ルルはどこまでさせてくれるのだろうか。手だけとか口だけとか言われたらどうしよう。抜いてもらえるだけでありがたいけど、どうせならガッツリとセックスがしたい。土下座くらいならなんぼでもするから、なんとか本番まで持っていきたいところだ。

 客間とは明らかに異なる簡素な木の扉の前で足を止めた。恐らくここがルルの言っていた倉庫だ。ここまできたらあとは中に入って全裸待機するだけだ。

 意気込んで扉を開けると、中は真っ暗だった。見つかると面倒なので、俺は素早く体を滑り込ませて扉を閉じた。扉や壁の作りが粗いのか、あちこちできた隙間から何本も光が漏れ入ってくる。そのせいか廊下から覗いた印象より倉庫内は随分と明るく感じられた。

 目が慣れてきた。シーツの束やら掃除道具やらが乱雑に積まれた三畳くらいの狭い部屋。その最奥、木箱の陰だった。俺の事を見つめる人間がいた。

 心臓が飛び出すかと思った まさか人がいるなど思いもしなかった。更に目が慣れてきて顔が判明する。 

 ディーニだった。なぜか顔を真っ赤にしてうずくまっていたのだ。ばくばくと跳ねる心臓をなだめながら、俺はここに来た理由をどう説明するべきなのか逡巡する。流石にルルとエッチするためとは言えない。

 掛ける言葉が見つからなかった俺は、いつの間にか睨みつけるようにディーニを見続けていた。それがプレッシャーになったのか。ディーニは動揺を隠しきれない様子で妙な言い訳を始めた。

「ち、違うんです! へ、部屋にいたら変な音が聞こえたから確認しにきただけなんです!」

「音? 音ってなんの?」

「だ、だから声と言いますか悲鳴と言いますか……。ゴロー、わかっていて聞いてませんか? 意地悪です」

 尖った耳を先まで真っ赤にしてディーニは俯く。この娘がなにを言っているのか本気でわからない。

 その時、ディーニが言うところの『音』が聞こえた。壁の向こうから響いてくるくぐもった男女の声。

 ああ。そういうわけね。またオナニー狙いか。ほんとディーニって残念娘だよな。実際は婆さんだけど。

 ここからでは会話の内容までは聞き取れないが、エロい事なら確認しておきたい。そう思って俺が壁に近づくと、ディーニはビクリと身構えた。……なにか凄く警戒されている。まあ、この状況じゃ仕方ないか。警戒されている事に気づかないふりをして、ディーニの隣に並ぶと壁の前で膝をついた。壁の隙間から光が漏れている。   

 予想通り、声の主は壁の向こうにいるようだ。俺は片目をつむって覗き込んでみた。


 天蓋付きの立派なベッドがある部屋だった。その上に裸になった男女が肩を並べて座っている。既に一戦を終えたあとのようで、シーツは激しく乱れ、女の腹部は白い粘液で汚れている。

 説明するまでもないと思うが、男はアレス君、女はクレアだ。お前ら今朝も3Pしてたよな? 一体何発やれば気が済むんだよ?

「ねえクレア。納得してくれないかい? これも必要な事なんだよ」

「無理だよ! ボクは絶対反対! 半日だって嫌だったんだ。一緒に行動するなんて絶対に嫌だよ!」

 ふたりの会話は、睦言というよりは相談のようだった。エッチ後の賢者タイムに仕事の話をしているみたいだ。ふたりとも裸のままだし、もうワンチャンあるんじゃないだろうか? アレス君の回復力に期待したい。

「ゴローさんには価値がある。先の事を考えると、彼との縁は大事にしておきたいんだ」

「なんで!? どうしてあんな気持ち悪い奴が必要なのさ!? あんな奴いなくたってボクがなんとかするよ!」

 アレス君は静かに首を振った。そんなアレス君をクレアは不満そうに見つめる。

 ていうか気持ち悪いは言い過ぎだろ。キモイとかクサイとかは、思い当たるふしがある中年男にはきつ過ぎる罵倒だ。本気で傷付いちゃうだろ。もっと優しい目で世界を見ようぜ?

「そういう事じゃないんだ。神の名代は政治的に強力なカードになる。今は無名だけど、ゴローさんは必ず名を成す。今から売れる恩は売っておきたいんだ」

「そ、そんな力があいつにあるわけないよ……」

「森で使った権能を見ただろ? 僕も驚いたけど、あの権能は強力だよ。それに、ああ見えて彼は抜け目がない。この村にだってもう足場を築き始めている。彼の力を侮ってはいけないよ」

 エロを期待していたのに、どういうわけかアレス君の黒い部分を垣間見る事になってしまった。もしかしてルルの言っていたサプライズとはこの事なのだろうか? 確かにアレス君の思惑をおぼろげにでも知っておく事は重要だ。貴重な情報を得られたとルルに感謝をするべきなのかもしれない。

 だがな、俺はエロを求めているんだよ! ルルとヤレると思っていたから、股間パンパンになってんだよ! アレス君達も小難しい事言ってないで、とっととズコバコ始めて俺にオナネタを提供しろよ!

「まあ、そんな風に打算的な考えを抜きにしても、ゴローさんは面白い人だと思うけどね。クレアはどうしてそんなに彼を毛嫌いするんだい?」

「どうしてって……あの遺跡であいつ、ボクの裸を凄くイヤラシイ目で見てたんだ」

 仰る通り。おっぱいもおまんこもじっくりと鑑賞させて頂きました。本当にありがとうございます。

「それはクレアが魅力的だから仕方ないさ。僕だってキミの事をイヤラシイ目で見てしまうよ」

「あ、アレスならいいんだよお……それに、あいつの、ち、ちんちんを見ちゃったんだ。汚らしくてグロテスクでおぞましかった。思い出しただけで虫酸が走るよ……」

 そ、そこまでボロクソに言わなくても良くないか……? 俺をオヤジだキモイと批難するのはいい。辛くても我慢してみせるさ。だけど、自慢の息子を悪く言われるのは我慢ならない。だいたいビラビラのはみ出たビッチおまんこな奴に言われたくない。自分のを鏡で見てから文句言えっていうんだ。

「あはは。そんな理由で嫌ってたのかい? クレアは可愛いね」

「ば、馬鹿にしないでよ……」

「ゴメンゴメン。けど、それの事は忘れて、ゴローさんと普通に仲良くして欲しいな」

「……ごめん難しいと思う。どうしても気持ち悪いって思っちゃうんだ」

 うはあ、凄い嫌われようだな。ここまで嫌われると逆に楽しくなってくるから不思議だ。嫌われているのがわかっているのに、喜々として女子社員に絡んでいたハゲな部長がいたけど、今なら俺もあの人の気持ちが理解できるかもしれない。

「わかったよ。だけど、嫌わない努力は続けてくれないか? 僕もなにか手がないか考えるからさ」

「う、うん……わかったよ。頑張ってみる……」

 渋々ながら頷いたクレアの頭を、アレス君は優しく撫でていた。そのうち潤んだ瞳で見上げたクレアに、アレス君はそっと唇を寄せる。どうやら、二回戦が始まる気配である。


「アレスがあんな事を考えていたなんて知りませんでした。森で権能を使わせたのもゴローを試すためだったのですね……アレスの事、信頼できなくなったのではありませんか?」

 アレス君達のエッチをワクテカ待っている俺に、ディーニがおずおずと尋ねてきた。まあ、あんな裏話を聞いたらアレス君を警戒するのが普通だろう。だが強がりでもなんでもなく、俺は全然気にしていない。

「いや全然。むしろほっとしているくらいだよ」

「ほっと、ですか?」

「うん。元からアレス君はめちゃくちゃ親切だったからね。なんつうか、値段がわからない店でメシ食ってる気分だったんだ。美味しいのが逆に不安みたいな? 値段がわかったから気兼ねなく食事ができるよ」

「随分ドライなんですね。無償の行為というのも世の中にはあると思うのですが?」

「ああ。そういうのがある事は否定しないよ。だけど、まあ、俺には縁がないかな」

 俺としては至って普通の感想だった。実際、三十七年間彼女がいないわけだし、親しい友人とて趣味やらなんやらお互いに利益があるから付き合っている。それが普通であり、特段重い話でもなんでもない。だけどどういうわけか、ディーニは重い話と受け止めてしまったようだ。まるで親と生き別れてしまった子供を見るような、痛ましげな表情を俺に向けてくる。

 どうすんだこれ? こういうときの対処方法がわからないから、俺は三十七年間素人童貞だったのだ。

 壁の向こうからギシギシアンアンと音が響いてきた。いよいよ本格的に始まったようである。

「え、ええと……始まったみたいだよ? そろそろオナニー始めない?」

 とりあえずオナニーに誘ってみた。途端にディーニは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 やっぱり、これはなかったか。

「わ、私は、そんなにいつもしているわけじゃありません……」

 それは嘘だ。そのセリフだけは全力で否定させて頂く。神殿、河原と二十四時間の間に少なくとも二回はオナニーしているし、たった今もここでオナニーしようとしていた。一日三回とか処方箋じゃあるまいし普通にやり過ぎである。オナニストとして決してチャンスを無駄にしない。俺はディーニのそんなアグレッシブな姿勢に尊敬の念さえ抱いている。そんな風に自分を小さく見せる必要なんてないと思うのだ。

「心配すんな。俺は理解者だ。ディーニがオナニーにひとかたならぬ情熱を注いでいる事は知ってるよ。今朝といいこの倉庫といい、オカズを見つけ出す嗅覚も並外れたものを持っている」

「な!? なんですかその評価は!? それに今朝と言いましたか!? ま、まさか見ていたのですか……?」

「ああ見ていたとも。俺のちんちんをオカズに使ってくれただろ? とても嬉しかったよ」

「そ、そこまで知っていたんですか!?」

 愕然とした表情を見せるディーニ。いっそこの機会に、ディーニは俺に対してはもっとオープンになったらどうだろうか? 積極的にオナニートークができる間柄になったらいいと思うんだ。たぶん、ディーニも気が楽になるだろうし、俺もオカズが増えて嬉しい。正にWINWINという奴である。

 それに俺だけの一方通行ではあったが、ふたりでオナニーした時の一体感は素晴らしかった。できればディーニもあの素晴らしさを体験して欲しい。

「なあ、とりあえず一緒にオナニーしないか? ある意味、今朝だって一緒にやったようなもんだしな。ひとりよりふたりの方がコラボレーションによるシナジー効果でスケールメリットがダブルインカムだぜ?」

 サムズアップしつつ意識高い単語を並び立ててみた。もちろんふざけ半分の言葉である。だが、冗談であっても相手がどう受け止めるかはわからない。俺はディーニという存在を甘くみていたのかもしれない。

 いつの間にか空気が変わっている事に気がついた。まるでスイッチが切り替わったように、ディーニの雰囲気が変わっていたのだ。スッと細められた目から感情の色が消えている。おどおどと恥じらっていた姿はどこにもなく、ロボットみたいに表情を消してしまった。

 そして紡ぎ出される言葉からは、ひりつくような敵意が滲み出ていた。

「一緒に? そんなあからさまな口実、私が信じるとでも? 馬鹿にするのも大概にしなさい。どうせあなたも私とセックスする事しか考えていないのでしょう? ラーナ様の名代というから期待していましたが、所詮あなたも下らない男でしかなかったのですね。そこに直りなさい。私を侮辱すると高くつく事をその身に刻んであげます」

 静かに激高したディーニが俺を睨み据える。殺す事すら厭わない剣呑な眼差しに俺は息を呑んだ。

「も、もしかして俺がオナニーをネタに関係を迫っているとでも思ったのか?」

「違うと言うのですか?」

 口元を皮肉気に歪めながら、ディーニは俺を見下すような目を向けてくる。

 めっちゃ怖ええ……あの温厚なディーニはどこ行っちまったんだよ。ちょっとエロい誘いを掛けただけで豹変するとか、どんだけガード堅いんだよ。そりゃ百二十年間も処女を守れるだろうよ。

 これ、返答間違えるとぶった斬られる展開だよな? ヤバイよ、オナニーを誘ったのは今更覆せない。こうなったら、全力で俺に欲望がないアピールをするほかにない。無理筋だが無理矢理通すしかあるまい。

 俺は覚悟を決めると、尊大な態度でディーニを見返した。

「おいディーニ。お前こそ大概にしろよ? 俺はラーナ様の名代だぞ? ラーナ様はお前の願いを応援すると言ったんだ。それを邪魔するような事を俺がすると? 舐めてんじゃねえぞ! 俺がそんなヌルい覚悟で名代やってると思ってるのか!」

「え……?」

 俺のキレ芸は冴え渡っていた。すっかりディーニは俺の気迫に呑まれている。

 今がチャンスだ。更に畳み掛けてこの場を有耶無耶にしてやる。

「いいか? この場で宣言してやる。耳かっぽじって良く聞きやがれ。俺はお前が心から愛する男を必ず見つけ出す。ついでに、そいつと結ばれるまでお前の処女を命がけで守ってやる。なぜなら俺は名代であり、お前はそれをラーナ様に願ったからだ!」

 ババーンと効果音が鳴りそうな派手な身振り手振りで一席ぶってみた。ディーニの表情からは、あの苛烈な怒りはすっかり消え去っていた。今はただ、呆然と俺を見つめているだけだ。

 いける! いけるぞ! なんか勢いで押し込めそうな空気になってきた。なんだよディーニ! 案外チョロいじゃねえか!

「そ、それならどうして一緒にしようなどと馬鹿な事を言ったのですか!?」

 うげっ、痛いところを突かれた。どうして一緒にオナニーしようと誘ったのか。そんなの、今となっては俺だってわからない。ていうか意味不明過ぎる。

 でもまずいよな。ここで話が詰まると、怖ディーニさんが戻ってきちゃうかもしれない。一緒にオナニーする事に正当性があればなんとかなるか? 難度高けえな、おい。ええい! なるようになれ!

「お前、オナニーの頻度がここ最近凄い事になってるんじゃないのか?」

「そ、そんな事関係ないじゃないですか! 誤魔化さないでください!」

「いいやある。それは兆候なんだ。欲求不満が限界に達しつつある。放って置くと大変な事になるぞ」

「た、大変な事……?」

「性欲なのか恋愛なのか区別がつかなくなるんだ。好きだって思い込んだままどうでもいい奴に処女を捧げる事になる。スッキリしてから気づくんだよ『あれ? この人の事全然好きじゃなかったかも』って」

「そ、そんな事は……」

「俺はな、そうならないようにお前の欲求不満を解消させようとしたんだ。刺激的だけどあくまでもお前の処女性が穢れない安全な方法でだ。だから一緒にオナニーしようと誘ったんだ。オナニーな理由がわかるか? 俺は最初からお前に指一本触れる気がないって事だ」

 お、押し切ったぞ。我ながら俺って凄いわ。一見すると筋が通っているように見えて、細部を見ると穴だらけという典型的な詭弁だ。じっくり考えさせてはいけない。考える時間を与えず畳み掛けて即時撤退だ。大丈夫、この場から逃れられればあとはなんとかなる。

「まあ、こんな提案ができるほど俺達に信頼関係はできていなかったみたいだけどな。その点は謝るよ。俺が先走り過ぎたんだ」

「そ、そんな……私も思い込みで酷い事を……」

「いいんだ。気にしないでくれ。時間を掛ければいつか俺達も信頼が生まれるさ。じゃあもう行くよ」

 俺は立ち上がると、走って逃げたい衝動を無理矢理押さえ込んで、静かな足取りで出口へ向かった。俺の背中にディーニの焦りを滲ませた声がぶつかる。

「ま、待ってください! もう少しお話を……」

「よそう。今はふたりとも熱くなっている。時間を置いて冷静になってから話をした方がいい」

 振り返る事なく俺はそのまま倉庫を出た。扉を閉め一歩、二歩。

 三歩目から、俺は脱兎の如く駆け出していた。


 そのまま俺は酒場に逃げ込んだ。人の目があればディーニも追いかけて来ないだろうと考えたからだ。

 酒場のカウンターには相変わらずルルがひとりで座っていた。俺が座っていた席も空いている。それどころか飲みかけの酒杯すらそのままだ。俺はルルの隣に滑り込むように座って、ようやく安堵の溜息をつく。

「おいルル。お前どこまでわかっててあの倉庫に俺を行かせたんだ?」

「……」

 しれっとしたままルルはマイペースに酒杯を傾けている。俺の事など軽く無視である。

「おいこら! シカトしてんじゃねえぞ!」

 なんだかチンピラみたいになってしまった。いかん。これじゃルルの思惑通りだ。第三者の目で見れば胡散臭い中年男とあどけない少女のトラブルである。世間がどちらに味方するかなど考えるまでもない。

 内心でぐぬぬと呻きながらも、俺は黙って酒杯を呷る。まずは落ち着く必要がある。チラリと横を見ると、ルルは俺などいないが如くの態度で酒を楽しんでいた。チビチビと数回酒を舐めたかと思うと、ツマミの皿に手を伸ばして干し豆をポリポリと囓る。こいつ……ロリっとした小娘の分際で酒の飲み方ってものを弁えてやがる。

 腹立ち紛れに、ルルがツマミにしていた干し豆を全部俺の口に放り込んでやった。塩っ気が薄くてあまり美味くない。

「ああっ!? 私の豆を食べないでください!」

 俺が子供染みた抗議をしたところで、ようやくルルが反応した。

「だったら正直に話しやがれ」

 ルルは面倒臭そうに俺の顔を眺めると、やがて諦めたように溜息をつく。

「クレアのエッチな場面は覗けるだろうと思っていましたよ。そのまま最後まで見る事ができるか、それとも『覗き屋』ディーニとバッタリ出くわすかは運任せです」

「ほう? 俺にそんな運試しをやらせて、お前になんのメリットがあるんだ?」

「色々ありますよ。クレアのエッチな場面を見てあなたが喜べば、それで貸し借りをなしにできます。一方でクレアは大嫌いなあなたに恥ずかしい姿を見られて、酷く屈辱を感じる事になります。最近あの子は我が儘が過ぎますから、丁度良いお仕置きです」

 おいおい。ちょっとルルさん黒過ぎだろ? 正直ドン引きだぞ。一緒に3Pなんてしてるから、てっきりルルとクレアは仲が良いのかと思っていた。女同士のドロドロした部分が出まくりじゃねえか。

「じゃあその『覗き屋』さんと会った場合はどうなんだよ? お前にはなんのメリットもないだろうが?」

 ルルは俺の顔にチラリと視線を送ると、ニヤリと意地悪く唇を歪めた。

「ディーニの二つ名を知ってますか? ああ、『覗き屋』は私がつけたものなので一般的ではありません。ギルドで半ば公式的に呼ばれている二つ名の事です。『断種のディーニ』なんて呼ばれているんですよ? あの子とパーティーを組んだ男性が高い確率でアレを切り落とされる事からついた名です」

 うわあ……なにが起きたのか容易に想像できてしまった。あの見た目だ、果敢に挑戦しちゃう男もそりゃあ出てくるだろう。その度に男のシンボルをチョッキンしちゃうとか、怖ディーニさんは加減ってものを知らな過ぎる。……部位欠損って回復魔法とかで直るものなのだろうか?

 俺も一歩間違えば『断種』されていたわけか。ははは……笑えない。ちっとも笑えないぞこれ。

「もしかして、お前、まだ俺の事殺したかったりするの?」

「まさか。そんな物騒な事考えませんよ。ちょっとアレとか切断しちゃった方がいいかなくらいです」

「いやいやそれ十分物騒だからね? だいたい俺がちんちん切られてお前に一体なんの得があるのよ?」

「え? 普通に面白いじゃないですか? あとスカッとします」

 はあ? なんなのそれ? 俺、こいつの中でリアクション芸人枠かなんかなの?

「お前なあ……俺に礼をするって話はどこ行ったんだ? 俺の事オモチャにしてるだけじゃねえか」

「まあ、細かい事はいいじゃないですか」

 再び鍋からよそった干し豆をポリポリ囓りながら、ルルは心底どうでもよさそうに酒杯を弄ぶ。

 その態度にカチンときた。ええ、ぶち切れっすよ。キレたナイフってヤツっすよ。

「ふざけんなよこのロリっ子が! そんな酷い扱いされて納得いくわけねえだろうが!」

「ああ、それはそれは、申し訳ありませんね」

 謝罪の意図など欠片もない表情でルルが呟く。しかもこのアマ、耳に小指突っ込んで耳くそ掃除なんて始めてやがる。明らかに馬鹿にしている。こいつの罪は償わせる必要がある。

「……じゃあヤラせろ。謝罪の気持ちがあるなら、誠意を込めて俺に一発ヤラせろや」

「嫌に決まってるじゃないですか。私、おじさんとか生理的に無理ですから」

「おじさんとか言うな! もう許さねえぞ! 絶対一発じゃ済まさねえからな! そうだ! そこのザックと一緒にふたり掛かりで犯してやる! 穴という穴を蹂躙してやんからな! 嫌だったら普通にエッチさせやがれ!」

「はいはい。コワイコワイ。あ、そこのごった煮取ってもらえますか? 干し豆ばかり食べていたら飽きてしまいました」

 くそっ。腸が煮えくりかえる。こういうスカした態度の女は出会い系によくいた。男はみんなヤリたがってるモノと勘違いしているから、こんなメチャクチャ舐め腐った態度を取るのだ。

 ちなみに、俺は実際ヤリたがっていたから唯々諾々言われるままにご機嫌を取った。

 余談が過ぎた。

 とにかくだ、ルルのこの傲慢な態度には我慢がならない。いや、こんな態度を許すのはルルのためにも良くはない。ルルの思惑なんて軽く乗り越えてしまう男がいる事を思い知らせてやる必要がある。

 俺は怒りのままにごった煮を皿によそうと、不機嫌さを隠す事もなくルルの前に乱暴に叩きつけた。

「ヤラせてください」

「嫌です」

 その後、俺達はしこたま酒を浴びながら同じ問答を繰り返した。

 結果だけ言わせてもらえば、もちろんヤラせてくれなかった。俺とて妥協を重ねた。

 口でいいから、手だけでもと要求を下げ続け、最後には『じゃあ乳揉ませてくれ』とまで下手に出たのだ。それなのに、乳のひとつも揉ませてくれなかった。酷い話である。まあ、ルルに乳はないんだけどさ。

 異世界に渡った最初の一日はこうして終わったのだった。


 と、思いきや。俺は例の如く白い空間にいた。

 あれ? なんで? 俺は部屋として宛がわれた納戸に入った途端に、倒れるように眠りについたはずだ。当然『託宣オラクル』なんて使っていない。

「妾が呼んだのじゃ。お前が寝ている間は『託宣オラクル』を使わなくても、妾の方から呼び出せる」

 目の前にラーナ様がいた。前回と同様、体操服とブルマというあざとい格好のままである。どうしたわけか、ラーナ様は腰に手を当てプリプリと怒っていらっしゃるようだ。

「なんで呼び出されたか、わかっておろうな?」

「ええと……いや、スイマセンちょっと心当たりないですね」

「妾の髪を見てもなにも言う事はないのか?」

 髪? 改めてラーナ様の髪を見てすぐに気がついた。あの腰まで伸びていた長い髪が、肩の辺りでバッサリ切られているのだ。

「ああイメチェンしたんですね。サッパリして良い感じじゃないですか。可愛いと思いますよ?」

「阿呆! なにがイメチェンか! お前が考えなしにポンポン権能を使ったせいで、妾の自慢の髪を保っていられなくなったのじゃ! どうしてくれるかこの痴れ者が!」

 なんと、髪が短くなったのは俺が権能を使い過ぎたせいだというのか。とはいえ俺は『森域把握センスフォレスト』を使っただけだ。あの場ではアレス君達の協力を得るために使う必要があった。言わば必要経費である。

「必要経費? お前はアレが必要だったと言うか」

「ええと、アレス君達にラーナ様の力を示せたわけで、無駄とは言いきれないのではないかと……」

「なにを白々しい。お前は覗き目的で使っておったではないか。しっかり自慰までしておいてなにを言うか」

「ああ……そう言えばそんな使い方もしちゃいましたね……」

 水場でアレス君達の3Pを覗くのに確かに使ったかもしれない。ついでにディーニのオナニーボイスを聞くためにも活用したかも。考えてみるとオナニー目的で使った時が一番充実していた。

「強力な権能はその分神力を馬鹿食いするのじゃ。『森域把握センスフォレスト』などその最たるものよ。時折地形を確認するだけならいざ知らず、常時発動させた上に感覚共有まで乱発しおって……あんなペースで使われたらあっと言う間に妾が禿げ上がるわ!」

 異世界に渡っての最初の一日。その真の締めくくりは、幼女に懇々と説教されながらの土下座であった。

 宿屋の従業員の朝は早い。

 夜明けの気配もまだ遠い未明。早朝というにはあまりに早過ぎる時間から一日が始まる。

 目覚まし時計的なアイテムなど当然ないが、俺は時間通りにパチリと目を覚ました。欠伸を噛み殺して布団から這いずり出ると、夜明け前の冷え冷えとした空気が全裸の体に染み渡る。

 そう、またしても俺は全裸だ。この世界に来てから、俺はすっかり全裸で寝る習慣がついてしまった。別にボディライン維持のためにやっているわけではない。単純に着替えがないからだ。毎晩寝る前に一張羅のジャージと下着を洗濯して干している。

 元社会人としては着たきり雀で何日も過ごすなど考えられない。かといって服を買う金もないわけで、毎日洗濯する以外に選択肢はないのだ。速乾性に優れたユニ〇ロの高性能下着とジャージはこういう時に非常に助かる。おかげで俺は生乾きの気持ち悪さを味わう事もなく、清潔な生活を送る事に成功していた。

 この村に来て、早くも一週間が経過していた。

 俺は住み込み丁稚としての生活にすっかり馴染んでしまった。

 俺に与えられた寝床は一階にある納戸……ぶっちゃけて言えば食材倉庫の一角である。ルームメイトは箱詰めの野菜と吊るされた干し肉という悲惨極まりない環境だ。昭和のドヤ街の方がなんぼかマシと思える酷いねぐらだが、タダ同然で寝泊まりしているのだから贅沢は言ってられない。

 こんな所を宛てがわれたのも、それなりに理由はある。俺の担っている仕事に朝食の準備があるからだ。

 ねぐらが食材倉庫なだけあって、扉をくぐればすぐに厨房だ。通勤時間ゼロ秒というわけである。郊外から満員電車で通っている諸兄には信じられない話かもしれない。ちょっと奴隷になった気分が味わえちゃったりするけど、通勤時間ゼロは魅力的だと思わないか?

 乾燥し過ぎてパサパサになった服を着込むと、眠い目を擦りつつ朝の仕事に取り掛かる。

 火の落ちた厨房は室温以上に肌寒く感じられた。俺は手の甲を擦りながら食材をまな板に並べていく。タマネギっぽいやつに人参っぽいやつ。それと芋だ。当然、干し肉もある。なんの肉かは不明だ。たぶん豚っぽいなにかではないかと思うが、足だけで丸太みたいに太いのが地味に怖い。

 ラーナ様から授かった短刀を取り出して食材を切る。神様から授かった神器をなんという用途で使うのか、と眉を顰める向きもあるだろう。

 だがこの切れ味を味わってしまったら、こいつ以外の選択肢はない。タマネギだろうと干し肉だろうと、豆腐でも切るみたいにスパスパ切れるのだ。皮剥きだってスルスルとイケる。こいつを現代日本で売り出したら、包丁業界に革命がもたらされるかもしれない。

 あっという間に食材を切り揃えたところで、火の準備に移った。どこからどう見てもガスコンロにしか見えないモノが、厨房の隅にデンと設置されている。こんな見た目だがこれでも立派な魔法道具だ。

 ガスコンロならば出力調整用のツマミがあるべきところに、妖しげな魔方陣が描かれている。ここに指を当ててマナを流し込むと火が着く仕組みだ。

 これだけはどうにも苦手だ。魔方陣に指を当て指先に意識を集中させてみるが、案の定不発だった。

『マナを流す』という感覚がどうにも掴めない。いつも何度も試行錯誤を繰り返すうちになんとなく火が着くのだが、どうやってマナが流れたのか未だに自覚できていない。

 今日はせめて十分以内には着火に至りたいところである。


「なにこれ? 旨っ!」

 スープの味見をしたミリルさんが思わずといった態で声をあげた。

 今日の出来には自信がある。単なるスープと侮るなかれ。ベースは鶏ガラをコトコト煮込んで作っているし、ベーコンみたいに薄く切った干し肉も一回火で炙ってから投入し、スープにコクを与えている。

「これ、うちにある食材だけで作ったんだろ? 凄いじゃないか! ゴローはまるで魔法使いだな!」

 手放しでの賞賛にケツがむず痒くなる。キラキラした目で俺に尊敬の眼差しを向けるミリルさん。どうせ褒めてくれるならそのでっかいおっぱいで挟んでもらえないものだろうか。

 暫くすると匂いに釣られたのか、アレス君一行が二階からどやどやと下りてきた。スンスンと鼻を鳴らしながら先頭を下りてきたのはディーニだ。

「いい匂いですね。これ朝食のスープの香りですか? 朝から凝った料理をご用意頂いて感謝します」

「やめておくれよ冒険者様。旨い食い物を出すのもうちのウリだからね」

 しれっとサービスの良さをアピールするミリルさん。いやいや、これ自主的に作ったの俺だからね? あんた、なんでも良いから腹に溜まるものってオーダーしか出してないよ?

 心の声は当然ミリルさんには届かない。届かないどころか、いきなり理不尽極まりない叱責まで飛んでくる。

「ほらゴロー! ボサッと突っ立ってるんじゃないよ! 冒険者様方にパンとスープをお出ししな!」

「……へーい」

 ああ呪わしき社畜根性。俺は文句のひとつも言う事もできず、配膳用のカートを押していく。

 アレス君達は、四人掛けのテーブルに座ってなにやら仕事の打ち合わせをしているようだ。俺はそっと近づき、気配を消したままお皿を各人の前へ並べていく。

「村の周辺は探索し尽くしたと見ていいだろうね」

「はい。やはり少し足を伸ばす必要がありそうです。地道に一箇所ずつ確認するしかありません」

 お皿にスープをよそいながら、俺はアレス君とディーニの会話に耳を傾けていた。どうも冒険者業の方は行き詰まっているようだ。件の盗賊は俺達が村に到着してから、図ったかのように姿を見せなくなってしまったらしい。危ない連中が出てこないのは結構な事だが、討伐に来たアレス君達としては面白くない状況だろう。

 地図を前に何事か考え込んでいるディーニをチラリと窺う。あの倉庫での一件以来、俺とディーニは未だに微妙な距離間が続いている。挨拶程度の言葉は交わすが、なんとなくお互いに避けているのだ。

 ディーニの対面で未だ寝ぼけ眼なのはルル。こいつは相変わらず俺を全力でシカトしている。ただし、アレス君の前でだけだ。酒場でやりあった件からもわかる通り、アレス君のいない席では結構普通に会話していたりする。そこら辺の線引きをルルは徹底しているのだ。あの一件以降も時折酒場に顔を見せ、その度に酒を飲みながらやり合っている。ある意味、完全に飲み友達状態である。それでも俺は復讐心を忘れたフニャチン野郎にはなりたくない。いつか絶対本懐を遂げてみせる。

 そのルルの隣に座っているのはクレアだ。こいつは一番ブレていないかもしれない。首尾一貫して俺の事を嫌っている。

 フレンドリーながら地雷を踏むと殺傷性の爆発を起こすディーニや、交渉できそうな態を装い、その実俺の事を暇潰しのおもちゃくらいにしか思っていないルルなんかと比べると実にストレートでわかりやすい。一周回ってクレアが一番いい奴に思えてくるから不思議だ。

 そんなクレアの対面に座ってアレス君は考えに集中していた。俺がアレス君の皿にスープをよそう段になって、ようやく俺の存在に気づいたようである。

「ああ、ゴローさんでしたか。おはようございます。スイマセン、食事の支度などして頂いて」

「おはようアレス君。気にしないでくれよ、今の俺はこの宿の一従業員だからね」

「……あの、失礼かもしれませんが、お金にお困りでしたらここの宿代くらい僕が払いますよ?」

「ははは。働かざる者食うべからずってね。自分で食い扶持が確保できてるうちは大丈夫だよ」

 相変わらずアレス君は俺に貸しを作ろうと躍起だ。頼っちゃうのもお気楽で良いかもと思わなくもないが、完全なヒモ状態になるのはなんか抵抗がある。それに暇を持て余すより、やる事がある方が気分的に楽だ。

「アレス君達は今日も盗賊のアジト探しかい?」

「ええ、その予定なんですが、村の近辺はあらかた捜索を終えてしまったんです。今日からは少し遠くまで足を伸ばそうと思ってます」

「ほう。そりゃあ大変そうだね。てことは今日は戻らないの?」

「いえ、一応は日帰りの予定です。ただ、村から離れますので、村の護衛にひとり残そうかと思ってます」

「ふうーん? ……ちなみに誰が残るの?」

「ディーニに残ってもらおうかと。まずは慣れたメンバーで動いた方が良いと判断しました」

 ディーニか……今一番ふたりきりになりたくない相手だ。

 正直言って俺はディーニを恐れている。あの倉庫での一件がトラウマになっているのだ。またなにかの拍子に怖ディーニさんを召喚してしまうのではないかと、会話する度に戦々恐々としている。

 そんな俺に、不意打ちのようにディーニが話し掛けてきた。

「む、村の護衛と言っても、基本的にやる事はないのです。よ、よかったら私と剣の稽古でもしませんか?」

 どういう風の吹き回しなのか、あからさまに距離を取っていたディーニが積極的に絡んでくる。稽古とはいえ、刃物を持ったディーニの前に立つとか、貞子さんと仲良くビデオ撮影するくらいヤバイ。もしかして倉庫で煙に巻いた俺の超理論を冷静に分析してしまったのではないだろうか? もしそうならこれは危機的状況だ。我が息子、最大のピンチである。ここは遠回しにお断りしておきたいところだ。

「剣は教えてもらいたいけど、残念ながら午前中は宿の仕事があるからね……」

「な、なら午後はどうですか?」

「ご、午後は村を廻る予定なんだよ……。俺、名代だし、ラーナ様の事広めないと色々ヤバイから……」

「村で布教活動をしているのですか? それは興味深いです。私も同行させてもらえないでしょうか?」

「ど、同行? いや、ホント地味でつまらないよ?」

 どうしたわけか村での活動に興味を持たれてしまった。今日のディーニはぐいぐいとくる。できたら別行動をしたいのだが、あからさまに拒絶するのもなにか違う気がする。俺とてディーニが嫌いなわけではないのだ。ただもう少しだけ時間を置かないとアレをチョン切られそうで怖い。

 なにか上手い言い訳はないかと考えていた俺だったが、クレアの上げた素っ頓狂な声で思考が中断した。

「なにこれ? 旨っ!」

 やはりおっぱいが大きい者同士、なにか通じるものがあるのだろうか。クレアはミリルさんと全く同じ反応をしていた。それが呼び水となったのか、三人は目の前のスープに口を付け始める。あんまり旨過ぎる物を作るもんじゃない。賞賛の声とともに、みんな俺の作ったスープを貪るように食べ始めた。

 もはやテーブルの話題はスープ一色だ。俺はディーニを体よく遠ざける機会を完全に失ってしまった。


 午後になった。

 朝食の後片付けに始まり、客間の掃除に寝具の洗濯と午前中は忙しく働きまくった。

 特に、この掃除と洗濯に関しては色々と言いたい事がある。主にアレス君の部屋に関してだ。一言で言うなら、宿屋的に有名なあのセリフに集約する。『ゆうべはおたのしみでしたね』というアレだ。

 少しは掃除する人間の身にもなってもらいたい。なにが哀しくて、いい歳したオッサンが体液塗れのシーツを洗わなければならないのか。部屋ももう少し丁寧に使えと言いたい。縛るのもいい。道具を使うのだって自由だ。だけどそういう小物は、ちゃんと片付けておけ。僅かな心の潤いは、洗い物の中に女性ものの下着が含まれている事だろうか。一週間も洗濯を続けたのだ。クレアとルルがどんな下着を履いているか、おりものの具合はどんなもんなのか。俺はたぶん、ふたりのオカン以上に詳しくなってしまった。

 ……ってそんな変態チックな事に潤いを感じてどうするのか。いかん。いかんぞ。丁稚奉公に慣れ過ぎて心まで小物感が漂い始めている。

 ……とにかくだ。

 午後になってようやく俺の自由な時間が訪れたわけだ。だが、こんな田舎の村でやる事などなにもない。仕方ないので、俺は本来のお務めを果たすべく、この一週間、村人と交流してラーナ様をそれとなくアピールする事に時間を使っている。仲良くなった村人の家を廻る巡回コースのようなものまでできているのだ。まあ、村の連中の茶飲み話に付き合って時間を潰している、というのが本当のところではある。

 朝食での予告通り、今日はディーニが同行している。

 ふたりきりで静かな村内を歩くというのは中々ドキドキする行為だ。甘酸っぱい理由ではなく、名状しがたい緊張感のためである。いつ俺のちんちんが『断種』されるか怖くて仕方ない。だが俺も大人だ。そんな内心はおくびにも出さず、笑顔でディーニに接している。

 当のディーニは俺にぎこちない笑みを向けたかと思うと、すぐに目を逸らして俯いてしまう。さっきからそんな動作の繰り返しである。

 ニコニコと無言で笑顔を向ける俺。モジモジと無言で俯くディーニ。なんぞこれ? 凄く間が持たないんだけど? 居心地の悪さから、俺は村人を探す事に必死になっていた。

 探しまくってようやく休憩している知り合いを発見した。

 麦畑の隅で茶を飲んでいるのはポロ爺さんだ。気さくな爺さんで、俺もすっかり仲良くなっている。

「お?い爺さーん!」

「おお? ゴローか。お前も暇人じゃのう。毎日毎日ぶらぶらしおってからに」

「バカ言っちゃいけねえよ。俺はこう見えて神官様だぜ? こうやって話をして廻るのが仕事ってわけよ」

「わしゃあ未だにお前が神官様ってのが信じられねえんだけどな。神官様ってのは、もっとこうビシッとしてるもんじゃねえのかい?」

「そりゃあ仕える神様の違いだろうよ。ラーナ様はゆるい女神様だからな。うるさい事は言わねえんだよ」

 ガハハとラーナ様をネタに笑い合う俺達。ひとり浮いているディーニは冷たい目で俺達を見ていた。だから怖いってば。その目で見るのやめてくんないかな。

「ところでゴローよ。やはりわしもラーナ様に頼る事を決めたよ。じゃが本当に大丈夫なんかの? 罰当たったりせんのか?」

 おおっと、日頃積み重ねてきた営業活動がようやく花開く瞬間である。だがポロ爺さんよ、あんたタイミングが悪過ぎる。よりによってディーニと一緒にいるときにその話題はやめてもらいたい。

「あ、ありがとよ爺さん。罰とか当たらねーから心配すんな。そんじゃ、今日のところはこのへんで……」

「で、例の魔法はいつ使うもんなんじゃ? ヤル前か? それとも駄目になったときでいいんかの?」

 ディーニがいるから話を終わらせようとしているのに、爺さんはしつこく食い下がってくる。おいおい空気読んでくれよ。俺が必死に『今はヤバイ』と目で訴えているのに、爺さんは全然気づいてくれない。

「一体なんのお話ですか? こちらのお爺さんがラーナ様にお祈りしてくれるのですか?」

「い、いやあ、地道な布教活動の成果ってやつかな……」

「お? えらい綺麗なエルフさんじゃな。お前さんがゴローのパートナーかの? 丁度良い。相方のお前さんにも聞いておきたかったんじゃ。ゴローの言う通りラーナ様の神聖魔法ってのはホントに凄いんかの?」

「ラーナ様の神聖魔法ですか? それは確かに強力なものもあると思いますけど……」

 ディーニは意味もわからず爺さんに問われるままに答えている。これはヤバイ展開である。

「そうか! やはりラーナ様とはそっち方面にお強い女神様なんじゃな! これは期待してしまうの。で、どうなんじゃゴロー? ヤル前なのか? 駄目になった時なのか?」

「や、やる前の方がいいんじゃないっすかね?」

「やる前ってなんの事ですか?」

 嫌な汗かきまくりである。なにを隠そうこの爺さん、嫁とのセックスで中折れしてしまう事を悩んでいるのだ。いい年してお盛んな事だが、この手の悩みに効く権能をズラリと取りそろえたラーナ様だ。そこで俺は『発憤興起アラウズ』をベースにした神聖魔法、『興奮アッパー』を開発した。

発憤興起アラウズ』とは、周囲の人間を興奮状態にしてしまう権能だ。そのサブセットとも言える『興奮アッパー』は、術者と、術者に接触している人間を興奮状態に変える。まさに中折れ対策に最適な神聖魔法と言えるだろう。

 ちなみに神聖魔法は、俺が使う権能とは全くの別物である。まず、神様に神聖魔法を使う事を認められるのが第一条件。具体的には主神と定めた神様の神聖魔法しか使えない。つまり、ひとりの人間が使える神聖魔法は、一柱の神様のものに縛られてしまうという事だ。そして、発動の際には本人のマナが必要となる。言うなればマナを神様に捧げる事で神様の助力を得るのだ。これは神官であるクレアも、勃起に悩む爺さんも仕組みは同じだ。名代のみが神力を直接使えるという事だ。

 なので神力の収支的には神聖魔法によってケースバイケースとなる。使われれば使われるほど黒字な神聖魔法もあれば、一発で廃人になるまでマナを絞り取る代わりに、お情けで赤字覚悟な奇跡を発現する神聖魔法もある。

 今回のケースで言えば、神力の収支はほんのちょっとの黒字だ。元より神力の消費が少ない権能がベースである。それにマナを絞り取り過ぎてはセックスする前にグロッキーになってしまうだろうという配慮も働いている。

 これはラーナ様と打ち合わせの上で調整したものだ。決裁権を持つ上司の前で、収益見込みと必要コストを提示してプレゼンしたのだ。なんか、社畜時代とやっている事が同じ過ぎる。

 爺さんには既に全てを伝授している。あとはラーナ様を主神と定めるだけだった。

 今現在爺さんがどこの神様を主神にしているのかしらないけど、主神を乗り換えるというのは言うほど簡単な話じゃない。元の神様を推してる神官さんだっているだろうし、信者同士で横の繋がりもあったりする。それでもラーナ様に乗り換えようと言うのだ。

 爺さんのセックスに対する並々ならぬ意気込みが伝わってこようというものだ。その覚悟に答えるだけのものを提供できる自信はあるぞ。

 爺さんは自信を取り戻し、爺さんの嫁は夜の生活に満足する。ラーナ様の神力はちょっぴりだけ増え、俺も実績ができて面目が立つ。誰もが幸せになれる完璧な計画のはずだったのに、この場にディーニがいるだけで危険度MAXなヤバイ仕事に変わってしまった。

「ふひひひ。夜が楽しみじゃわい。お、丁度ニーナがやってきおった。おうい! ニーナ!」

「はあい」

 畑の向こうに現れた女性に爺さんは声を張りあげた。

 その女性の姿を見て俺は固まる。よいよいの婆さんが出てくるのかと思いきや、そこにいたのはオレンジ掛かった金髪をポニーテールにした、二十代前半と思われる可愛らしい女性だったのだ。

「ええと……爺さん、あの子はお孫さんかなにかで?」

「なにをすっとぼけた事言ってんじゃ、アレがわしの嫁のニーナじゃ」

 ニーナと呼ばれた女性は幸せ全開といった笑顔で、ポロ爺さんにとてとてと走り寄ってくる。健康そうに締まった体に日焼けした肌。農家なだけあって純朴そうな娘ではあるが、そこはかとなくエロさも漂っている。人妻の色気という奴であろうか?

「……おい爺さん。あんたいくつだよ? これって犯罪なんじゃないのか?」

「なんじゃ? 羨ましいのか? 好き合ってるんじゃから別にいいじゃろうが」

 す、好き合っているだと……? なんだこの敗北感は。年寄り同士の老いらくセックスだと思ったから親身になってやったのに、酷い裏切りだ。相手があんな若い子って知っていたら協力なんてするものか。中折れでもなんでもしてセックスレスに陥ればいい。

「どうしたんですか、あなた?」

 ポロ爺さんの横に並び立ったニーナさんは、中々魅力的な女性だった。ちょっと垂れ気味な目が優しげだし、スローモーなしゃべり方には愛嬌を感じる。うん、正直言ってかなり好みだ。

「なに、ゴローが来たから紹介しようと思っての。ほら、最近面白い奴が寄りつくって話をしたじゃろ?」

「主人がお世話になっています……あら? ゴローさんは神官様だって伺っていたのですけど……」

 ジャージにサンダルという俺の緩過ぎる格好を一瞥しての言葉だった。確かに、こんな格好をしている神官様などいないだろうよ。

「ははは、こんな格好ですが一応神官なんです。ニーナさんもお気軽に僕のところにご相談に来てください」

「おいゴロー。わしの嫁に色目を使うのはやめろ。下心が全然隠せていないぞ」

 ちっうるさいジジイだな。俺の邪魔をするとはどういう了見だ……。って一応旦那だったか。

 それにしてもだ。やっぱり嫁さんっていいな、というのが俺の偽らざる感想だ。あんな子と毎日セックス三昧とか羨まし過ぎる。ジジイですらそれなのに、俺の不甲斐なさは一体どうした事か。

 異世界に来てから美女・美少女な知り合いは増える一方だというのに、俺は結局オナニーしかしていない。人様の下半身事情にこれほど絡んでいるのに、なぜ俺にだけチャンスが巡ってこないのか。

 きっとどこかに間違いがあるのだ。分析し修正する必要がある。俺だって嫁さんとまでは言わないけど、ヤリまくりな生活をこの手にしたい。

 その後、俺と爺さん、ニーナさんの三人は当たり障りのない会話をして別れた。ディーニもちょこちょこ会話に混ざってきていたが、結局最後まで俺と爺さんの会話の核心には気づかなかったようである。

 再び村の中を歩き始めて暫くしたとき、ディーニが感心したような声をあげた。

「ゴローは凄いのですね……こんな僅かな期間で村の人と絆を作れるなんて、私には到底できない事です」

 ポロ爺さんと俺の絆など、エロ話で繋がっているだけに過ぎない。

 どうもディーニは俺を過大評価しているようだ。


「ゴローや私のように膂力に劣る者は、剣を合わせるような事は絶対に避けなければいけません。まずは避ける。最悪でも受け流す。これが基本です」

 ここはミリルさんの宿の裏手。家屋と畑の間にあるちょっとした空き地だ。特に手入れのされていない空間なのか、雑草が無秩序に生い茂っている。

 ポロ爺さんと別れたあと、巡回を終えた俺は、なぜかこの場所でディーニから剣の稽古を受けていた。

 宿に帰り着くや否や、有無を言わさずディーニに引っ張り出されてしまったのだ。ちんちんを切り落とされないかビビりまくっていたわけだが、蓋を開けてみればディーニにそんな思惑は全くなく、思いのほか有用な稽古だった。

ディーニ先生の説明はわかりやすく実践的なのだ。元より彼女は技で凌ぐタイプの剣士。泣きたくなるほど筋肉のない俺にとっては理想的な教官であった。

 ディーニは生き残る確率を高めるために防御を徹底させた。長剣、棍棒、槍、短刀と様々な武器でありがちな攻撃パターンを再現してみせる。俺は避けるなり、受け流すなりしてそれを凌ぐのだ。

 武器を振る時は必ず予備動作が存在する。ディーニはその武器の典型的な攻撃とそれに紐付く予備動作を徹底的に学習させた。要するに、予備動作を見て後出しで対応する方式だ。素人が一朝一夕でできる事ではないと俺は思っていた。だが驚くべき事に、たった一日である程度は防げるようになったのだ。

 もちろん、それなりにタネも仕掛けもある。ディーニは稽古を始める前に風の精霊を召喚していた。体長十五センチくらいの半透明の精霊さんである。遠目には羽虫にしか見えないが、よくよく見ると人形みたいな体がちゃんと付いている。ワラワラと大量に発生したこいつらが稽古の補助をしてくれたのだ。

 ちなみに精霊の召喚は、『精霊魔法』として特別な扱いをされている。ルルが使う普通の魔法とも、クレアが使う神聖魔法とも根本的に原理が異なっているからだ。

『精霊魔法』は精霊にお願いする事で魔法的な効果を実現する。マナも神力も食わず精霊のご機嫌さえ取れれば発動する大変エコな魔法体系なのだ。ただし、その分不確定要素は高くなる。精霊さんの機嫌次第という事は制御が難しいという事でもあるのだ。そして重要な点は、使えるのはエルフやドワーフといった妖精を祖先とする種族だけという事。

 他の種族は精霊に語り掛ける能力がないんだとか。なんだよ、俺も仲良くなろうと思ったのにつまらんな。

 とにかく、精霊さん達の助力を得られたおかげで学習効率は飛躍的に高まった。間違った動きをすると空気抵抗が増し、正しく動くと風でアシストしてくれる。手取り足取り指導を受けるようなものである。こうなってしまえばあとはタイミングと暗記の問題だ。バッティングセンターでタイミングを掴むのと殆ど変わらない。

挿絵4

 繰り返し練習し続けた結果、相手が武器を振りだした瞬間には体が自然と動くようになっていた。

 ディーニ先生凄過ぎる。偏差値四十からの剣技教室である。こんなオッサンでもたった一日でいっぱしの剣士みたいに動けるようになってしまったのだ。想像以上の成長っぷりに調子に乗りかけた俺だったが、ディーニ先生はキッチリと釘を刺してくる。

「ここまでが防御の基本です。これだけでも、ゴブリン程度であれば対処できると思います。ただし、勘違いしてはいけません。今のゴローでは戦闘のプロは相手にできません」

 そう言うとディーニは横に薙ぐように剣を振るった。俺は習った通り短刀を構えて受け流そうと試みる。だが、繰りだされたはずの剣撃がこない。一瞬の隙を突いて、ディーニは滑るように俺の真横に移動していた。ヒンヤリとした鉄の感触が首筋にピタリと当てがわれる。

「今のはフェイントです。訓練を積んだプロであれば、防御はされるものとしてあらゆる手段で崩しにかかってきます。戦いとは、結局のところ手の読み合いなのです」

 白兵戦など脳筋野郎が幅を効かせる力任せな世界かと思っていたが、思いのほか駆け引きが重要なようだ。考えてみれば、そうでなければディーニは銀章などという強者の証を手に入れていないだろう。もっとも、駆け引きも糞もなく気づいた時にはぶった切られているような、バケモノみたいな連中も世の中にはいるらしい。そんな奴らとは決して敵対しないようにしたいものである。

 なにはともあれ、素人以上は相手にできないと思い知らされたが、雑魚モンスター程度なら攻撃を凌げるようになったのだ。それだけでも今の俺には大いに意義のある事だ。

 体に覚え込ませるように、俺は夢中になって学んだ動作を繰り返した。


「そろそろ日が落ちます。今日はこれくらいにしておきましょう」

 いつの間にか空は茜色に染まっていた。集中していたからだろう、日が暮れた事にも気づかずに夢中で剣を振るっていたようだ。『断種』に怯えて避けようとした稽古であったが、思った以上に収穫があった。いや、ビビってこんな有益な訓練を逃すなど馬鹿のやる事と断言できる。

「すげーためになったよ。ありがとうディーニ。また時間があったら教えてくれよな」

 心からの謝意を込めてそう言うと、ディーニは飛び掛からんばかりの勢いで俺に迫ってきた。

「じゃ、じゃあ明日! 明日もどうですか!?」

「ええっ!? ああ……その、じゃあ、よろしく頼むよ」

「任せてください!」

 ふんすーと鼻息を荒げてディーニは意気込んでいる。あの倉庫での一件以来、ディーニは俺の事を避けていたはずだ。当然怒っているのだと思っていたのだが、予想外過ぎる反応に戸惑うしかない。

 ビビっているとは言え、至近距離に迫られるとやはりディーニの超絶美少女ぶりには息を呑む。興奮気味なのか僅かに頬を赤らめているのがまた可愛らしい。

 一緒に訓練していたからだろうけど、ほんのりディーニの汗の匂いが俺の嗅覚を掴んで離さない。全然嫌な匂いじゃないぞ。甘酸っぱい果物みたいな清涼な香りだ。ベッドの中で汗塗れにしたらさぞ楽しいだろうなと、楽しい想像が広がってやまない。

 ……いやいや、ダメだって。あの恐るべき『断種』さんだよ? 女に飢えているからって少し落ち着こうぜ、俺。

「ええと……ディーニはなんでそんなに俺に剣を教えようとするんだ?」

 性欲を押さえ付けて、なんとか言葉を紡ぐ。

 ディーニは普通じゃないほど俺に良くしてくれた。どうしたって理由を聞かないわけにはいかないだろう。

 俺が尋ねると、ディーニは頬を赤らめつつも真剣な眼差しで見つめ返してきた。

「お、恩返しのつもりなんです」

「恩返しぃ? ……いや、ごめん。全然思い当たる節がないんだけど……」

 これまでディーニにしてきた事なんて、オナニーを覗いたりオナニーに誘ったりと、感謝される云われはなにもない。っていうかオナニー関連ばかりじゃねえか。

「先日のゴローの言葉に感銘を受けたのです。ゴローは私の願いを真剣に受け止めてくれました。愚かな私はそんな事に気づきもせずに、酷い態度をとってしまいました……。本当に申し訳ありません」

「え? い、いや……。それは気にしなくてもいいんだけど……」

「いえ、謝らせてください。とても嬉しかったのです。ラーナ様とゴローが私に目を掛けてくれている。私には過ぎたる幸福です。少しでもお返しがしたくて……その、得意の剣なら役に立てると思ったのです」

 ディーニはホントに律儀な娘さんだな……。って感心している場合ではない。俺が適当に言い放った言葉が、ディーニに完全にぶっ刺さっていたのだ。

『心から愛せる男を必ずみつけてやる』とか『ディーニの処女を命掛けで守る』とか。『それがラーナ様の意思だ』的な事まで言っちゃったかもしれない。改めて思い返すと寒すぎて凍死しそうだ。よりにもよって、あんな芝居染みた言葉がぶっ刺さってしまうとは……どうすんだこれ? 今更その場限りの発言ですとか言えないぞ。

「そ、それに……恥ずかしい話なのですが、ゴローの指摘通りなのです。最近、抑えが効かないと言うか、その……す、すぐに自慰に及んでしまうんです。ゴローに言われて、私は異常な状態にあるのだと気づかされました。確かに私ほど長い期間、その……処女なままというのは例がないと思うのです」

 ディーニがなにを言い出したのかすぐには理解できなかった。これは……あれか。オナニーを誘った事を正当化するためにでっち上げた超理論の事か。お前は処女を拗らせ過ぎだから少し抜け的な。

 こんな冗談みたいな話まで真剣に受け止められてしまった。嘘だとバレたら確実に血を見るぞ。ちんちん切られるだけじゃ済まないかもしれない。

「い、いやあ……その話は忘れた方がいいんじゃないかな……?」

「あ、あんな態度をして今更なのはわかっています。でも、どうしたらいいのかわからないんです」

 切々と語るディーニの目は涙ぐんですらいた。

 確かにディーニは暇さえあればオナニーしている印象だけど、そんなに悩む事か? 気持ちいいなら別にいいじゃないか。

 ただまあ、問題っぽく仕立て上げた上に、煽りまくったのが俺なのは間違いない。

「ご、ゴローは一緒にする事が、解消方法だって言ってました。アレは本当なのですか?」

 迷うような、それでいてどこか決意の籠もった目でディーニは俺を見上げる。

 ヤバイ、この子本気っぽい。本当なわけないんだけど……どうしたもんだろうか。

「か、確証のある話ではないよ。ただ方法論のひとつを示しただけだ」

 苦しい言い訳だ。流石に厚顔無恥に『モチ、ホントの事だよ』とか言えない。ただ、溜まりに溜まった状態だとブスでも美人に見えるというのは、俺の経験からして本当にある。ディーニのオナニーの回数が多いのも事実。だから全てが嘘とまでは言えない。そんな事もあるかもね、くらいには俺も思っていたのだから。

「そ、それなら、改めてお願いしてもいいのでしょうか」

「な、なにをかな……?」

「……わ、私の口から言わせるのですか? ええと……その、一緒にするって話をです」

 耳の先まで真っ赤に染めて、ディーニは俯いてしまった。

 ヤバイ。一緒にオナニーしようぜって話までぶり返してきたぞ。流石にここまで馬鹿な話にまで乗ってくるとは思っていなかった。

 そりゃ、ディーニほどの美少女と一緒にオナニーできるとか最高な話だ。今すぐ飛びつきたい思いがあるのは否定しない。だが、相手があの『断種』さんである事を忘れてはいけない。

 一緒にオナニーとか言っているのだ。俺などは性器を見せ合って一緒に気持ち良くなるものと普通に思ってしまう。だが『性器を見せるつもりはなかった』とか『飛び跳ねた精液が体についた』などと思いもよらない因縁をつけられるかもしれない。いや、絶対そうなる。結果は当然『断種』ルートへ一直線だ。

 どう考えてもリスクが高過ぎるだろ、これ。

「む、無理をするのは良くないんじゃないかな……」

「いえ! 決して無理などしていません! 私も、その……不安なのです。ゴローの言う通り、好きという感情がわからなくなっていそうで……」

「いやいや、あれもあくまで仮説だからね? そうなるって必ず断言できる話じゃなくて……」

「いえ。恐らくゴローの指摘は正しいと思います。一日に何度も、じ、自慰をしてしまうなんて異常です」

 こりゃ完全に思い詰めている。いつの間にか俺はカウンセラーみたいな立ち位置にされちゃったようだ。あんまり無碍な態度を取るのは、それはそれであとが怖い。

 それに、恐ろしくもあるがやっぱり好奇心がうずくのだ。ディーニのエッチな姿を目に収めたい。そんな欲求に抗いがたくなりつつある。節度を守れば大丈夫じゃね? などと悪魔の囁きが聞こえてくる。

「や、やはり今更ダメでしょうか……?」

 不安そうに上目遣いで俺を見上げるディーニ。その可憐かつ庇護欲をそそる仕草に、俺の中の理性という堤防は呆気なく瓦解した。

「よしわかった! 俺に任せとけ! 一緒にディーニの欲求を発散させようじゃないか!」

 この時になって俺はようやく自覚するに至った。俺には破滅的な悪癖がある。エロい餌が目の前にぶら下がっていると、リスクそっちのけで突っ込んでしまうのだ。

 我ながらなんて馬鹿なんだろうと呆れるばかりだ。新宿のぼったくり風俗で、川崎の美人局的な偽JKで、散々学習したはずじゃなかったのか。

 ああ、わかっちゃいるけどやめられないんだよなあ……。


 宿に戻って俺とディーニは一旦別れた。

 ディーニはアレス君達と情報交換する必要があるからだ。俺は、その間は酒場で時間潰しである。

 ちなみに、金もないのになんで毎日飲んでいられるのかというと、この晩酌こそが『三食寝床付き』の一食に割り当てられているからだ。食い物なんて干し豆とごった煮しかないじゃん! などと無粋なツッコミを入れてはいけない。代わりにミリルさんがぶち切れるまでは酒が飲み放題という素晴らしい一食なのだ。俺は一斤のパンより、一杯の酒に歓喜する男だ。

 いつもの席に座って、いつものように激マズなエールで喉を潤す。こんな日に限ってザックの馬鹿も姿を見せない。おかげでディーニの事を悶々と考えながら、しこたま酒を飲む事になってしまった。

 酒の力というのは侮れない。気がついた時には、エロの気勢は高まり、自制心は季節外れの雪のようにあっさりと溶けてなくなっていた。

 何杯飲んだのかそろそろカウントが怪しくなってきた頃になってから、俺は満を持して席を立った。向かうは前回同様、アレス君の部屋が覗けるあの倉庫だ。

 高鳴る胸を押さえて倉庫へと赴くと、床の上に座り込んだディーニが待ち構えていた。

 ここまでは俺の想定通り。だが、肝心のディーニの格好には閉口してしまう。

 どういうわけかディーニは肩から爪先までスッポリと毛布に覆われているのだ。これじゃまるで、てるてる坊主である。

「ええと……なんで毛布被ってるの?」

「……その……見られるのは、流石に恥ずかしいです」

 おいおい、そりゃあないだろう。肌をこれっぽっちも晒してないじゃないか。こんな毛布の塊みたいなのと一緒にオナニーしたって俺は全然楽しくない。

 だが、俺はなにも言わずにディーニの隣に膝をついた。不満があろうともがっついているところを見せるわけにいかない。ヘタな態度を見せたら、明日の朝はニューハーフとして迎える事になりかねない。

 壁の向こうからはくぐもった喘ぎ声が聞こえていた。既にあちらさんは始まっているみたいだ。

 こんな環境にひとりでいたのだ。毛布の中のディーニがどんな事になっているのか大変興味深い。もしかしたら俺が来る前にひとりで始めていたんじゃないだろうか? 興味があっても露骨に視線を送るほど俺は命知らずではない。毛布の中の秘密に後ろ髪ひかれつつ、俺は誤魔化すように壁の穴を覗き込んだ。


 前回覗いた時と同様に、天蓋付きのベッドが目に飛び込んできた。毎朝俺がせっせと掃除に励むアレス君達の寝室である。

 部屋の主たるアレス君はベッドの縁に座っていた。足を広げて座るその姿は王者の貫禄すら漂っている。その開かれた股の間にクレアとルルがふたりして収まっていた。アレス君のちんちんにふたりで奉仕しているのだ。

クレアは唇をすぼめて亀頭に執拗なキスを続け、ルルは顔を埋めるようにして玉袋をもぐもぐと頬張っている。ふたりはいやらしさを競い合うように行為に没頭していた。ジュボジュボぴちゃぴちゃと卑猥な音がひっきりなしに響いている。あんな情感の籠もったフェラは中々お目にかかれないかもしれない。というか、俺が通った店ではやってもらった事がない。

「うおっアレス君めっちゃ羨ましいな……」

 思わず感想が零れてしまった。いや、本気で羨ましかったのだ。あんな美少女をふたりも侍らせてご奉仕させるなんて男の夢過ぎるだろ。

 この薄い壁一枚隔てただけで、天国と地獄ほど世界が違っている。

 向こうはこの世の栄華を一身に受けたかの如きハーレムプレイに興じているというのに、こっちはパートナー付きとは言え所詮は自家発電。しかも肝心なパートナーは毛布で完全防備している。ついでに言わせてもらえば、ヘタをこけばちんちんを失うというリスクまである。

 格差社会の現実を前に乾いた笑いしか浮かばない。

 しかもハーレム要員のひとりは、あのルルなのだからやるせない。酒場ではツンと澄ました毒舌ロリキャラのくせに、壁の向こうではエロさ全開に本性を曝け出している。普段とギャップがあるだけに、妙な背徳感が俺の股間を硬くする。

 奉仕中のルルは、お尻をこちらに突き出していた。当然、恥ずかしいところが丸見えである。ヌルヌルに濡れそぼったアソコも、可愛いらしいお尻の穴も見放題だ。めっちゃ興奮するとともに若干の悔しさを覚える。ちくしょう。俺はあの穴に届かなかった。俺には遠かったあの穴も、アレス君からしてみれば、気分次第でチョイスするひとつでしかないというのか。

 永遠に続くかと思えた熱の籠もったご奉仕だったが、クレアが蕩けきった顔を上げた事で中断した。クレアもアレス君も無言だったが、ふたりは目で会話をしている。俺が勝手にアテレコするならこんな感じだ。『もう我慢できないよお。これ欲しいの』『しかたないな。欲しければ自分で挿れてごらん』……ああ、なんか凄く空しくなってきたぞ。

 だが俺のアテレコもあながち的外れではなかったようで、クレアは座ったままのアレス君を跨いで対面座位の姿勢をとった。そのまま激しくディープキスを交わし始めたと思いきや、一気に腰を沈めてアレス君のちんちんをアソコに呑み込んでいく。

 これまた俺にお尻を向けているものだから、挿入する様子がよく見える事。ビラビラのはみ出たいやらしいアソコにちんちんが割って入ると、溢れ出た愛液がアレス君のちんちんを伝って垂れていく。当然、未だ玉袋への奉仕を続けるルルにまで届いていたが、ルルはなんら躊躇する事なくしゃぶり続けている。

 うーむ。こいつらかなりレベルの高い変態なんじゃないだろうか。

 体液如きでは動じない鋼の精神力もそうだが、ルルの目と鼻の先で挿入しているというのに、誰ひとりとして気にしていないところが凄い。こんなプレイは日常茶飯事という事なのだろうか。


 気合いの入った3Pを目にして、俺の股間はいつの間にかはち切れんばかりに膨張していた。ていうか、気がついた時にはズボンから出して手でシコシコと擦っていた。

 壁の穴を覗きながらハアハアとちんちんを擦る中年男。そんな俺の客観的な姿がふとした瞬間に頭を過ぎる。これはヤバイ。完全に通報事案である。

 傍らにいるディーニは俺のこんな姿を見てなにを感じるのか。普通はドン引き、悪くすると殺意すら抱くかもしれない。

 怖くなった俺は、覗き穴から顔を離してディーニの表情を盗み見てみた。

 軽蔑する視線もドン引きした表情もそこになかった事に安堵する。

 ディーニは夢中になっていた。顔を真っ赤にして、取り憑かれたように一点を見つめ続けている。アレス君達の痴態を、ではない。ディーニがガン見しているのは俺のちんちんだった。

挿絵5

 ……あーそういえばこの人、水浴びの時もアレス君達より俺のオナニーをオカズに選択したんだよな。流石は熟練のオナニー職人。オカズの基準がもはや常人には理解できない域に達している。

「……そんなに俺のちんちんに興味あるの?」

 思わず声を掛けると、ディーニははっと我に返ってしどろもどろな言い訳を始めた。

「い、いえ。ただ、ゴローのそれはゴツゴツと硬そうで、とても珍しいなと……」

「そうかい? なんならもっと近くで見てもいいよ?」

 俺はたぶん、ちんちんを褒められて嬉しかったのだと思う。勢いのままとんでもない誘いを掛けていたのだ。

 冷静になって考えてみると、なんとも恐れ知らずな行動である。相手が『断種』さんである事をすっかり失念しているのだ。機嫌が悪ければスパッと綺麗に切り離されていてもおかしくない。

 だがそうはならなかった。、誘われるままにディーニはにじり寄って来た。

『俺に』ではない。ちんちんにだ。うずくまるような姿勢で顔を近づけるディーニは、お尻を突き出すような卑猥な格好に変わっていた。当然、毛布ははだけてしまいなにも隠せなくなっている。

 とはいえ、残念ながら毛布の下はスッポンポンではなかった。質素な膝丈のサマードレスをちゃんと着ている。それでも、手をスカートの中に突っ込んで、大事なところを弄りまくっている姿が曝け出されたのだ。

 妖精のように美しいディーニのそんな下品な姿は、俺の劣情を激しく刺激する。

 ハアハアと息を荒げながらディーニは俺のちんちんを凝視し続けている。生暖かい吐息がちんちんに当たってこそばゆい。ほんの少し腰を突き出せば、ディーニの口の中にちんちんをねじ込めそうな近さだ。もちろん、そこまで無謀を働くほど俺の頭はイカれていないが。

「ど、どう? 俺のちんちんは?」

「はあはあ……凄くエッチな形です……匂いも濃くてイヤラシイです……」

 夢遊病者のようにそんな感想を呟くディーニ。エロい。エロ過ぎる。あれだけ頑なに貞操を守っていたというのに、一皮剥けばとんでもないムッツリスケベである。やはりエロフの伝説は本当だったのか。

 このままディーニの痴態をオカズに最後までいくのもいいが、折角なのでもう一度だけ壁の穴を覗いてみた。


 アレス君達も盛り上がっていた。抱きつくようにアレス君に跨がったクレアは、ベリーダンスでも踊るみたいに激しく腰を打ちつけている。びちゃびちゃと愛液がそこら中に飛び散る。また掃除が大変だな、というネガティブな感想を一瞬だけ抱いてしまったのはご愛敬。

 エロビッチなクレアの動きもさる事ながら、恍惚とした表情で玉袋をしゃぶり続けているルルもかなりエロい。クレアの愛液で顔も上半身もビッショリ濡らしながら、憑かれたように奉仕を続けている。ルルの見慣れた顔が、エッチな汁でテラテラ輝いていて別人のように妖艶な姿を見せる。まるで甘いお菓子でも楽しむみたいな表情だ。ルルが心からこの行為を楽しんでいる事が伝わってくる。

 そんなルルは興奮している事を隠すでもなく、開き気味の股に手を突っ込んで激しくクリトリスを擦っている。

「くっ! クレア! もうダメだ!」

 がしっとクレアの尻肉を掴んだかと思うと、アレス君は激しく下から突き上げ始めた。大量に入り込んだ空気が、ブビブビと放屁のような下品な音を響かせる。

「うああっ! ア、アレス! 激しいよおっ! いっちゃう! いっちゃうよお!」

「くうっ!」

 アレス君は担ぎ上げるようにクレアを持ち上げると、勢いよくちんちんを抜き放つ。出てきたちんちんは湯気でも出そうなくらいにドロドロに濡れそぼっていた。

 汚れきったそのちんちんを、今度はルルの口の中に容赦なく突き立てた。

「んんっー!」

「うくっ……くっ……」

 口に突っ込んだのと殆ど同時だろうか。アレス君はルルの口の中で気持ち良さそうに射精していた。一瞬だけ驚いたような表情を見せたルルだったが、そのまま射精を手伝うように白濁液を吐き出すちんちんをちゅうちゅうと吸っている。

 生挿入からダイレクトに他の女の口に射精とか、ハードを謳っているAVでもここまでするのは中々ない。阿吽の呼吸で応じたルルには思わず尊敬の眼差しを向けてしまう。


 ハードなプレイを前に思わず擦る手に力が入ってしまった。しまった、と思った時には既に手遅れ。もはや後戻りできないところまで、快楽が込み上げていた。

 抵抗などなにもできずに射精が始まる。ゼリーみたいにネットリとした白濁液が、目の前にいたディーニの顔に次々と浴びせられていく。

 ディーニみたいな美人の顔にぶっ掛ける。恐れ多くも興奮してしまうシチュエーションだ。ヤバイという理性が頭の隅に残っていたが、絵面とシチュエーションによる興奮が俺の射精を容赦なく後押しする。

 結局、最後の一滴まで思う存分欲望を吐き出してしまったのだ。

 一方の浴びせられる側のディーニであるが、意外な事にこっちもこっちで楽しそうだ。顔中に精液を浴びて、ディーニの興奮は最高潮まで高まっていた。

「ふわあ……凄くエッチな匂いです……」

 頬に付着していた白い塊がドロリと垂れ落ちてディーニの口の端に掛かるが、すかさず薄ピンク色の舌がチロリと伸びてそれを舐め取ってしまう。半ばトランス状態にあるのか、ディーニは自分がとんでもなくはしたない真似をしている事に気がついていない。ただ垂れてくる精液を条件反射のように舌で舐め取っていた。

 股間を擦る指の動きが激しくなる。まるで別の生き物のように指が激しく往復運動を繰り返す。

 やがてディーニは更なる快楽を得るためなのか体を起こして座り直した。後ろに片手を着いた、体を投げ出すような姿勢だ。

 スカートが捲れ上がり開かれた脚の奥が曝け出される。ディーニの陶器のように滑らかな太ももが付け根まで露わになり、その先は純白のショーツが覆っている。クロッチの部分はグッショリと湿り気を帯び、うっすらと下着の向こうまで透かしていた。

 望むべき光景がようやく目の前に現れた。下着を丸出しにして激しくクリトリスを擦り続ける姿は、どう贔屓目に見ても下品極まりない。しかも顔中を白濁液が覆っているのだ。それでもディーニの透明感は失われていなかった。まるで妖精のような幻想的な美少女が、牝の本能を剥き出しにしたオナニーに耽っている。

 間違いなく言えるのは、俺の脳内カメラロールにこのシーンは永遠に記録されるという事だ。

 いよいよディーニのオナニーも終局が近づいていた。クリトリスを擦る指の動きは、もはや目で追いかけるも困難なほどに速度を増している。クチャクチャと布を擦るのとはかけ離れた音を発しているし、仄かにエッチな匂いまで漂い始めている。

 卑猥な指の動きと、淫靡な音と匂い。渾然一体となった三つの要素が最高潮まで高まった瞬間、ディーニは体を仰け反らして痙攣を始めた。

「んくっ! っくう……んあああっ!」

 必死に堪えていた嬌声も、最後の最後には耐えきれず零れ出た。何度もビクビクと体を震わせるディーニ。その表情は恍惚としていて卑猥極まりない。

 クオリティの高いオナニーショーだった。俺自身もスッキリ気持ち良く吐き出せている。俺は充足感に満たされていた。考えてみれば、ここ一週間オナニーする暇もなく働き通しだった。

 そう、俺は頑張った。慣れない仕事にも、いい歳をして丁稚奉公をさせられる屈辱にも耐えたのだ。だからこれは、OLさん的に言えば自分へのご褒美という奴なのかもしれない。

 俺が賢者タイムに移行しつつある一方で、ぐったりと脱力するディーニの姿は凄い事になっていた。世界に知れ渡る我が国の代表的な文化『BUKKAKE』を図らずも体験させてしまったのだ。

 ドロドロの白濁液塗れになったディーニはペロリと舌を伸ばして、零れ落ちてくる精液を味わっている。いつもの清純な印象とはかけ離れた淫靡な姿。彼女の顔に浮かんでいるのは、満たされたような笑みだった。

 そんなディーニを見て俺は確信した。俺達は最高のオナニーをしたのだと。ナイスオナニーとハイタッチを交わしたくなるくらい、今回はいいオナニーだったと思う。

 だから俺は戦友を労うようにポンと肩に手を置いてディーニに賞賛の言葉を掛ける。

「ディーニ。良かったぞ、最高に輝いていたぜ」

 サムズアップしながら俺は爽やかに微笑んでみせた。

 その瞬間、ディーニは我に返った。途端に顔が真っ赤に染まっていく。

「あわわわ、その、あの……」

 不安そうに戸惑うディーニの姿は実に萌えるものがある。しかもその可愛らしい生き物が、盛大に精液の臭いを振りまいているのだから堪らない。出したばかりだというのに俺の股間はあっと言う間に硬さを取り戻し始めていた。

 いきなり目の前で復活を始めた俺のちんちんを見て、ディーニは目を見開いて飛び退いた。

「ひいっ! す、すいません! 今日の事は忘れてください!」

 そのまま脱兎の如く逃げ出してしまった。

 ひとりポツンと残される事になってしまった俺だったが、寂しさよりも達成感に満たされていた。

 一週間前のあの日、この倉庫から逃げ出したのは俺だった。それがどうだ、見事な逆転劇ではないか。切り離される恐怖に打ち勝った俺の息子が、ついに悪逆非道のちんちん切断魔すらも退かせたのだ。

「ふ、勝ったな」

 などと思ってみたのは一瞬の事。冷静になってみるとトンデモない事をしでかした事に気がついてしまう。

 あの『断種』さんに、よりにもよって大量顔射をかましてしまったのだ。ヤバイヨヤバイヨ、これ絶対ちんちん切断されちゃうよ。

 復活の兆候を見せていた俺の股間は、あっと言う間に縮こまってしまった。それこそ極寒のプールに入ったみたいな縮こまりっぷりである。人というのは精神的なプレッシャーだけでここまで縮こまるものなのか。

 真面目に高飛びする事を検討するくらい俺は追い込まれていた。だがそれと同時に、ふとした瞬間に『またディーニとエッチな事したいなぁ』などと恐れ知らずな事を考えてしまったりもする。

 まっこと、男心という奴は複雑である。


 その日の夜は、恐怖に震えて眠れなかった。

 顔射などAVの世界では挨拶代わりに交わされるありふれたプレイだ。だが同時に、リアル女子からは心底嫌がられる行為である事も俺は知っている。なにせ顔射をするだけで別料金となる風俗があるくらいなのだ。いかに女心に疎い俺だってその立ち位置くらいは理解できるというものである。

 そんな行為をよりにもよって『断種』さんにかましてしまったのだ。俺は男としての人生がいよいよもって終わるのだと覚悟を決めていた。

 そして迎えた朝だ。

 いつものように給仕をしていた俺は、朝食の席についたディーニと顔を合わせる事になった。

 ビビりまくっていた俺の予想に反して、彼女の態度は極めて理性的なものだった。もちろん全く普段通りと言うわけではない。気まずそうに目を逸らしたり、恥ずかしそうに顔を赤らめたりといった反応がちょくちょく出てくる。

 まあ、あんな事をやった翌日だ。そうした反応はむしろ自然なものと言える。

 間違いなく言えるのは、俺のちんちんをもごうとか亡き者にしようといったヤバイ考えをディーニは抱いていないという事だ。久しぶりに怖ディーニさんが現れるのではと身構えていただけに、正直言って拍子抜けである。

 いや、別に俺だって危機的状況を好むような変態的な嗜好などは持ち合わせていない。平穏無事である事がなによりだと心から思っている。

 だが、目の前でシコッて顔にぶっ掛けるまでしたのに何事もないのは逆に不気味だ。デリヘルで思わず本番までしちゃったのに、嬢からなにも請求されなかったみたいな状況である。

 ラッキーと言えばラッキーだが、ディーニがそんな緩い態度を見せるのは非常に良くない。

 なにが良くないって、俺が調子に乗ってしまうから。

 現に、こんな様子なら毎晩誘っちゃおうかしら? とか、もっと凄い事しちゃっても大丈夫じゃね? などと、碌でもない事を考え始めている。調子こいて痛い目に遭う。これも俺の悪癖のひとつかもしれない。


「よう、ゴローじゃねえか。昨日は酒場にいなかったな。どこで遊んでたんだ?」

「安心してくれ。昨日はおっちゃんが酒場に来る前にしこたま飲んでたんだよ」

「おっ、ゴロー。今日は凄いべっぴんさんを連れてるじゃねえか。お前のいい人なのか?」

「ばっか、そんなんじゃねえよ。世話になってる知り合いだよ。こう見えて銀章の冒険者様だぞ? あんまりからかうような事言わないほうがいいぜ?」

 昨日と同じように、午後になってから俺とディーニは村の中を歩き回っていた。

 ポロ爺さんにしか会わなかった昨日から一転、今日は次から次に知り合いの村人に声を掛けられまくっている。

 親しげに話し掛けてくるのは、酒場で一緒に飲んだ事のあるオッサン連中である。連れていた嫁さんやら、通りかかった村の娘さんなんかは愛想笑いをするだけで俺に話し掛けてくる事は一切ない。ついでに言うと、ザックと同年代と思われる若者連中も微妙に距離を取ってくる。なんかこう、いつの間にやら村のオッサンクラスターに所属してしまったみたいで軽く絶望感を覚えてしまう。

 何人ものオッサン達と挨拶を交わしては別れてを繰り返した。

 ようやくひとごこちつける状態になると、今度は見覚えのあるポニーテールが遠くから手を振っているのに気がついた。あれは、昨日紹介されたポロ爺さんの嫁さんだ。名前は確かニーナさんとかいったか。

 ここまで村の女性陣からスルーされ続けてきた俺である。人妻とはいえ、俺にフレンドリーに手を振ってくれるニーナさんには好感を抱かずにはいられない。というか、ぶっちゃけた話めっちゃ不倫したい。

 ニーナさんは手を振りながら小走りで俺達の元へ走り寄ってきた。

「ゴローさーん。よかった、こっちにいるって人伝に聞いたんです」

「もしかして俺の事探してたんですか?」

 わざわざ俺を探すとか一体何事であろうか。昨日知り合ったばかりで、まだそれほど親しくないのだが。

「お礼を持って行けって主人に言われたんです。これ、私が焼いたお菓子なんですけど……」

 ニーナさんはそう言うと手鞄ほどの大きさのバスケットを俺に差し出してきた。蓋を開けてみると中にはビスケットがいっぱいに詰まっている。焼き菓子の甘い香りに思わず顔が綻ぶ。

「美味しそうですね。これを俺に?」

「ええ。そちらのエルフさんと是非一緒に召し上がってください」

「わ、私ですか? ど、どうもありがとうございます……」

 唐突に話を振られたディーニは縋るような視線を俺に向けてきた。スマン。俺にも良く意味がわかっていない。ただ、ニーナさんの話を聞いた限りだと、お礼を持って行けといったのはポロ爺さんのようだ。ポロ爺さんに感謝されるような事って……。

 あ、もしかして例の神聖魔法のおかげで、上手くいったって事なのだろうか。

「ええと、これってもしかして……?」

「はい! 凄かったんですよ。昨夜は三回もしちゃったんです! 張り切り過ぎちゃって、主人ったら今朝は立ち上がれなくなっちゃいました」

 快活に笑いながらニーナさんは明け透けな報告を俺にしてくれた。ポロ爺さん、いい年して大丈夫なのか? 俺のせいで腹上死とかされたらちょっと嫌だぞ。

 この場で唯一話を消化しきれていないディーニだったが、なんとなく下半身的な話である事は察しているようだった。ディーニは探るようにニーナさんに声を掛ける。

「あの……もしかして、それって……」

「ええ。ゴローさんのおかげです。この調子なら諦めていた赤ちゃんを授かれるかもしれません」

 あ、間違いなく今のでディーニに完バレした。

 こっそりと様子を窺うと、ニーナさんの一言でやはり全てを察したのか、ぎこちない笑顔を浮かべたままフリーズしていた。

 そんなディーニの異常事態に気づく事もなく、ニーナさんは追い打ちをかけるようにトンデモない事を口走り始めた。

「うちの主人と違って、ゴローさんは若いからエルフさんには大変なんじゃないですか? よかったら色々教えて差し上げますよ? 私、主人のためにずっとテクニックを磨いてきたから、ちょっと自信があるんです。うふふふ。何回も求められて大変なときは、口と手を使って満足させてあげればいいんです」

「ちょ、ちょっとニーナさん。違う違う。ディーニとはそういう仲じゃないから!」

「え? 違うんですか? エルフさんもラーナ様の事詳しそうだったから、てっきりゴローさんとあの魔法を使って楽しんでいるのかと……」

「か、彼女は勉強家なんですよ。古い神様の事とか勉強してるから詳しいんです。魔法を使ってとか、そういうんじゃありませんから」

 わかっているのかいないのか、ニーナさんはにっこりと微笑んだまま『そうなんですか?』と相槌を返してくる。

 一方のディーニの方は、未だ硬直状態から抜け出せていないみたいだ。一通り俺の説明が終わると、ニーナさんは納得したように大きく頷いてみせてくれた。

「エルフさんはまだあの魔法を使ったエッチをしていないんですね。ホントに凄いんですよ~、是非ゴローさんと試してみてください」

 やっぱり全然わかってなかった。

 ニーナさんは俺達にぺこりと一礼すると、来たとき同様の早足で去っていく。何度も振り返っては俺達に手を振っている。うん、いい人なんだと思う。思うんだけど……変な誤解をしたまま余計な爆弾をばら撒くのはやめてもらいたかった。

 恐る恐るディーニの様子を窺うと、気難しい顔をしてじっと俺を睨んでいた。

「ゴローはあのお爺さんに、子作りに関する神聖魔法を授けたのですか?」

「えっと……まあ、そういう事。ほら、ラーナ様が司るのは結局そっち方面だろ? そういう事で困っている人がいたら、やっぱ助けるのが役割なのかなって……」

 相当頑張って綺麗な言葉でラッピングしてみた。真実は『最近、嫁とのセックスで中折れしての? 最後まで楽しめんのじゃ』『それならウチの女神様に頼りなよ。ギンギンのガチガチで嫁さんをひーひー言わせられんぜ?』といった下世話極まりない会話が発端である。

「そういう事ですか。私にはちょっと刺激の強い会話でしたが、確かに子供を作るのは大切な事ですね」

 切れるでも暴れるでもなく、淡々とディーニは俺の活動を受け入れていた。

 なんだよ、警戒し過ぎていた俺が馬鹿みたいじゃないか。考えてみれば、ラーナ様はエルフの里に乱交を授けているのだ。ラーナ様がそういう女神様である事など、ディーニはとっくに理解していたのかもしれない。

「……恥ずかしい話のついでです。昨晩の事を少しお話していいですか?」

 不意に切り出してきたディーニの言葉に、ドキリと俺の心臓が跳ねる。

 やっぱりあのまま何事もなしとはいかないか。

 ちょっと怖いが、今のディーニには少なくとも怖ディーニさん的な攻撃性はない。それだけが俺の逃げ出したい衝動を抑えていた。いきなりちんちんを切られる事はない。大丈夫。絶対じゃないけど。

 俺は内心で静かに覚悟を決めると、ディーニの顔を正面から覗き込んだ。

「昨日はごめん。やっぱりちょっとやり過ぎちゃったよね?」

「い、いえ、そうじゃなくて……いや……どうなんでしょうか?」

 ディーニの白い肌は真っ赤に上気していた。透き通るような肌だけに、こうなると洒落にならんくらい赤くなるんだな、と現実逃避気味にそんな事を考える。

 いやいや、そうじゃない。ディーニもわやくちゃだが、俺も大概なようである。

「あの……ちょっと脈絡ないかもしれませんが、聞いてもらえますか?」

「うん。大丈夫、ちゃんと聞くよ」

 ディーニはコホンと可愛らしく咳払いをすると、微妙に俺から目線を逸らしたまま語り出した。

「私はああいう行為は好きな人とするべきだと今でも思っています」

「わかるよ」

「ですけど、私にはああした刺激が必要だと言うゴローの指摘にも納得しているんです。といいますか、今朝になってゴローの言う事は正しかったのだと改めて実感しました」

「え? ど、どういう事?」

「け、今朝も隣の部屋のアレス達が、その……またエッチな事を始めていたんです。いつもだったら、ええと、その、『気になっちゃう』んですけど、今朝の私はそうじゃなかったんです」

 おいおい。昨晩あんな激しいプレイをしていたというのに朝からかよ。アレス君が絶倫なのかクレアとルルが淫乱なのかわからないが、ここまでブレないと逆に尊敬の念さえ抱いてしまう。

 と、そんな事はいい。大事なのはあのオナニー至上主義者なディーニが目の前の痴態をスルーしたという事か。

「昨晩の事があったからだと思います。少しだけ、その……は、発散したから気にならなかったんだって」

「そ、そうかもしれないね」

 プラシーボである可能性が限りなく高い。だが昨晩の行為を肯定的に捉えているなら、もう何回か同じようなチャンスが巡ってくるかもしれない。ちんちんを切られるリスクさえなければ、俺だってディーニのエッチな行為に、もの凄くお付き合いしたいのだ。

「やはり、私は少し、そうした行為を受け入れて発散させた方が良いのでしょうか?」

 不安そうでいて、そこはかとなく期待するような目でディーニは俺を見つめてくる。

 これはあれだ。女の子とのコミュニケーションが苦手な俺だけど、今回ばかりはわかる。これは質問じゃない、確認だ。ディーニはただ肯定される事だけを望んでいる。となれば、この話の行き着く先も見えてくる。

 つまり、ディーニとヤレるかもしれないという事だ。否が応でも期待が高まってくるじゃないか。

「結果が伴っているならやっぱりそうなんじゃないかな?」

 言葉を濁すような言い方だったが、ディーニにとってはこんな答えでも満足のいくものだったみたいだ。

 ほっと安堵の息を漏らすとともに、今度は別種の緊張感を漂わせながら別の切り口の話を始めた。

「あの……私達エルフには、他の種族とそういう事はしてはいけないという掟があるんです。エルフの排外性が作った掟だって言われているんですが、一応ちゃんとした理由もあるんです。私達は他の種族とは生きる時間が違い過ぎます。そういう行為をして、万が一子供でもできたら不幸になる。エルフの掟に逆らい続けている私が都合良過ぎますが、この理屈には納得しているんです」

 ハーフエルフの悲惨な境遇とかよくフィクションにも出てくる話だけど、確かに生きる時間が違い過ぎる者同士が結ばれてもあまりハッピーな未来は見えてこないよな。

「そうだね。その考え方は理解できるよ」

 俺の言葉にコクリと頷きを返すと、ディーニは意を決したように話の核心に触れた。

「ご、ゴローは私にそうした行為をするつもりはないと言いました。私、ゴローの言葉は信じても良いと思っているんです。信じて……良いんですよね?」

「も、もちろん信じてくれていいよ。俺はディーニの願いを叶えたいと思っているんだから」

 若干しどろもどろになってしまったのは、ディーニとヤレるかもしれないという期待が早くも潰えたからだ。

 一緒にオナニーはしても決して一線は越えない。ディーニは俺のそんな言葉を信じると言っているのだ。ああ、俺はなんというつまらない事を言ってしまったのだろうか。

「それなら、その……ま、また私がおかしくなりそうになったら、さ、誘ってもらえませんか?」

 限界まで顔を赤くしたディーニが、振り絞るようにそう言った。

 そうか、ディーニが言いたかった事はこれか。ずっとオナニーだけで凌いできたディーニだけど、俺との行為に新たな地平を見出してしまったんだな。

 結局の所、やっぱりディーニはムッツリスケベなのだ。色々言い訳を並べているけど、一線を越えないという確約さえあればエッチな事をしてみたいという事か。

 これは言うなれば怖ディーニさんを呼び出してしまうギリギリを探る戦いだ。メチャクチャリスキーだけど、挑む価値はあると俺は判断する。だって、こんな美少女とエッチな事ができるんだぜ? 芸能人とヤレるとか言い張る怪しげな裏風俗に挑むよりも、よっぽどリターンが期待できるではないか。

 俺の答えをじっと待つディーニは、胸の前で祈るように手を組んでいた。ビジュアルだけで言えば、勇気を振り絞った告白の返事を待つ清純な乙女そのものだ。告白の中身はかなり下に寄ったものだけど。

「……わかったよディーニ。ちゃんと君の事を気に掛けておくから、俺に任せて」

 答えとともに手の平を差し出すと、ディーニはおずおずと俺の手を掴む。

 あぜ道の真ん中で、俺達は二回目の握手を交わした。それはある種の契約だった。

 俺はこの時、正式にディーニのエロカウンセラーという立場を得たのだ。ディーニが催していると俺が判断したなら、誘いを掛けるまではしてもいいという事。

 誘っただけで断種の恐怖に震えなくて良くなっただけでも、進歩といえば進歩である。

 では、エロカウンセラーとはなにか? その定義はこれから作っていく事になるだろう。

 だが、少なくともセックスフレンド以下の存在である事は間違いない。

 だってセックスは絶対できないんだもの。

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