カバー

この島、美人多すぎない!?

父の代理として、亡くなった母の故郷の島へと十数年ぶりに訪れた大学生、神堂悠護。幼い頃に訪れたことはあるものの、物心がつく前であったため当時の記憶がおぼろげな悠護。そんな悠護にとってはほとんど初対面なのに、出会う島民全員が自分のことを覚えていてくれた。島での生活の中で、思いもよらぬ自分の家系を知って驚いたり、久しぶりに会った幼馴染たちと遊んだり、なぜか必要以上に好意的に迫ってくる女性たちに困惑したり。しかし、ほのぼのとした日常はやがて島の女性たちによって官能的に彩られていく――。

書籍化に伴い読みやすく大幅改稿!
新規に期待の声が多かった『とある母娘のエピソード』も書き下ろし!

  • 著者:月夜野だんご
  • イラスト:ももこ
  • 本体価格:1,200円+税
  • ISBN:978-4-8155-6503-9
  • 発売日:2018/2/28
口絵

タイトルをクリックで展開

「……なんでか都心より涼しい気はするけど、暑いものはやっぱ暑い」

 本土から十八時間ばかりの船旅を終え、別の船に乗り換えてから八時間、さらにそこから五時間ほど連絡船に揺られた先の島に俺はようやく降り立った。

 のべ丸一日以上の長い船旅で疲労した俺にとって、今日の陽差しは夏とはいえ殺人的な強さで堪らない。

『言うほど島は暑くはないよ』とかのたまっていた、前の船で一緒になった爺さんの言葉が実に恨めしい、いやほんと。

 船着き場から降りた先は志之島の守前村という小さな漁村だ。

 なんだか目的地に到着した感じを醸し出してはいたけれど、実はまだここじゃない。

 主に四つの島からなるこの守越智群島には人が住んでいる島がふたつあり、俺が訪れるべきはもうひとつの方なのだから。つまりはもう一回、あと一回は船に乗らねばならないということなのである。

 地面を踏みしめ、ようやくホッと安堵の息を吐く。

 十名ほどの乗客のうち、なんにもないこんなとこまでやって来た観光客らしき物好きなカップルが二名、残りは多分この島の人なのだろう。そのまま船の方を振り返れば物資の積み下ろしがさっそく始まっていた。

 とりあえずはだ。この志之島から本当の行き先である山之島へ向かう船を見繕わなければならないわけなんだけど、そっちへは定期便といえるものがないのだ。

 別に俺は人見知りというわけじゃない、しかし明らかに都会の人たちとは雰囲気が違う地元の人へ声をかけるのはやはりはばかられる。

 俺はポケットからメモを取りだすと、そこに書かれている名前の人を尋ねるため、なるべく無難そうな人を探し始めるのだった──。


 そんなこんなでちょっと胡散臭そうな目で見られたりもしたけれど、無事に一軒の平屋建てながらもそこそこ立派な家の前に俺はいた。

 門柱はあっても門扉はない。まあ泥棒とか心配なさそうだし、田舎ってのはこんなものなのだろう。

 そのまま玄関先まで歩いていった俺は、しかし呼び鈴を鳴らそうにも見当たらず、諦めて玄関の戸をノックしようとした──ちょうどその時である。 

「どなた? うちになにか用?」

「あっ」

 突然後ろからかけられた張りのある女性の声に振り返れば、門柱の横に立って怪訝そうな目で俺を見ていたのは日焼けした──いや、この場合は潮焼けと言えばいいんだろうか? 色濃く肌がこんがり焼けた三十前後ぐらいに見える女の人だった。

 白いTシャツに膝丈ハーフのジーパンというごくごく普通の恰好ながら、シャツの白さと肌の黒さのコントラストがとても眩しく感じられる。そしてなによりその背の高さ、身長百七十にわずかに満たない俺より頭一個分は高いんじゃないだろうか? スラッとした長い脚が羨ましい。

 ひとつ付け加えるなら、まともな男なら思わず視線がいってしまうだろうその胸は大きくて、Tシャツの下のブラジャー、いやサラシ? が薄っすらと透けて見えていた。

 顔をよく見ればやはり年は三十を超えているとは思えるのだが、おばさんと言ってしまうには失礼な気がするし、かといってお嬢さんとか言うにはちょっとおべんちゃらがすぎる。そんな彼女はなんだかこう子分とか手下とか引き連れていそうな、気の強そうな顔つきの美人さんだったのである。

「母さん? あれ? どなた?」

「ん? 誰だ、この坊主……」

 返事をすることも忘れてその女性に見惚れていると、彼女の後ろからよく似た面影のある、俺と歳が近そうな娘、そしてチンピラっぽいこれまたよく日に焼けたおじさんがやってきた。

「姐御、お嬢、こいつどこのどいつです? 見かけたことないガキだな」

「は、治夫さん! お嬢って言わないでって、いつも言ってるのに」

「あ、こりゃすみませんお嬢」

「も、もうっ!」

 どうやら本当に姐御らしい。そして後から来た女の子はこの女性の娘さんなのか。でもって俺のことは坊主からガキになってるし。

 お嬢と呼ばれた女の子は俺と歳も近そうなら背丈も同じぐらい。姐御と呼ばれた母親の女性ほどじゃないけれど、綺麗に焼けた肌がいかにも海の子って感じがする、こちらも負けず劣らずの可愛い娘さんだった。

 えーと、こっちの娘はサラシじゃなくて水着だろうか? 

 姐御さんの膝丈ジーパンの代わりに太ももが眩しいスポーティーな短パンという違いはあれど、同じような白いTシャツを着ているせいで薄っすらと透けたブラが嫌でも目に入ってしまう。

 ブラはブラでも水着の方だと思ったのは、黒いカップから伸びた白く太めのヒモが首の後ろで縛られていたせいなのだけど──。

「おいっ! さっきからジロジロと見やがって、どこのどいつだ? 姐御になんか用があんのか!? それともおめえ……まさかお嬢にちょっかい出そうとしてたんじゃねえだろうな?」

「あ、え、えーと……」

 このチンピラっぽいおじさんはどうやらこの二人の旦那さんとか父親じゃなさそうだ。

 ともあれこのままこの人たちの不信感を煽り続けても仕方がない。俺は改めて三人に向き直ると軽く会釈しながら目的を口にした。

「すみません、突然お邪魔しちゃって。山之島へ渡るにはこちらの守島さんに頼めと聞いてお伺いしたんですけど」

「はあ?」

「えっ?」

「あっ……」

 なにを言ってんだと言わんばかりのおじさんと、驚いてる母娘。そのまま俺に詰め寄ろうとするおじさんをとめたのは母親の方だった。

「治夫さん、ちょっと待って……あなた、もしかして──」

「あっ、すみません名乗ってなくて、神堂悠護と申します」

「神堂? 神堂家の悠護さん?」

「えっ!! し、神堂家の……こ、こりゃ失礼しましたっ!」

 俺が名乗ると興奮で赤らんだ顔をしていたおじさんは、一転して青くなり狼狽えながら頭を下げる。

 うわ、気まずい。

 母の実家、神堂の家は島の有力者とは聞いていたけれど、まさかこんな前時代的な反応が返ってくるとは夢にも思わなかった。俺の父親とまではいかないまでも、それなりに歳の離れたおじさんから頭を下げられるのはくすぐったくて仕方ない。

 どうにもいたたまれずに母娘の方を見れば、姐御さんはちょっと驚いた感じ、娘さんはなにか不思議なものでも見るような興味ありげな顔をしていらした。

「神堂家の方からは伺っていたわ、気がつかなくてごめんなさいね。治夫さん、ボートの用意をお願い」

「へっ、へいッ、ただいますぐにっ!」

 そのまま勢いよく海の方へと駆けていく下っ端のようなおじさんを見送っていると、後ろから姐御さんが声をかけてくる。

「あの、用意ができるまでこんな所もなんだから、どうぞ家にあがってちょうだいな」

「え? あ、はい……」

 どうやら鍵のかかっていなかった玄関を開けながら、先に入る姐御さんはそう言ったものの、初対面の人の家にお邪魔するのって非常に気がひける。

 などと思っていたら、娘さんもそっと俺の手を取って薦めてくれた。

「……神堂のお屋敷に比べればあばら家ですが、母の言うとおりどうぞ遠慮なく」

「あ、ええと……じゃあ、お邪魔します」

 こんな可愛い娘ににっこり笑顔で誘われたら、断るなんてできません。

 というか娘さん。普通に俺の手を握ってきたんだけどこの辺じゃこれが普通なのか、それともこの娘が特別フレンドリーなのだろうか?


 入ってすぐの居間に案内された俺は、お茶などをいただいても落ち着つくこともできずに座っていた。

 知らない人の家というのもあるけれどそれだけじゃない。なぜならば姐御さんの対面に座った俺の隣に、娘さんが自然な感じで座ってきたのだ。

 普通こういう場合、俺の隣じゃなくて母親の隣に座るもんじゃないだろうか? しかも大きなソファーなのにやたらと距離が近いのだ。

 彼女からふわっと香る磯の匂い、そして日に焼けた肌によく似合う茶髪は、母親と同じくとても自然な色合いだった。きっと脱色とか染めたものじゃなくて天然に焼けた結果なのだろう。

 髪型は二人ともポニーテールだけど、姐御さんは腰にまで届く長い髪、娘さんは少し短くて背中の中程ぐらいの長さだった。

 顔つきもやっぱりよく似ているけれど、娘さんの方が優しい感じがするのは垂れ目がちなせいだろう。

 どうやら娘さんをじろじろと見つめすぎていたようで、それに気づいた彼女が俺を見返してにっこりと微笑んでくる。

 やば、可愛い。ついドキッとしてしまった。

 母親がいる前で娘さんに見惚れるとか、初対面でちょっとあり得ない。思わず赤くなってしまった俺が慌てて視線を逸らしお茶をすすっていると、姐御さんの方から話しかけてきた。

「はぁ……見違えちゃったわね、全然気がつかなかったわ。覚えているかわからないけど、悠護さんが小さい頃に会ったことがあるのよ」

「え? そうなんですか?」

「あっ、ごめんなさい。名前聞いといて名乗ってなかったわよね? 私は守島漁火、この子は私の娘で真那というの。真那の方は……確か悠護さんと同い年ぐらいだったかな?」

「ううん、ひとつ下よ」

 身を俺の方に乗り出す娘さん──真那さんの肩が、肘が俺に当たってくる。

 肩はともかく俺も彼女もTシャツだから、肘とはいえ肌が直接触れ合っていた。

 ああ、なんかドキドキしてしまう。中学生か俺は。

 気がつけば、彼女の生足も俺のジーパン越しとはいえピッタリくっ付いている。人肌の生温かさが伝わってきて、この娘ひょっとして俺に気があるんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。

 それにどうやら向こうは俺のことを知っているようだ。確かに子供の頃、島には来たことあったんだけど正直あんまり覚えていないのだ。

「あの、すみません、子供の頃のことあんまりよく覚えていなくて」

「そう? まあ仕方ないわよ。この前来たときは悠護さん、八歳ぐらいの時じゃなかったかしら? 私が確か二十九の時──」

「三十一だったわよね、母さん」

 あんまり女性に年齢の話をするのはと、あえて聞かずにいた漁火さんの年齢をサバ読み分きっちり足して突っ込んだのは真那さんだった。

「私が七歳の時だったし、覚えているわよ。ちょうど父さんの三回忌だったじゃない?」

 俺が今年で二十一、ということはおおよそ十三年前だから漁火さんって──四十四ぐらい!? 

 どう見ても三十代前半ぐらいにしか見えない彼女が四十過ぎてることにもビックリだけど、ここのご主人はどうやら亡くなっているらしい。

 ふと気がつけば、真那さんの手が俺の太ももの上にそっと乗せられていた。しかも撫でるように動かしていたのだ。

 く、くすぐったい、というかこそばゆい。なんなのだろう? なんでほとんど初対面なはずの俺に、馴れ馴れしいというかこんなスキンシップを取ってくるんだろうか?

 そう疑問に思ったものの、目の前で始まってしまった二人の言い争いに俺の意識は向いてしまう。

「……真那、あなた」

「もしかして母さん、悠護さんの前だからって若く見せようとしてない?」

「……あなたの方こそくっ付きすぎじゃないかしら? 悠護さん、迷惑そうよ?」

「そ、そんなことないわよ、このぐらい普通でしょ、普通」

「あらら、母さんの知らないうちにすっかり男性に媚を売るようになっちゃって」

「か、母さんだってシャツ引っ張って胸を見せつけようとしてんじゃないの!」

「ま、真那っ!」

 そう、確かに真那さんの言うとおり、なぜか漁火さんはTシャツの裾を下に引っ張って、その大きな胸を強調されていたのである。

「あのっ! ……ええと」

 思わずとめようとして、つい声を出してしまったもののいったいなにを言えばいいのやら。

 ところがそれでも効果はあったらしく、二人は俺の方を見ると少し頬を染めて微笑んでくる。

「……恥ずかしいとこ、見せちゃったわね」

「も、もう母さんのせいよ」

 険悪になりかけていた空気は消え、照れた様子を見せる二人。こうしてみると母娘っていうよりも歳の離れた姉妹みたいだった。

 雰囲気がほっこりし始めると、今度は俺の方に真那さんから質問が飛んでくる。

「ねえ、悠護さんって結婚されてるんですか?」

「え? いやさすがにまだですけど」

「じゃあ、彼女さんとかは?」

 二人の言い争いに割り込んでしまった俺の方に矛先が向いてしまった。

 そのぐらい隠すほどのことでもないし、別にいいんだけど。

「いえ、いまはいませんよ」

「いまは?」

 真那さんはさらに食いついてくる。

 これはあれか、田舎にいくと久々に会った親戚の人たちから、色々聞かれたりからかわれたりするあれみたいなものなのか。まあ彼女は若い娘さんで、そもそも親戚じゃないのだが。

「その……高校の時にいましたけど、すぐ別れちゃいましたね」

「ん~~その人とはどこまでいったんですか? もう済ませちゃったんですか?」

挿絵1

「ぶふッ!」

 思わず噴き出してしまった。あのそれって、済ませたって。

 焦る俺により一層顔を寄せてくる。というか胸、胸が当たってる、肘に当たってる! むにゅっとした柔らかいのが当たってる!

「ねえ、どうなんですか?」

「そ、それは、その……」

 ちらりと正面を見れば漁火さんは助け船を出してはくれない。むしろこっちも興味津々といった顔で聞きたそうにしていたのだ。

 そんなしどろもどろになる俺に、救いの手は家の外から差し伸べられた。

「──神堂の若様っ、ボートの用意が整いましたっ!」

 この声は治夫さん。チンピラとか思ってごめんなさい。なにやら若様に格上げされてはいたけれど。

 ホッとする俺はいそいそと立ちあがると、荷物を手にして二人を促した。

「あの、船きたみたいですよ?」

「あっ、じゃあ母さん私が──」

「真那、悠護さんは私が送ります」

「ええ~~? 送るぐらいなら私で十分でしょ?」

「あなたは留守番してなさい」

「母さんこそ私に任せといてよ」

 なんで俺の取り合いみたいになっているのだろうか?

 ちょっと重めなエンジン音を立て、俺と守島母娘の乗るボートが軽快に山之島へ向かっていた。

 ここに来る前に地図で見た感じ、すぐ目と鼻の先に思えたのだけど、実際海に出てみればやはりそれなりの距離はありそうである。

 穏やかな海、真っ青な空、月並みだけど潮風を切る感じがとても気持ちがいい。

 それはいいんだけど、いまの俺に実はあんまり余裕はない。なぜならば五人は乗れるだろうボートの中、俺は操船してる漁火さんと、結局一緒についてきた真那さんにサンドイッチにされていたのだ。

 具体的にどういうことかと説明すれば、ボートの後ろに座って操船する漁火さん、気がつけばごく自然に彼女の脚の間に座らせられていた俺、そしてその俺の脚の間にちゃっかり座りこむ真那さんがいた。

 いったいどういう状況なんだろうか、これは。

 ボートが軽く揺れるたび背中に当たる漁火さんの柔らかいもの、これまた柔らかくも感触のよいお尻を真那さんが押し付けてくる。

 前の方に木箱が乗せられていたから重心バランス的には大丈夫なのかもしれないが、腰を引くにも引けず、真那さんがたまにお尻を振るように動かすものだから、口で言えないところが熱くなってきてしまう。

「悠護さんちょっと揺れるから、あの、ごめんなさいね?」

「え? あ、はい、って!!」

 何気なくかけられた声に何気なく返事をすれば、舵を握る手とは別の手で漁火さんが俺を抱きしめてきた。

 身体を固定するためだろうけど、ぐにゅっと背中に感じる胸の感触が、先ほどまでとは段違いにはっきりと感じられる。やっぱ大きい、そしてとても柔らかい。

 女の人の胸、いや女の人自体こんなに近くに感じたことはない。昔、付き合ってた娘は結局手を握ったぐらいだったからだ。

 前に真那さんが座っているのに、背中に押し付けられたものが気になって気になってしょうがない。

 ああ、背中があったかい、柔らかい、気持ちいい。

 そんなふうに後ろに気を取られているうちに、ふと気がつけば真那さんもその身をさらにすり寄せていた。

 俺の両膝に手を置いて背中を押し付けてきたのだ。

 スペースに余裕があるはずのボートの上で、密着する俺と二人の女性。どうしてこんなことになっちゃってんだろうか? わけが分からない、いやマジで。

 どうすることもできずに身を硬くするだけの俺は、恥ずかしさに早く解放されることを祈っていた。

 それでもやっぱり健康的な男としては、もう少しこの状態を堪能したいと思ってしまうのは、仕方がないんじゃないだろうか。

「はぁ、ほんとえらい目に……いい目にあってしまった」

 自然と緩んでしまう口元に、独り言を呟くことで落ち着きを取り戻そうとする俺は、小さな船着場から伸びている小道のひとつを歩いていた。ここに到着するまで二十分はかからないぐらいだったけど、その間ずっと二人にくっ付かれていたせいで、なんだか汗でべとついてしまっている。

 まったく覚えていなかった俺のために道順を教えてくれた漁火さん。何事もなかったかのように笑顔で手を振っていた真那さん。二人と別れて少し冷静になれた俺は、ひょっとしてからかわれていただけじゃないんだろうかと思ってしまう。

 汗を吸いこんで湿ったTシャツはじっとりとして、これ、たぶん俺だけの汗じゃない。

 別れ際の二人のTシャツも俺と同じく汗で濡れていて、漁火さんの胸に巻かれたサラシとか真那さんの黒い水着とか、完全に透けてはっきりと見えてしまっていたのだ。厳密な意味での下着じゃないとはいえ、あれは目のやり場に大変困ってしまった。

 さて、ということはだ。俺のTシャツって、二人の汗も吸い込んでいるということに他ならない。

 思わず匂いを嗅ぎそうになったけど、さすがにそれはないと思い直して俺は手を離す。

 小道は当然舗装されているはずもなく、適度に砂利が撒かれた獣道のような狭い道である。それを踏みしめながら歩く俺は、二人の女性の体臭を振り払うように、ここに来た理由を思い返していた──。


『──久さんが……お前のお祖母さんが、危篤らしい』

 海外に出てる親父から、電話で伝えられたその言葉に、なんて答えればいいのか俺にはすぐ分からなかった。なにせ祖母──神堂久さんは母方の祖母とはいえ、ほとんど会ったことがなかったのだ。

 まだ俺の母親が生きていた頃、そして亡くなったばかりの頃に神堂家の本所である、ここ守越智群島に訪れたことは確かにあった。

 その頃の俺は幼すぎ、亡くなった時はいっぱいいっぱいで、正直それどころではなかったのだ。 

 とりあえず日本に戻れないからという「名だけ入り婿」状態の親父の代理として、俺が向かうことになったのだが、理由は祖母のことだけではない。

 実は昨年大学受験に玉砕した俺の妹を──ネットゲームにハマり、勉強に集中しないことに怒った親父が、この春、この島に送り込んでしまっていたのである。

 親父からの電話の直前に、妹から届いた『遊ぶとこなんもない、テレビもない、スマホのアンテナが一個も立たない……夏休みなら兄貴も来て、可愛い妹をここから連れ出して~~』などと書かれていたその手紙には、ワザとらしい涙の痕跡まで装うほどの手の込んだ代物だったのだ。

 あいつ、ちゃんと勉強してんだろうか?

 要するについでに様子を見て来いという親父と、大幅に上乗せされた旅費という名のお小遣いに抗いきれず、母の墓がある──母が眠るこの島にやってきたのである。

 正確に言うならば目的のようなものはもうひとつあるんだけど、そちらはなんというか子供の頃の思い出というやつだろうか? うろ覚えすぎるとある出来事を、この機会に思い出せるかもしれないという、あわよくば的なおまけである。


 ふわっと緩やかな風が木々を抜けてくる。

 ここが海のそば、夏の島だと忘れさせてくれるような涼しい風と緑の薫り。

 立ちどまり、見上げた先に見えてきたのは石造りの階段で、その先が神堂の実家がある場所だ。

 木陰のおかげで暑い陽差しはちょうどいい感じに弱められ、いつの間にか汗はすっかり引いていた。

 それでも磯の香りが仄かにTシャツから漂ってくるのは、あの二人の──いけない、どうにも漁火さんの胸や真那さんのお尻の感触が忘れられない。

 こんなんじゃ『女に縁の薄い男って、これだからやーね』とでも言われかねない、妹に。

 気を取り直して比較的緩やかな石畳の階段を登っていくと、目の前に拓けていたのはお屋敷である。

 正直でかい、いったいどのくらい広いのだろう?

 都心近郊で見かけたことのある、観光名所にもなってる有名な武家屋敷にも引けを取らない──いや、庭や離れ、蔵まで含めれば、もっと広くて立派な平屋建ての家だった。

 ちょっと自分でも信じられない親戚縁者の住処に圧倒されていると、威勢のいい声が聞こえてくる。

 やはり扉がない門から中に入れば、庭で和服のお婆さんが切れのいい掛け声とともに薙刀を振っていた。

 白髪の小柄なそのお婆さんが乱れなく振り下ろすその動作は、素人目に見ても熟達したものを感じさせられる。

 すぐそばの縁側には洋装の、というか地味な感じの洋服を着た女性がお婆さんの方を座って見ていた。

 化粧っ気はないけれど清楚な、遠目に見ても美人だと確信させられてしまうほど整った顔立ちで、毛先の方でわずかにウェーブがかった長い黒髪が、とてもよく似合っている。

 薄い桜色のブラウスを押し上げている胸は漁火さんほどではないにせよ、見た感じご立派であった。

挿絵2

 立て続けに出会う美人さんに、運が向いてきたようなそんな気がしてしまう。

 あまりに気合の入ったお婆さんに、声をかける切っ掛けを掴み損ねた俺はぼんやりとその様子を眺めているしかできなかった。

 しかしどうやら縁側の綺麗な女性は俺に気づいたようで、にこりとこちらに微笑むとお婆さんに向き直り声をかけていた。

「……久様」

「ん? なんだ、彩音」

 あれ? 聞き間違えじゃなければ久様って言ったような?

 彩音と呼ばれた女性は立ちあがり、手にした手拭いを渡しながらお婆さんに話し続ける。

「どうやらいらっしゃったようですよ?」

「なに? ……おお、ゆうご、悠護か?」

「あ、はい、こんにちは……」

 俺の記憶が間違ってなければ、お婆さん──久さんって確か危篤のハズでは?

 病床についているという予想を、百八十度ひっくり返す祖母の様子に、歯切れの悪い返事をかろうじて返す俺は、近寄ってくる二人をただただ見つめていたのであった。


「……広い、そして迷路みたいだ」

 その夜、祖母と久しぶりの対面を果たした俺はトイレの帰りに迷っていた。

 アホみたいな話だけど真実である。なにせやたらと部屋と廊下が入り組んでいるのだ、このお屋敷は。

 適当に部屋までショートカットしようとしたら、ものの見事に迷ってしまったのである。

 とりあえず覚えている場所を探しているのだが、暗さゆえか造りゆえかどこもかしこも同じように見えてしまうのだ。

 それにしても久さん、お茶目というか笑えなさすぎ。いくら久しぶりに孫の顔を拝みたくなったからって、例え俺がここにやってこないからとかいう理由だとしても、まさか病気まで装うとか。

 まあそれでも顔をくしゃくしゃにして、あんなに嬉しそうにされてしまっては文句のひとつも言えなかったのだが。

 そういえば、俺の妹──神堂燐はここにはいなかった。

 ちょうど守越智群島からもっとも近い位置にある、隣の群島のひとつで町のある久美南島に半日ほど前から出かけてしまっていたのである。

 ここに来る途中、具体的に言えば志之島のひとつ前に立ち寄った島だったのだけど、そうか燐の奴あそこにいたのか、ものの見事に入れ違ってしまった。

 聞けばそこへは夏期講習を、この辺唯一の高校へ生徒に交じって受講しに行ったとのことである。

 本土から塾の講師を迎えての定例行事、なにやら申し込んでなかった燐を強引に押し込んだようだけど、久さんというか神堂家って、他の町とかにも影響力があるのだろうか?

 確かあっちの島には携帯の電波が来ているようだったし、燐の奴本当は泊まりがけでスマホいじりに行ったんじゃなかろうか?

 さて、だいぶさ迷い歩いてしまった。月明かりはあるとはいえ、電灯がなく薄暗い家の中はまるで迷路のようだった。

 自分の部屋が見当たらず、本格的に困った俺が十何回目かの曲がり角を曲がったときである。見れば戸がわずかに開いて灯りが漏れている部屋があったのだ。

 もしかして誰かいるのかなと軽い気持ちで無遠慮に──その部屋の住人にとっては不運にも、つい俺は覗き込んでしまった。

「…………ッ!」

 思わず俺はギョッとする、声をあげなかったのが奇跡のようだ。

 先にノックをするか、あるいは声をかけるべきだったのだ。

 灯りがついていると思ったのは勘違い。部屋の奥、開かれたカーテンの向こう側から月明かりが照らしていた。

 照明をつけていないその部屋の中、唖然とする俺の目に飛び込んできたのは真っ白な、いや部屋の中で反射した月明かりを受けて青白くぼやけた裸の女性の背中だったのである。

 長いだろう髪の毛が後ろでまとめてアップにされ、はっきりとは見えないはずなのにうなじの産毛まで見えたような気がしてしまう。

 なだらかな肩から肩甲骨を通り、背骨の窪みから至る腰の曲線はまるで芸術のようだった。

 その後ろ姿はたしかに艶かしさを含むものの、イヤらしいというよりは美しいと感じて──俺は息をするのも忘れて見入ってしまっていた。

 顔は見えない、見えないのだが、いまこの家にいるのは俺と久さん、そしてひとつ年上だった御堂彩音さんの三人だけのはず。

 当然、こんな綺麗な背中の持ち主は彩音さんしか考えられないわけで、彼女の清楚な感じによく似合う飾り気のない白い下着を、腰に一枚しか身に付けていない後ろ姿に俺の心臓は高鳴っていた。

 やはり豊満なものをお持ちなのか、ほぼ真後ろからなのに横乳というか膨らみの丸みまでもが見えてしまっていたのだ。

 彼女は八畳ほどの部屋の奥、和室のような造りながらも洋室っぽいデザインの大きな窓のそばにある机の上に、そっと手にしていたスカートを置いた。

 わずかに前屈みになる彼女のお尻が俺の方に軽く突き出され、形のよさそうなふたつの丸みに下着が少し食い込んでいるのさえわかってしまう。

 大きすぎず小さすぎず、肉付きのよいお尻はとても柔らかそうで、ほんの寸前まで神秘的な雰囲気だったのがとたんに生々しいものへと変わっていき、俺の股間に血が集まっていくのを感じてしまうのだった。

 そんな彩音さんのほぼ全裸といってもいい姿に、俺は出会ってからわずか半日あまりの彼女のことを思い浮かべていた。

 思わず見惚れてしまった素敵な笑顔が脳裏の奥底でチラついていた。

 聞いているだけで安心してしまう優しげな声が耳の奥で何度も何度も再生されていた。

 昼間、久さんからお手伝いさんとして一緒に暮らしていると紹介された彼女に、俺は一目惚れに近い感情を抱いていたのだ。

 彼女──彩音さんのあられもない姿に目が離せない、離せなかった。

 ダメだと思っていても、初めて生で見る限りなく全裸に近い女性の後ろ姿に、俺の目は釘付けだった。

 そのまま身を起こすことなく彼女の手が下着の横に添えられる。

 くっと左右同時に親指を差し込んで、ためらうことなく下ろし始める。

 下着は少し丸まりながら、彩音さんのつるんとしたお尻を滑っていく。

 予想以上のなめらかさ、まるで剥きたての茹で玉子のような綺麗なお尻が上の方から少しずつ露わになり、ふたつの丸みに挟まれた谷間も見えてきた。

 一瞬、ほんの一瞬だけお尻の一番大きな部分に引っ掛かったのか、彼女の手の動きが鈍くなる。

 ちょうど半分ほど見えた彩音さんのお尻にこくりと小さく唾を飲み込んでしまった俺は……って!!

 ──な、なにをまじまじと彩音さんの、これからしばらくお世話になる家の若い女性の着替えを覗いてんだ俺はっ!

 唾を飲み込んだ感覚が正気を取り戻させたのか、それとも彼女の手が一瞬とまりかけたのが切っ掛けか、どちらにせよ途端に湧き上がる罪悪感に、俺は後ろ髪を引かれる思いを振りきって視線を逸らした。

 心臓の鼓動がバクバクとあり得ないほど高鳴っている。

 早くこの場を離れなければ。でも、もっと彩音さんの裸を見ていたい。

 いけないことだと思えば思うほど、覗きたいという誘惑は強くなる。

 それでもなんとか自分の欲望に打ち勝った俺は、逃げるようにその場をこそこそ後にした。


 どこをどう歩きまわったのか。

 気がつけば俺は割り当てられた部屋の中でシーツにくるまって寝転んでいた。

 胸の鼓動は少し治まってはきたけれど、とても平常とは言い難い。

 顔はまだ熱く、股間も硬くなったままだった。

 目を閉じれば先程の情景がありありと浮かんでしまい、あの身体に直接触れてみたいとも思ってしまう。

 いや、男としては至って正常な反応なのかもしれないのだが。

 寝れない、眠れない、忘れられない。

 彩音さんの後ろ姿がまぶたの奥に焼き付いてしまっているようだった。

 そこまでは見てないはずなのに、完全に下着を下ろし切った彼女のお尻が、勝手に脳内補完されてしまう。

 それでも無理やり目を閉じて布団の上で丸まっているうちに、いつの間にか俺の意識は船旅の疲れもあったのかプッツリと途切れてしまったのであった──。

「今日もいい天気ですね」

「……そ、そうですね」

 ラッキーと言えばラッキーな翌日、俺は彩音さんとともにこの山之島を散策に出かけていた。

 天気は晴れ、とはいえ昨日よりはやや涼しくなったのか、暑さはそれほどきつくない。

 だがしかし、俺の背中はすでに緊張でべとべとの汗まみれだった。

 ほとんど記憶の残っていないこの島を、暇つぶしがてら散策するため一人で出かけようとしたのだが、強引な久さんの薦めもあって、彩音さんに案内してもらうことになってしまったのだ。

 あんなことがなければ、こんな美人と二人きりだなんて大変嬉しいおせっかい。しかし昨夜の記憶がちらつく俺にとってはそうじゃない、そうじゃなかった。

 少し前を歩く彼女の背中がなんだか透けて見えてしまう。

 軽く左右に揺れ動く、彼女のお尻も透けて見えてしまう、ような気がする。

 気まずさが半端ない。見なければよかった、ちゃんとノックなり声をかけるなりすればよかった。などという後悔はすでに後の祭りで、昨夜のセミヌードと重なってしまう彼女の後ろ姿に、俺はぎこちなく返事をするのでやっとだったのだ。

 サンダルなのに思いのほか彩音さんの歩みは早かった。

 さすが、ここに住んでいるだけはあるのだろう。シューズをはいている俺よりも軽快な歩みだった。

 昨日よりややタイトな洋服姿の彼女は、時折立ちどまりながら俺を振り返る。

 ふわっと風に舞うような長い髪はしっとりとした艶やかな黒色で、シャンプーとかリンスとかその手のCMを見ているかのようだった。

 身体のラインが少しだけ分かるような服を着ている彼女の揺れる大きな胸がとても眩しくて、そんな彼女に照れる俺はつい目が泳いでしまう。

 彩音さんは思ったより饒舌なのか、指を差しながらそんな俺に道を教えてくれていた。

 心なしか彼女は少し浮かれているような気もする。

 昨日話した時よりも声のトーンが高いし、なによりとても楽しげだったのだ。

 ひょっとしたら彩音さんってば俺のこと……。

 いや、ないない勘違い勘違い。俺の一方的な都合のいい思い違いに決まってる。

 だってこんな美人さんが、理由もなく俺にそんな気持ちを抱くはずがない。

 そう、そんな簡単に好意を持ってくれるはずはないのだ。ましてや昨日会ったばかりなのだから。

「……悠護さん?」

「え? あっ……ッ!」

 どうやらぼんやりしていたようで、立ちどまってしまっていた俺の顔を覗き込む、彩音さんのほとんど日に焼けていない顔が目の前にあった。

 ──ちかっ! 近い近いっ!

 彼女の黒い瞳が日の光を受けてキラキラしている。長いまつげまではっきり見えている。それになにかとても甘い感じのいい匂いがする。

 この香りってボディソープだろうか? たしかお風呂場に置いてあったのと同じ匂い。

 あれ、普通に俺も使っちゃったんだけど、同じの使ったのだろうか?

 男に対して無防備なのか、それともひとつとはいえ年下な俺は男に入ってないのか、彩音さんは無警戒にも自然な感じで俺の前にいた。

 すぐ手を伸ばせばあの身体に触れられる。

 思わず手を上げて彼女の肩に触れかけて、ハッと俺は我に返った。

「あの、大丈夫ですか?」

「は、はい……ええと、ちょっと疲れたかなって……」

「そうですよね、ずっと歩き続けていましたから。この先に見晴らしのいい場所があります、少し休憩しましょうか?」

 俺の内心の葛藤に気がつかない彼女は、にっこり微笑むと俺の手を取った。

 柔らかい彩音さんの手は、彼女も少し汗をかいていたのだろう、なんだかとてもしっとりしている。

 そのまま彼女に手を引かれ──思ったより力が強いのかグイグイと引っ張られて、着いた所は彩音さんの言うとおり、木々の間に八畳ほどのスペースがある見晴らしのいい高台の一角であった。

 流れてくる強めの風が気持ちいい。繋いだままだった彼女の手が離れていく、それはなにか残念だった。

 その代わりに差し出されたのは水筒である。

「どうぞ」

「あ、すみません」

 ニコニコしながら差し出された水筒はコップのついてない直接飲むタイプだった。手の感触に心残りはあれど、それを受け取った俺は、口をつけてゴクゴクと水を飲む。

 冷たくてとても美味しい。気のせいだとは思うけど、なぜか仄かに甘い気もする。

「……これって、確か井戸水でしたっけ?」

「ええ、ここは水道がありませんから、飲み水は全部井戸ですよ。水道水より美味しいと思いませんか?」

「はい、冷たくて美味しいですね、水道水とは全然違いますし……売ってるミネラルウォーターより格段に上ですよ、ここの水は」

「あら、うふふ」

 俺がそう返事すると、まるで自分が誉められたかのような照れた感じの笑みを浮かべ、彩音さんが笑った。

 思ったとおり、笑顔が可愛い。

 落ち着いていて大人っぽい雰囲気の彩音さんの照れた微笑みは、年齢よりも幼い感じの可愛らしさを残した、惚れてしまいそうな笑顔だったのだ。

 というか実際、昨日一目惚れしちゃったようなものなんだけど。

 昨日のこと、そしていまのこと、どうにも落ち着かない気持ちになる俺はもう一口水を飲む。

 すると彩音さんはそっと俺から水筒を受け取ると「私も喉が渇きました」などと言いながら、なんのためらいもなく口をつけ、そして再び俺に水筒が手渡される。

 唇に水がついたのか指先でそっと拭う仕草の艶やかなこと、俺は飲み口──俺が口をつけ、彩音さんが口をつけたその場所をじっと見る。

 ──いいんだよね? 間接キスぐらい気にする歳でもないんだし。

 俺は彩音さんのぷるっとした艶やかな唇を盗み見ながら、その感触を想像しつつ口をつけるのだった。


 三時間ほど歩きまわった俺と彼女は屋敷へと向かっていた。

 むろんすべての場所をまわったわけではない。三時間程度でまわり終えるほど狭いわけではないのだ。幾つかある山や一部の海岸線などを含め、島の南東部分を少し教えてもらっただけである。

 山では北の方にある神郷神社を遠目に見て、海岸線では海を隔てた向こう側、この山之島より大きいものの人の住んでいない仁之島を見た。

 その島はこの海域で一番高い山である守降山を有し、長いこと噴火したことがないのだとも彩音さんから聞かされた。

 そして散策の帰り道。少し落ち着いて普通に話せるようになってきた俺は、微妙に距離感が縮まった気がしないでもない彩音さんと、神郷神社のある山の麓を歩いていたのだが、そこで突然声がかけられた。

「あっ! 彩音さん、こんにちわぁ~~」

「こんにちは、彩音さん」

「あら? こんにちは、沙希ちゃんに雪奈ちゃん」

 神社に至る石段の手前の三叉路で、反対側から現れたのは女の子二人組である。

 髪をバッサリと切った感じの元気そうなショートヘアの女の子、片や艶やかな長い黒髪を頭の片側だけ緩く紐で縛っている大人しそうな女の子。二人とも雰囲気は正反対ながらも可愛い娘だった。

 この島、守越智群島の女性って美人率が異常に高くないだろうか?

 久さんも若い頃はさぞやって感じだったし、隣の島で見た守島母娘もそうだったけど、年代の差はあれど、出会う人みんな美人さんだったのだ。

 三人の美人、美少女が目の前で他愛のない世間話に興じているのを見守っていると、長髪の大人しそうな子は少し顔を伏せながらチラチラと俺を横目で窺っていた。

 ──なんだろう? あれ? なんとなくこの子、そして彩音さんと話してる元気な娘も、見たことあるようなないような?

「……ん? あれ、雪奈どうしたの?」

「う、うん……」

 大人しそうな子を雪奈と呼んだ、ってことは元気そうな子は沙希って名前なのか。ユキナとサキ、サキとユキナ。やっぱ聞き覚えがある、そんな気がした。

 俺が記憶を探り考え込んでいると、あっと彩音さんが声を漏らす。

「ご、ごめんなさい、話に夢中になっちゃって……あの、この方は──」

 俺をそっちのけにしてしまったことに気がついた彩音さんは、あたふたと慌てながら手のひらをこちらに向け紹介しようとしたのだが、それより前に大人しそうな子が口を開いた。

「あの、もしかしてゆーごちゃん?」

「えっ? あ、はい、そうだけど?」

「ふぁッ!? ゆうご? キミほんとに悠護なの?」

 やっぱりというかなんというか、俺はなんとなく会ったことある気がする程度だったのに、二人──特に雪奈さんは俺のことを覚えていたらしい。

 しかし一番驚いたのは沙希……さんの方だった。

 あれ、なんでだろう? なぜかこの子にさん付けしたくない。

「そうだけ……ですけど」

「うっわ~~、懐かし~~い。ねえねえ覚えてる? あたしのこと?」

「いえ、まったく」

「なっ!!」

 ガーンという文字が背後に浮かぶがごとき大袈裟なゼスチャー込みで驚く沙希。

 うん、呼び捨ての方がしっくりくる。

「あの……」

「うん?」

 くいくいとシャツの裾を引っ張られ、小さな声で言い淀む雪奈さん。

 思わず背の低い彼女の頭を撫でそうになる俺はその瞬間、ふと昔のことを思い出した。

 それは母が亡くなってすぐの頃、ここに来た俺を慰めようとしたのか頭を撫でる雪奈ちゃんの優しい顔とそのちっちゃな手。

 あれ? あの時って確か。

「ゆーごちゃん、大きくなっちゃって……別人かと思っちゃった」

 そう、そうだ、確か雪奈ちゃんって俺より背が高かったよな?

 どうやらこの十年ちょっとで背丈は抜かしてしまったらしい。

 それに子供の頃はなにか着物、そう! 着物を着てるイメージが強かったせいか洋服の彼女を見てもすぐに思い出せなかったんだな、きっと。

 なんてことを思い出した俺は、ちょうどほどよい位置に彼女の頭があるもんだから、つい無意識にポンポンと撫でてしまっていた。

 とたんに真っ赤になる雪奈ちゃん。

「あ、ごめんつい」

「べ、べつに……大丈夫」

 あの頃は彼女のこと、お姉さんみたいに思ってたっけ。けど雪奈ちゃんって、燐と同い年。つまり俺よりふたつ年下なんだよなあ。

 ついでに言えば沙希のことも少し思い出していた。

 当時は病弱であんまり外出しなかった雪奈ちゃんと違い、野猿のように野山を駆けまわり、イルカのように海や川を泳ぎまわっていたこいつも、燐と同い年。文系気味な大人しい少年だった俺を、妹とともに引きずりまわし、様々なイタズラを受けたことも思い出したのだ。

「……雪奈ちゃん」

「あっ……ゆーごちゃん、私のこと覚えててくれたの?」

「ま、まあ、ちょっと思い出したってゆーか……」

 なにか彼女、しゃべり方が舌ったらずというか、年齢より幼い感じがするんだけど、もしかして昔とあまり変わってないのだろうか? いや胸とか身体とかじゃなくて精神的に。

 ついそんな彼女と見つめ合っていると、すぐに立ち直ったのか空気を読まない沙希が少し不満そうに話しかけてきた。

「ね、ねえ、あたしのことは?」

「沙希だよな?」

「よ、呼び捨て!?」

「お前年下だろ?」

「そーだけど、雪奈はチャンってつけてるのに、チャンって~~っ!」

「いやなんか……お前そういうの似合わないし」

「むうぅ~~ッ!」

 ああ、このやり取り思い出した。昔もこんな感じだったっけ。

 こちらもすぐに思い出せなかったのは、昔は腰まで髪を伸ばしてたからだろう。あの頃は野生児そのものだったけど、髪を短くしてるとスポーツ少女って感じがしないでもない。

「……そういえばお二人は悠護さんの小さい頃、一緒に遊んだことがあったんですね?」

「そうで~~すっ!」

「あっ、はいっ……」

「悠護が遊びに来てた時って他にもあたしたちと一緒に遊んだよねえ。守島の真那ちゃんとか、新茄の綾女さんとか、新地の志保美さんとか、 新谷の洋子ちゃんとか……あっ! あとは新崎の静さんとかも──」

「静さんは遊んだっていうより面倒見てもらったんじゃ?」

「あ、そう……だよねえ、そういう意味では五月さんもそうかな~~?」

 なにかいっぱい名前が出てきた。

 雪奈ちゃんと沙希が思い出話を交えながら語る名前には覚えがない。いや正確に言えば、ぼんやり浮かぶ思い出の中の顔と名前がまったく一致しないというべきか。

 ていうかいま出た名前ってみんな女性だよな?

 子供の頃の俺は女の子に囲まれて遊んでいたのか、そんなモテモテ君だったのか。記憶に残ってないのが恨めしい、まあ冗談だけど。

 小さい頃なんて性別なんかあんまり気にしないだろうし、もしいまだったらハーレムとか言っちゃうんだけど。

 ともあれ俺と彩音さんそっちのけで話し続ける二人に口を挟む。キリがなさそうだったからだ。

「……な、なあ」

「ん?」

 俺の声にピタリと会話をとめた沙希が振り向く。若干きょとんとした様子のこちらを見る彼女に、俺は無難なことを問いかけた。

「二人はここでなにしてるんだ?」

「あたしたち? いまから神郷神社に行こうと思ってさ」

「……ゆーごちゃんも来る? りょうちゃんもいるから」

「え?」

「そうそう肝心な奴忘れてた! あと遼太郎も一緒だったよね、子供の頃さ」

「そうだったね」

「りょうたろう?」

「ここの神社の息子さんですよ。……そういえば悠護さんと同い年でしたね、遼太郎さんは」

「…………」

「悠護と遼太郎って言えばさ──」

 やっと、というか初めて男の名前が出てきた。

 りょうたろう──思い出せそうで思い出せないのが本当にもどかしい。

 と、今度はそっちの思い出を語り始める沙希と雪奈ちゃん。特に沙希の奴は調子に乗ったのか、ああいう悪さしたとかこういう悪さしたとか、覚えていない俺の幼い頃の罪まで彩音さんの前で語り始めていた。

「……んで悠護と遼太郎、二人で悪さしたらあの優しい五月さんが怒っちゃってさぁ~~」

「──そりゃ張本人のお前が逃げたとばっちりだろ?」

 にやにやと悪い笑みを浮かべ楽しげに語る沙希に続いたのは、若い男の声だった。

 大声じゃないにも拘らず通りのよいその声に振り向けば、神社の方から下りてきたのだろう、一人の青年が立っていたのである。

「あっ、りょうちゃん」

「うわっ、遼太郎!?」

「こんにちは遼太郎さん」

「よう二人とも……それから彩音さん、こんにちは、お久しぶりです」

 俺たちの元へやってきた青年は、男の俺から見ても男前だった。

 最近のイケメンって感じとは少し違うけど、サッカーとかサーフィンとか、まあなにかそういう系のスポーツでもしてそうな、日に焼けた彼は俺の方に振り返る。

 ちょっと彫りの深い顔、それでいて険の籠ってない優しげな風貌は、俺なんかよりずっと見栄えのいい男だった。

 ずいぶん落ちついた感じだしこの辺じゃモテるのだろうか? 美人の多いこの辺でモテモテなのか。

 ついじっと見つめてしまっていた俺に、にやっと口元を綻ばせた彼が言う。

「悠護だな? 十年……以上か。久しぶりだな、元気だったか?」

「あ、ああ……」

 そのまま軽快に俺の前に歩み寄り、親しげに肩をポンポン叩く彼、遼太郎は友好的だった。

 動作のひとつひとつにぎこちなさはまったくなく、そんなごく自然な振る舞いに、同じ男としてちょっと引け目を感じるぐらい安心してしまう雰囲気を持っている。

 いうなれば、頼れる兄貴といったところなのだろうか、同い年だけど。

「……悠護ってあんまりあたしたちのこと覚えてないんだってさ」

「ん? ああ、そうか……まあなあ、八歳ぐらいの頃のことはっきり覚えてる奴ってそんないないだろ? それに悠護は本土で暮らしてるんだ。こっちとは違って人もたくさんいるんだろ? 俺らの小学校とか学年で十人ぐらいしかいなかったじゃないか。本土じゃ大勢に囲まれてるんだから、たまに来て遊んだぐらいじゃ記憶の優先度も違うだろ?」

 若干不満げにいう沙希に大人な態度で諭す彼は、やっぱり立派になっているということなのだろうか?

 女の子二人と違ってなかなか思い出せない彼のことが引っ掛かる。

「悠護」

「あ、なに?」

「今度はいつまでこっちにいるんだ?」

「ええと、一応夏休みいっぱいのつもりだから来月……九月中は最低いる……かな?」

「夏休み? 大学生か……いいな、最低ってことは長くいるかも知れないってことか? あ、燐のこともあるのかな?」

「ん? あ、妹……燐のこと知ってるの?」

 突然彼の口から出た妹の名を聞き返した俺に答えたのは、沙希と雪奈ちゃんだった。

「そりゃ知ってるよ~~」

「たまに会ってるよ、ゆーごちゃん」

「……と、いうこと。こないだ彼女から悠護が来るかもって聞いてはいたけど、いつってことまでは知らなかったみたいだからな、正直それ聞いてなかったら誰だったか分からなかったかもしれない」

「そうなのか……」

 遊ぶとこがないとか手紙に書いてあったけど、勉強もせずみんなと遊びまわってんじゃないだろうな? 燐の奴。

「でも燐ちゃんから聞いてたのとはちょっとちがうよね? 沙希ちゃん」

「そう?」

「俺もそう思うな」

「へ?」

 違うってなんだ? ほんとなに吹き込んだんだ? あいつは。

「う~~ん、モサッとしただらしない兄貴……とは言ってたけど」

「でも違うよね……ゆーごちゃん落ち着いてて大人っぽくて……燐ちゃんが言ってたのとは全然違うよ」

「ガキの頃はひょろっとしてたけど、いまは違うよな……なんかスポーツでも始めたのか?」

 燐の奴め。それにしても沙希は置いといて、雪奈ちゃんの俺を持ち上げる感じがこそばゆい。

 遼太郎も雰囲気からしてお世辞とかじゃなく本心で言ってるみたいだし。

 ひょっとしてここじゃ俺の株、高いのかな?

「いや、特には……ああ、水泳少しやってるけど部活とかサークルじゃなくて、たまにスイミングスクールに顔出すぐらいだけど」

「水泳か、全身運動だよな」

「お、おお……す、水泳……」

「な、なんだよ沙希?」

 いきなり呻く沙希は、ぶるぶると震えるとパッと両手を上に挙げた。

「泳げるようになったんだ!! あんた泳げなかったのに!!」

「……中学ぐらいから普通に泳げるようになってたけど」

「そっか、そっかあ……なら今度泳ぎいこう!」

「は?」

「ちっちゃい時ってさ、悠護泳げないってんで砂浜までしか行かなかったじゃない? 海ん中も入れなくてさ、あれ心残りだったんだよね~~。案内したいとことかあったのに」

「そ、そうなのか?」

「そうそう、だから行こう!!」

 ああ、そうだそう。こんな感じでみんなをいろんなとこに引っ張ってたのはこいつだった。

 海か、悪くはないと少し考えていると、雪奈ちゃんと遼太郎が後押ししてきた。

「ゆーごちゃんが行くなら私も行く」

「いいね、最近ストレス溜まってたからたまには息抜きしたいと思ってたとこだ……遊べば悠護も俺のことを思い出してくれるかもしれないしな、なっ?」

 思い出してないことがしっかりバレている。でも嫌そうじゃない、こういうとこ顔に出さないのも大人な男って奴なのか。

 結局、その場では遼太郎のことを思い出せなかったが、三日後に海に泳ぎに行くことになった。

 女の子たち、まあ遼太郎もいるけど、みんなで一緒に海に行く。そんなの学校の海水浴行事以来の出来事だ。ちょっとわくわくしてしまう、一応海パン持ってきて正解だった。 

 しかし、その場にいた彩音さんも誘ってみたのだが、家のことがあるからと素気なく断られたのは残念だった。

 彩音さんの水着とかぜひ見てみたかったんだけど。


 久しぶりの幼馴染みである彼女たちとの再会で、少しテンションが上がっていたのだろう。その夜、俺はなかなか寝付けなかった。

 渇きを覚えた喉を潤すため、同じヘマはしちゃまずいとしっかり覚えた道順通りに台所へ向かう。

 戸板を閉めてない縁側沿いの廊下を進めば、昨日にも増して月明かりが明るかった。

 何事もなく台所にたどり着き、蛇口の栓──ではなくポンプの取っ手を何度か押せばジャバジャバと水が出る。少し流した後でコップに汲み、こくこくとそれをあおった。

「……ッ、ふぃぃ~~」

 やっぱ美味しい水だ、適度に冷えてて渇いた喉や胃に染み渡る。

 井戸水の方が水道水より美味しいとは聞くけれど、ほんとこんなに違うとは思わなかった。

 それにしてもやっぱりこれ、少し甘みがあるような気がするんだが、そんなものなのだろうか?

 食器類を使ったら浸けておくだけでいいと彩音さんに言われていたのでそのとおりにし、部屋に戻ろうと暖簾をくぐった時だった。

「……ん?」

 廊下に出てすぐ左に曲がった先の暗がりに、ぼんやりと人影が立ってるように見えたのだ。

 背丈の感じからして彩音さんかな、と口を開きかけた瞬間、背後から誰かに抱きつかれ口を押さえつけられる。慌てた俺が振りほどこうとしたのだけれど、それは遅かった。

 わずかな、ほんのわずかな刺激臭……嫌な臭いじゃない、どこかで、いつか嗅いだことのあるような……そして俺はあっさりと意識を失った──。


 ぼやっとする頭、なんだかちょっと身体がフワフワする。

 気持ち悪くはなかったけど、妙に重いまぶたを開ければ、同時に聞こえてきたのは彩音さんの声だった。

「ゆ、悠護さん! 大丈夫ですか?」

「あっ……」

 凄く心配そうな声、ちょっと悲しそうな響きが心に痛い。

 そのせいか急速に覚醒した俺の目の前にいたのは、やっぱり彩音さんだった。そしてその後ろにぼやっとふたつの人影も見えていた。

 まだ少し混濁する記憶の中、誰かに襲われたことを思い出し焦って身を起こそうとするのだが、なぜか身体に力が入らない。

「悠護さん、まだ寝ていてください」

「あ、彩音さん、う、後ろ」

「あっ、そ、その……」

 あれ? 知ってるのか?  ならば大丈夫なのかな? いやでも彼女に危険が、などと考えが巡る中、どうにもすまなそうな表情をする彩音さんが口を開く。

「すみません、私の姉が……」

「え? お姉さん?」

 いったいなにを言ってるのだろう? なんのことかと聞き直そうとすると、別の女性の声が聞こえてきた。

「……すみませんでした」

「申し訳ございません……」

 ほぼ同時に聞こえた二人分の女性の声は、とてもよく似た響きだった。

 やっと視界や頭もしっかりしてきたのか自分の状況を確認する。

 ここは俺に宛がわれた客間のひとつ。布団に寝かされた俺を、彩音さんが心配そうに覗き込んでいた。

 電灯は灯ってない、電気がないのだから当然だ。それでも窓の障子越しに入ってくる月明かりでぼんやりと部屋の様子は見えている。

 彩音さんの背後には人影が、それは間違いなく二人の女性だった。本当の色はともかく、黒っぽい和服を着た女性──どことなく彩音さんに似ている気がする。しかも二人は鏡合わせのようにそっくりだったのだ。

 そして彩音さんが言っていた「私の姉」という言葉。

 俺が水を飲みにいって背後から襲われた。

 前にも人影、つまり二人。……えっと、まさか?

「あの、どういうことで?」

 状況と流れはなんとなく把握したのだけれど、なんで? のところが分からない。

 彩音さんはちょっと言いづらそうにしているし。

 で、俺の質問に答えたのは後ろの二人の方だった。

「悠護様がいらしたと聞いて」

「たまたま台所でお見かけしたのでちょっと驚かそうと」

「…………」

 要するにだ、ここまで話を組み立てれば。

 彩音さんには二人の姉がいた。

 俺がここに来ているのを聞いた。

 台所にいるのを見かけ、茶目っ気を出して俺を驚かしたら気を失った。

 それで部屋に運ばれて、彩音さんも来て、いまに至る……ということなのだろうか?

 分かってしまえば、彩音さんのお姉さんたちということもあって、なんだか怒るに怒れない。

「姉が、姉たちが失礼なことをして本当にすみませんでした」

「あ、いえ、不審者じゃなくてよかったです。彩音さんも襲われたらとか思ったらですね……そ、その……」

「え? あ、ありがとうございます」

 ちょっと驚いて、それから頬を赤くして、なんだか嬉しそうで、やっぱりこの女性純粋なんだ。

 なにかいい感じに見つめ合ってしまった俺たちに、また声がかけられる。

「……彩音」

「いい雰囲気のところすまないのですが……」

「えっ!! あ、ね、姉さんたち!?」

「私たちの名前だけでも」

「お伝えしてよろしいでしょうか?」

「…………」

 まあ、そりゃそうである。

 改めて彩音さんと入れ替わるように前に進み出て来たのは、やはり彼女とよく似た顔の、そして瓜ふたつな女性たちだった。

 黒い喪服のような着物を着て、手には黒い手袋をはめていたその二人は、本当に見分けがつかないほど、鏡合わせのようにそっくりだったのだ。

 彩音さんと比べると、どうにも作り物のような、どこか無機質なものを感じてしまうそのお姉さんたちは、一人ずつ正座したまま頭を下げて名前を告げてきた。

「御堂鈴音です」

「御堂美鈴です」

「えっと、神堂悠護です」

「「存じております」」

「…………」

 彩音さんとは別の意味でやりにくい気がする。

「悠護さん、鈴音姉さんは鈴の音と書いて鈴音と読みます。美鈴姉さんは美しい鈴と書いて美鈴と読みます」

「「彩音は彩りの音と書いて彩音と読みます」」

「…………はい」

 それは知っている。この二人、別にふざけてるわけじゃないと思いたい。

「鈴音姉さんと美鈴姉さんは見てのとおり双子なんです」

「「彩音は私たちの妹で一人しかいません」」

「はい……」

 やはりふざけてるのだろうか?

 聞けば鈴音さんと美鈴さんはともに、彩音さんよりふたつ年上の二十四歳で、彼女たちの母親、まだ会ったことのない美影さんという人が神堂家の一切を取り仕切り、二人はその手伝いをしているとのことだった。

 そう聞くとやはり神堂家ってこの地方の権力者なのだなあと改めて思ってしまう。

 他人事みたいだが俺はそんな旧家、地元の有力者の孫なのだ。まったく実感が湧かないのは、家を出た母の息子であり、親父もこの島の出身とはいえ神堂の名字だけを受け継いだ婿だからだろうか?

 しばらくその二人のお姉さんとお話しした後、彼女たちは大人しく去っていった。

 彩音さんは俺についていたそうだったのだが、正直見つめられたままじゃ眠れそうにない。なので身体が普通に動かせるようになるまで一時間ほどおしゃべりして、その後は部屋に戻ってもらったのであった。

 ちなみに俺が台所に向かってから二時間ほど過ぎていた。ということは一時間近くも俺は気を失っていたことになるのだが、そんなに長いこと彩音さんに付き添ってもらったのか。

「……あれ?」

 シーンと静まり返る部屋の中、俺が違和感を覚えたのは、壁に掛けられていた寝間着が目に入ったときである。それはどう見ても俺が着ていたはずのモノだったのだ。

 まさかと思いタオルケットをめくれば、なにも身に付けてない見慣れた身体があり、さらに見渡せば文机の上には、俺のトランクスがきちんと畳まれて置いてあったのである。

「……脱がされちゃった? まじで全部、見られちゃった?」

 愕然としてしまう俺は自分に対して確認するかのように呟いていた。

 もしかして、もしかしなくても彩音さんに見られてしまったのか?

 昨日彩音さんの半裸、いや、全裸寸前まで見ちゃってるからこれでおあいこか。

 それにそもそも脱がせたのは、彩音さんじゃなくてお姉さんたちのどっちかかもしれないのだ。

 でもあの二人だとしても、年上とはいえ若い女性には違いない。

 混乱する俺は、巡る思考と時間が経つにつれ無性に恥ずかしくなってくる。

 ──ああ、もう寝よう、全部忘れよう。

 そう思いタオルケットを頭から被るも、やはりなかなか寝付けないのであった。

「──ねえ悠護、大丈夫?」

「あ、ああ……」

「ゆーごちゃん、元気ないけど平気?」

「……大丈夫、大丈夫、問題ないよ……うん」

 御堂の三姉妹の誰かに下半身を見られただろう翌日、沙希の奴が雪奈ちゃんを連れて屋敷にやって来たのだ。アポなしで、しかも早朝に。

 昨夜の一件が忘れられない俺は、雪奈ちゃんはともかく沙希にまで心配されるほどだった。当然なにがあったのかは話していない。話せるわけがない。

 とはいえいつまでも気にしていても仕方ないと思い直し、気分転換も兼ねて二人に山之島の北側を案内してもらっていたのだ。

 で、なぜか俺は二人と手を繋いでいた。

 俺を元気づけようとしたのか、右手を雪奈ちゃん、左手を沙希が握り、二人は楽しげに案内してくれていたのである。

「──あの小さい方の山が北の山、神郷神社があるんだ」

「地元の人は沙希ちゃんみたいに北の山って呼んでるけど、正確には向山って名前なの」

?「へ~~」

「こっちからだと見えにくいけどさ、南側には南の山があるんだよっ」

「まんまだね、ってそれは昨日通ったとこ?」

「うん、そう……そっちは拝高山って言うんだけど、やっぱりみんな南の山って呼んじゃってるの」

「なるほど」

「他にも山はあるけど、あのふたつが目立つんだよね」

「うん、北と南でそれぞれ一番高い山だからなの」

「ほーー」

「あっ! そこの横道入って、さあ行こーー」

「えっ、おおぅ!」

「あっ! 沙希ちゃん、急に引っ張らないでよ」

 唐突に沙希が横道に逸れ、俺の手を引っ張りどんどん進んで行く。当然俺の反対側の手を握る雪奈ちゃんも一緒に引っ張られていた。

 まあなんというかこうして沙希が俺の手を取って引っ張りまわすものだから、雪奈ちゃんも対抗しようとしたのか反対側の手を握っていたのだ。

 しかしいいのだろうか? もう子供じゃないのに手を繋ぐとか、しかも両手に花状態。冷静を装ってはいたけれど、照れくさくて仕方ない

 二人は今日も、昨日会ったときと同じような服装で、雪奈ちゃんは麦わら帽子に白系のワンピース、それが大人しそうな彼女にとてもよく似合ってた。

 一方の沙希はといえば、半袖パーカーに下はTシャツ、それと太ももがよく見えるデニムの短パンをはいていた。こっちも元気な彼女によく似合ってる。

 そんな沙希が俺たちを引っ張り込んだ先は、森から抜けた先にある丘のような所だった。

 たぶんここは島の北東部。大変見晴らしのいい高台で、俺の手を離しくるりと半回転する彼女はジャーンと言わんばかりに解説を始めるのだった。

 彼女の話は抽象的だったが、逐一フォローを入れてくれた雪奈ちゃんのおかげで理解できた。

 ここから見下ろした先にあるのは海岸線、手前には数軒家が建っていて、周りを畑が囲んでいる。

 その畑はあまり広くはない。聞けば主に芋類とか根菜類とかを育てていて、売り物じゃなく村で全部消費しているとのことである。ちなみに海に一番近くにあるのが沙希の家。神堂の屋敷を見ちゃうと小さく感じるけど、よく見れば結構でかい。

 今度遊びに来なよと言う沙希。そして当然のごとく、私の家にもと言う雪奈ちゃん。彼女の家は、神堂のお屋敷と同じエリア、島の南東寄りにあるとのことだった。

 女の子の家、女の子の部屋。それは大変興味があるのだが、二人の家族に会うのはちょっと気が引ける。

 なので無難にまたいつかと答えた俺はチキンなのだろうか? こういうとき男前なら、例えば遼太郎なんかはなんて答えるのだろう?

 それはともかくも、二人が島の案内や解説をしてくれるのはありがたい。そもそも村のことについて俺が知ってることが少なすぎた。せいぜい守越智群島には、ここ山之島の守越智村と隣の志之島の守前村のふたつしか存在しないという程度だったのだ。

 沙希と雪奈ちゃんが解説を終えるタイミングを見計らって、俺は村のことを聞いてみた。

「なあ、守越智村ってどのくらいの人が住んでるんだ?」

「う~~んと、何人ぐらいだったかな? 百人ぐらい?」

「五十三人、住み込みで働きに来てる佐藤さんを入れると五十四人、ゆーごちゃんと燐ちゃん入れて五十六人になったんだよ」

 思ったより少ない。

 まあ、こうして歩いていてもほとんど村の人に会わないし、そんなものなのだろう。

 というか佐藤さんて誰?

「そんなに少なかった? あたしもっと多いかと」

「沙希ちゃん、そんなの数えればすぐ分かることでしょ?」

「だよなあ」

「うっ、ま、まあいいじゃない!」

 自分の住んでるとこの、しかも五十人ぐらいしかいない村人の人数も数えられないのか。

「向こうに見えるのって志之島だよな?」

「うんそう、面積はこっちの方が倍ぐらい広いんだけど、向こうは千人ぐらい住んでいて──」

「……守前村の人口は四百八十九人だよ。沙希ちゃんこういうこと興味ないからって適当すぎるよ」

「ぐっ……し、知らなくても別に困んないし」

「沙希らしいって言えば実に沙希らしいけどな」

「あたしたちのこと、ほとんど忘れてた悠護には言われたくなーーい!!」

 全身を使って沙希はゼスチャーじみた否定をする。

 そんな彼女の様子に俺の手を握ったままの雪奈ちゃんがくすくすと笑う。

 島の穏やかな雰囲気にマッチした、実に心地よいやり取りである。

 それにしても雪奈ちゃんってこんなに懐いてくれて、もしや俺のこと……なんて思ってしまう。きっと子供の頃の延長線上って感じで、久々に会った幼馴染みの俺が懐かしいんだろうけど。

 沙希は、たぶんこれが平常運転なんだろうな。

 真那さんほどじゃないけど、沙希はしっかり日焼けしてる。対して雪奈ちゃんは日焼けをしていない。

 色々肌のお手入れとか日焼け止めとか気を遣っているんだろう。なんとはなしにじろじろと見てしまった俺と目が合い、彼女の頬が少し赤くなる。

 やっば変な意味じゃなく緊張してるんだな。というかお年頃の娘を無遠慮に見つめるとか失礼すぎた。

「あ! 沙希ちゃんてばまた!」

「んむっ、むむぅ?」

「あ? なに食ってるんだ?」

「ん……野イチゴ、甘酸っぱくて美味しい」

「食べるのはいいけど、ちゃんと洗ってからにしようよ」

 ほんの少し目を離した隙に、口をもごもごさせていた沙希は雪奈ちゃんに怒られて、バツが悪そうにてへへと愛想笑いをしていた。でもまあこういうのって田舎に来たなあって感じがするし、悪くはない。

 それに空気を改めてくれた意地汚い彼女に感謝もせねばなるまい。

「……そんなに美味いのか?」

「まあね」

「俺もひとつ」

「ほい」

「ゆ、ゆーごちゃんまで」

「まあまあ、何事も経験というか、俺もちょっと味見をば」

「も~~」

 ちょっと唇を突き出し気味な雪奈ちゃんは可愛かった。

 そんな彼女を横目で見つつ、沙希から一粒貰ってポイッと口の中に放り込んで咀嚼したのだが──。

「……す、酸っぱい」

「甘いもの食べ慣れてるからそー感じるの」

「そ、そういうものか?」

「雪奈も甘いって思うよね、これ」

「うん」

 知らないうちに味覚が鈍くなってたのか? 酸っぱさだけで全然甘く感じなかった。

 その後、北の山をぐるっとまわって戻ってきた俺たちは、再び島の北東部にたどり着く。

「つ、疲れた……」

「三時間ぐらいしか歩いてないけど?」

「三時間も、だろ?」

「ゆーごちゃん、身体なまった?」

「……すみません」

 道はあっても整地されてないから歩きにくいんです。

 沙希はともかく雪奈ちゃんにまで言われてしまった。凹む俺に沙希が水筒をそっと差し出す。

「ん? なに?」

「水だよ、水分とらないと」

「あっ、すまない」

 言われてみれば確かに喉がカラカラだった。水筒を受け取るとゴクゴクと水を飲む。

 あーー冷たくてうまい、生き返る。

 そんな俺を見ていた雪奈ちゃんもそっと水筒を差し出してくる。

「私のも……飲んで、ゆーごちゃん」

「え? あ、うん」

 すでに飲んだんだけど、なんだろう? 普通に差し出してきてるのに断れる雰囲気じゃなかった。

 沙希に対抗してるのか? なんだか黒いオーラが雪奈ちゃんの背後に……なんてな。

 せっかくなので雪奈ちゃんからも受け取ると、今度はゆっくり、味わうように水を飲む。

 やっぱ美味しい。これって井戸の水だよな、少し甘い気がするのが同じだった。

「ふぅ~~、二人ともありがとう」

「うん」

「気にしないで」

 俺から水筒を受けとると、二人とも飲み口を少し見つめた後にごくごくコクコクと飲んでしまう。

 あ、間接……まあ、彼女たちが気にしないなら別にいいか。

 それにしても雪奈ちゃん、顔が赤くなって口元もニヤけてるような気がしたのは、俺の気のせいだろうか?

「みんな水筒持ち歩いてるの?」

「そうだよ」

「じょーしきだよ、じょーしき」

 沙希に常識なんて言われてしまった。

 でも確かに、彩音さんも持ってたし、ここじゃみんな持ち歩くのが普通なのだろう。ほとんど山道っぽいし、コンビニはおろか自販機だってないのだから、手ぶらな俺の方が甘く見すぎてるのに違いない。

「出歩くときはみんな水筒持つのがここの流儀なのだ」

「なのだ、ってなんだよ」

「そうなのだ」

「沙希ちゃんて、たまに変なこと言うよね」

「沙希らしいといえば実に沙希らしいけどな」

「また言った!! ていうか変ってなに!!」

 他愛のないことを二人としゃべってると、昨夜のことがだんだん気にならなくなってくる。

 能天気な沙希と、優しい雪奈ちゃんのおかげだ。


 そんなこんなで沙希の家と神堂の屋敷の分かれ道まで戻ってくると、雪奈ちゃんがすまなそうに話しかけてきた。

「あの……午後から沙希ちゃんの家の手伝いしなきゃいけないの」

「手伝い?」

「草むしりめんどい~~」

「もうお昼だし、今日はここでゆーごちゃんとお別れしなきゃ」

「家の手伝いならしょうがないよ、そんなすまなそうにしないでも」

「で、でも」

「また明日……と言いたいとこだけど、あたしたち用事があるんだよねえ~~」

「家の手伝いか?」

「そんなとこ、まあ明後日はいよいよ海だし今日は我慢しようか雪奈?」

「うん……あの、ごめんねゆーごちゃん」

「いいって、俺も海は楽しみにしてるからさ……じゃあ、明後日な」

「うん」

「じゃあね、悠護」

「おう」

 ということで、帰っていく二人をしばらく見送った後、俺は屋敷へ向かって歩き出したのだった。


 しばらく小川沿いを歩いていると、ちょっとした岩場っぽい所に人がいるのを発見した。

 ちょうど座るのによさげな岩に腰掛けて、小川の流れでも見ているのだろうか? なにかこう雰囲気のある女性が一人ぽつんと佇んでいたのだ。

 しかもまた美人さんだ、彩音さんよりは年上だろうか?

 緩くウェーブの入った艶のある長い髪をそのまま垂らし、少し解れた前髪が頬にひと房掛かっているのがなんとも言えない色気を感じさせる人だった。

「……こんにちは」

「こんにちは……あっ!」

 後ろの道を通り過ぎがてら挨拶した俺に返事をしてくれたその女性は、なぜか慌てた感じで立ち上がると駆け寄ってくる。すると石にでも躓いたのか、あと少しというところで俺の方に倒れてきたのだ。慌てて受けとめた俺の胸にしっかり収まった彼女から、ほんのり甘い香りが匂ってくる。

「あ、あの大丈夫ですか?」

「あっ、ごめんなさい」

挿絵3

 押し付けられた胸の感触は、彼女の少々だぶついた感じの服の上からでもはっきりと分かるほど。つい先日の漁火さんより柔らかくて、かなり立派な胸だと確信できる。

 背中を抱きしめるような体勢で支える俺にしがみつく彼女は、細身ながらとても柔らかく、俺より背が低いのか微妙にうわめづかいなところなんかも、ゾクッとするほど色っぽい。

「……もしかして、悠護くん?」

「え? あ、はい、そうですけど?」

 ちょっと眠たげな感じの目を大きく見開いて見上げてくる彼女は、やはりかなりの美人さんだった。

 近い距離でそんな美人から直視され、思わず顔が赤くなってしまう。目のやり場に困る俺に、彼女は嬉しそうに話しかけてきた。

「島に来てるって聞いてたけど、ほんと大きくなったわね~~」

「ど、どうも、ええと──」

「え?」

「私の名前、新崎静っていうのよ」

「あっ!」

 その名前、つい最近聞いたことがある。雪奈ちゃんたちが小さい頃に面倒見てくれてたとか言ってた人だ。

 シンプルな淡いグレーのスカートに、ややダブつきのある薄くピンクがかった長袖のブラウスを着ているこの女性──静さんは俺の胸に当てていた手をなぜか動かして、なんというか妙に艶めかしい感じで撫でまわしていたのだ。

 女の人に胸を撫でられるなんて初めてのことで、どうしたらいいものか迷う俺に彼女はにっこりと微笑むと、ようやく少し離れてくれた。

「覚えていてくれたのかしら?」

「す、すみません……名前は聞いていたんですけど、あんまり昔のこと覚えてなくて……思い出せませんでした」

「あらら、でも正直に言ってくれてお姉さん嬉しいわ~~」

 両手を胸の前でポンと合わせる彼女は少しも気に障った様子はなく、逆になにか楽しそうだった。

 おっとりした雰囲気に、間延びしたしゃべり方、仕草の端々になんとも言えない色気を感じてしまう。

 指の動きや視線の動かし方、軽く小首を傾げるところとか、媚びてるとまでは言わないけどそういう細かい部分にドキッとしてしまうものを持つ、なんとも色っぽいお姉さんだったのである。

 と、離れたと思ったらすぐに彼女は抱きついてきた。

「え? ちょっ!」

「背丈も伸びたわね~~、昔は私の胸にも届かなかったのにね」

 胸という言葉をわざとらしくも強調する静さんは、それをわざと押しつけるように抱きついていた。

「あの、む、胸が当たってるんですけど?」

「うふふ、当ててるの~~」

「ええ!?」

「最後に悠護くんに会ったとき、私十六歳だったんだけど……あの頃より大きくなったのよ」

「そ、そうですか……」

 他にどう言えと? 大きくなりましたねとか、立派な胸ですよ、なんて初対面に等しい彼女に言えるはずがない。

「ねえ、どうかな?」

「ど、どうっていわれても」

「ほらぁ、分かる? 私ブラしてないのよ?」

「いッ!」

 その言葉に、ぐいぐいと押し付けられていた彼女の胸を思わずじっと見てしまう。

 むにゅ、むにゅっと何度も強く押しつけてくる合間の少し離れた瞬間、確かに胸の先端辺りがツンと尖ってるのが見て取れたのだ。

 冗談でも嘘でもない、まじでこの人ノーブラである。

「ちょ、ちょっと待って、な、なんでこんなこと? からかってるんですか!?」

「あら、ごめんなさいね~~久しぶりに悠護くんに会ったから嬉しくて。つい、はしゃいじゃったわ~~」

 一応恥じらいはあるのか、ちょっと顔を赤らめた彼女はようやく本当に俺から離れてくれた。

 代わりに両手を握られてしまったのだけれど。

「ねえ、悠護くん」

「は、はい」

「少しだけ私とお話しない?」

「お話、ですか?」

「うん、ダメかなぁ?」

「……いえ、そんなことないですけど……」

 小首を傾げて聞いてくる静さん。さっきの話が嘘じゃなかったら、この人少なくとも二十八歳なのか。とてもそうには見えない。いや、見た目はそうかもだけど、なにか性格的に沙希とは別の意味での子供っぽさを持ち合わせているような感じの人だった。

 俺が言い淀んでいる間にも静さんに手を引かれ、さっきまで彼女のいた岩場へと連れて行かれる。

 ──ま、いっか、お話だけなら……うん。

 こうして俺は、突然出会った静さんとお話することになってしまったのである。


「──改めてお久しぶりです、悠護くん。新崎家の静、先月二十八歳になりました」

「あ、どうも、神堂悠護です……二十一になります」

 なぜだろう? なぜかお見合いみたいになってしまった、したことなんかないけれど。

 岩に俺が腰掛ければ、その横に静さんがぺったりくっ付くように座ってくる。

 鼻歌でも歌いそうなぐらい楽しげな彼女は、俺をほんの少し見上げたまま握った片手を離してくれない。

 女性らしく小さくて柔らかい手、触り心地がいいというか、凄くすべすべした手のひらだった。

 彼女はいったいなにがそんなに楽しいのか、始終にこにこと微笑んでいたのである。

「悠護くんの小さい頃、こうして手を繋いでお散歩とかしたのよ」

「そうですか」

「私より背が大きくなっちゃったみたいだし……いま身長ってどのくらいなの?」

「えーと、百六十九センチかな……」

 チビとまでは言わないかもだけど、男としては小柄なままなのだ。

 それにしても隣でサンダルをはいた脚を少しぶらぶらさせている静さんのことは、やはり遼太郎と同じく思い出せない。膝下から見える、すらっとした生足が綺麗なのは分かるんだけど。

「気にしなくていいのよ? ちっちゃかったんだもの、覚えていなくても仕方ないわよ~~」

「……すみません」

 顔に出てたんだろうか? 俺の心を読んだかのように静さんがフォローを入れてくる。

 気まずい、非常に気まずい。

 彼女の方が七つも年上ってこともあるんだろうけど、向こうは俺のことを小さい頃と同じように扱っている気がする。成人を迎えた俺に対してそういう態度で来られるのは、嫌じゃないのが余計に恥ずかしい。

 俺が黙り込んでしまうと、静さんはちょっと頭を下げ気味に覗き込んでくる。

 うおっ! そういう恰好になると弛んだ首の辺りの隙間から、谷間というか丸みの上の部分がふたつとも見えてしまってた。やっぱり大きさも漁火さんより上かもしれない。

 ついそんな魅惑の膨らみの、ごく一部を目にしてしまい、耐えきれずに視線をずらせば、覗き込んできた彼女と目が合ってしまう。

「……あっ」

「うふふ」

 笑われてしまった。いや照れる俺を微笑ましいという感じで笑いかけてくれたのか。

 ああもう、気まずいというかやりにくいというか、なんだか自分自身がじれったい。

 そのまま正面を向いた俺に対し、隣で微笑む静さんは俺の方を向いたままだった。

 握っていた手とは別の手が、すっと俺の方に寄せられて軽く太ももにも触れてくる。

「胸もだけど足の方も筋肉ついて……本当に逞しくなったのね」

「あ、あの……」

「なにかスポーツでもして鍛えてるの?」

「ええと……水泳を少々」

「そうなんだぁ~~、あっ! ということは泳げるようになったのね?」

「ええ、まあ」

 ちょっと前に沙希たちと話したことの繰り返し。

 静さんはそのまましばらく俺の太ももを撫でていると、ふっと顔を起こして俺を見る。

 少し潤んだような瞳はやはり色っぽい。

 薄く塗られた口紅でしっとりとしている唇は、ぷるんとしたとても柔らかそうな代物で、思わず触れてみたくなる……そんな魅力的な唇だった。

「あっ」

 思わず小さく声を漏らしてしまう。

 横目で顔を盗み見ていた俺に、彼女がまたもや抱きついてきたのだ。

 静さんの柔らかくも弾力のある胸がこれでもかと押しつけられていた。俺のTシャツと彼女のブラウスと二枚の布地が間にあるにも拘らず、その感触は俺の胸や股間を昂らせる。

 匂いの方も堪らない。ほんのりと漂ってくる彼女の香りはきっと香水かなにかなのだろう。強すぎず弱すぎず、絶妙な加減の甘い蜂蜜のような、とてもいい匂いで頭がクラクラしてきそうだった。

 ああヤバい、本格的に股間がヤバい……このままじゃ本当に勃起してしまう。

 焦る俺は、しかし彼女の魅力的な身体の感触を、とてもじゃないが振り払うことなどできなかった。

 ムクムクと大きくなっていく俺のモノ、それを抑えることなどとてもじゃないができやしない。

 もう彼女に気づかれる──そう覚悟した瞬間、静さんはスッと俺から離れていった。

「うふ、悠護くん逞しい~~」

「う……」

 にっこり笑う彼女。身体のことか股間のことか、どっちのことを言っているのだろうと考える……いや、身体の方、筋肉付いて少しは男っぽくなった身体のことを言っているのだと自分に言い聞かす。

 顔が熱い、きっと真っ赤になってる顔を覗き込むような彼女の視線に、照れる俺はなにも言い返すことができなかった。

 唇に人差し指を押し当てて、少し残念そうな表情になった彼女は言う。

「ん~~、もっとゆっくり悠護くんとお話ししたかったんだけど、そろそろ帰らなきゃダメなのよね~~」

「あ、そ、そうですか……」

「うん、そうなのよ……悠護くん、まだこの島にいるんでしょう?」

「ええその、九月いっぱいは……たぶん」

「じゃあ、また会えるわね。あ~~あ、名残惜しいけど行かなきゃ、じゃあね悠護くん、またねえ~~」

「はい……んッ!」

 彼女は人差し指を俺の唇に軽く押し当てて、そのまま手を振りながら去っていく。

 道の方へと登る彼女のスカートから覗く、真っ白でキュッと締まったふくらはぎについ目が行ってしまう。

 ふりふりと揺れるお尻は彩音さんより大きかった。

 少し陶然とした感じで見送る俺は、彼女の姿が見えなくなって初めて唇から唇へと押し当てられた静さんの人差し指のことを思いだし、思わず口を手で覆い隠してしまうのであった──。

「……これは凄いな」

「なかなかいい場所だろ?」

 俺はいま、山之島南西の砂浜にいた。

 沙希と雪奈ちゃんとの海水浴の約束を、楽しみにしていた今日という日を、すっぽかすような真似をするだろうか? 断じて否である。

 そんなワクワクしている俺の目の前には仁之島があり、細身の富士山のような形の雄大な守降山が迫るかのように見えていた。

 ここ山之島と向こうの仁之島の間は干潮時には水深一メートル未満の浅瀬で、ボートのような喫水の浅い船しか入って来られないらしい。そのためこの幅五十メートルほどの小さな砂浜は海側から覗かれる心配のない、正にプライベートビーチといった風情の場所なのであった。

 それに島の人でも遊びに来るのは俺らみたいな若い奴ぐらいだとか。真夏にこんな綺麗な所を貸し切りとはなんとも贅沢なことである。

 さて、すでにサンダル海パン姿で準備万端な俺と遼太郎は砂浜で待っていた。女の子二人は砂浜の端にある岩影で準備中なのである。

 遼太郎は俺よりも背が高い、百八十ぐらいはきっとあるだろう。それでも漁火さんの方が高いのだ。女性であの高さは、身長順に並んだ時にずっと最後尾だったに違いない。

 日に焼けた彼の身体は、やはり最初に感じた印象どおりスポーツ系の逞しい物だった。短めの髪をかき上げる仕草がやたら似合ってる。

 やっぱモテそうだよな、遼太郎。

「あいつら遅いな」

「まあ女の子だしそんなもんじゃないのかな? そいや遼太郎たちって、ここによく来るのか?」

「ん? ん~~俺は滅多に来ないな、沙希の奴はよく来てるみたいだが。っと来た来た、やっと来たな」

 俺と遼太郎が話していると、どうやら彼女たちの着替えが終わったようでこっちに向かってやってくる。

 手を振りながら小走りで近づいてくる沙希と、その後ろを雪奈ちゃんがちょこちょことついてくる。

 そんな彼女たちの恰好といえば、沙希の方はヘソ出しセパレートタイプのスポーティーな水色の水着、下の方が短パンっぽい形なのが彼女らしい。一方の雪奈ちゃんはスクール水着によく似た感じの、肌の露出の少なめな白っぽい水着だった。

 うんうん、二人の印象に実にマッチした水着である。

 女の子の水着姿というものを久々に生で見てちょっとドキドキしながらも、近づいてくる二人をじっくりと観察していた。

 沙希ってば思ったより胸あるのな。

 ここに来てから出会った女性──漁火さんや真那さん、彩音さんやお姉さんズ、一番豊満そうな静さんには遠く及ばないものの、走れば揺れる程度のサイズがあったのだ。

 おへその形も可愛らしいし、顔だって美少女といってもいいほどに整ってるし、もしかして沙希って実はお買い得ってやつかもしれない。

 一方、雪奈ちゃんといえば……えっとなんかごめん、Bカップな妹の燐より慎ましかった。俺の片手に余裕で収まっちゃうぐらいの大きさだったのである。どちらかというと俺は大きめなのが好みなのだが、別に胸のサイズがすべてじゃない。ないんだからね雪奈ちゃん。

 雪のように肌が真っ白で、優しいし気が利いて、女の子として胸は別にして理想的なのだから。

「おまたせ~~いっ」

「ご、ごめんね、待たせちゃって」

挿絵4

 羞恥心というものがまったくないのか、いつもと同じ感じでやってきた沙希と違い、雪奈ちゃんは実に恥ずかしそうにしていた。

「あ、あの、ゆーごちゃん、そんなに見つめられると……」

「えっ、あっ! ご、ごめん」

 無意識に雪奈ちゃんを舐めるように見つめてしまっていたようで、顔を赤くした彼女が胸の辺りを手で隠しながら言ってくる。

 いかんな、水着姿の女の子をじろじろと見つめてしまうとは。それでも彼女は言うほど嫌そうじゃなかったのは救いである。

 というか、その羞恥で赤くなる雪奈ちゃんが堪らなく可愛らしかったのだ。

「悠護、本当に泳げるようになったのか見せてもらお~か、あの岩まであたしと競争だ!!」

「えっ? お、おい、あっ、ズルいぞ!」

 叫びながら海に向かってダッシュする沙希は、準備体操もせずにバシャンと勢いよく飛び込む。慌てて追いかける俺も続いて飛び込んだ。

 沙希の言う岩とは、たぶん海からちょこっと飛び出すように出ている岩のことだと思うのだが、条件確認する前にスタートするとはズルすぎるだろ。

 風が緩やかなせいか波はそれほどでもなく、とても穏やかな海だった。

 とはいえやっぱりプールと違って海水だし、流れがあるので泳ぎにくい。感覚の違いに戸惑っている間にも、沙希との距離が開いていく。すいすいと、なんの抵抗もなさげに泳ぐ彼女はとても早かったのだ。

 ようやく岩に取りつけば、先に泳ぎきった沙希の奴は、いつの間に登ったのか岩の上から仁王立ちで俺を見下ろしていた。

「ふははっ、泳げるようになったのは立派だが、甘い、甘いぞ悠護!!」

「ぬぐぐ……」

 腰に手を当てて仰け反りぎみに威張る彼女はウザかった。

 ──でもね沙希さん、仰け反ったせいかは分からないけれど、あなたの思ったより綺麗な太ももが交わる所に食い込む水着がとてもエッチです。

 そう、ピッチリした短パンタイプとはいえ、少し深めに食い込んでいたのだ。


 再び浜に戻ると、歩み寄ってきた雪奈ちゃんがタオルを手渡してくれた。

「ありがとう」

「ううん、ゆーごちゃんって本当に泳げるようになったんだね」

「まあ、沙希には負けちゃったけどね」

「山じゃ猿、海じゃ魚みたいだからなアイツは」

「だよな」

「だよね」

 雪奈ちゃんの背後から来る遼太郎の言葉に三人で相槌を打っていると、当の本人も浜に上がってくる。

「なに? なに三人で頷き合ってるの?」

「別に」

「なんでもない」

「なんでもないよ、沙希ちゃん」

「な、なんだよ~~教えてよーーっ!」

 ああこの感じ──やはりどこか懐かしい気がする。


 ビーチボールでバレーの真似事をして遊んだり、ふざけて雪奈ちゃんの胸に触った沙希をみんなで追っかけたり、四人で海に浮かんで漂ってみたり、そんなことをしているうちに時間はあっという間に昼となる。

 家の用事があるからと、お昼で切り上げ帰宅する遼太郎を見送れば、雪奈ちゃんが俺の腕を引いて話しかけてきた。

「ゆーごちゃん、お昼持ってきた?」

「あ、いや……完全に失念してた」

 そういえばコンビニとかお店なんてないんだった。

 すっかり本土にいるような感覚で、夕方には戻るからお昼は結構ですよ、なんて言って出てきたけどどうしよう?

 まあ、一食ぐらい抜いても死ぬことはないんだが、沙希に付き合ってかなり動きまわったからお腹は減ってるのだ。

「私ね、ゆーごちゃんに食べてもらおうと思って、お弁当作って持ってきたんだけど……」

「え? 本当に?」

 それは助かる──それに女の子の、雪奈ちゃんの手作り弁当とか嬉しすぎるでしょ。

「食べる、食べるよ」

「そ、そう? じゃあ……うん」

 というわけで、妙に恥ずかしげに差し出された雪奈ちゃんの手作り弁当をいただくことになったのだが、なんと三人分あった。数日とはいえ二人の関係を鑑みれば、沙希の分も作ってきたのだろう。実際そのとおりだったのだ。

「沙希は作らなかったのか?」

「……あたしに言う?」

「作れないのか?」

「お、おにぎりぐらいならできるし」

「ゆーごちゃん、沙希ちゃんて調味料とか大雑把で……それにいまは沙希ちゃん家にお世話になってるからそのお返しって言うか」

「雪奈ちゃんは優しいなあ」

「えっ!? あ、そ、そんなこと……ないと思うけど」

 雪奈ちゃんを褒めると、おたおたして顔を真っ赤っかにしていた。

 雪奈ちゃんのお弁当は、小さい頃に母が作ってくれたお弁当を彷彿させるとても手の込んだ、それでいてオーソドックスなものだった。

 美味しい、お世辞でなく塩気をちょっと強めに感じるこのお弁当は本当に美味しかった。

 俺が食べるのに合わせて差し出される水筒もいつもの井戸水、こちらも冷たくてほんのり甘みを感じる美味しさだった。

 お弁当と違ってなぜか二人分の水筒しかなく、同じ飲み口からまた交代で飲んでしまったのだけど、気にしないのが普通なのだろうか?

 水筒に関してはなぜか沙希も対抗するように俺に薦めるのだが、こっちもこっちで全然気にした様子はない。一人で間接キスとか恥ずかしがる俺が不自然なのか。

 美味しい雪奈ちゃんのお弁当を御飯一粒残さずいただくと、満腹感と疲れのせいか少し眠くなってくる。

 それは沙希や雪奈ちゃんも同じだったようで、浜の奥側の木々とビーチパラソルで作られた陰の下、三人で雑魚寝というか昼寝をすることになってしまったのだ。

 静かな波の音、暑すぎない暖かさ、女の子の手作り弁当による満腹感、見た目だけなら美少女に分類される沙希と、可愛らしい美少女の雪奈ちゃん。川の字で寝る幸福感にうとうととしていると、ツンツンと俺をつっつく奴がいた。

 それは沙希だったんだけど。

「……なに?」

「ちょっとついて来て」

「は?」

「いいからさ、はやく」

 最初は小声だったが次第に声が大きくなる沙希。隣ですーすーと気持ちよさそうな寝息を立てて熟睡している雪奈ちゃんを起こしてしまうのも可哀そうだと思い、仕方なく起き上がると沙希に手を引かれて裏の森へと連れていかれる。

 木陰から十メートルほど離れただろうか? 波の音が聞こえなくなる程度の所に立つ太い木の所までやってくるとようやく彼女は立ちどまり、沙希にしては珍しく少し顔を赤くしてもじもじと言いづらそうにしていたのだった。

 あれ? もしかして俺、告白でもされるんだろうか? 

 頭がまだぼやっとさせたままの俺に、彼女はなぜか恥ずかしそうに小声で囁いてくる。

「そこにいてくれる?」

「なんで?」

「……と、トイレ」

「…………」

「裏でしてくるから待っててよ」

「……なんで?」

「なんかつい……いいから待っててよね?」

 そう言うと沙希はガサガサと草を掻き分けて、いま立ってる木の裏側へとまわっていったのだった。

 …………え?

 つい、というよくわからん理由で沙希のトイレっていうか立ちション、いや野ションに付き合わされていた。まじで意味が分からない。

 沙希がどういうつもりなのかは分からない。いま分かっているのはすぐ目と鼻の先で彼女がおしっこしようとしているということだけだ。

 ホントに木の裏で、沙希の奴が水着を下ろしておしっこしようとしてるのだろうか?

 立てるつもりのない聞き耳が立ってしまう……いや、聞き耳を立ててしまう。

 すっかり眼が冴えてしまった俺もさすがにテンパってるのだろう、すぐそばで年の近い娘が下半身丸出しでおしっこしようとしているのだから無理もない。うん、仕方ない……っていいのか? いいのだろうか?

 無防備にもほどがある。俺が覗かないとか思ってるのだろうか、そんなに信用されてるのか俺ってば。

 焦る俺の耳に聞こえてくるのは衣擦れの音だった。ピチピチの水着を着ているせいであろう、おそらくお腹のゴムの部分がパチンと肌を打つ音が聞こえてきたのだ。

 ほんとに沙希、脱いじゃったのか。お尻丸出し、股間丸出しですぐ後ろにいる。

 わずか数日、それでも気軽に話せるあいつだからこそ、逆に背徳感めいたものを強く感じてしまう。

 悶々としていると、ガサッと草の音が聞こえてきた。

 それはたぶん座る音。沙希がしゃがんだ音なのだろう。

 思わずごくりと唾を飲み込むと、心臓が激しく動悸を刻み始める。

 するのか? ここで沙希がおしっこしちゃうのか?

 そんな俺の心に答えるかのように、小さく沙希の呻きが聞こえた。

「……ん」

 思った以上の色っぽい声にドキッとした俺は、続く水音に完全に心を奪われてしまう。

 シャァーーという思いのほか大きい音、それは沙希が間違いなくおしっこをし始めた証だったのだ。

 まじでしやがった!!

 現実とも思えない出来事に、放尿を終えた沙希が戻ってくるまで、俺は身動きひとつできないで聞くことに集中してしまっていたのだった。


 繋いでくる沙希の手を、振り払うこともできず、二人で浜辺へと戻ってきた。

 雪奈ちゃんは安心しきった顔で寝たまんまだった。

 起こさないようにそっと元の場所に戻って寝転ぶと、眠そうな沙希も隣へころんと寝転んだ。

 いったい彼女はどういうつもりだったのだろうか? 

 女の子のおしっこ場面に出くわしたというか、聞かされてしまったような形で、沙希に真意を問いただすこともできなかった。

 ちらっと横目で見る沙希は、すっきりしたのかすでに寝息を立てている。

 寝るのはええッ!!

 握ったままの彼女の手は思った以上にちっちゃくて柔らかくて、正直俺は沙希のことを初めて女の子として意識してしまったのかもしれない。

 そういえば沙希、手洗ったっけ?

 寝ている彼女の顔を見てふと浮かんだ考えは、それでもなぜか汚いと思えず、起きたら洗えばいいかと思いつつ目を閉じた。

 すでに終わったことなのにさっきの水音が耳から離れない。現実の波の音よりも大きく頭の中に響いているようだった。

 ね、眠れない……。

 興奮で意識がはっきりしすぎたせいか、疲れているのに眠気が覚めてしまったのだ。

 そんな俺に、沙希とは逆側から圧力が少しかかる。

 今度はなんだろうと薄目でその方向を向くと目の前には、雪奈ちゃんの綺麗な顔があった。寝返りをうった彼女が俺の方に寄り掛かってきたのである。

 今度は雪奈ちゃん、なのか?

 放尿の衝撃が強かったせいか、寝ている雪奈ちゃんにくっ付かれてもわりと冷静でいられたのだが、それは少しの間だけだった。

「……ん……うご……ちゃ……だい……き」

 途切れ途切れに聞こえる彼女の寝言は内容を理解できない。それはいい、それはいいのだけど彼女の細い手が、俺の胸に当てられていた。

 そのままぎゅっと抱きついてくる彼女の細身ながらも柔らかい感触が、おしっこの記憶と戦い始める。

 肩に顎、二の腕辺りに雪奈ちゃんの慎ましいものがぐっと押し当てられてくる。

 水着越し、しかし小っちゃくてもやはり胸は胸、彼女のオッパイはぷにっとして柔らかかった。

 それで終わりかと思ったら、太ももまで俺の脚に絡みつけてくる。

 こっちも柔らかい、雪奈ちゃんの女の子らしい感触が堪らない。ほんのりといい香りも匂ってきた。

 抱き枕状態になってしまった俺に、寝ぼけているっぽい雪奈ちゃんは、猫かなにかのようにその鼻先を擦りつけてきた。やっぱり雪奈ちゃんって可愛い。小動物的な可愛さと女の子らしい可愛さが同居して、元々美少女なだけに可愛すぎる。

 俺の心の中のバランスが雪奈ちゃんの方に傾くと、それを見計らったかのように今度は沙希が動き出していた。

「んっ……んんっ」

 耳の辺りに生暖かい息が当たったかと思ったら、沙希も俺に抱きついてきたのである。

 右に雪奈ちゃん、左に沙希。

 肩に顎が、二の腕を挟むように意外と大きくて柔らかい彼女のオッパイが、そして同じく絡み付く生足と、それはまるで鏡合わせのようだった。

 ひとつ違うのは、沙希は俺の手を握ったままだということだろう、それもちょっと危険な位置にあった。

 こともあろうに彼女は俺の手を握ったまま、自身の股の間に挟みこんでしまったのだ。

 太ももに挟まれた、じっとりと汗ばんだような柔らかな感触がもう色々ヤバすぎる。

 加えてもじもじと身じろいだりするもんだから、むっちりした太ももに手が擦られて、さらには水着越しとはいえ大事な所にちょんちょんと当たってしまっていたのだ。

 沙希がくっ付けばくっ付いてくるほど、雪奈ちゃんもくっ付いてくる。その逆もまたしかり。

 タイプの違う可愛い娘たちに水着姿でサンドイッチされるとか、男ならば誰もが羨む嬉し恥ずかしな状況に違いない。しかしだ、楽しむ余裕なんて俺にはなかった。

 ああ、どーしてこーなった!!

 気温ではなくこの状況に汗をかき始める。実は寝たふりで、二人して俺をからかってんじゃないかと勘繰ってしまいそうになる。

 しかし二人はたしかに寝てる、熟睡してるといっても過言じゃなかった。

 なぜか山之島に来てから、いや志之島についてからラッキーすぎることが立て続けに起きてないだろうか?

 守島母娘の誘惑めいたスキンシップに始まり、彩音さんのセミヌード。それから昨日の、なるべく考えないようにしていた静さんの、あの柔らかい胸の感触。そしていまの状況だ……あり得なさすぎる。

 気がついた時には海パンの前がどうしようもないことになっていた。本当にテントを張っているみたいに、持ち上がった前の部分がヤバすぎるほど勃起してしまっていたのだ。

 まずいまずい、これは本当にまずい!!

 なんとかなだめなければ、いや、むしろいますぐにでも扱いて出してしまいたいほどだった。

 静さんとの一件でだいぶ溜めこんでいたのを自覚してしまったから、こっそり抜いとこうと機会を窺っていたのだけれど、自室以外ではほとんど彩音さんの目があったのだ。

 そもそも自宅でもない神堂のお屋敷でオナニーするとか、とてもじゃないけどできないし。

 万が一にでも後処理のティッシュなんかを彩音さんに見つかってしまったら……俺、死んでしまいます。

 そんなわけで、自己処理することもできない俺は、家から旅立って以来、一度も抜いてなかったのだ。

 若い俺が溜めこんだあげくのこの状況、スッキリしたくてもできないこの辛さ。

 ある種、拷問のような状況なのだが、両側に感じる二人の柔らかさと体温と、雪奈ちゃんの寝ぼけた可愛い仕草や、沙希の大事な所ギリギリ寸前の至福の太ももの感触に、俺のモノはその存在を際立たせるかのように勃起し続けていたのであった。 

 つーか、混乱してなにを複雑に考え込んでるのか自分自身でも分からないッ!

 もはやどうすることもできず、二人に抱きつかれたままの俺はやがて観念し、どーにでもなれとばかりに目を閉じるのであった。

 ……いつの間に眠ってしまっていたのだろうか。目覚めた時には股間のテントは大人しく畳まれていたのが幸いだった。


 さて、そんなこんなで少し眠った後、また沙希と一緒に泳ぎ、疲れた俺は岩陰で着替えていた。

 のんびりしていたようで慌ただしい一日だった……いやほんと。

 そしていま、雪奈ちゃんと沙希も砂浜の反対側の岩場でお着換え中なのだが、別に一緒でもよかったのにとは口が裂けても言えない。

 そんな冗談はさておき、早々に着替え終わり岩陰から海の方を眺めれば、プカプカと浮かぶ一艘のボートが目に入った。

 誰も乗っていないそのボートは、この島に来るときに乗った物より一回りも二回りも小さい。一応モーターこそ付いているものの、本当に簡素なものだった。

 はて? なんでこんな所にボートが漂っているのだろう?

 疑問に思いなんとなく見守っていると、にゅっと海から突き出た手がそのボートの縁を掴んだ。

 そしてそのまま海面に出てきた人は、手にした網目状の袋をボートに乗せると手慣れた感じでよじ登る。

 ほどよく日に焼けた健康そうな身体、濡れたポニーテール。黒地に白いラインの入ったビキニを身に着け、顔にはシュノーケルと一眼式の水中メガネ、そして腰には割とごっついベルトが巻かれていて、どうやらそれには鞘──ナイフが付いているようだった。

 もしかしてと心当たりのある人物の顔をぼんやり浮かばせていると、その人はシュノーケルと水中メガネを取った。ここからだと二十メートルほどは距離があったのだけれど、やっぱり見覚えのある顔が陽の下に晒される。

 つい先日対面した、志之島の守島さんの娘さん、真那さんだったのだ。

 沙希と雪奈ちゃん、二人の胸を足しても真那さんの方がある。と言い切れるほどにふくよかな胸を反らし、頭を振って水を切ると大きく息を吐いて、一人にこやかな笑みを浮かべていた。

 どうやら素潜りしていたらしい、収穫はあったんだろうか?

 などと思っていると、唐突に彼女が俺の方へ振り向いた。……気づかれた? と思ったのだが、どうやらそれは違ったようだ。

 岩場からこっそり覗く俺には気がつかなかったのだろう、すぐに下を向いてなにか漁ると手に白いタオルを持っていた。

 それで髪を拭く真那さん。それから一旦手をとめてタオルをボートに置くと、背中に手をまわして──。

 え? ええッ!!

 思わず目をぱちくりさせてしまった俺の視線の先で、彼女のビキニがするりと落ちていく。

 太陽の下、波のほとんどない穏やかな海に漂うボートの上で、彼女は上半身裸になってしまったのだ。

 まん丸くて大きなゴムボールのような、張りのある立派なオッパイがそこにあった。

 しかも日に焼けてないのか真っ白だったのだ。

 突然のことに俺が硬直していると、彼女は再びタオルを手にして、その魅惑的すぎるオッパイを拭き始める。スッキリとしたお腹の方から、下乳を持ち上げるかのように上へと拭き上げていくその情景から目が離せない。

 ああ、彼女は下から上に拭いていくのか。

 日に焼けた肌と焼けてない生白いオッパイ……その対比がヤバいほどに艶めかしい。

 それなりに距離があるからはっきりとは分からない、分からないのだがサイズのわりに小さく見える彼女の乳首は薄いピンク色のようだった。

 それが揺れる、タオルが動くたびに大きなオッパイがぷるんぷるんと揺れていた。

 俺、アレに触れた……というかアレを肘に押し当てられた。

 信じられない、あんな、あんな素晴らしいものを押し当てられていたのか俺は。

 ムクムクとせっかく治まっていた股間が大きくなるのが自分でも分かる。年の近い娘の生チチを見ているのだから仕方ない。

 真那さんはまた背を逸らす。まるで俺の方に胸を突き出しているかのようだった。

 見られていると知っていたのなら、そんな行動はしないはず。彼女は背中を拭いているのか、ゆらゆらとオッパイが揺れている。

 遮るものがまったくない青空の下で、若い娘がボートの上でオッパイ丸出し。

 こういうのを健康的なお色気とでも言うんだろうか。触ってみたい、もっと近くで拝みたい。そんな欲望が俺の股間をさらに硬く熱くする。

 覗き見はよくないと思いつつも、目を逸らすことなんてできやしない。

 やがて拭き終わっても、彼女はそのままオッパイを放り出したままだった。

 先ほどの網状の袋を開けて、中から貝かなにかを取り出して選別しながら要らない物を海に戻す彼女の行動よりも、平然とさらけ出されたままなオッパイに、やはり視線が釘付けられてしまうのだ。

 結局、駄目だ駄目だと思いつつ片時も目を離せなかった白いオッパイが、今日はグレーのタンクトップに遮られるまで俺は見続けてしまったのであった。

 ノーブラタンクトップ──それも魅惑的なオッパイの余韻に浸るには十分すぎるシチュエーション。

 あの布地一枚下にさっきまで見ていたモノが包まれている、そう想像するだけで二粒は美味しい情景だった。

 やがてボートを動かし去っていく彼女を見送る俺は、自分が着替えるためにここにいることを思い出す。

 慌てて浜に戻ったのだが、短かったようでだいぶ時間が経っていたのだろう。二人よりも遅く浜辺へ戻ったことに、おしっこの件など微塵も感じさせない沙希の文句が飛んでくるものの、しかし生白いオッパイの幻影が脳裏にチラつく俺には全然こたえなかったのであった。

 俺はいま、男と二人で山道を歩いていた。

 なんてことはない、隣にいるのは遼太郎だ。

 一昨日の海水浴、ドキドキしたハプニングもあったけど楽しかった。いやハプニングがあったからこそか。こんがり日に焼けた真那さんの白いオッパイとか、寝ている雪奈ちゃんと沙希に水着で抱きつかれたこととか、ついでに沙希のおしっことか。

 で、昨日今日と家の用事があるとかで集まれない二人の代わりに、午前中暇になったという彼と散策してるというわけなのだ。しかしいまだに遼太郎のことは思い出せない。正確に言えばなんとなくだが、こうして二人で歩いてたことがあるような、そんなデジャヴめいたものは感じている。

 ただ、なんだかこうピースが足りない気がするのだ。

「──悠護」

「ん? なに?」

「こっちの道、右側つーか北に向かうと神郷神社の方、左に向かうともうちょっと先で温泉と、一昨日遊んだ海岸の二又になってるんだ」

「温泉?」

 そういえば温泉があるって誰だったか言ってたっけ……温泉か。

「お前、温泉行ったことなかったか? あれ? いや、一回行ったことあったよな? 確か沙希と悠護と俺、守島の真那、あと静さんと五月姉さんで入浴した覚えがあんだけど」

「いや、全然覚えてないんだけど……」

「雪奈の奴はちょうど風邪ひいてて来られなくて、あとで文句言われた気がする……あっ、もう一人いたか、温泉宿の志保美さんも一緒に入ったな、確か」

「…………」

 あの、なんですかその美味しいイベントは? 静さん、俺が八歳ぐらいなら十六歳ぐらいじゃないか?

 遼太郎が言ったのはたぶんその前の話だろうし、二年ぐらい遡ったとしても十四歳……あの色っぽい静さんのさらに瑞々しい裸体と入浴とか、いやいまでも十分瑞々しい肌をお持ちなんですが。

「沙希や真那と違って三人は胸がもう大きかったような気がする、まあガキの頃だからよく覚えてないしそういうこと意識してなかったからなあ~~、いま考えると勿体なかったよな?」

「……ああ、勿体ない、全然記憶にないのが悔しすぎる」

「悠護……目つき怖いぞ?」

 手で胸の形をゼスチャーする遼太郎に、俺は心の中で悔し涙を流すだけだった。

 そんな俺に、遼太郎がふと思いついたかのように提案してきた。

「そうだな、海に行ったばかりだけど、今度温泉にも行ってみるか?」

「遼太郎とか?」

「ああ、でもまあそういう話になれば、沙希や雪奈も来るんだろうけどな」

「来ても一緒に入るわけじゃないし」

「そりゃそうだけど、貸切にしてもらえば水着で入浴とかさせてもらえるかもしれないしな」

「ほんとに?」

「たぶんだぞ? 頼んだことはないけどさ、志保美さんはそういうイベントっぽい変わったこと好きだからさせてもらえるかもしれない、というだけだからな?」

「そうか、二人と一緒に……水着でも悪くないかな」

「お? なんだ悠護、お前あの二人のどっちか気に入ったのか?」

「そういうんじゃないけど」

「雪奈はお薦めだよな~~、女の子女の子してるし家事はなんでもできるし」

「それは分かる」

「そういや海の時、弁当作ってきてただろ?」

「あ、あれは美味かった」

「温泉宿の志保美さん仕込みなんだよ、雪奈の料理って」

「へえ~~」

 ……って、この島に宿なんてあんのか。

 それなりに人がいる隣の志之島でも辺鄙な所なのに、こっちに来る人なんているんだろうか?

「なあ」

「なんだ?」

「温泉宿って、地元の人間にそんなこと聞くのはあれだけど、そもそも客っていんの?」

 一瞬だけ、俺を見た遼太郎の表情はちょっと意表を突かれたような感じだったのが、すぐににやっと笑みを浮かべると、その小さな疑問に答えてくれた。

「あの宿はなあ、実は外部の人間には基本的に利用させてないんだよ」

「はぁ?」

「悠護も神堂の人間だから言っちゃうけどな、あの宿は運営だけを志保美さんの家が任されていて実際の持ち主ってのは神堂家になるんだ、だから神堂家のお客さん用って感じかな?」

「そ、そうなのか!?」

「この山之島や護之島、仁之島、それから志之島、言ってしまえば守越智群島自体もすべて神堂家の物なのさ」

「え……ま、まじで!?」

「ああ、だから住人は神堂家から土地とか借りてる状態なんだよ。別に金払ってるわけじゃないけどな」

 神堂家って……。

 新たに知る神堂家の秘密、って相続税とかヤバそうな感じだよなあ。俺が心配することじゃないけど。

 あ、でも万が一、久さんが亡くなったら遺産とかどうなるんだろう? 多少はうちの方にも話が来るんだろうか? ……ややこしいことに巻き込まれそうであんま考えたくない。

「神堂家は本土や他の群島にも土地やらなんやら持ってるし、大地主なんだよ。しかも他に色々事業もしてるしな。志之島の漁師の頭も神堂家が守島家に預けてる」

「…………」

 なんも言えない。そこまでお金持ちな家だとは思わなかった。

 田舎の島の有力者程度だと思ってたのに、想像以上の財産持ちじゃないか。この辺に影響力があるのも頷ける。

「志之島の連中って、やたら親切じゃなかったか? 神堂の名を出したらさ」

「……ああ、確かに態度が一変したような」

「地主だからっていうのも多少はあるんだろうけど、実はそれだけじゃないんだぜ?」

 俺の方に顔を寄せるちょっと悪そうな遼太郎の表情は、いつもの飄々とした感じの好青年からどこか暗いイメージを抱かせる、そんな雰囲気に変わっていた。

 思わず唾を飲み込み次の言葉を待つ俺に、遼太郎は──。

「……ま、神堂と関わりを持ってればいずれ知るだろうし、関わり持つ気ないなら知らない方がいい話だ。いまは大地主の孫ってことで納得しとけ!」

「あたッ! な、なんだそりゃ? 気になるぞ」

 一転して元の表情に戻る遼太郎に背中を叩かれ、むせてしまった。

 明るい感じの彼の手の衝撃に、俺は深入りしない方がいいような、そんな予感めいたものを感じてしまったのだった。

「で、話は戻るが雪奈ってどうよ?」

「と、唐突な話題転換だな?」

「いやあ、同じ幼馴染みとしちゃ気になるじゃないか、んん?」

「む、うう~~ん」

 ……雪奈ちゃんか、確かに可愛いしお弁当美味しかったし、喉が渇いたとか思った時に差し出される水筒とか凄く気が利くし。唯一胸が小さいことを除けば最高の彼女になるかもしれない、というかあれだ奥さんか。

 雪奈ちゃんのことを考えていると、水着姿や海でのお昼寝のことまで思い出してしまう。

 身体、柔らかかったな……匂いも凄くいい香りで──。

「悠護?」

「あっ! な、なんだ?」

「どうやら満更でもなさそうだな?」

「ま、まあいい子だと思うよ、胸はないけど」

「……お前、それ雪奈には絶対言うなよ? 二、三日は機嫌悪くなるからな、なっ?」

 ん? なんだ? 遼太郎の奴、やけに焦ってるみたいだが。相当まずい禁句なのか、胸ないっていうのが……いや、失礼すぎる言葉だけども。

「去年、沙希の奴が冗談のつもりで言っちまったんだが、三日後会ったらげっそりやつれてた」

「なんだそれ?」

「沙希に聞いてもなにも教えちゃくれなかったが、胸のことは禁句ってぶつぶつ呟いてたな……あいつ」

「…………」

 そんなに怖い目に遭わされたのか? あの雪奈ちゃんに?

 黒いオーラが見えたような気がしたことは確かにあったし、そんなバカなと言えないのがちょっと怖い。 

「んんッ! ……この話はこれでお終いにしようぜ」

「あ、ああ……」

 俺もそう思う……絶対言わないように気をつけよう。

「沙希の名も出たことだし、あいつの方はどうだ? アウトドアっていうか普段ガキみたいな恰好してるが水着とか着てるとなかなかよかったろ?」

「確かに……結構いい身体してたなあ」

 思い浮かべるのはやはり海のこと。

 なんつーかバランスのとれた身体っていうか、沙希じゃないと思えばアレは確かにいい身体だった。

 でかいってほどじゃないけどほどよい大きさの胸とか、くびれたウエストとか実に女の子だったのだ。

 それにだ、さすがに遼太郎には言えないけど沙希がおしっこする音も聞いちゃったんだよな。

「性格もガキっぽいけど気軽に話せるし、一緒にいて気楽だろ?」

「それは、まあ言えるかな」

 多少騒がしくもあるけれど、沙希と一緒は確かに飽きない。って言うかむしろ危なっかしくて目を離せなくもあるんだが。

「悠護が来る話がこっちにきたとき、あいつが一番はしゃいでたからな。お前のことが好きなんだろうな」

「そ、そうか?」

「いい年して恋愛とか分かってなさそーな気もするけど、それはじっくり時間をかけて教えればお前好みの女になるかもよ?」

 俺のことが好き、沙希が俺のことが好き?

 考えたことなかった、気に入られてる感じはあったけど……どっちかと言えば雪奈ちゃんの方こそそうかなと思ったことはあったんだが。いや、そもそも本当にそうなのだろうか?

「俺が見たところ、お前のこと好きなのは雪奈も一緒だと思うけど──」

「いや、待て待て」

 なんだか話の流れ的にそうかもって納得しかけちゃったけど、遼太郎の言葉をとめて考える。

 大体だ、小さい頃に少し遊んで久々に会った男にそんな感情抱くとか、ないとは言わんけどできすぎじゃないか?

 嫌われてるってことはないにせよ、好意を寄せられてるのは分かるけど、それが恋人レベルとは限らない。

 友人レベル……そう、だって俺じゃなくても遼太郎とかもっといい奴がそばにいるじゃないか。

 それとも遼太郎って彼女いたりするんだろうか。それならあり得なくもないと思わないでもない。

 で、俺はそのことを彼に聞いてみるのだった。俺も聞かれたようなもんだし、おあいこだよな?

「俺の方はともかく、遼太郎の方こそどうなんだ?」

「ん? 俺?」

「ずっとあの二人と一緒だったんだろ?」

「ま、そうだけど……どっちかっていうと妹っぽい感じだから、あの二人はな」

 それこそ分からなくもない。リアルに妹がいる俺に、じゃあ燐のことが好きかと問われれば家族的な意味でしかないとすぐに答えるだろうし、実際そう思う。

「じゃあさ、好きな人いたりすんの?」

「……いるよ」

「付き合ってたり?」

「それは……ない」

 あれ? ナーバスな問題だったのだろうか? 遼太郎の奴、少し元気なくなっちゃったみたいだ。

 しかし聞かれてすぐに好きな人がいるって答えられるこいつは、やはり男気があるのだろうなあ。

 俺なんかよりよっぽど大人っぽい。

 でも気になったんで悪いとは思いつつももう少し聞いてみた。

「もしかして振られたとか?」

「いや、そもそも告白してないし、多分だけど向こうはそんなこと微塵も思ってないと思う」

「遼太郎なら大抵の子は興味持つような気がすんだけど?」

「そうか? 確かに高校とか通ってた時は何度か告られたことあったけど……肝心なのはどうにもダメなんだよな」

「……やはりモテモテだったのか」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、なんでもない」

 高校時代、一人の女の子に告白されて浮かれて付き合って、何度目かのデートと手を繋いだぐらいで別れ話をされた俺は……いや、一人だけでも彼女がいただけいいのかもしれないけど、それでもモテモテ君は羨ましい。しかしいまの遼太郎はからかえるような雰囲気ではなかったのだ。

 だから俺は本心を彼に告げることにした。

「……気に入ってる」

「うん?」

「俺は沙希と雪奈ちゃんのことは気に入っている、けどまだそういう好きかどうかは分からない」

「……ほお」

 いまの二人に対する気持ちを素直に言った俺を見る、遼太郎の目は優しげだった。

「まあ、だからあれだ、あんまり茶化さないでっつーか、はっきり自分の気持ちが分かるまでは──」

「分かった……やっぱ悠護は変わってないな」

「え?」

「小さい頃も普段ヒョロっとしたひ弱そうな奴だったのに、いざというときはきちんと言うし行動する……そういうとこ変わってないよ」

「そ、そうか? 自分じゃ分からないけど、それに子供の頃のことあんま覚えてないし」

「ああ、そうだそういう奴だったよ」

 真面目に持ち上げられるとなんだか照れくさい。

 というか男の友情ごっこっぽくなっているような。

 そんなこそばゆい空気を掻き消すように、遼太郎は話を続ける。

「まあなんだその、それは置いといてだな」

「おう」

「この島には他にも若い女性はいる」

「……あの、まだその話続ける気?」

「女の話をすれば男は打ち解ける、そういうもんだろ?」

「そうかもしれないけど……いやそうなのか?」

「じゃあ例えばだ、彩音さんとかどう思ってんだ?」

「…………」

 その名前が出るとは不意打ちすぎだ。

 最近、屋敷にいる時はいつも彼女がそばにいるような、お姉さんズの一件以来、遠慮がなくなってきたというか、干渉してきてるというべきか。……まあ、毎日一緒に過ごしていれば当然のように親しくなってきてはいるのだ、たぶん。

「……気になってる、凄く気にはなってる」

「ほほう、彩音さんてこの島で一番美人だと俺も思うし、そうか、そうかそうか」

「な、なんだよ」

「いや、いいことじゃないか? もう同居してるようなもんだし」

「彩音さんは俺の祖母に付き添ってるだけな気が」

「ああいう感じの人が悠護の好みだとすれば……あ、そういえば志之島からこっちへは守島さんに送ってもらったんだっけか?」

「あ? ああ、そうだけどそれがなに?」

「漁火さんとかは?」

「へ?」

「落ち着いた大人の女性だろ?」

 そういう風に考えたのか。でも、だけどな。

「漁火さんて結婚してるんだろ? 旦那さん亡くなったとは聞いたけどさ、っていうかそもそもあの人四十代でしょ!!」

「年齢は関係ないだろ? いまいないなら独身なのは変わらんのだし」

「いや、ひとつ下の真那さんが娘になるとか、さすがにちょっと考えられない」

「お、真那か、じゃあ彼女は?」

「とても健康そうな娘ではあるけど」

「ちょっとお堅いっていうか、一歩引いたとこあるけど健康そうなのは確かだな」

「え?」

「ん?」

 あれ? なんかいま、齟齬があったような。

 ……お堅い? 一歩引いた? あの、べったりくっ付いてきた真那さんが?

「彼女けっこうフレンドリーっていうか普通……だったような」

 実は普通じゃなかったけどな。

「……あッ! そうか思い出した、真那って……そうか、そうか、悠護」

「なんだ?」

「真那に告られたりした?」

「あるわけない、その時一回しか会ってないし。こないだ沙希たちが言ってた昔遊んだ人の中に名前あったけど覚えてないし」

 正確には二回だけど、向こうからすると一回だから問題ないはず。

 一瞬浮かぶ彼女のオッパイのことは、無理やり頭から振り払った。

「う~~ん、覚えてないか……あのさ、真那って昔、悠護のあと、雛みたいにずっとくっ付いてたんだぜ」

「え? そうなの?」

「そりゃもう沙希と雪奈の機嫌が悪くなるぐらい、お前の服の裾を握って背後にぴったりくっ付いてた」

「…………」

「子供心に真那って悠護のこと好きなんだなって思ってたの、いま思い出したよ」

 俺の方は全然覚えてない。そんなこと本当にあったのか。なんでこんなに記憶が断片的なのだろう。沙希や雪奈ちゃんのことは少しは思い出せたのに。

「で、どうなんだ? 真那なら胸も大きいしお前好みだろ?」

「……なぜ胸?」

 いや確かに大好物ではあるんだけど、彼女のオッパイ魅力的だったけどさ。

「ん? 話からすると大きい胸が好きなのかと、ってことは静さんってのもアリアリなのか?」

「……ッ!」 

 静さん──その名にビクンとしてしまう俺だった。

 温泉の話にも出てはいたけれど、いまの話の流れで彼女の名前が出てくると、少し前のことを思い出してしまう。

 ちょうどいま、歩いている小道の横を沿うように流れている川原、そこにある岩陰で彼女が俺にしたことをだ。

 静さんのエッチな言葉に色っぽい視線、押し当てられた胸の感触が気持ちよかったことなどがありありと浮かんでしまったのである。

「悠護? どうかしたのか? ……お前、もしかして静さんと──」

「あら~~? 遼太郎くんも一緒なんだ」

「「あっ!?」」

 突然声をかけられた俺たちが、綺麗にハモってしまったその視線の先に、噂をすればなんとやら、当の静さんが小川の方から歩いてきたのだ。しかも同じ場所、同じ所から。

「こんにちは、二人でお散歩?」

「ど、どうもこんにちは」

「……こんにちは……そ、その静さん」

 どもってしまう俺に対して、なぜか遼太郎の方も動揺していた。

 遼太郎の顔色があまりよくない、怖がってるとか怯えてるとかじゃなくて、なにかとてもすまなそうな顔をしていたのだ。

「遼太郎くんは久しぶりね? 元気だったかな?」

「……ええ、まあ」

「悠護くんはこないだ再会したばかりよね?」

「はい、えっとその節はどうも」

 この人に何度も抱きつかれた。ただそれだけなのに、いやそれゆえなのか、顔を見ただけで反射的にムクムクとズボンの中で勃ち上がってきてしまう。

 うう、もしかしてあの日の続きを期待しちゃってるのか俺ってば。

「これからどこか行くのかな~~?」

「い、いえ……そろそろ俺は神社に戻らないと」

「そっかあ~~、じゃあ悠護くんはお屋敷に帰るの?」

「そうですね、そうなりますね」

 どうしたんだ遼太郎? 余裕ありげないつもの態度が、完全に鳴りを潜めてしまってる。

 あ、もしかして遼太郎も静さんになにかされたのだろうか?

 彼の言う好きな人がいるって、どうも態度からして静さんのことじゃなさそうだし。

「それじゃあ、途中まで悠護くんは私が送ってあげちゃおうかな~~」

「へ? えっ!?」

 静さん、ちょっと潤んだような目で俺を見ていらした。

 指を唇に添えながら身をくねらす仕草も艶かしい彼女には、言葉どおりまっすぐ俺を送るつもりがないようにも思えてしまう。いや多分そうに違いない。

 いま、添えられてるあの指で間接キスして、あの大きな胸をぐいぐいと押しつけられて……。

 顔が熱くなってしまい無意識に目を泳がせてしまう俺に遼太郎が声をかけてくる。しかし、やはり覇気がまるでない、彼らしさがまったくなかった。

「……悠護」

「な、なに?」

「そうしてもらえよ」

「遼太郎……」

「ちょうど時間もいい感じだし俺は神社に戻るから、あとは静さんに付き添ってもらって──」

「その、いいのか? じゃなくて大丈夫か? 顔色悪そうだけど」

「大丈夫、問題ない……それじゃ静さん、俺はこれで失礼します、悠護もまたな」

「あ、ああ」

 ちょっとどころか、かなり様子のおかしい遼太郎は、一度も振り返らずに神社の方へ去っていった。

 で、当然後に残されたのは俺と静さん。なのだが非常に気まずい、気まずすぎる。

「ねえ、悠護くん」

「は、はい?」

「お姉さんに緊張しちゃってるのかな?」

「その少し……」

「そう、期待もしちゃってるわよね?」

「……ッ!」

 俺の気持ちをズバリ指摘した彼女が近寄ってくる。

 ゆっくりと伸びてくる静さんの綺麗な手、それはそっと優しく俺の手を取ると、くいっと引かれてそのまま小川の方へと誘われた。

 ──抵抗できない。

 にこにこしながらも俺を見る彼女の視線は、ぞくぞくするほど色気のあるものだったのだ。

 狙われている、獲物を前に舌なめずりしている、俺を見つめる静さんがそんなふうにも見えてしまう。

「ちょうどここだったわよね?」

「……ええ、出会ったのはそうですね」

「ん? ん~~?」

 うう、誤魔化そうと思ったら、なにやらねっとりとした視線で見つめられてしまった。

 色っぽいけどなんだか怖い。

「まあ、そういうことにしておいてあげるけど……歩きましょうか?」

「は、はいっ」

 ふいい~~助かった、そう思って一息つこうとしたが、彼女はにっこり笑いながら腕を絡めてくる。

 当然のように当たる胸、デカいんだから当然こうなってしまうわな。

「いきましょ~~」

 照れる俺の様子に彼女はとても楽しげだった。

 女性とこんなにも親しげに腕を組んで歩くなんて、元カノとだってしたことない。

 静さんは中学、高校時代のことなんかを尋ねてくるも、ぽよんぽよんと当たる彼女の胸に気を取られ、俺は気づかぬうちに洗いざらいしゃべっていたらしい。

 彼女がいたこと、その娘と手を繋いだぐらいで終わったことなんかもしゃべらされていたのだ。

 例えこんな状況じゃなくても、彼女は聞き上手というかなんというか、なんでも正直に話してしまう、とても不思議な魅力のようなものがあったのである。

 そんな静さんは屋敷の近くまでやって来ると、ちらちらと周囲を見渡してからおもむろに正面から抱きついてきたのだった。

 や、柔らかい、正面から押しつけられるそれはやはりボリューム感が半端ない。

 思わず直立不動になってしまう。ピッタリと身体をくっ付けてきた静さんの鼓動までもが聞こえてくるような気がしてしまう。っていうか実際に聞こえるほど密着していたのだ。

 俺の胸の下あたりに感じる彼女の大きなオッパイ。

 反射的に大きくなってしまった俺のモノに気づかぬはずがないほど強く抱きつく彼女は、それでもそのままじっとしていた。

 木々の枝葉が揺れているのに風の音すら聞こえない。

 まるで二人だけの世界に紛れ込んでしまったようなそんな雰囲気の中、彼女の体温と鼓動、そして香る匂いに勃起した俺のモノは、彼女のお腹に強く押しつけられていた。

 たったそれだけで、手で触れられたわけでもないのにじんじんと熱く、そして無性に気持ちよかった。

 どれぐらいそうしていたのだろう。やがて名残惜しげに離れる彼女は軽く手を引っ張ると、前に少しだけ傾いた俺の頬っぺたにふっくらとしたその唇を押しつけたのだ。

 それは彼女の胸ぐらい、いやそれ以上に柔らかかった。

 スッと離れた静さんはにっこり俺に微笑むと、頬っぺたに口づけしたばかりの唇を開いた。

「続きはまた今度……楽しみにしててね」

「は、はい」

 そうして彼女は手を振りながら去っていく。

 つい頷いてしまった俺は、彼女の姿が見えなくなるまで、頬へのキスの感触をなぞるように指先で触れながら見送っていたのであった。

 続きって言ってたけど、これ以上のことを本気でするつもりなのだろうか。


 その夜、初日以来席をともにしていなかった久さんが居間の食卓にいた。

 色々話をしたような気がするのだけれど、昼間の静さんのせいかどうにも上の空だった。そんな俺を見かねたのだろう久さんが声をかけてくる。

「悠護」

「……あ、はい?」

「疲れとるのか?」

「いえ、あ……昼間歩きまわったので少し」

「そうか、せっかくお前が来てくれたのに、ここのとこ寄り合いやらなんやらで忙しくて、すまんかったの」

「そんなことはないですよ、昼間は遼太郎や沙希、雪奈ちゃんと遊んだりしてましたし」

「おう、そうか……昔もあの子らと遊んどったからな」

「それに、家では彩音さんが色々面倒を見てくれてますし」

「ふふん、そうかそうかちゃんと悠護の面倒みとるか」

 ちらっと彩音さんを見る祖母の視線は、穏やかながらなにか含むものを感じてしまう。

 きっと静さんの件で気もそぞろな俺の、単なる気のせいだとは思うけど。

「悠護さん、今日の夕食は島で採れた滋養のあるもので揃えてみましたから、残さず食べてくださいね」

「あ、すみません彩音さん」

 俺の横に座る彩音さんが御飯をよそってくれたり、初めて見る料理を簡単に説明してくれたりと、いつも以上に丁寧に世話を焼いてくれる。それを見る久さんはなんだかとても嬉しそうにしていた。

「夫婦みたいだな」

「え?」

「あっ……す、すみません」

「謝らんでいい、彩音はよく世話をしていると感心しているところだからな」

「…………」

 夫婦って……それは悪くないと思ってしまった。

 俺の隣で赤くなって恐縮する彩音さんは、やはり凄く美人で可愛らしい。しかし今日のあれが鮮烈すぎた。

 なんでだろう、浮気でもしていたような罪悪感すら覚えてしまう。

 別に彼女と付き合ってるわけでもないし、告白したりされたりしたわけでもないんだけど。

 ああ、でもあれか、もし静さんみたいにあんなことしてきたのが彩音さんだったのなら、こんな微妙な感じじゃなくて、もっと凄く嬉しかったりするんだろうか?

「悠護」

「はい?」

「実は少し頼みごとがあるんだが、聞いてくれるか?」

「え? ええ、まあ」

 んん? なんだろう? 久さんがすまなそうな感じで俺を見ていた。

「明日の夜のことなんだが、また村の寄り合いがあってな。その席でお前を紹介して欲しいという村人が少なくなくての」

「はい?」

「まあ要するにだ、お前も少し顔を出してくれんだろうか?」

「え? 俺がですか?」

「うむ、そんな気負うことでなく本当に顔合わせみたいなもんだから、さっき話しておった三人もくるはずだ──」

「遼太郎とか沙希とか雪奈ちゃんがですか?」

「ああそうだ」

「……なら、いいですよ久さん」

「そうか!? ならば頼む、助かるよ……詳細は彩音に伝えておくから後で話を聞くがいい」

「はい、分かりました」

 まあ、いつもの三人がいるのなら安心できるだろうし、まだしばらくここに滞在しなきゃならないわけだから村の人たちと会っておくのも悪くはない。それとそういう席なら……静さんに会ってもたぶん普通に接せると思うし。

「……それから」

「はい?」

「名前で呼ばれるのもいいんだが、少し他人行儀すぎる気がしてな……お祖母ちゃんとか呼んでくれんかの?」

「え? あ、ええと……」

 期待するような久さんの視線に迷ってしまう。

 ううむ、ううん……ま、まあそうだよなあ……。

「……お、お祖母ちゃん?」

 うあああ、恥ずかしい。

 祖母なんだから当たり前のことなのに、もの凄く恥ずかしかった。

 そんな俺に久さんは、顔をくしゃっとさせてとても嬉しそうにしていたのだった。

 ともあれ祖母の頼みを引き受けた俺は明日の夜、村の寄り合いとやらに参加することになったのである。

 緊張しまくった顔合わせの翌日、俺は彩音さんに誘われて北の山の中腹にある神郷神社を訪れていた。

 おそらくは俺の気分転換のつもりだったのだろう。なにせ紋付き袴を着させられて飾り物のようになってしまった俺は、この島のほぼ半数以上の人たちから一人ずつ挨拶されるという大役を果たしたのだ。

 確かに紹介は必要だと思う、思うのだがあんなの俺の人生で初めてのこと。

 神郷神社の次期神主だった遼太郎や、入院中の母親の代理で来た雪奈ちゃんがいなかったら、確実に息が詰まっていたのは間違いない。

 まあみんなで夏祭り──こっちの神社の分社である、志之島の方の神郷神社の夏祭りに行く約束をしたのはよかったけど。


「……け、結構、長い、階段、だったん、ですね」

「大丈夫ですか?」

 見た目以上の長い階段に息も切れ切れにそう漏らすと、平気そうな彼女に笑顔で心配されつつ、額の汗をハンカチで拭かれた。

 彩音さんはこないだの散歩で分かってはいたけれど、いたく健脚だった。俺もそれなりに鍛えてはいたはずなのに、彼女より体力が劣っているのだろうか。

 階段を上りきった先で、シンプルかつちょっと変わった形の鳥居を潜り抜けると、狭いながらも綺麗に清掃された境内に出る。そこは実に神社らしく厳かな雰囲気が漂っていた。

 神社に付き物の手水舎、そして御神木かなにかだと思われる注連縄の巻かれた太い樹が一本目につく。

 正面を見れば拝殿なのか本殿なのか、思っていたよりも小さな建物が立っていた。

 右側を見れば何本かの木の奥に平屋建ての一軒家、たぶんそこが神郷家の家なのだろう。

 ス~~っと息を吸い、ハ~~っと息を吐く。

 神社の清涼な空気で深呼吸した俺は、彩音さんの説明を受けながらお参りを済ませた。

 賽銭箱がない以外は特に変わったところは見られない。作法自体も普通の神社とそれほど変わらない。

 参道の中央辺りまで戻った俺は、どうしてか無性に気になる注連縄が巻かれた樹をつい見つめてしまうのだった。

 う~~ん、なぜだろう? なんだかとっても懐かしい?

「どうかしました?」

「あ、いえ……あの樹なんですけど……あっ!」

 記憶を探っていると、俺の手を掴んだ彩音さんが、その樹へ向かって歩いていく。

 触れ合う手に思わず声をあげてしまったものの、彼女は気にせず目の前まで俺を連れて行った。

 見上げる樹は凄く大きい。樹齢はいったいどのくらいなんだろう?

 根元近くの樹のむろは、小さな子供なら二人は入れるほどの大きさで……あっ!!

 そこで俺は唐突に思い出す。昔の思い出、子供の頃のうろ覚えな記憶のひとつを。

『……と、けっこんして』

 なんだか胸が熱い。

 そうだ。ここで、このむろの中で俺は誰かに告白されたのだ。

 幼い頃の結婚の約束。相手が誰だったかまでは思い出せなかったが、告白されたことは覚えていた。

 この村に来る切っ掛けというか訪れた目的である久さんの件、ついでに燐の件、そして最後のひとつ……俺の子供の頃の淡い思い出がこれだったのだ。

 あわよくばとは思ってはいたけれど、ここだったのか……。

 懐かしさと嬉しさで俺は胸がジーンと熱くなっていた。

 握っていた彩音さんの手がなんだかとっても温かい。

「悠護さん、とても嬉しそうですね?」

「え? あ、そうですか?」

 思った以上に長い時間、俺はそのまま突っ立っていたらしい。

 我に返り無視しちゃった形の彩音さんに謝ると、彼女はただにっこり微笑み返してくるだけだった。

 ひとつしか年齢が違わないのになんでこんなに大人な態度なのだろう。

 手を握ったままなのに気づき一瞬離そうとしたのだが、彼女がしっかりと握っていたので離すのはやめてしまった。

 相手が誰だったかまでは思い出せなかったものの、思い出の中の場所を思い出せた俺はなんだか心が踊ってしまう。

 そのままなんとなく境内をぐるぐると手を繋いだまま歩いていた俺たちは、木の向こう側、遼太郎の家の方から一人の女性がこちらへ向かって歩いてくることに気がついた。

「こんにちは、悠護さんと彩音ちゃん」

「こんにちは」

「こんにちは、美奈江さんでしたよね?」

 そのままやってきた彼女は俺と彩音さんに挨拶してくる。

 俺の名前と顔を知っている彼女は遼太郎のお母さんで、この神社の神職代理の美奈江さんだった。

 昨日、寄り合いの席で聞いてはいたけど、美奈江さんって四十九歳なのだ。

 巫女服に身を包んだ彼女は、とてももうじき五十になるとは思えない、パッと見三十代後半かそのぐらいに見えていた。

 漁火さんもだけど、守越智群島の女性って若作りというかなんというか、みんなこんな感じなのだろうか。

 衣装のせいかは分からないけど色気よりも清楚っていうかちょっと神秘的というか、そんな雰囲気が滲み出ているようで、巫女服がとても似合う女性だった。

 彼女は俺と彩音さんの顔をにこやかに見ていたのだが、その視線がすっと下に向かっていく。

 なにを見ているのだろう……って、手か? 手を握ってるのを見ていたのか。

 急に恥ずかしくなって俺が手の力を緩めると、彩音さんも同じことに気がついたのだろう、そっと手を離した。

「うふ、仲がよろしいのね」

「あ、え、いやあ~~その」

「…………」

 指摘されると余計恥ずかしい、ちらりと横を見れば彩音さんも赤くなっていた。

 微笑ましいものを見るような目で見ていた美奈江さんが、気恥ずかしくなる空気を払拭するように話しかけてくる。

「今日は神社になにかご用ですか?」

「いえ、特に、散歩のついでです。まだこちらに伺っていなかったもので案内してもらったんです」

「そうですか、てっきり遼太郎を訪ねてきたのかと思ったのですけど」

「いまいるんですか?」

「いえ、今朝早く久美南島の病院へ……五月のお見舞いです」

 そうか、いまいないのか。

 せっかくだから散歩に誘ってみようかと、いまこの瞬間に思ったのだけど残念、残念。

「汐音も高校の合宿で留守にしていますし、いまは私一人しかいません」

「汐音? えっとそれはどなたでしょうか?」

 誰だろ……初耳な、たぶん女性の名前を彼女に聞き返せばちょっと苦笑して答えてくれた。  

「私の三人目の子で五月と遼太郎の妹の汐音です。やっぱり小さかったから覚えていなかったのかしら? あの子も悠護さんに会いたがっていたのだけど、本人が聞いたらおへそ曲げちゃうかもしれないわね」

「あ、す、すみません」

 妹──遼太郎にも妹がいたのか、そしてやっぱり俺は覚えていなかった。

 そんな俺に彩音さんも彼女のことを教えてくれる。

「汐音ちゃんは久美南高校の三年生で、燐ちゃんと一緒に夏期講習に参加してるんですよ」

「そうなの、汐音はそのまま部活もあることだし戻ってはこないのだけど……あの子が悠護さんに会えるのは新学期に入って最初の土曜日かしら」

「そうですか、楽しみにしておきます」

 と無難な言葉を返すとにっこり微笑む美奈江さん。

 なんだか気のせいかもだけど、汐音って娘に会わせたがっているような……いや、本当に気のせいだとは思うけど。遼太郎の妹ということで興味があることは事実だし。

 ともあれまた一人の女の子の名前を頭に刻み付け、少し美奈江さんと雑談した後、彩音さんとともに神社をあとにしたのだった。

 登ってきた石段を下りきれば汗でびっしょりになってしまった。

 陽差しが少し強くなったせいもあるのだろう、行きとは異なり俺と同じく汗を浮かべた彩音さんのブラウスが、背中にぺったりと張り付いていた。

 大人しめなブラジャーが透けて見えてしまっている。

 後ろにまわった瞬間にそれに気がついた俺は、悪いと思いながらもつい見つめてしまうのだった。

 ブラの形状、ホックの位置、ブラウス越しとはいえわりとくっきり見えてしまった彼女の背中に見惚れてしまっていると、突然声がかけられた。

 声をかけてきたのは雪奈ちゃん。

 いつの間にそこにいたのか、階段前の小道に立っていた彼女が小走りでやってくる。

「ゆーごちゃん! 彩音さんもこんにちは」

「こんにちは雪奈ちゃん」

「おっす、こんにちは」

 手を胸に当てて俺のそばに来た彼女は勢い余ったのか距離が近かった。あと半歩で俺にぶつかりそうなほどの勢いで迫ってきたのである。

「あっ!」

「おっと」

 思わず雪奈ちゃんの肩を掴んで押しとどめると、彼女は一瞬にして顔を赤くする。

 そのまま見つめ合う俺と彼女。

 恥ずかしそうにうわめづかいをする彼女は、思わず抱きしめたくなってしまうほど可愛かった。

「ご、ごめんなさい」

「あ、いや……大丈夫?」

「うん」

 う~~ん、こんなに慌ててどうしたのだろう?

「あの、沙希ちゃん大丈夫だって」

「え?」

「温泉行く約束」

「あっ」

 そういえばそうだった、温泉行くって遼太郎たちと話していたんだっけか。寄り合いに参加してなかった沙希を雪奈ちゃんが誘う手はずになっていたのだ。

「志保美さんにも私から伝えておくから、その……大丈夫だよね?」

「もちろん、行くよ」

 忘れてたっぽいと思われたのだろうか? 俺が答えると雪奈ちゃんはホッとしたような笑顔を浮かべていた。そんなに俺と温泉入りたかったのかな。

 と、そこで隣にいる彩音さんのことを思い浮かべる。

 海は断られちゃったけど、温泉なら行ってくれるかな?

「あの、彩音さんも行きません?」

「え? あ、あの……いつですか?」

「え? あ、そういえばいつ行くの?」

 彩音さんの問いかけに日取りを聞いてなかったことを思い出し、雪奈ちゃんへとパスすると、彼女は少し考える素振りをしてから答えてくれた。

「ええとみんなの都合が合うのが木曜日、だから十八日になるんだけど」

「……ごめんなさい悠護さん、その日は御堂の家の用事があって、その……」

「そ、そうなんですか、仕方ないですよね」

 残念、残念すぎるが仕方ない。

 あからさまに顔に出てしまったのだろう、俺を見ていた彩音さんは小さく囁くような声でこっそり言ってきた。

「……その、機会があったらまた誘ってください」

「…………」

 こくりと頷く俺──誘います、誘いますとも!

 行くのが嫌で断られたわけじゃない。彼女の態度からそう確信した俺は絶対誘うと心に誓うのであった。

「ゆーごちゃん」

「ん? なに?」

「燐ちゃんっていつ戻ってくるの? もしよかったら誘おうかって沙希ちゃんと話してたんだけど」

「あっ、そういえばいつなんだろう? いつなんですかね?」

 すっかり忘れてたよ、燐の存在。

 これまた雪奈ちゃんからの問いかけを、彩音さんへとパスする。

「確か再来週の水曜日、八月二十四日ですね」

「けっこう先なんですね」

「温泉もお祭りも燐ちゃん参加できないんだ……可哀そう」

 優しい雪奈ちゃん、しかし燐が遊べないのは自業自得の結果なのだし、それこそ仕方ないことなのである。

 彼女は少し考えてから俺と彩音さんに提案してきた。

「もしよかったらその日、私たちで迎えに行かない? 燐ちゃん喜ぶと思うし、沙希ちゃんも久しぶりに久美南島に遊びに行きたいって言ってたし……どう、ゆーごちゃん?」

 う~~ん、久美南島か……そういえばちょうど本とか欲しかったし、彩音さんも行くなら……と思い浮かべ、彼女の方を振り向けば彩音さんはこくりと頷く。

「その日でしたら私も行けますよ?」

「じゃあ、そうしましょう!」

 ──こうして俺は祭りに続いて温泉と燐のお迎えの約束をしたのである。

 気がつけば予定が増えていた。 

 今日はちょっと早めだった夕食を終え、まだ日が落ちるまでに一時間はあるだろうと時間を確認した俺は夕涼みに出かけていた。

 屋敷の近くまで流れている小川沿いを、一人てくてくと歩きながら温泉や久美南島へ行く約束のことを考えていたのだ。

 温泉ももちろん楽しみではあるけれど彩音さんたちと他の島に遊び……もとい、燐を迎えに行くのも楽しみである。

 にんまりと口元が綻んでしまう。

 このところ彩音さんといい感じになってきていないだろうか? 手も繋いじゃったし、嫌がるどころかむしろ彼女の方から最初は握ってきたんだよなあ。

 にぎにぎと手を握りしめ、昼間の彩音さんの手の感触を思い出しつつ、ウキウキと歩いていた俺は無意識だったのだろう。気がつけば例の場所、静さんと遭遇した岩場の所に立っていた。

 それに気づいた瞬間、なぜかぞくりとしてしまう。

 無論、恐怖とかそういうんじゃない。

 股間に来るというかなんというか、つまるところなぜか勃起し始めてしまったのである。

 なんで勃ってきちゃったのか。静さんの色っぽい姿を思い浮かべたせいなのか、それとも彼女のことを思い出してしまうこの場所のせいなのか。

 どちらにせよ勃起し始めたのは間違いなく、そして漠然とした俺の予感は当たるのだ。 

「悠護く~~ん!」

「うわっ!」

 突然、草陰から飛びだし俺にタックルまがいの抱擁をしかけてきたのは、やっぱりというか静さんだった。

 こうなるだろうとなんとなく思ってはいたけれど、まさかこんなに勢いよく飛びついてくるとは思っていなかったから、彼女を抱きしめたままドスンと尻もちをついてしまう。

 下は草地のせいかあまり痛くはなかったのだが、クッションのように彼女と俺の間に挟まった大きな胸に思わず口元が緩んでしまった。

 柔らかさと弾むような弾力にそれを上から見下ろせば、むにょんむにょんと形を変える静さんの胸はやはり魅力的だった。

 しかもだ、今日は胸元が少し開いていたため、はみ出すように盛り上がるふたつの山のような膨らみと、それが作り出す深い谷間から目が離せない。

「久しぶり~~」

「あ、危ないですよ」

「だって~~悠護くん、絶対受けとめてくれるって思ったから」

 受けとめきれずに押し倒されて尻もちついたわけですが。

 咎めるような口調で言おうとしたのだけれど、にやけてしまった俺の言葉は、自分でも分かるほど優しげだった。

 というか久しぶりって昨日の夜、寄り合いで会ったばかりなんだけど。

 しばらくすると静さんはやっと満足したのか、少しだけ身体を起こして、じ~~っと熱っぽい視線で下から見つめてくる。

「ねえ、悠護くん」

「な、なんでしょうか?」

「背丈も伸びたし、顔つきも大人っぽくなったけど……こっちはどうなのかなあ?」

「へ? こっち? あッ!」

 え? あれ? 静さんに、股間を触られてる!?

 なにが起こったのか理解しきれない、俺の股間が静さんの手で撫でられていたのだ。

 むろんジーパンの上から、とはいえそんなことは些細なことである。だって年上の美人に前を触られちゃってるのだ。しかも撫でる手つきが凄くイヤらしい。

「な、なにを?」

「ん? 悠護くんのを撫でてるのよ~~」

「な、なぜ?」

「こっちも大人になったかな~~って、うふふ、ズボンの上からでも分かっちゃうぐらい大きくしてるわよねぇ」

「うああ」

「ほらほら、また大きくなったわよ?」

 最初はただ撫でまわすような感じだったのだが、次第に形に沿うように撫でてくる。いやもうこれは完全に擦ってるって感じになっていた。

 や、ヤバい、これはヤバい。

 そうは思っても信じられない出来事に、俺は彼女の手を振り払うこともできなかった。

 なんで静さんこんなことしてくるのだろうか?

 どうして俺はやめろって言えないのだろうか?

 正直、少しは期待してたところもあったのだが、まさか本当にしてくるとは思わなかった。

 微笑む静さんは興が乗ってきたのか、ズボンの前立てを指で探るとファスナーの引手を摘まんでいた。

 そして俺を見つめながら、ジジ~~ッと音を立てて下げてしまう。そのまま躊躇なく彼女の細い手が、開いてしまった隙間から侵入してきたのである。

「ちょッ! し、静さん、ダメですよこんなこと」

「すご~~い、こんなに硬くして。 ……ねえ、お姉さんの手、そんなに気持ちイイの?」

 すでに下着の上から俺のモノが握られて、上下にゆっくりと扱かれてしまっていたのだ。

 これはめちゃくちゃ興奮する。女の人にこんなことされるの初めてだし、なによりも他人の手で触られるのが気持ちよかったのである。

「……このまま出しちゃおうか?」

「な、なにを言って……」

 囁くように言う彼女の言葉が興奮でよく分からない。意味は分かるけど理解が追い付かないと言うべきか。

 ちろり、ちろりと動く舌べろが、少し開いた唇の隙間から見えるのがゾクゾクっとしてしまう。

「悠護くんのぉ、大きくなったペニスからぁ、白くてべとべとするぅ、精液をぉ、どぴゅっどぴゅって……ね?」

「そ、そんなことダメですって!」

「ん~~? 我慢しなくていいのよ? こうやって扱われるのが気持ちイイんでしょ? 男の子が射精するのって、すっごく気持ちイイんでしょ?」

 それは分かってる、出したら気持ちイイのは分かってる、静さんがペニスとか射精とかエッチな単語を口にしたのも分かってる。

 しかしいまの俺ってば下着はいたままだし、もしこのまま出しちゃったら大変なことになってしまうのだ。

「んふっ、下着汚しちゃっても川で洗って干せばすぐ乾くわよ……ここで悠護くんが射精したこと、誰にもバレないわよ?」

「で、でも」

「私が悠護くんの精液付きパンツ、丁寧に洗ってあげるから……ね?」

「うっ……」

 ヤバい、ほんとヤバい、ヤバいです。

 そう思いつつも出したいという欲求はどんどん俺の中で強くなってくる。

 出したい、いやダメだ。このまま最後まで、ってダメダメ。

 川の流れる水音よりもはっきり聞こえるシュッシュッという音、それはカチカチに硬くなってる俺のモノが完全に扱かれている音だった。

 もう我慢の限界がすぐそこまで迫っていたのだ。

 うう、楽になりたい、このまま静さんの手ですっきり出してしまいたい。

 もうどうにでもなれと彼女の下着越しの手コキに昂った俺は、しかし射精にまで至ることはなかった。

 なぜならば、わりと近くから彼女を呼ぶ声がふいに聞こえてきたからである。

『しずかさ~~ん?』

「ッ!?」

「あ……おかあさんだわ」

 焦りで俺が身体を硬直させれば、本当に残念そうな表情を浮かべた静さんが手をとめる、とめてしまった。

 あ、あとちょっとなのに。

『どこにいるの~~?』

「あ、あの、呼んでますよ?」

「もぉ~~おかあさんってばタイミングが悪いんだから。あ~~あ、残念、もうちょっとで悠護くんイキそうだったのになあ」

「…………」

 名残惜しそうに彼女はズボンの隙間から手を引き抜くと、立ち上がってポンポンと軽くお尻を払う。

 それをたぶん残念そうな顔をさせて見ていたであろう俺に、静さんはぱちりと軽くウィンクしてきた。

「待ち合わせしていた私のおかあさんが来ちゃったの……ごめんね悠護くん」

 むちゅっと頬っぺたに柔らかいものが押し当てられて、それが彼女の唇だと気がついた時には、静さんは手の届かない所まで離れていた。

「ふふ、また続きしようね?」

 軽く手を振り、低い土手を登っていく静さん。

 姿は見えずともすぐに聞こえてくる静さんとそのお母さんのやりとり……は、いいんだけど、あの、コレどうしろと?

 開いたままのファスナーの隙間から見える、下着越しに硬く大きく勃起した俺のモノ。

 まだこの村の人の動きを把握しているわけでもなく、突然誰かが通りかかるかもしれない。

 それ故にここで自分で処理するわけにもいかない俺は、じっとその場で興奮が治まるのを情けなくも待つことにしたのであった。

 ……だってこのまま帰って、こんなもっこりと盛り上がった部分を彩音さんにだけは見られるわけにはいかないですし。

 ……暑い。

 目を開けるのすら億劫になるほど今日は無性に暑かった。

 布団もシーツも掛けていないのに、分厚い毛布で包まれているかのようだったのだ。

 閉じたまぶたに感じる光から、もう陽が昇ってるのは分かってる。

 分かってるんだけど、起きるどころか目を開ける気力すらまったく湧かない、だるすぎる。

 ついでに言えば股間に集まる血流の感覚で、どうやら朝勃ちしているのも分かっていた。

 なんというか凄く硬い、いつにも増してカチカチに硬く勃起しているのだ。

 きっと昨日の静さんの寸止めのせいもあるのだろう。屋敷に戻っても自分ですることもできなかったし。

 ……そしてやっぱり暑い。

 このままダラ~~っと、少しはマシになるだろう夕方まで横たわっていたい気分。

 冷暖房のないこの屋敷に居続けるよりも、風のある木陰や水場の近い小川の岩場辺りでゴロゴロしているのも捨てがたいのだけど。

 そんなふうに少しでも涼しげな場所を連想してると、うだるような熱さのここにいるのがアホらしくもなってくる。

 それにだ、そろそろ起きないと彩音さんに迷惑をかけてしまうかもしれない。

 そう思った俺は無理やり目を開けた。

「…………あ?」

 目を開いた瞬間、飛び込んできた光景。

 それは予想だにしないものだった。

「「…………」」

「う、うわああ~~ッ!」

 思わず手足をバタつかせ、敷布団の上を這いずる。目の前には鈴音さんと美鈴さん──彩音さんの双子のお姉さんズがいたのである。

 それもただそこにいたわけではない。

 右と左から互いの頬をくっ付けて、鼻息が当たってもおかしくないほどの距離から俺の顔を見下ろしていたのだ。

 いくら美人だとしても、寝起きにそんな近い所から見下ろされていたら、俺じゃなくてもビビってしまう……軽くホラーだよ。

 俺が寝ていた枕元の横に、正座していた彼女たちは姿勢を正すと軽く頭を下げた。

「「おはようございます」」

「……お、おはようございます」

 相変わらずよく分からない人たちである、美人なのに。

「あの、なんでしょうか?」

 とりあえず気まずい空気をなんとかしようと彼女たちに声をかけたのだが、それに応えず二人の視線は俺の顔から下の方へ移動していく。

 そういえば、今日はTシャツにトランクスで寝てたんだったか。

 下着を見られたと思った俺は、まあでもそのぐらいは平気だと自分の身体を見下ろして硬直する。

 彼女たちの出現ですっかり忘れていたのだが、トランクスをこれでもかと押し上げる俺のアレが元気よく勃ったままだったのだ。

 そして恐る恐る視線を戻すと、彼女たちの口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。

 見つめ合う俺とお姉さんズ。

 気まずさがマックスになると同時に、二人はいつものごとく同時に口を開いた。

「「悠護様、朝勃ちされてますよ?」」

 言わなくても分かってるう~~っ!!

 わざわざ指摘する彼女たちに俺がなにも言えずに黙っていると、部屋の入口からもう一人の姉妹の声が聞こえてきた。

「……姉さんたち、悠護さん起きまし……た?」

「「あ、彩音、悠護様がほら勃起して──」」

「ね、姉さんたち!!!」

 いつから見ていたのだろう。それはともかくも彩音さんが本気で怒るその声にビクンと跳ねたお姉さんズと俺。普段、温厚そうな人ほど怒ると怖い。それをまざまざと見せつけられてしまったそんな朝だった……。

 彩音さんが俺のために怒ってくれたその日の午後、当の彼女と俺は南の山の辺りへ散歩に出かけていた。

 俺のため……嬉しい一方で気まずさもある。なぜなら後で落ち着いてから気がついたのだが、あの場にいたということは、彩音さんにも俺の朝勃ちを見られてしまったのかもしれないのだから。

 つーかお姉さんズが彩音さんに言っちゃったから知られてはいるんだろうけど。

 それでも実際見られたかどうかは重要な問題である。

 見られたのか? セーフなのか?

 どちらかは分からないし尋ねる勇気もない。

 服を脱がされていた時もそうだけど、なんで御堂の三姉妹には色々と見られてしまうのだろう。

 まあ、一緒の屋敷に暮らしていればそういう機会も増えるのかもしれないんだけど、俺も彩音さんの背中と半ケツ見ちゃったし。

 ともあれどうにも落ち着かずに、隣の彩音さんを盗み見た。今朝のお姉さんズへの剣幕はどこへやら、にこにこしながら歩いている。

 陽差しも強いせいかさすがに今日の暑さはこたえるのだろう、黒い布地の日傘を差した彼女は俺にそれを傾けてくれていた。

 そんな今日の彩音さんはノースリーブの白いブラウスに紺色のロングスカート。

 肩を出しているせいか、いつもよりも大胆というか腕が丸見えな彼女は眩しかった。

 彩音さんは出歩くわりには日に焼けたようには見えず、まあたぶん日焼け止めかなにかを塗っているのだろう、とても綺麗な肌をしているのだ。

 楽しげな横顔も改めて見るまでもなく美人である。

 う~~ん、正直言って隙がない。どんな美人でもよく見れば少しは気になる部分があると思うんだけど、彩音さんの場合はそういうところがなかった。

 きっと俺が好意を寄せているせいなのかもしれない。それにそんな感情を差し置いても彼女は俺の好みドストライクな美人だったのだ。

 俺が見ていることに気がついたのかそれとも偶然か、歩きながらくるっと振り向いた彼女は少しだけ頬を赤らめると、どこか誤魔化すような感じで島のことを話してくれる。

 ああ、心がほっこりする。

 美人だし優しいし真面目だし……今朝は怒ると怖いところも見ちゃったけど、アレはどう考えてもお姉さんズが悪いんだし、俺が怒られたわけじゃない。

 そんな穏やかな時間が過ごすうちに俺も落ち着いてきたのか、ふと気になったことを彼女に尋ねていた。

「あれはなんですか?」

「え? あ、あれは温泉宿ですね、宿の屋根ですよ」

 ちょうど木々の隙間から遠目に見えた黒い屋根、それを指差しながら聞くと彩音さんが答えてくれた。

 アレが温泉宿の屋根なのか……。

 一部分だけだからはっきりとは分からなかったものの、そこそこ大きそうな雰囲気である。

 今度あそこに行くのだ。雪奈ちゃんと沙希と一緒に温泉とか、例え水着着用とはいえドキドキしてしまう。

 あ、いかんいかん、彩音さんが隣にいるのに他の娘のこと考えてしまった。

 女性に対しては一途だと思っていたけど、もしかして俺って浮気性なのだろうか? ここに来てから、同時にいろんな女性のことを思い浮かべてしまうことが多くなってきている。そんな気がしないでもない。

 ていうか、してますよね……。

 自分の気持ちを誤魔化しながら、彩音さんに別の話題を振るのであった。

「あの、他の島ってどんなとこなんですか? 例えば、そう、護之島とか」

「護之島ですか? そうですね、護之島は元々御堂家が居を構えていたのですけど、守越智群島の人口が減った頃からこちらへ移転したのです」

「へえ、彩音さんのとこの島だったんですか」

「ええ、うちのというか住んでいたというだけなんですけど。元々守越智の住人のお墓もすべて向こうにありますから、たまにお参りに行く人がいるぐらいで、いまは無人島といっても差し支えありません」

 そういえばそうだった、群島すべて神堂家の所有だって遼太郎が言ってたっけ。

 お墓もあるとのことだけど、こっちにそういうのがなかったのはそういうことだったのか。

 俺も機会があったら行った方がいいのかな? ご先祖様のお墓があるのだろうし、母のお墓もたぶんそこにあるんだろう。

 ってあれ? 子供の頃って俺、向こうに行ったことあったのかな?

「仁之島は守降山が島の半分を占める島で、周囲が絶壁のため古来より人が入っていない無人島なんです」

「それって、誰も行ったことがないってことですか?」

「そうですね、私の知る限りはありません」

 ふむふむ、あの大きな山がある島は完全な無人島っと。

 なんだか秘境って感じがする。行けたらいつか行ってみたいもんだ、もしかしたら新種のなんちゃらとかあるかもしれないし。

「志之島は漁港のある一番人口が多い島ですね。あちらは守前村と言うようにこちらとは村が分かれています。久美南島には負けちゃいますけど中学校まではありますし、診療所や漁業組合も、神社も分社ですけどありますから」

「あ、小中学校はあるんですか?」

「ええ、私もそこの卒業生ですよ」

 なるほど、そっから高校行くなら久美南へ、っていうことか。彩音さんもそこに行ったのだろうか? 

 あれ、そう言えば俺、彼女のこと全然知らない。

 なんてことだろう、外見や彼女の雰囲気にばかり目が行っちゃって、なんにも聞いてなかった。

「その、彩音さんは中学出てからどうしてたんですか?」

「私ですか? 一応、高校は出ましたけど、それからはすぐに家の仕事に就いたので高卒ってことになりますね」

 そうなのか~~、頭がよさそうだから漠然と大学まで行ったかと思ってたんだけど、そういえばひとつしか年齢が違わないから四年制の大学行ってたら四年生になってたはずだよな。

「姉さんたちは資格を取るために、二年ほど本土の専門学校に行ってましたね」

「え?」

「確か鈴音姉さんが秘書で、美鈴姉さんが経理関係だったはずです」

「…………」

 いや、神堂家の秘書っていうか手伝いの仕事しているって聞いてはいたけど、あのお姉さんズ、本土の専門学校行ってたのか。イメージが全然湧かないのは出会ってからこれまで、色々奇妙な行動ばかり見てきたせいだろう。

「あと二人とも車の免許と船舶免許を取ってますね」

「…………」

 それもなんだか似合わない。ここは島だから船舶はともかくも、車を運転する二人の姿が一ミリたりとも想像できなかった。

「車の免許ぐらいは私も取りたかったんですけど、その、機会がなくて」

「そうですか……」

 ちょっと恥ずかしそうに言う彼女に相槌をうちながら、『でもこの島で暮らすなら必要ないですよね』などとは言えない俺だった。


 その後二時間ほど散策した俺たちは、海水浴に行った海岸が少しだけ見える小高い丘にいた。

 丸太というか、ちょうど座るのに適していた倒木に座り、これも当たり前になってしまった手渡される水筒から水を飲んだりして休憩をしていると、不意に俺の頭にポンと優しく手が乗せられ、そのまま撫でられた。

 一瞬、彩音さんかと思ったのだけど、彼女は俺の隣で水筒を持っていたのだ。

 ならば雪奈ちゃんか沙希か、あるいは静さんかと後ろを振り向けば、そこに立っていた着物を着た女性は俺の知らない人だった。

「あ、え?」

 初対面の俺の頭を撫でる女性に驚くも、彼女はとろんとしたどこか焦点の定まらない目で俺を見つめながら微笑みを浮かべて撫で続けてくる。

 胸ぐらいまで伸ばした髪を今風のおさげにしたその女性は着物のよく似合う、彩音さん以上におっとりとした感じの人だったのだが──なんで俺、彼女に頭を撫でられているのだろうか?

「あ、綾女さん、こんにちは」

 俺がビクッとしたことで海岸の方を見ていた彩音さんも気がついたのか、くるりとこちらに振り返り女性に向かって挨拶する。

 あやめ、確かに彩音さんはそう呼んだのだけど、綾女さんという女性の記憶はやっぱりなかった。

「あ、あの……こんにちは」

「はい、こんにちわぁ」

 俺の挨拶に答えた彼女の声に思わずぶるっと震えてしまう。

 綾女さんの声はくすぐったくなるほど柔らかくて甘い声だったのだ。

 なんて言えばいいのだろう。母性溢れるというか、つい甘えたくなってしまう、そんな不思議な魅力のある声だったのである。

 そして彼女は撫でるのをやめることがなかった。まるで縁側でお爺さんやらお婆さんが老猫を撫でているかのような、そんな感じで無心に撫で続けていたのだ。撫でられているのは俺だけど。

 なぜ俺の頭を撫でるのか? そう聞こうとしたのだけど、どうしてか尋ねることすら悪い気がしてしまう。

 なので俺は黙って綾女さんに撫でられ続けることにしたのだ、観念したと言っても過言ではない。

 くすぐったくも心地よい、静かな時間が流れていく。

 俺が素直に撫でられているためか、彩音さんも特になにも言ってこなかった。

 終わりが見えないナデナデタイムは、いつ終わるのだろうかとぼんやり考え始めた頃である。

「……彩音ちゃんとデートなの? いいなあ……」

 撫でながらも突然話しだした彼女──え? で、デート? 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 さっと彩音さんの方へ振り向けば嬉しそうに頬を赤らめた。

 勘違いじゃなければ、これもう脈が大ありだと思ってもいいんじゃないだろうか?

 見つめ合ってしまう俺と彩音さん、俺がそう思ってるだけかもしれないが、彼女との世界ができつつあると感じたその時、綾女さんが撫でるのをやめ、スッと曲げていた腰を伸ばしてそのまま去っていく。

 ……ええと、満足されたんだろうか?

 困惑したまま彼女の姿が見えなくなるまで見送ってしまった俺は、我に返るとすぐに彩音さんに尋ねた。

「あの、いまの綾女さんって?」

「新茄の綾女さんですね、淘汰さんの娘さんです。私と同い年で先日二十二歳になったばかりのはずですよ」

 新茄の淘汰さんと言えば、寄り合いで会ったでっぷりとした中年のおじさん……ぜ、全然似ている所がない!

 面影どころかパーツの作りひとつひとつが別人のように見える親子に、俺が唖然としていると、彩音さんの方もそれも思っていたのかちょっと苦笑して話してくる。

「綾女さんはお母さん似なんですよ」

「そ、そうですか」

 父親に似なくてよかったというかなんというか。

 撫でられたことよりも似てなさすぎの親子関係にびっくりし、しばらくの間二人の顔を心の中で見比べていたのだった。


 帰り道、陽が傾いてきたせいか、少し暑さが落ち着いてきたのが体感できた。

 俺は行きと同じく彩音さんと同じ日傘に入って並んで歩いていた。

 特になにかしゃべっているわけではない。それでもなんだか通じてる気がする。

 一方的な思いかもしれないけど、ゆっくりと歩く俺はちょっと幸せだった。

 行きは何度か傘を持とうとしたのだけれどもやんわりと断られていたので、帰り道ではなにも言わなかった……で、その代わりと言ってはなんだけど。

 俺は思い切って彩音さんの日傘を握る手に、自分の手を重ねる。

 神社の時も普通に手を繋いでたし、きっと大丈夫。そう願ったとおり彩音さんはビクリとも反応せず、そのまま歩く彼女に安心し、俺はその指を少し絡めた。

 嫌がらない、嫌がる素振りのひとつもない。

 そればかりか俺が指を絡めやすいように、彼女の方から広げてくれたのだ。

 拒絶されない嬉しさに胸がドキドキ高鳴ってしまう。その鼓動が心地よく、彼女の手の感触も心地いい。

 完全に絡め合った右手と左手で日傘の柄を二人で握り、そして手を離すことなく家路を歩いて行くのだった──

「おっはよーー!」

「おう、おはよう」

 朝、食事を終えて居間でまったりしていると、彩音さんに沙希の来訪を告げられた。

 昨日のこともあって気分のいい俺が、すぐに向かえば、沙希はいつも通り元気だった。

 もう少しかかるかと思ったんだけど、元々健康優良児って感じだから風邪の治りも早かったんだろう。

「沙希、風邪もういいのか?」

「え゛っ!! な、なんで悠護が知ってんの?」

 あっ……そういえば雪奈ちゃんが内緒だって言ってたっけ?

「雪奈? それとも遼太郎から聞いた?」

 まずいな、ついうっかりしゃべっちゃったよ。

 先日の寄り合いには沙希も来るはずだったのだが、風邪をひいて欠席してたのである。

 それが恥ずかしいというよく分からん理由で、沙希は雪奈ちゃんに口止めしていたのだ。

 結局、その寄り合いの席で雪奈ちゃんからあっさり教えてもらっちゃったわけなのだが。

 ともあれすでに手遅れ、口を滑らせた後だったので俺は誤魔化すつもりで彼女に話しかける。

「風邪もういいのか?」

「……うん」

「風邪もういいのか?」

「…………」

「風邪もういいのか?」

「もう大丈夫だけど……まあ、いいや。誰から聞いたかは聞かないでおいといてあげる」

「そーしてくれ、で、なんか俺に用?」

「ん? あーーしばらく外に出てなかったから遊びに誘いにきたんだけど、暇? 暇だよね?」

 暇っちゃ暇だけどな。燐もまだいないし、俺のやることといえばのんびりくつろいでいることぐらいなのだ。そういえば雪奈ちゃんはどうしたんだろ? こいつが一人で来るとか珍しい、というか初めてだ。

「沙希、お前一人だよな? 雪奈ちゃんはどうしたんだ?」

「雪奈は実家~~、掃除とかしに帰ってるよ」

「そうか、手伝わんでいいのか?」

「えっ、ま、まあ……いいと思う」

 手伝う気、まったくないんだな。

 俺も手伝いにと言いたいところだが女の子一人の家に行くのは気が引ける。それに沙希と二人で出かけるというのも新鮮か、このところ会ってなかったし。

 そう思い、どこかもじもじしている様子の沙希に答えた。

「ま、たまにはいいか、お昼までなら付き合うよ?」

「お、やった!」

 そんなわけで、ぱああっと嬉しそうな笑顔になった彼女と二人で昼までの散歩に出掛けるのであった。


 途中、猫じゃらしのような雑草を手にした沙希は、子供のように振りまわしながら俺の横を歩いていた。

 あと一年もすれば二十歳なのに、ほんとガキっぽい。だが、俺の視線はそんな沙希の胸に固定されている。

 だってなあ、沙希の奴ってば時々草むらに入ってなにか拾ってきたり、いきなり木に登ってみたりとせわしなく動きまわっているもんだから、今日の暑さも相まってかなりの汗をかいていたのだ。

 薄手のTシャツに短パン姿の彼女がそんな状態になってしまえば当然というべきか、背中はもちろんのこと、胸の辺りも汗ですっかり透けていたのである。

 一応なんて言うとさすがに失礼だけど、こいつは見た目だけなら可愛い感じの女の子だったりするわけで。そんな娘のブラが透けている姿に視線が引き寄せられてしまうのは、男として当然のことじゃないだろうか。

 ともあれ沙希の下着──彼女のブラジャーは、シンプルなデザインの白だということを十二分に確認していた。というか現在進行形で堪能中の俺は、いつの間にか小川のそばまでやって来ていたことに気がついた。

 神堂の屋敷の近くを通り、南北の山の間を流れるその小川は、やがてぐるりとまわり込むように南の山の温泉宿の方へと向かって遡っていく。その途中に十メートルほどの高さの滝がある。

 そこは以前沙希が言っていた、川遊びに適したスポットである滝壺が扇状に広がっているのだが、どうやらそこに向かっているようなのだ。まさか沙希の奴……。

「川に泳ぎにいこう!」

 くるりと振り向きながら言う沙希、やっぱりそのつもりだったかと俺は即答する。

「だめ!」

「なんで!」

「お前、病み上がりだろ?」

「ええーー! もう平気なのに~~」

 治ったばかりでまた風邪ひくつもりかこいつは。

 川の水は海よりもはるかに冷たい、そんな所で泳ぐのはさすがに避けた方がいい。

 しかししつこく食い下がる沙希に、次の機会に必ず、と約束をさせられてしまった俺は別の話題に切り替えた。

「木曜になれば温泉にも行くんだし、今日は我慢しろよ?」

「むぬぬ、か、川で泳ぐのも決定だからね!」

「分かった、分かったって」

 そう、温泉は木曜日に行く予定。翌日の金曜は祭りの前日準備で忙しくなるからって寄り合いの際に雪奈ちゃんが言ってたけど……そういえばこいつも巫女やるんだったか、できるのか?

「なあ、沙希もお祭りで巫女やるの?」

「うん、やるけどなんで?」

「……いや別に」

 ちゃんとできるかどうかは当日になれば分かること。それにだ、沙希の巫女服姿に興味あるなんていったら調子に乗りそうだから言うのをやめといた。

 そんなこんなで二時間ほどおしゃべりしながらゆっくり散策すれば、自然と彼女の汗は引いていく。

 ブラがよく見えなくなってしまったのが残念だが仕方ない。

 昼も押し迫ってきたことだしと、帰路についた俺たちの前に二人の男女が反対側からやってきた。

 一人は知った顔、寄り合いの席で紹介された村長の神柄喜平さんだった。

 そして彼の隣を歩いていたのは、まだ会ったことのない女性である。

「あっ! 村長さんと秋緒さん!! こんにちは!!」

「うっつッ」

 声でけえよ!

 もう少し近づいてから声をかけようと思った矢先に沙希が大声で呼びかけたのだ。

 鼓膜が破れるかと思ったほどの大声に、向こうも当然気づいていたのだろう苦笑しながらも寄ってくる。

「こんにちは、悠護さんと沙希ちゃん」

「こんにちは沙希ちゃん、えっと……初めまして悠護さん」

「こんにちは喜平さん、秋緒さん」

 村長さん、それに沙希が秋緒さんと呼んだ女性。順に挨拶を交わしながらみんな立ちどまる。

 初対面の秋緒さんという女性は、二十代半ばぐらいに見える大人しくも落ち着いた感じの女性だ。

 彼女は雰囲気どおりというか地味な感じの洋服を着ていたのだけれど、どちらかと言えば着物の似合いそうな和風美人といった──ズバッと言ってしまえば、少し影が薄そうな気がしないでもない人だった。

 声もか細く、喜平さんの斜め後ろに半分隠れるように立ってるし。

「お出掛けですか?」

「ええ、沙希と少し散歩に、喜平さんたちはどこか行かれるんですか?」

「いえ新地の家に回覧板を届けに行った帰りですよ」

 ニコニコしながら答える喜平さん、寄り合いの時は肩身が狭そうな感じだったけど、改めて見れば実に人のよさそうなお爺さんである。……新地って温泉宿の志保美さんの家だよね?

 そしてその後ろでチラチラと俺を窺う秋緒さん、彼女の視線がどうにも気になって仕方がない。

 どうやら俺が気にしているのが分かったのか、喜平さんは秋緒さんを引っ張って前に押し出しながら紹介してくる。

「これは私の娘で秋緒といいます。見てのとおり大人しい娘でして、恥ずかしながら三十路も近いのに未婚なのですよ」

「あ、あの……神柄秋緒です」

「あ、神堂悠護です」

 喜平さんの紹介にやはり小声で名乗る秋緒さんは、この島で出会った人たちの中でも群を抜いて大人しい人のようだった。いや、大人しいというよりは引っ込み思案というべきだろうか。

 指を胸の前で絡み合わせながら恥ずかしそうにしてる彼女に、なんというかこっちまで気恥ずかしくなってくる。

 そんなふうに見つめ合ってしまった俺たち、というか俺に対し喜平さんはなにが嬉しいのかさっきよりさらにニコニコしながら言ってきた。

「悠護さん、秋緒の方もよろしくお願いします」

「え? あ、はい……」

 もってなんだろう? よろしくってどういう意味だろうと思いながらもとりあえず頷いたのだけど、話し相手になってくれとかそういう意味で言ったんだよな、きっと。

 そんなこんなで別れた後に、秋緒さんが三十路に近いという言葉を思いだし、えっ? と思ってしまったのは内緒である。 


 彩音さんに用意してもらった昼食を食べた後、縁側でぼーっとしていた。

 このお屋敷にお世話になってから、ほぼ毎回彼女の手料理を食べられる喜びは満腹感以上に幸せだった。

 シンプルというか純和風というか、御飯に味噌汁、海で獲れただろう魚、山で採れただろう山菜、そして必ず添えられる志之島産の生卵はどれも新鮮なのかとても美味しかった。

 きっと彩音さんの愛情というスパイスも効いているのだろう……なんつって。

 それにしても思いのほか、沙希はあっさりと帰っていった。もう少しあっちこっちへ引っ張りまわされることを覚悟していたのだが、拍子抜けというかなんというか、逆に物足りなさを感じていたのだ。

「……ん?」

 そんなことをぼんやりと考えていた俺の目に違和感のあるものがふと映る。

 それは手、垣根の向こうからちょいちょいと俺を誘う女の手……見覚えのある手つきに近づけば、それは案の定というべきか新崎の静さんだった。

「……なにしてるんです?」

「んふふっ、見つかっちゃった~~」

 見つかるもなにも俺を呼んでましたよね?

「悠護くん、時間あるかなあ?」

「……まあ、ありますけど」

「よかった~~、じゃあいつものとこ行かない?」

 いつものって、小川のそばの岩場のことだよなあ、たぶん間違いなく。

 前回のことを思い出し顔が少し熱くなる。すると口元を綻ばせていた静さんが顔を寄せてきた。

「続き……しよ?」

「…………」

 媚びるように言う彼女に、俺はただ頷くだけだった……。


 こっそりと抜け出すように二人で岩場に来れば、周囲を見渡した静さんはにんまりと笑みを浮かべて抱きついてくる。

 やっぱ柔らかい、ボリュームのある胸の感触。お風呂にでも入ってきたのか石鹸の匂いも漂ってくるし。

 そのままペタペタと俺の身体、まあ胸とか腕なんだけど──触りまくってくる静さんがねっとりとした、なんとも言えない例のエロい声で話しかけてきた。

「悠護くんって、私の胸……好き?」

「えッ? あ、いやその、まあ、はい」

「んふふ、しょ~~じきぃ」

「あっ!」

 緩んでる顔を見られてるし、誤魔化しようがありません。

 ドモリながらも正直に答えれば、静さんは目を細めてさらに俺に胸を押しつけてくる。

 ……で、思わず声をあげてしまったが、それは俺のTシャツと静さんの、今日は少し緑色がかったブラウスを隔てて押し当てられた先端が、ツンと硬く尖っていることに気がついてしまったからなのだ。

 やっぱりと言うべきか彼女は今日もまたノーブラらしい。

 寄り合いの時はさすがに違ったし、他人の目のある所ではきちんとつけているらしい。しかし俺と二人っきりになるときにはタイミングを計っているのか、いつもノーブラじゃないだろうか。

「んっ、んっ、うふっ」

 彼女は俺の腕を撫でながら胸をむにゅむにゅと押しつけるのをやめようとはしない。

 明らかに誘惑してる、そしてとても楽しそうな彼女の顔はやや赤い。

 前回の寸止めを意識してしまう俺の股間は、すでにズボンの中で行き場を失くし、正直痛いぐらい硬く勃起していた。ふと浮かぶ彩音さんの笑顔に罪悪感が湧くものの、この魅力的な弾力に逆らうのは至難のワザと言えるんじゃないだろうか。

 何十回目か分からない押しつけの後、静さんは俺の背中に手をまわし、一際強くギュッと抱きついてきた。

 潰れて密着する彼女の胸が、俺の胸を覆い隠すように張り付いてくる。

 そのままチラッと見上げてくる彼女に、つい俺は抱きしめ返してしまっていた。

 岩の上に腰掛け、木陰の下、上半身を抱きしめあう俺と静さん。

 まずいという理性がどんどん失せていく、そんな気がした。

 彼女と俺の鼓動が交互に感じる安心感に、そっと彼女の背中を撫でてみると、当たり前ではあるがブラの感触はなかった。

「悠護くん……」

 俺の名を呟きながら少しだけ彼女が離れる。なんだろう、なんと言うか喪失感が半端ない。

 まだ先端部分が当たってるのにも拘らず、失われた弾力感が懐かしくも感じてしまう。

 あからさまに表情に出ているのだろう俺に、軽く微笑むと彼女は言った。

「こないだは私が触っちゃったから……今度は悠護くんの番ね」

「え? あ……」

 さらに身体を離した静さんは俺が見つめる前で躊躇なく、というか手慣れた手つきで素早くブラウスのボタンをはずしていた。

 『え?』と漏らし『あ』と言うわずかな合間に四つほど外した彼女……そして唖然としている俺の前に飛び出してくるオッパイ。

 言葉を続けられず見てしまったそれは、あまりにも迫力が違いすぎる巨乳だったのだ。

 こないだ覗き見してしまった真那さんの大きなオッパイの倍、いやもっとあるかもしれない。

 やはり普段、陽に晒されていないためか、真っ白いそれは丸々としたご立派な代物だった。

 しかもこんなに大きいのに全然形が崩れていない。

 色素が薄いのか乳首は彼女の唇の色よりもピンクっぽい色合いで、たぶん大きめなんだろう。でも元々のオッパイ自体が大きいためか、とてもバランスがとれているようにも見えたのだ。

 唾を飲み込むことすら忘れて見つめる俺に、彼女のくすくすと小さな笑い声が聞こえてくる。

 オッパイ見つめて固まるとか恥ずかしい。

 しかしどんなに照れてもそのオッパイからは目が離せなかったのである。

「小さい頃も私の胸よく触ってたけど……やっぱり本当に好きなのねえ~~」

「そ、そうでしたか?」

 覚えてない子供の頃のことを言われてさらに顔が熱くなる。

「ねえ? 見てるだけでいいのかなぁ?」

「あ、いや……いいんですか? その触っちゃって」

「そのつもりでお姉さん脱いだんだけど?」

 ごくりと、今度は唾が飲み込めた。

 持ち主のお許しを得たいま、あとは俺がそこに手を伸ばすだけ。

 ゆっくりと持ち上げる手がなんだかとても重く感じる。

 女性の、しかも美人な彼女の大きなオッパイをこの俺が触る……なんだか現実感がまったくない。

 そろそろと手が彼女のオッパイに伸び、そして俺はその先端部分を中心にそっと触れた。

「んっ」

「…………」

 軽い彼女の呻きがどこか遠くの音に感じるほどに、静さんのオッパイの感触は最高だった。

 なんだこれ? こんな柔らかいのか? しっとりしてて例えようがないほど触り心地がイイ……。 

 まだ力すら籠めていない、要は揉んですらいないのに俺の股間が限界点まで勃起していた。

 股間が窮屈で痛い。

 手から感じるオッパイの感触が素晴らしい。

 興奮でクラクラしている俺を見る静さんは優しげで、でもイヤらしくて、女神様と悪魔が同居しているようにも思えてしまう。

「触れてるだけなの? お姉さんのオッパイ、揉んでくれないのかなぁ?」

 いいのか? いいんだよな?

 彼女の誘いに、自問自答は瞬時に終わり、俺はゆっくりと指先に力を込めていく。

 ぶるぶると手が震えそうなのを必死に抑え、目の前のふたつの丸い山に指先を沈めたのだ。

 や、柔らか~~い、思ってたよりも弾力が強~~い。

 初めてナマで揉んだオッパイは、想像を上回る感触を俺の手に与えてくれる。

 感動し、指が沈み込んだ彼女のオッパイを見る俺は、きっとだらしない笑みを浮かべているのに違いない。

 そしてそんな顔を静さんに見られてるのだ。

 さっきよりもイヤらしい感じの笑みを浮かべる彼女を見て、俺はさらに指を動かしオッパイを堪能しようとした、その時だった──。

『悠護さ~~ん』

「ッッッ!!!」

 たぶん一瞬本当に心臓がとまってしまったのかもしれない。それほどその声に反応してしまったのだ。

 声の主は聞き間違いようもない。彩音さんだった。

 俺の名を呼ぶ彼女の声に、両手で静さんのオッパイを握ったまま硬直してしまったのである。

 たらりと額に流れ落ちる汗。気がつけば背中もびっしょり汗ばんでいる。

 静さんをゆっくり見やれば、彼女はしょうがないなという感じで苦笑を浮かべていた。

 そんな静さんの口が小さく動く。

「お迎え、来ちゃったみたいね?」

「う、あ、その……」

「あ~~あ、おかあさんに続いて今度は彩音ちゃんかぁ」

「……すみません」

 なぜか謝ってしまった俺の手に触れながら、静さんはにっこり微笑む。

 その笑顔にはすでに、先ほどまでのイヤらしい雰囲気が綺麗さっぱり抜けていた。

 静さんは硬直してオッパイを握ったままの俺の手を優しく引き剥がすと、さっさとブラウスのボタンを掛けていった。

 すぐに隠されてしまった静さんの巨乳。こんな危機的状況にも拘らず、それを凄く残念だと思ってしまった。静さんは軽く乱れた衣服を整えると、改めて固まったままの俺に向き直り、その顔を近づけてきた。

 きっとまた頬にキスを──そう漠然と思っていたのだが、彼女の唇の行き先は少しだけ違ったのだ。

 頬は頬……だと思うのだが、正確にいえば頬と唇の間というべきだろう。

 彼女は凄くギリギリな所へ柔らかい唇を押しつけてきて、顔が熱くなる。少しでもズレれば間違いなく唇同士のキスになってしまうのだから。

 そんな際どいキスをした彼女の唇は、こないだよりも少し長めに留まった後で離れていった。

「んっ、これからって時に邪魔って入っちゃうのよね~~。……さてと、悠護くん」

「は、はい」

「私はここに隠れてるから、先に彼女のとこに行ってあげて」

「え? あ、そう、そうですよね」

『悠護さ~~ん』

 タイミングよく聞こえてくる、彩音さんの呼び声に俺は立ち上がる。

「それじゃ、その……」

「またね」

「はい、って!」

「うふふ」

 別れの言葉を口にしようとした俺に静さんが微笑みかけてくる。彼女の言葉に返事をした瞬間、まだ勃起の治まらぬ股間をズボンの上からひと撫でされ、思わず腰を引いてしまっていた。

 それを見てにやっと笑う静さんに俺は軽く会釈すると、その場を慌てず静かに立ち去った。

 勃起したままだったので、擦れる刺激が堪らなかったからだ。

 そんな股間を見られないようにと、Tシャツの裾をできるだけ前に垂らして猫背気味になる。そこに、俺に気がついた彩音さんが小走りで寄ってきた。

 聞けば、どうやら縁側にいたはずの俺がいなかったため、ずっと探していたらしい。またお姉さんズになにかされたのではと心配していたとのことだった。

 過保護とは言うまい。心配してわざわざ探しに来てくれたのだから。

 俺を探しまわって汗をかいたらしく、彼女の真っ白なブラウスが薄っすらと透けていた。直前の静さんのオッパイ……もとい、隠れてしていた行為に罪悪感を感じてしまい、俺はできるだけ見ないようにした。

 そう考えると静さんには失礼なんだけど、なんだか彩音さんを穢してしまうような気がしたのだ。

 安心したのか笑顔になる彼女を見ていると、ね。

 俺がこの島に訪れてから、今日でちょうど十日が過ぎていた。

 実にいろんな出来事があって、あっという間に過ぎてしまったような気がする。

 燐はいなかったけど、久さんは無事だったし、彩音さんを始めとするいろんなタイプの美人さんとお知り合いになれたのだ。

 まだまだ予定の滞在日数はたっぷりあるし、またなにかいいことが起こりそうな気がしてならない。

 そんなことをぼ~~っと考えながら、例の小川で佇んでいた。

 そしてそんな俺の隣には、ニコニコしている静さんが座っていたのである。

 昼過ぎにやって来た彼女に有無を言わさず連れ出されてしまったのだ。昨日のこともあって落ち着けなかったので、これまでのことを思い出し、少しでも気を紛らわそうとしていたのであった。

 美人さんが隣にいるのに考えごとしてるとか、失礼なんだけど仕方ない。それほど昨日の彼女のオッパイインパクトは強烈だったのだから。

 ああ、あんな凄いとは思わなかった。

 大きいのに垂れてない、ギリギリのラインを維持する美巨乳は芸術的だった。

 そんなものをお持ちの彼女が隣にいるのだが、また今日も見せて触らせたりしてくれるんだろうか。

 彩音さんといい感じになってきた矢先に、静さんの誘惑に乗ってしまうのは正直我ながら移り気だと思う。

 しかし、それ以上に朝勃ちもまずいことになっていたのだ。

 このままでは明日にでも夢精してしまうかもしれない。今朝も内容をよく覚えてはいないものの淫夢というか、イヤらしい夢を見てしまったようで、目が覚めた時には暴発寸前になっていたのだ。

 もしもそんなことになったら、洗濯する彩音さんに確実に知られてしまうだろう。

 例えこっそり洗っても、なぜか知られてしまう予感がしてならない。

 そんなわけでこれはまずいと自己処理する機会を窺っていたのだが、それは果たせずいまに至っていたのである。

 ああそうだ。結局のところ俺は昨日の続きを期待してるのだ。

「悠護くん」

「は、はい」

 呼びかけられた俺は反射的に背筋がピンッと伸びてしまう。

「今日はまだ時間ある?」

「ええ……」

 あります、ありますとも。少なくとも夕方までは戻らないと伝えてきたので俺の方は大丈夫。

 ちらっと彼女を見れば、にこりと笑って身体を寄せてきた。俺の膝に手を置いて肩に頭を預けてきたのだ。

 まるで恋人同士みたいな雰囲気に、緊張と期待がどんどん高まってきてしまう。

 静さんはズボンの上から俺の太ももを撫で始める。思い切って彼女の腰を抱いてみれば、横目で彼女も俺を見る。

 静さんの腰はくびれが凄い。

 大きめなお尻に細い腰、そして巨乳とかスタイルよすぎ。

 ああ、いけない。彩音さんへの罪悪感が強くなればなるほど、逆に静さんの身体を意識してしまう。

 告白したわけでも、付き合ってるわけでもない彩音さんに対して罪悪感を感じてしまうのもおかしなことなのだが。

「じゃあ続き、するわよね?」

「……は、はい」

 彼女がどういうつもりで誘惑してくるのか、そんな些細な疑問をどこかに置いて来てしまった俺は、声に出して返事をしてしまうのであった。


「…………」

 無言で見守る俺の前で、静さんは続きと言ったとおりブラウスを脱ぎ始めた。

 やはりノーブラだった。大きなオッパイがこれでもかと言わんばかりに飛び出しながら現れる。

 揺れるオッパイ、その先端の色素の薄い乳首と乳輪をついつい目で追ってしまった。

 スカートはそのままに上半身だけ裸になった彼女は、岩に腰掛けてる俺の前にしゃがみ込むと、カチャカチャと妙に耳に響く音を立てて俺のズボンのベルトを外していく。

 当然のことながら、見下ろす俺の目にはたゆんたゆんと揺れるオッパイが映ったままだった。

 手を伸ばしたいのを我慢していると、うわめづかいで見上げる彼女が囁くような声で言ってくる。

「腰、上げてくれる?」

「あ、はい」

 言われるがままに腰を上げれば、静さんはズボンを下ろし始めた。

 子供じゃないのに、女性にズボンを脱がされる日がやってこようとは思いもしなかった。露わになるトランクスの前は隠しようもなく、自分でも驚くほど大きなテントが張られていた。

 ここに来る前から勃起し始めていたそれは、下着の中でこれでもかというほどその存在を誇示していた。まるで自分のモノじゃないみたいだったのだ。

 続きということで、このまま下着の上からかと期待していた俺の予想は外れる。ズボンを足首まで下ろした彼女はさらにトランクスのゴムに手を掛けると、にんまりしながら俺に言ったのだ。

「……悠護くんの見せてもらうね」

「……ッ!」

 息を呑んだ俺の反応に、彼女はそれを肯定と受け取ったのだろう、ゆっくりとトランクスを下げ始める。

 勃起したモノを引っ掛けないように、前に引っ張りながら下げていく。

 きっと彼女も興奮しているのに違いない。小鼻がピクピク動いている。瞬きもせずじっと見つめていた静さんがちょっと怖くもありエロくもあった。

「あっ!」

「あっ!」

 そうしてトランクスから現れた俺のモノは、やはり大きく勃起していたのだ。

 俺と彼女の感嘆の声がやけに耳に響いてくる。

 局部を女性に見られた。見せつけたという快感がじんじんと身体を熱くさせる。

 見られて興奮しちゃうとか、股間を晒す変態の気持ちが少し分かったような……いやそれはない、あっちゃまずい。

 ともかく、膨らみ切った亀頭を見られてしまった。静さんを見れば、彼女もうっとりとした感じでそれを見つめていた。

 中学時代にはすでに剥けていたのだが、今日の俺のモノは我ながらに凄い。

 いつもなら、くびれたあたりに少し皮が弛んだ部分を見て取れたのに、興奮しすぎてパンパンに張りつめたせいなのか、くびれの辺りも綺麗さっぱり皮膚が突っ張っていたのである。

 我慢しすぎたせいもあるのだろう、静さんに見られているとビクンビクンと軽く跳ねる。

 うう、反応しちゃうのが恥ずかしい。

 しばらく手をとめていた彼女もようやく我に返ったのか、少しハッとしてからまたトランクスを下げ始めた。

 ズボンと同じくお尻を抜け太ももから膝の辺り、さらに足首までトランクスが下ろされる。

 当然、俺のモノが完全に、その姿を静さんに晒してしまっていた。

「……凄い、これが悠護くんの……おちんちん」

「……ッ!」

 言葉にされてさらに身体が熱くなる。

 ああ、きっといまの俺の顔って真っ赤っかになっているのに違いない。しかし鏡がないので確認しようもない、確認したくもないけれど。

 それにしてもこういうのを弓形と言うんだろうか。根元から硬く勃起した俺のモノはまるで突き上げた拳のように、力強くも緩やかなカーブを描いていたのである。

 見慣れているはずなのに自分のじゃないみたいだった。

 それをまじまじと見つめている静さんは涎を垂らしそうな顔をして、食い入るように凝視していた。

 この人やっぱりエロい人だ。綺麗な顔を緩ませてうっとりしながら、瞬きもしない彼女の鼻息がちょうど睾丸の辺りに当たっていた。

 生暖かい風っていうか、彼女の鼻息が生々しく感じられて、俺はますます昂ってしまうのだった。

「あ、あの……」

「え? あっ、ご、ごめんなさい。凄く立派だったから、つい……」

 立派っていうか、まあ確かに立派に勃起はしていたけれど、サイズ的に見ればたぶん平均より少し大きいぐらいかもしれない程度なんだけど。

 それでも嘘偽りのなさそうな彼女の言葉に、男としての自尊心がくすぐられる。

 いきなり蔑んだ目で『ちっちゃい』とか言われた日には、童貞の俺はさすがにショックですし。

 ともかくついにと言うべきか。真昼間の、しかも外で静さんに股間を見せるという行為に、興奮でどうにかなってしまいそうだった。

 正直信じられない光景だが、彼女の生暖かい鼻息のせいでこれが夢じゃないと分かってしまう。

 これからどうなるのか? 彼女がなにをしてくるのか、彼女にされるのか?

 期待とわずかな不安でいっぱいいっぱいな俺がそのままじっとしていると、ようやく動き始めた彼女はその右手を伸ばすとおもむろに竿を握ってきた。

「うッ!!」

「あ、すごっ」

 軽く握られただけなのにイッちゃいそうなほど気持ちよかった。

 他人の手、女性の手、静さんの柔らかい手の感触が素晴らしすぎて堪らない。

 手の中でビクンと大きく跳ねてしまった俺のモノの動きに、静さんは声をあげて驚いていた。なんというか寸前までの余裕ありげなお姉さんといった感じよりも、初めて男のモノに触った女の子って思えてしまうほど、可愛いらしい驚き顔をしていたのだが……まあ、そんなことはあり得ないだろう。

 彼女の経験がどれほどの物なのか想像もつかないが、そんな『お姉さん』にリードしてもらえるのはとてもありがたかった。

「くぅ」

 俺はすぐにまた呻いてしまった。無論、気持ちがイイからだ。 

 彼女が軽く手を上下させてきたのだが、自分で扱くのとはまったくと言っていいほど感覚が違っていた。

 他人の手で触られるのなんて初めてだけど、どうしてこんなに気持ちがイイのだろうか。

「ねえ、悠護くん……初めて?」

「あ、え?」

 上に下へとゆっくり動く彼女の手に、俺が何度目かの喘ぎというか呻き声をあげた時だった。

 手をとめて静さんが聞いてきたのだ。

 まあ童貞ですし、初めてなのは違いない。

「こういうことしたことあるのかなあって」

「う、それは……」

 とはいうものの、正直に言うのはためらわれて、言い淀んでしまった俺を静さんがじっと見つめてくる。

 若干潤んだような彼女の瞳に、一呼吸の間を置いてこくんと頷いた。

 誤魔化すことができなかったが言葉にするのは恥ずかしい──行きつく先の無言の頷きに、彼女はにんまりと笑みを浮かべるといつも以上にエッチな声で言ってくる。

「そうなんだ……じゃあ、静が悠護くんを初めて射精させちゃうのね?」

「う、ぐッ」

 握ったまま動きをとめた彼女の手が軽く二、三度上下する。

 ビクンと跳ねてしまった俺のモノはもう限界が近かった。

「ということは、悠護くんまだ童貞よね?」

「…………」

 これもまた言葉にできない。

 それでも、静さんの視線にやはりこくりと頷くと、凄く嬉しそうな笑顔を浮かべて彼女はまた二、三度ほど扱いてきた。

 焦らされてる感覚に、先っちょからトロトロと溢れ出る透明な液体が彼女の指を汚していく。

 自分でオナニーしてた時もこんなに溢れさせたことはない。

 お漏らししたみたいに濡らしてしまったそれをチラリと見た静さんは、再び俺の顔に視線を向けてきた。

「ビクビクして、こんなに濡らして……ごめんなさいね、もう射精するまでやめないから静の手でイッてね?」

「あ、くっ!」

 左手で根元の辺りを睾丸ごと支えるように持ち、右手で竿を少し強めに握った彼女は、その手をやっとまともに動かし始める。

 はッ、はッ、はッという荒い息は俺じゃない、扱く彼女の口から漏れたモノだった。

 俺のモノを扱きながら彼女は興奮しているのだ。見下ろす俺の目に映る静さんは、顔はおろか、手の動きに合わせて揺れ動くオッパイまでもが赤く上気していたのである。

 ああ、凄く気持ちイイ、気持ちよすぎ。

 腹の奥と扱かれる先端辺りが、じんじんと熱くなにかが蠢くような、そんな射精前の感覚を感じていた。

 これはもう、そろそろ出てしまいそう。

 夢中で扱く彼女は俺の脚の間にしゃがみ込んだまま、リズミカルに手を動かし続けていた。

 あれ? このまま出しちゃったら彼女にかけちゃうんじゃなかろうか?

 気持ちよすぎてボーっとする頭にそんな考えがぼんやり浮かぶ。

 ──ってさすがにそれはダメだろ!!

 もう限界、いつイッてもおかしくないのだ。俺は慌てて彼女に声をかけた。

「あ、し、静さん、そろそろ……」

「ンふ、いく? いっちゃう?」

「は、はい、だからその、かかっちゃうからっ!」

「構わないからそのまま出して、射精してっ!」

「あッ、で、でもッ!」

「いいのッ、出すとこ見たいの~~」

「う、うううッ!! だ、だめッ、あッ!」

 まずいと思いつつも俺は身体を動かせない。迫る射精感を抑えきれずに身体が突っ張っていたのだ。

 そんな俺にそのまま射精を促す彼女は、興奮でなんだかヤバい目つきをしていた。蕩けるというのか潤んだ瞳の焦点が合ってない。それに扱く速さも段違いに上がっていたのだ。

 そして俺がダメだと口にするのとほぼ同時に、溜まりに溜まった精液が勢いよく放出される。

 それ以上の制止もできず、わずかに腰を引いた瞬間の射精は、全身の神経にビリビリと電流が走ったかのようだった。

 そんな凄まじい快感に一瞬目を閉じてしまったが、すぐに開けば、大きく震える先端からダマになって発射された精液が、蕩けた静さんの顔や胸、そして頭のさらに向こうへと飛び散っていったのだ。

 その時、直前までのまずいという気持ちはまったくなかった。

 自分の出したもので汚れていく彼女の姿に、征服感すら感じていたのである。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 他人のような俺の荒い息。そして次第に感じ始める疲労感。

 俺のモノを握りしめたまま硬直している彼女の姿は、どこか放心したように、それでもうっとりとした視線は射精を終えてなおビクついている俺のモノを見つめたままだった……。


「…………」

 少し落ち着いてくれば、途端に汚してしまったことによる罪悪感と後悔がじわじわと湧き上がってくる。しかし顔に飛び散った精液を指先で不思議そうに弄び始める彼女を見ていると、それもすぐに失せていく。

 やがて指でねちょねちょとさせていた彼女が、ぼんやり眺めていた俺の方に向き直ると、また火照ったような顔に笑みを浮かべる。

「まだ、もう一回ぐらいは平気よね?」

「え? そ、それはその」

「へ、い、き、でしょ~~? 若いんだもん」

「う、は、はい」

 二度目を要求され頷くと、にっこりと静さんは微笑んでくれた。素敵な笑顔、でも俺の精液で汚れた姿はエロすぎだ。

 まだ萎えてない俺のモノを、彼女は軽くキュッと握る。

「じゃあ、手の次といえばやっぱりお口よね?」

「えっ! ほ、本気ですか?」

「もちろん、本気よ~~」

 彼女は唇を舌でぺろりと舐めながら頷いた。

 口、静さんのお口、ってフェラチオだよな?

 信じられない彼女の言葉に、ついその艶めかしい唇を見つめてしまった。

 手の次は口、という理論は分からないけど、まさかフェラチオまで体験させてもらえるとは。俺の期待を見抜いた彼女に握られたままのモノが、ビクンと反応してしまった。

 それを手の中で感じたのだろう、彼女の口元がなんとも言えないイヤらしい笑みを形作る。

「んふふ、静のお口、堪能してね?」

「うっ……」

 寸前の射精で飛び散ってしまった精液を拭くこともせず、うわめづかいな静さんの視線に顔が熱くなる。

 生まれて初めてのフェラチオを彼女がしてくれる。抑えがたい期待感に、俺は唾を飲み込んで見守るだけだ。

 亀頭に近づく彼女のぷっくりとした唇が軽く開かれて──むちゅっとキスをするように押し当てられた。

「くっ!」

 そのまま留まる唇の間から、伸ばされた舌先で亀頭をつつかれた。

 まるでなにか柔らかいものが這ってるみたいだ。手や指じゃ決して味わえない感触に、ただ意識を集中させていた。

 何度かそれを繰り返すと彼女の唇が離れていく。

 喪失感にも似た感覚に少し、いや凄く残念に思ってしまう。

 そんな俺の気持ちが分かったのか、彼女はぬめった舌べろを突き出すと、俺の竿にそっと這わせてきた。

「ぐっ、く、くぅぅ~~」

 生温かく柔らかい、ねっとりとしたモノが這う感覚が気持ちイイ。

 竿の中ほどをゆっくりと上下する舌が、ヌルヌルとした航跡を残しながら根元の方へ向かい、また亀頭へと這い上がってくる。

 右手の指で亀頭を軽く摘まみ、左手で根元を押さえながら舌を這わせる彼女の仕草は、見下ろす俺の視線にもイヤらしく映っていた。

「んっ、んっ、あ、んっ……んっ」

 動きにぎこちなさはまったくない。漏れる彼女の鼻息が快感をさらに高める。

 同じことを何度も繰り返す静さんの動きに、もどかしさを感じる俺は……心底咥えて欲しいと願っていた。

 亀頭に舌が向かうたび、そのままパクリと咥えて口の中の感触を味わわせて欲しいと、つい腰が前に動いてしまうのだ。

 そんな俺の動きを巧みに回避する静さんは、それでも舌を這わせるのをやめようとはしなかった。

「あ、あの……」

「んっ……なあに?」

 我慢できずに声をかければ、彼女は少し意地の悪い笑みを浮かべ小首をかしげた。

 知ってる、彼女は俺の望みを理解してる。

 そう思うもののしてくれない彼女は、たぶん俺が頼むのを期待してるんじゃなかろうか。

 だから、俺は……我慢できずに口にした。

「その……」

「ん? んん~~?」

「口で咥えて……欲しいんですけど」

「んふっ」

 よくできましたと言わんばかりに微笑んだ彼女は、指先で亀頭の先端、つまりは尿道の辺りを軽く擦ると、離していた唇をそこへ近づける。

 もしかしたら、言えばなんでもシテあげるというのを俺に学習させるつもりだったんだろうか。そのまま手を亀頭から竿へと滑らせた彼女は、フリーになった膨らみを唇で軽く咥え込む。

 そして、ごくりと唾を飲み込む俺に熱い視線を向けたまま、ぬるりとその口に含み始めた。

「うぐぐ~~ッ!」

 先っちょからエラの張った一番太い部分、そしてくびれへと、彼女の唇が俺のモノをスムーズに咥えこんでいく。

 唾液で濡れたせいか、ヌルヌルした感触と唇に咥えられた軽い締め付けが堪らない。

 舌で舐められるのよりも強い快感に思わず腰が引けそうになるのだが、俺の太ももに巨乳を押しつけ、俺の腰に手をまわした彼女に阻止されてしまう。

 逃げ場を完全に封じられた俺の股間。

 勃起したモノを、より奥へと咥えこむ彼女の口は、くびれ部分からさらに下へと下りていった。

「くぅッ!」

 目の奥がビリビリしてくるほど気持ちイイ。

 まだ淡い感じだった射精感が、あっという間に高まってきてしまう。

 亀頭は完全に彼女の口の中、さらに奥まで含むつもりなのか、彼女は飲み込むのをやめようとはしなかった。

 竿も気がつけば、すでにその三分の二は飲まれている。

 瞳を潤ませながらも見上げてくる彼女は苦しくないのだろうか。

 そう思うものの、堪らない気持ちよさに制止などできやしない。

 そうこうする間にさらに奥、根元付近まで咥え込んでいった彼女の鼻先は、俺の陰毛を掠めるまでに到達したのだった。

 ──本当に全部咥えきってしまった。

 静さんが俺のモノを根元まで咥えたのだ。そんな光景も当然のごとく俺を刺激する。

「ンふぅ」

 呻き、鼻息を荒くする彼女につい軽く頭を撫でてしまう。

挿絵5

 口の中をもごもごさせて、多分ポジションでも調整しているんだろう。やがて目だけで俺を見上げると、ゆっくりと前後に動き始めた。

「ふ、くっ……」

 全体がぬるっとした柔らかい粘膜に包まれていた俺のモノがそれに擦られる。

 気持ちよすぎて堪らない、手でされるのとは全然違う。

 締め付けは当然手の方が強いのだが、全体を這うように前後する彼女の口内は最高だった。

 あまりの気持ちよさに呻く俺は、思わず静さんの頭を両手で掴んでしまったのだが、しかし彼女は嫌がらない。

 最初はただ前後するだけ、それだけでも気持ちイイのに、静さんは余裕ができたのかそれとも本気になったのか、その頭の動きもどんどんスムーズに、そして激しくなっていく。

「んふっ、んふぅ、ん、あっ、んんっ」

「うっ、うっ、ううううッ!」

 言葉にならない呻きをあげるだけで精一杯な俺に、咥えたまま目元に笑みを浮かべた彼女が口内で舌べろも蠢かし始めた。

 人じゃないなにか別の生き物……軟体生物を彷彿させる彼女の舌が俺のモノを翻弄していた。

 ああ、こんなの我慢できるはずがない。

 腰がガクガクしてしまっていた、膝もカクカク震えてしまう。

 あっという間に限界を感じた俺は震える口からようやく言葉を紡ぎ出した。

「う、うっ、し、静さん、も、もうッ」

 言いたいことを悟ったのか、それとも咥えたモノの様子で悟ったのか、彼女は一層深く咥えこむと、あろうことかジュルジュルと音を立てて吸い始めたのだ。

「んん~~~~ッ」

「く、くあッ!!」

 吸引される感覚に彼女の頭を強く押さえてしまい、快感に仰け反った。

 そしてそのまま射精が始まる。

 さっきの手のときよりも強烈で、気持ちよさも半端じゃない。

 口の中に出してしまったのに、酷いことをしたという考えは浮かばなかった。

 一滴残らず出してしまいたい、そればかりを考えていたのだ。

 見下ろせば、そんな俺の情欲を彼女は微動だにせず受けとめてくれていた。

 さすがに苦しかったのか眉間にわずかな皺が寄ってはいたものの、俺の腰に抱きついたまま、彼女は離れようとはしなかったのだ。 

 大きなオッパイが俺の脚にこれでもかと密着し熱くなった体温を感じる。彼女の熱くヌメつく口の中が、初めてのフェラで口内射精を決めてしまったことをまざまざと俺に感じさせていた。

 ずっとこのまま咥えていて欲しい。じきに射精を終え、腰が抜けそうになった俺はそんなことをぼんやりと考えていたのであった──。

「す、すみません」

「んん? んふふっ、いいのよ~~」

 容赦なく静さんの口内に出してからしばらくして、我に返った俺が慌てて彼女に謝ると、静さんは平気そうというか、むしろ嬉しそうにしていた。

 ようやく少し柔らかくなった俺のモノを口から抜き去り、口内の精液を手のひらにどろっと吐き出した彼女はそれをわざわざ俺に見せていたのである。

「ちょっと量が多くてびっくりしちゃった、勢いも凄かったしね」

「すみません……」

「ううん、私の方もごめんなさいね……今度するときは全部飲んであげちゃうから」

「え?」

 飲む、俺の精液を?

 口に出されて嫌がるどころか、そんなことまで言ってくる彼女に、じんわり心と身体が熱くなる。

 そして彼女は口元から零れた精液も手で拭うと、大きくたゆんと揺れたオッパイに塗りつけて、それから俺に少しすまなそうな表情で話しかけてきたのだ。

「本当はこのまま最後まで──悠護くんの童貞欲しかったんだけど」

「うっ!」

 最後までって、童貞欲しいって、つまり……。  

「コンドーム持ってくるの忘れちゃった……この続きはまた今度でいい?」

「え? あ、はい」

 彼女本気か? するのか? しちゃうのか? 俺、彼女で童貞卒業しちゃうんだろうか?

 一瞬、コンドームなんて必要ない、すぐにシたいいまやりたい……なんてことを思っちゃうものの、さすがに生でするのはまずすぎる。

 そばの川へ汚れた上半身を洗いに行った彼女の後ろ姿を、俺は下半身丸出しのまま見つめていた。次への期待に俺のモノが再びむくりと起き上がってきそうな感覚を感じつつ、その今度がそう遠くないことを予感して頬が緩んでしまうのだった。


「ふぅ……」

 あの後、身支度を整えた俺と静さんは屋敷の近くまで腕を組みながら戻ってきた。

 他人から見たら、たいそう仲のいいカップルに見えたかもしれない。

 別れ際に口はちゃんと洗ったからと言って、軽いファーストキスまでもらってしまった。というかもらわれてしまった。去っていく静さんを見送りつつ、にやけ顔が治まるまで、しばらくその場に佇んでいた。

 本当にちょんと触れるだけのキスだったけど、唇に触れたその感触を思い出すと、なかなかにやけ顔が治まらなかった。

 オッパイ触って、手でしてもらって、ついには口でもしてもらって……次は本当に本番してもらえるかも。

 この島に来た時には、予想すらできなかった初体験の予感にドキドキがとまらない。

 彼女の行為が、俺への好意なのか、それとも彼女自身が好き者なのか?

 前者なら嬉しいし、後者でも問題ない。

 重要なのは俺が童貞を卒業できるかも、という確信がすぐそこにあるということなのだ。

 それにこのまま本当にお付き合いが始まっても問題ない、むしろバッチコイである。

 あんなグラマラスな美人さんは俺の住む都心でさえ滅多に見かけるものじゃないし、あの豊満な身体を好きにできるなんて幸せすぎるだろう。

 ほんの少し歳は離れてるけど、静さんは年齢以上に若々しい。なによりあの迫力のあるオッパイは超一流の芸術品といっても過言じゃないのだ。

 あのオッパイをもっと触ったり揉んだり吸ったり舐めたり自由にしてみたい。

「うん、こう、こんな感じで……」

 そんなふうに静さんのオッパイが、俺の手でイヤらしく形を変えていく様を想像しながら無意識に手をワキワキさせていると、突然声がかけられた。

「悠護さん? 帰ってらしたんですか?」

「え? あっ、は、はいッ」

 ……まじでびっくりした。

 屋敷の門柱の前で突っ立っていた俺に、彩音さんが声をかけてきたのだ。

 微笑みかけてくる彼女の眩しい笑顔を見た途端、湧き上がったのは罪悪感である。

 さっきまでの幸福感はどこへやら。まるで浮気したみたいな感覚に囚われ、嫌な汗がだらだらと背中を流れていくのを感じてしまっていた。

 一瞬で冷静になる俺は、直前まで考えていた碌でもない考えを振り払いながら彼女に伴われて家の中に戻るのだった。 

 ──いまの手の動きとか、呟きとか、俺のにやけ顔を彩音さんに見られてなかったよね? ね?


 夕食を取り、お風呂に入った俺は縁側で涼んでいた。

 昼間の行為には悔いはないが、後悔はしていた。主に彩音さんに対する気持ちにである。

 戻ってからどうにも彼女に対してぎこちなく接してしまっていたのだ。

 ぼんやりと、静さんとはこれ以上しちゃいけないと思いつつも、童貞卒業が、初めてのセックスができるかもという誘惑に抗うことは非常に困難なことである。

 彩音さんは俺のことをどう思っているのだろう?

 俺だけが浮かれているだけなのかもしれない。そもそも彼女は優しい人なのだ。

 いままでの神堂家や御堂家のことを思えば単に主家に仕えているだけ、当主の久さんの孫である俺に失礼のないようにしているだけなのかも知れないし。

 そんなふうに悩みながらぼんやりしていた俺に、近寄ってきた影があった。

 といっても今回はそれが分かる、ギシギシと床板が鳴ったからだ。

 そして俺が振り返る直前に声がかけられた。

「悠護様」

「こちらにおいででしたか」

「あ、お姉さ……鈴音さんと美鈴さん」

 今日は夕食の席でも一緒だったお姉さんズだった。

 そのまま寄ってきた彼女たちは俺の少し後ろに正座すると、やっぱりよく感情の読めない表情のまま話しかけてきたのだ。

「今日はあまり元気がないように見受けられましたが」

「具合でも悪いのでしょうか?」

「あ、いえ、そんなことないですよ」

 お姉さんズにも心配されるとは、そんなに顔に出てたのか?

「そうですか」

「ならばよろしいのですが」

「…………」

 今日は二人の発言がずれていた。

 いつもハモってたのに、などとどうでもいいことを考えていると、やっぱりこの人たちは思いもよらないことを尋ねてくる。

「ところで」

「ひとつお聞きしていいですか?」

「え? ……まあ、はい」

 なんだろう、ちょっと嫌な予感がしていた。しかしそれでも内容を聞いてみないことには答えようがない。

「悠護様は、その……」

「女性経験はおありですか?」

「まだ俺は童貞ですよッ!!」

 …………あ。

 お姉さんズの言葉に、つい反射的に告白してしまった。

 くくぅ~~、アホか俺は。

 寸前まで静さん、つーか童貞卒業できるかもなんてこと考えていたせいか、思わず口にしてしまったのだ。

 激しく後悔する俺に、しかしお姉さんズは童貞の事実を茶化すことはしなかった。

 しかしその代わり、もっと衝撃的なことを口にする。

「そうですか悠護様は童貞でいらっしゃる。だそうですよ、彩音」

「……え?」

「ね、姉さんたち!!」

 思わず振り返れば、彩音さんが廊下から縁側を覗き込んでいた。

 薄暗い月明かりの中でも顔を赤くしているのが分かる、いつの間にそこにいたのだろうか……。

 それはともかく……あ、彩音さんにキカレタ~~~~!?

 童貞だという告白を、彼女に聞かれてしまい、頭が真っ白になってしまった。


 我に返ったのは翌朝、布団の中だった。

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