カバー

「これが……お前たちを呪う、不屈の善戦帝王の力だ!」

地下世界の少年・レパルト・コルシカは、戦いになるとどんな相手でも戦闘力がマイナス1弱くなってしまう呪いを持っていた。ゆえに、誰にも勝つことが出来ない彼は『善戦帝王』と呼ばれていた。ある日突然、地下世界にオーク族の魔王軍が侵略してくる。レパルトは呪いのスキルを駆使し、撃退するも重症を負ってしまう。ヴァンパイアの姫・ブリシェールはレパルトの傷を癒やすため、体を交え、眷属への契約を行なう。しかし、契約によるまぐわいにも呪いが発揮され、レパルトは絶頂するもブリシェールは絶頂のギリギリで寸止めされ――。

書籍化に伴い読みやすく大幅改稿・官能シーン増!
書き下ろしに「線引き」「病んだ聖母」も収録。

  • 著者:アニッキーブラッザー
  • イラスト:空色れん
  • 本体価格:1,200円+税
  • ISBN:978-4-8155-6502-2
  • 発売日:2017/11/30
口絵

タイトルをクリックで展開

 拝啓 おじいちゃま。お元気ですか?

 俺は、元気だよ。

 地上で生活するようになって、まだ慣れないことや、初めて見るものが多くて大変だけど、姫様はとても親身にしてくださるので、俺は大丈夫です。

 今度、お休みが取れて地下に遊びに行けそうなので、そのときにいっぱいお話するね?

 おじいちゃまも、身体には気をつけてね。敬具

 ~レパルト・コルシカより~


 一人の少年が愛する家族への想いと故郷への郷愁を感じながら天井を見上げた。

 その部屋は、最低限の家具一式や、教養用として準備されていた本棚と、テーブルとイス、そしてベッドぐらいの極めて質素で平凡な部屋。

 しかしそんな部屋でも、本来であれば少年……レパルト・コルシカにとっては実に分不相応で贅沢な部屋である。

 この部屋で生活するようになって日も浅く、自分の部屋と言われても未だ落ち着くことが出来なかった。

 しかし、その程度のことで気持ちを俯かせる暇など、レパルトには無い。

「童ェ! なにをしておる! わらわが湯浴みをしている間に、服を全部脱いで寝室のベッドの上で正座して待っていろと言ったではないか! このたわけ者ォ!」

 自室の扉が問答無用で乱暴に開けられ、思わずビクリと背筋を震わせると、扉の向こうには、湯上りの火照った身体と紅潮した頬でブスッとした顔で睨んでくる、至高の女神が居た。

 身体を拭く大きめの手拭いを一枚覆っただけで、それ以外は何も身に着けていない。

 銀色に輝く長い髪を頭の後ろで一つに束ね、その白く長い手足からはほんのり湯気が立っている。

「ぶ、ブリシェール姫え! だ、ダメですよ~、そん、そんな格好で来たら!」

「たわけえ! わらわが湯浴み前にウヌと目が合って片目を閉じたら、それは合図であると言ったではないか! はようせえ! 手紙なんていつでも書ける!」

 ブリシェールは、慌てて駆け寄るレパルトを足払いして倒す。

 ブリシェールは手足が長く、スラッとした肉体ゆえに、身長だけはレパルトより頭一つ分高く、何よりもヴァンパイアという人智を超越した種でもある。

 レパルトを、「転ばすだけ」なら容易いのだ。

「ほれ、さっさと脱いで、わらわの部屋に行くぞ。えっちっちの時間じゃ」

「や、自分で脱ぎま、せ、せめて移動してから、いや、ろ、廊下で、誰かに見られちゃう!」

「知らぬわ! ウヌは乙女か!」

 転ばされたレパルトの、布製の服を慣れた手つきでブリシェールは剥ぎ取っていく。

 抗えずに生まれたままの姿にされたレパルトは、慌てて両手で自分の身体を隠そうとするも、ブリシェールの手は止まらない。

「ほれ、移動じゃ」

「い、いやあああ! だ、ダメですって、姫様ア! こ、こんな格好は! じ、自分の足で歩け、姫様、だ、だめええ!」

 ブリシェールはレパルトの両足首を掴み上げ、逆さづりにして持ち上げたのである。

 衣服を全て剥ぎ取られただけでなく、一切身体を隠すことも出来ず、挙句の果てには女性に逆さづりをされて、この上ないほど情けない姿を曝され、レパルトは顔を真っ赤にして泣きそうになる。

 更に──。

「あ~む。ん、むにゅ、ペロ」

「うひゃうああ!?」

「ふふふ、この被った皮を?いて、頭をペロペロだ♪」

「おぶっ、おひょおお!」

 逆さづりで持ち上げたレパルトの股間を自分の顔まで持っていき、ブリシェールはプラプラと揺れるレパルトの逸物を口に含んだ。

 その瞬間に、全身が痺れて反り返るレパルトの反応に機嫌を良くしたブリシェールは、レパルトの逸物を咥えたまま歩き出す。

「むにゅ、ぺろ、ぷはっ……ふふん♪」

「んんーっ!? んんーっ!?」

「ほれ、ウヌもだ。その位置なら、舌を伸ばせばわらわのアソコを舐められるであろう?」

 逆さづりにしたレパルトの逸物を歩いて舐めながら、ブリシェールはレパルトに自分の秘所を舐めろと命令する。

 姫の命令は絶対である。

 どんなに拒否しようとしても、抗うことの出来ないレパルトは、逆さづりにされた状態から懸命に首を上げ、舌を伸ばして、ブリシェールの湯上りで温かくなった秘所をペロリと舐め上げる。

「はん、うん、んん。おいしくて、気持ち良い、わらわ所有のわらわ専用チンポ、ん、あむ」

「ん、ぺろ、ひめしゃま、ん、あったかいです。じゅぶり」

「亀頭も、筋も、玉袋も、おお、肛門がヒクついておるぞ? やれやれ、チュプ」

 立って歩きながら互いの性器を舐め合うという痴態を、宮殿の中でも神聖な王族の住まう廊下にて、堂々とブリシェールは行い、そして感じていた。

「んぐ、さ~て、着いたぞ?」

 既に互いの準備は万端。

 童顔の少年でありながらも、熱く硬く腫れ上がった逸物が逞しくそそり勃つ。

 対して、ブリシェールの秘所もレパルトの舌で舐られ唾液と愛液でテラテラと輝き、既に受け入れる準備が出来ている。

 ブリシェールが鼻歌交じりで自分の寝室の扉を開け、抱えていたレパルトを大きなベッドに放り投げたとき──。

「ん? お、おお、ウヌら……」

 そこには先約が居たことに、ブリシェールは気づいた。

「待ってたよ、パルくん」

「レパルト、情けない! それに、来るのが遅いわ!」

 半裸の女が二人、ブリシェールのベッドの上で待機して、投げられたレパルトを受け止める。

「えっ、あ、あの、お、お二人ともまんぐううっ!」

 二人の存在に驚いたレパルトが声を上げようとすると、女の一人が有無も言わさずにレパルトの唇を塞いだ。

「んぐ、んん、んん! んん、ぶぬうううう!」

「ん、じゅる、お、んぐう、ぷはっ、レパルト。口の周り、レパルトの唾液以外の味がする。ここに来る前に、どこを舐めていた?」

 レパルトが答えようとする前に、再び唇が塞がれ、それだけではなく舌を深く入れられ、呼吸が困難になるほど貪られる。

「パルくんのおチンポさん唾液にまみれてる。マーマがキレイキレイにしてあげるね」

「んぐぎゅるうううううう!」

「あむ、じゅぷる、じょぽじゅぽり、ふふ、もう溢れちゃいそう。パルくんって、お口から私を妊娠させてマーマにしちゃうのかな?」

 もう一人の女がレパルトの既に準備の整った逸物を口に含んで刺激を与え、レパルトは快感に耐え切れずによがり狂う。

「これこれ、ウヌら。抜け駆けはずるいぞ? 口も逸物も塞がれては、童の肛門ぐらいでしか遊べぬではないか。どれ、前立腺前立腺♪」

「ひぎゃうらあああああああ!?」

 ブリシェールも参戦し、三者三様に、レパルトの口、逸物、肛門を同時に責め立てる。

「ふふふふ、童よ、どうだ? 追い詰められた気分は」

「でも、油断出来ませんね。だって、パルくんは、『どんな相手にも勝てない』代わりに、『どんな相手をも追い詰める』力の持ち主なのですから」

「さあ、レパルト。次はあなたの番だ」

 意識が真っ白になるほどに追い詰められるレパルト。三人はイタズラ交じりの笑みを浮かべながら、ゆっくりと各々の唇をレパルトから離す。

「あっ、そうだウヌら。こういうのはどうだ? 童を興奮させるために、ボソボソ……こうやって……ボソボソ……こんな感じだ」

「え、ええええ!? そ、それ、本当にやるんですか? ……うう~、でも、パルくんに頑張ってもらうには……え、えへへ、ちょっと恥ずかしいですね」

「ぐっ!? そ、そのような品の無い言葉を、この私が! そ、そのような体勢で言うのですか? うう、し、しかし、それではあまりに……流石にそんなことはお父様やお母様に顔向けが……え? しないと挿入お預け……や、やりますとも! やればいいのでしょう!」

 全身を美しき女たちに責め立てられ、過呼吸になるほどまでになったレパルトの眼前には、三人の女たちが四つん這いになって傷一つ無い真っ白で柔らかい尻を横一列に並べて突き出して、首だけを真後ろに居るレパルトに振り向かせ……。

「「「さあ、今宵も頑張り追い詰めて♪ 頑張れ頑張れチ~ンポ♪ 頑張れ頑張れチ~ンポ♪ ハメハメドピュドピュズブリンコ♪ えっちっち~で、えっちっちッ♪ 絶頂せてくれなきゃ、ゆるさない~♪」」」

 流石に恥ずかしいのか、三人とも顔を真っ赤にさせながら、お尻をフリフリさせて歌うように応援する乙女たち。

 朦朧とする意識の中、レパルトは命じられるままに、三人を追い詰めるべく逆襲する。

「い、……い、いきまああああああす!」

「「「あっはああああああああううッッッ♡」」」


 ──俺は一人だとこの世の誰にも勝てない。どれだけ死闘を演じても、あと一歩でいつも勝てない。俺は一人では何も出来ない。だが、俺が一人でなくなったとき、あらゆる不可能を可能にする。

 これは、薄暗く狭い世界に閉じ籠っていた一人の少年が世界に飛び出て、名だたる強豪を、至高の姫たちを、その肉体を使って追い詰める物語である。

 十四歳の少年、レパルト・コルシカは一見どこにでも居る少年だった。

 容姿も特段目を引くものではなく、童顔で子供っぽいと思われることは多々ある。

 身長も年齢からすれば小柄の部類に入るかもしれない。

 特に整っているわけではない両親譲りの黒髪は、長すぎず短すぎず。

 日常生活を送る上でほんの少しだけ腕力があるものの、それも自慢出来るほどのものではない。

 彼はそれぐらいの、どこまでも平凡な少年だった。

 しかし、そんな少年は、歴史上稀に見る呪いを持って生まれた異端児だった。

「すげー、盛り上がり。レパルトの一回戦か?」

「ああ。地下世界喧嘩大会名物の一回戦だ。これ見なきゃ、仕事のやる気がでねーって」

 人と魔と獣が生息する広大なる『ヴァンダレイ大陸』の最強国家『アルテリア覇王国』は、ヴァンパイアが統治する世界。

 豊富な地下資源や魔宝石などが眠る地の底を掘り起こすため、ヴァンパイアたちは千年以上前から捕虜にした人間の奴隷たちを働かせて、発掘作業をさせている。

 しかし、千年も経てば、人間たちの中には捕虜や奴隷といった感覚など既に無かった。

 実際に働かされている人間たちは、それほど過酷で悲惨な環境でもなく、ちゃんと地下世界で最低限の衣食住があり、休養も与えられている。

 労働者の数を減らさないように、人間同士で繁殖のための結婚も許されている。

 生まれたときから外の世界を知らない彼らにとっては、地下世界が全て。先祖は奴隷や戦争の捕虜として扱われたかもしれないが、最初からこの地下世界で生まれ育った者たちにとっては、『先祖は先祖、今は今』と割り切っていた。

 毎日同じ作業をして働き、時には気の合う仲間たちと笑ったり酒を飲み交わしたり、家族を築いたりして、人生を過ごす。それで彼らは良かった。

 それがずっと続くと思っていた。

「何度やってもお前じゃ俺に勝てないって言ってるだろ!」

「ぐっ、ち、ぢくじょ~……」

 地下世界でたまに行われる余興の一つ。

 四角い手作りの特製リングの上で、二人の男が拳に布切れを巻いて殴り合う、労働者同士の喧嘩大会。

 労働の合間の休養期間に行われるイベントは常に盛況だった。

「いい線いってたけど、やっぱレパルトは勝てねーな」

「これだけやっても勝てないなんて、なんでだ?」

 レパルトはそんなイベントでは毎回欠かせない男の一人だった。

 だが、欠かせないといっても、レパルトは王者でもなければ強豪でもない。

 大会では未だかつて一度も勝ったことがない、全戦全敗だった。

 しかし全敗でも彼の戦いは常に声援が飛び交っていた。

「ったく、勝てねーくせにボコボコ殴ってくれやがって。おい、大丈夫か?」

「うっ、うん」

「へへ、しっかしなんなんだよ、お前は。この前、酔っ払いのじーさんにも負けてたくせに、俺にも勝てねえけどなぜか手こずらせるんだからな。俺は先々月ベスト4だったんだぜ? もう、次の試合出れねーよ、身体が動かねー……」

 同世代の友が、わだかまりの無い笑顔でレパルトを起き上がらせる。

 そこには、自分と互角に戦った男への、敬意と友情の想いが滲み出ていた。

 そんな二人を観客の労働者たちは称えた。

 しかし、そんな賛辞もレパルトには情けなくて仕方がなかった。

「くそ~! あんだけ穴掘り作業で筋肉鍛えたのに! 体力つけるためにいっぱい食べたし、走ったりしたのに、どうして俺は勝てないんだよ~!」

 リングから離れ、人通りの少ない物陰に来た瞬間、レパルトは拳に巻いている布切れを投げ捨てて、悔しさのあまりに叫んだ。

 周りからの『勝てなかったけど良くやった』という賛辞の言葉。レパルトは生まれてから何度もその言葉を聞いてきた。

 レパルトはこれまで、どんな相手とも善戦してきた。

 でも結局勝てない。どれだけ善戦しても、どれだけ頑張っても、どれだけ頭を捻っても、絶対に勝てない。あと一歩及ばない。それがレパルトの人生だった。

 ゆえに、いつだって悔しさを感じていた。

「今日も勝てなかったようじゃのう。やはり、その刺青がなにか関係しておるのかのう?」

「ッ、おじいちゃま!」

 物陰で落ち込んでいるレパルトに声をかけたのは、レパルトの祖父だった。

 既に肉体労働という仕事からは退いて、地下世界の奴隷たちのまとめ役や相談役などを担っており、いつも孫のレパルトを慰めていた。

「そうなんだよ。きっと、全部こいつの所為なんだ!」

 嘆きながら、布の上着を破り捨てる。レパルトの左胸には、異形の紋様が浮かび上がっていた。

「戦おうとすると、この紋様が全身に伸びて、俺の身体を支配しちゃうんだ。腕相撲とかでもそうなんだ。この間だって、近所のおじいちゃんに粘って粘って、それでも負けちゃったんだ」

 普段の素の力など関係ない。戦う相手に応じて、肉体の力が変わってしまうのである。

 そして、その力は、戦う相手より少し弱い程度。

 いつも、『ひょっとしたら今日は勝てるかもしれない』と思うぐらいの死闘を繰り広げる。だが、最後の最後で絶対に勝てない。

「まるで呪いじゃのう。戦う相手に応じて肉体の力が変わり、全ての能力が相手より弱くなる。言ってみれば、お前は病人と戦っても勝てないということになるのう」

「どうしてこんなの……俺だって普通が良かったのに」

「そうじゃのう。かつて、まだ人間の身体がヴァンパイアの放つ強大な魔力に耐え切れなかった時代には、特殊な呪いの身体を持って生まれた人間は何人か居たが、その一つかもしれんのう」 

 これまで、この呪いのような体質に打ち勝つために、あらゆる努力を試みた。だが、結果的に呪いに勝つことは出来なかった。

 今日だってそうだった。

 相手と互角に戦うも、あと一歩で勝てない。いい加減うんざりしていた。

 すると、祖父は切なそうに微笑みながらレパルトの頭を撫でた。

「レパルト。お前は確かに誰にも勝つことは出来ん。しかし、お前は強い者としてではなく、弱い者の視点で人を見ながらも、それでいて誰とでも対等に接することが出来る。それはな、すごいことなんじゃよ?」

 レパルトは俯きながら、祖父の言葉を聞いていた。

 実際、レパルトは誰にも勝つことは出来ないが、誰とでも対等に接することが出来る。

 レパルトは手加減無しの全力で、喧嘩大会の王者とも互角に戦い、気持ちを曝け出し合い、そして気づけば相手のほうからレパルトを対等な存在として接してきているのだ。 

「勝てなくても良い。逃げさえしなければお前は良いのじゃ。逃げずに相手とぶつかり、対等に相手と分かり合うことさえ出来れば……」

 だが、そんなことをまだ十四歳のレパルトが納得出来るはずがない。

「いやだよお! 俺だって勝ちたいんだ! 友達増えたって、それでも俺が結局一番弱いんだもん! 弱いなんて嫌だよ! なにも出来ないんだ! なんにも出来ない、不可能男なんだ!」

 勝ちたい。生まれて一度も勝ったことないからこそ、勝つ喜びを知りたい。

 賢さとか仕事とか、そういう類のものではなく、男としてやっぱり強くなりたい。

 だからこそ、そんなレパルトには祖父の慰めなど、最早聞きたくなかった。

 どれだけ頑張っても全てが無駄な努力。男としての自信なんて持ったこともない。

 対等な友達が増えた? レパルトはそう思わなかった。

 周りの連中も『友達だけど、とりあえずレパルトは自分より弱い』と認識していると思っているからだ。

 不貞腐れるように俯く孫の様子を見た祖父は、レパルトの肩に手をかけ、目を合わせて言い放つ。

「不可能という文字は、愚か者の辞書にのみ存在する」

 その強い口調にレパルトは肩をビクリと震わせた。

「お前は愚か者ではない。そうでなければ、皆お前と笑い合ったりなどせんよ」

 そして祖父は再び柔らかい微笑みを浮かべて、もう一度優しくレパルトの頭を撫でた。

 これまで何回、何十回、何百回、何千回これを繰り返してきたかは分からない。

 レパルトは誰かに敗北する度にこうやって祖父に慰められていた。

「おーい! レパルトな~にやってんだよ! 表彰式終わっちまうぞ~? お前はこれで十回連続敢闘賞なんだから、さっさと来いよ~!」

 レパルトを遠くから大声で呼ぶ声が響いた。

「あっ、チャンプッ! あれ? 試合は?」

「だははははは、もう終わったぜ! 俺様の圧倒的勝利!」

 大柄で上半身裸の男。腕や足の太さはレパルトと比べ物にならず、ギラついた眼光は野性味に溢れていた。

 その男こそ、喧嘩大会常勝無敗の男。

 人は彼を本名ではなく、『チャンプ』と呼んでいた。

「まっ、これもくじ引きで一回戦目にお前と戦わなかったからってのもあるけどな」

「そんなこと言うけど、どっちにしろ、俺チャンプに勝てないじゃないか!」

「この地下世界でこの俺様をギリギリまで追い詰められるのはお前だけだろうが。ほ~んと、お前とは戦えば勝てるけど、敵に回したくねえよ~」

 そう言ってチャンプはレパルトに笑った。

 そう、このチャンプも一度だけ手こずった大会があった。それは一回戦でレパルトと戦ったときだ。

 そのときも、勿論チャンプが勝ったのだが、何時間にも及ぶ死闘をレパルトと繰り広げた結果、その後の試合は全てヘロヘロだったのだ。

 そのとき以来、チャンプはレパルトを『ダチ』と認めて、よく絡んできていた。

「うう~、にしても、また敢闘賞か~。俺、敢闘賞なんていらないよ~」

「バーロウ! なにも賞を貰えねえ奴と違って、なにか得られるんだから文句言ってんじゃねえよ! つか、お前のファンだって待ってるんだから、さっさと行くぞ!」

 チャンプがレパルトの手を引っ張って強引にみんなの前へと連れて行く。

 すると、そこには多くの人の輪が出来て、レパルトに大歓声を送っていた。

「レパルト、今日もスゲー熱い殴り合いだったな!」

「勝てねえくせにあんなにムキになるとよ~、なんか、俺らもやんなきゃってなるよな?」

「レパルトくん、泣かないで~! 結果が全てじゃないんだよ?」

 肌にビリビリと伝わる拍手と歓声。流石にこれを受けてはいつまでも捻くれているわけにはいかなかった。

「なっ? レパルト。敢闘賞に、更にこんだけの声援っていうオマケも毎回貰えるくせに、ゼータクなこと言ってんじゃねえよ」

 そう、これがいつもの繰り返し。

「チャンプ……うん、わかったよ」

 努力して、あと一歩で勝てなくて、祖父に慰められ、そして大歓声をみんなから送られる。

 それがあるからこそ、『絶対に勝てない人生』と分かっていても、何とかレパルトは自分の心を保っていた。

 そして、もう一つ。

「今日も面白い見世物であった」

 レパルトを支えてきた大きな存在がそこにあった。

「ひいっ! ひ、姫様ッ!」

「なっ、い、あ、ぶ、ぶ、ブリシェール姫ッ!」

「ヴァンパイア騎士様たちも居る!」

「ちょ、おい、ガキどもを早く座らせろ! 失礼の無いように!」

 それはこの世界において全てが異質であり、不釣合いであり、異次元の存在であった。

 美しい銀色の長い髪。この地下世界には存在しない、鮮やかな絹で作られた黒いドレス。

 凛とした表情と瞳と、決して触れることの許されぬ真っ白い手足。

 その周囲に、漆黒の鎧に身を包んだ精強な騎士を従わせ、闊歩する姿。

 それは、地下世界の人間たちにとっては、神々との対面に近かった。

 リング周りに集っていた数百人近い人間たちは、命じられたわけでもないのに、誰もが両膝と額を地面に擦りつけていた。

 その存在が現れただけで、あれほど荒々しく盛り上がっていた地下世界が一瞬で静寂へと変わった。

「面を上げよ、人間たちよ。此度もウヌらの催しを見物させてもらった。なかなか有意義であった」

 決して大声ではない。しかし、その透き通るような声は地下世界の誰もの耳に、そして心の奥底まで届いていた。

 それは、レパルトも例外では無かった。

「ひ、姫様だ。相変わらず、なんてお美しい」

「本当だぜ。それに、こんな汚ねえとこにまでワザワザ降りてきてくださるなんて、なんてお優しいんだ」

 レパルトもチャンプも表彰式を忘れて、瞳を輝かせていた。

 二人とも、皇女と一度も会話をしたことは無い。

 こうやっていつも遠くから見ているだけ。それでも心を埋め尽くすほどの想いが溢れる。

 表情は凛としてクールで、口調にも抑揚はあまりない。

 しかし、その神々しく、一目で心を奪い魅了してくる気品とともに伴うオーラのようなもの。それは、レパルトにとって、一目惚れなどという次元を遥かに超え、崇拝していた。

「よく聞くが良い、地下世界の住民たちよ! この度、偉大なるヴァンパイアの国、アルテリア覇王国の第一皇女であらせられる、ブリシェール・アルテリア様直々に、諸君らへ伝えられることがある!」

 姫の四方を取り囲む側近でもある黒衣のヴァンパイア騎士の一人が威厳に満ちた声を発する。

 ただでさえ、地下世界の住民たちは姫の姿に緊張で震え上がっているというのに、更に野太く力強い声を発せられると、意識が飛びそうになるというもの。

「アルテリア覇王国の第一皇女、ブリシェールである。千年変わらぬウヌらの労働により、今も我らアルテリア覇王国は潤っている。誠に大義である」?

挿絵1

 ──こんな離れた距離に居るのに、キラキラしてる。良い匂いがする。なんて綺麗な手、胸。ああ、今日は本当に良い日だ!

 熱い眼差しで、皇女の姿を瞳に焼きつけるレパルトの心の中には、決して口に出せない浅はかな想いで埋め尽くされていた。

 ──俺たち人間と違って不死に近いヴァンパイア。あれで、七百歳っていうんだから驚きだよな~。何百年もあんなにお美しいなんて。あんな綺麗な人とお喋り出来たら、俺、呪いとかどうでもよくなっちゃうよ。

 レパルトはあまり女と話すことはない。単純に恥ずかしかったり、自分に自信が無いためである。隣にいる逞しく豪快なチャンプは女にモテており、いつも羨ましいと思っていた。

「今日はウヌらに伝えねばならぬことがある。現在地上では、『魔王アギュー』が統括するオーク族の国『チャシュー魔王国』が、この偉大なるアルテリア覇王国に進軍している」

 それは、レパルトの妄想や労働者たちの緊張を一瞬で打ち砕く、衝撃的な話であった。

「軍を率いるのは、我ら魔族の間でも名高い英雄……『猪突猛将軍ハッガイ』、そして副将の『バークシャ』という者だ」

 正直、魔王や将軍の名前を言われても誰もがピンと来ない。何故なら、地上世界の有名人や、誰が強いのか、そもそも戦争そのものに対する認識が無いからだ。

 だが、それでも、『たくさんの人が死ぬかもしれない』という認識だけは持っている。

 死ぬかもしれない。それは、たとえ地上世界を知らない地下に住む者たちにとっても、恐怖を感じさせるものだった。

 レパルトは不安な表情を浮かべながら小声でチャンプに尋ねてみた。

「ね、ねえ、チャンプ。なんか、すごそうな奴らが攻めてくるみたいだけど、姫様たち負けないよね?」

「たりめーだ。ヴァンパイアってのは、地上世界最強の生物って話じゃねえかよ。なら、楽勝に決まってる」

 チャンプは言葉では何も問題無いと述べるが、それでもどこか不安を感じさせた。

 地下世界最強のチャンプですら一抹の不安を抱いているのだ。ならば地下世界の人間全てが不安を抱えていてもおかしくはない。

「よって! しばらく地上の騒動で少々地下が揺れるかもしれぬが、なにも気にせず、いつも通りの生活を送るのだ」

 そんな、人間たちに漂う不安という空気の中で、皇女はアッサリとそう告げた。

 その言葉に誰もが驚き、顔を上げる。

「どうした、人間たちよ。まさか至高の種たるわらわたちの覇王国が、家畜にもなれぬブタどもに敗北するとでも思ったか?」

 表情の変化が少ない皇女の口元、目つきが、途端にサディスティックなものへと変貌する。

「今日は、しばらく続くと思われる揺れと、ウヌらへの今後の物資は、ブタの丸焼きが続くと告げにきただけ。それをよもや、一瞬でもわらわたちの勝利を疑うものが居たのだとしたら、今すぐに名乗りを上げよ」

 レパルトは「素敵だ、姫様ァ!」と、今すぐにでも叫び出したい衝動を懸命に堪えていた。更には、今すぐ手を上げて「疑ってました、踏みつけてください!」と名乗り出たかったぐらいだ。

 その勇気が無い自分を今日ほど恨めしいと思ったことがないと妄想していると。

「はいはーい! 姫様! ここに居る、レパルトって~奴が、一瞬でも姫様の勝利を疑いましたぜ!」

「えええええええ! ちゃちゃ、ちゃんぷ~!」

 冗談交じりでチャンプが軽口を叩きながら手を上げて、隣で正座しているレパルトのことを告げ口した。

「チャンプ、なんてことするんだよ!」

「ひひひ、い~じゃねえか。姫様と少しでもお話し出来るかもしれねー機会だろ?」

「だからって! 俺、ば、罰を!」

「昔から姫様との妄想で興奮するお前に、ダチとして気い遣ってやってんだ、感謝しろ」

 余計なことをするんじゃないと、慌てて文句を言うレパルトだが、チャンプは笑いながらレパルトの背中を押して前へ出そうとする。

 その光景を見た皇女は小さく、「ほう」と呟き、ドレスのスカートをたくし上げ、白いふとももに巻きつけられた鞭を取り出した。

「ウヌら二人は知っているぞ。確か、地下世界のネズミの大将と、往生際の悪い羽虫だったな」

 なんていう酷い覚え方! とはレパルトは思わなかった。

 むしろその逆。心の底から感動していた。

 何故なら、自分にとっては神に等しい皇女が、自分のことを知っていてくれたのだから。

「ふん。わらわたちを心配するなどという、分不相応な気遣いをする奴隷め。黙って繁殖と穴掘りを行っていれば良いものを」

 一瞬の閃光。そして空気を弾く乾いた音が地下世界に響いた。

「いっつあああ!」

「ちょわ、なん、俺まで? ぐへ! でも、ちょっとうれしいかも」

 レパルトとチャンプが激痛に声を上げる。皮膚がヒリヒリするほど痛く、布服の下は真っ赤に腫れている。

 それは、目に見えぬほどの速度で繰り出された、皇女の鞭の一閃。

 地下世界最強のチャンプですら反応出来ず、一撃で悶絶するほどのものだった。

「いった、うう~、す、少し、腫れちゃったよ~」

 ちょっと興奮した笑みのままで地面に平伏しているチャンプに対して、レパルトは鞭で打たれた肌を擦っていた。

「……ほれほれ」

 皇女はレパルトの様子に何かを考えるような表情を浮かべ、もう一度鞭を振るう。

 今度は一回ではなく三回。先程よりも少々強めだった。

「わっ! ほおおっ! いっつ、肌にかすった」

「なん……だと?」

 しかしレパルトは、振り下ろされた鞭を受けるどころか、反射的に回避してしまった。

 もっとも、回避といっても完全に避けたわけではない。鞭の先端が僅かにかすって、一本線の腫れが肌に浮かび上がっていた。

 同時にレパルトは自分のやってしまったことに気づいた。

「す、すみません姫様ァ! 俺、思わず避けちゃって……ごめんなさい!」

 皇女の罰から逃げる。

 甘んじて受けなければならないものから見苦しくも逃げるとは、極刑に値するほど、皇女の怒りを買う行為かもしれなかった。

 そんなレパルトの愚かな行為に、地下世界の住民たちは顔を青ざめさせていた。

「あの人間、どういうことだ?」

「姫様の攻撃を……」

「かろうじて回避した?」

 だが、無礼を働いたレパルトを捕らえるかと思われた護衛のヴァンパイア騎士も、そして皇女自身も、困惑していた。

 はた目から見ても、全力で攻撃したわけではない。

 しかし、誰もが当たると思っていたはずの攻撃が回避されるというのは、予想を越えた事態とも言える。

「ふん。変な人間だ。不愉快だな。このイラつきはブタどもを蹂躙して晴らすとするか」

 変な人間。皇女がレパルトを称した印象がそれであった。 

「まあよい、そこの奴隷よ。仕置きの続きは今度してやろう」

「ッ、ひ、姫様ッ!」

「分かったな? では、わらわたちはこれにて失礼する。これから千年経とうとも、変わらぬ奉仕を今後も期待するぞ」

 そう言って、姫は周りの護衛たちに合図を送り、そのまま背を向けた。

 だが、言い残した言葉を思い出したように民たちに振り返り──。

「また、次の催しでも、わらわを楽しませろ」

 本来、王族や貴族が土埃や泥にまみれた地下世界に足を踏み入れるなどありえない。

 現に、現在のアルテリア覇王国の王や后は、一度もこの地下世界には足を踏み入れていないのである。

 だが、その娘のブリシェール姫は違った。

 年に一度程度しか地下世界に視察に来ないが、こうして人間たちの前に姿を見せる。

 地の底を這いずり回る奴隷たちの姿に、何を想っているかは誰にも分からない。

 しかし、どんな想いであろうと、その姿を曝して言葉をかける。

 それだけで地下世界の人間たちにとっては十分だった。

「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」」」」」

 それが、今の、明日の、そしてこれから先の未来への労働意欲となる。

 跪いていた人間たちは一斉に立ち上がり、声を張り上げた。

「姫様、カッコいいよ~、俺、呪いがどうとか言ってられない! 俺も頑張っちゃうぞ!」

 これがあるから頑張ることが出来る。

 祖父の言葉。

 友との友情。

 皇女の存在。

 その三つが、レパルトを何度も立ち上がらせるきっかけになっていたのであった。

 目指せ一勝。

 叶わぬ目標と人は笑うが、レパルトは穴倉の壁と向かい合っていつもの拳を振る練習をしていた。

 皇女に声をかけられたその日から、レパルトのモチベーションに火がついていた。

「えっと、こうやって振り子のように拳を揺らして、しならせて、下から素早く打つ!」

 レパルトは次の喧嘩大会に向けての技を開発中だった。

「姫様の鞭をもっと想像して、こうやってダラリとした感じから一気に振り抜いて、空気が破裂するような速さで!」

 薄暗い世界に、パン、パン、と空気の弾ける音が響く。

 腕を鞭のようにしならせて連続で素早く打つ、レパルトの左拳。

 憧れの皇女の鞭を受けたときにヒントを得た。

 未完成ゆえに、威力と速度もそれほどではない。仮に威力と速度を上げても、戦いになれば相手のレベルに応じてそれも上下してしまう。

 しかし、この見慣れぬ拳の軌道にきっと誰もが面食らい、嫌がるだろうと考えた。レパルトは、そのときのみなの反応や、何よりも皇女がどう思ってくれるかを妄想し、ニヤニヤしながら何度も練習し、汗を流していた。

「ふむ、精が出るな」

 集中して一心不乱に拳を振っていたレパルトに、手拭いが投げられた。

 振り向くとそこには祖父が居た。

「おじいちゃま」

「見たこと無い拳じゃのう。しかし、見る限り鞭のように長い腕がないと、あまり威力が出ないのではないかのう? 小柄で手足の短いお前ではのう」

「うん。でも、おじいちゃまに教えてもらった、相打ちクロスカウンターは、すごい威力だけど俺も一発で失神しちゃうし、この前しばらくご飯食べられなくなっちゃったから、あんまり使いたくなくて」

「じゃから、間合いの外から相手を殴れる技を? そんな技よりも、相手の攻撃を捌きながらの攻撃の方が良いのではないか?」

「例えば?」

「ふむ」

 祖父が両拳を上げて構える。レパルトに技の手本を見せるためである。それを近くで見て、意見を交換し合う。それが祖父とレパルトの日課のようなものであった。

 これまで一度も勝利したことのないレパルトには、そうやって祖父と一緒に技術を磨いて、日々試行錯誤するしか道が無かったのである。 

「これならどうじゃ? 相手が大きく振りかぶったパンチを、しゃがんで相手の懐に飛び込むように回避する。そしてそこから飛び跳ねて、無防備な相手の顎に拳を突き上げる」

「うわ、なにそれ!」

「この間、地中で冬眠しておった蛙を掘り当てたとき、驚いて飛び跳ねる蛙を見て思いついた。名づけて、カエルアッパーじゃ!」

「お、おおおおおお!」

「クロスカウンターと同じように、お前は相手の意識を一瞬で断ち切る技のほうがええ」

 相手の意識を断ち切る拳。しかし、その言葉を聞いてレパルトは少し浮かない顔をした。

「意識を断ち切る技か~。でも、それやると俺の方も意識無くなっちゃうんだろうな~」

 レパルトはその言葉とともに、己の左胸に服の上から手を当てた。

 そこには、生まれたときから刻まれている、正体不明の禍々しい刺青がある。

「確かに、これまでのお前を見る限り、そうかもしれんのう。その、呪いのような『何か』がある限りの」

 俯くレパルトに、祖父も複雑な表情を浮かべて頷いた。

 そう。これまで一勝もしたことのないレパルトだが、これまでの敗北は単純に相手より弱かったから負けたというわけではない。

 そもそも弱い者が、自分より強い者に勝つことは絶対に出来ないかと言えば、そうではない。

 たとえ力量が低くとも、体力、筋力、すばやさ、そのほか身体能力、技術、知能、いずれかで上回り、個性を駆使して勝利することは出来る。

 しかし、レパルトの場合はその前提が人とは違っていた。

「うん。この呪いがいつもいつもあと一歩のところで俺を邪魔するんだ」

 レパルトの体質。それは、どんなに自分の肉体を鍛えようとも、戦う相手に応じて、筋力、すばやさ、そのほか身体能力も相手より少し弱い程度になってしまうというものだった。

 更には相手が消耗したら相手の体力に応じて自分の体力も消耗してしまう。怪我の痛みは相手と連動しないものの、相手が負傷して腕などが使えなくなれば、自分も腕が痺れて使えなくなる。意識も同様に、相手が失神すれば、レパルトも失神してしまうのであった。

 相手を追い詰めることは出来ても絶対に勝つことが出来ない、正に雁字搦めの呪いの体質。

 ゆえにレパルトは周囲から『善戦帝王』と呼ばれていた。

「でも俺、無駄な努力かもしれなくても、なにもしないなんて出来ないよ。だってこの間、姫様が言ってくださったんだ。次も楽しませろって。だから頑張るんだ」

 普通に戦えば絶対に誰にも勝てない人生だが、それでも今のレパルトを支えるものがあった。だからこそ、努力を続けられた。

 そんなレパルトの言葉を聞いて、祖父も頷いた。どこか、レパルトの表情を見ながらホッとしているような表情だった。

「さて、ワシはそろそろ集会に行くが、お前も鍛錬はほどほどにのう。先日の大会でボロボロになったばかりなのじゃから」

「うん。ごめんね、おじいちゃま。いつも心配ばかりかけて」

 新しいヒントを授けると、祖父はその場を後にしようとする。

 すると、穴倉の入り口から入れ替わるように誰かが中に入ってきた。

「おっす、じーさん。レパルトは相変わらずか? 遊びに誘いに来たんだけどよ」

「ん? おお、チャンプか。レパルトなら奥じゃぞ?」

「おう、そっかそっか♪」

 入れ違いで入るチャンプの背中を見ながら、祖父は一人ごちる。

「レパルト。お前は確かに誰にも勝てない。しかし、誰とでも互角の戦いを繰り広げられる。誰とでも対等に接することが出来る。そのことをもっと誇ってくれたらのう」

 そう呟きながら、祖父はその場を後にした。

「おーい、レパルト~、なーにやってんだよ! 近所の女を引っかけに行かねーか~?」

「チャンプ! あっち行ってて、今、秘密の特訓中なんだから」

「ひみつのとっく~ん? またかよ」

 汗を流すレパルトに、チャンプは感心半分、呆れ半分といった表情を浮かべた。

「っていうか、レパルト。お前はパンチの練習する前に、まずは女とヤルことを考えねーといけねーだろ?」

 その瞬間、壁に向かって一心不乱だったレパルトがチャンプの言葉で噴き出してアタフタした。

「むりだよお! それに、俺は……」

「はあ? お前、まさかまだ姫様がどうとかって考えてんじゃねえだろうな? ったく、それじゃあ来世までずっと童貞だぞ?」

「でも、俺の貰ってる報酬だとおじいちゃまと二人暮らしで精いっぱいだし。女の子を養う余裕なんて……」

 地下世界において労働力の増加は、仕事の効率化や成果が見込め、それに伴いアルテリア覇王国からの報酬の増加に繋がる。

 発掘作業によって掘り起こされる鉱石や資源をアルテリア覇王国と物々交換を行うことによって、食料や衣類や本や生活用具などを得ることが出来る。

 報酬の内訳は基本的に歩合制であり、個人の力で珍しいものを発掘したり、労働力を補充したりすれば特別に優遇されることもある。

 よって優秀な男には数多くの女が集まり、家計に余裕があるのであれば、通常の結婚を超えたハーレム婚も許される。

 チャンプは労働においても優秀で、報酬もレパルトの何倍も得ており、既に複数の女と結婚している。

 ハーレム婚は地下世界の男の浪漫であり、同世代の少年たちにとって、それを実現しているチャンプは憧れでもあった。

「ったく、そうじゃねえよ。別に女とヤッたからって結婚しなくちゃいけないってわけじゃないんだぜ? ただ楽しむためにすりゃいいんだよ。万が一子供が出来たら、そんときゃそんときでよ、まずは経験だよケーケン」

 レパルトにとって、女性と肌を重ねるというのは、相手の生涯に責任を持ち結婚する、という認識であるが、チャンプは違った。

 頭の固いレパルトに、チャンプはあることを思いついたように指を鳴らす。

「しゃーねーな。俺もお前がいつまでも童貞ってのが気になってたとこだ。よし、ちょっと見てろ!」

 パシンと軽くレパルトの頭を小突いたチャンプは、穴倉から往来に出て、辺りを見渡す。

 すると、地下水脈が流れる畔で、賑やかに談笑している二人組みの少女たちが目に入った。

「それ、本当にすごい面白い~」

「うん、でね、あいつったら、ずっと前屈みになってるからどうしたのかと思ったら、アレが勃ってたの」

 年齢はそれほど大差無いだろう。チャンプとレパルトと同い年ぐらいの少女たちだ。

「おーい! お前たち~、こっちこっち~!」

 チャンプが少女たちに向かって声をかけて、大きく手を振る。

「ん? あっ! ねえねえ、見てあっち!」

「うわ~、チャンプ! えっ、私たち? えへへ、おーい、チャンプ~、なにやってるの~!」

 二人の少女も顔を上げ、手を振られているのが自分たちだと気づくと、キャッキャッと嬉しそうに手を振り返してきた。

 相手は地下世界でも人気者のチャンプ。同世代の少年少女たちのリーダーで憧れである。声をかけられたら素直に嬉しいのだろう。

「ふふふん。おーい、そんなとこに居ないでこっちに来いよ~」

「えっ? いいの? うわっ、チャンプに誘われちゃった。ねえ、いこーよ」

 チャンプは少女たちを手招きし、自分たちの居る穴倉に来いと誘っている。

 少女たちはその誘いにキャーキャー騒ぎながらも嬉しそうに小走りしてきた。

「ちょ、チャンプ! な、なにするんだよ!」

「な~に、ベンキョーだよベンキョー」

 いきなり二人も女の子たちを呼んで何をするんだと慌てるレパルトに、チャンプは悪だくみを思いついたように笑みを見せる。

「えへ、とーちゃ~く。チャンプ~、五人も奥さん居るのに、私たちと遊んで大丈夫~?」

「二人でなにやってんの~?」

 少女たちは照れた表情を見せるも満更でもない様子だ。

「いやな。親友と穴の中で、穴の探検と勉強をしようと思ってな」

「べんきょー? 探検? それってどういう……あ~、なんかやらし~こと?」

「なんかじゃなくて、ふつうにやらしーぜ?」

「え~、やだな~、もう本当~? やっぱ逃げちゃおっかな~♪」

 布切れで出来た半袖に短いスカートと、比較的肌の露出が多い格好をしていながら、身体をくねらせて、むしろ自分の身体をチャンプに主張している様子だ。

 早い者勝ちとばかりに少女たちはチャンプの両腕に手を回している。

 その様子に、レパルトは素直に羨ましいと思っていた。

「でさ、レパルトがまだ童貞なのは皆知ってるか?」

「ぶっ!? ちゃ、ちゃんぷう!?」

 二人の少女を前に、チャンプはレパルトの気にしていることをアッサリと暴露した。

 レパルトは慌ててチャンプを止めようとするが、少女たちには特に驚く様子はない。

「だよね?」

「うん、レパルトとシタって女の子なんて聞いたことないしね」

 レパルトとシタ女の噂なんて聞いたことが無い。それは言い換えれば、レパルトなんかとする女が居たらすぐに有名になるとも取れ、グサリとレパルトの胸に何かが突き刺さった。

「でよ~、こいつは女の裸も見たことねーんだよ。そ・こ・で・だ! なあ……俺もよ、弟分みてーな親友が不憫でよ~、なあ?」

「ちょ、ねえ、どこ触ってんのよ~」

「な、頼むよ~……見せるだけ! 触らせねーから見せるだけ。な? 見せるだけでいいからよ~」

「んもう、ん、見せるってなにを~」

 チャンプがいやらしい笑みを浮かべながら、自分の両脇を固めている少女たちの身体に腕を回し、それぞれの胸に手を添えて少しだけ擦った。これをほかの男がやれば「変態」と殴られたりするかもしれないが、少女たちに嫌がる様子は無く、むしろ最初からこういう展開になることを予想していたのか、内股になってモジモジし始めた。

「なにやってんだよー、チャンプゥ~!」

「ん? なにって、お前に女の裸体の勉強させるための交渉だよ。そのためには、こっちも気持ちよく……セーイってやつをみせねーとな」

 レパルトの問いに、チャンプは堂々と己の自論を語り始めた。

「女にちょっと恥ずかしいお願いをするなら、まずその女を虜にさせて、後悔が無いぐらいに満足させてやることから始まるんだよ」

「チャンプは奥さんもいるのに、なんでそんなことしちゃうんだよ! そんなの頼んでないのに! それに、俺は、す、好きになった人とじゃないとそういうことは……」

 突如目の前で女たちと絡み合い始めたチャンプの所業に、レパルトは耐え切れずに叫んでしまった。

 だが、チャンプはケロッとした顔でレパルトを窘める。

「ったく、キレーごとばっか言いやがって。めんどくさいことと一緒に色々なもんを抜いて抜いてヤリまくんねーでどうすんだよ。いいか? そうやって男と腕を磨いていって、初めて自分が心から惚れた女のために尽くせるんじゃねえかよ。お前は心から惚れた女とヤルときも半端な腕前でやろうってか? そんなもん、逆に失礼ってもんだぜ!」

「あっ、ちょ、ん、ねえ、もう、すぐ抜かないでよお!」

「はっぐ、くう、もう始めちゃって、こいつ~、ん、あん、も~、自分勝手で仕方ない奴~!」

 開き直り、そして気づけば自分の逸物を、四つん這いにさせた二人の少女に後ろから交互に突きよがらせていた。

 まるで、「なにか間違ってますか?」という顔だ。

「なあ、レパルトに見せ……いや、もうさ、童貞捨てさせてやるのはどうだ? なあ? チンコ抜くぜ?」

「あっ、ま、待って、ま、まだ抜くのなし! う~、分かった! じゃあさ、レパルト~……お口で……ならしてあげよっか?」

 チャンプに後ろから突かれながら、少女がトロンとした顔をさせてレパルトと目を合わせ、口を開けて「はい、どーぞ」と誘おうとする。

 しかし、それはやはりレパルトにとって正常では居られるような空間では無く──。

「うわああああああん、どいつもこいつも、お下品だああああああああ!」

 ヘタレな心を丸出しにして、その場から走って逃げたのだった。?

「ああ、また揺れてる。そんなに激しいのかな~? 地上の戦争っていうやつ」

 定期的に続く揺れにレパルトは怯えながら、今にも崩れるのではないかと思われる天井を見上げた。

「戦争か~。そういうの、地上ではワンサカあるそうだぜ?」

 午前の重労働を終え、真っ黒になった労働者たちが昼の休憩を取っていた中、チャンプがぼやいた。

 それは先日、地下世界に訪問した皇女の口から直接告げられた話のことだった。

 その話題にレパルトも身を乗り出す。

「うん。それに、地上には俺たちと同じ人間だけじゃなくて、見たことも無い姿の魔族とか獣人とかがいっぱいいるんだってさ」

「それを言うなら姫様たちヴァンパイアだって人間じゃねえよ。まあ、見た目は人間に見えるけど」

「全然違うよ! あんなに美人で、知的で、気品がある。そんな人が俺たち人間と同じなわけないだろ?」

「お、おお、分かったよ、ムキになんなよ」

 正直、『戦争』という単語の意味を知っていても、それについての深い理解は無かった。

 この地下世界では目立った騒動も無く、争いも無い。

 喧嘩大会という腕試しの機会はあるものの、ヴァンパイアという強大な力を持つ至高の種が管理する世界において、問題を起こすような者は稀であった。

「まっ、でもヴァンパイアってのは、地上世界で最強の種族なんだろ? だったら、アルテリア覇王国が勝つに決まってっから、俺たちがなにか考えることもないんだけどな」

 外の世界には多くの人間や種族が存在しているということは知っていても、それを直接見たことも無い彼らにとって、『地上で戦争が起こっている』と言われても、それがどの程度のものなのか、まるで想像出来なかった。

「ま、それよりよー、チャンプ。その弁当の『芋フライ』は?」

「地上からの物資で、お前の家にはその上等な芋は支給され無かったろうが。また、新しいファンか?」

 そんな彼らにとっては地上世界での戦争よりも、目の前の仕事や食べ物。そして若い男ならば、女の話題が相場と決まっていた。

「ま~な。隣の居住地区に住んでる子だよ。俺のハーレム入りたいってよ。きししし、部屋に連れ込んだらよ~、胸は小さいが、ほっそりしてて、小ぶりなケツがググッときたぜ」

 数人の男たちが輪を作って弁当を食べながら、チャンプはいやらしい笑みを浮かべ、外には聞こえないぐらいの声で仲間内だけに話していた。

 それを聞いて男たちは舌打ちと同時に羨望の眼差しを向けた。

「か~、いいな~、これで女は何人目だよチャンプ」

「俺なんて最近あんまりヤッてねーのによ~。仕事も順調、喧嘩大会無敗、繁殖活動順調、この完璧やろーめ」

「たまんね~よな。な~、レパルト?」

「でもよ、レパルトにだってファンが居るだろ? ファンの子と一人ぐらい結婚したらどうだ? この間も言ったが、いつまでも固いこと言ってねーでよ」

「え? そんなことないよ~。だって俺、慰められるだけで、応援はするけど家族にはなりたくないって言われるんだ」

 しょんぼりと蹲るように俯きながら、レパルトは項垂れた。

 チャンプの言うように、喧嘩大会などでは常に一回戦負けでも、熱く頑張る姿を見せるレパルトには応援する人たちは沢山居た。

 だが、それが結婚に繋がるかと言えば、そうでもない。現実は厳しいものである。

「俺は生涯独身かも」

「おいおい、まだ分かんねーだろ? そう落ち込むなよ」

 男友達は笑い合いながら冗談交じりで慰めてくれるが、レパルトにとっては切実な問題だった。

 生涯一度も腕っ節で勝利したことない男。言ってみれば夫婦喧嘩をすれば嫁よりも弱くなる。

 そんな情けない男と誰が結婚したいというのだ。

 無理だ。だって、もし自分が女だったら、そんな男と結婚したいと思わないからだ。

 そんな悩みや将来、そして自分の運命すらも嘆くようにレパルトは天井を見上げた。

「え……?」

 何の意味も無く、ただ天井を見上げたそのときだった。

 これまでとは比べ物にならない巨大な揺れが起きた。

 容器の中に入れられて、手で激しく振られたような揺れは、壁や天井や土くれを固めて作り上げられた住居にひびを入れ、巨大な土砂崩れと崩落が地下世界を襲った。

 灯火によって照らされていた世界が暗転し、突然世界が真っ暗になる。

「な、なにが起きた!」

 揺れに耐えるように目を閉じたが、突如瞼に熱を感じた。

 瞼に透けるこの光は何だ? レパルトがそんな感覚とともに目を開けた。

 するとそこには、悪夢かと疑いたくなるほどの地獄が広がっていた。

「なんなの、これ……」

 崩壊した居住区。発掘した穴が崩れて土砂や岩の下敷きになって身動きの取れない者たち。下敷きを免れたものの、岩の破片や瓦礫に打ちつけられて血だらけになって倒れている者や、下敷きになっている仲間や家族を必死に掘り起こそうとしている者。パニックで泣いている子供や女たちも居る。

 それは、レパルトの生きてきた十四年間で一度も無かった大惨事の光景だった。

「ヴァンパイアどもに飼い殺しにされ、光も未来も無い、堕ちた人間どもか。哀れなものだ」

 低い、嘲笑の色を含んだ誰かの声が聞こえた。

 壁に大きく開けられた穴から差し込む、目も眩むような光。

 その光を背にし、目の前に現れた異形の集団。

 耳に届く足音は、十や二十どころではない圧倒的な数だ。

「なな、なんなんだよ、あいつらは?」

 情けない声がレパルトから漏れるも、それは仕方がなかった。

 現れた異形の集団は、自分たち人間とも、これまで出会ってきたヴァンパイアたちとも全てが異質だった。

「ぶた?」

 それは、時折地上からの物資で地下世界に運ばれる、肉類の一つ。豚。

 豚が二本の足で立って歩き、その身を硬質な防具で覆い、鋭い刃先を光らせた武器を携えて、地下世界に現れたのだった。

「なにが、どうなって……」

 気づけば辺りには似たような二足歩行の豚たちが続々と姿を現し、人の首を刎ね、潰し、そして蹴り飛ばしていた。

 そして、豚どもの行為はそれだけではなかった。

「いやぁぁぁ! 痛い! 痛いぃぃぃぃ! アソコが裂けちゃうぅぅぅぅ!」

「あぐっ、が、あがああああ! やべえてえええ!」

「いや、きたな、ん、ぶたなんて、いや、いやああああ、いやああああ!」

 何が起こっているのか、その光景を目の当たりにしても、レパルトにはすぐには理解出来なかった。

「ぐふっ。まだ、先っぽだけなのに……やっぱ他種族のチビマンコは締りがすげえぜ……い~っぱいに、広がってるぜぇ」

「ちっ、あ~あ、俺が拾ったオモチャは中古品のくせに、ギャーギャー騒いでやがるぜ。よっぽど今まで小せえチンポしか味わってなかったんだな」

「バーカ、俺を見ろよ! 経験どころか、まだチンコすら見たこともねえガキだよ。あ~、やっぱ犯すなら子供が一番だぜ。一回でぶっ壊れちまうのが難点だがよ」

 醜悪な豚たちが、泣き叫び嫌がる女たちを捕まえて、問答無用でその股間にぶら下がっているモノを女たちに突き刺していく。

 種族が違うからこそ、人間の女の穴はそれを受け入れることを前提とされていない。ましてや中には、経験そのものが初めての者や、まだ無垢な少女たちにも、豚たちは容赦無く犯していく。

「やだぁぁ! たすけてよー、おかーさん! おとーさん! なんでぇぇぇ? なんで私がこんな目──」

「はい、いただきまんこ~!」

 レパルトが現状を未だ理解出来ずに呆然としている中で、一匹の豚が、泣き叫ぶ幼い少女を捕らえていた。

 バタバタと身を捩って抵抗する少女だったが、巨漢の豚の力に抗うことが出来ず、正面から両足を広げるように抱きかかえられ、その身を覆っていた衣服も強引に剥ぎ取られ、次の瞬間には問答無用に少女の小さな割れ目に逸物をねじ込まれていた。 

「ぎぃぃぃぃ! ……あ……が……」

 少女が、小さな身体を大きくのけ反らせ、口をパクパクと動かし、声にならない声を上げる。

 巨大な逸物と未発達な女性器との結合部からは、真っ赤な鮮血が滴り落ちていた。

 逸物が一気に子宮まで達し、少女の下腹が豚の逸物の形に膨らんだ。

「おほうぉ! き、きつきつチビまんこ……すっげえええええ! やっぱり新品は違う!」

 痙攣し苦痛を浮かべる少女に対して、気遣う様子も無く、ただ己の快楽のみを求めるように、何度も強引に腰を跳ね上げる。

「お……ぁ……」

「しっかり……オーク用マンコに作り変えてやるぜぇぇ! 年齢なんて関係無く、すぐに孕ませてやる」

「そんなのいやぁぁぁぁ! こんなのでおかーさんになんてなりたくないよぉ!」

「お、おおおお、嫌がるチビマンコが余計締めつけ~! おおお、人間なんて死のうが滅びようがどうでもいいが、こんだけ愛らしいなら話は別だ。かわいすぎて、たまんねええ! ほれ、ディープキスしながら膣内パンクさせてやる」

「んぅっ!」

 突然、豚が少女の唇を奪う。醜悪な舌が少女の唇を割って口内に侵入して蠢いていた。

 一瞬、困惑した様子の少女も、次の瞬間には全身を震わせて発狂した。

「んぶ、ちゅ、いや、いやああ、は、はじめて、キス! これが、い、いやああああ!」

 身体も小さく年端もいかない少女を突き続けるオーク兵。少女は正面から両手で抱きしめられるような形で拘束されて逃げることも出来そうになかった。

 そもそも、無理やり女性器にねじ込まれたオーク兵の生殖器に、全身の感覚が麻痺しているのかもしれない。その痛みがどれほどのものか、少女の無残に散らされた処女膜とともに流れる血が物語っていた。

「うおっ! やべ、出る!」

 オーク兵はニタリと邪悪な笑みを浮かべ、その小さな体では収まりきらないほど、大量の精液が少女の中へと放たれた。

「え、うそ、だ、出されてる! これ、出されてるんだ! なかあああがあああああああ!」

 殺し、犯し、蹂躙する異形種たち。

 地上世界に生息する、人間とは異なる魔族という種の一つであるオーク族。一人一人が人間より一回りを越える肉厚な身体をしていた。

「ふふん。聞けえい、ミジメな奴隷ども! 我が名は、偉大なるオーク族の『魔王アギュー』様が配下、チャシュー魔王国の大将軍である『猪突猛将軍ハッガイ』様の副将! 『バークシャ』なりッ!」

 中でも一人、浅黒い体毛と、頭部にほかのオーク兵と異なる鋭い角を持ち、その逞しい腕には巨大な矛を携えた、オーク兵が名乗りを上げた。

「この天下において、我ら至高のオーク族をさしおいて、自らを覇王国と名乗る愚かなるヴァンパイアの国、アルテリアを我らの手で……壊滅させたッ!」

 突然の惨事。突然現れた異形の存在。そして何の前触れも無く宣言された衝撃の言葉。

 全てが脳の許容量を越えてしまい、誰もが言葉の一つも発することは出来なかった。

 そのときだった。

「ふっ、ざ、けるなぁ! まだ終わっておらぬ! わらわたちはまだ負けてはおらぬっ!」

 誰もが目の前の現実を受け入れることなんて出来なかった。

 神のように崇め、崇拝した、偉大なる皇女、ブリシェール。

 その銀色の美しかった髪は乱れ、身に纏っている漆黒の戦乙女の鎧がひび割れ、本来は美しかったであろう、真っ白い絹のロングスカートも破れかかっている。

 白く細い手足には、手枷を嵌められ、バークシャに引きずられていた。

「ひひ、ひ、姫様アアアアアアアア!」

「ッ、な、なんで、なんでこんなことに!」

「あ、あ、な、なんて、ことを……」

 その光景、その悲劇に、老若男女問わず、死を免れた人間たちは涙を流してその場にへたり込んだ。

「ほう、よく調教されている。異形のヴァンパイアを相手に人間が涙を流すとはな。最早人間でもない、種族の誇りを失った、ただの奴隷か……」

 人間たちが絶望する姿に、バークシャや武装したオーク兵たちは皮肉めいた笑みを浮かべていた。

 その状況下、囚われているブリシェールは今にも咬みつかんとばかりに叫んだ。

「黙れ、この卑怯者どもめ! なにが戦の勝利だ! 父上や兄上たちが率いる本軍と、正々堂々と地上で万の軍同士の聖戦を行うと思いきや……手薄になった本国を別働隊で襲撃など……武器も持たぬ市民たちを襲い、火を放ち、人質に……ッ、この醜いブタどもが! 誇りが無いのは貴様らではないか!」

「喚くな! どのみち精鋭とはいえ、万にも及ばぬ我が隊にアッサリ陥落する虚弱どもがなにを言うか!」

「な、にいっ!」

「ブリシェール姫……何百歳かは知らぬが、ただの小娘よ。ワシは貴様のように不老長寿でない。歳は六十。戦歴は四十年だ。しかし! その四十年間の戦によって積み重ねられたワシの歴史は、貴様の無意味な数百年よりも果てしなく濃密なものである!」

 バークシャはブリシェールの首を強く掴んだ。

 それはまるで、世間知らずの小娘を叱りつけているように見えた。

「戦において重要なのは勝つこと。殺し、相手の心をも殺す。それをおいて優先すべきものなどない!」

「ぐっ、つっ、は、離さぬか……この無礼者! 離さぬか!」

「ふっ、貴様の『妹』も生け捕りにして辱め、地上で交戦中の貴様の父や兄弟に曝し、絶望させる予定だったが……片方減らしても良いのだぞ?」

 その言葉に、地下世界の人間たちが今まで見たことが無いほど強張った表情を、ブリシェールが浮かべた。

「ま、まさか、貴様ッ!」?

挿絵2

「おい、セレスティン姫をここへ!」

 バークシャの口から語られたもう一人の姫の名前。

 これ以上の悪夢があるのかと、人間たちは誰もが更なる絶望に恐怖した。

「く、お、お姉さま、す……すみません……」

「セレス!」

「あ、あああ、なんてことだ、あ、あの方が……」

 地下世界の人間たちも初めて見る、名前だけしか聞いたことが無い姫の姿だった。

 栗色に染まった柔らかそうなふわふわとした髪。

 戦闘の影響で壊れかかったのであろう、所々ひびの入った緑色の戦乙女の鎧を纏っている。

 その表情や瞳に気丈さは無く、悔しさで染まっていた。

「この地下道を進めば、山岳の麓にたどり着く。あとは山越えさえすれば本軍と合流出来る。が、その前に、まずは貴様らの心を殺してやろう。反逆する気が無くなるほどな」

 下衆な笑みを浮かべるバークシャが二人の姫に近づく。

 次の瞬間、ブリシェールとセレスティンの白いスカートを強引に引きちぎった。

「なっ、な、なにをするっ!」

「いやっ! っ、な、ぶ、無礼者!」

 顔を真っ赤にする二人の姫のスカートの下には白銀の貞操帯が装着されていた。

 その姿を目にするとバークシャは腹を抱えて笑った。

「ぐわはははははは! 髪も鎧の色も違うが、貞操帯はお揃いのものか! 嫌がる姿も同じだ! なかなかそそるではないか! ヴァンパイアとはいえ、これだけの美貌であれば幾らでも飽きずに抱けるというものよ!」

 あまりにも残酷な言葉に、最早人間たちは何も言えなかった。

 レパルトは恐怖に耐え切れず、ただ震えて蹲り、頭を抱えていることしか出来ないでいた。

「ぐっ、この外道め! 私たちに指一本でも触れてみなさい! その瞬間、自害します!」

「わらわたちの身体は貴様のような醜いブタが触れてよいものではない!」

 拘束されて身動きが取れずとも、反逆の意志は捨てない二人の姫。だがそれは、バークシャを興奮させるものでしかなかった。

「ふはははは! 笑わせてくれる。自害だと? 貴様らヴァンパイアは舌を噛み切る程度ではすぐに再生して死ねんというのに強がるな! それと貴様らは勘違いしているぞ? 貴様らはワシに抱かれるのではない! ワシに望んで抱いてもらうように乞うのだ!」

「な、なにを言うか! ふざけるな! 誰が貴様なんぞに!」

「ふふ、そうそう、ワシの隊たちも長旅で疲れているであろう。この二人は渡せんが、ここには幸運なことに家畜以下の奴隷が山程居る」

 それは、人間たちだけでは無く、二人の姫すらも青ざめさせる言葉だった。

 既にバークシャの周りに居るオーク兵たちは、笑みと涎を垂らしている。

 その視線は絶句する奴隷たちに向けられていた。

「な、なにをする! やめろおっ! 貴様らに慈悲は無いと言うのか!」

「ぐわははははは! ならば、宣言しろ! 今すぐ抱いてくださいと頭を下げて懇願しろォ! そして、貴様の父に、兄に、敗北と降伏を、穢れた肉体を曝して進言しろッ!」

「ッ、そ、そんなこと、出来るはずが!」

「なら構わぬッ! 奴隷どもを皆殺しにし、更に貴様ら姉妹のどちらかを殺す! いや、それどころか今すぐ地上に戻って、陥落した王都を心行くままに蹂躙し尽くしてもよいのだぞ?」

 最早それは交渉でも、脅しでもなんでもない。ただの狂った悪魔の言葉にほかならなかった。

「戦争に勝つためならなんでもする! それがこの時代、この世界で戦い抜くための精神だ! 愚かなる他種族を滅ぼし、我がオーク族が魔族の盟主となり、世界の新たなる覇者となるためならば、ワシらは幾らでも鬼畜のごとき所業にも手を染めてくれるッ!」

 バークシャはそんな悪魔のような宣言を、一切の揺るぎや甘えを見せずに叫んだ。

 同時に、恐怖とともに地下世界の人間たちの心に刻み込まれた。

 これが世界。

 これが戦争なのだと。

 そのとき、絶望の空気に飲まれようとしていた人間たちの間に絶叫が響いた。

「ざけんじゃねええええ、テメエらアアアアア!」

 それは、地下世界の誰もが聞き覚えのある声だった。

 レパルトが幼い頃から聞いた声。

 そして、同時に納得した。

 ああ、そうだ。あの男が、こんな状況で自分と同じように怯えて震えているわけがないと。

「俺たちの姫様から手え離しやがれ、このブタがァ!」

 地下世界最強の男。チャンプ。

 瓦礫で頭を打ちつけたのか、額から血を流すものの、その瞳は反抗の色に染まっている。

 相手が異形のバケモノでも、地上の英雄だろうと関係無い。黙っていられるかと、猛然と走り出した。

「ぐわははは、奴隷の人間か。なかなか良い肉付きだな」

 走り出すチャンプに対して、バークシャはその場で笑ったままだ。

「副将、ここは自分が」

「構わん。奴隷にも僅かなプライドがあったのだ、ワシ自ら応えてくれる」

 バークシャの側近や周りの兵たちがチャンプの行く手を塞ごうとするが、バークシャがそれを止めた。

 その手に持つ巨大な矛を上げる。迎え撃つ気だ。

 そのとき、レパルトの脳裏にどういうわけか、これまでの思い出が過った。

 ──まーた、レパルトに圧勝出来なかった!

 喧嘩大会でボコボコに腫れ上がった顔で笑うチャンプ。

 ──ふっふっふ、レパルトと一回戦で当たらなければ楽勝だぜ! って、なんか男らしくないな俺?

 どうしてこんなときに、そんなどうでも良かったことを思い出すのだ。

 地下世界の人気者。強くて、明るくて、それでいてちょっとだけウザッたいと思ったりもしていた。

 ──すげーな、善戦帝王って。誰とでも善戦出来るけど絶対に勝てねーなんて。なあ、そのよ……それってつらくねーのか?

 誰に対しても遠慮なしに接することが出来るチャンプにとって、自分がどれだけの位置づけの存在なのかはレパルトには分からなかった。

 ──ははは、つっても、誰にも勝てねえのに、誰もお前とは戦いたくねえって恐れてる。俺もだ。だから……やっぱ、お前はスゲーんだな。

 だがそれでも、チャンプはレパルトにとって大切な友達だった。

 だからこそ、止めなければ──。

「だ、だめだチャンプッ!」

「こういう奴を見せしめに殺すからこそ、絶望し、従順になると言うものだっ!」

 全身の力を使って振るわれたバークシャの矛によって、チャンプの身体は上と下で真っ二つにされていた。

「……あ……」

 噴水のように飛び散る生温かい血飛沫。

 それが誰のものなのかと、宙に舞う肉塊は誰だったのかと、地下世界の人間たちが認識する前に、チャンプの身体が地面に落ちた。

「あっ……アアアアアアアアアアッ!」

 チャンプを止めるために伸ばしたレパルトの右腕。そこに左胸の紋様が侵食し、心が爆発した。

 勝つのは不可能だとか、呪いとか、そんなもの頭に無かった。

 奴を許すな。

 奴を追い詰めろ。

 どこまでも、徹底的に追い詰めてやる。

 恐怖も全て消し飛ばすほどの怒りに身を任せて飛び出す。

 レパルトの怒りに呼応するように、伸びた紋様は全身に回っていた。

 追い詰めてやる! 死の間際まで!

「このやろあああああああああああああああああああああ!」

 そしてこの日、世界が善戦帝王を知る。

 地の底で燻っていた男が、世界を知る前にその命は燃え尽きた。

 チャンプの表情は、自分が死んだことすら認識しない、怒りを滲ませたままになっていた。

 何が起こったか最初は分からなかった地下世界の人間たちも、ただただ立ち尽くし、そしてすぐに誰もがチャンプの死を嘆き、号泣していた。

「チャンプを、返せええええええ!」

 ただ一人、友の死に悲しみを抱くとともに、怒りを吐き出しながら、レパルトは走り出した。

「や、やめろおお、レパルトッ!」

 レパルトの祖父が、必死に叫び、孫を止めようとする。

 だが、走り出したレパルトは止まらなかった。

「おお、絶望と恐怖がまだ足りなかったと見える。見せしめも、加減を誤ると相手の怒りや士気を上げることにも繋がるな」

「副将、よいのですか?」

「よいと言っているだろう。な~に、所詮は情報の閉ざされた地の底の奴隷。『魔法』の一つでも見せてやれば、正気に戻るであろう」

 溜息をつきながらも動こうともしないバークシャは、ただ醜悪な笑みを浮かべていた。

「止まりなさい!」

「やめよ、奴隷ッ! なぜ分からんのだ!」

 二人の姫も叫ぶ。 

「そ、そんなこと言われても、わ、分かんないです! いや、分かってるけど、でも!」

 レパルトも分かっていないのではない。分かっている。

 勝てるわけがない。だが、それでも動いてしまうのは!

「勝てなくても、許せるわけがないんだから!」

 友を殺めた目の前のバケモノに、怯えて逃げて何もしない? そんなのいいはずがない! だから動く!

 今のレパルトは視界も思考も、全てバークシャで埋め尽くされている。

 そんなレパルトに向けて、バークシャは矛を振りかぶらずに、片方の手だけを前に突き出す。

「一瞬で人が燃え尽きる光景を見せてやろう」

 その掌に六芒星の紋様が浮かび上がる。しかしレパルトには、変な紋様がバークシャの掌から空間に浮かび上がった程度の認識しかされていない。

 だからレパルトは、今から何が起こるかも分からぬまま、構わずバークシャに向かっていく。

「ラージファイヤ!」

 熱風が全身にぶつかり、突如として全身から汗が噴き出す。

 レパルトが、自身を覆いつくすほどの巨大な猛々しい炎の塊を認識したときには、既に炎は眼前へと迫っていた。

「な、えっ、なにこ……ッ!」

 なんだコレは! そう思った瞬間、怒りに満ちていたレパルトの思考が一瞬正常に戻りその直後にパニックになった。

 死ぬ? 防ぐ? 燃える? 何で炎が?

 思ったことは色々あったが、真っ先に浮かんだのはただ一つ。

「ふはははは、燃えよ、燃え尽きよ!」

 何も出来ないというただ一つの思い……だった。

 ──勝てなくても、逃げなければいい。

 祖父の言葉が脳裏に過る。

「奴隷ごときでは、ワシの前に立つことすら不可能と知れ!」

 不可能?

 ──不可能とは愚か者の辞書にのみ存在する。

 すると、自然と叫んでいた。強がり。ハッタリ。あらゆる感情を込めて反逆の意志を。

「俺の辞書に不可能の文字は無いっ!」

 そのときだった。

 胸が熱く、心臓が強く高鳴った。

 その高鳴りは、胸に刻まれた呪いの紋様から発せられていた。

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 両腕に、両足に、首に顔に額に伸びていた紋様がいつも以上に全身に食い込んだ。

 それは、いつもレパルトが感じていたものと、少し違った。

 何かが漲るような、溢れ出るような巨大なもの。

 レパルトは自然と、両腕を炎に向けて突き出していた。

 両の掌に激痛が走る。

「あっ、あっちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」

 まるで沸かされた風呂にいきなり入るような、そんな熱量を感じる。

「な……にっ?」

 風呂の熱湯を浴びせられたぐらい熱かった。だが、言い換えればそれだけなのである。

「ひーひー、ふーふー! あっつ、手が真っ赤に……」

 両手を振り回して必死に痛みを和らげようとするレパルト。

 だが、その光景には、オーク兵の軍団も、バークシャも、そして二人の皇女も目を大きく見開いていた。

 そう、数多くの戦歴を積み重ねた猛者であるバークシャの炎の魔法を、奴隷の人間が素手で受けて消したのである。

 それがどれほど異常なことなのか、どれほど凄いことなのか、レパルト本人はまだ気づいていない。

「ッ、熱いがなんだ! こんなの、こんなのおッ! チャンプに比べたら……」

 それどころか、レパルトは熱さに悲鳴を上げた自分自身の情けなさに怒り狂っていた。

「なにかの魔法? アイテム? まあいい。ならば、この宝矛で切り裂いてくれようッ!」

 バークシャは一瞬、驚いた表情をさせるも、すぐに巨大な矛を携え、レパルトに向かって迫る。

 その矛は、チャンプを両断した血まみれの矛。

 レパルトの心臓が大きく跳ね上がった。

「この、ブタヤロオオオオおおおおおおおおおおおおお!」

 叫ぶレパルトに対して、一瞬で間合いに入り込んだバークシャは即座に矛を振り、レパルトを両断しようとする。

 誰もが、次の一瞬でレパルトが殺されると思っていた。

 しかし、

「つあっ、あ、危ないッ!」

「なんだと?」

 レパルトはその場から慌てて飛び退いてバークシャの矛を回避した。

「つっ、服が、お腹がほんの少し切られ……ッ、だからどうしたァ!」

 完全にではなく、僅かに腹の薄皮が切られた。しかし紙一重、皮一枚で確かに回避していた。

「ありえんっ!」

 バークシャはすぐに追撃のために大地を力強く蹴り、今度は両断ではなくバラバラにするために、レパルトを乱れ切りしようと矛を振り回す。しかし……。

「ひ、ひいいい、あ、あぶ、いた、切れ、ひいい、血が! や、殺され、る、や、く、は、速すぎる!」

 皮一枚、また切られる。滲み出る血の量が増えていく。

 殴り合いはしたことがあっても、切られることへの耐性が無いレパルトは、刃物に対する恐怖で悲鳴を上げっぱなしだった。

「あ、当たらぬ。決定的な一撃を受けず……か、回避しておる。奴隷の童が、ありえぬ……」

「な、なんなの? あのでたらめな素人同然の身のこなしで……なんで!」

 皇女がついに「ありえない」と口にした。

 一方で、回避してばかりのレパルトは、恐怖と同時に何度も心に言い聞かせる。

 ──くそ、怖い、殺される、でも、チャンプが、チャンプがッ! チャンプをこいつが! 恐れるな! 友を殺された怒りを思い出せ! 目の前の敵を許すな!

 ──勝てなくても、一撃でもいいから、届かせろ!

「うわあああああっ!」

「ふむ」

 恐怖を振り払うかの如く、拳を、足を伸ばして抵抗を始めたレパルト。

 それに対して、バークシャは冷静に対処する。

「技、身のこなし、気迫は素人同然。しかし、純粋な力とこの速さは、才能だけなら先程の奴隷より遥かに上。だがっ!」

 振り回すだけのレパルトの攻撃を軽々とかわし、一歩踏み込んで矛を前に突き出した。

「生まれる環境を間違えたな、奴隷よッ!」

 これで終わりだ。胴体を貫き、風穴を開けて死ぬ。そう誰もが思ったそのときだった。

「ッ、がっ、あ、ああああっ!」

 何かが抉られる音。何かを叩き潰す鈍い音。異なる二つの音が同時に鳴り響いたとき、鮮血が飛び散った。

「れ、レパルトおおおおお!」

 何かが抉られた音。それは、レパルトの脇腹がバークシャの矛に貫かれた音。

 それは、かするなどという生易しいものではない。脇腹の一部がゴッソリと抉り取られていた。

 だが……。

「副将ッ!」

 何かが潰れた音。それは、バークシャの鼻にレパルトの拳がめり込んだ音。

 それは、叩くなどという生易しいものではない。強固であるはずのバークシャの顔面を陥没させていた。

「出たァ! レパルトの必殺! 相打ちクロスカウンターだっ!」

「ッ、見てるか……見てるか、チャンプ! 俺らのレパルトが! 俺らのレパルトがっ!」

 脇腹を抉り取られながらも突き進み、そして渾身の一撃を叩き込んだレパルト。

 その姿に、地下世界の人間たちは、涙を流して叫んだ。

「バカな。なんなのだ、あの童はッ! それにあの、全身に刻み込まれた紋様は、どこかで……」

 そう呟く皇女だけで無く、この地下世界に足を踏み入れたオーク兵たちの誰もが感じたことだろう。

 奴は何者なのかと。

「貴様ァ」

「俺は、ぐっ、げほっ、げほっ、お前に絶対に勝てない男だ」

「なに?」

 大量の血を吐き出し、全身を痛みで震わせながら、レパルトは叫ぶ。

「でも、俺は……お前をどこまでも追い詰める! ギリギリまで……死の淵まで追い詰める男だ!」

 絶対に勝てないと、しかしそれでもお前を追い詰めるとレパルトは宣言する。

 その言葉の意味を、オーク兵も、皇女も理解出来ないだろう。だが、それは事実である。

「それが俺の……いや、お前たちを呪う……不屈の善戦帝王の力だ!」

 誰にも勝つことが出来ない呪い。しかし、今ほどその呪いをありがたいと思ったことは無かった。

 どんな相手でも、その相手より弱くなってしまう。

 言い換えれば、どれほど強大な相手にでも、匹敵した力を得ることが出来る。

「知らぬ。呪い? 笑わせるな! そのようなもの、戦国の世を渡り歩いたワシに通じるとでも、思っておるのかッ!」

 バークシャの全身の筋肉が膨張し、地面が揺れ、空気を弾くほどの気迫が発せられる。

 単純に、身にかかる火の粉を払う程度の力しか振るっていなかった先程とは違う。

 力を込めて、敵を葬り去るために。戦うための力を漲らせている。

「血の一滴、肉片一つ残さず消滅させてくれようっ!」

 だが、バークシャがどれだけ力を増そうとも……。

「お前を絶対に追い詰める! 俺は、善戦帝王なんだから!」

 レパルトも、バークシャが力を増したらその増した分に匹敵した力を得ることが出来る。

 人間の肉体で常人を遥かに上回る力を振るってしまえば、どうなってしまうのかは分からない。だが、それでもレパルトは気にしなかった。己の肉体が壊れたとしても、バークシャを追い詰める。

 それしか考えられなかった。

「ほざけぇ! 見せてくれよう、我が突きの雨! スラスト・ストーム!」

 バークシャが矛を両手持ちし、両足を大きく広げて腰の位置を深く下げ、力を溜め、解放する。

「おお! あれは、副将の必殺の矛!」

 その瞬間、レパルトは目の前に壁が押し寄せてくるような錯覚を起こした。

 だが、それは壁ではない。目の前に迫りくるのは、目にも止まらぬ速さで繰り出される突きの連続だった。

 先程までのように、ただ矛を振り回すような乱れ斬りではない。一糸乱れぬ直線的な突き。

 その突きの雨を全て受ければ、間違い無くバークシャの言う通り、肉片一つ残らないかもしれない。

 しかし、既に恐怖を凌駕したレパルトは、己の足を後ろではなく、前へと踏み出す。

「もうお前なんか怖くないぞ! どんなに速くたって、武器は一つだ! 両手を使って殴り合う喧嘩大会に比べりゃ、こんなもん!」

 レパルトは膝を曲げて、頭と上体を前に屈め、直線的に飛んでくる突きを潜る様に回避する。回避した瞬間に、僅かに足を前に踏み出してバークシャの懐との距離を詰める。再び眼前に突きが迫るも、それすらも頭を動かして紙一重で回避し、その瞬間更に僅かに距離を詰める。

 その繰り返しが、徐々に二人の距離を縮めていった。

「なん、だと! 先程まで素人同然だった小僧が、なぜこれほどの動きを!」

 突きを繰り出しながらバークシャが驚愕の表情を浮かべる。

「ぐっ、つ、う、うおおおおおお!」

 一方でレパルトも、攻撃を完璧には回避しきれず、矛の刃が何度も肉体の皮と薄肉を削ぎ落していき、辺りに血飛沫が絶え間無く飛び続ける。

 しかし、それはレパルトの意識や肉体を断ち切るまでには至っておらず、レパルトは歯を食いしばりながら少しずつ、しかし一歩一歩確実に前へと進んだ。

「ばかな! 副将のスラスト・ストームに飛び込み、致命傷を避けている!」

「見たか、ブタども! あれがレパルトの必殺、ダッキングだ! チャンプのパンチにだってあれで、レパルトは飛び込んだんだ!」

 決して瞬きせずに、肉体の痛みなどに怯まず、レパルトは少しずつ前へと進み、ついにバークシャの懐までたどり着いた。

「なぜ我が突きの雨に、なんの躊躇いも無く飛び込める?」

 バークシャは突きを繰り出した体勢のまま、表情を青ざめさせて呟いた。

「ほんの僅かな間違いがあれば致命傷だというのに、貴様、恐怖が無いのか?」

 その問いに、レパルトはバークシャの肝臓を目掛けて近距離から拳を叩き込むことで応える。

「お前を追い詰めることしか考えてないからだ!」

 レパルトは右拳に確かな手ごたえを感じた。バークシャの上体が僅かに折れ、明らかに苦悶の表情を浮かべた。

「ぷ、が……こ、の……小僧がァ!」

 吐瀉物をまき散らしながらバークシャが叫び、矛の柄を真上からレパルトの脳天に叩きつけた。

 鈍器で叩きつけられたような音とともに、レパルトの頭蓋が割れる。

 その衝撃で、レパルトの意識が一瞬飛んだ。しかし、瞬時に意識を取り戻し、両膝が崩れ落ちる前に踏ん張り、堪え、再び拳をバークシャの肝臓を目掛けて叩き込む。

「ブタァ!」

「ウザったいわァ、離れんかァ!」

 気づけば、渾身の叩き合いが始まっていた。

 柄の長い矛も、懐に掻い潜れば何も怖くない。柄や腕で殴られる衝撃にだけ耐え、レパルトは真っ向から殴り続ける。

 バークシャもまた、必死の形相で矛の柄で、時には足で蹴り、懐で纏わりつくレパルトを叩きのめそうとする。

「副将、なんだよこれ。あんな姿、初めて見た。あんなの、ただのガキの喧嘩だ!」

「ああ。いつも豪快に敵を両断する副将が、ガムシャラに振り回してる。呑まれているのか、あのガキに!」

 そのとき、レパルトの拳が空を切った。それは、バークシャが攻撃の手を止めて後ろへ下がり、レパルトと距離を取ったからだ。

「ワシは、なにを……」

 距離を取りレパルトと目が合った瞬間、バークシャはハッとした表情を浮かべていた。

「ワシが、下がった? こんな小僧から、逃げた?」

 ボロボロに顔を腫らして瞼が完全には開かないが、薄目でだがハッキリとバークシャの表情がレパルトには見えた。

 追い詰めてやった。レパルトがそう理解した瞬間、更に胸に熱いものが滾る。

「まだだ。まだ追い詰めてやる。どこまでも。幾らでも。何度でも。俺はお前を追い詰める」

「ほざくな、小僧! ワシを誰だと思っている、うぬぼれるな! 追い詰めるだと? 認めるものか! このワシが、貴様なんぞに恐怖など……追い詰められるなど、認めるものか!」

 バークシャが、肉片一つ残すこと無く消滅させんと、渾身の一撃を矛に込める。

 これが最後の一撃だと、レパルトも本能で分かったのだろう。

 ならば自分も、ただでは死なない。

 バークシャの執念に、ギリギリまで迫る力を全身に込め、たとえ負けるにしても立ち向かう。

 それは、奇しくもこれまでの人生と何一つ変わらない。

 いつだって、そうやって負けてきた。

 でも、そうやって相手をギリギリまで追い詰めてきた。

 殺されたチャンプの恨みも込めて追い詰めてやると、レパルトはバークシャを睨みつけた。

「どこまでも相手を追い詰める呪い……そしてあの紋様……ッ!」

 レパルトの叫びを聞いたブリシェールが、ハッとした表情を浮かべた。

「思い出したぞ! かつて奴隷たちの祖先が、父に敗れたものの追い詰めたという人間が持っていたとされる、究極の諸刃の剣のスキル! 父上の話と古文書でしか見たことが無かったが……」

 バークシャしか見えていないレパルトに、ブリシェールのその呟きは届かない。しかし、それでもブリシェールは続ける。

「相手のレベルに応じてそのレベルのマイナス1の力になる呪い。相手がレベル10ならレベル9の力に。相手がレベル100ならレベル99に。この世の誰にも勝てない代わりに、たとえ相手が神でも、戦えばその力に匹敵した力を得ることが出来る『レベルマイナス1』のスキル!」

 驚愕の声を上げて一人震えるブリシェール。同時に、レパルトを見ながら両目を大きく見開いた。

「あの力を利用出来れば……」

 ブリシェールは周りを確認する。

 今、周りに居るオーク兵たちは全て、死闘を繰り広げているレパルトとバークシャの二人に意識が向けられている。

 拘束されているものの、今ならッ!

「ハッアアアアア!」

 両腕を縛る鉄の拘束具。それを力ずくで引き裂く。

 無論、そんなことをすれば、その反動で腕の皮膚が引き裂け、骨がへし折れる。

 たとえヴァンパイアの治癒力があろうとも、すぐには回復出来ない。その状態ではバークシャに敵わず、すぐに捕らえられ、より厳重に拘束されるだろう。

 ゆえに、ブリシェールは機を窺っていた。

「バークシャさえ傍に居なければッ!」

 今この瞬間こそが、好機と。

「なっ、ぶ、ブリシェール姫が!」

「くっ、なんという力。ええい、逃がすなッ!」

 慌ててオーク兵たちはブリシェールを捕らえようと近寄ってくる。

 しかし、バークシャは戦いの最中、おまけにこの状況での兵たちの油断。

 その二つが重なったからこそ、ブリシェールは高く飛び上がり、オーク兵たちの壁を越えた。

「姉さまッ!」

 このとき、飛び上がったブリシェールの頭の中に二つの選択肢が浮かんだ。

 一つは当然、逃げられていない、妹のセレスティンを助けることである。自分は力ずくで拘束を破ったものの、自分よりも力の劣るセレスティンは拘束を破ることが出来ずにいたからだ。

 だからこそ、このまま周りの兵たちを蹴散らしてセレスティンを助ける。

 だが、もう一つはバークシャのこと。

「ええい! この小僧といい、小娘といい、どいつもこいつもウザったいわ! この小僧を葬ってすぐに拘束してくれるッ!」

 バークシャはレパルトと打ち合いながら、横目でこちらを睨みつけている。

 そう、ブリシェールは悔しいながらも認めていた。手負いの自分では、たとえ拘束を解いたとしても、バークシャに勝つことは出来ないと。セレスティンを解放しても、再びバークシャに捕らえられてしまうと。

 しかし、今ならどうだ?

 完全なる想定外の存在がこの場に居る。その力を使えば……。

「どこまでも追い詰められる。しかし、勝つことは不可能なスキル。ならばっ!」

 へし折れ、血に染まった両腕を引きずりながらも、二人が繰り広げる死闘の空間へと駆けた。この絶望を打破するには、この手しかないと、覚悟を決めた。

「戦への執念が生み出す力に飲み込まれ、消え失せろ小僧ッ!」

 両手持ちにした矛に力を込め終えたバークシャが、レパルトを真っ二つにせんと振り下ろそうとした。

 その瞬間──。

「マイナスにされた力は、わらわが補おう!」

 高く飛び上がり、バークシャの背後に向けて、渾身の力で手刀を振り抜かんとする。

「えっ?」

「きさっ! 小娘えええええ!」

 唐突なブリシェールの乱入に、レパルトは呆気にとられた表情をする。しかし、すぐにブリシェールの意図を汲んだように、バークシャに向き直り硬く拳を握り直した。

「童よ! わらわに続けッ!」

 ブリシェールが砕けた腕を必死に持ち上げて、作り出した手刀を覆う光の刃を振り抜いた。

挿絵3

 ブリシェールの振り抜いた手刀。

 レパルトの突き出した拳。

 鎧と矛を粉々に砕かれて、血の雨を飛び散らせながら崩れ落ちる、バークシャ。

「ばか……な。ワシの……遥か上の領域に……二人で……」

 眩い閃光が地下世界を埋め尽くし、気づいたときには……。

「そう。たとえ、神や魔王が相手でも、童の力はその領域まで引き上げられる。そこにわらわというプラスアルファが加われば、この世のあらゆる不可能をも可能にする!」

 決着の時。

 敵将を討ち取ったことに、ブリシェールは胸を撫で下ろした。

 目の前に居るレパルトにブリシェールは労いの言葉をかけようとかろうじて動く手をさし伸ばそうとする。

 すると、レパルトの背中はプルプルと震え、ブリシェールの手が僅かに触れようとした瞬間、大きくレパルトの身体が動いた。

「うおおおおおおおおおおおおお、チャンプウウウウ! チャンプーッ!」

 仇は討ったと、友の魂に向けるようにレパルトは叫んでいた。

 そして直後、致命的なまでの傷を受け、血を流しすぎたレパルトの意識はそこで途絶えてしまった。

 レパルトの勝利ということに歓声が上がるわけではなく、脇腹をゴッソリと抉り取られ、チャンプ同様に逝ってしまうと、誰もが泣き叫んだ。

 一方でオーク兵たちは、偉大なる副将を失ったという事実に脱力し、その場で茫然自失となっていた。

「ッ、ま、まだだ! まだ戦は終わってはおらん!」

 そこへ、血の涙を流しながらも鬼の形相を浮かべる数人のオーク兵たちが雄叫びを上げる。

「許さぬ! 許さぬぞ、奴隷めがッ! 一人残らず根絶やしにして、我ら偉大なる副将への手向けとしてくれようぞッ!」

 今度は先程までのレパルトと同じように、「仇討ちだ!」とオーク兵たちは叫んでいる。

 そう、地下世界の奴隷たちからすれば、状況は何も変わっていない。

 バークシャの死は、無数のオーク兵の内の一人が死んだに過ぎない。

 この数の兵に一斉に襲いかかられればひとたまりも無いと、奴隷たちは誰もが恐怖していた。

「どうかな? わらわがまだ残っておるというのを理解していないようだな?」

 しかし、傷を負った腕を抱えながらもブリシェールは不敵に笑い、オーク兵を見回す。

 オーク兵たちを率いる、副将が戦死したこと。

 傷を負っているものの、王家の力を引くブリシェールが拘束から逃れたこと。

 ヴァンパイアの治癒力があれば傷はもう少しで癒える。少なくとも、奴隷たちを見捨てればセレスティンだけは奪還出来るとブリシェールは考えていた。

 それまで時間を稼ごうと、挑発したのだが──。

「退くぞ。相手にするな。今すぐ地下道を駆け抜け、本軍へ合流するのだ」

 その判断を下したのは、バークシャの傍に居た一人のオーク兵だ。

 ほかのオーク兵とは少し違い、老い衰えた容姿をしているものの、その眼光は鋭い。

「なにを申される! 副将の無念をなんと思われる!」

「バークシャ副将が、あんな卑怯な手で! 一対一の戦に泥を塗ったあのヴァンパイアの小娘を、人間を許してはなりません!」

 レパルトとバークシャの、男の一対一の戦いに、ブリシェールが横からバークシャを仕留めた。

 戦において勝つためならば何でもすると宣言していた者たちでも、大将の一騎打ちを邪魔してはならないという暗黙のルールのようなものがあったのであろう。

 それを穢したブリシェールと、そしてレパルトに対するオーク兵たちの憎しみは尋常ではなかった。

「無論理解している。私が何年副将とともに戦ったと思っている!」

 唇を噛み締め、掌から血が出るほど握り締めていた。今すぐにでも副将の仇を討ちたいという衝動に駆られながらも、堪えているのだろう。

「今ここで我らが全面戦争をして、仮に奴隷どもを始末出来たとしても……皇女に逃げられてしまえば意味が無い……それに、時間を取られすぎた」

 そう、本命の戦争はまだ継続中なのである。

 現在オーク兵たちの本軍は地上で、ヴァンパイア軍と全面交戦中だ。

 その戦の裏をかき、手薄になったアルテリア覇王国を強襲し、二人の皇女を拉致した。これにより、戦は圧倒的にオーク兵たちに有利に働いている。だが、もしこれ以上の痛手を負い、更には皇女二人に逃げられでもしたら、策を弄した意味が無くなってしまう。

 見た目よりも存外頭の切れる老兵に、ブリシェールは歯噛みする。

「殿は私が引き受ける! 全隊、今すぐ脇目も振らずに駆け抜けろ! ブリシェール皇女は逃したものの、まだセレスティン皇女は我らの手の内だ!」

 そう、ここで感情に任せてリスクを負うよりも、それが正しい判断だった。

「ぐっ、離しなさい! いやっ、お、お姉さまッ!」

「セレスッ! おのれえ、貴様ら、妹を離せッ!」

 老兵の判断を受け、オーク兵たちが感情を必死に堪えて、一目散に地下世界の奥へと突き進む。

 目の前に居る奴隷たちを乱暴に跳ね除ける。

「貴様の妹は我が国がいただく! この恨み、我らの同胞が晴らしてくれようぞ! 徹底的に陵辱し、地獄の苦しみを与えてくれるッ!」

「ぐっ、待て、貴様らァ!」

 妹を救おうと、ブリシェールが必死にオーク兵を蹴散らそうとするも、オーク兵たちは自らが盾となって阻む。

「ダメだ、っ、せ、セレスーッ!」

 ブリシェールは必死に叫ぶが、猛進するオーク兵たちを止めることは出来なかった。

 それは全て一瞬の出来事だった。突如災害が現れ、甚大な爪あとだけ残して立ち去った。そんな様子で、地下世界の人間たちの住む環境はメチャクチャに破壊され、荒らされ、そして静けさが残った。

 誰も、次に何をすればいいのか、立ち上がることも出来ず、踏み潰され、跳ね飛ばされ、更には先程の崩落で生き埋めになった者の救出にも動き出せず、ただ呆然としていた。

 そんな中で、ブリシェールはすぐに辺りを見渡した。それは被害状況の確認では無く──。

「おい、そこの童は無事かッ!」

 レパルトの安否の確認だった。

 レパルトは何とか今の一幕で殺されることはなかった。だが今は、数人の仲間たちに囲まれて介抱されているものの、その周りには血だまりが広がり、すぐにでも逝きそうな様子だった。

「ほっ。虫の息だが生きているか。これならば……」

 ブリシェールは、たった一人の奴隷の生に安堵の溜息を漏らす。そして、すぐにオーク兵たちが駆け抜けた道を睨む。

「おい、奴隷たちよ! 動けるものがいるのであれば、被害に遭っている者の救助に当たれ! そして、わらわが許可する! 今すぐ地上へ登り、このことを生き残りの騎士団の誰かに伝えるのだ!」

 ボーっとしている暇は無いとばかりにブリシェールは毅然と言い放つ。

 しかし、こんな状況に陥ったばかりの奴隷たちでは、すぐに動ける者などいなかった。

 それでもブリシェールは叫ぶ。

「わらわは今すぐ奴らの後を追い、セレスの奪還を試みる。だから、後は頼んだぞ!」

 流石にその発言には、呆然としていた奴隷たちもハッと我に返った。

「な、ひ、姫様、なにを! 姫様お一人で? き、危険です、あんな危ない奴ら!」

 生き残りの奴隷が慌てて叫ぶも、ブリシェールは首を横に振った。

「しかし、仮に地上で生き残った騎士団たちを今すぐ編成したところで、奴らには追いつけん。そして、セレスが敵の本軍に渡れば、それこそ我が国は大きく不利になる。ゆえに、わらわが今すぐ追いかけるしかない!」

 呆然としている暇も、悲しんでいる暇も、悩んでいる暇も無い。今すぐ動かなければならないと告げたブリシェールの瞳は強く輝いていた。

「確かにわらわ一人では厳しいかもしれぬ。だからといって、ウヌら奴隷を引き連れたところで足手まといだ。しかし……」

 ブリシェールは今にも逝きそうなレパルトを見る。そこへ運よく被害を免れていた老人が、重たい身体を引きずりながらも、ゆっくりとレパルトの元へと歩み寄っていた。

「お、おおお、レパルト。こんな姿に。息子夫婦を病気で亡くし、よもや孫までもがワシよりも早く……」

 祖父はレパルトの元へたどりついた瞬間、その痛々しい姿に大粒の涙を流していた。

「うっう、このバカタレ。これでは、褒めたくても褒められんではないか」

 しわがれた手をレパルトの頬に添える。徐々に顔から生気が無くなっていく孫の姿に、祖父は嘆くことしか出来なかった。その傷が、もうレパルトが助からないということを理解してしまったからだろう。

「わらわの腕もなんとか治ったか」

 だが、そんな中で常人よりも早い治癒力で、折れた骨やズタズタになった皮膚が回復したのを確認し、ブリシェールはレパルトを抱きかかえる。

「時間が無い。貰っていくぞ」

「へっ? ちょ、ひ、姫様! 孫になにをっ!」

 ヴァンパイアの皇女が素手で奴隷に触れるということ自体が、絶対にありえぬことだ。ましてや、抱きかかえるなど、天地が引っくり返っても起こるはずの無いことが現実に起こった。

 ブリシェールには最早一刻の猶予も残されていない、だからこそなりふり構ってはいられなかった。

「ウヌは童の祖父か? 残念だがここまで傷ついては、治癒魔法程度では童は助からん。しかし、助ける方法が一つだけある」

「な、なんと! 孫は助かるのですか?」

「そうだ。ただし、童には人間を捨ててもらうがな」

 人間を捨てる。その言葉の意味は周りの人間には理解出来ないであろう。

「遥か昔から禁忌とされたものであるが……ヴァンパイアの王族は人間を眷属にすることにより、その者をわらわたちと同じ不老長寿にすることが出来る。どのみちセレスを救うためには、童のスキルが必要だ。ゆえに、この童を貰い、わらわの所有物として扱う」

 説明されても、誰もピンと来なかったであろう。だが、レパルトの祖父は確信したように、ブリシェールに目を合わせて問うてくる。

「孫は助かるが、もう、ワシと同じ時を歩めぬと?」

 ブリシェールは現在七百歳でありながら、十代から二十代前半の人間の女のような容姿である。レパルトはそのブリシェールと同じ、不老長寿の存在になる。

 奴隷は所詮奴隷である。本来許可を取る必要も無いのだが、祖父の孫への想いを尊重したのであった。

「孫が、ジジイであるワシよりも先に死なないのであれば!」

 孫を救って欲しい。その気持ち以外に優先するものはないと、祖父は苦渋の思いで頭を下げたのだった。

「よし、こやつの眷属としての契約は移動しながら行う。奴隷を抱きかかえて走るというのは正直気が引けるが、我が眷属を介抱すると考えれば、耐えよう」

 そう言って、口元から鋭い犬歯を剥き出す。

 祖父の、その尖った歯をどうする気か? と疑問に思う顔に構わず、ブリシェールはその歯でレパルトの首に咬みついた。

「あ、がああっ、あっ、ぐがああああ!」

 その瞬間、意識を失っていたはずのレパルトの身体が大きく跳ね上がり、突如発狂したように叫び出した。

 その様子に周囲に集まった人間たちがゾッと顔を青ざめさせる。

「今、この童の肉体の変異が始まっておる。必要な通過儀礼じゃ。数時間もすれば落ち着き、一旦正常な意識を取り戻す」

「で、では、これで孫は助かると?」

「いや、これだけでは助からぬ。肉体が変異し、意識が一旦正常に戻っても、その間にわらわと主従契約の儀式を行わねば、こやつの意識は死に、ただの亡者となる」

 そう言って、ブリシェールは腕の中でジタバタ暴れるレパルトを抱きかかえたまま、オーク兵たちの通った道に足を向ける。

「わらわはオークどもを追いかける。こやつの意識が戻り次第、主従儀式を行う。それでこやつは助かる」

 とりあえず、これでレパルトは助かるのだと安堵した表情を浮かべる祖父。

「姫様、ち、ちなみに、主従の儀式とはどのような?」

 ふと、確認するように祖父がブリシェールに尋ねる。

「うむ、実はわらわも経験は無い。禁忌であったし、その作業の細かい内容については、わらわが八百歳になる頃に詳しく教えると言われていたが、まあ、侍女たちから色々と聞いていたので、なんとかなるであろう」

 その返事に、一度は安堵した祖父もすぐに顔を青ざめさせた。

 ブリシェール自身も契約の儀式は概要だけしか知らないのである。だが今は迷っている時間は無い。ブリシェールはレパルトを抱きかかえたまま走り出す。

「ではのう! 先程も言ったように、地上への報告は頼んだぞ!」

「ひ、姫様、お待ちを! 孫は、孫を一体! どんな儀式を……ッ!」

 背後に孫を想う叫びが響く。しかし、ブリシェールは後ろを振り返らず走りながら告げる。

「とりあえず、『えっちっち』という儀式をせねばならん! ではな!」

 唖然とする地下世界の人間たちを置き、ブリシェールは暗闇の奥へと駆けていくのであった。

「ふむ。丁度良く山小屋があって好都合。しかしここからが問題か」

 王都の中央から国門を越え、アルテリア覇王国の国境いとなる、森林と山に囲まれた麓にある山小屋。そこでブリシェールは、一度敵軍の追跡を止めて重傷を負っていたレパルトの治療にあたっていた。

 本来、至高ともいうべきヴァンパイアの姫が、奴隷の人間を手当てして介抱するなどありえぬこと。ましてや正式な眷属にするなど以てのほかだ。

 しかし、ブリシェールは贅沢を言えるような状況ではなかった。

 レパルトの秘められたスキルを失う訳にもいかず、更には妹を救出するには、絶対にレパルトの力が必要だと確信していたからだ。

 瀕死だったレパルトの首を咬み、レパルトを人間として生きることを捨てさせ、傷を癒すことには成功した。ヴァンパイアに咬まれた者は、人では無く別の存在になる。しかし、それだけでは眷属として完成されない。

 吸血したヴァンパイアと正式な契りを結ばねばならなかった。

「さて、ここからか。えっちっちをせねばならぬ。本来は子孫繁栄のための崇高なる儀式なれど、生涯をともに歩む眷属との契約の儀式にも用いられる。わらわが奴隷の童と契りを……」

 ブリシェールはやるべきことはちゃんと理解している。正式な教養とまではいかないが、未通女なれど最低限の知識はある。

 いつかは、自分もそのような経験をすることになるだろうと思っていた。

 姫という身で自由な恋愛は望めないまでも、それでも最初に異性と肌を重ねるなら、その相手を深く知り、そして自分が納得するような相手であって欲しいと願っていた。

 そんな夢見る乙女のような時代もあったものだと振り返りながらも、しかし、今は攫われた妹を救出するために迷ってはいられない。

「今、この童の肉体は吸血の影響で全身の血が過剰に動き、下半身が固くなっている。この肉棒と接合し、その精をわらわの子宮で受ける。子宮か……戦争が始まった時点で、念のためにと不妊の魔法をかけているので、万が一は無いとは思うが……」

 自分のためでは無く、家族を救うため。更には国を守るため。このまま妹を人質に、アルテリア軍を脅されたりなどすれば父上や兄上、国の民に合わせる顔が無い。

 だからこそ、ブリシェールは女としての自分を捨てる。国を守る王族として、姉として、ボロボロのベッドに横たわるレパルトの布のズボンをずり降ろした。

「ッ、ぐっ、な、こ、これが、男根か」

 下穿きをずらして、眼前に現れたソレを目の当たりにした瞬間、ブリシェールの表情に脅えが現れた。童顔で無害そうな顔をした奴隷の子からは想像も出来ないほど凶暴にそそり勃つソレは、ブリシェールの覚悟を一瞬で迷わせるほどのモノだった。

「くっ、この生臭さ。ぐっ、は、吐き気が、しかし、これをわらわの膣内に入れなければ始まらぬ」

 本当なら引き下がりたいと思っていた。しかし、たとえ独り言でもそれだけは言わない。強がりでも、毅然とした態度でコレを受け入れなければと分かっていたからだ。

「ひっ、ぐっ、うう、待っていろ、セレス。どのように穢されても、わらわは必ずッ! そして許せ、童よ!」

 自然と涙が出るも、ブリシェールはもう一度覚悟を決めて、両足を跨いで真下にレパルトのモノと、自分の秘所が直線で結べる位置に膝立ちになる。

 そして戦乙女の白いスカートの下に装着されている、己の魔法で固く閉ざされた白銀の貞操帯を外した。

 カチャリと鍵が開き、それを手に取って、ゆっくりとベッドの脇へと置いた。

 こうなれば、ブリシェールの秘所を覆うものも守るものも何も無く、無防備となった秘所を更に曝すべく、ボロボロにほつれたスカートを両手でたくし上げ、己の臀部と秘所を完全に露わにした。

 今まで、入浴や排泄や着替え以外で、ここまで自分の肌を曝すことなど無かった。

 その恐怖と未知の経験に足を踏み出そうという想いが、ブリシェールの全身を熱くさせ、吐息を漏らし、そして心臓が速く大きく鼓動した。

「はぐっ!? えっ?」

 そのとき、朦朧としていたレパルトの意識が戻った。

「ひ、な、え、ひ、姫様、ゆ、夢?」

 目覚めれば自分の真上には見知らぬ天井と、手の届かぬ世界の住人であるはずのブリシェールが、男と違う女特有の肉体の部位を曝して自分の上に跨っているのだ、驚くのも無理はないだろう。

 しかしレパルトの意識が戻ったものの、経緯を一から説明している暇は無い。

挿絵4

「すまぬ、事情は行為中に説明する、今は黙ってわらわと……ッ!」?

 有無を言わせず、ブリシェールは人前では絶対にしないような格好──両脚を広げて腰を一気に降ろし、レパルトの男根を未だかつて誰にも触れさせたことの無い自身の秘所に貫かせた。

「ほぼ、おほおおっ、ほ、おっ、ほ、が、かはっ! んぼ、が、あ、が……」

「ひ、姫さ、え、ま、えっ、なん、で!?」

 予想だにしなかった、経験の無い種類の痛みがブリシェールを貫く。

 剣で斬られたことも、打撃を受けたことも、魔法をくらったこともある。しかしこの痛みだけは、七百年生きてきたこれまでで、味わったことのない痛みだった。

 思わず下品極まりないような悲鳴を上げてしまったが、それを悔いる間が無いほどの衝撃を受け、ブリシェールの心も頭もいっぱいだった。

 そして、それはレパルトも同じのようだ。挿入の瞬間、ブリシェール同様に事前準備もなしに無理やり逸物を扱われたためか、顔を苦痛で歪め、現状が理解出来ずに目を白黒させながら混乱した様子で、言葉にならない声を発した。

 だが、その直後にレパルトはブリシェールとの結合部を凝視し、顔を真っ赤に染めて、身体が過剰に反応したようだ。

 レパルトの心臓の音と、激しく脈打つ逸物の鼓動がブリシェールに伝わってきた。

 逸物の鼓動を直接感じたブリシェールも、足のつま先から頭のてっぺんまで駆け抜ける刺激に全身が震え上がった。

「は、が、あが、がはっ、わらべよ……」

「ひ、めさま? これは、いったい……」

 互いに瞳を潤ませながら、上と下で互いの顔を見合う。

 しばらくはその体勢のまま呼吸を整えながら、ブリシェールはレパルトの頬に優しく手を置き、切ない表情を浮かべた。

「すまぬ、許せ、ウヌを、時の流れから外してしまった」

 レパルトの耳にブリシェールの言葉が入る。

「なにが、ど、どうなって?」

 対してレパルトは、ブリシェールの言葉にも心ここにあらずといった様子で、息を荒くさせながら、ブリシェールの顔や結合部へと視線を行ったり来たりさせていた。

 そして、ブリシェールはせわしなく動いていたレパルトの視線が、やがて甲冑に覆われている自分の胸に止まって凝視していることに気づいた。

 ひょっとして触りたいのかと、ブリシェールが思ったとき、レパルトが僅かに手を伸ばして自分の胸当てに触れようとしたことに気づいた。だが、寸前でレパルトは慌てたように手を引っ込めて視線を逸らした。

 レパルトはばつが悪そうな顔を浮かべながら、申し訳なさそうにチラチラと視線をブリシェールに向けてくる。こちらの顔色を窺っているのだろうと感じ取ったブリシェールは、胸の奥で何かがくすぐられたような気がして、自然とレパルトの頭を撫でていた。

「童よ。わら、わの、乳房を求めるか?」

「ッ!?」

「男は女の乳房を好むということは聞いている。童も同じか?」

 息も絶え絶えにレパルトの行動に問いかけた。

 その問いに、レパルトはどう答えていいか分からない様子でブリシェールから目線を外す。

 レパルトのしたいことなど今の行動を見ていれば一つしか無いだろうが、奴隷の身分で口にすることなど絶対に出来ないであろうことは、ブリシェールは理解している。

 言葉を失うレパルトの様子に、心情を察したブリシェールは、自ら甲冑をほどき、それをレパルトの枕の隣に置いた。

「ッ、ひ、姫様!?」

「聞くな。これしか、無いのだ」

 甲冑の下には、上品な絹製の衣服を着ていた。ブリシェールはそれすらも脱ぎ、胸を覆う青い布を曝け出す。これで上半身は乳房以外、全てが露わとなった。

 初めて女の肌を見たのだろうとブリシェールにも容易に分かるほど、レパルトは狼狽した様子を見せた。

しかし、見せるのはまだこれからである。

 ブリシェールは左手で自分の乳房を隠し、胸を覆う下着を震える右手で外した。

 もし今、ブリシェールが左手を少しでも動かせば、ブリシェールの神聖な乳房の全てが曝け出されてしまう。

「ん、あんぐっ、はあ、ふう、はあ、はあ」

「あ、の、姫様、その、お、俺……」

「すまぬ、本来このような行為は互いの合意を経て、更には口づけから始めるものだと思う。しかし、その暇は無かった。更に、申し訳ないが口づけは出来ぬ。それだけはせめて取っておきたい。だから代わりに、ん、あっ!?」

 全てを言い終わる前に、ブリシェールの膣内に挿入されていたレパルトの逸物が、より血液を熱く脈打たせて膨張し、ブリシェールの膣壁を僅かに拡張させた。

 そんなレパルトの逸物の変化にブリシェールが一瞬のけ反って背筋が伸びるも、すぐに呼吸を整えて、ブリシェールは腰を曲げて、仰向けになっているレパルトの顔に息がかかる距離まで近づく。

「褒美と、詫びと、報酬……この程度でと思うかもしれぬが、今、わらわがくれて、あん、やるこ、が、出来るのは、ん、これだけだ。だから、口づけの代わりに、わらわの乳房に口をつけて構わん」

「ッ!?」

 レパルトの眼前で、ブリシェールは胸を隠していた手をどかし、両の乳房を全て曝け出した。

 今のブリシェールは、足と脛を覆う青色のブーツの防具だけ。それ以外は全てを脱ぎ捨て、裸体を曝していた。

 それどころか、ブリシェールは言ってしまった。乳房を好きにして構わない、と。

 美しく、彫刻のように整った双丘と、その先端の突起状の赤い果実のようなもの。

 横たわるレパルトが触れやすいようにと、ブリシェールはレパルトの眼前に胸を突き出した。

 レパルトの目が血走り、荒くした吐息がブリシェールの胸に触れてゾワゾワとした刺激が身体に駆け巡る。

 そして……。 

「んあ!? あ、アアアッ!」

 レパルトは乱暴にブリシェールの乳首に吸いついて、舐り回して貪った。

「ひゃうっ、はあん!」

「じゅぶ、ぺろ、おっ、ぱい!」

 そこには種族も身分も関係無かった。

 童貞と処女が同時に未知の世界へと足を踏み入れて、男と女になった。

「お、おいひいです! あむ、むじゅる、姫様のおっぱい、やわらくて、良い匂いがして、あまくて、乳首だけは硬さがあるのに、いつまででも舐められます! 手と口に吸いついて離れない! ううん、もっと舐めたいです!」

「くっ、わ、童、わ、わらわの乳房を、チュウチュウって、チュパチュパって、赤子のように……ぐっ、あ、あまりがっつくな! 逃げはせぬ!」

 挿入した状態で、もう殺されたって構わないというぐらいの勢いでレパルトはブリシェールの乳房を舐め回し、吸うという動作を繰り返した。

 左手でブリシェールの右胸を揉んで、左胸に吸いつく。やがて、ブリシェールの胸に自分の唾液の味しかしなくなったら、今度は反対側の、まだ乾いて侵されていない方の乳房に吸いつく。

 いつまでも続けられる胸への刺激に身体が徐々に高ぶる。挿入された逸物はなおも膨張を続けており、圧迫された膣壁を刺激し続け、ブリシェールの膣内は破裂寸前にまでに押し広げられていた。

「くっ、褒美とはいえ、いつまで、くっ、全身がゾクゾクするッ!? 童の逸物がまた震えて硬く! さっきまでと全然違う!? 全身が痺れて頭が変に! な、なんだこれは! なにかが来そうな前兆は! ッ、またビクンって!」

 未知の感覚に耐えるようにする一方、ブリシェールの内心に変化が訪れていた。

「し、信じられない、こ、こ、こんなの、これ以上大きくなったら、わ、わらわの身体が二つに裂けちゃう! ん、ら、だ、お腹の奥がキュンキュンして、わ、わらわのアソコが童の逸物と擦れて……温かくてヌルヌルとした感触が、な、なんなんだ、これは!?」

 そのとき、下から自分の胸を舐め回していたレパルトが、腰を僅かに上下させた。

 それだけでブリシェールの全身は更なる痺れが駆け抜けた。

「な、なにこれ、わ、わらわは、こんな身の毛も立つようなことをしているのに、なんだ、この感覚は? ダメだ、も、もう、舐めないで! 吸ったらだめえ! もっと、腰を動、ち、ちがあう、おぼお、なんでえ?」

 これは、儀式であり、褒美であり、報酬であり、詫びである。

 そうでなければ、絶対にこんな行為はしない。しかしそれでも心の中に湧きあがる感情にブリシェールは何度も否定しながらも、身体がどうしても反応してしまっていた。

 身体が熱く、そして疼き、悪寒に近い寒気が全身に行き渡るが、身体の防衛本能がうまく働かない。本来であれば自分の意識とは関係無く、目の前の人間の辱めを力ずくで引き剥がしているはずだが、身体に力が入らず、そして抗えなかった。

「す、すごい、ひ、姫様の胸、や、やわらくて、すてきで、お、おいしい。乳首もこんなにコリコリしてて」

「ふ、ううううんん、ん、ん、あ、ん、ひあ、ふあ」

 乳首を更に強く舐められて、ブリシェールは更に喘ぐ。硬く尖った乳首に休む間も無く生温かい舌が絡みつき、レパルトの拙い腰の動きからの膣への刺激と合わさって、ブリシェールの全身に更なる痺れが走る。

 だが、ブリシェールは必死に唇を噛み締めて、何かを堪えるように言葉を繰り返していた。

「童、まだ、んん、右に、左に、交互に、ん、こ、声が出る。ダメだ、声を出しては。至高の存在たるわらわが、人間の童の愛撫になど……か、かんじ、て、なんか、い、いるはずがない!」

 まだ数秒しか経っていないというのに、既にブリシェールに時間の感覚など無かった。

「もっと、何度でも、ちゅぷちゅぷ、お、おいしい!」

 レパルトは時間も置かれた状況も忘れたように、目の前の色づいた乳首を吸っては口を離す。左右同時に指でつまんだり潰したりの動作も交えるようになり、その動作に合わせて、びくっとブリシェールは柔らかい肌を震わせる。

「ちゅぷちゅぷちゅぷ……ちゅぷ……ちゅ……」

「あ、ん……ん?」

 しかしそこで、勢いよく舌と手を動かしていたレパルトが、途端にぎこちなくなったことにブリシェールは気づき、閉じていた目をゆっくりと開けて、薄目でレパルトの様子を窺った。

「……えっと……」

 ブリシェールの胸をチュパチュパと音を立てて吸いつきながら、レパルトはどこか戸惑った様子だ。その理由が分からず、ブリシェールが小首を傾げようとするが、先程までと舌の動きや愛撫のリズムが変わったことで、ブリシェールは尋ねる前に身体がのけ反ってしまった。

「んくううう、さ、さっきまでと、し、舌の動きが違う! お、おい、童! まだ、舐めるのか? こ、これ以上は、わ、わらわの乳首が、ふやけて溶けてしまう!」

 ブリシェールは、ついに我慢出来なくなって真下に居るレパルトを睨む。

「はうっ! う、ひ、姫様……ごめんなさい。俺、こういうこと初めてで、ここから先、どうすればいいか分からなくて……」

「うぐっ!」

 ブリシェールの怒鳴る声に思わずビクッとしたレパルトは、不安そうに顔を上げ、戸惑っていた理由を明かした。

 その不安そうな表情と打ち明けられた言葉にブリシェールの胸がキュンと高鳴った。頬が熱くなり、同時に自然と逸物を受け入れている血にまみれた秘所が、まるで抱きしめるかのようにギュっとレパルトの逸物を締めつけた。

 顔色を窺うレパルトに対して、仕方がないなと呆れる母親のように微笑みを浮かべた。

「わらわの、あん、乳房は美味か?」

「ッ! ぷはっ、も、もちろんです!」

「ふっ、そうか」

 しかしいつまでもその行為ばかりでは先に進まないので、申し訳なさを感じながらもブリシェールはレパルトの頭を撫でながら尋ねる。

「童よ、射精は出来そうか?」

「へっ、しゃ、せーって、あの、もしかして、お、俺の?」

「うむ。ウヌの精をわらわの膣内に放たねば、契約は成立せぬのだ」

「けーやくって、ええっ!?」

 レパルトは「契約」という聞きなれない単語に身じろぐも、すぐに「膣内」「射精」という単語に意識を奪われたようだった。

「膣内に射精ってまさか!?」

「うむ、わらわの膣内に、ウヌの精を……」

 奴隷の身分ではありえない行為。そしてそれがどれほどのことかというのは、経験と知識の無いレパルトでも重々承知していたのだろう。

「だ、ダメです、姫様! そ、それって、も、もしものことがあったら!」

「案ずるな。わらわの腹を見てみよ。不妊の魔法を施している」

 ブリシェールは両手を自身の腹部に添えると、古代の文字と紋様が光り輝いて浮かび上がった。それこそが不妊の魔法。

 戦争で敗北した場合、女がどういう扱いを受けるかなど、全ての種族が分かり切っていること。だからこそ、たとえ肉体が穢されても、その肉体に新たなる生命を宿さぬようにと刻み込まれた紋章だった。

「い、いいん、ですか?」

「くどい、あん、はあ、はあ、これは、わらわからの、あん、褒美であり贖罪だと申しているであろう? だから出すために、好きなように動いて構わぬ」

 再三の確認で少し不機嫌な顔を浮かべながらも、間違い無くブリシェールは了承した。

「ひ、姫さまあああ!」

 途端、レパルトが勢いよく腰を突き上げた。その目には、先程には無かった「欲望」の色が浮かんでいた。

「あん、ちょ、がっつくでない、逃げはせぬ、ひぐっ!?」

「姫様、姫様、はあはあ、ひめさまああ!」

 レパルトはブリシェールの腰をガッチリと掴みながら、下から猛然とブリシェールを突き上げていく。レパルトの乱暴なピストンで激しく全身を揺らし、ブリシェールは悲鳴のような嬌声を上げる。

 それが正しい動きなのかなど、最早ブリシェールもレパルトにも分からない。ただ膣内で逸物が刺激され、そうすることが正しいことのように何度も腰が動かされた。

 その度に、コツンコツンと逸物の先端が子宮に触れて押し返される。レパルトはその反動を利用して何度も突き上げた。

 ブリシェールの破瓜により血にまみれていた結合部も、今では粘度のある愛液が噴き出し、ジュボジュボと音をまき散らす。

「ひぅぐううう、はぐ、んあ、んん、んん! おぼおおおおお!」

 一突きだけで全身に稲妻が走り、ブリシェールの上半身が反り返る。

 しかし、それは痛みによるものではなかった。

 ──なにこれ、さっきまでとまた逸物の感触が全然違う! わ、わらわは、下から突かれて、んん、ど、奴隷の童に、お、おかしゃれて、ん、これは……なんだ、ぞ、ゾクジョクしゅる。ましゃか、快感!? バカな、ど、奴隷と交わってそんなことなど!?

 ブリシェールは「信じられない」といった表情で混乱した様子を見せる。

 ブリシェールの膣内で反り返ったレパルトの逸物が、膣壁をゴリゴリと抉りながら、膣奥の子宮口を小突き、それどころか更にその奥へ行こうとしているかのように、レパルトは逸物を叩きつける。

 ──い、イキたくない、お願い、さっさと終わってくれ、早く抜いてくれ、もっと、お願いだ、早く……あと、ほんの少しでいいんだ、さっさと、ほんの少しだけ突く速度を上げて……そ、それだけでいいんだ、ほんの少しだけ速度と強さを、でないと、わ、わらわが、こ、こわれる!?

 過剰なまでにブリシェールの肉体は快楽に魅せられていた。

 それは断じて、ブリシェールが恋慕を抱いたわけでも、レパルトの性技が優れていたわけでもない。

 弱々しくも懸命に腰を振るレパルトは、それだけで絶頂寸前であるのだが、そのレパルト自身が感じる快感が、直接ブリシェールにも伝わってしまっているのだ。

「はあ、はあ、はあ、ひ、姫様、お、俺、もう、で、出ちゃう」

 レパルトの呪いであるレベルマイナス1。それは、肉体を使って戦う相手よりレベルがマイナス1弱くなるスキル。

 つまり、一対一で殴り合いをすれば、必ず先に倒れるのはレパルトの方である。

 しかし、レベルの差はほんの僅かゆえ、両者にほとんど差は無い。

 もし、レパルトが殴り合いでボロボロになって失神して倒れてしまえば、対戦相手は失神しないまでも、失神寸前のボロボロにまで追い詰められるのだ。

 つまり、この行為もそうなのである。

 男にとっての射精とは、性的興奮の絶頂を意味する。

 レパルトが絶頂寸前ということは、肉体を交えているブリシェールも同じく──。

「ひゃ、おぼおお、ひゃやくしろ! ちゅ、つよくう! はやくう! はやく終わってくれえ! こわれるう! わらわ、ウヌのいちもつにジュポジュポちゅかれながら、イクッ! イクイクイクイクウウウ!」

 絶頂寸前ギリギリまで追い詰められ、その快楽に精神が正常を保てぬほどになっていた。

 ──い、いやだ、はやく、お願いだから、も、もっと、ほんの少しだけ強く、お願いだから、もう少しだけ! じゃないと、わらわ、じ、自分の意志で、こ、腰をふ、振っちゃう! それだけは、ダメ、だか、ら、おねがい!

 戦いと違い性行為において発動するレベルマイナス1の地獄はこれからなのである。

「おほ、ほ、ほお、で、出る出るでルウウ!」

「ら、らめ、ま、お、あとちょっとだけ! ま、もうしゅこし!」

 レパルトは射精、絶頂することが出来る。そして絶頂すれば全身の力を失ってそれ以上戦うことは不可能になる。

 つまりレベルマイナス1のスキルにより、女より早く絶頂し、精根尽き果てて敗北してしまうのである。

 レパルトが絶頂して行為をやめた瞬間、相手は絶頂のほんの僅かな手前、寸止めで終えられてしまうのである。

 レパルトが気持ちよく射精すればするほど、あと僅かな刺激で絶頂出来る手前までしか到達出来ない。

 それこそが地獄。イキそうでイケない。あと少しでイケるのにイケない。

 上り詰めてついに絶頂まで指がかかるかどうかの手前で止められてしまう。

 絶頂で達するレベルを100とするのなら──。

「で、出る出る出る出るぅ!」

「んぐぼ、おほ、ご、おほお!」

 ブリシェールの今の絶頂レベルは99なのである。

 根元から亀頭に至るまで激しい射精欲によって限界まで膨らんだレパルトの逸物から、爆発するように白濁の精が噴き出した。大量の精がブリシェールの膣内を満たしていき、子宮口をこじ開けて流れ込む。

 膣内の隅々まで隙間無く白濁の精を放ったレパルトは、魂が抜かれたかのように脱力した。

「はあ、はあ、出た、ひ、姫様、ぜ、全部、だ、出しました……」

 射精の余韻に肩で息をするレパルト。その一方で、子宮の奥まで精液を叩きつけられ、これで完全に陥落したかと思われたブリシェールは──。

 ──うそ、お、おわった、わ、わらわの膣内に、童の精液が出て……お、おわり……終わり? ちょ、待て、こ、これで終わりになるのか? あと、あとほんの少しでいいのだぞ? あと、ほんの少しでわらわは……あと、あと少し!

 灼熱の砂漠地帯を延々と歩き、完全に乾ききったところで、ようやくオアシスを見つけて手を伸ばした瞬間に消えるような感覚を覚えていた。

 レパルトは絶頂し、子宮に精液を受けた。

 これで契約は成立したのである。これ以上、行為を続ける必要など無い。

 しかし、それでもブリシェールの表情は取り乱したままであった。

 ──お願い、まだ、もう少し、あと一回、あと一回突いてくれれば多分イク! ……お願い、う、動いて、動いてえ……じゃ、じゃないと、わらわ、頭がおかしくなる……イケるんだ……イッたら落ち着くから……お願い、い、イカせて……い、イカせてえ! もう、どうせ二度と童とはしないんだから、せめて、ここまでくればもうあと一突きぐらい同じだから、つ、突いていいから、ち、乳房をチュウチュウしていいから、お、お願いいい!

 いまだ結合した状態で、ドクドクと熱いレパルトの精を膣内で感じながら、ブリシェールは腰を自らの意思で動かしてしまいそうになる衝動をギリギリで抑えようと、プルプルと全身を震わせていた。

 ──くっ、どうすれば……無理だ……このままお預けは……もう、わらわは……。とにかく、これで契約が成立した以上、もうこの童とは二度と……二度と……二度と……もう一度ぐらいは……。

 そのとき、絶頂したレパルトとブリシェールの目が合った。

「はあ、ふう、ひ、姫様……俺……」

 気まずそうなレパルトの表情を見た瞬間、ブリシェールの中で何かがキレた。

「こ……このヘタクソめ! ウヌがヘタすぎて、契約が失敗したではないか!」

 思わぬブリシェールの発言に、余韻に浸っていたレパルトはギョッとした顔を浮かべた。

「えっ、し、失敗!? そんな! お、俺、それじゃあなにを……」

「この度し難いほどのクズめ! 愚か者め! わらわの純潔を奪いながら……全てを無にするとは何事か! これでは、ウヌともう一回しなければならないではないか!」

「も、もういっか!? ひ、姫様と……そ、で、でも!」

 失敗したからもう一回。しかし、そう言われたからといってすぐにレパルトは頷かなかった。

 だが、ブリシェールはレパルトの気持ちなど関係無いとばかりに、ブツブツと「仕方ない仕方ない」と文句を言いながらも既に自分から小刻みにレパルトの上で腰を動かしていた。

 僅かに萎えたレパルトの逸物を、膣内から逃がさないように、懸命に膣に力を入れて圧迫し、刺激し、そして煽っていく。

「なんたる屈辱! これほどの辱めを……おのれえ……」

「お、俺……そんな……なんてことを……なんで俺はこんな……そんな……」

「うむ、は、ハンセーせよ……よいか? 契約出来るまで寝かさんからな! わらわに忠義と罪を感じるのなら……もっとまぐわえ! 突け! 泣いている暇があれば、乳を舐めよ! わらわを犯せ! 子宮の奥まで精を放て! はらま……抱け!」

 そう煽られてしまえば、一度精を放ったとはいえ、再び力が漲るというもの。

「ん゛おほっ♡ ゛おほおおおおおおおおおおおおおおお゛お゛おっ♡」

 膣内で再び硬さと熱を取り戻したレパルトの逸物の動きに、品の無い悲鳴がブリシェールから漏れた。

 現在のブリシェールの絶頂レベルは99。

 しかし、どれだけ近づけど、100にはならない。

 妹のことも、国のことも、全てのことがこの瞬間だけは頭から抜け、ブリシェールへの寸止め地獄が始まった──。


 レパルトは二度の射精を終えたというのに、既に三度目の行為に及んでいた。

 二人で対面に抱き合うような体位でレパルトが腰を振ってブリシェールを突き上げる。

 夢のような快楽に何度でも果てられると感じるほど、未だ萎えないレパルトの逸物は何度もブリシェールの膣内で暴れまわっていた。

 一方、ブリシェールは、あとほんの紙一重、紙一枚、塵一つ分ぐらいの刺激で絶頂を迎えられることが出来る。しかし、レパルトのレベルマイナス1の能力によって精神崩壊寸前まで追い詰められるも、それでもまだ達することが出来ないでいた。

「だんでびべばいぼ!?」

 何でイケないのだと言いたいのだが、最早呂律も回らぬほど壊れかけているブリシェールは、ただただ自身が絶頂することしか考えられなかった。

 ブリシェールの絶頂レベル:99.99999999999

 ──むりいだお、これいじょう、なんのしげきを? なんで、いきたいのに、あとちょっどなのにい!

 ブリシェールの瞳は半分白目を向いて反転していた。

「はあ、ん、すごい、姫様の膣内、何回でも出せる……おっぱいもおいしくて……あむっ」

「またチュウチュウ!?」

 突きながら乳首を再び口に含む。それだけで、ブリシェールの絶頂レベルは再び上がる。

 ブリシェールの絶頂レベル:99.99999999999999999

 されども、100にはならない。

 ──イキたい! トビたい! イキたい! トビたい! イキたい! トビたい! イキたい! トビたい!

 意識が保たれるギリギリの寸止めを繰り返され、もういっそのこと意識を完全に断ち切るほど壊して欲しいと考えていた。

 しかし、レパルトのスキルがある限り、性行為ではブリシェールはレパルトより先に達することは出来ず、それどころか達する寸前で寸止めされるのである。

 意識があることが却って寸止め地獄を繰り返すという悲劇になっていた。

「ひ、ひひいい、姫様のアソコがまた俺のをキュウキュウ締めつけてる、おれ、すごい、姫様に何度もしてる! 何度も舐めちゃってる! 何度も! 何度も! 何度もお!」

 そして、またそのときが訪れようとしている。

 レパルトが三度目の射精の気配を放ち、膣内で爆発の秒読みが始まったことをブリシェールは感じた。

 これが勢いよく放たれれば、絶対に自分もその衝撃で絶頂出来るはず。絶頂出来ないはずが無い。ブリシェールはそう思っていたが、その想いは二度目の射精のときに完全に裏切られたことを覚えていた。

 だからこそ不安になる。もしこれでまた絶頂出来なければ。

 流石に、レパルトも三回もあれほど勢いよく出せば、次で打ち止めだろうというのは、何となくだがブリシェールも察している。ゆえに、ブリシェールが絶頂するとすればこれが最後の機会であった。

 しかし、どうすればいいのか分からない。

 今のブリシェールには、契約も妹も国も頭に無く、自分がどうすればこの寸止め地獄から解放されて絶頂出来るのかしか無かった。

 ──これも、レベルマイナス1の力なら、わ、わらわは、次も?

 悶絶寸前の息も絶え絶えの中で、ブリシェールはこの不思議な現象はレパルトのスキルの所為なのだと途中で察していたが、だからといって打開策が思い浮かんだわけではなかった。

 試しに、レパルトに乳房への愛撫以外にも、首筋や脇の下やへそ回りを舐め回させたりしたが、それは快楽が上がるだけで絶頂まで達しなかった。

「い、いきますよ? ひ、姫様、も、もう、おれ、い、いっちゃいますよ!?」

「ま、まれ、お、おねがい、も、もうすこし、゛まで!」

 爆発の秒読みと併せて残りの精を全て吐き出そうと、レパルトの腰の動きが最後の加速に入る。

 このとき、既にブリシェールの絶頂レベル:99.9999999999999999……を超えていた。

 しかし、ここまで来たのに、それでもきっと絶頂出来ないのだろうとブリシェールは薄々感じ取っていた。

 それでいて、このまま終わる? そんなのは絶対に嫌だと、ブリシェールは崩壊寸前の頭の中で必死に打開策を考えていた。

 ──だ、だめだ、頭が真っ白になる……な、なにも考えられぬう……こ、これ、悪魔だ! 悪魔逸物だ! こ、こんなの、もう、し、死にたい! 死に……ッ!?

 そして、極限ギリギリまで追い込まれた精神の中で、ブリシェールの頭の中に一つの閃きが浮かんだ。

 ──死に……いや、そこまでいかなくても、例えば射精で終わりではなく、こやつを失神するまで搾り取ればどうなる? ……その一歩手前、つまり絶頂にまでわらわは達しゅるか?

 それは、レベルマイナス1の特性についてだった。

 レパルトは戦いでは絶対に相手に勝てない。

 レパルトが射精という絶頂を迎えたら、女はその一歩手前までしかいけない。

 ならばレパルトに絶頂の、更にその先に追い詰め、失神するようなことをさせたら?

 ──た、例えば、わ、わらわがこの場で……わらわ自身の意志で腰を動かしまくればどうなるのだ? もう、こやつが無理だと言おうとも、全てを出し尽くすまで貪れば……。

 ブリシェールの疑問に、レパルトは答えることは出来ないだろう。誰だって失神するほど精を放ったことが無いのは、これが初めての経験であるブリシェールも理解している。しかし、ブリシェールは最早、藁にも縋る想いで試すしかなかった。

 でも、それでも躊躇いはあった。

 ──わ、わらわが自らの意志で腰を動かすだと! そ、そんなの、まるでわらわが感じているみたいではないか! わらわが、気持ちよくよがっているみたいでないか! もっと気持ちよくなりたいと思って腰を振るだなんて、ま、まるで、い、淫乱な女ではないか!

 奴隷の人間の子の逸物に跨って自ら腰を動かす。それがどれほどの恥辱であり、誇りを穢す行為になるか。

「でもうごかひちゃう! もういい!」

 その瞬間、ブリシェールはこれまでレパルトの上に跨っていた姿勢を変えた。

 対面で抱き合うような体勢から、レパルトを両手で押し倒して、仰向けに寝転がせさせた。

 それだけであれば、最初に交じり合ったときと同じ騎乗位の体位なのだが、今回はそれだけではない。

 ブリシェールは自身の両足の裏をベッドに着けた状態にする。そして、両足をがに股に大きく開脚させながら、上下に弾むように激しく動いた。

「お、おおおうっ!」

「ひゃあ! ひ、姫様ぁ! そ、それすごいですぅ!」

 ブリシェールが両足を開脚させながらレパルトの上で腰を振ることにより、レパルトから結合部が丸見えになる。鮮血、白濁液、愛液の三つが交じり合ったものが潤滑剤としてジュボジュボと音を立てる光景を目の当たりにし、レパルトの逸物はブリシェールの膣内で更に硬度を増す。

 この刺激に耐え切ることなど出来ないであろうレパルトが苦悶の表情で叫ぶ。

「あっ、出るッ!」

 レパルトの逸物から最後の精が鉄砲水のように勢いよくブリシェールの膣内で爆発した。

 膣内が新たな精で満たされる感覚を受けながらもブリシェールは腰を動かした。

「出ルウウはあ、はぐっあ! ひ、姫様?」

「どぴゅってきた~! でも、まらいけにゃいから、いちもつもっとおお!」

 レパルトは残る全てを出し切ったと、世界が一瞬黄色に見えた。が、すぐにハッと目を見開く。

挿絵5

 射精が終わったというのに、なおもブリシェールが精を出し終えた直後の逸物に腰を振り刺激を与え続けているからだ。

「ひ、ひめ、しゃま、も、もうう、もうおわっ、だ、ダメです、び、敏感になってるから!」

「ううう、うるひゃい!」

 三度も射精した逸物を更に刺激し続けるブリシェール。レパルトは敏感になっている逸物への容赦無い終わらぬ刺激に過敏に反応してよがった。

「ひゃっぐ、な、なんだ、い、いちもつう~、ヘロヘロ~! たたせろおお! なんで弱くなってるう!」

「はぐっ、だ、だっ、て三回も、い、いたいいい! だ、だめです、お、俺のお、ちんぽが痛く! い、痛い、も、もうだ、姫様、許してくだ、さ、ひああああ!」

「ちん……ぽ? いちもつのこと? なんだ、その下品な響き! なにがちんぽだ! ちんぽなん……て、はあ、な、ちん、もういいから、ちんぽお! ちんぽ、ちんぽせい! ちんぽうごけえ! ちんぽ、はあ、ちんぽ、はあ、はあ、ちんぽお、はあ、ちんぽ!」

 レパルトの逸物に与えられる刺激は、最早快楽ではなく肉体と精神の苦しみにほかならなかった。

 絶頂寸前地獄の続くブリシェールに対し、絶頂しすぎたうえにまだ続く地獄を味わうレパルト。

 両者の地獄が続く中、ここから先の主導権は全てブリシェールが握っていた。

「ちんぽちんぽちんぽ、ちんぽせい! ちんぽうごけえ! ちんぽ、はあ、ちんぽ、はあ、はあ、ちんぽお、はあ、ちんぽ!」

 ブリシェールは行為をやめることなく、自身の身体を激しく上下前後に何度も動かす。

 しかしそれだけではぬるいと感じたブリシェールは、腰を円状に動かしたり、動きに工夫を加えて乱れる。そう動くことによって、時折自身の尻骨とレパルトの恥骨が擦れてゴリゴリとした音を立てて、新しい刺激を生み出す。

「ひゃぐ、だ、だめええ、ひめさまあああ、お、おれの、ちんぽ、はれつしちゃう! こ、こわれ、ひっぐ、しんじゃううう!」

 ブリシェールは更に、空いている両手でレパルトの無防備な睾丸を掴んで揉み回す。

「しにゃない! ウヌはもうヴァンパイアの眷属だからしなないからちんぽもなおるから! ちんぽなおる! ちんぽかたくなる! なんどもちんぽお」

 ブリシェールに強制射精させられるレパルト。

 三回で限界だったはずのものを、四回五回と更に搾り取る。

 途中から、それは最早精液以外のものだったかもしれない。

 潮だったり、ひょっとしたら尿だったかもしれない。

 両者既にそのことについての認識が無いほど何度も何度も搾取し、搾取され続けた。

 ──しゅごい、すごすぎる! これがちんぽ! 弩級の威力! 弩級チンポ! 弩チンポ! チンポ至高! チンポ最強! チンポ無敵! チンポ無双! チンポ魔法! チンポ神ィ!

 もうどれほどの時間交じり合っていたのか、時間の感覚すら二人には無かった。

 しかし、ついに……。

「──んぐっ!?」

 最早射精の勢いも無く、ただ、何かの液が再びブリシェールの膣内に垂れ流されたとき、全身を痙攣させてレパルトが完全にパタリと意識を失って動かなくなった。

 そして、それが合図となり──。

「うっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ あっ♡ くるう! くるくるくるなにかがくるくるくるくる!」

 ブリシェールは、ついにこのときが来たと確信した。

 まるで地平線の彼方から何十万の兵が地響きを立てながら押し寄せるかのように、徐々に、そして一気に爆発する前兆。

 絶頂レベル:99.999999999999999999999999999999999999……

 追い込まれ、焦らされて、溜め込まれたものが全て一度の絶頂で解放される。

「んふぉぉぉぉぉっ! おぉぉぉっ! んぉぉぉぉっ! んぼおお、キタアアアアアアアアアアア! うびゃろばああああああああああああああ!」

 言葉にならない絶叫とともに、ブリシェールの瞳からは溢れんばかりの涙、鼻水、涎、そして潮がベッドどころか床、壁、更には天井にまで飛び散った。

 口をだらしなく開け、舌を剥き出しにし、反転させた目で、全身を痙攣させるブリシェールは完全に意識がぶっ飛んでいた。

「あへ♡ あは♡ へ、あば♡ おぼ♡」

 その瞬間、ブリシェールも、レパルトとほんの僅かな差で気を失い、そのまま倒れた。

 二人の男と女は、互いの性器を結合させた状態のまま、まるで抱き合うような姿でベッドの上で気を失っていた。

 二人がそこから意識を取り戻したのは、数時間後のことであった。

続きは書籍でお楽しみください!