翌日、教室にカオルの姿はなかった。
ホームルームの時間、担任の坂本先生が黒板の隅に書きつけた。
『新城馨 無期停学』
黒板に書き込まれたそれを、教室の前の席に座るシュウがじっと見つめていた。
ぼくの携帯は古臭いガラケーで、それにはカオルからのメールが頻繁に届いていた。
『無期停だって。ユキの名前は出してないから安心して』
カオルのメールでは、少なくとも一ヶ月は登校できないようだ。赤点の補習も含めれば、留年する危険すらあるってのに。
それ以外は、『逢いたい』『キスしたい』『エッチしたい』
そんな感じ。ぼくは全部のメールに、『一回二〇〇〇円になります』って返信しておいた。
それはさておき、ちょっと困ったことになりそうだ。前の座席のシュウが、再三振り返ってはキツい視線を浴びせてくる。いつもなら、ぼくにべったりなカオルが居ない。言いたいことがあるようだ。
さて、シュウはどう出るか。本当、面倒臭い。
そして期待を裏切ることなく、ホームルーム終了直後に動きがあった。
シュウは普段は下ろしてある髪をポニーテールに纏めている。窓の外では蝉が鳴いていて、見上げると、色白の素肌にうっすらと汗が浮いているのが見えた。ぼくの座席の前で腕組みして言った。
「おはよう、淫売」
「おはようございます。御影さん!」
シュウの横に、笑顔の葛城が立っている。
「なんなのお前は。ここは三年の教室だ。二年は出ていけ!」
「おはよ、葛城」
「御影さん、昨夜はずっと電話待ってたんですよ~?」
「こらっ、無視するな!」
朝からうるさいめんどい。ぼくは、まずシュウからやっつけることにした。
「シュウ、オリモノ臭いからあっち行ってよ」
「なっ……」
ついでに葛城にも釘を刺す。
「あのね、葛城。昨日の激おこを見なかったの?」
「昨日はお互い大変でしたね!」
葛城もカオルのあれを見て、流石に引くだろうと思ってたけど、そうでもないようだ。シュウに楯突くだけのことはある。大物か。それとも、とんでもないバカか。
「カオル無期停学になっちゃったね。そもそもなんであんなことになったの? カオルからなにか聞いてる?」
「……カオル、ですか」
葛城の笑顔が曇る。呼び方が気になるのだろうが、説明するのも面倒なので無視する。
「御影さんは聞かなかったんですか?」
「聞く訳ないでしょ」
カオルは本気で怒っていた。その理由を聞くなんて、もう一度、その強い怒りを思い出させるのと同じことだ。そんなことする訳がない。わざわざ見えてる地雷を踏むなんてことはしない。
「なんで新城センパイに直接聞かないで、自分に聞くんですか?」
何故か葛城が食い下がってきて、ウザい。
「新城センパイ、御影さんが言えば隠しごとなんてしないと思いますよ」
そんなことは言われなくても知ってる。
「御影さんにとって、新城センパイは特別っていうことですか?」
何コイツ。すごくウザい。
「特別だから昨日、自分にはキスしてくれなかったんですか?」
「……!」
その問いに激しく反応したのはシュウだ。むきになって突っ掛かってくると思ってたのに、黙ってぼくを睨みつけてきた。それにしても、わざわざシュウの怒りを買うような言い方をして、ムカつく。
「キスありなら五〇〇〇円」
「はい、払います」
葛城は澄ました表情だ。本当にそれがムカついた。
「昼休み、奥の部屋に来てください」
「……いいよ」
葛城は、またニコッと笑った──けど目が笑ってない。
「絶対に来てくださいね」
念を押してから、葛城は帰っていった。来たときと同じように勝手なやつ。カオルのことは答えずに帰った。
あとにはムカついたぼくとシュウが残った。
「御影、その……新城は──」
「オリモノ臭いから、あっち行けよ」
カオルがぼくの特別? 誰に向かって言ってんだ。
二時間目が終わり、休み時間。
スッ、と席を立ったシュウがこちらに真っ直ぐ歩いてきた。やだなぁ、もう。シュウは本当にしつこい。
「御影、貼り出しもの手伝ってくれないか?」
唐突に救いの手は差し伸べられた。声を掛けてきたのは、ぼくのすぐ後ろの座席の国崎君だった。
うっ、とシュウが立ち止まる。
全治一年の事故に遭ってダブった国崎君は、ぼくらの一つ歳上になる。無茶苦茶浮いていて、クラスではぼっちさんだ。でも、ボクシング部の元、超エース。去年の選抜大会ダントツ一位。テストでは常に三位以内。噂じゃ、英語ペラペラだとか。そんな国崎君は、クラスの誰もが無視できない。
「悪い、御影借りる」
「あ、ああ……」
シュウが悔しそうに引き下がった。日頃の行いの賜物だね。
国崎君と二人で教室の壁に貼ってある掲示物を貼り替えていく。
「なあ、御影。お前って、秋月と付き合ってたんじゃなかったのか?」
「え、なんで?」
「一緒にメシ食ったりしてたろ?」
「ああ……そんなこともあったかも」
カオルと関係を持つ前は、シュウとの関係も良好で、一緒に昼食を摂ることもあった。
「あと、新城のヤツに授業中は手紙回すの止めろって言っておいてくれ。あいつ、俺に思い切り投げつけやがるから集中できねえよ」
結局、こっちも因縁だった。
「っつーか、御影は新城と秋月、どっちと付き合ってるんだ?」
うるさいなぁ、このダブりは。助けてくれたのはありがたいけど、余計なことは聞かないでほしい。だからぼくもやり返す。
「国崎君こそ、生物の折笠先生と付き合ってるの?」
あくまでも噂だけどね。
ぼくらは、ニッと笑い合って、それからは無言だった。
そんな感じで休み時間の度に掲示物の貼り替えをして、シュウをやり過ごした。
昼休み。
シュウが真っ直ぐやってきた。
「オリモノ臭い」
シュウは般若のような表情でぼくを睨みつけていたけど、ややあって、険しい表情を緩め、ついっと二〇〇〇円を机の上に置いた。
「話がある」
「ぼくにはない。なに、これ?」
ぼくは机の上のお札を指でさした。シュウは鼻を鳴らす。
「なにって、二〇〇〇円だろ?」
偉そうに。葛城といい、ムカつくなぁコイツ。
「全然足りない。一万円なら話くらいは聞くけど」
「なっ……」
驚いて目を剥くシュウの前で、ぼくは席を立った。
「話したいなら一万。遊びたいなら二万から」
「なんで……!? あの下級生だってそんなにしなかったろ?」
そんなの決まってる。空気読めないのか。
「キライだから」
その言葉を聞いて、シュウは悲しそうな顔をして俯き、それきり口を噤んだ。
ちょっとだけ、スッとした。
◇◇◇
『奥の部屋』では、葛城が正座して待っていた。
「御影さん、遅いです」
ぷうっと頬を膨らませる葛城は、紺のスパッツに上は体操服という格好だった。
「午後はサボるから、それでいいでしょ」
「やったあ!!」
おまえをメチャクチャにしてあげる。そんなぼくの黒い腹のうちを知りもせず、葛城は嬉しそうに笑った。
「んじゃんじゃ……まず、ちゅーしていいですか?」
「いいよ」
言って、ぼくは壁を背に腰を下ろした。
部屋の中が、しんと静まり返り、葛城の息を飲む音がやけに大きく響いた。
そっと肩に置かれた葛城の手は、少しだけ震えている。
「ん……」
唇が重なる。カオル以外の女の子とキスするのは、これが初めて。
葛城は触れ合うだけのキスをしたあと、唇を押さえて俯いた。うなじまで赤く染まっている。
「……しちゃいました」
「カオルにバレたら殺されるよ」
「バレなきゃいいんですよ」
今度は、引き寄せられて深いキスを交わす。ぴちゃぴちゃと水音をさせて唇を舐めたあと、おずおずと小さな舌が口腔に侵入してくる。
男が苦手。そう言っていたのを思い出し、ぼくは身体の力を抜いた。そのまま倒れ込むように横になったぼくに、葛城がのし掛かってきた。頬を真っ赤に染め、葛城は熱い息を吐き出した。ぼくに馬乗りになり、少し腰を揺らして股間を擦りつける。
葛城が体操服を脱ぎ捨て、躊躇わずブラも外して放り捨てた。
ピンク色の乳首は固く尖っていて、痛みを感じるんじゃないかと不安になるくらいだった。四つん這いのまま、ぼくの顔にその未成熟な胸を近づけてくる。
「胸、してください……」
掠れる声の要望を聞き入れ、ぼくはピンク色の果実を啄む。
「あは……かわいい……」
おそらくはAカップくらいであろう膨らみを、優しく包むように揉みながら、舌で乳首を転がす。
「んふっ、ンフッ……!」
声にならない喘ぎを上げて、また葛城がキスを求めてくる。ぼくの口内の粘膜を削り取るかのように激しく舌を絡ませる。
スパッツの上から薄いお尻を撫で回す。葛城はキスに夢中で、喉を鳴らしてぼくの唾液を飲み込んだ。
膝立ちになり、スパッツごとパンティを引き下ろすと、ぴったり閉じた陰唇から、つうっと銀の糸を引く。
「……あの、ここは、優しく……」
ぼくは黙って頷いた。不意に、カオルのときはどうだったろうと考える。
最初の内こそ、あれやこれやと注文に忙しかったカオルだけど、半月もした頃には、快感を貪るのに夢中で口をきかなくなったことを思い出した。
いけないいけない、目の前に集中する。
葛城を横にして、カモシカのように伸びた脚を撫で上げる。太股を焦らすようにさすり、なるべくそっと陰部に手を置くと、ぎくっ、と葛城が固まった。
緊張が解れるように陰部に触れたまま、葛城と深いキスを交わす。口腔を舌で混ぜ込み、唾液を流し込んで嚥下させると、徐々に葛城の瞳が虚ろに蕩け、くてりと脱力した。陰裂に添えた指先が湿り気を帯びる。
指を差し込んで、内側をゆっくりと愛撫すると、たちまち滑る粘液で潤った。ぴったりと閉じた陰裂の内側は、灼熱の熔岩が熱く燃えている。
葛城の膣は久し振りの感触に濃い蜜液を流して応えていたが、それとは裏腹に内部は狭く閉じている。
愛液をまぶした指で、クリトリスを押すように軽く揉む。
「ひぃ……ひぃんっ……!」
鼻に掛かった嬌声が耳を擽る。こちらを見つめる瞳には不安の色が残っていた。
行為に慣れてない。或いは久し振りであるせいか、カオルに比べたら濡れ具合が悪い。潤滑を良くする愛液の出が良くない。おそらく、日頃の経験量に比例するのだろう。カオルも最初の頃はあまり濡れなかった。
濡れてはいるけど、狭い膣道は挿入に痛みを感じるだろう。入れる前に、もう少し解す必要がありそうだ。
「なめて、いい……?」
熱に魘される病人のように顔を紅潮させた葛城が、小さく頷いた。
脚を割って、間に入り込んだ。視線を下げると、大きくなったクリトリスは包皮につつまれて窮屈そうだった。視線に晒されて、割れ目から垣間見えるサーモンピンクの膣口がヒクヒクと蠢いている。
「み、ないでぇ……」
微かに上がる拒絶の声を無視して、クリトリスを包皮ごと口に含んだ。
「うっぐ……!」
葛城は、過去の経験では前戯はなかったと語った。未知の感触に、葛城の腰が跳ねた。
「あ、あ、あ、あ……!」
口の中で舌を動かして、狭苦しい包皮からクリトリスを解放してやった。つるりと剥けた包皮から、磯の匂いがする。恥垢が溜まっていたのだろう。軽い吐き気を感じた。それとは裏腹に──。
「かはっ────」
葛城が腰を波打たせて、強めの絶頂を迎える。口中に癖のある粘液の味が広がった。
絶頂の余韻に浸り、ぼんやりする葛城を見下ろし、ぼくはズボンを脱ぎ捨てた。
固く勃起した陰茎を軽くしごく。ネットで調べたけど、サイズは並。カオルは一八五センチも上背があるし、サイズ負けするんじゃないかと思っていたけど、ちゃんとコレでイかせることができた。
アレのサイズにコンプレックスを感じるのは、男の宿命だろうか? 以前調べたところ、女性をエクスタシーに導く為に最低限必要なペニスの長さは、なんと五センチらしい。目からウロコだった。
葛城はとんでもない太平洋という訳でもないので、通用するだろう。
「挿れるよ」
葛城は夢うつつでいるのか、視線をぼくのペニスに向けている。焦点が合うと、瞳に期待の光が灯った。
「はぃ……どぅぞ……」
滑舌の怪しい葛城の陰裂を押し広げ、膣口にペニスをあてがう。亀頭を愛液で濡らし、ゆっくりと挿入を開始した。十分に解したつもりだったが、葛城の膣内は狭く、掻き分けるように腰を進める。
「ふんっ……んんん……あぁ……すごぉいいいィ……」
葛城が間の抜けた喘ぎを漏らし、ぼくのペニスが根元まで膣に埋まった。亀頭の先に、こつんと行き止まる感触があった。途端に生暖かい粘液が陰茎に絡みつくように溢れ出る。
「うぐっ!」
と呻いた葛城は、口を魚みたいにパクパクさせていた。眉尻が下がり、苦悶と快楽の狭間にいるような表情をしている。返事を待っていたら暫くかかりそうだった。
抽送を開始する。陰茎を先っぽまで引き抜き、根元まで挿し込むと、強い粘りを持った愛液が、ズチョッといやらしい音を立てた。あとはこれを淡々と行うだけだ。
五分ほど単調なリズムを刻むと、葛城は壊れた玩具になった。陰茎が膣奥を叩く度に、小さい悲鳴が上がる。葛城の膣は肉を切り裂くような感触から、ねっとりと握り、絞られるような膣圧に変化していた。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ、ひぃ!」
小さなぼくに制圧され、既に屈服した葛城を見下ろし、ぼくは不思議な感じだった。
──そっか、正常位だから。カオルとの行為では、騎乗位が多かったことを思い出す。
ストロークを長めに伸ばし、変化をつける。子宮を押しつぶすように亀頭を捻じ込む。
「う~~~~っ、う~~~~っ!」
葛城の喘ぎが壊れた玩具からサイレンに変化した。視線を下ろすと、陰裂から噴き出した愛液が畳に大きな染みを作っていた。絶頂が近いのだろう。座布団を掴む手に力が入るのが分かった。
やがて──。
「ひいんっ!!」
がくんっ、と腰を突っ張るように跳ね上げて、葛城は最後のエクスタシーを迎えた。
ぼんやりと薄目のまま涎を垂らし、時折痙攣する葛城を尻目に、着衣を整える。
焦点の定まらない視線を向け、葛城が言った。
「週末……また会って、ください……」
「三万」
「はぃ……はらいましゅ……」
財布から今日のお代を頂いて、葛城の後始末はせずに、ぼくはその場を去った。
射精はしてない。
葛城は、あんまり良くなかった。
午後の授業はすっぽかし。
『奥の部屋』を出たとき、時刻は十四時半になろうとしていた。やっつけ仕事に一時間くらい費やしたことになる。部屋を出るときに見た葛城は、全裸で大股を開き、ぱっくり開いた膣口が丸見えで、口から涎を垂れ流していた。
ぶっちゃけ、少し笑えた。
携帯を確認して、カオルのメールには『二〇〇〇』とだけ返信しておく。
来た道を逆に辿り、校舎の玄関口に向かう途中で、怒りに震えるシュウに遭遇した。
シュウは俯き、手を強く握り締め、ひたすらぼくを睨みつけてきた。どうせ屑だの淫売だの、酷いことを言われるのは分かりきっている。うんざりした。
「なんで、私だけ……!」
「あれだけ酷いことを言われれば、普通は嫌になるよね」
「それは御影が悪いだろ!」
もうシュウは、本当にうるさいしつこい。言いたいことがあれば全部言えばいいのに。
「だからって、こんなところで待ち伏せしなくてもいいよ」
「……少し、話がしたいんだ……」
「お話しは二万円からになります」
シュウの口元が引きつった。
「なんでまた値上がりするの!!」
「キライだから」
ぼくがはっきりそう言うと、シュウはビクッと肩を震わせた。でも、一瞬あとには肩を怒らせ、圧し殺した声で言った。
「あの下級生と、したの……」
「ぼくがなにしようと勝手だろ?」
お客さんの秘密は守らないとね。
くしゃっとシュウの端正な顔が悲痛に歪む。
「私、は──」
「サヨナラ」
そこで立ち去ることにした。シュウに目を合わせず、横を通り過ぎる。すれ違う際、シュウは手を上げ、宙を掻くような仕草を見せたものの、その手がぼくに触れることはなかった。
無駄な時間を食った。
帰宅してすぐ、ぼくはシャワーを浴びた。それから、歯を磨く。洗っても洗っても、身体の汚れは取れない気がした。
「悠くん、帰ったのか?」
薄いドア一枚を隔て、父さんの声が聞こえた。聞こえなかったふりをして、シャワーを止める。
それから脱衣室で身体を拭いていると、父さんが下着を持ってきてくれた。
「ありがと」
「あ、うん。それより悠くん、どうした? 学校が終わるの少し早くないか? もしかして、身体の具合が悪いのか?」
父さんは矢継ぎ早に質問を重ね、それから軽くテンパり始めた。相変わらず心配性だなあと髪を拭きながら思った。
「ん、サボった」
「そうかぁ……」
父さんは、ホッとしたように胸を撫で下ろした。それから、腕捲りして。
「よおし、父さん、ご飯作るぞ!!」
まだ十六時にもなっていないけれど、施設で夜勤の仕事をしている父さんは、十七時過ぎには出勤してしまう。
「いっぱい食べて、悠くん、おっきくならないとな!」
「もうすぐ十八なんだから、身体の成長なんて止まってるよ」
父さんが固まった。
「なる……! 悠くんは、絶対におっきくなる!!」
それから、いつものようにぽろぽろと流れる涙を拭うこともせず──。
「おっきくなるんだ……」
父さんは、早めのご飯を作り始めた。
父さんと二人で狭い食卓を囲む。母親はいない。この世でぼくと父さんだけが家族だ。ウチはすごく貧乏だけれど、ぼくは結構幸せを感じている。
「悠くん、このお肉も食べて」
「もういいよ。お腹パンパンだから……!」
「また悠くんはそんなこと言って!」
それから、父さんは暫くゆっくりして、出勤する。このまま朝の九時くらいまで帰ってこない。
父さんはぼくを母親から引き取る為に、全財産を投げ出した。それでも足りない分は、勤めていた会社の退職金で賄った。
その父さんも、今年で五十七歳になる。ぼくはなぜか少し泣けてきて、食器を洗ってから宿題を片づける。
──悠くん、絶対に大学行こうな!
それが父さんの口癖。
携帯電話に、カオルからの着信があったのは、二十一時を過ぎてからだ。
『あ、ユキ? 超逢いたい。今からダメ?』
カオルの能天気な要求に、ぼくは噴き出しそうになった。
「……いいよ。会おうか」
『やったね! ラッキーラッキーラッキー☆ カオル!!』
そこで何かの違和感。何かがおかしい。何かが……。
『じゃあさ、今××のとこの公園にいるんだけど、大丈夫?』
「…………」
『ユキ? …………おーい!』
「あ、ごめん。ちょっと考えごとしちゃった。××の公園なら近くだから五分もあったら行けるよ」
『おっしゃあ! 待ってる待ってる超待ってるから急いで!!』
なんだろ、これは。何かがちょっとずつ……。
ぼくは正体不明の違和感を抱えたまま、近所の公園に向かった。
途中、自動販売機でジュースを二本買った。ここでは、なんと『いいこ』の缶バージョンが購入できる。
街灯の光が眩しい公園で、カオルは煙草を吸いながらブランコを漕いでいた。
「ユキ!」
ぼくを見つけるなり、カオルはブランコから飛び降りて駆け寄ってくる。
カオルの顔を見ると、ぼくはなんだか安心してしまった。抱えた違和感も、夜の帳に覆い隠されて消える。
猛ダッシュで駆け寄ってきたカオルに抱きすくめられる。
カオルは頻りにぼくに頬ずりして、髪の毛の匂いをくんくんと嗅いだ。
「な、なに?」
「補充だよ、補充。ユキ成分の。あー……癒される」
「煙草臭いし」
まとわりつくカオルを引き剥がし、ベンチに二人並んで腰を下ろす。買ってきたジュースをカオルに渡す。
「あ、サンキュ!」
「カオルのお金だけどね」
それからカオルは、ぼくの耳を噛んだり、舐めたり。なんだか痴漢される女の子の気分がよく分かった気がした。
暫くカオルの好きにさせていると、ご機嫌な声で言った。
「今日のユキは大人しくて可愛いな~」
「って、普段のぼくはどんななの」
「すぐ、ウザいとか臭いとか、グサッとくるよ」
言ってから、カオルは失敗したと思ったのか、ばつが悪そうに頬を掻いた。
──御影さんにとって、新城センパイは特別っていうことですか?
なんでこんなときに思い出すんだ。
上目遣いにカオルを見やり、ぼくはぺろりと唇を舐めた。
そこに何か嫌な予感を感じ取ったのか、カオルは目を逸らし、これからのことについて話し始めた。
「アタシ、学校行けない間はバイトすっから……」
「大丈夫なの?」
「ああ、叔父さんが店長やってるところで、結構融通利くし、ちゃんとやってけそう」
「そうじゃなくて、学校。退学とか……」
カオルは驚いたようにぼくを見つめ、それから、ぼんと頬を赤くした。
──御影さんにとって、新城センパイは特別っていうことですか?
「心配してくれるんだ……」
カオルは感動したのか、目に涙すら溜めている。
「大丈夫。ほら、もうすぐ夏休みじゃん。停学はその期間中に解けるし、全然」
──バレなきゃいいんですよ。
「カオル、エッチしよう」
上目遣いに、ぺろりと舌舐めずりして見せる。カオルの目がぼくの唇に集中するのが分かった。ゴクッと喉が鳴る音が聞こえた。
「あ、いや……今日はそういうつもりで来たんじゃないっつうか……でもでも! それはユキとしたくない訳じゃなくて……ああ、もう……エッチばっかが目的じゃない……」
カオルは別に特別なんかじゃない。今日は、そう。あの女──葛城となんかヤったから、少しおかしいだけだ。
「ぼくのを舐めて」
「あ……」
ぼくが要求するのは初めてのことだ。カオルは、みるみるうちに顔を紅潮させて俯き、視線を逸らした。
「してくれないの? ぼくの──」
淫乱の癖に勿体ぶりやがって。
「ぼくの、カオル」
「……!!」
ばっ、と音がするほどの勢いで顔を上げたカオルの眦は、困ったように下がっている。目元は少し潤んでいて、泣きそうなくらいの切実さを感じる。
「する……したい、させて……!」
夜の公園に人影はない。ベンチの上で腰を下ろしたまま、下履きをずらし、半勃ちのぺニスを外気に晒す。
カオルは躊躇わず、ぼくの股間に顔を埋めぺニスを口に含んだ。
「んぐっ……ちゅ……」
夜の虫の鳴き声に、淫らな水音が混ざり込み、夜陰に流れて消えていく。
「あぁ……」
ぼくは深い溜め息を吐き出した。
初めての感触。カオルの口中は生温く、少しヒンヤリしている。
「んぐっ! んぐっ……ちゅっ!」
カオルが陰茎に強く吸いつき、舌で亀頭を舐め回す。熱い鼻息が陰毛を擽るように吐き掛けられる。酷く興奮しているみたいだ。でも。
──舐められるって、こんな感触なのか。
ぼくの頭は、そんなことを考えるくらいには、冷えきっていた。
挿入するのとは違う感覚に最初は戸惑ったけれど、時折亀頭に当たる前歯で鋭い痛みを感じる。激しい吸いつき。亀頭ばかりを刺激するので快感より痛みの方が強い。
徐々に勃起を支える力が抜ける。カオルが必死になって奉仕するほど、却ってぼくのぺニスは力を失っていく。
やがて完全に萎えきり──。
焦ってなおも必死に奉仕をするカオルに、労いの──そして、今日は最後の言葉を掛ける。
「……へたくそ」
カオルは肩を震わせ、ぼくのぺニスをくわえたまま、涙を流していた。
──葛城がなんて言ってたかなんて、もう思い出せそうになかった。